魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜   作:スターダストライダー

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タイトルからも分かる通り、今回、遂にトップスピードの哀しき過去が明らかに……!

くどいようですが、今作のトップスピードにはオリジナル設定が組み込まれています。


61.龍騎、パートナーの過去を知る

「う〜ん……」

 

トップスピードの変身者、室田(むろた) つばめは、柔らかいソファーに腰を深くかけながら唸っていた。

昨日、現場に駆けつけた彼女が目にしたのは、パートナーの龍騎が仲間達と戦っている光景だった。その後詳しい事情を聞き、龍騎が抱えているものの重さを痛感した。パートナーとして、何より仲間として、どうにか公正したい気持ちはあるが、いざそれをやろうにも、良い方法が思いつかない。

誰かに相談しようとも思ったが、これといって良さげな人物が見当たらない。否、かつてはそういう事に対して真っ先に相談できる人物はいた。

 

「……こんな時、あんただったらどう言うのかねぇ」

 

つばめはそうボヤきながら、目線を棚の上に置かれた写真立てに向けた。そこには、つばめの隣に、若いサラリーマン風の男性とのツーショットが写っている。

それからまた小一時間ほど頭を抱えていたつばめだったが、

 

「……あぁもう! 考えるのやーめた!」

 

唐突に立ち上がってそう叫び、颯爽とキッチンに足を運んだ。冷蔵庫の中をチェックして、必要な食材を選抜する。奥の方に、半分だけ残しておいたかぼちゃがあったので、それも取り出す。買い物でもしようかと思ったが、時間も時間なので、この日は余り物でやりくりする事にした。

下ごしらえを手早く済ませて、調理に取り掛かり、味を確認する。

 

「うん! 今日もグッド!」

 

我ながら上出来だと自画自賛し、出来上がった料理をいつものようにタッパーに詰める。ただし、今日に限ってはお弁当のように2人分に分量を分けて入れておく。

手提げカバンに入れて、全ての準備を整えたつばめは、ポケットからマジカルフォンを取り出し、タップする。

 

「変身!」

 

つばめの姿は、魔女風のトップスピードへと変わり、片手にラピッドスワローを持った彼女は、写真立てと向き合い、口を開いた。

 

「じゃあ、行ってくるよ。俺なりに頑張ってみるからさ。もしアレだったらアドバイスよろしく」

 

明るい表情とは言えないが、僅かな笑みを浮かべたトップスピードは、窓の鍵を開けて、ベランダに出てラピッドスワローに跨ると、上空を一直線に駆け抜けて、地上を見下ろしながら、パートナーを探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、正史……もとい龍騎は、とあるビルの屋上で、1人腰掛けていた。眼前に広がる街並みを眺めているように見えるが、彼にはボヤけてしか映っていない。何か考える素振りを度々見せるが、すぐにため息と共に項垂れる。

彼の周辺が淀んだ空気を包まれる中、突如としてその空気は払拭される。

 

「お! いたいた!」

 

上空から聞き覚えのある声が聞こえてきたので見上げると、トップスピードが手を振りながら、龍騎に猛スピードで接近し、目の前で降り立って、人一倍元気な声をかけた。

 

「よっす! ここにいたのかよ。探したぜ!」

「……何で、ここに」

「おいおい元気ねぇな! 飯食ってるか! ハハハ!」

「……」

 

トップスピードは高笑いしながら肩を叩くが、龍騎はほぼ無反応だった。何で自分にここまで関わろうとするのか、と言いたげだった。

それを察したのか、トップスピードの高笑いは段々と苦笑いになった。それから許可なく龍騎の隣に座り、カバンからタッパーを1つ取り出して、龍騎に差し出した。

 

「まぁ、とりあえずこれ食ってみ! 俺特性のかぼちゃの煮付けが入ってるぜ!」

 

龍騎は、一応変身を解き、タッパーを開けてみる。中には、白米の中心に梅干しという日の丸弁当に加え、ウィンナー、卵焼き、そしてかぼちゃの煮付けがぎっしり敷き詰められている。箸も渡され、いつでも食事ができるようになったものの、正史は一向に手が伸びなかった。

 

