魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜 作:スターダストライダー
「ちょっと、離、して……!」
夜も更けた頃の、とある路地裏。
OREジャーナルのシステム担当、島田 奈々子はひったくり犯と、自前のバッグを取り合う形で格闘していた。仕事終わりの帰り道、突然背後から黒いフードの男性らしき人物が島田に飛びかかり、バッグを盗もうとした。島田は火事場の馬鹿力が発揮したのか、必死に奪われまいとバッグを掴んで引っ張っていた。
が、段々と限界が近づいてきたのか、男性の方が競り勝ってきた。もはやこれまでか。
島田が半分諦めかけてきたその時、どこからか声が。
「スノーホワイト、困ってる人の声はこっちか?」
「うん、この先……! 九尾、あそこ!」
2人の男女の声だ。島田がそう察したその時、目の前の男性が突然吹き飛ばされた。割って入ってきた人物によって、頭を蹴り飛ばされたようだ。後ろ姿だけしか見えないが、白い毛並みが目立つ人物だった。
と、今度は地面に落ちたバッグを別の人物が拾い上げて、島田に差し出した。島田よりも幼い少女だ。こちらも白を基調としているが、学生服のようにも見える。島田は反射的に受け取ると、少女はもう1人の人物の横に並んだ。白い毛並みの人物は、少女の方に顔を向け、そこで島田は初めてその人物が狐の顔のような仮面をつけている事に気付いた。そして狐の仮面の男は、ひったくり犯を抱えて、少女と共に颯爽と駆け去っていった。
「……何、あれ」
呆然と見送るしかなかった島田だが、そこでようやく、何かスクープを見つけた時用にカメラを持参していた事を思い出した。
『SWORD VENT』
「ハッ! ダァッ!」
ミラーワールドの一角にて、九尾がフォクセイバーを振るって、何体ものシアゴーストを斬りつけていた。
ひったくり犯を捕まえて交番の前に寝かせた後、モンスターの出現を知らされ、導かれるように次の現場に向かい、ミラーワールド内でモンスターと交戦していた。
九尾の後方ではスノーホワイトが、九尾の援護用にとパートナーの武器であるフォクセイバーを構えているが、ほとんど突っ立っている事しか出来ていない。何故なら、
「ウォォォォォォッ!」
シアゴーストの相手を九尾がほとんどしているからだ。援護に向かおうとしても、九尾の気迫溢れる斬撃がそれを許さない。
まるで、全ての敵を受け持とうとしているかのような立ち振る舞いだった。そして一切の容赦が見られない。
「九尾! 無理しないで!」
「分かってる……! 心配するな! これくらいなら俺だけでも!」
『FINAL VENT』
「ハァァァァァァァッ……!」
九尾はスノーホワイトを下がらせた後、カードをベントインして気合いを入れると、飛び上がって右足を突き出す。
「ウォォォォォォッ!」
フォクスロードと合体し、ブレイズキックを放ち、シアゴーストをまとめて一掃した。
マジカルフォンからキャンディー獲得の音が鳴り、辺りに再び静けさが戻ると、九尾はミラーワールドを後にしようとした。
「次、行くぞ」
「ま、待って九尾!」
不意にスノーホワイトは九尾を呼び止めた。
「何だ」
「困ってる人の声、もういないみたいだよ! 声が聞こえてこないから……」
「……」
「だから、その……。休憩、しよ?」
「……あぁ」
肩の力を抜いた九尾はスノーホワイトと共にミラーワールドを出て、近場の材木置き場の敷地内に入り、隣同士並んで、腰を下ろして壁にもたれた。月明かりや小さな外灯が無ければ、殺風景な場所。休憩を提案したスノーホワイトにはそう思えた。
この日は集団行動ではなく、3組のグループを作り、各所を巡ってキャンディーを集める事になっていた。今はまだまともに動けないラ・ピュセルの分まで、キャンディーを獲得する必要がある為、多忙を望む九尾とスノーホワイトのペアだったが、そういった時に限って、人助けになりそうな事は少なかった。
「……ねぇ」
「何だ」
やがてスノーホワイトが口を開いたのは、腰を下ろしてから数分後の事だった。
「昨日から、変だよ。九尾、何でそんなに自分から危険な事をしようとするの?」
「どうしてそんな事」
聞くんだ、と続ける前に、九尾はスノーホワイトの泣きそうな顔を見て、言葉が喉につっかえた。
「私、心配してるんだよ。このままだと、ラ・ピュセルみたいな目に遭うんじゃないかって……。今の九尾を見てたら、そう思っちゃうんだよ」
「……」
九尾は何も言わない。ただジッと、地面を見つめている。
