魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜   作:スターダストライダー

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考えたら、リップルとトップスピードが変身前で話すのってこれが初めてだと思いながら執筆してた件。


86.1人じゃ怖くても

それは、雨上がりの夜だった。

中宿での激戦から早くも2日が経ち、互いになりを潜めているかと思えば、この日もまた、新たな脱落者としてミナエルの名が挙げられた。残る脱落者の枠は12。生き残りをかけた戦いは、まだ終わらない。

そんな緊迫感が高まる中、トップスピードはチームメイトの龍騎、ナイト、リップルの到着を待っていた。濡れた地面に座らずに待ち続けていると、ようやく3人が出揃った。

 

「お、来たな!」

「イヤ〜、ゴメン遅れちゃって。今日いろいろあってさ……」

 

やや徒労しているような様子を見せる龍騎。思えばこの日の龍騎は多忙に追われていた。通勤途中で襲われていたハードゴア・アリスの変身者である亜子を助け、OREジャーナルに連れていって手当てをしたり、その後は大久保に言われて島田の監視の下で、デスクワークに追われて、ようやく仕上げが済んだ頃にはヘトヘトになっていた。それでもこの日はトップスピードとの約束がある為、体を無理やり引きずってやってきたのである。

一方でナイトの方も、つい先ほどまでスイムスイムと交戦していたゾルダの変身者である北岡を病院まで連れてきて、そのまま直接集合場所に出向いたのだ。

 

「……それで。今日は話してくれるんだよな」

 

リップルはトップスピードのお腹に一度目をやってから、彼女に問いかけた。2日前に判明した、トップスピードの秘密。その詳細を本人から聞く為に、リップルを含む3人はやってきたのだ。とはいえ、龍騎はすでに事の次第は聞いている為、あくまで補足説明をする担当になるわけだが。

 

「んじゃ、ここで話すのもアレだから、ついてきなよ。俺の家に招待するぜ。そこで話すよ。俺が生きたい理由。それからこの腹の事も」

 

トップスピードの提案で、場所を移し替える事となり、一同はラピッドスワローにまたがるトップスピードを先頭に、つばめが住むマンションまで飛んでいった。トップスピードの後ろに乗っているリップルは、空を飛んでいる間は一言も話さずに下界を見下ろしていた。中宿の方は、相変わらず瓦礫などの撤去作業が続いている。あの場でライダーだけでなく、多くの一般市民が犠牲になったことを考えていると、リップルは次第に拳を固めていた。

やがてマンションの屋上に着地し、4人は変身を解いた。

 

「ここを降りたらすぐのところが、俺んち。今は俺以外住んでないから、ベランダから入っても良いんだけどな」

 

マタニティドレスに身を包み、膨れた腹に手を当てているつばめは、笑いながら階段に向かった。正史、蓮二、華乃も後に続き、階段を降りてすぐの扉の前に立つと、鍵を開けて、部屋に入り込んだ。靴を脱いで先ず向かったのはリビング。物はそれなりに置いてあるが、整理整頓されており、手際の良さが出ている。物は置いてないが、ここまで綺麗にしようとは思っていない華乃は、思わず目が惹かれていた。

テーブルの上には、ラップに包まれた手料理の数々が用意されていた。予めつばめが作っておいたものらしく、初めから家に招き入れるつもりだったのだろう。

 

「折角面と向き合って話すなら、何か食べながらの方が気楽だしな」

「……これ、全部あなたが? っていうよりその体でここまでする?」

「まぁな。今までも料理は俺が全部やってたからな。昇一がいる時も、正史達に振る舞う時も」

「昇一?」

 

初めて聞く名前に、蓮二は訝しむ。その返事はすぐに返ってきた。

 

「……うん。俺の旦那。そこに写真があるだろ?」

 

ラップを外しながら、つばめが指さした先には、つばめと昇一のツーショット写真や、昇一だけが写っているものなどがあった。

 

「この人が昇一さん……」

 

