魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜 作:スターダストライダー
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密室とも呼べる空間内。異臭が鼻につき、その床のいたるところに似たような形をしたものが点々と転がっていた。それが人である事は容易に理解できた。
ある者は首から上を失くしており、ある者は原型が分からないほどに損傷が激しかったり、ある者は膨れた腹に手を置いた状態で絶命していたり、ある者は背中に刺し傷を残したまま息絶えていたりと、男女問わずに多くの者が死に絶えていた。
そんな死体で出来たカーペットの上にただ1人、白い制服とピンク色の髪や花が特徴的な少女は佇んでいた。その瞳に光は宿っていなかった。目の前に広がっているのは、顔もよく見えない死体だけ。そこに転がっている面々の中には、自分が親しい者もいたはずなのに、感覚が麻痺しているからか、今やその面影すら思い出せない。
一つだけ分かっている事があるとするならば、何かが終わったという事だろうか。その中で、彼女は生き残った。何をしたわけでもない。戦おうとも、止めようともしたわけでもなく、ただそこに立っていた。それだけの事だった。戦いは終わったはずなのに解放感も、脱力感も、何もない。
「……何も、してない」
そう呟いたその瞬間、脳内に映像が流れ込んできた。それも一つではない。どれも彼女自身が記憶にないものばかりだ。
ベッドから上半身をはみ出しているジャージ姿の少女の亡骸にすがりつく女性。
寺の中と思われる室内で苦しみながら倒れこむスーツ姿の女性。
同じ魔法少女によって首を絞められ、地面に倒れこんで絶命した魔法少女が殴られ続け、思わず目を背けたいほどに傷つけられいく姿。
背後から胸を貫かれ、血の海に伏せるニット帽の少女。
コート姿の女性が心臓辺りから血を流しながらも、左肩から羽根を生やしている天使の頭を鷲掴みにし、壁に叩きつけて殺害し、もう1人の天使に近づこうとするが、薙刀を持ったスク水の少女によって右手を切断され、そのまま倒れこむ様子。
部屋の中にて、天井から垂れ下がるマフラーで出来た即席の輪に首を通し、ユラユラとぶら下がっている小太りの女性。
どこかの屋上にて、ガラス片が額に突き刺さった状態で息絶えている歳上の女性と、その近くで下腹部が膨れている女性がマントを羽織った状態で血を流しながら倒れており、そのそばに忍者らしき少女が泣きながらすがりついている様子。
雨が降り注ぐ中、背中や口から血を流しながらも、死が目前に迫っていながらも、目の前に現れた少女を想い、何かを渡しながら絶命する様子。
森の中で先ほどでてきた、右肩から羽根を生やした天使が胸を貫かれて絶命している姿や、腰から下だけの変わり果てた姿の死体や、首から血を流し、倒れこむ少女がいた。その少女の表情からして、何が自分の身に起きたのか分からずに困惑した様子が伺える。
雨の降りしきる高台には、背中から日本刀のようなものによって刺し貫かれている小学生らしき姿や、左腕を失くし、地面に伏せている少女がいた。
また、別の光景も広がっていた。
蟹のような化け物によって、抵抗していた男性が断末魔を上げながら、その化け物に喰われていく様子。
紫色の人物の蹴りによって、灰色の人物が火花を上げながら爆散する姿。
男性の腕に抱かれている男が、満足げな表情を浮かべながら静かに目を閉じる様子。
白衣を着た男が男性に抱えられながら粒子となって消滅し、抱えていた男が涙を流す姿。
ガラス片を手に掲げながら、何かを呟きながら、雨に打たれながら粒子となって消滅する哀しげな結末。