「……どうして」

「ん?」

「何で、俺にこんな事を……。俺は、お前やみんなに迷惑かけて……。何も、変われなくて……」

「無理して変わる必要あっか?」

「……え」

「俺は、あんまり変わってほしくないかな。あ、もちろんむやみやたらに戦うなって意味でな」

 

そう呟くトップスピードを見て、正史には疑問に思うことがある。彼女は、自分と同じ過ちを犯した者同士だと言っていた。彼女の事をよく知らない正史は、その事がずっと頭の片隅で引っかかっていた。

すると、トップスピードの方に動きが見られた。

 

「……ちょっと恥ずかしいけど、こういうのは、この姿で話していいもんじゃねぇな」

「?」

「特別に教えてやるよ。俺が、生き残りたい理由。後半年は絶対死ねない理由」

 

そう言って、トップスピードは取り出したマジカルフォンをタップし、体が光に包まれる。やがて光が解けて、おそらくメンバーの中では初めて見るであろう、トップスピードの変身者、室田 つばめの姿をしっかりと見た正史だが、直後、その瞳はある一点を見つめて、大きく開かれた。

歳は、正史よりも若いように見え、栗色の髪を三つ編みにしている。耳には星型のピアス。背は魔法少女の状態よりは高い。だがそれ以上に正史を驚かせたのは、その下腹部だ。

冬場でも若干暖かそうに見える、マタニティドレスに包まれていても分かるほどに、そのお腹は『膨れていた』。

 

「それって……!」

「えへへ……。そ。これが、俺が最低でも、後半年は生きてたい理由」

 

空いた口が塞がらないほどに驚く正史に対し、つばめは照れながら、そのお腹をさする。どうして今まで内緒にしてたんだ、と質問しても、恥ずかしいだろ、と返されるに違いないと思った正史は、別の質問をした。

 

「じ、じゃあ、あんたは、その……。既婚者、なのか?」

「……まぁ、そうなる、かな? あ、後この姿の名前は、室田 つばめだから、そこんところよろしく」

 

既婚者、という言葉に対し、つばめは曖昧そうに答える。

 

「で、でも、何で俺にその事を……」

「あんたを見てるとさ。ダブって見えちまうんだ。……俺が惚れちまった、昇一(しょういち)って奴とさ」

 

そう呟いて、そのお腹に命を授かっている女性は、ポツポツと語りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

室田 つばめは、幼少期から『遊ぶ』事に関しては『心に余裕を持って生きる』事と考えていた。「若い頃は遊んでいた」というフレーズは嫌いで、どれだけ歳を重ねようとも、遊ぶ事だけは忘れないようにしようと決めていた。それ故に、『燕無礼棲(エンプレス)』と呼ばれる、高校時代にN市北宿を拠点としてその名を轟かせたりと、不良少女として非行に走っていた時期もあるが、つばめは特に気にしなかった。

小学校の頃、引っ越してきた家の隣家にいた、同い年の女の子とはしょっちゅう遊んでいた。やんちゃな事ばかりが目立つようになり、その度につばめを咎める者がいた。

室田 昇一。隣家の女の子の、7つ上の兄だった彼とは、事あるごとに口論になった。「学校帰りに買い食いするな」や「7個上なぐらいで偉そうな口を叩くな」など、角を突き合わせて対峙していた。それ故に、つばめにとって昇一は「何かと口うるさい友人の兄」であり、向こうからしてみれば「妹を悪の道に引きずり込む悪ガキ」という印象しか持てなかったようだ。

スイカと天ぷらのような関係性だった2人だが、不思議なもので、時が経つにつれて、次第につばめは昇一に惚れ始めた。そして昇一が市役所の広報課に職が落ち着いたところで、2人はめでたくゴールインした。結婚してから数ヶ月後には、子供も授かった。

 

「今は大事な時期なんだから、ちゃんと大人しくしとけよ」

「んなもん分かってるって」

 

そんなやり取りもありながら、行ってらっしゃいのキスをして、堅物の割に心配性な夫を無理やり外へ送り出す事はしょっちゅうあった。心配性なのは、昇一に限った話ではない。実家の両親や隣近所も、つばめやそのお腹の子を気遣っている。バイト先の総菜屋の老店長に至っては、「こんなクソ忙しい時に」と愚痴りながらも、産休を取らせると同時に、あるお惣菜の作り方を教えた。

