魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜   作:スターダストライダー

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先日『結城友奈は勇者である 〜鷲尾須美の章〜 第2章 たましい』を観てきましたが、何というかもう……。三ノ輪 銀がラ・ピュセルのそれにしか見えなかった……。

もしこの結末を観終えても、何も心に響くものを感じなかった人は、そいつはもう『人』ではなく、『人の姿をしたモンスター』だと断然します。それぐらい凄かった……。


81.人殺しの目

魔法少女を、やめる。

スノーホワイトの口から出たそれは九尾に限らず、その場にいた者達にとっても、にわかに信じ難い言葉だった。

 

「お、お前……! それ本気で言ってるのかよ⁉︎ 魔法少女をやめるって事がどういう事か分かって言ってんのか⁉︎」

 

トップスピードは本気で心配しているからなのか、いつもより語気を強めてスノーホワイトに問いただす。が、スノーホワイトの決意は揺るがなかった。

 

「私は、もう、やめたいの……! 何も、したくないの……! ……そうだよ。何もしなくて良いよね……」

 

スノーホワイト自身、優しい返答を期待して問いかけたつもりだった。

 

「いいえ」

 

……が、真っ先に返ってきたのは、ハードゴア・アリスの口から出た否定の言葉だった。

 

「私が出来る事なんてないし」

「いいえ」

「したい事もないし」

「いいえ」

「私なんて、何の役にも立てないし」

「いいえ」

「……あのさ」

「いいえ」

「あのさぁ!」

 

何を言っても否定ばかりのアリスに、スノーホワイトは癇癪を起こし、彼女の胸ぐらを掴んだ。

 

「お、おい……!」

「私はもう何もしたくないって言ってるの!」

 

正史が止めるよりも早く、スノーホワイトは叫んでいた。

 

「この街に魔法少女なんてもういない! 仮面ライダーもいない! いるのは殺人鬼ばかりだよ! 平気で人を傷つけたり、殺したりする事ばっかり考えてる人しか、もういない!」

「なっ……」

 

それはつまり、この場にいる九尾やラ・ピュセル、龍騎、トップスピード、ライア、ナイト、リップル、ハードゴア・アリス、リュウガもまた、王蛇やカラミティ・メアリらと同等に、人を傷つける事に躊躇いを持たないだろうという事か。

そう解釈したのか、ラ・ピュセルは思わず幼馴染みに詰め寄った。

 

「スノーホワイト……! 今のはいくら君でも聞き捨てならない! 僕達はあいつらみたいな卑劣さなんて微塵も考えてない! 僕らは常に正しい魔法少女として、仮面ライダーとして……!」

「だったら!」

 

唐突にラ・ピュセルの言葉を遮るスノーホワイト。

 

「だったらどうしてあの時、ガイと戦ったの⁉︎ 人助けじゃなくて、ライダーと魔法少女の戦いを!」

「……!」

「助けを求めてる声はたくさんあった! ラ・ピュセルが私と一緒にいてくれたら、救えた命だってあったはずだよ! でもラ・ピュセルは、そうちゃんは、やってきたガイと戦う事を選んだ! 目先で困ってる人達に手を差し伸べずに、同じ魔法少女や仮面ライダーと戦う事が、正しい魔法少女や仮面ライダーのあり方なの? 私の知ってるそうちゃんは、そんな事絶対しない!」

「あ、あれはガイが……!」

 

と言いかけたところで、ラ・ピュセルは言葉が詰まった。確かにガイは、今の状況をより面白くしようと、スノーホワイト達と接触した。が、実際のところ、彼は挑発こそかけてきたが、実際に一般人に手をかけていたわけではない。にもかかわらず、彼の挑発にまんまとかかって、勝手に戦おうとしたのは、ラ・ピュセル自身の選択だ。目の前の男をライダーと認めたくない一心で、戦いに没頭した。

 

「ラ・ピュセルだけじゃない……! 他のみんなだって、勝手に他のみんなと戦い始めて、やめてと言っても聞かないで……! あそこに戻るまでにも、戦ってたんだよね!」

「……」

「ねむりんも、先生も、ファムも、シスターナナも、ウィンタープリズンも、もういない……! 魔法少女なんて、仮面ライダーなんて、もうとっくにいなくなってたんだ……!」

 

