インフィニット・ストラトス ただあの空を自由に飛びたくて   作:如月ユウ

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執筆中の鈴編がロストした……こんちくしょう……


56話 簪、刀奈と夏休み

「ついに日本に帰ってきた」

 

旅行カートを引っ張り、空港のゲートをくぐった。

 

「先輩と簪が迎えに来るって聞いたけど?」

 

辺りを見渡すがそれらしき人影が見えない。

 

「だ~れだ?」

 

声と共に目の前が急に真っ暗になった。

声からしてさては──

 

「刀奈さん?」

「残念はずれ」

 

手を離すと光が見えて少しだけ眩しい。

目が慣れると僕の真ん前に刀奈さんがいた。

 

(刀奈さん? ということは……)

 

後ろを振り向くと頬を指で押される。

 

「ひっかかったね悠人君」

「実は悠人君に目隠しをしてたのは簪ちゃんでした~」

 

ニヤリと笑っている簪と『悪戯』と書いた扇子を開いた刀奈さんがくすくすと笑っていた。

 

「びっくりしたじゃないですか。2人が居なかったからまだ来てないかと思ってたよ」

「サプライズは大事でしょ?」

「わ、私はやめようって言ったんだよ」

「そう言っておきながら簪ちゃんも気配消して悠人の背後に回ったでしょ?」

「それは……そうだけど……」

 

わりと冗談抜きで2人の気配が分からなかった。裏で暗躍する組織だから人ごみや風景に紛れるのが得意なんだね。

 

「じゃあ、悠人君。私達の家にご招待状するわね」

「荷物は付き添いの人に任せて大丈夫だから」

 

旅行カートを渡すと刀奈さんと簪が腕に抱き付いてきた。

 

「あ、あの……」

「悠人君、このまま……ね?」

「このまま一緒に……ね?」

 

美人姉妹に挟まれて空港に停めてある車に乗り込むと車は走りだした。

 

 

 

 

「ここが先輩達の……」

「そう、私と簪ちゃんの家よ」

 

2人の実家である更識家に着いた。

日本政府に属する良家だから大きいのは予想していたがなんて言えばいいのか……江戸時代の屋敷みたいでタイムスリップをした気分だ。

 

「私がお父さんがいる部屋に案内するね。お姉ちゃん」

「数週間の間、ご苦労様。報告は応接室で聞くわ」

「「「「「はい、当主様」」」」」

 

後ろをずっと着いてきたボディーガードの人達は刀奈さんに着いていく。

フランスとドイツに行くとき、更識家のボディーガードの人達が僕の護衛として着いてきてくれた。

 

「ついて来て悠人君」

 

簪に着いて行き敷地内を歩いていく。

家の造りは古く感じ、時間が止まったかのように見える。

 

「私の家をじろじろ見てるけどそこまで珍しいの?」

「う、うん。武家屋敷って言うんだよね?」

「そう、ご先祖様は天皇陛下の家来で情報収集を主に活動してたの」

 

天皇陛下って良家どころかむちゃくちゃ歴史がある家じゃないか。

 

「本当ならまだお父さんが現当主だったけど、ある事件で身体を負傷して引退せざるを得なくて、お姉ちゃんに当主の座を譲ることになったの」

「やっぱり危険な仕事をするんだね」

「うん……更識家は対暗部用暗部組織。日本を脅かす存在があれば排除しないといけないから」

 

簪も更識家である以上、やっぱり危険なことをするんだよね……。

 

「この部屋でお父さんが待ってる」

「簪は来ないの?」

「部外者は部屋にいれるなって言われたから」

 

簪は襖を開いて、僕は簪と刀奈さんのお父さんがいる居間に足を運ぶ。

 

 

 

 

広い座敷に1人の男性が座布団に正座をしている。

白髪交じりの黒髪で顔には刃物で切られた傷のようなものがある。

 

「ようこそ更識家へ。私は更識景元(さらしきかげもと)。16代目元・楯無であり、簪と刀奈の父である」

「はじめまして。山田悠人と申します」

 

座布団に正座をして両手を膝について挨拶する。

 

「話は聞いている。娘達を手中に収め、それに満足せず他の女性も侍女させ、挙げ句には傷物にしたと」

「は、はい」

 

こ、声がガチなほうの声だ。

皆が決めて同意の元で五股で恋人同士になったがこの反応が普通なんだよ。

アルベールさんは愛人を作っていて、クラリッサさんのほうはちょっと特殊な理由だから何も言わなかったがこれが親が思う気持ちなんだよ。

 

「目に入れても痛くない娘達が異性と付き合うのは喜ぶべき事だが私としては看過出来ん」

 

座布団から立ち上がると僕に近付いてきた。

これ……殺されるよね?

