魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜   作:スターダストライダー

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『独活』のクリームシチューってどんな味がするのか、ちょっと気になる今日この頃。


36.交渉決裂

大通りに、等間隔で植えられたイチョウの樹が衣替えを終えているのを確認したボーイッシュな女性、亜柊(あしゅう) (しずく)は、カーテンを閉めてからポツリと一言。

 

「……マンションの6階から地上を眺めると人間が小さく見え、小さく見えると人が人でないかのように錯覚してしまうな」

「あら、雫でもそんな事を思うのですか?」

 

雫の呟きに反応したのは、キッチンで料理を作っている、エプロンを着た小太りの女性、羽二重(はぶたえ) 奈々(なな)だった。

 

「魔法少女としては、よろしくないかな」

「でも雫らしいですよ。そうやって難しく考える所が」

 

奈々がクスリと笑うと、雫もつられて顔がほころんだ。

考えてみたら、久しぶりに奈々の笑顔を見たな、と雫は思った。最近の彼女はとにかく憂い顔か泣き顔になる事が多かった。

その原因は2つある。1つは、突如として始まった、魔法少女や仮面ライダーの座をかけた、ある種の椅子取りゲームのような争いだ。すでに3人の脱落者が出ており、いずれも死に至っている。同胞が死ぬ事は、魔法少女として他者を救う事に喜びを感じていた奈々にとって相当辛いものだった。雫自身も胸の奥が時折痛くなる。そしてもう1つは昨晩の件だった。自分達の意見に同調してくれそうな魔法少女や仮面ライダーと力を合わせて困難を乗り切ろうと考えたシスターナナは、同じチームで大学の教員であるオルタナティブの教え子が集まっているチームに声をかけた。つい最近結託して、8人組のチームとして活動をするようになった事を知っており、この調子なら自分達も受け入れてくれるだろう。そう思っていた。が、実際には自分達が思い描いていた展開とは少しばかり外れた。九尾、スノーホワイト、ライア、ラ・ピュセル、龍騎、トップスピードはどうにか承諾してくれたものの、ナイトとリップルのペアは真っ向から反対した。特にナイトは苛立ちのあまり、シスターナナの腕を掴んで怪我を負わせようとした。これにはウィンタープリズンも頭に来たのか、シスターナナの前に立ってナイトを倒そうとしたぐらいだ。

故にウィンタープリズンも、それからナイトに不信感を抱いてばかりだった。オルタナティブとライアの仲介がなければ、話は全く進まなかったに違いない。ただ、龍騎とファムが元恋人同士だった事にはさすがに驚いたが。

そんな彼女の笑顔を見る事が、雫にとって至福の時だった。

 

「やはり君の笑顔は可愛い」

「何か?」

「いや、独り言さ」

 

そう言って雫は、本棚の方に目をやった。そこにはこれまで奈々と築いてきた思い出の写真や雑貨類などが置かれていた。どれも恋愛ものをモチーフにした小説や漫画、詩集だ。何枚も貼り付けられた写真の1つ、同じゼミ生として香川や美華も含めた全員が写ったものの端が折れ曲がっており、真っ直ぐに直した。几帳面な性格が面に出ているのがハッキリと見てとれた。

そんな雫の様子をニヤつきながら奈々が見ていると、雫が尋ねてきた。

 

「今日はカレー?」

「惜しいですね。シチューです。独活のクリームシチュー。灰汁抜きにちょっと時間かかるけど、もう少し待っててくださいな」

「(……独活?)」

 

軽やかにおたまで鍋をかき混ぜている奈々を見て、雫は曖昧な表情を浮かべた。山菜の一種である独活をクリームシチューに入れるなんて聞いた事がない。そう思う雫だが、すぐにその理由を察した。

奈々は見た目からも分かる通り、平均より体重が多い。それを気に病んでいる彼女はダイエットの名目で食べたいものを食べないようにしている。しかし、雫はそれを気に入らなかった。