正史自身、名前は聞いたことがあるが、姿を見るのは初めてだった。

 

「そいつはどれも新婚の時のやつだな」

「ふ〜ん……。で、いつ帰ってくるの? さすがに遅くまでいたら、不審に思われるんじゃ……」

「……あ!」

 

華乃の言葉を聞いて、正史がハッとするが、もう遅い。正史が振り返ると、つばめはラップを外し終えて炊飯器の前に立つところだった。炊飯器に手を当てながら、つばめ口を開いた。

 

「……もう、帰ってこないんだ。あいつはもう、俺達の手が届かないところまで旅立っちまってる。もうすぐ5ヶ月になるかな? そりゃあ帰ってきてくれたら嬉しいけどさ」

「……!」

 

華乃は己の失言を恥じた。黙り込んだ華乃に目をやって、つばめは笑いながら声をかけた。

 

「別に気にしなくてもいいって。お前が悪いわけじゃないんだし。昇一を死なせちまったのは、俺のせいでもあるし」

「……どういう事だ」

「そいつは後で話すよ」

 

そう言って炊飯器の蓋を開けるつばめ。ホカホカの白米が次々と茶碗に添えられていき、出来上がったところで、つばめは茶碗をテーブルに運んだ。その際正史も運ぶのを手伝ったが、不意に茶碗が5つある事に気付いた。1人分多くないかと思ったが、すぐに5つ目の茶碗の行方が分かった。昇一の写真の前に、黒色の箸と共に白米が盛り付けられている茶碗を置いた。

 

「仏壇とかは向こうの実家に、って事になったから、俺はせめて、こうするぐらいしかないんだけどな」

 

そう言って両手を合わせて目を閉じるつばめ。しばらく静止した後、つばめはテーブルに戻って席に座ると、3人を座らせるように示唆した。

 

「ほら、突っ立ってないで座りなよ。冷めないうちに食べようぜ。あ、でも今日はワインとかは無しで。さすがにそこまで用意出来なかったし、腹がこれだしな」

「別にそこまでされなくても良い。今はお前の健康が第一だからな」

「へぇ、蓮二も言うようになったな」

「……フン」

 

そうしてつばめの隣に華乃が並び、向かい側に正史と蓮二が座る形で食事が始まった。

最初のうちは雑談交じりに料理を口にしていた。華乃は普段から少食だったが、カボチャの煮付けだけは黙々と食べ進めていた。甘すぎるものはなるべく敬遠していたが、いつの間にか美味しいと思えるようになっていた。これも彼女が成せる『魔法』なのだろうか。

 

「(くそ甘いけど、嫌いにはなれないな……)」

 

そして、おかずの量が残り半分辺りになったところで話題は、つばめの事が中心となった。昇一との出会いから結婚、妊娠、魔法少女へ半ば強引にスカウトされた事。……そして、愛する夫が先立たれた事も、包み隠さず話した。

中でも華乃や蓮二を驚かせたのは、昇一に手をかけた人物が、仮面ライダー『王蛇』の変身者だと判明した、浅倉 陸だという事実だった。

 

「あいつが、昇一って人を……!」

「そういう事になるけどな。……でも、俺だって責任ぐらい感じてるさ。俺の我が儘に巻き込んじまって、そのせいで昇一が死んじまったわけだし」

 

残りのおかずを口に頬張り、ご馳走様と告げたつばめ。その後は温かいお茶を飲みながら、話を進めた。

 

「最初はショックだったさ。……でも、久しぶりにご飯を食べてくうちに、生への欲が出たっていうか。人生もっと楽しんでいかなきゃって思うと、力が湧くんだよなこれが。この争いが始まった時とかは、最低でも半年は死にたくないって気持ちはもっと強くなったよ」

「……そうか。話は変わるが、城戸は今の話は?」

「あぁ、前に話してくれたんだ。美華が殺されて、ヤケになってた時に、つばめの姿で話してくれたんだ。俺にこれ以上、自分勝手な私怨で戦わせたくないって言ってくれて……。だから、俺ももっと頑張ろうって変われた。失った命は戻せないけど、今ある命だけは、絶対に守り切ろうって」