スノーホワイトは、正しいと思える魔法少女や仮面ライダーの表情を思い返していた。彼らこそ、スノーホワイトにとってあるべき魔法少女や仮面ライダーのお手本になるべきだった。だが、自分に優しくしてくれた5人は、もういない。

 

「いいえ。この街に、魔法少女は、まだいます。仮面ライダーも、います」

「もういないよ。魔法少女も仮面ライダーも、もういなくなった」

「いいえ。います」

「いないって」

「いいえ」

「いないって言ってるでしょ!」

 

スノーホワイトは胸ぐらを掴まれていたハードゴア・アリスを荒々しく離した。そして、彼女から渡されていたレアアイテムの『兎の足』を、アリスに投げつけた。もう彼女との繋がりを一刻も早く断ち切りたいのだろう。

そして踵を返し、背を向けて立ち去ろうとした瞬間、九尾は無意識のうちに彼女の肩を掴もうと手を伸ばした。

 

「スノーホワイト……!」

「触らないで!」

 

だがスノーホワイトからは拒絶の意を示され、伸ばした手は叩かれた。そしてスノーホワイトは、鋭い目つきをパートナーにぶつける。

 

「九尾は……、だいちゃんは、絶対に正しいって、信じてた……! 悪い事なんて考えないと思ってた……! そんな私がバカだった!」

「……!」

「だいちゃん、ずっとベルデを殺す事だけ考えてたんでしょ! 先生の仇を取ろうとしてたんだよね! だから、最近はずっと危ない事ばかりに手を出して……! そんな事、先生が望んでるなんて本気で思ってたの⁉︎」

 

九尾は何も言い返せない。復讐を望んでいたのは事実だから。何らアクションを見せない九尾や、理不尽だとは分かっていても怒る事しかできない自分に腹を立てながら、スノーホワイトは早口でまくし立てた。

 

「誰かと戦って、殺しあう事が魔法少女や仮面ライダーに必要な事なら、私はもう魔法少女にはならない! 誰かの敵討ちなんて、考えたくもない!」

「スノーホワイト……!」

「気安く呼ばないでよ! この……『人殺し』!」

「!」

 

人殺し。

九尾に向けられたであろうその言葉は、九尾のみならず、ハードゴア・アリスもまた、ハッとした表情を浮かべ、下を向いて震え始めた。

 

「私は、人殺しにはなりたくない! だから……、もう私にかまわないで!」

「スノーホワイト!」

「ついてこないで!」

 

そう吐き捨てて、九尾を突き飛ばしたスノーホワイトは石階段を上がり、暗い夜道に向かって駆け出す。途中でリュウガの横を通るが、リュウガは止めるような動作を見せない。リップルは少しだけ彼女に向かって手を伸ばしたが、段々と背中が豆粒に見えるようになって、とうとう手を下ろしてしまった。

 

「あ、あぁ……!」

 

その一方で、同じ魔法少女愛好家として、スノーホワイトのそばにいる事を良しとしていたラ・ピュセルは、ショックのあまり、膝から崩れ落ち、両膝を砂地につけた。しばらく夜道に顔を向けていたラ・ピュセルだったが、やがて立ち上がり、砂地に尻餅をついていた九尾の前に立ち、先ほどスノーホワイトがアリスにやってのけたように、激しく胸ぐらを掴んだ。

 

「何で……! 何で呼び止めなかったんだ! お前は、パートナーなんだろ⁉︎ パートナーなら……!」

「……もう、俺には無理だと思うから」

 

そう呟く九尾は、大地は自嘲気味だ。

 

「……小雪の言う通りだ。俺は、自分勝手な理由で、ベルデを殺そうとした。そんなの、小雪もそうだし、颯太やみんなが納得してくれるはずないよな。だから、これは俺1人でやらなきゃいけないと思った。だから、人知れず仇を取ろうと思った。……なのにこのザマだ。笑いたきゃ笑えよ。肝心な時に、誰も倒せないって、カッコ悪すぎだよな」

「……!」

 

ラ・ピュセルは拳を振り上げたが、以前似たような事が起きた際、大地は颯太を殴らず、抱きしめた事を思い出して、拳を下ろして、後ろへ下がって項垂れた。

元々沈みきっていた空気感がさらに淀みを増そうとしていた時だった。

 