だからある時、「苦しんでまでダイエットする必要はないだろう、奈々はコロコロしている方が健康的に見えるし、何より可愛い」と心の底からアドバイスをしたつもりだったが、逆効果だったらしく、それから3日間、口を聞いてもらえず、雫はひどく落ち込んだ。美華が慰めてくれたり、香川からカウンセリングしてもらわなければ、心に一生深い傷を負っていたに違いなかった。

魔法少女『シスターナナ』になれば、美形になれるのだから気にしなくても良いのではとも思ったが、奈々の乙女心は同性の雫をもってしても理解出来ない為、あえて口に出さないようにしておいた。

最近は食を抑えるだけでなくなるべく野菜を摂ろうと努力しているらしく、地物の山菜をどこからか調達してきては、聞いた事もない料理を作ってくれる。雫はもちろん、時折奈々の住むマンションに来て食事をする美華や香川一家も首を傾げた。

 

「(でも、それでも……)」

 

笑ってくれるだけの余裕が出来たのは良い事だと雫は思った。脱落するのはあと13名。そこに最悪でもシスターナナの名が加わるような事があっては、決してならない。無論オルタナティブやファムの事も全力で守るつもりだが、彼女が死ぬ事を考えただけで胸が張り裂けそうだ。

向かい合うのではなく、隣り合って恋人のように寄り添いあいながら、出来上がった『独活のクリームシチュー』を2人で口にする中、雫は今後の予定を確認した。

 

「……で、食べ終えたらこれからどうするんだい?」

「そうですね……。やはりもう少し呼びかけをしておいた方が良いと思うんです。昨日はスノーホワイト達も承諾してくれましたけど、この際ですからこの調子でもっと積極的に団結を深めましょう」

「……昨日は昨日で成功とは言い難い気もするが」

 

雫がそう語るように、ナイトとリップルは未だに同調する気は無さそうだ。特にナイトの態度には雫も嫌悪感を抱いていた。

 

「それに、今は物騒だ。あても無いのに無理に仲間を作らなくても……」

「大丈夫ですよ。雫や美華、それに先生もいれば」

 

その時、机に置かれていた奈々のマジカルフォンが鳴り響いた。メッセージを受信したようだ。会話を中断して内容を確認してみると、奈々は驚いた表情を見せた。

 

「これは……」

「誰からだい?」

「森の音楽家クラムベリーからです。是非とも会いたいと」

「クラムベリーから……?」

「私達の活動が耳に入ったのかもしれません。もしかしたら協力してくれるかも!」

 

奈々はさも嬉しそうにはしゃいでいるが、対称的に雫は深く考え込んだ。ルーラチームの例もある。もしかしたら、罠かもしれない。そう考える雫だが、奈々は完全にその気であり、その笑顔を見て反対意見が出せなくなった。

香川と美華に連絡を入れ、食事を終えた2人は後片付けをしてから支度を整え、2人並んで、カーテンで閉め切った窓の方を向いてマジカルフォンを取り出し、タップした。

 

「変身!」

 

奈々がタップすると、光に包まれて現れたのは背徳感溢れる修道服に包まれた魔法少女『シスターナナ』だった。

 

「変身」

 

シスターナナとは真逆に、静かに呟いてタップした雫は光に包まれて、ロングコートに身を包んだ魔法少女『ヴェス・ウィンタープリズン』へと変身した。

2人はカーテンを開け、ウィンタープリズンがシスターナナをエスコートするように窓ガラスからミラーワールドへと突入し、途中で合流した、各々のパートナーであるオルタナティブ、ファムと共にクラムベリーが待ち合わせ場所に指定した所へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラムベリーが指定したのは、奈々達の住んでるマンションからかなり離れた所にある、高波山の採石場だった。正確には解体された地元の建設業者が所有権を有していた、採石場跡地であり、周りは滑らかに削り取られた岩ばかりで、殺風景な場所と呼ぶに相応しい舞台である。

 

「けど、何でこんな時にこんな採石場で話をしようなんて考えたのかしら、クラムベリーは? リアルで会った事すら無いのに話したいって」

「普段は寡黙な方ですけど、ベテランではありますし、きっと私達と同じ考えを抱いているのかもしれませんね。仲間が増えて嬉しいです」

「そうなると良いんだけどね……」

 