 

「娘達に嫌われるのは覚悟の上、山田君……すまない」

 

手を握り拳にして腕を振り上げるとその拳は僕の頬に吸い込まれて、痛みと共に吹き飛ばされて襖が外れて居間の外に出る。

 

「ゆ、悠人君!? 大丈夫!?」

 

居間の外で待機していた簪が介抱してくれた。

 

「お父さん、なんで悠人君を殴ったの!? 悠人君は私のことを認めてくれた人なのにどうして!」

「すまない簪。理由はどうであれ、私は複数の女性と関係を持つのはどうしても認められない」

「だけど悠人君は!」

「いいんだ簪、これが普通なんだ」

 

まだ痛む頬を触れて僕は立ち上がる。

 

「みんなが僕を好きになってくれたのは嬉しいけど複数の人と付き合っているって聞いたら親は当然、怒るに決まっている」

 

そう、これが当たり前なんだ。

潔い良いお付き合いしても親は簡単に認めることはない。ましては僕は簪や刀奈さんだけじゃなく、鈴やシャルロット、ラウラも彼女にしている。

複数の女性を彼女にしている時点で潔い良いお付き合いなんて言えない。

 

「ありがとうございます更識さん。僕の間違いを指摘して殴ってくれて」

「簪、私が殴ったせいでもあるが彼の手当てを頼む」

 

片足を引き摺りながら更識さんは僕達から去った。

 

 

 

 

「聞いたわよ。お父さんに殴られたんだって?」

「怒られるのは覚悟してましたから」

 

来客用の部屋に案内されて救急箱を持ってきた簪に手当てをしてもらっている。

 

「簪と刀奈さんのお父さん、足を引き摺ってたけど足が悪いの?」

 

足の怪我について聞くと2人は暗い表情をする。

 

「嫌なら言わなくていいよ。部外者だし」

「お姉ちゃん、どうする?」

「悠人君、私が話すことは気分が悪くなる内容よ。吐き気がする内容だけどそれでも聞く覚悟はある?」

 

真面目な声で確認を取っている。

裏社会の出来事だから無理して聞かなくても良いと遠回しに気遣ってくれるが……。

 

「お願いします。簪と刀奈さんの彼氏である以上、聞く必要があるので」

「わかったわ」

 

ふぅ……と一息をついて刀奈さんが語り始める

 

「今の私はロシア代表だけど本来なら日本の代表候補生だったの」

「日本の候補生?」

「ロシアには優秀な人材がいなかったからロシアとの交友関係を条件に私は日本の代表候補生からロシアの代表候補生に変わったの」

 

前々から気になったけど刀奈さんはどうしてロシアの代表なのかずっと疑問だったが国同士の絡みがあるようで汚いなと思ってしまう。

 

「そこまではまだ良かった。ロシア政府も自国の名誉を為だから仕方ないと理解してた。でも、ロシアの代表候補生達からしては黙っていられない事で自分の国の人ならともかく他の国の人が代表になるなんてプライドや誇りが許せなかった」

 

その気持ちは分からなくもない。

代表になろうと努力しているのに他の国の人が急に現れてその人が代表だと決められたら誰しも不機嫌な気持ちになる。

 

「候補生達の人とは仲良く出来たけど私を気に入らない人は少なからずいた。虐めや嫌がらせはまだ耐えられたけど殺し屋を雇われたときは冷や汗をかいたわ。なんとか撃退して情報を吐かせたあと犯人を見つけたわ。雇い主は私と同じ選手で候補生から降ろされてIS関連の仕事に就くことも禁止されたの」

 

嫉妬による行動が自分の首を絞めて選手になる夢が閉ざされたが同情もしないし、自業自得だと思う。

 