「九尾。……ううん。大地君。俺の目を見て」

 

正史が九尾の正面に立ち、その両肩を掴むと、ジッと狐の仮面を見つめた。大地も仮面の下から、言われた通りに正史を見つめる。他の一同も気になってその一連の動きを眺めていたが、やがて正史が見せたのは、安心しきったような微笑みだった。

 

「うん。大地君は確かに俺達に黙って、復讐しようって考えてたよね。でも出来なかった」

「……」

「出来なくていいんだよ」

「えっ……」

「出来なかったって事は、大地君は本心でそんな事望んでなかったって事だよ。だったら大地君は人殺しなんかじゃない。ちゃんとした人間だよ」

「城戸、さん……」

「……それにさ。俺が戦うのは、誰かを倒す為じゃない。生きる為なんだ。これから先も、寿命が尽きるまでずっと生き続ける為にね。生きていれば、誰かを守る事だって出来るし、ご飯も毎日食べる事が出来る」

 

そうだろ? と正史は後方に見えるパートナーに目を向ける。パートナーは当初、戸惑いに満ちた表情を見せていたが、すぐに頷いた。

 

「俺はそれに気づく事が出来た。だから今日、トップスピードを守りきれた。それが俺の自慢なんだ」

「自慢……」

「スノーホワイトだって、口ではあぁやって言ってたけど、きっと本心では、あんな風には思ってないよ。あんな表情で言っても、俺はアレが本音とは思えないし。……きっと、苦しくて、どこで吐き出せばいいのか分からなくなってるんだよ」

「……そう、なのかな」

「きっとそうだよ。俺はそう信じてる」

「信じてる、か……」

 

ライアはそう呟き、コインを見つめる。彼の占いはほぼ百発百中だが、必ずしも当たるわけではない。そのきっかけは、運命に抗える力を信じるか否か。龍騎なら前者だろう。では、九尾はどうだろうか。

 

「(……まぁ、こればかりは本人次第だな)」

 

ライアが自分にそう言い聞かせていると、ナイトが口を開いた。

 

「ま、スノーホワイトの方はしばらく放っておいても問題ないだろう。今は頭を冷やす時間も必要だ」

「……なら、帰らせてもらう」

 

リュウガは立ち上がり、その場を立ち去ろうとした。が、一度だけ龍騎の方に目をやった。

 

「? 何だよ」

「……いずれ、ケリをつけよう」

「?」

 

最後の方は、ほぼ小声だったので、正史は聞き取れなかった。その間、トップスピードはリップルに声をかけた。

 

「あ、えぇっと……。リップルさんよ、そういうわけだから、今夜はここで解散な。俺の体の事は明日……じゃなくて明後日の夜に、ちゃんと話すからさ。だから今日は、な」

「……分かった」

 

リップルはいつもと違い、舌打ちする事なく了解し、トップスピードを少しばかり困惑させた。

その頃、夜道を駆け抜けていたスノーホワイトの目からは、大粒の涙が溢れ落ちていた。

 

「バカだよ、私……! 何で、あんな酷い事言っちゃったの……! もう、一緒には、いられない……!」

 

正史の憶測通り、スノーホワイトは本音ではないにもかかわらず、仲間達に、特に九尾に汚い言葉ばかりを投げつけてしまっていた事に、後悔していた。そしていつしか、彼女の中で一つの諦めがついていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳩田 亜子は、椅子に座りながら、机の上に置かれた『兎の足』を、ジッと見つめていた。その近くの棚には、いつも持参しているウサギのぬいぐるみがチョコンと座っていた。

あの後、一同は解散し、ハードゴア・アリスに変身していた亜子もまた、叔父と叔母の家に戻り、ぬいぐるみを置いてから変身を解くと、そのまま椅子に座り、一つため息をついた。

スノーホワイトが魔法少女をやめる。その事実は、彼女にとって受け入れ難い事実である。彼女と九尾に出会えたからこそ、亜子は『死』を選ぶ事を放棄したのだ。

そもそも、彼女が魔法少女『ハードゴア・アリス』になったきっかけも、2人に帰り道で落としてしまった小さな家の鍵を探している事に気付いてくれて、探して持ってきてくれた事が全ての始まりだった。