横断歩道を渡っていた親子を迫り来るトラックの魔の手から救おうと親子を突き飛ばし、代わりにはねられた男性。
地下駐車場にて、逃げようとする緑色の人物が背後から勢いよく貫かれて爆散する様子。
ソファーの上で手に1本の花を持ちながら息絶えている男性。
鉄パイプを持って雄叫びを上げながら走り出した男性の全身に銃弾が撃ち込まれ、前のめりに倒れる男性の姿。
茂みの中で、眠るように息を引き取り、誰にも気付かれる事なく倒れている女性。
赤と黒が蹴りでぶつかり合い、黒が消滅する様子。
口から血を流している男性が、車にもたれながら右手でもう1人の男性の手を握り、そのまま目を閉じてぐったりとする様子。
腕を組みながら消滅する黄金色の人物。
病室と思わしき場所でベッドに寝転がる事なく、地面に座り込んで、全てのしがらみから解放されたかのような表情を浮かべて絶命している男性。
胸が苦しくなり、膝をついて倒れこむ少女。なぜこのようなものが流れ込んできたのは分からないが、明らかに日常とはかけ離れている光景がいくつかあった。
「どう、して……! こんな……!」
問いかけても、誰も答えてくれない。が、代わりに返ってきたのは背後から聞こえてくる足音。水たまりに足をつけた時のようにピチャピチャと音を鳴らし、近寄ってくるのが分かった。少女は振り返った。そこにいたのは、狐のようなアーマーをつけた人物。
仮面ライダー『九尾』。すぐにその名が脳裏に浮かんだが、様子がおかしい。よく見るとその全身には白い裃や袴のいたるところに点々と赤い斑点がこびりついている。一歩一歩確実に近づいてくる姿に、少女は畏怖した。
逃げなければ。そう思い後ずさろうとするが、何かが足を掴んだ。見下ろしてみると、もう物言わぬ死体だったはずの者達が彼女の両足にしがみついていたのだ。悲鳴を上げながら振り払おうとするが、ビクともしない。まるで彼女を道連れにしようと言わんばかりに。生き永らえている彼女を呪うかのように。
気がついた時には、九尾は眼前にいた。目を見開く少女は次第に呼吸が荒れ始めてきたが、直後に荒げていた息は止められた。下腹部に焼けるような熱が帯び始めている。同時に何かが飛び散り逃げていく感覚があった。下に目を向けると、九尾の武器であるフォクセイバーが彼女の腹を貫いていた。そこから溢れ出る血は、突き刺さっているフォクセイバーを持つ九尾を赤く染めあげる。
少女……スノーホワイトは、血で汚れた右手を九尾に伸ばすが、それを遮るかのように、もう片方の手に握られていたフォクセイバーが振り下ろされ……。
自分の悲鳴で目が覚めた小雪は、上半身だけを勢いよく起こした。全身が汗でぐっしょり濡れており、気持ち悪い感覚に纏われていたが、直後に頭を痛みが貫いた。思わず頭に手をやると、肌とは違う感触があった。
小雪は頭を押さえながら息を整え、冷静さを取り戻した。布団がかけられているところから見て、どうやら夢を見ていたようだ。それも血生臭さしか感じられないもの。改めて状況を整理する必要があると考え、小雪は周りを見渡した。
先ず分かったのは、今自分がいる所が自室ではないという事だった。記憶に手違いがなければ自分の部屋には、魔法少女関連の小物がそれなりに置かれており、部屋もそれなりに女の子らしく凝らしている。だが今いる場所には、石油ストーブやハンガーラックといった、家主には失礼だが殺風景な雰囲気しか感じられない。おまけに物がそれほど置かれていないばかりか、部屋も少しオンボロな気がする。割と近い場所から電車が通り過ぎる音が聞こえてくる。