すると、スノーホワイトの手が九尾の手に触れた。それに反応した九尾はパートナーに目をやった。
「私、死にたくない。九尾やラ・ピュセル、みんなの事も死なせたくない。みんなと一緒に、生き残りたいの」
「スノー、ホワイト……。俺だって、お前やみんなを死なせるつもりはない」
「ならどうしてあんなに」
「そうでもしなきゃ、きっとまた誰かを、失うかもって思うと、自分でもどうしようもないんだ……」
九尾は自然とスノーホワイトの手を握り返していた。
「でも、これだけは言える。生き残る為には、誰かを守るには、戦う事も必要だって事」
「九尾……。うん」
おそらく、スノーホワイトはまだ九尾の言葉の真意には気づいていないのかもしれない。だが、今はそこまで深く考えなくてもいい。自分に出来る最低限の努力で、生き残ろう。そう決意して、改めて九尾の手を握ろうとした、その時だった。
「……見つけた」
ハッと手を離して、声のした方を同時に振り向く九尾とスノーホワイト。
積まれた木材の間に、誰かが佇んでいる。最初はよく見えなかったが、目が暗闇に慣れて、外灯を頼りに目を凝らしてみて、ようやくその全体像が明らかとなった。
「やっと、見つけた……」
そう呟いた声は少女のものだった。ただし、そこにいたのはただの少女ではない。ドレスにソックス、シューズ、ドロワーズ、リボンカチューシャ。全てが黒かった。第一印象としては、黒い『不思議の国のアリス』というべきか。唯一、手に持っていた兎のぬいぐるみだけは白かったが。
「お前、誰だ……?」
見た事もない人物がゆっくりと近づいてくる為、九尾は少しだけ腰を浮かして警戒を強めた。スノーホワイトは身動きすら出来ていない。
対する猫背気味の姿勢の少女は、唇の端をギィッと上げて、淀んだ瞳の奥に喜びを見せながら、一歩一歩近づく。
「やっと、会えた……。スノーホワイト、九尾」
『STRENGTH VENT』
不意にどこからか電子音が鳴り響いたと同時に、鈍い音が辺りに響いた。少女は首を傾げた……ように、最初は2人とも認識した。しかし、傾げた角度は徐々に開き、次第に普通ではありえないぐらいに傾き、そして。
ゴトンという音と共に、2人の足元に、『首』が転がってきた。
「……⁉︎」
「ヒッ……⁉︎」
一瞬の事だった為、瞬きする間もなく、目の前にある首から上のない少女を中心に、血飛沫が飛散した。当然、唖然としていた2人にも降り注ぐ。
首を失くした魔法少女は膝をつき、前のめりに倒れこんだ。首の断面からは気道や血管、骨までがハッキリと見えてしまった。そして死体が完全に横たわったところで、黒い魔法少女の後ろに誰かが武器を持って立っている事に気付いた。
「手応えが無さすぎる」
恐ろしく低い呟きと、近づく足音がハッキリと耳に聞こえてくる。やがて足音は流れ出る血液によって作り出された血溜まりに足を踏み入れた水音に変わったところで、黒い魔法少女の首を刎ねた人物の全体像が見えてきた。
「……アァ。まだいたか」
そこにいたのは、紫色の蛇を彷彿とさせる仮面ライダー『王蛇』だった。チャットでは姿だけを見た事はあったが、リアルタイムで会うのは初めてだった。その右手には、血がこびりついたベノサーベルが握られており、肩に乗せていた。蛇の牙にも似たその武器で黒い魔法少女の首を刎ねたようだ。
しかし本来ベノサーベルは叩きつけるものであり、決して斬れ味が良いわけではない。では、どうやって首を落とせたのか。
答えは、彼のパートナーでもある魔法少女『カラミティ・メアリ』の魔法にあった。パートナーシステムにより付与されたパートナーカードは『ストレングスベント』。彼女の魔法同様、手に持っている武器の威力を高めるものであり、これによってベノサーベルに首を刎ねるだけの殺傷力が追加されたのだ。
以前、ライアの口から王蛇の危険性は聞かされていたが、転がっていた死体を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばすその残忍性を目の当たりにして、これまで感じた事のないほどに恐怖心が芽生え始めていた。
「お前が、王蛇……!」
「……なぁ。良い加減待ちくたびれた。イライラしてならねぇんだ」
「……!」
「俺と、遊べよ」
そう言ったその瞬間、王蛇はベノサーベルを横に振るった。九尾はとっさの判断でスノーホワイトを突き飛ばし、自身も横に飛び退いた。2人の後ろにあった壁は横一直線に切り裂かれ、地面にバラバラと落ちた。2人が息を呑む中、王蛇はリラックスしているかのように腕をブラブラと動かしていた。