ファムとシスターナナがそんな会話をする中、ウィンタープリズンは少し不安げな表情のまま、オルタナティブにこっそり話しかけた。

 

「先生、この件、どう思います……?」

「チャットへの参加率は高い方ではありますが、一方で自発的に語る事はないですからね。素性が見えないという点では警戒すべきではありますが、先ほどシスターナナも述べたように、彼女はパートナーであるオーディン同様、魔法少女歴は長い。それこそ私が仮面ライダーに選ばれるより前の事ですから。聞く所によれば、あのカラミティ・メアリの教育係も彼女が務めた、とか」

「……ますます不安になりますね」

 

カラミティ・メアリの危険性は、実際に対峙したウィンタープリズンなら嫌という程理解しているため、不安感はさらに積もった。

主張や目的の見えない相手は、カラミティ・メアリや王蛇、そしてベルデのように分かりやすく危険な相手より厄介極まりない。

そうこうしているうちに、午前2時となり、前方から足音を鳴らして堂々と歩み寄る人影が見えた。長く尖った耳、金色の髪、身体中のそこかしこに蔦が絡んで、大小様々な花が咲き誇り、年上である事を惜しみなく前面に出しているその振る舞いから、妖精エルフを連想させ、すぐにその人物がクラムベリーである事は容易に想像出来た。時間通りにやってきた事を考えると、さほど悪い印象は見受けられない。

クラムベリーは礼儀正しく振る舞うようにお辞儀をしてから挨拶した。

 

「こんばんは。シスターナナ、ヴェス・ウィンタープリズン、オルタナティブ、ファム」

「こんばんは、森の音楽家クラムベリー」

「クラムベリーで構いませんよ」

「分かりましたクラムベリー。チャットでは何度もお目にかかっていましたが、実際に会うのは初めてですね」

「えぇ。皆さん、私が想像していた通りの方々で何よりです」

「……それはどうも」

「パートナーのオーディンは来てないのかしら?」

「彼なら別件で今日は誘っておりません。私だけです」

「そうですか。お忙しいのですね」

 

一言二言会話した後、内容はキャンディーの奪い合いという現状を打開する為に皆で一致団結していこうという提案と、それに乗ってくれている人達がいるという報告へと変わった。

 

「……ですから、クラムベリーにも是非協力していただきたいのです。一人ひとりの力は小さくても、力を合わせればどんな困難も解決できる。そう思うんです」

「なるほど。お話はよく分かりました」

 

シスターナナの熱弁に対してそう答えるクラムベリー。ウィンタープリズンとファムは意外だと思ったのか、互いに顔を見合わせた。

すると、クラムベリーは話を続けた。

 

「では、こちらからもお話したい事があるのですが」

「えぇ、どうぞ。私達で答えられる範囲であれば」

 

シスターナナはおっとりした表情で許可を出した。そしてクラムベリーは一旦目を閉じて、こう呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こういう事、やめませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

「迷惑千万なんですよ。こうやってゲームに水を差すような事をされるのは」

「ど、どういう意味なんでしょう、か……?」

「そのままの意味ですよ」

 

突然の拒絶に困惑するシスターナナ。そこで真っ先に動いたのはオルタナティブだった。後ろに下がらせた後、1番前に立って口を開いた。

 

「やはり、最初から我々に賛同する気は無かったようですね」

「察しが良いですね。さすがはオルタナティブ」

 

そう言って再び開かれたクラムベリーの目つきは、何かに飢えた獣を彷彿とさせていた。

 

「時にオルタナティブ、並びにウィンタープリズン。あなた方の噂を聞いて以来、戦いたいと思っていました」

「私や先生と……?」

「ウィンタープリズンは肉弾戦に関しては右に出る者がいないという話ですし、オルタナティブは優れた才能の持ち主として多方面から注目されているそうじゃないですか」

「まさか、あなた……!」

「ゾクゾクするじゃないですか。そんな相手と戦えるなんて」

 