「その人が辞めてしばらく経ってからロシアの代表をかけた試験をして、私が代表になったお祝いにお父さんとお母さんがやって来てロシアの友達と一緒にお店に行ってお祝いしたの」

「ロシアに行ったのは両親だけなの?」

「あの頃の私はまだお姉ちゃんが苦手でロシアに行くのを拒んでたの。今はもう大丈夫だけどね」

「今、思えば簪ちゃんが来なくて本当に良かった。お父さんとお母さんが日本に帰るとき空港で爆破テロが起きて、私とお母さんを庇ったお父さんは意識不明の重体。生死を彷徨ってなんとか命を取り止めたけど左足は引き摺って歩かないといけない身体になっちゃったの」

「その事故で引退したと」

「えぇ……腕ならまだやれる事はあるけど足を負傷したら当主としての活動は難しいわ。裏で暗躍するから素早く移動もする事があって、足に後遺症があれば現役での活動は無理。仕方なくお父さんは楯無を引退して私が引き継ぐ事となった」

 

更識さん……家族を庇って守ったのに自分に後遺症が残って当主を引退しなくてはならない身体に……。

刀奈さんは何処にでもいる普通の女の子なのにお父さんの後を継いで大人の人に囲まれて指揮をしてる。

本当なら簪と同じように過ごす年頃なのに……。

 

「少し長くなったわね。気分悪くなったりはしてない?」

「大丈夫です。言い方が悪いですが思ったよりもグロテスクな内容かと予想してましたので」

「尋問したりするときは肉体的にも精神的にもグロテスクな事はやるわね」

 

自分の手を見て、表情を曇らせる。

 

「返り血とか何度も浴びたからこの手はもう汚いかもしれないわね」

「そんな事ありません。刀奈さんの手は綺麗ですよ。誰かを守ろうとするこの手は誰よりも綺麗で輝いてます」

「悠人君……」

 

更識家の当主として学園を守るために努力した刀奈さんの手は汚いとは思わない。

とても強い意思があるのが分かる。

 

「あ~んんっ、私もいるのを忘れないでくれるかな?」

 

ハッ!

 

簪に手当てしてもらっていたのをすっかり忘れていた。

 

「お姉ちゃんばかり見てて。いいよね、お姉ちゃんは手が綺麗だって言われて」

「か、簪ちゃんだって綺麗よ?」

「嫌味?」

「ゆ、悠人君からも何か言って」

 

むすっとした簪に刀奈さんから助け船を求められる。なんてフォローしようか……。

 

「簪は綺麗というより可愛いのほうが似合うかと思う」

「可愛い?」

「ほら、簪は可愛いから保護したくなるっていうか……って今のは違う」

 

ちょっと口が滑ったとかの問題じゃない。まるで変態のような言い方だ。流石に今のは──

 

「ち、違うのよ。ほら、小動物みたいな可愛いさがあるって意味よ」

「うんうん」

 

刀奈さんの言葉に賛同するように頷く。

 

「保護って……私は動物じゃないよ」

 

なんて言えば……あぁ、もうやけくそだ!

 

「簪は僕のものにしたいくらい可愛いんだよ! むちゃくちゃにしたいほど可愛いんだ!」

「む、むちゃくちゃにしたいって……」

 

言ってしまった。

後悔はないこれから起こる事柄に僕は後悔はない。

 

「悠人君は私をむちゃくちゃにしたいの……?」

「したい……かな。簪は可愛いから」

「……いいよ」

「えっ?」

 

いいよってどの意味で言っているんだ。

 

「私は悠人君の色に染まりたいから……悠人君がシたいなら」

 

ちょっと簪さん、何か変な方向にいってる感じがしますが。

 

「お姉ちゃんもいいよね? お姉ちゃんも一緒にむちゃくちゃにされよう?」

「……そうね。私も悠人君が好きだから簪ちゃんと一緒にむちゃくちゃにされたい」

 

いやいやいや、ちょっと待って刀奈さんも変な方向に……なんで服、脱ぎ始めているの!?