 

その信念があったからこそ、スイムスイムとアビスの強襲から、トップスピードやそのお腹の子を守りきれたのだろう。そして彼の決意を聞いて、トップスピードは心底嬉しさが溢れ出ていた。

 

「俺はこいつを産むまで絶対に死なないし、誰も俺の周りで死なせない。絶対に生き残ってやる。……なんて、出来るなら旦那の前で言っておきたかったけど、それももう無理だしな」

 

つばめは昇一の写真に目をやり、お腹をさすりながら呟いた。

 

「結局、迷惑かけたまま、何も言えずに終わっちまったな、あいつの人生。俺の子供も見せてやりたかったよ。もうそれも叶わないけど」

「……どうして」

「ん?」

「何でお前は、昇一さんって人の仇を取ろうって考えないの……? だって浅倉に、王蛇に殺されたから、幸せとか何もかも奪われて……! 本当に大切に想ってた人なら、なおさら……!」

「そこまでしか考えられないようじゃ、やっぱりリップルはまだまだ子供だな。ま、そりゃそっか。こんな事滅多に経験できるわけじゃないし」

「な、何言って」

 

華乃が問いただすよりも早く、つばめは立ち上がって、華乃の前に立った。そして華乃の右腕を軽く握って、片方の手で膨れた腹を指さしながらこう言った。

 

「なぁ。俺のここに手を当ててみな」

「……?」

 

華乃は言われるがままに、つばめの腹に手を触れて、マタニティドレスごしにさすった。自身の体温より温かさが感じられた。

 

「分かるか? ここには、新しい命が宿ってる。小さな宝物だ。こいつだけは、絶対に傷つけたくない。もし俺がここで敵討ちって事で王蛇に挑んだって、きっとやられるのがオチだ。何でか分かるか?」

「それが分からないから質問して……」

「そいつは生きる為の理由じゃないからだよ」

「……え」

「ただ相手を殺す事が生きる事じゃない。そんなもんは最後まで尾を引いて、きっとどこかで壊れる。それはこの子にまで受け継がせたくない」

「なら、俺からも聞かせろ。お前が戦う理由は何だ?」

 

蓮二が質問すると、つばめは頷いてから答えた。

 

「守りたいものがあるからさ。さっきも言ったけど、俺は周りの誰も死なせたくない。その中には、リップル達だけじゃなくて、お腹の子も含まれてんだぜ」

 

つばめも空いている手でお腹をさする。

 

「守る為なら、俺は戦える。命を守るっていう、それが俺にとっての生きる理由なんだ」

 

華乃は黙り込んだ。これが彼女の揺るがない意志だと思うと、そうとも知らずに鬱陶しいと敬遠してきた自分の行為が、情けなく思えてきた。

 

「(これじゃあ、どっちがバカなのか分かったもんじゃない……)」

 

華乃が心の奥底でそう呟いていたその時、不意に華乃の体がつばめと密着した。つばめが華乃を引き寄せて、抱きしめたからだ。

 

「辛い話ばっかでゴメンな。でも、リップルにも分かってほしい。早まった事だけはしてほしくないんだよ。そりゃあ中卒の俺なんかよりずっと賢いお前なら大丈夫だと思うけどさ。でも、ここいらで言っておかないと、生きる事の意味を履き違えたまま、シケた人生送っちまう。この先止めてやれない時が来るかもしれないからさ。ま、身長とか学力でリップルに負けてる俺だけど、ここはひとつ、人生の先輩として、歳上のアドバイスとして覚えといてくれよ」

 

言い終わってから、再び腕に力を込めるつばめ。つばめに抱き締められ、華乃の全身を、懐かしさを感じさせる温もりが包んだ。

 

「(何、この感じ……。前にもどこかで……。……そうか、これって母親の)」

 