雰囲気1つ変えずに近づくクラムベリー。が、次の瞬間予備動作なしのハイキックがシスターナナめがけて振るわれた。これに対しウィンタープリズンは左腕を立てて受け止めた。その一撃の重さに、骨が軋む感覚がした。風圧で首に巻かれていたマフラーが翻り、シスターナナは小さな悲鳴とともに尻餅をついた。ファムとオルタナティブは身構えた。明らかに向こうは本気でやりあうつもりなのだ。

 

「フフ。やはり採石場には、長いマフラーがよく似合う」

「……!」

 

クラムベリーの指が標的として捉えたウィンタープリズンに向かって突き出されるが、この時ウィンタープリズンは意識を切り替えて地面に右手を当てた。すると、2人の間に壁が出来た。ウィンタープリズンの魔法『何もない所に壁を作り出せるよ』が発動したのだ。壁の材質は使う場に応じて変化するため、今回は石の壁がせり上がった。

クラムベリーの身長を裕に越える高さの石壁。しかしクラムベリーはそれを前にしても迷わなかった。そのまま拳を振るい、易々と壁を貫き、欠片がシスターナナ以外の3人に襲いかかった。ファムとオルタナティブは横に転がって回避し、ウィンタープリズンは後退した。

いかに魔法少女や仮面ライダーの身体能力が向上しているとはいえ、クラムベリーは別格だった。豊富な実戦経験に裏打ちされた自信に満ち溢れており、先ほど石壁を貫いた攻撃からは、単なる破壊の域を超えていた。明らかにクラムベリーは4人を殺しにかかっている。そう感づいたオルタナティブはスラッシュバイザーに1枚のカードをスライドしてベントインした。

 

『SWORD VENT』

 

そしてオルタナティブはスラッシュダガーを片手に、クラムベリーを抑え込もうとした。殺す気はないとはいえ、放置しておくには危険すぎると判断したのだろう。が、クラムベリーは笑みを崩す事なく逆にスラッシュダガーを片足で押さえつけ、もう片方の足でオルタナティブを蹴りつけた。

 

「! みんな!」

「下がってて、シスターナナ!」

「ここは私達が!」

 

ウィンタープリズンとファムはシスターナナを下がらせて戦いに集中した。間合いを広くとるのと同時にクラムベリーをシスターナナから遠ざける為に、ウィンタープリズンは退きながら壁を作り出してクラムベリーの動きを阻害しようとした。だがクラムベリーは、普段皆が歩くような道路とは違って障害の多い足場にもかかわらず、ごく自然体で壁を次々と破壊していった。

 

「(魔法で出来た壁が、こんなにも簡単に……!)」

 

予想以上に手強さを感じて舌打ちしようとしたウィンタープリズンだが、そこで動けなくなった。見れば、クラムベリーがマフラーの端を掴んで、間合いを開けさせないようにしている。

 

「しまった……!」

「無駄だと分かりましたか?」

「ハァァッ!」

 

ウィンタープリズンを引き寄せて殴りかかろうとしたクラムベリーに向かって、ファムがレイピア型の召喚機『ブランバイザー』を突き出し、マフラーから引き離した。

 

「ライダーの中では稀に見る女性ライダーの1人、仮面ライダーファム。どれほどの実力を持っていますかね?」

「シスターナナの優しさを利用するなんて、最低!」

「フフ。それは褒め言葉として受け取っておきましょうか」

 

そう言ってクラムベリーはファムに急接近。ブランバイザーを振り回して対抗するファムだが、深い間合いに入ったクラムベリーがこめかみに向かってつま先を叩きつけた。

 

「あぁ⁉︎」

 

さらなる追撃として腹にも蹴りが入り、ファムは地面を転がった。オルタナティブとウィンタープリズンも応戦するが、クラムベリーの猛攻は止まらない。

このままでは3人が危ない。そう思ったシスターナナは離れた場所から祈るようなポーズをとり、全身を光に包ませた。すると、戦っていた3人は腹の底からエネルギーが湧いてくるのを感じた。そう、これこそがシスターナナの魔法『好きな人の力をめいっぱい引き出せるよ』であり、それが逆転の一手を生み出した。