 

「旅行に行ってる間にちゃんと勉強したから」

「悠人君が好みそうなプレイもね」

 

ここまで来て何もしないのは添え膳食わぬは男の恥だ。

覚悟を決めよう。

 

「「悠人君……シよ?」」

 

美人姉妹の色っぽい声に誘惑されて美味しく頂くことにした。

 

 

 

 

「そういや今日は箒の神社でお祭りだった」

 

簪と刀奈さんを美味しく頂いて2人とデートして過ごしてお盆の時期になったときふと思い出した。

 

「お祭り?」

「箒の実家は神社でお盆の時期になると神楽舞いっていうのをやるんだ」

「箒ちゃんは巫女さんなの?」

「はい、今年は箒が神楽舞いをすると思うので見るついでに祭りに行きます?」

「行ってみようよお姉ちゃん。本音や虚さんと一緒に」

「そうね、そうと決まれば浴衣の準備をしないといけないわ」

「僕は一夏が行くか電話するので」

「悠人君の浴衣も用意するわよ」

「僕の分?」

 

スマホを持って部屋を出ようとしたら僕の分の浴衣も用意すると言った。

 

「せっかくのお祭りなのに浴衣で行かないなんて勿体ないでしょう?」

「じゃあ……お言葉に甘えて」

 

簪と刀奈さんの好意に甘えて浴衣を用意してもらった。僕が着ている浴衣は灰色の浴衣を着て紺の帯を巻いている。

 

「遅れてごめんね悠人君」

「どの浴衣にしようか迷っていたら時間がかかって」

 

簪は藍色にアサガオの花が描かれた落ち着いた浴衣で刀奈さんは青に花火が描かれている明るい色合いの浴衣だった。

 

「おひさだねヤマト~」

 

本音さんの浴衣は黄色でキツネのような模様がある浴衣を着ている。

 

「お会いするのは初めてでしたね。布仏虚と言います」

 

眼鏡をかけて三つ編みにしたポニーテールの女性。前髪がかからないようにヘアバンドを付けている。

 

「山田悠人と言います。簪とはクラスメイトです」

 

布仏さんの浴衣は薄い緑に紅白の椿の花を描かれている浴衣を着ている。

 

「お嬢様と簪様、本音からお話は聞いています。本音とは良き友人でお嬢様と簪様は恋仲であると」

「は、はい。その……」

「お嬢様も簪様もとても喜んでいて惚気話を聞かされるこっちの身にもなって欲しいものです」

 

そう言っているが満更でもなく、にこやかに笑って祝福しているように思える。

 

「外で車を用意してるからお祭りに行きましょう」

 

扇子に『出発』と書かれていて外に停車している車に乗り込んだ。

 

 

 

 

「今年の祭りも賑やかだな」

 

篠ノ之神社に到着すると屋台が立ち並んでいてお祭りを楽しんでいる人がたくさんいた。

 

「一夏、発見っと」

 

神社の入り口に一夏が立って待っていた。

 

「久しぶりだな悠人」

「そうだね一夏」

 

一夏も僕を見つけると近付いてきて拳と拳を合わせる。

 

「夏休みは海外に行くって聞いたから神楽舞いは見ないのかと思ったぜ」

「予定が色々変わってね。箒の神社で祭りやるのをふと思い出したんだよ」

 

一夏の服装はシャツにジーパンというかなりラフな格好だった。

 

「久しぶり一夏」

「前のタッグ戦以来だな」

 

簪が入院中に倉持技研が白式を完成させるのに優先されて打鉄弐式が完成しなかったことを話したら一夏が簪に謝ったが彼女も気にしていないと言って仲直りしてお互い、名前で呼び合う仲となった。

 

「そろそろ神楽舞いの時間だから行こうぜ」

 

一夏について行き、本殿の前で待っていると白い衣と袴の舞装束を身に包み、金の飾りを纏った箒が現れる。

右手に刀、左手に扇子を持って神楽舞いを始めた。

流れに身を任せているようにも見えるがひとつひとつの動きは自分の意思が宿っているように感じる。

 

「綺麗……」

「そうね、とても綺麗ね」

 

箒の神楽舞いの姿に簪と刀奈さんは魅了されていた。

舞いが終わり、刀を鞘に納めてお辞儀をすると歓声と拍手が箒を包んだ。

 

 

 

 

神楽舞いを終えた私はお守り販売をしていた。

 

「久しぶり箒」

 

お守りを買いに来た人かと思えば悠人だった。

確か、夏休みは海外にいると聞いていたが神社に来ているとは思わなかった。

 

「箒の神楽舞い、すごく綺麗だった」

「お姉さんも見惚れちゃうほどだった」

「しののん、すごかったよ~」

「はじめまして布仏虚です。本音がお世話になってます」

 

悠人達が来たのは神楽舞いついでに屋台に来たんだろう。

まあ、それは良い。別に良いんだ。

問題は──

 

「よっ、箒」

 

一夏、なぜ……なぜお前がここにいる!?