長らく家族と疎遠になりつつある華乃にとってそれは、いつしか忘れかけていた、母親の愛情溢れる行為。身長差では華乃の方が少しばかり上だったが、今はつばめの方が高く思える。それだけ今の華乃は母性の優しさに包まれているのだ。

華乃の視界がぼやけ始めて、気がつけば華乃自身もつばめに抱きついていた。まだ完全にではないが、心の中の、氷の壁が溶け始めているようにも感じられた。それは、孤独でない事を悟ったからなのか定かではないが、つばめは優しく彼女の頭を撫でた。

 

「やっぱり、リップルも女の子だな。ちょっと安心したな」

「……華乃」

「えっ?」

「……細波 華乃。この姿の時は、そういう名前だから……」

「……あぁ〜。なるほどね。んじゃあ」

 

つばめは華乃を正面から見据えて、ニッコリと微笑みながら、その名を呼んだ。

 

「これからもよろしくって事で、生きような。華乃」

「……あぁ、当たり前だ。その……、つばめ、さん」

「ヨソヨソしいなぁ。別に呼び捨てでも良いし、その方がしっくり来るよ?」

「……なら、そうする。つばめ」

「おうよ」

 

頬を紅く染める華乃を見て、ニヤニヤするつばめ。その光景を正史と蓮二は見守っていた。

 

「良かったな。華乃ちゃんも吹っ切れたみたいで」

「……まぁな」

「俺達もこれから仲良くしてこうぜ。なっ?」

「生き残る為なら賛成だが、お前が言うと気持ち悪く聞こえる」

「相変わらず口悪いなぁ。ってか素直になれないのか」

「うるさい」

 

こちらも普段通りのやり取りが続いているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、夜も10時を少し周ったところで正史達はつばめの家を後にしようとした。華乃も学校があり、蓮二もバイトが朝から入っている。正史も同じように仕事がまだ山のように残っている。

食事の後片付けは後でつばめがやる、という事になり、3人はリビングを出て、玄関の前まで来た。と、ここでつばめが正史に声をかけた。

 

「あ、正史。悪いんだけど、ちょっと話があるんだ。もう少しだけ良いか?」

「? 良いけど」

 

どうやら正史にだけ大事な話があるようだ。他の2人も気になるが、これ以上帰りが遅くなるのも困るので、そそくさと扉を開けた。

蓮二と華乃が立ち去り、気配がなくなって静けさが、正史とつばめだけの玄関を包んだ。

 

「で、どうしたのつばめ? 俺に話って……」

 

正史がそう問いかけたその時、つばめの方から正史に抱きついてきた。当初はキョトンとしていたが、不意に我に返って驚きながら、つばめの肩を掴んだ。

 

「ちょ、どうしたんだよ⁉︎」

「……悪い。ちょっとだけ、このままにさせてくれ……!」

 

顔を正史の胸に埋めながらそう呟くつばめの声は、先ほどとうって変わって震えている。ただ事でないと悟った正史は、つばめの膨れたお腹の感触を直に感じながらしばらく何も言わずに、彼女の気が済むまでジッと立ち続けた。

やがて落ち着きを取り戻したのか、顔を離して、下を向きながら口を開いた。

 

「急にゴメンな。ただ、ちょっと怖くなってさ」

「えっ? 怖いって何が……」

「みんなの前じゃ言い辛かったんだけど。俺、今まで死ぬ事にそこまで怖いイメージはなかった。俺の命一つと引き換えに誰かが助かるなら、それも良いと思ってた。……でもこないだ、スイムスイムに殺されかけた時、死ぬ事が、突然怖くなっちまったんだ……!」

 

つばめの脳裏に、無表情でルーラを振りかざしてくるスイムスイムの姿が焼き付いていた。あの日から今日までの2日間、実はマトモに睡眠をとれていないと告げられた時は、正史は心底心配した。思えば彼女は昇一が亡くなってからずっと1人で、生活を続けていた。気の強い彼女なら問題ないと思っていたが、2日前の大規模な戦いを見て、内に眠っていた恐怖が甦ったのだろう。