父親の罪に苦しみ、自分の無力さに嫌気を感じ、もう死ぬしか、他人に迷惑をかけない方法が思いつかないほどに追いやられていた亜子を助けてくれたのが、当時は噂程度にしか耳にしていなかった、魔法少女や仮面ライダーの存在だ。仮面ライダーの方は顔が隠れていて分からなかったが、少なくとも魔法少女の方は、嬉しそうで幸せそうで、見ている者も楽しくなれるような笑顔を、分け隔てなく向けてくれた。亜子にとって、それがたまらなく嬉しかった。こんな自分にも、そんな眼差しを向けてくれるのかと言わんばかりに。

恩返しがしたい。そしていつか、横に並んで共に歩みたい。2人を守りたい。そう決意した亜子の日常は、翌日からガラリと変わった。貯金を一部崩し、いつか返済する事を叔父と叔母に強く約束させてから、スマホを購入、契約をし、学校で何度か耳にしていた、本物の魔法少女になれるかもしれないと噂のソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』を、契約したその日から始めた。目的はただ一つ。魔法少女になる事。もしなれなければ、今一度取りやめた死の選択を繰り返せばいい。そんな覚悟を胸に、ひたすらゲームに没頭した。

文字通り死ぬ気で、睡眠を初めとした、生活に必要な時間を割いて『魔法少女育成計画』に取り組み、本当に倒れる寸前までゲームをやるどころか、倒れてもゲームを続けるという荒行が実を結んだのか、遂に亜子は魔法少女に選ばれたのだ。まさに執念が成せる業だろう。

ファヴもまた、彼女の執念さに驚いている様子だった。その容姿は、スノーホワイトや九尾と対照的に黒かった。白と黒。表裏一体でのチームの活動は、必ず噂になる。そして何より自身が授かった魔法『どんなケガをしてもすぐに治るよ』は、2人を護衛するのに最適な魔法だと思った。この力さえあれば、2人に危機が迫っても、自分が盾になればいい。

ファヴから、現在魔法少女と仮面ライダーの人員削減の為にキャンディー集めが活発に行われており、生き残っている参加者の合計したキャンディーの平均数を与えられたハードゴア・アリスには、パートナーとなるリュウガとペアを組んでもらい、共に頑張ってほしい、という説明を適当に聞き流しながら、ハードゴア・アリスは、夢見ていた。

 

「……」

 

スノーホワイトにも気を配る必要はあるが、九尾の方も放ってはおけない。彼は今日、人を殺しかけた。敵討ちの為らしいが、それは彼が背負うべきものではない。それは、身近でそれを体験してしまった自分が背負えばいい事だ。必ず、守ってみせる。

部屋の外から、叔母に呼ばれた亜子は、兎の足をポケットにしまうと、急いで部屋を出た。そしてその日は風呂から上がってパジャマに着替えた後、真っ直ぐにベッドに潜り込んで、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中宿でのテロ騒動から2日が経ち、昨日はN市全域に渡って、休校していたところも規制が解除されて、学生にとっては普段通りの学園生活が再開する。

亜子は目覚ましで設定した時刻よりも少し早く起きて、ベッドから降りた。棚の上には、何もなかった。普段ならそこにウサギのぬいぐるみが置かれているのだが、昨日から行方知れずとなっている。元々亜子がぞんざいに扱うせいもあり、しょっちゅう行方不明になるが、1日経っても見つからないのは珍しい。

叔母にも聞いてみたが、見つかっていないそうだ。とはいえこれ以上迷惑はかけられないと思い、捜索を諦めて、支度を急いだ。

この日は朝からあいにくの雨だった。長靴を履いて、傘を持ってから、叔母に行ってきます、と告げて、家を出た。学校に向かう学生の集団に混ざり、誰と話す事もなく人集りに混ざった。元々亜子には友達と呼べる人もいなければ、愛する人もいない。加えてあの事件以来、クラスの皆は亜子に近寄らなくなった。誰からも必要とされない事には慣れてしまったぐらいに、だ。

それ以上に、亜子が気にかけているのはスノーホワイトの事である。どうやって話しかけたら良いのだろうか。他のチームメイトに相談するのも気がひける為、亜子は1人、ため息をつく。

数メートル先にいた、黄色いカッパのようなフードを被った人物がゆっくりと歩み寄ってくるのに気付いたのはその時だった。群がる学生達の流れに逆らうように、その人物は向かってくる。真っ直ぐに、亜子に向かって。