 

「かぼちゃの煮付けぇ? 何でこれが俺達にお似合いなんだよ?」

「これだから近頃の若いもんは……。かぼちゃの願掛けにはなぁ、『家族がいつまでも健康で、無事でいられますように』ってもんがあるんだよ」

「へぇ〜。悪いもんじゃねぇな。ありがとな、教えてくれて!」

 

バイト先から戻ったつばめは早速かぼちゃの煮付けを作り、味見してみた。ジジ臭い料理かと思っていたが、意外と美味かった。以来、つばめの得意料理の項目の1つに、『かぼちゃの煮付け』が加わった。

昇一に言われて大人しくマンションの一室で、余暇を過ごしているつばめだが、彼女には結婚してから暇つぶしにとやっている事があった。『魔法少女育成計画』だ。アニメや漫画とは縁遠い生活を送ってきた彼女だが、いくらやっても無料というキャッチフレーズに惹かれて、『トップスピード』というアバターを操作していた。「プレイしていると、何万人に1人の確率で本物になれる」という噂も耳にしていた。もちろんつばめもデマか何かだろうとタカをくくっていた。

今から半年ほど前に、ファヴに誘導されるがままにタップし続けて、本物の魔法少女『トップスピード』に変身してしまうまでは……。

 

『おめでとうぽん! 君は魔法少女に選ばれたんだぽん!』

 

くるくる回りながら呟くファヴに目もくれず、鏡の前で、19歳の人妻は苦笑していた。つばの広いとんがり帽子に、魔女のワンピース、黒革のブーツ、豊かで艶やかな金色の髪を三つ編みにまとめ、肌は艶やかで、顔立ちは整っているなど、背は低くなったものの、完全に若返った姿がそこにある。彼女の魔法でもある空飛ぶ箒『ラピッドスワロー』を片手に構えたトップスピードは、立体映像のマスコットキャラクターに向かって手を合わせた。

 

「や、申し訳ないんだけどさ。もうちょい若い子誘ってやってくんないか? ほら、今の俺……」

『それについては問題ないぽん。鏡を見れば分かるぽん』

 

言われた通りに、今一度鏡に目をやると、確かにお腹は出ていない。どうやら変身している状態なら、「妊娠している」という状態は受け継がれないらしく、変身を解けば、赤ちゃんは無事なままだという事も分かった。つまり変身さえしておけば、飛んだり跳ねたりしても影響はない、と認識したトップスピードは、「グッジョブ!」とファヴに向かって叫んだ。

『魔法少女というのは小学生か中学生、ギリギリでも高校生』という知識があったつばめだが、これは刺激的な『遊び』が見つかったと喜んだ。パトカーと追いかけっこしたり、スマホの画面をピコピコ叩いて遊ぶよりも、ずっと楽しいものだと思った。

魔法少女としての力に魅了されたつばめは、夫を送り出し、家事をあらかた済ませた所で、トップスピードになって市内の上空を駆け回った。現役時代を思い出させるだけでなく、さらなる欲望をかき出した。それは、バイクや自動車よりも速く飛べるという利点を活かして、誰にも負けないようなコースレコードを叩き出そうというものだった。昼間は目立たない場所で人助けを片手間程度にやり、夕方から夜にかけては教育係であったオルタナティブからの指導を受け、それから深夜にかけて、上空を縦横無尽に駆けた。

ただ、あまりにも魔法少女としての遊びを満喫し過ぎて、門限を過ぎてしまう事もあり、その度に昇一からこっぴとく叱られた。無論それはつばめやそのお腹の子を心配して言っている事は、彼女も重々承知していたが、彼女だけの秘密の遊びをやめるつもりは全く無かった。

自分勝手ではあると自覚しているが、何時だって、「遊ぶ」事は忘れてはいけない。そう自分に言い聞かせながら、トップスピードは今宵もニューレコードを出そうと、夜空を飛び回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……が、そんな自分勝手な行動が、彼女から1つの幸せを奪う事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇな。また門限過ぎちまった!」

 