誘ってないのに来てくれるのは嬉しいがどうして!?

 

「箒の神楽舞い久しぶりに見たけど。その……すごい綺麗だった」

 

き、綺麗!?

い、いい、一夏の口から綺麗という言葉だと!?

一夏がそんな言葉を言うのはあり得ない。

 

「夢だ……」

「箒?」

 

そ、そうだ、これは夢だ。一夏が私に綺麗なんて言うはずない。

 

「これは夢だ。私はまだ夢の中にいる! はやく夢よ覚めろ!」

「ほ、箒。急に大声出したら他の人に迷惑かかるから」

 

手を出して制止させようとしている悠人だがこれは夢なんだ。はやく目を覚まして──

 

「えいっ」

 

あいたっ!

頭にチョップされて痛みを感じた。

 

「箒ちゃん、現実に戻ってね」

「ゆ、雪子叔母さん」

 

私を叩いたのは私が離れてから篠ノ之神社の管理している雪子叔母さんだった。

 

「せっかく彼が来たんだからシャワーで汗を流しておいで。浴衣は準備しておくから」

「で、でも私は」

「いいから、いいから」

 

私の腕を掴んで母屋まで引き摺られていく。

 

 

 

 

「箒ちゃん、浴衣に着替えるから少し待っててくれる?」

「は、はぁ……」

 

雪子さんがそう言って箒を連れ去った。

 

「どうする一夏?」

「俺はここで待ってるから先に行ってていいぞ」

「じゃあ、何かつまめる物とか買ってくるよ」

 

鳥居にいる一夏を置いて僕達は屋台巡りに行くことにした。

 

「うわぁ~屋台がいっぱい~」

「本音、ふらふら歩いていると他の人に迷惑になるわよ」

「仕方ないですよ。布仏さんもこういう時は楽しまないと」

「名字は本音と被るので私のことは虚と呼んでください」

「わかりました虚さん」

 

屋台を見ながら歩いている本音さんに注意している布仏さん。

祭りの屋台って何度来てもわくわくするなぁ……なに食べようかな~。

 

「あっ! ベビカス発見!」

 

ベビーカステラが売っている屋台を見つけた本音さんが離れて買いに行った。

 

「もう、本音ったら」

「まあまあ今日くらいは許してあげましょう。せっかくの祭りですので」

 

屋台で買ったものを食べたり飲んだりして楽しんでいると浴衣に一夏が着替えた箒と一緒に来た。

 

「悪い遅れた」

「ううん。待ってる間、屋台とか回ってたから大丈夫だよ」

 

箒の着ている浴衣は水面模様で金魚が描かれていて僕に近付くなり剣幕な顔を見せてきた。

 

「悠人、どうして一夏を誘った」

「ダメだった?」

「いや、ダメという訳ではなくてその……」

 

箒は一夏の事が好きだから神楽舞いに来てくれたら嬉しいと思って誘ったのに。

 

「全員揃ったことだし、ここは──」

「一夏さんと悠人さん?」

 

僕と一夏を呼ぶ声が聞こえて振り向くと浴衣を着た蘭だった。

 

「あ、蘭も祭りに来てたんだ」

「はい、周りの人は悠人さんの知り合いですか?」

「うん、紹介するね。更識簪とお姉さんのかた……じゃなくて楯無さん。それでこっちは布仏本音さんと虚さん。それで一夏の隣にいるのが篠ノ之箒。この篠ノ之神社に住んでいて僕の幼馴染」