「どうしたぁ……。戦えよ、俺と」
殺意……というよりも狂気に満ちた視線を向けられて、九尾は自然とスノーホワイトの前に出た。どれほどの実力が向こうに備わっているか分からないが、1つだけ確かなのは、今のスノーホワイトでは彼に太刀打ち出来ない。だから、前線に出て戦う。九尾は駆け出して、王蛇と真っ向から拳を振るった。
「ハハハッ!」
対する王蛇は歓喜に満ちているかのようにかわしながら、ベノサーベルを振り回した。1つ1つの攻撃に、手加減など微塵もない。内心冷や汗をかいていた九尾は、新たにカードをベントインした。
『BLAZE VENT』
「ハァッ!」
両手に作り出して放たれたブレイズボンバーは、王蛇に確かに直撃した。はずだったが……。
「フンッ!」
「グッ……⁉︎」
王蛇は少しよろめいただけで、何らダメージになっていなかった。完全に油断していた九尾は王蛇に殴られ、よろめいたところを蹴り上げられ、スノーホワイトの近くに転がってきた。
「九尾!」
「う、ウゥ……!」
仰向けに倒れた九尾が、呻き声を上げながら立ち上がろうとした。が、その前に王蛇が九尾の腹を踏みつけた。
「グ、ァァァァァァァァッ!」
「!」
「どうしたぁ……。もっと遊ぼうぜェ」
そう言って王蛇は九尾を蹴り上げ、スノーホワイトにぶつけた。悲鳴と共に転がるスノーホワイトに、王蛇のベノサーベルによる攻撃が迫ってきたが、これを紙一重のところでかわした。が、一向に反撃する素振りを見せてこないスノーホワイトを見て、王蛇にはイライラを通り越して呆れが生じた。
「お前との遊びは、あんまり面白くないなぁ……。もっと戦えよ」
「い、嫌……!」
遂にスノーホワイトは涙を浮かべながら、必死に叫んだ。
「嫌だぁ、死にたくない! どうして、私達を狙うの⁉︎ 私達、あなたに何もしてないのに……!」
「知ったことか。戦いたいんだよ、俺は……! ライダーや、魔法少女と、もっとなぁ……!」
もはや常人の域を超えている人物の呟きを前に、遂にスノーホワイトも逃げるだけの気力が失われた。王蛇はスノーホワイトに近づき、その髪を左手で力強く掴んで持ち上げた。あまりの痛さに、スノーホワイトは悲鳴すら出てこない。
「さぁ、もっと来いよ。遊び方を教えてやる。俺なりにな」
「や、めろ……!」
九尾が王蛇の足にしがみつくが、それで止まる王蛇ではない。右腕を高く掲げて、ベノサーベルをスノーホワイトめがけて振り下ろそうとした、まさにその瞬間。
生理的嫌悪を抱かせるような音が辺りに響いた。
「……アァ?」
王蛇が、腹部に伝わる熱が気になって下を向いた。同時にスノーホワイトも、音がした王蛇の腹に目を向け、九尾も見上げる。
王蛇の、装甲に覆われていない腹部。そこから、鋭い刃のようなものが突き出ているではないか。何者かが、背後から刺し貫いたとしか考えられない。
やがて刃は背中から抜かれ、傷口から王蛇のものである血が噴き出た。正面にいたスノーホワイトや、足元にいた九尾は直に血を浴びた。
「オ、オォ……!」
王蛇がスノーホワイトから手を離し、少しよろめいてから、自分を刺したであろう人物を確認しようと、勢いよく振り向いた。その瞬間、王蛇は仮面の下から目を見開く事になる。スノーホワイトも九尾も、ゆっくりとその視線の先を追うと、そこにいたのは……。
『首から上のない』黒ドレスの少女が、黒い短剣を右手に構えて佇んでいる姿が、そこにあった。
ずっと堪えていたスノーホワイトだが、遂に限界がきたのか、喉の奥からあらん限りの悲鳴をあげた。
「イ、イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァ⁉︎」
九尾も、本音では悲鳴をあげたいところだった。だがそれ以上に、疑問が脳内を支配した。王蛇を刺したのは、間違いなく先ほど王蛇が首を刎ねた少女だった。だが、大前提として彼女が動いている事が考えられなかった。首は今もなお、顔を地に伏せた状態で九尾の足元に転がっている。にもかかわらず、佇んでいる少女は短剣を握りしめて、そこに立っている。よく見ると、彼女が握っている短剣も、見覚えのあるシルエットだった事に気づく九尾。
「(あれは……! ドラグセイバー……⁉︎)」
確信はないが、少女の手に握られているものは、同じチームである龍騎の所持武器と酷似していた。辺りが暗いため、色までは判別できなかったが、元から黒のように感じられる。色違いのドラグセイバーを持っている事に驚きを隠せない。