トップスピードはマジカルフォンに表示された時刻に目をやりながら、困ったような素振りを見せながらも、笑みを浮かべている。

この日も記録を作る事に夢中になりすぎて、気がつけば日付が変わっていた。魔法少女になって1ヶ月が経ち、ようやく教育係からの指導も終えて、ますますトップスピードは自由になった。懐妊し、ようやく変身前の姿でも、目を凝らせば分かる程度になりかけた頃の事だった。

トップスピードはいつものように、マンションの屋上に降り立ってから変身を解き、階段を降りてから、住んでいる部屋の扉の前に立つ。きっとこの日も、昇一がいつものようにリビングで腕組みをして、無事である事を確認して抱きしめてから説教をするだろう。またキスでもして黙らせてやろうか、と苦笑いしながら、つばめはなるべく音を立てずに扉を開けた。が、リビングからは物音1つしない。明かりこそついているものの、静まり返っている。ふと足元に目をやると、いつも目にしている靴が見当たらない。近くのコンビニに買い出しに出かけたのかもしれない。そう思ったつばめはなんとなくホッとしてから、ソファーに座って夫の帰りを待った。

が、それから30分経っても、帰ってくる気配がない。近くのコンビニなら、そこまでかかるはずもないが……、と思いながら、お腹をさすっていると、窓の外からパトカーと思しきサイレンが聞こえてくるのが分かった。近頃は世間も騒がしくなってきたという事もあって、サイレン程度で気にする事もなくなったが、大きな音を立てていたサイレンが不意に鳴り止んだ時には、思わず窓の外から景色を覗いた。見れば、ここからそれほど離れていない地点に、ランプが明々と灯っている。かなり大事になっているようだ。

不意に、言いようのない不安に陥った彼女は、トップスピードに変身して、窓の外からラピッドスワローに跨って、現場に向かった。とはいえ野次馬の近くにいては騒ぎが大きくなるので、現場を上から見渡せれるビルの屋上に、足をつけた。

青いビニールシートで周りを囲もうと、大勢の警官が手を動かしている。ドラマでよく見かける、殺人事件の現場検証によくあるシーンと似ているな、と思いつつ、誰がやられたのか、気になってビルの屋上から見下ろした。

が、その直後、トップスピードの中で、全ての思考が一旦停止した。片手に持っていたラピッドスワローも、握る力が抜けて、音を立てて地面に横たわる。全身から嫌な汗が噴き出す。顔面は蒼白になる。何かの見間違いでは、と思いつつも、もう一度覗き込むと、それが見間違いではない事が分かった。

腹部から、頭部から血を流しながら横たわっているのは、メガネをかけた、サラリーマン風の男性。そして、見覚えのある靴が片方、足から抜けて転がっている。トップスピードには、その男性が室田 昇一だと瞬時に理解出来た。理解したくも無かったが。

トップスピードは込み上げてくる悲鳴を押し殺し、ラピッドスワローに乗って地上の裏路地に降り立つと、変身を解き、現場に猛スピードで駆け寄った。幸い、まだ裏路地まではビニールシートの壁が行き届いておらず、つばめは野次馬の波にのみ込まれる事なく、倒れている昇一の姿を確認出来た。

 

「昇一ぃ!」

 

つばめは夫の名を叫びながら、お腹を気にする事なく走り出す。若い頃の経験からか、脚力に自信はあった事もあるが、どこからともなく妊婦がやって来た事に動揺して、押さえつける暇も無かった警官をすり抜けて、つばめは膝をついて、震える手で、ぐったりとした昇一の手を握った。すでに冷たくなっている。全体を見渡すと、腹部からの出血はすでに勢いを失くしているように見える。その顔は、眠っているかのような様子で瞑目している。

 

「……んで」

 

頬を、温かい液体が伝う。そしてそれは血で汚れた自身や夫の手に、その下にある血の池に落ちる。

 

「なんで……! なんで、なんで……! なんでぇ……!」

 

血の付いた夫の手を、マタニティドレスの上から、血で汚れる事も気にせず、そのようやく膨らみかけたお腹に置き、そして叫ぶ。

 

「なんで、なんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

叫んでも、事実は捻じ曲げられない。

この日、室田 つばめは、トップスピードは、愛する人を守る事が出来ず、失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……静まり返ったリビングで、つばめはテーブルに顔を埋めていた。