となると、ここはどこなのだろうか? 小雪の疑問は、さらに周りを見渡す事で判明した。小雪が寝ていた斜め後ろに、壁にもたれながら寝息を立てている少女の姿があった。冬が近いにもかかわらず、薄手の半袖や半ズボンを着て、毛布一枚を肩からかけているだけ。小雪が何より目についたのは、目の前で寝ている歳上の少女の顔だった。素顔を見たのは一度だけだったが、魔法少女『リップル』としては、何度も会ってきた少女だ。
「……華乃さんの、家」
小雪はそう結論付けた。
すると雲に隠れていた朝日が窓から部屋に差し込んで、小雪は窓に目をやった。窓ガラスに映っている自分の額に包帯が巻かれ、頬には湿布、両腕には同じように包帯が巻かれている事をそこでようやく知った。額の包帯には僅かに赤く滲んでいる箇所がある。華乃が手当てしてくれたのだろうか。
その疑問が解ける前に、目の前の少女は小鳥のさえずりにうるささを感じたのか、ゆっくりと目を開けた。そして窓ガラスに目を向けている、包帯に巻かれた小雪に声をかけた。
「……目が覚めたようね」
「! お、おはよう、ございます……!」
「……おはよう」
突然声をかけられた小雪は反射的に挨拶をした。華乃も一応挨拶を返す。
「あ、あの……。どうして、私ここに……」
「覚えてないの? クラムベリーにあれだけ打ちのめされたのに」
その一言で小雪はハッとした。昨夜、スノーホワイトはクラムベリーの猛攻によって瀕死寸前まで追いやられた。そして気絶したスノーホワイトを窮地から救ったのはリップルとナイトだった。その後クラムベリーを退け、2人は小雪を華乃の住むアパートの一室まで運んだ。朝日が見えてきた事を考えると、夜の間はずっと気を失っていた事になる。
直後、クラムベリーの氷のような笑みや、血のついた手を伸ばしてくる姿を思い出し、小雪は両手を胸の前に当てて震えた。恐怖が、再び戦いの過酷さをまだ知らない少女を支配する。華乃はそれに気づいていないのか、あるいは気づいてて敢えて何も言わずにいるのか、小雪を見つめるばかりだった。
そんな小雪の震えを払拭したのは、扉が開いた音だった。小雪と華乃が音のした方を振り返ると、藍色のコートを着た華乃のパートナー、秋山 蓮二が部屋に入ってきた。
「どうやらタイミングは良かったらしいな」
蓮二は2人が目を覚ましている事に気づいて、鼻を鳴らした。
蓮二は右手に持っていたコンビニ袋をちゃぶ台の上に置き、壁にもたれてから小雪に目を向けて、口を開いた。
「出血は多かったが、傷はそこまで深くなかった。大人しくしていれば、すぐに治るかもな。……とにかく、今は良い機会だと思って、頭を冷やしておけ」
「た、助けてくれて、ありがとうございます……。でも、どうやって私を見つけて……」
「大した事じゃない。偶々近くを周っていた時に見かけただけだ。まぁ、助けようと言ったのは華乃の方だがな」
そう言って蓮二は華乃に目を向けた。華乃は恥ずかしさからか、目を背けている。しかし偶然とはいえ、2人が近くにいなかったら、小雪は今頃確実にクラムベリーの手であの世に送られていたという事になる。再び震え始める小雪を見て、蓮二は声をかけた。
「これでようやく分かっただろ。戦うという事がどういうものかを。お前が何を見て育ってきたのかは知らないが、お前は二次元を夢見過ぎている。いい加減現実にも目を向けるべきだ。俺達はピーターパンじゃないんだ。いつまでも子供のままではいられない」
「……じゃあ」
小雪は声を絞り出して口を開いた。
「2人は、これからも戦い続けるんです、か……?」
「当然だ」
蓮二は即答。華乃は黙り込んでいるが、否定する気はないようだ。その雰囲気に小雪は何も口出し出来ない。そんな小雪へ蓮二がさらに詰め寄る。
「……で、お前はどうする?」
「えっ?」
「拳を交えて戦う事がどういうものかをお前は知った。それでお前はこれからどうするつもりだ」
『答え』は出たのか?