「はじめまして五反田蘭です。一夏さんと悠人さんは兄の友達で兄の妹です」

「お兄さんがいるの?」

「弾って言って中学校の友達だよ。弾と一緒じゃないの?」

「あ~兄は祭りに来てませんね」

 

弾が来ないなんて珍しい。弾はこういうお祭りが大好きだから来ていると思ったけど。

 

「おやおや~この人が会長の想い人?」

「ほうほう、見た目からして爽やかイケメンですな~」

 

蘭の後ろには友達なのか浴衣を着ていた女子が一夏を見ていた。

 

「ちょっと、なに言ってるのよ!」

「きゃあ~会長が怒った」

「激おこプンプン丸だぁ~」

 

楽しそうに笑いながら蘭をからかっている。

 

「蘭、後ろの人って友達?」

「えっと、生徒会のメンバーです」

「今日、祭りに来たのは学園祭のアイディア探しに来たんでーす」

「へぇ、生徒会のメンバーなんて偶然ね」

「偶然?」

 

蘭も含めた女子も刀奈さんの言葉に首を傾げる。

 

「私も生徒会長をやってて本音ちゃんと虚ちゃんも生徒会メンバーなの」

「本音さんも?」

「ヤマト、意外そうな声してる。私が生徒会に入ってるのが珍しいの~?」

 

生徒会って厳格な感じがするからふわふわしている本音さんが入ってるなんて想像も出来なかった。

 

「一夏さんと悠人さんが通っているのはIS学園ですからもしかして」

「そう、IS学園の生徒会長であり」

 

僕の隣に来ると腕に抱き付いて豊満な胸を押し付けた。

 

「悠人君の彼女さんなの♪」

 

『衝撃の事実!山田悠人、生徒会長と禁断のお付き合い!』

なに変な考えをしているんだよ。

 

「あの……前に鈴さんに告白されたって言いましたよね?」

 

信じられないという目で僕を見ている。

一夏達は知っているので驚いたりはしていないが蘭には鈴から告白されたとしか言っていないのでその反応で合っているよ。

 

「それは大丈夫よ。鈴ちゃんも含めてみんな、悠人君のお嫁さんなの」

「鈴さんも含めて……?」

「わ、私も悠人君の彼女で鈴の他に2人も彼女がいるの」

「つまり……5股?」

 

夏なのに真冬のような寒さを感じるのは何故だろう。

周りが騒がしいのに全く耳に入ってこない。

 

「あの……悠人さん。恋には人それぞれと言いますし、良いんじゃないでしょうか?」

 

なんとか振り絞って出した言葉がそれですか。

気遣うように見えるけど心臓に突き刺さるような痛みを感じる。

 

「じゃあ会長、私達は学園祭の準備に忙しいのでここで失礼しまーす」

「えっ、あっ、ちょっと」

 

蘭の友達が帰るようであっという間に去ってしまう。

 

「友達が帰ったから俺達と回るか?」

「は、はい!」

 

蘭は一夏が気になっている様子だが箒が不機嫌になっているのに気付いてないだろう。

 

「なんか食いたいのあったら奢るぞ?」

「あっ、えっと……あれ、お願いします!」

 

蘭が指を差したのはクレープの屋台ではなくその隣の射的屋だった。

 

「おっ、射的か」

「じゃあ、射的で一番下手な人が一番良いのを取った人に隣のクレープ奢るのはどう?」

「うわーん、ヤマトが鬼畜なこと言ってる」

「鬼畜?」

「本音、射撃が苦手だから」

 

それってある意味近接格闘しか出来ないんじゃないの?一夏と箒はどちらかというと近接寄りだけど。

 

「大丈夫よ本音ちゃん。お姉さんは手加減してあげるから」

「たっちゃん会長が手加減しても10発中9発当てるだけじゃないですか~!」

 

それは手加減じゃない。

僅かながら希望を見せておいて絶望に叩き落とす悪魔にしか見えない。

 

「ほらほらみんなでやるわよ」

 

全員分のお金を出した刀奈さんに逃げることが出来ず、仕方なく参加される本音さん。

最初は簪、刀奈さん、虚さん、本音さんの4人がコルク銃を持って的に狙いを定めた。

簪は小さいお菓子セット、刀奈さんが大きなお菓子セットをふたつゲットして虚さんはそうめんの詰め合わせだった。

 