「お前……!」
王蛇が体を震わせ、少女に向かって駆け出した。少女はドラグセイバーでベノサーベルを受け止めたりと、対抗している。王蛇が暴れる度に、腹から流れ出る血が辺りの地面に降り注ぐが、本人は目の前の敵を倒す事に意識が向いているのか、お構い無しだ。
今がチャンスだ。そう思った九尾は、目の前に広がる血みどろな光景に、顔を真っ青にしているスノーホワイトに目をやってから、カードをベントインした。
『ACCEL VENT』
「しっかり摑まれよ!」
九尾はスノーホワイトを抱き上げ、アクセルベントで向上した移動力で、素早くその場から撤退した。依然として王蛇と少女の戦いは続いているようだが、2人にはその結末を見届けるだけの余裕はなかった。
「後ろを見るな!」
怯えて体を丸めているスノーホワイトにそう言い聞かせながら、ただひたすらに、遠ざかるように九尾は走り続けた。
やがて2人の後方から聞こえてきたのは、獣に似た、この世のものとは思えない雄叫びだった。
どこをどう走ったのか、曖昧になりながらも、九尾はスノーホワイトを抱き抱えて、ようやく材木置き場から遠ざかる事に成功した。2人とも追いかけてこなかった事が、不幸中の幸いだった。
そしてそのまま九尾が向かった先には、最初にライアやラ・ピュセルと待ち合わせ場所にしていた鉄塔が見えてきた。今日の集合場所にしていた地点が見えてきた時、九尾は息を荒げながらも、不思議と安心感が生まれた。
2人がたどり着いた時には、すでに先客がいた。北宿の火防道路脇に放置されていた廃道路標識を処理していた龍騎とトップスピードのペアが、先に仕事を終えて戻ってきたようだ。が、2人は九尾とスノーホワイトの姿を見てギョッとした。それもそのはず。戻ってきた2人の至る所に、血が付着しているのだから、驚かない方がおかしい。
「ど、どうしたのそれ⁉︎」
「お、お前ら⁉︎ 何でそんな血まみれに……!」
九尾に抱えられていたスノーホワイトは降ろされた後、しばらく呆然としていたが、仲間と合流できた事で恐怖から解放された反動からか、急に泣き喚きながらトップスピードに目一杯抱きついた。
「お、おぉどうしたんだよ⁉︎ ほら、もう大丈夫だからな、なっ? ほ〜らよしよし……」
突然抱きつかれて戸惑うトップスピードだったが、母親のようにスノーホワイトの頭を優しく撫でて、落ち着かせた。
遅れてナイト、リップル、ライアの組が合流してきたが、スノーホワイトが泣きながらトップスピードに抱きつく様子や、血で汚れている2人の姿を見て、何事かと思って近くに駆け寄った。
スノーホワイトがようやく落ち着き始めたところで、九尾が代表して、先ほど自分達の身に起きた事を全て話した。話を聞き終えたライアは深刻そうに唸った。
「王蛇がこのエリアに……。こうなると、担当区域云々は意味を成さなくなるかもしれない」
「ここも、安全とは呼べないという事か」
ナイトの呟きを聞き、リップルは真っ先に王蛇のパートナーでもあるカラミティ・メアリの事を思い出した。今は城南地区で暴れ回っている彼女だが、一度N市という枠で解き放たれたら、王蛇同様、厄介な存在になり兼ねない。彼女と因縁を持つリップルは、改めて訪れるかもしれない脅威を認識して、舌打ちをした。
リップル同様、カラミティ・メアリや王蛇とも事を交えたことがある龍騎も、今後に不安を感じる中、ふとスノーホワイトの方を見てあるものに目がついた。
「……あれ? スノーホワイト、それ。何持ってるの?」
「えっ……?」
スノーホワイトがふと右手に目をやると、何かが握られている事に気付いた。手のひらを広げてみると、そこにはその白くフワフワした、細長い動物の毛のようなものだった。リップルはハッとしていち早くその物体の名を呟いた。
「『兎の足』……!」
「おいおい! それって激レアアイテムの1つじゃねぇか⁉︎ どこで拾ったんだよ……!」
今度はトップスピードが喚く番だったが、スノーホワイトは困惑していた。自分は今までこんなものを持っていた記憶はない。誰かが落としたものを、気づかぬうちに拾ってしまったのだろうか。
心当たりのありそうな人物の姿が頭に浮かんだ途端、その時の情景を思い出したのか、吐き気がして、一度兎の足に目を通してから、その日は見ないようにした。
本来ならマジカロイド44がこの辺りで出番となるわけですが、マジカロイドは依然としてカラミティ・メアリと手を組んでませんから、代わりに王蛇が出動……といった感じの回でした。
次回、さらに血みどろな戦いが……。