クラムベリーが足を突き出してくるが、オルタナティブはこれを退いて回避し、足が戻される前に鷲掴みにして動きを阻害した。

 

「ハァッ!」

 

続いてファムからの、背中へのショルダータックルが炸裂してクラムベリーは吹き飛んだ。宙を舞うクラムベリーの眼前に石壁が彼女を囲むように出現し、クラムベリーは叩きつけられた。逃走経路を塞ぐ為でもあり、確実に攻撃を当てる為にウィンタープリズンが形成したのだ。ウィンタープリズンは躊躇する事なく詰め寄り、クラムベリーに向かって渾身の力を込めた両方の拳が振るわれた。鈍い音が鳴り、殴った感触が分かる度に、石壁には血がこびりつく。おそらく一度だけでは向こうも倒れないだろうから、何度も殴りつけ、音をあげるまでやり続けば良い。

そう思って殴り続けていたその時、背後からシスターナナの声が。

 

「ウィンタープリズン、後ろ!」

「(後ろ……?)」

 

不意に目線や意識を後方に向けるウィンタープリズン。それを見たクラムベリーは鼻から赤い液体を滴らせながらも不敵な笑みを浮かべて、拳を突き出した。不意をつかれたウィンタープリズンは回避する間がなかったが、そこへオルタナティブが割り込んで、ウィンタープリズンの代わりに拳を直に受けた。左胸に直撃し、オルタナティブはウィンタープリズンを巻き込みながら後退し、うめき声と共に膝をついた。

 

「先生……!」

「大丈夫、です。この程度ならね」

「しかし、今のは……」

 

ウィンタープリズンが改めて声のした方を振り返ったが、そこにはシスターナナはいない。彼女は声のした方向とは別の場所で呆然としている。叫んだ様子が見受けられない。では、先ほどウィンタープリズンが耳にしたシスターナナの声は一体……?

 

「おそらく、彼女の魔法でしょう。私の推測ではクラムベリー、あなたは音を自在に操る事が可能ですね。だからシスターナナの声と酷似した音を、本物とは別の場所から発せた」

「! そうか……! 私が聞いたのはそれだったのか」

「お見事です。まさか初見でそれを見破るとは」

 

では、こちらも本気で相手をしないと失礼ですね。

そう呟くクラムベリーはマジカルフォンを取り出し、両手にパートナーであるオーディンの武器『ゴルドセイバー』を2刀出して構えた。

 

『SWORD VENT』

 

対するファムもベントインして薙刀状の武器『ウィングスラッシャー』を手に取り、パートナーのウィンタープリズンもマジカルフォンをタップしてウィングスラッシャーを握った。

ファムとウィンタープリズンのペアが駆け出し、クラムベリーに斬りかかるが、クラムベリーは依然として余裕を保ったまま、2人を相手に互角の勝負を繰り広げている。

 

「ほぉ。肉弾戦だけが得意分野というわけではなさそうですね。パートナーの武器をしっかりと使いこなしている」

「随分と呑気に実況しているな。余裕をこいていられるのも今のうちだぞ!」

 

ウィンタープリズンはさらに力を込めて攻撃しているが、クラムベリーは動じない。

が、そんな3人の勝負に水を差すかのように、マジカルフォンからモンスターの出現を知らせる音が鳴り響き、3人の間を何かが横切った。横切った物体は戻るようにUターンし、近くの岩場に突き刺さった。十字形の巨大手裏剣だった。一同が見上げると、高台になっている崖から姿を現す者が。

それはイモリ型のモンスター『ゲルニュート』だった。しかも1匹だけではない。壁に張り付いている者、宙吊りでぶら下がっている者、何体もの群れで5人を睨みつけているのだ。

 

「モンスター……! こんな時に!」

「(だが、これは好機かもしれません)ウィンタープリズン」

「! はい!」

 

ウィンタープリズンはファムに目配せで合図を送り、ファムと共にクラムベリーから離れた。

 

『WHEEL VENT』

 