「むー当たらない」

 

本音さんはいまだに的に当てられず残りのコルク玉がひとつとなった。

 

「本音さん、構えたままライフルを少しだけ右にむけて」

「ふぇ? こう?」

「いきすぎ、左に修正して……ストップ。そこで撃ってみて」

 

コルク銃の引き金をひくとコルク玉が飛び出して飴玉が数個入った袋が落ちた。

 

「おぉ! ヤマトすご~い」

「どうして本音が撃てるようになったの?」

「銃口が的に向かって狙ってないからだよ」

 

何度か見てたけどライフルの構え方は悪くないが銃口が的に向かって狙ってなかった。

簪達が終えて、次に僕と一夏と箒と蘭がコルク銃を持つ。

 

「あっ……板のような物が落ちた」

「おいおい、嬢ちゃんマジか」

 

パタリと板のような物を落とした蘭を見た射的屋のおじさんが驚いていた。

 

「落ちないように細工……いや、なんでもねぇ。特賞は液晶テレビだ! 持ってけドロボー!」

 

なんと蘭が落としたのは特賞で箱に入れられた液晶テレビを手渡された。

すげぇな蘭。

 

「くっ、弓なら必中なのに……」

「弓、使ったら壊れるだろ」

 

箒も先ほどの本音さんと同じように的から外れている。

 

「ほら、俺が教えるから」

 

一夏が箒の後ろに密着してライフルの構え方を教えていると箒が顔を真っ赤にしている。

 

「ちゃんと狙えよ」

「わ、わかっている!」

 

コルク玉がぬいぐるみにヒットしてぽとりと落ちた。

 

「ぬいぐるみじゃないか。良かったな箒」

「ダルマが良かった……」

「ダルマ? あぁ、あれか。ちょっと待ってろ」

 

箒が狙っていたのは隣のダルマらしく一夏がライフルを構えて撃つと簡単にダルマが落ちた。

 

「兄ちゃん、彼女が欲しいのを狙うなんて優しいじゃねぇか」

 

ニヤニヤしながらダルマとぬいぐるみが入った袋を渡す。

僕が狙っているのは新しく発売されたガンプラで箱を端を狙って落とすようにしている。

残り一発のコルク玉がガンプラの箱に当たるが惜しくも落ちなかった。

 

「あ~くそっ、取れなかった」

「そっちの兄ちゃんは残念だったな」

 

はっはっはっと笑われてしまう。

射的の成績は蘭がトップでビリが僕という結果になった。

 

「射的のビリは僕だから蘭、好きなの奢ってやるよ」

「い、いいんですか? 私、これ取って満足しちゃってますし」

「男に二言はない。ほら、好きなの選べ。なんなら一番高いクレープにする?」

「えっ、えっと……その……ご馳走です」

 

蘭にクレープを奢り、その後も屋台巡りをしていく。

 

 

 

 

「そっか、弾が迎えに来てそのまま帰るのか。わかった、じゃあな」

 

スマホの通話を切った一夏。

蘭が持っていた液晶テレビは荷物として持つとやはり邪魔で弾に取りに行かせたらそのまま帰ることとなったらしい。

 

「弾が来たけど帰るらしい」

「これからどうする?」

「といっても花火が始まるまでもう少しだよ」

 

今の時間は8時前で花火が始まるまであと少しである。

 

「花火を見るのにちょうど良い場所を知ってます」

「ならそこで花火を見ながら何か食べようよ」

「いいな。じゃあ俺と悠人が」

「箒、先に一夏とあの場所に行ってて。僕達が何か買ってくるから」

「……ッ! あ、あぁ……わかった。いくぞ一夏」

「ちょっと箒、引っ張るな!」

 

箒は僕の考えを察したのか一夏の腕を掴んで僕達と離れていく。

よしよし、上手くいった。

 

「ということで僕達は花火が終わるまで屋台巡りでもしますか」

「屋台巡り?」

 

一夏と箒を二人っきりにさせたのは箒が一夏のことが好きだと説明すると納得してくれた。

 

「食べ物班か飲み物班に別れて買いましょう」

「じゃあ、私とお姉ちゃんとヤマトでジュース買ってくるから、かんちゃんとたっちゃん会長はご飯お願いね~」

 