そう問われた小雪は、思わず自分の手のひらを見つめた。しばらくの沈黙の後、口を開いて感情を吐露した。
「……私は。スノーホワイトになる前から、魔法少女が、大好きで、憧れてたんです。子供の頃は、本気でなりたいって思ってました……。いつの間にか、昨日見た魔法少女アニメの事を語れる女の子達は周りからいなくなっていました。当然ですよね。魔法少女なんて幼稚だって、よっちゃんやスミちゃんもそう言ってましたし……。唯一、幼馴染みだったそうちゃんとしか、魔法少女の事で話してなくて。……それでも私は、『魔法少女になって人々を幸せにしたい』って想いは捨てきれずにいました」
「……」
「『魔法少女育成計画』の影響で本物になれた時は、本当に嬉しくて、ファヴや魔法の国に感謝しっ放しで……。そのおかげで九尾にも出会えたし、そうちゃんとも魔法少女として再会出来たし、とにかく幸せでした。もちろん、華乃さんや秋山さんに出会えたのも良かったと思ってますし……。『世の為人の為に魔法を使う魔法少女』になって、これからも人助けに励もうと思ってました」
そこに来て、この人員削減と称した生き残り合戦もといバトルロワイアルの開催。数多くの同胞が息絶え、同じチームメイトも心身問わず傷を負い、何よりそれらが同じ魔法少女や仮面ライダーによって引き起こされた事が、スノーホワイトにとって耐え難いものだった。
「生き残るためとは言っても、率先して人を傷つけて、殺そうとするなんて、魔法少女や仮面ライダーのするべき事じゃない。そう思ってたのに、みんなは……。でも、死にたくないのはみんな同じ気持ち。それは分かってます。でも、それなら私は……」
「だから?」
蓮二が小雪の言葉を一蹴する。
「それで? お前は何をしたいんだ? さっきから質問の答えになってない事ばかり口にしているが、お前は結局どうしたいんだ?」
「それが分からなくて……!」
不意に小雪は腹の底から悲鳴に近い声をあげた。
「それが、分かんなくて……! 誰かを傷つけてまで生き残ろうとするなんて、間違ってるって分かってるのに、でもだからってこのまま何もしなくても良いわけじゃないはずなのに……! これじゃあ、私かみんなのどっちが正しいかなんて、分からなくて……!」
「だから答えが見つからない。そう言いたいのか」
目に涙を溜めながら俯く小雪は首を振らない。そんな彼女を見て、蓮二はため息と共にこう言った。
「お前は今までずっとそうやって迷ってきた。……それで、誰か1人でも漏らさず救えたのか? 一般人なら確かに救ってきたところは俺もよく知っている。だが他の魔法少女や仮面ライダーはどうだ? お前から手を差し伸べて救えた事はあったか?」
「……!」
答えはNOだ。少なくとも彼女は魔法少女や仮面ライダーを自分の手で救い出した記憶はない。自分が授かった魔法はあくまで道端で困っていた一般の老若男女を助けるためだけに使っているだけ。決して同胞同士での戦いの場では使う事はなかった。魔法少女や仮面ライダーが死に行く中で彼女に出来たのは、同胞の死を嘆き悲しみ、泣く事だけ。これではとてもじゃないが、同胞を救ったとは言えない。
こんなやり方で魔法少女や仮面ライダーを厳選しようなど間違っているのは分かっている。だが本当に間違っているのは、自分の弱さに身を委ね、時の流れに身を任せて、何もせずに他者の死を看取る自分の有り様ではないのか? そんな疑問がスノーホワイトと呼ばれる少女の頭の中を駆け巡る。
「(私が、弱いせいで、みんなが……)」
段々と意識が深い闇に堕ちようとする小雪だが、そこへ戦う事を肯定する男の声が耳に響いてきた。
「お前の存在そのものが弱いとは言わない。むしろお前が今日まで信じてきた事、それそのものは強さの一つだ。捨てる必要はない。ただ……。お前は、戦う事に対して思い違いをしている。確かに相手を傷つける事に相違はない。だが、その奥にはもっと深いものが隠れている。俺も華乃も、それに気づいている。だから戦える」
「奥……」
「そういう意味じゃ、城戸の方がお前よりかは多少弁えている。最初はどうしようもないバカだったが、少しはマシになったと思ってる。奴自身、戦う理由を見つけたようだからな」
「城戸さんが……」
蓮二は俯いている小雪に向かってこう言った。
「確かに
「……」
「俺は、戦うと決めている。俺には、戦って生き残らなければならない理由がある。……あいつを、恵里奈を見つけるまでは、少なくとも俺は死ねない」