ふと見ると、コートの下から覗かせている衣装に違和感を感じた。ピンク色の水着だ。ようやくその人物の顔が確認できる距離まで近づいてきた。どこかで見た事あるような……目。

刹那、亜子は気付いてしまった。ピンク色の水着に、見覚えのある目つき。それは今現在、魔法少女や仮面ライダーの座をかけて、倒すべき相手の特徴にそっくりではないか。やがてその人物は、亜子に向かって確かにこう呟いたのを聞いた。

 

「……ハードゴア・アリス」

「……!」

 

もう疑う余地はなかった。同時に驚愕もした。まさか、こんな時間帯に、しかも一般人が周りにいる状況下で殺しに来るとは、誰が想像できようか。

どうやってハードゴア・アリスの正体に気付いたのかは分からないが、今の状態では無敵とは言えない。亜子は急いでハードゴア・アリスに変身しようとするが、そこでハッと気づいてしまった。今、周りには同じ学校の生徒だけでなく、大勢の人目がある。ここで変身してしまえば、亜子の正体が露見し、魔法少女としての資格が奪われてしまう。資格を奪われる事、それは即ち『死』を意味する。

目の前に迫る人物が、コートの下から、鋭い薙刀を覗かせているのを見てしまった亜子は身を翻し、誰もいない場所を求めて、一歩踏み出す。

背中を押されたと感じた瞬間、熱さを感じたと同時に転んだ。悲鳴が聞こえてきたのと、自分の背中から流れ出る血を確認したのはほぼ同時。傘ごと、襲撃してきた魔法少女『スイムスイム』が、ルーラを振るってきたのだ。

亜子はよろめきながらも、再び足に力を込めて転ばないように走り出した。不幸中の幸いか、背中に受けた傷はまだそこまで深いわけではない。70%ほどの実力で駆け出すぐらいには、体力は残っていた。運動神経には自信はないが、逃げなければ死ぬだけだ。

一撃で仕留め損ねた事を確認したスイムスイムは、

 

「……逃がさない」

 

と一言呟くと同時に、その体を地面に沈ませた。周りからは、驚きと困惑の声が飛び交った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ……!」

 

時折通行人からの異様な視線を浴びながら、亜子はひたすら人気のない場所を探していた。人目さえなければ、変身はできる。そしてハードゴア・アリスになれば、どんな攻撃が来ようと、まず問題はない。

ようやく裏路地を発見し、入り込む亜子。立ち止まって、息を整えた。背中から流れた血が腕を伝って、真下の水たまりに滴り落ちる。

 

「ここで、変身すれば……!」

 

亜子がマジカルフォンを取り出したその時、マジカルフォンからモンスターの存在を知らせる音が鳴り響いた。しかもその反応は、契約モンスターがいるというもの。亜子が固まっていると、近くのガラス戸から、モンスターが現れて、亜子に体当たりしてきた。吹き飛ばされた事で背中を打ち付け、亜子の口から血が吐き出された。咆哮を上げて亜子に攻撃してきたのは、ホワイトタイガーをモチーフにした『デストワイルダー』。再び逃げ出そうとする亜子だったが、新たにガラス戸から現れた、サメをモチーフにした『アビスラッシャー』と『アビスハンマー』が飛び交って行く手を遮る。

 

「オラァァァァァァァッ!」

 

さらに真上からは、何かが急降下してきた。亜子はとっさに横に飛んだが、鋭い爪が亜子の右腕を掠め取り、血が噴き出た。激痛が襲い、悲鳴と共に倒れこんだ。亜子が痛がりながらも顔を見上げると、デストクローを両手につけた天使が、狂気に満ちた表情で亜子を見下ろしていた。よく見ると、デストワイルダー達の後方からは、スイムスイムやミナエルの仲間であるタイガとアビスが向かってきている。つまり、チームがほぼ総動員で亜子を殺しにきたという事になる。

そもそも、どうして自分の正体が、さほど面識もない連中にバレてしまったのかが、未だに分からない亜子。そんな彼女の考えを見透かしているかのように、ミナエルがケタケタと笑いながら口を開いた。

 