オルタナティブが新たなカードをベントインすると、どこからか契約モンスターのサイコローグが現れて、走りながらバイク型のサイコローダに変形した。ウィンタープリズンはシスターナナを抱き上げて、オルタナティブはファムを後ろに乗せて、クラムベリーとは反対の方向へ全速力で走りだし、採石場から離脱した。ゲルニュートも何体かが4人を追いかけ、何体かはその場に残った。

残党達はクラムベリーを囲み、背中に背負っている十字形の手裏剣に手をかけた。

 

「……せっかくの所で思わぬ邪魔が入りましたね。倒される覚悟はよろしくて?」

 

ため息をついたクラムベリーの目つきは次の瞬間、冷酷なものへと変わっていた。それでも臆さず攻めようとするゲルニュート達だったが。

 

『ADVENT』

 

電子音と共にゲルニュートに向かって体当たりしてくる影が。それは不死鳥型であり、パートナーの契約モンスター『ゴルドフェニックス』だった。クラムベリーが再び高台に目を向けると、ゴルドフェニックスを呼び出した張本人が腕を組んで見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!」

「まだ追いかけてくるわ!」

 

一方、採石場近辺から脱出こそ出来たオルタナティブ達だが、ゲルニュート達は執拗に追いかけてくる。広い地帯に出たのを確認したオルタナティブはバイクを停めて、ファムと共に降り立った。ウィンタープリズンも足を止めてシスターナナを下ろして、安全な場所への避難を促した。

 

「ハァッ!」

「ふんっ!」

「オォッ!」

 

ファム、オルタナティブ、ウィンタープリズンの3人はゲルニュートに立ち向かい、激しい交戦を始めた。クラムベリーを相手にしていた時ほど苦戦する事はなかったが、先ほどの戦いで疲弊している影響か、息の上がり具合が早くなっている。

すると、何体かが3人の上空を飛び越え、後方にいるシスターナナに向かっていった。

 

「! シスターナナ!」

 

ウィンタープリズンは慌てて彼女を守るために動こうとするが、疲労が蓄積しているが故に、動きが鈍くなっている。

が、シスターナナは毅然とした態度で立ち上がり、自身のマジカルフォンをタップした。

 

[挿入歌:果てなき希望]

 

シスターナナの手元に現れたのは、パートナーの所持武器であるスラッシュダガー。

 

「やぁっ!」

 

シスターナナは慣れない手つきでスラッシュダガーを振り回し、ゲルニュートを退けた。

 

「ナナ……!」

「魔法少女や仮面ライダーが相手ならともかく、人々を脅かすモンスターを相手に、怖気づいてなんていられません! 私も微力ながら戦います!」

 

シスターナナに奮起されたのか、ウィンタープリズンも己の心身に鞭を打って、ゲルニュートに殴りかかった。

途中でゲルニュートが手のひらから強粘性のある液体を噴射させ、オルタナティブを拘束しようとするが、

 

『ACCEL VENT』

 

それよりも早くベントインしたオルタナティブが素早く動いて回避し、着実にダメージを与えていった。

 

「では、私も援護します」

 

そう言って次に取り出したのは、シスターナナのアバター姿が描かれたパートナーカード。

 

『IMPROVE VENT』

 

光に包まれたオルタナティブが腕をファムに突き出すと、ファムの身体能力は先ほどシスターナナがやってのけたみたいに一気に向上し、ゲルニュート達を圧倒し始めた。『インプローブベント』の効力で、シスターナナの魔法同様、他者の力を存分に発揮させる事が出来るのだ。

 

「とどめよ!」

 

『FINAL VENT』

 

ファムが新たなカードをベントインすると、白鳥型の契約モンスターである『ブランウィング』が現れて、ウィンタープリズンとオルタナティブの誘導で一箇所にまとまっていたゲルニュート達をブランウィングが突風を巻き起こして吹き飛ばした。なす術なく飛ばされた先には、ウィングスラッシャーを構えて待っているファムの姿が。

 

「ハァッ! やぁっ! ダァッ!」

 