「秋山、さん……」
小雪は思わず蓮二の目つきに惹かれていた。そこにあったのは、揺らぐ事のない決意。まだ全てを把握したわけではないが、生きる理由を彼は見つけている。
そんな小雪の目線には目もくれず、蓮二はちゃぶ台に置いてあったコンビニ袋の中から取り出したものを小雪に投げ渡した。よく目にするこんぶ味のおにぎりだった。先ほど外に出かけていたのは、朝食用の分を調達してきたからだろう。同じくおにぎりで鮭味のものを渡した後、華乃にも同じものを投げ渡し、口を開いた。
「飲み物もここに入れてある。好きに選べ。お金の事はいいが、一つ貸しを作ったから、またどこかで返してもらうぞ」
「は、はい」
「それじゃあ、こいつの事は頼むぞ華乃。俺はもう出かける」
「分かりました」
「それから……」
部屋を出る寸前、蓮二は首だけを小雪に向けて言った。
「手塚は特別だが、俺は名字で呼ばれるのは好きじゃない。よほどの事情がなければ、名前の方で呼べば良い」
それだけ告げると、蓮二は部屋を出た。扉を開いて閉まる音が部屋の外からも聞こえてきた。一度小雪と華乃は目を合わせたが、特に会話する事なく、腹ごしらえと言わんばかりにおにぎりにかぶりついた。丸半日寝ていたからか、食欲はあった。冷たくはあったが、胃袋に収まるなら何でも良く、黙々と食べ進めた。一つ食べ終えたところで、最初に口を開いたのは華乃だった。
「……あの人は、目的があるから、自分に厳しいだけだと思う。だから、きっとあなたにあぁやって冷たく言ってしまうけど、本当はそれだけ気にかけてる。だから、あの人の事、分かってあげてほしい」
「そ、それは分かります……。でも、さっき言ってた恵里奈って人。蓮二さんと何か関係があるみたいですけど、どんな人か、華乃さんは知ってるんですか?」
「……えぇ」
華乃は立ち上がり、袋から緑茶の入ったペットボトルを取り出し、元の位置についてから蓋を開けて一口含む。そしてペットボトルを口から離すと、小雪に顔を向けた。
「……あの人は、恵里奈さんは、蓮二さんのたった1人の肉親。妹なの」
「蓮二さんの、妹……」
華乃は小さく頷き、彼女の面影を振り返りながら語り始めた。
同じ頃、一度華乃の住むアパートの一室に顔を向けた後、蓮二は首から提げてある写真入れのペンダントを開いた。無粋な表情の蓮二とは対称的に、ハキハキとした表情の女性が写り込んでいる。
「……恵里奈」
蓮二は一言、写真に写る女性の名を口にするが、それも偶々通過した電車の轟音に掻き消された。
秋山 蓮二は、よほど親しい仲を持った者以外とは極力避けてきた。喧嘩っ早い性格もあるのだが、頑固さや好き嫌いの激しさが災いし、大学時代は行く先々での喧嘩がいつの間にか日課になっていた。友と呼べる者は当然おらず、終始孤立を貫き通していた。
大学生の頃に両親を事故で亡くし、唯一の家族である妹の恵里奈と共に生活をするようになってからも、その性格は変わらなかった。喧嘩で怪我をしたら恵里奈はブツブツ文句を言いながら手当てをする。そして蓮二も負けじと小言を言って小喧嘩になり、最後は何だかんだ言って和解する。それがいつしか当たり前のようになっていた。
とはいえ本心は強い正義感と思いやりのある持ち主であるため、彼の事をよく知る人物の目からは高く評価されており、信頼も厚い。
『ねぇねぇ、これ知ってる?』
ある日、恵里奈は食卓を挟んで彼女が持つスマホの画面を見せてきた。画面には『魔法少女育成計画』と大きくタイトルが貼り出されている。蓮二がおおよそ聞き慣れない単語に顔をしかめていると、恵里奈は言った。
『これともう一個、『仮面ライダー育成計画』とかをやり続けてると、何万人かに1人の確率で、本物になれるって聞いた事ない?』
『さぁ。興味ないな』
『だと思った。まぁやってみようよ。私もほら、もうこれだけレベルアップしてるし、今だったら知り合い通じてレクチャー出来るから! 協力プレイも出来るみたいだし、この仮面ライダー育成計画ってやつダウンロードしてみてよ! 結構面白いよこれ!』
『……ふん』
鼻を鳴らしつつも、言われた通りにアプリをダウンロードする蓮二。いくら無課金制を徹底しているとはいえ、所詮はソーシャルゲーム。どこかで飽きて当然だから、今はあえて妹の誘いに乗ってやるか。そんな軽い気持ちでゲームを始めた。