本音さんに引っ張られて僕は簪と刀奈さんと別れてしまう。

 

「ヤマトはなに飲む~? 私はラムネにしようと思う」

「えっ、あぁ……僕もラムネでいいかな」

 

人数分のラムネを買って袋をもらう。

 

「ジュースは買ったから合流して」

「ねぇ、ヤマト」

 

簪と刀奈さんと合流しようとしたら本音さんに呼ばれて立ち止まる。

 

「かんちゃんとたっちゃん会長の彼氏になってくれてありがとね」

「本音さん?」

 

いつものゆるふわな雰囲気がなく、真面目な表情をしていた。

 

「かんちゃんはね、中学校の頃は友達が少なくて遊び相手といえば私だけだったの」

「お嬢様は逆に完璧過ぎて自分と合わせられる人がいませんでした」

 

なんて言えばいいのかな。簪と刀奈さんはやっぱり似ているな。

 

「だからねヤマト、これからもかんちゃんと」

「刀奈お嬢様のことを」

「「よろしくお願いします」」

 

 

 

 

簪と刀奈さんと合流して花火を見ながら食べたり飲んだりして祭りから帰って来た僕は浴衣を着たまま縁側に座っていた。

 

「簪と刀奈さんをよろしくか……」

 

縁側は他の人がいなく、虫の鳴く声しかない。

今の夜空は花火が放たれたときとは違い、星空が耀いている。

 

「ひとりで星の観察かな?」

 

星空を眺めてしばらくしていると更識さんがいて僕の隣に座った。

 

「今日は娘達とお祭りに行ったらしいね」

「は、はい。箒……幼馴染の神社で神楽舞いがありまして一夏……もう1人の幼馴染と一緒に見に行きました」

「娘達が迷惑をかけてなかったか?」

「大丈夫ですよ。みなさん神楽舞いを楽しんでいました」

「それは良かった」

 

簪と刀奈さんが神楽舞いを楽しむことが出来た聞いて嬉しそうにしている。

 

「山田君、最初に君を殴ったことについて謝りたい。本当にすまなかった」

「元はといえば優柔不断な僕がいけないんです。鈴……幼馴染の告白を最初に受けてましたが答えを出さずにそのまま過ごして簪や刀奈さん、他の2人も告白されて……」

「やはり迷ったのかね?」

「はい、僕みたいな誇れるものがない普通の人を好きになるとは思いもしませんでした。でも……」

「どうした?」

「何度も考えましたがやっぱり僕では不釣り合いだと思います。なんで僕を選んだのか……」

 

本当に僕で良かったのかと考えてしまう。

 

「……刀奈は私が楯無を引退したのは自分自身のせいだと思っている」

「刀奈さんが?」

 

更識さんが刀奈さんについて話し出した。

 

「ロシアの勧誘に乗らずに日本の代表になっていれば私が足の後遺症を残さず、まだ楯無のままだったと負い目を感じていた」

 

本当は爆破テロをした人が悪いのに刀奈さんは自分の罪のように意識して……。

 

「あの子は周囲の期待に応えようと妹の簪にすら完璧超人を演じるようになった。楯無という襲名と生徒会長の立場で何かと溜め込んでいる。山田君、せめて君と二人っきりのときは刀奈を甘やかしてほしい」

 

家族にも本性を隠して刀奈さんも周りの影響でストレスとか溜まっているはず。

定期的に解消しないと押し潰されるだろう。

 

「はい、刀奈さんのことは任せてください更識さん」

「それと私のことは景元と呼んでほしい」

「なら、僕は悠人と呼んでください」

「わかった、娘達をよろしく頼む悠人君」

「幸せにできるかわかりませんが善処します」

「そこは幸せにするときっちり言ってもらわないと親として安心安心出来ないな」

「正直、僕の力だけで幸せに出来るかわからないので景元さんみたいな強い人になれれば」

「大丈夫だ、娘達が惚れた君なら守ることが出来る。先代楯無である私が保証しよう」

 

景元さんの了承を得て、簪と刀奈さんの交際をようやく認められた。




刀奈がなぜ現楯無なのかとロシア代表なのか独自解釈してみました

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