 

「だから、その……! 今日だけでも良いんだ。その……。家に、居てくれないかな? もちろん、仕事もあるから無理に引き受けなくても良いけど、もし嫌じゃなかったら……」

「つばめ……」

 

初めて見る、パートナーの弱気な姿に戸惑いを隠せない正史。だが、すぐに決意を固める正史。魔法少女といえど、彼女も人間だ。誰だって恐怖する事はある。それを慰めてくれる人はもう、近くにはいない。ならば、下すべき選択肢は彼にとって一つしかないも同然だった。

 

「や、やっぱ何でもないや。うん、今のは忘れてくれ。俺は大丈夫だ。だからほら、明日も仕事があるんだろ? もう家に……」

「良いよ」

「へっ?」

「今日だけ、じゃなくて良いよ。つばめの気が済むまで、俺、ずっとそばにいてあげるから」

「で、でもお前……」

「大丈夫だって。ここから仕事場はそんなに離れてないし。それにさ。せっかく食事までいただいたんだし、お返しぐらいさせてよ。皿洗いとか洗濯とか料理とか、バイトでちょっとだけやってたから、大丈夫」

 

それに、と正史は右手でつばめの肩を、左手でつばめの膨れたお腹を触った。

 

「つばめには、魔法少女としての活動の次にやらなきゃいけない事あるしな」

「……ぁ」

 

正史に触れられて、また顔を紅くするつばめ。それに気づいていないのか、正史はリビングに目を向け、テーブルに残っている皿の山を見てから気合いを入れた。

 

「ッシャア。先ずはこいつを片付けてからだな。手伝うよ」

「あ、あぁ。ありがとな」

 

首を振って火照った顔を冷ましたつばめは、正史と並んでリビングに戻っていった。

その後、皿洗いをしてから風呂を入れて、正史が入っている間につばめが洗濯物をたたみ、つばめが入っている間に正史が部屋の掃除を行い、部屋も体も綺麗になったところで、寝る準備に入った。つばめの頼みで、正史と2人で横に並んで布団の上に寝転び、就寝する事となった。雑談を交えながら夜を過ごしていると、先に仕事で疲れが溜まっていた正史が眠りについた。その寝顔を見つめながら、つばめは考え事をしていた。

 

「(ホントにやさしい奴だな、正史は。こんな奴、今時そう見当たらないだろうし。ファムも良い奴に目をつけてたな。あの時みたいに、幸せな感じがしてくるなぁ)」

 

そこまでいきついた時、つばめの中である不安がよぎった。

 

「(でも、本当に良いのか……? 自分勝手な幸せばかり考えて、大切なものを失った俺が、また幸せになろうとして……。なぁ昇一。俺、こんな幸せ受け取っても良いもんなのか……?)」

 

返答が返ってくるわけないと思いながらも、今は亡き夫に問いかけるつばめ。

やがて久々となる睡魔が襲いかかってきた。正史が隣にいてくれたおかげかもしれない。これ以上自分でも分かってない事を考えても仕方ないと思ったつばめは、お腹に気をつけてそのまま目を閉じて、寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

ふと目を開けると、そこは寝室ではなかった。目の前にあるのは、美しくライトアップされながら水が噴き出ているモニュメントだけ。辺りはシャボン玉のようなものが浮いている光り輝く空間だった。

 

「噴水……? って事は、これって広場の」

 

思い起こされるのは、以前スノーホワイト達と訪れたN市中央公園の広場にある噴水。いつの間にかそこに彼女は移動していたのだ。

 

「んっ⁉︎ この服⁉︎」

 

ふと下を見ると、ベンチに座っているのが確認でき、首から下げたお守りや黒いワンピースが目に映った。どうやら今の姿は魔法少女『トップスピード』となっているようだ。何がどうなっているのか把握できていないトップスピードへ追い打ちをかけるように、それは突如として彼女の元へ現れた。

 