彼が始めた『仮面ライダー育成計画』は、結果的に蓮二にとって気晴らしには最適なゲームとして、その後も彼はプレイし続けた。『仮面ライダーナイト』という騎士姿のアバターを文字通りレベルアップさせて、いくつものトリッキーなアイテムを獲得した。いつの間にか、中々手に入らない激レアアイテムまで手に入れていた。
『(本物になれるかも……か。随分とふざけたデマが流れてるな)』
そう思いつつも順調にレベルを上げていき、『仮面ライダー育成計画』を始めてから約1ヶ月後に、それは突如として起こった。
マスコットキャラクターのシローがいつもと違うセリフを口にしているのは分かっていたが、気にもとめずにタップし続けていた。そして気がつけば、彼はアバターと同じ姿になっていた。
『おめでとう! 君は仮面ライダーに選ばれたのだ! これからは本物のヒーローとしてこの街を守っていくのだよ、仮面ライダー「ナイト」』
シローにそう言われ、ようやく事態を理解したナイトだが、すぐにシローに異議を申し立てた。
『何? 仮面ライダーを辞めたい?』
『こんなものは俺の趣向に合わない。さっさと契約を破棄しろ』
『取り消しは不可能だ。大方、文章を読まずにタップ連打した結果だろうが、そういう輩は他にもいた。そもそも、本当になりたいと思っていなかったら、選ばれるはずもない。心の奥底で望んでいたんじゃないのか? 正義に満ち溢れたヒーローになる事を』
『バカバカしい……!』
その後はいざこざがありながらも、結果的に仮面ライダーになる事を承諾した蓮二。自身のスキルや注意事項を確認した上で、蓮二は暇つぶしにと、空いた時間で性能を試してみた。魔法少女や仮面ライダー以外に正体を明かしてはならないという決まりがあるため、恵里奈やバイト先の連中にも話す事は許されない。もっとも彼自身口は堅い方だったので、懸念だったかもしれない。途中で教育係としてライアが配属されたが、何でもかんでも占いで蓮二の運勢を見透そうとする姿勢を鬱陶しく思い、一方的に関係を断ち切ってきた。
そんな彼が初めて出会った魔法少女。それが後に『リップル』と呼ばれる細波 華乃だった。初めて彼女という存在を認識した当初はまだ魔法少女ではなかった。ある出来事を経て知り合った2人はバイトで同じ時間帯のシフトで仕事をしていた。
華乃が魔法少女になった事を知ったのは、それから間もない頃だった。いつものようにモンスター退治をしようとした現場でまだ魔法少女になったばかりのリップルが苦戦しているのを目撃し、嫌々ながらも助太刀し、モンスターを倒した。そこで偶然にも互いの正体が判明し、2人はより一層親しくなった。
当然ながら、華乃には妹である恵里奈の事も紹介し、信頼関係を築き上げてきた。そしてリップルの教育係として手を挙げ、夜道を駆け巡り、モンスター退治に勤しんできた。
その頃から、蓮二は恵里奈と過ごす時間が少しずつ減っている事に気づいた。蓮二が家にいる時は決まって恵里奈の姿はなく、逆に蓮二が出かけている時に恵里奈がいたり、ようやく会えた時には、すでに日付が変わっていた。このまま、何れは別々の道を歩むのではと思っていた蓮二だったが、とうとうその予感が現実のものとなった。
恵里奈がいつになっても家に戻ってこない。日付が変わってからも戻ってこないなど、今まで一度もなかったはずなのに。そんな日が続き、さすがに異常事態だと思った蓮二は警察に連絡し、華乃と共に調査を進めていた。が、賢明な捜査も虚しく、恵里奈の居所は掴めていない。それでも2人はめげずに恵里奈を探し続けた。
そんな最中に起きた、総勢32人の魔法少女と仮面ライダーによる生き残り合戦。最初はキャンディー集めに重点を置いていた抗争が、いつの間にか本物の殺し合いへとシフトチェンジした。それによって恵里奈捜索に割く時間は事実上取れなくなった。下手に捜索にばかり集中していたら、足元をすくわれ、そして殺される。
〜戦わなければ生き残れない〜
その信念のもと、恵里奈の無事を願いながら、今宵もナイトは、リップルや戦いを経て知り合った仲間と共に、生き残る術を模索している。
はい、というわけで今回は蓮二の過去判明回、並びに小雪への説教(?)回できた。(といってもほとんど46話のオマージュみたいなものですが……)
ちなみに前半で出てきた夢のやつは、まほいくや龍騎本編の死に様だと思っておいてください。
次回はパートナーである細波 華乃の過去が明らかに……!