ファムは向かってくるゲルニュート達を一体ずつ両断した。必殺技『ミスティースラッシュ』を放ったファムを通り過ぎる頃には真っ二つに両断されたゲルニュートは爆散していた。

全てが終わり、マジカルフォンにまたキャンディーが溜まったという情報が入ったものの、シスターナナの表情は浮かないものだった。

 

「あの方なら、分かってくださると思っていたのに……」

「ナナ……」

 

相当落ち込んで地面を見つめているシスターナナを見て、ウィンタープリズンはクラムベリーに対する腹立たしさを覚えた。

 

「(やはり、この状況下で手を取り合うのは決して得策とは言えないようですね……)」

 

皆の様子を伺いながら、オルタナティブはシスターナナをどうカウンセリングするか悩みつつ、改めて協力し合う事の難しさを実感するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで最後ですね」

 

その頃、採石場ではクラムベリーと後から駆け付けたオーディンはゲルニュートを相手にしていたのだが、全くと言っていいほど勝負にならなかった。倒れているゲルニュートの首元に突き刺さったゴルドセイバーを引き抜き、適当に蹴り飛ばすと、ゲルニュートは力尽きて爆散した。マジカルキャンディーの総数が増えたという情報が入ってきたが、2人にとってどうでもいい事だった。

 

「ありがとうございました。しかし、よくここが分かりましたね」

「シローがお前の気配を感知して、ここまでやってきただけの事だ」

『モンスターの気配もあったからな。ここまで誘導したまでだ』

「それはお気遣いありがとうございます」

「……しかし、逃げられたな」

 

オーディンが、オルタナティブ達が逃走した方向に顔を向けた。モンスターに妨害されてしまった以上、今から追いかけても間に合わないだろうし、仮にモンスターが介入せずとも彼らが逃げ出した時点でクラムベリー自身、追いかけるという選択肢はなかった。

すると、そんなクラムベリーに疑問を抱いたファヴが彼女のマジカルフォンから立体映像として飛び出した。

 

『逃がすぽん?』

『シスターナナはさっさと始末する手筈では無かったのか? あれは生かしておいてもゲームの進行には全く役に立つまい』

 

が、ファヴとシローの話を聞いていないのか、クラムベリーの口からは別の言葉が放たれた。

 

「久々でしたね。あれほどマトモに戦えたのは。この私に魔法を使わせるとは、少し計算外でした」

「だが、ウィンタープリズンやオルタナティブ、それにファムのあの強さも、所詮シスターナナのサポートがあってこそのものだ。今のままでは試験に受かるとは思えない」

 

オーディンが遠目から見た観察結果を口にした。

 

「……とりあえず、今回は保留という事にしておきましょう。またいずれ機会があるかもしれませんし」

『いい加減ぽん』

 

ファヴが呆れたように呟くが、クラムベリーは笑みを浮かべてばかりだ。

 

「ゲームの進行など、私には正直どうでもいいのですよ。オーディンもそうでしょう?」

「殺すか殺されるか。そういう相手と戦いたい……、という事だな。まぁ、だからこそこの役目を引き受けたようなものだが」

『我々としてはどうでもよくない事ではあるがな』

「しかしアレですね」

 

不意に戦闘狂の音楽家は、中々止まらない鼻血を手首で拭いながら呟いた。

 

「そろそろ様子見という立場も面倒になってきました。こちらから仕掛けても、良いタイミングでは無いでしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるアンティークショップから悲鳴が聞こえてきたのは、それから2日後の夜の事だった。偶然近くを散歩していた女性が、鍵の開いていた店に入ると、何者かが倒れ込む姿が。

慌てて誰かに助けを求めに外へ出たその時、1人の男性が駆け寄ってきた。

 

「どうかされましたか⁉︎」

「た、大変よ! 中で人が……!」

 

女性が指さした方向に向かって駆け出した男性は、店内に入り込んだ。そこには1人の女性が倒れており……。

 

 

 

 

 

それは、正史の上司にあたるOREジャーナルきってのスペシャリスト、桃井 令子だった。

 

 

 




最後の方でお察しになられた方も多いかと思われますが、次回、いよいよあの人物が動き出しますよ……!

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