後に目撃者の証言から、昇一が亡くなった当時の実態が明かされた。偶然近くに用があった目撃者が、汗をかきながら周りを見回している昇一を見かけたのは、午前0時を少し過ぎた頃。誰かを探し回っているように見えたが、関わっても面倒だろうと思いつつも、目でその後ろ姿を追った。

しばらくして、男性は捜索に夢中になりすぎていたのか、目の前から歩いてくる男性と正面からぶつかってしまった。捜索していた男性は、汗だくになりながら謝っていたが、突然目の前からやってきた男性が、手に持っていた棒のようなもので、男性の頭を殴ったのだ。街灯に照らされて、そこでようやく血の付いた金属の棒だと気付いた時には、男性は近くに落ちていたプラスチックで出来た工事用の表示灯を折って、割れた部分を、男性の腹に何度も突き刺したのだという。あまりにも悍ましい光景に、目撃者も唖然としていたが、やがてサイレンの音が鳴り響いてくると、男性はどこかへ立ち去り、パトカーがやってきたところで、目撃者は事情を説明した。

さらに目撃者やつばめを驚かせたのは、昇一を殺したと思われる人物の正体だった。呼んでもいないのにやって来たパトカーは、どうやらある男の目撃情報を元に駆けつけたのだという。

その男は、浅倉 陸。ヤンキー人生まっしぐらだった頃のつばめも、何度か噂を耳にしており、その当時はそこまで恐怖する事は無かった。が、なんら無関係だった昇一を意味もなく殺した事を知り、つばめは初めて、人に対する恐怖というものを直に感じた。

昇一が外で周りを見渡しながら走っていたのは、いつまで経っても帰ってこないつばめを心配し、探しに出向いていたから。いつもなら叱る為にと待っていてくれたはずなのに、つばめが懐妊した事で、不安が増して、探しに来てくれたのだ。

 

「なのに、俺は……!」

 

自分のエゴで、昇一は死んだ。趣味の一環で、ハイスコアを叩き出そうという遊びを続けていなければ、こんな事にならなかったはずなのにというその事実が、つばめに重くのしかかる。つばめや昇一の両親、隣近所からも、あまり自分を責めるなと言われたが、つばめはそう言われる度に首を横に振る。

それから1週間、自分への戒めのつもりなのか、外に出歩く事は無かった。ファヴも気になって声をかけにきたが、つばめは全く応じなかった。もう、誰とも関わりたくなかった。

一度は、中絶する事も考えた。そうすれば、幸せな家庭は捨て去る事になるが、きっと楽になる。こんな悲しい気持ちも吹き飛ぶ。昇一の部屋を見て回るうちに、ベビーカーや、健康に良さそうな離乳食が載っている資料を見つけるまでは、そう思っていた。

 

「……バカヤロー。まだ、早すぎるっつうのにさ」

 

プリントアウトされたその紙に載っている画像を眺めながら、一滴、また一滴と、テーブルの上に置かれた紙を濡らす。どこまでも心配性で、曲がった事は大嫌いで、そのくせ正義感は人一倍強い。それが、室田 昇一だった。

つばめは資料を置いて、冷蔵庫を開けた。中には、昇一や自分の為にと作り置きしておいた、総菜屋の老店長お勧めの、かぼちゃの煮付けがラップに包まれている。しばらくまともな食事をしていなかった事を思い出したつばめは、一旦レンジで温めてから箸で摘まんで口にした。ほんのりと甘みが口の中に広がり、しっかりとついた味が、舌を刺激した。

昇一も、これ結構気に入ってたよな……、と思い返しているうちに、皿の中は空になった。ご飯は必ず1日3食は食うように、と自身のお腹を撫でていた昇一から念を押されていた言葉を、つばめは今でもしっかり覚えている。それは、誰よりも家族の幸せを願った男の、心温まる支えであった。

 

「……分かったよ。俺、絶対逃げないから。もう、門限は破らないから。心配かけさせないから。……だから、魔法少女、続けてくよ。あんたの分まで、その優しさ、振りまいてやるよ」

 

こみ上げてくる涙を堪えて、目元を擦ったつばめは、トップスピードに変身して、昇一の姿が写った写真に、行ってきますと告げて、飛ぼうとする。

 