「ククク……! 私はスノーホワイトみたいに心が読めるわけじゃないけど、あんたのその顔見てれば、何て言ってるか分かるさ。どうしてバレちゃってるかって? ……それはなぁ、こういう事だよ!」

 

すると、ミナエルの姿は歪み、人ではない物体に変わった。魔法を行使して、人以外なら何でも変身できるミナエルの変化した姿を見て、亜子は表情を青ざめた。

 

「まさか、そん、な……!」

 

亜子の眼前に浮いていたのは、行方知れずとなっていたはずの、ウサギのぬいぐるみ。そして、気付いてしまった。なぜ彼女達がハードゴア・アリスの正体に気付けたのかを。

 

「もう分かってるよねぇ! 国道でゾルダが一斉射撃してた時に、あんたの持ってたぬいぐるみに化けて、こっそり偵察してたんだよ! おかげで、家に帰ったあんたが変身を解いた瞬間を、この目でバッチリ見れちゃったんだよねぇ〜!」

「……ぁ!」

 

中宿でのゲリライベントの終盤。ゾルダはまとめて一掃しようと『エンドオブワールド』を放ったわけだが、この時ミナエルの手元には、たまから強奪した透明外套があり、それに包まれて、姿を消したミナエルは落ちていたぬいぐるみに変身。その後、ガイが王蛇とカラミティ・メアリに殺される瞬間に皆が釘付けになっている隙に、道端にあったぬいぐるみに透明外套をかけて、ぬいぐるみになったミナエルは入れ替わる事になった。入れ替わっているとは知らずにハードゴア・アリスに拾われて、海岸でスノーホワイトらの騒動をジッと観察した後に、家に連れて行かれ、そこでハードゴア・アリスの正体と住所を知った。

まさに、「情報を制する者は戦を制す」と言わんばかりの作戦に、亜子はまんまとはまってしまったのだ。唖然とする亜子に、ミナエルは冷めた目線を向けながら、口調を変えて呟いた。

 

「そういやあんた、新しく入った魔法少女なんだよね……。あんたや、スノーホワイトや、九尾や、龍騎が、魔法少女や仮面ライダーになるからだよ……! だからユナが……! ユナがぁ……! お前らさえいなければ、ユナは死なずに済んだのに……!」

 

その瞳からは、憎悪が満ち溢れている。

 

「……だからさぁ。あんたにはちゃんと責任とってもらわないと困るんだよ。あんただけじゃなくて、あんたのパートナーや、他の連中も、全員もそうさ。……そういうわけだからさ。さっさと死ねよ。どうせお前なんか、この先、生きてたって意味ないだろ?」

「……!」

 

生きてたって意味がない。自分の中で消えかけていた言葉が燻り返し、亜子は自然と足が震えだした。

 

「スイムスイム! ここだ!」

 

ミナエルが叫ぶと、近くの水たまりからスイムスイムがルーラを片手に構えて姿を現した。今の亜子には、逃げるだけの気力は残っていなかった。変身していない状態では、パートナーの契約モンスターであるドラグブラッカーを呼び出す事は出来ない。完全に無防備である。

 

「これ以上騒ぎを大きくされる前に、手短に片付けるぞ」

 

アビスがそう言うと、スイムスイムも頷き、亜子を見下ろした。

 

「(その、目は……!)」

 

亜子は、スイムスイムの目つきを見て走馬灯のように思い起こされるものがあった。

刑務所の中にいる、実の父親が、これと同じ目をしていた。

あの時、父親の手によって、母親が惨殺される瞬間を目撃してしまった際に見てしまった、底光りするあの瞳。その時向けられた父親の瞳。

亜子は、知っている。スイムスイムがルーラを振り上げながら向けてくる瞳。父親と同じ瞳だ。

そう。それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(『人殺し』の、瞳だ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スノーホワイトが、おそらく本心ではないだろうが、パートナーに向けて言い放った一言。

せめてスノーホワイトに、アレだけは渡したい。その想いを踏みにじらんとばかりに、ルーラが無垢な少女に向かって振り下ろされ……。

 

 

 

 




テレビ本編だと、スイムスイムは容赦なく亜子をオーバーキルしてましたからね。アレが、ファヴの次に私をイラつかせた要因ですね。もうちょっとで浅倉になりかけましたよ(笑)

さて、次回はまた新たな脱落者が……!

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