「懐かしいな。ここの噴水は」

「えっ?」

 

それは聞き覚えのある声。もう二度と聞けないと思っていた声。トップスピードは声のした横手に目をやると、予想通りの人物が、噴水に目を向けながら近づいてきた。

メガネをかけたサラリーマン風の男性。それは間違いなく彼女か愛した男だった。

 

「しょ、昇一……⁉︎」

「? 何を驚いた顔してるんだよ。まさか自分の夫の顔まで忘れたわけじゃないだろ?」

「あ、あったりまえだろ! そうじゃなくて、何でお前がここに⁉︎ だってお前は……」

「何でって言われてもなぁ。気がついたら、ここにいて、お前がここにいたから来た、ってとこだな」

「は、はぁ……」

「それにしても、随分と背が縮んだよな。そこまで幼稚じゃないと思ってたけど……。何ていうか、魔女?」

「へっ? ……あ!」

 

そこでトップスピードは初めて、昇一の目の前で魔法少女姿を晒している事に気付き、慌てて叫んだ。

 

「いやこれは、その……! こ、コスプレだよコスプレ! ってかよくこの姿で俺だって分かったな」

「隣に越してきてからの付き合いは長かったからな。見てたら何となく分かるさ。それに結構似合ってるよ」

「そ、そうか……?」

「あぁ」

 

昇一に褒められて、顔を紅くしているつばめだったが、不意にこんな事を思った。

 

「(ってか、今だったら魔法少女の事も話しても問題ないよな? ここは現実じゃないだろうし)」

 

現実世界では魔法少女や仮面ライダーの正体を一般の人に話してはいけない決まりだったが、もう亡くなっている昇一がいるとなれば、ここは現実世界ではないと推測できる。ならば打ち明けてもよかろう、と思ったトップスピードは、昇一に声をかけた。

 

「まぁ、何があってこうなったのか分からないけど、とりあえず話とかしない?」

「あぁ、俺もそう思ってた」

 

そう言って昇一は、トップスピードが腰を動かして空けてくれたスペースに腰掛けて、肩を並べて噴き上がる水のパレードにしばらく酔いしれていた。その後、トップスピードの口から、魔法少女として日々人助けに励んできた事、そして今、その魔法少女と仮面ライダーが生き残りをかけて争っている事などが語られた。

 

「……そうか。そっちもかなり大変な事になってたのか」

「もういろいろと課題が残っててさ。もうちょっと頭良くなりたいよ」

「それは勉強してこなかった自分が悪いだろ」

「そりゃあ分かってるけどさ……」

 

唇を尖らせながら、前をジッと見ていたトップスピードだったが、やがて雰囲気を変えてこう聞き出した。

 

「……なぁ、昇一」

「ん?」

「俺さ。もしどこかで昇一とまた会えたら、謝ろうって思ってたんだ。あの時、俺がお前に内緒で遊んでばかりいたから、余計な心配かけさせて、それで危険に巻き込まれて……。今思うとバカな事してたなって思う」

「……」

 

昇一は何も語らない。それをいい事に、妻は想いを打ち明けた。

 

「だから思うんだ。こんな俺がこの先幸せを貰っていいもんなのか。それが分からなくて、魔法少女になって与えてばかりしてたけど、やっぱそこのモヤモヤが消えなくてさ……」

 

とんがりハットのつばを指で摘みながらそう語るトップスピード。ようやく昇一の口が開いたのは、噴水の勢いがなくなってきてからの事だった。

 

「良いんじゃないのか」

「えっ?」

「幸せなんて、誰にでも貰える権利なんだからさ。どう思おうが、貰っておいて損はないだろ?」

「ま、まぁそうかもしれないけど。けど俺はお前の幸せを奪って……」

「それはそれ、これはこれ。俺だってお前に謝らなきゃいけない事もあるしな。最後まで家庭を守ってやれなくてゴメンな、つばめ」

「!」

 

昇一がトップスピードの肩に手を乗せて、静かに語りかける。

 