『俺の事は良いからさ。幸せになれよ』

 

不意に聞き覚えのある口調でそんな言葉が耳に入ってきて、トップスピードは思わず笑った。

この日から、トップスピードはより一層人助けに尽力を尽くし、リップルやナイトを始めとする、様々な同胞達との交流を深めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、これが、昇一が渡してくれたものなんだけど」

 

そう言ってお腹から手を離したつばめが取り出したのは、いつもトップスピードの時に首からぶら下げているお守りだった。中を見せてもらうと、2つあった。『交通安全』と、『安産祈願』だ。つばめの夫の、想いが込められたお守りだった。

 

「こないだ言ったろ? 俺とお前は、同じ過ちを犯してるって。ようはさ、そういう事なんだぜ。お互い大事なもん失くして、自分勝手すぎて、周りを心配させて……」

 

そう呟くつばめの声が震え始めたのを聞いて、正史はハッとつばめの方に顔を向ける。つばめは、正面を向きながら、泣いていた。昔の事を思い出して、再び胸が締め付けられるような感覚が芽生えたのだろう。

彼女もまた、自分と同じ経験をしていた。だからあの時、必死に自分を気にかけてくれた。自分と同じ悲しみを背負わせないように、と。それにようやく気付いた正史は、つばめを見つめるも、かける言葉が見つからなかった。

正史の視線に気づいたのか、つばめは慌てて目元を擦って、いつも通りの笑みを見せた。

 

「ま、そういうわけだからさ。落ち込むのもこれくらいにして、そろそろ飯食おうぜ! 冷めちまったら勿体ねぇだろ?」

「……うん」

「それ食ったらさ。また俺達と一緒に頑張ろうぜ。お前となら、この先上手くやってけそうだし。……絶対、生き残らねぇとな。美華と、昇一が遺してくれたものの為にさ」

 

そう催促して、つばめも自分用に用意していたタッパーを取り出して、ご飯を口にした。その表情は心底美味しそうに食べている様子が伺える。

正史も、かぼちゃの煮付けから手を伸ばし、口にした。いつも以上に甘かった。味は今までの中でも最高だった。そして、段々としょっぱくなっているのに気付いた時には、目からとりとめもなく流れ落ちるものがあった。

一口食べてから、正史は箸を動かすスピードを上げて、タッパーの中の料理をがっつき始めた。久しぶりにマトモな食事を食べたからなのかもしれない。白米が頬一杯に詰められて、顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、正史は頷く。

 

「……美味、い、美味い、よ……! これ、ホンドに、美味、い……! 俺、ドッブスビードの、づばめの、ご飯……! マジで、好ぎ、だよ……!」

「その食いっぷりも、昇一そっくりだな」

 

つばめは苦笑いしながら、持参したティッシュで正史の顔を拭いた。正史は抵抗する事なく顔を拭かれ、そしてまた料理にがっつく。その様子を見ていたつばめは、ふと思い出したように正史に言った。

 

「あ、そうだ」

 

つばめは正史の顔を覗き込むように見て、口を開いた。

 

「明日とまではいかないけどさ。お返しといっちゃなんだけど、お前が得意料理だって言ってた餃子。今度作ってきて、俺達に振舞ってくれよ。俺、結構楽しみにしてるんだ! だから、頼むぜ」

「うん……! ……うん!」

 

正史は泣きながらも力強く頷き、つばめとそう約束した。それを聞いて安心したのか、つばめはうんうんと頷き、再び食事を始めた。

 

「(頑張ろうな、正史。お前となら、絶対大丈夫だ)」

 

お腹に宿る命をさすり、心の中でエールを送りながら、2人は並んで食事を続ける。

この時正史の中では、燃えるような決意が芽生えつつあるのだが、それは今語るべきではないだろう。

 

 

 

 




というわけで、龍騎復活回、並びにトップスピードの経緯が明かされる回でした。

結構衝撃的なトップスピードのオリジナル設定だったかと思いますが、龍騎を立ち上がらせるには、こうした方が良いだろうと考え、昇一さんには残念ながら浅倉に殺されたという設定にしました。でも、特別後悔はしてません。再びドン底から立ち上がる者は大抵強くなるわけですから。
これからの2人の活躍に乞うご期待!

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