「俺はつばめが誰よりも優しくて、誰よりも真っ直ぐな心の持ち主だと知ってる。だからもう、俺が死んだ事に負い目を感じるな。昔みたいに、自分の信じた道を突っ走れ。俺がそこを惚れたようにな」

「突っ走れ……か」

 

自然と笑みがこぼれるトップスピードに、昇一は安心したように言った。

 

「なぁつばめ。今、一番に大切にしてる人はいるか?」

「大切な……?」

 

そう言われてすぐに思い浮かんだのは、パートナーの存在。それを意識しすぎたのか、トップスピードの顔が段々と紅くなっている事に本人は気づいていない。昇一だけは笑みを浮かべて、トップスピードのお腹に手を置いた。その瞬間、不意にトップスピードの姿から、お腹の膨れた室田 つばめへと戻った。昇一と、お腹の中の子供の鼓動が伝わってくる。

 

「なら、その人との幸せを優先しろよ。俺はもうお前を守ってやれない。だから、代わりに頼むんだ。きっとその人なら、お前を全力で守ってくれる。俺の事を忘れろとまでは言わないけど、これからは、『3人』で歩んでいけよ。温かい未来をな。それが俺にとっての幸せさ」

「昇一、お前……」

 

不意につばめの視界が僅かにぼやけた。瞼を擦るが何も変わらず、昇一の姿が、雲に覆われていくのが確認できた。

 

「!」

「そろそろ時間みたいだな」

「ま、待ってくれよ昇一! まだ話は……」

「また会えるかどうか分からないから、言っておくよ。俺は、つばめと会えて良かったと思ってる。お前はどうだ?」

「ったりめぇだろ! 俺はお前に会えたから……!」

 

さらに視界がぼやける中、昇一の笑みが見えた。声が段々と遠ざかる中、つばめは手を伸ばす。その手は何も触れなかったが、代わりに声が聞こえてきた。

 

「じゃあ、魔法少女の方も頑張れよ。つばめ……いや、トップスピード」

「待って……! 待ってよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

目が覚めて、最初に視界に捉えたのは気持ち良く眠る正史の寝顔だった。ふと目線を下げると、自分の右手が正史の左手を掴んでいる。

 

「……そっか。夢か」

 

幸せになれ、か。

不意に夢の中で言われた事を呟くつばめは今一度隣に眠るパートナーに目をやって、フッと笑った。つばめにも分かっていた。彼なら、きっと最後まで自分を守ってくれる。少し危なっかしいところもあるが、それは自分も同じ。1人で庇えないようなら、2人でなんとかすれば良い。それに、今こうして正史を手を繋いでいる事に、ありがたみさえ感じている。それは、初めて昇一を意識した時と、似てるようで非なるものだった。

そして彼女は、静かにお腹に気をつけながら、正史に体を寄せて、自身と正史の手を、新しい命の上に置いて、そして呟く。

 

「こういう浮気も、悪くないな」

 

生きる目標を見つけて、温かな気持ちに包まれたつばめは、もう一眠りする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん。まさかトップスピードに、あんな秘密があるとはねぇ〜。人は見かけによらない、って事だね……。でも、夢の中で会わせられたから、きっと私、良いことしたよね、うん。……おっとっと、もう行かなきゃ。じゃあ、また会おうね。フワァ〜……。……うん。元気な赤ちゃんが産まれると良いね」

 

雲が広がる世界にいた、小脇に白い枕を抱えた、パジャマ姿の少女が眠たげに目を擦りながら、次なる目的地へと『人助け』をする為にフワフワと前進していた。

 

 

 

 




投稿日の5月5日は「こどもの日」という事で、トップスピードに少しスポットライトを当ててみました。何やら龍騎もとい正史と雰囲気が良くなってますが、そこは温かく見守ってやってくださいな。

そして最後の方に出てきた人物は、ある種のサプライズといいますか。もし皆さんが心の中で望めば、また現れる時が来るかも……?

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