魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜 作:スターダストライダー
いよいよ、ねむりんが最後の仕事をやってのけます。
「……ふぅ。魔法少女としての時間もお終いかぁ」
マジカルフォンから自身のアバターが消されたのを確認した、ジャージ姿の
合歓は幼い頃に喘息を患い、それが原因で外に出歩く事が少なく、幼少期は兄や姉の体験談を心の底から楽しく聞く事が日課となっていた。
喘息そのものは小学校に上がるまでには完治していたが、その頃には彼女の性情は確立していた。自分で動くよりも他人が動いたり話したりしている様子を見たり聞いたりするのが好きになり、一生懸命な事や争い事は苦手になった。
大学を卒業した後も家事手伝いと称して読書とゲームに勤しむ、通称『ニート』と呼ばれる位置に落ち着いたが、家族は誰1人として咎めるような事はしなかった。元々三条家が大地主という事もあり、経済的に余裕があったからだ。だからこそ、のんびり屋の合歓を家族は愛し、甘やかしていた。
『魔法少女育成計画』をプレイするようになったのは、単に家での時間を持て余す為であった。もちろん何万人かに1人が本物の魔法少女になれるという噂も耳にしていた。そして何日かプレイしているうちに、彼女は魔法少女『ねむりん』となった。
奇跡の力を手にしたとはいえ、彼女のライフスタイルが変動する事はなかった。面倒事も争い事も嫌いなので、自身の魔法である、夢の世界を自由に行き来できるというものを利用して、様々な人達の夢に入り込み、困っていたら手助けする。夢の中では無敵な彼女は、そうやって魔法少女としての生活を楽しんでいた。
当然、魔法少女や仮面ライダーの夢の中に入る事も可能であり、週に一度のチャット会に参加し、皆の話を聞くだけでなく、夢の中に参加もしていた。直接見た事のある相手ならば誰の夢かは一目瞭然だ。ねむりんは特に魔法少女や仮面ライダーが見る夢を好んでいた。
スノーホワイトは歌って踊れるアイドル魔法少女になっていた。
シスターナナはお城の塔に閉じ込められているところに王子様が助けに来てくれるというものだった。
トップスピードは箒のレースで優勝していた。
龍騎は様々な場所に忙しく取材していて、一人前になろうとしていた。
ピーキーエンジェルズは新幹線やSLに乗って、某すごろくゲームをしていた。
ガイは対戦型の格闘ゲームで連戦連勝だった。
ルーラはどこかの国の女王様になっていた。
ウィンタープリズンはマンションの一室でシスターナナとイチャイチャしており、見るに耐えないと思って、途中で退散した。
ライアはコイン占いで人々を笑顔にさせていた。
ラ・ピュセルはドラゴン退治をしていた。途中でピンチになったので、ねむりんは助太刀とばかりに石を投げた。ラ・ピュセルを援護するはずだったそれはドラゴンに向かわず、狙い誤ってラ・ピュセルの後頭部に直撃。慌てて逃げ帰った。翌日のチャットでラ・ピュセルが「朝起きたら何故か後頭部に大きなたんこぶが出来ていた」と、首を傾げながらボヤいており、ねむりんは心の中で謝った。思えばあれもいい思い出だったと、合歓は思った。
が、そんな楽しい日々もこれで終了。現実世界でのキャンディーの数が最も少なかった為、魔法少女としての資格は剥奪された。
「……まぁ、これを機に働くのもアリだよねぇ」
合歓がそう呟いていると、電源を切ったはずのマジカルフォンからファヴが飛び出してきた。
『まだ魔法少女ではなくなったわけじゃないぽん。日付が変わるまで、ねむりんに変身できるぽん。最後は悔いのないように仕事をするのもアリぽん』
「そうなの……?」
合歓は時計に目をやった。時刻は午後11時40分。つまりあと20分はねむりんでいられる。ファヴのアドバイスを聞いて、合歓は頷いた。
「それじゃあ、もうちょっと頑張ろっかな」
そう言って合歓はマジカルフォンの電源を入れて、のんびりとした口調で言った。
「へ〜んし〜ん!」
マジカルフォンをタップして、ねむりんに変身すると、早速魔法を使って夢の世界へダイブ。ねむりんアンテナが、反応のあった場所へとねむりんを案内した。どうやら魔法少女が夢を見ているようだ。
そういえば、パートナーであるシザースの夢は結局一度も見なかったな。現実世界では会った事があるのに、と、ねむりんは思った。
やって来たのは、中世のヨーロッパ風の街中。街は興奮する人々で溢れかえっており、お祭り騒ぎとなっていた。そんな人々の上空をねむりんは飛び回り、宿屋らしき看板を掲げた建物の屋根に腰を下ろした。
ねむりんの目線の先には、騎士や兵士に守られながら移動している馬車があり、その窓からお姫様らしき人が覗いていた。見た事のあるシチュエーションだと思ったねむりんは、ルーラが見ている夢なのかと思っていたが、どうも様子がおかしい。お姫様の輪郭は僅かにボヤけている。つまり、この夢はルーラのものではないという事だ。
「誰の夢なのかなぁ?」
ねむりんが疑問を口にしながら辺りを見渡していると、群衆から1人離れ、周囲の熱狂とは一味違う雰囲気を醸し出している少女に目が留まった。小学1年生ぐらいだろうか。可憐さが目立つ少女を見つめて、ねむりんは察した。この夢は、彼女が見ているものなのだ、と。そしてその幼い少女は魔法少女である事も推測できた。
「(でも、あんなに小っちゃい子も魔法少女だったんだ。誰の変身前かな……?)」
時間も時間なので、ねむりんはフワフワと飛び上がって、少女の隣に着地した。少女は突然降ってきたねむりんを完全にスルーしており、お姫様に見惚れていた。
ねむりんは気にかけてくれなかった事に少しショックを覚えつつも、顔を見て話しかける事にした。どこかで見た事のあるような顔つきだったが、あまり覚えがなかった。
「あなた、お姫様が好きなの?」
そこでようやく少女もねむりんも反応を見せ、ねむりんに顔を向ける事なくコクリと頷いた。
「可愛いし、格好いいし、お姫様だから」
「うんうん。やっぱりお姫様はいいよねぇ」
「大きくなったら、お姫様に仕える人になるの」
「へぇ。仕えるなんて難しい言葉知ってるんだねぇ」
「うん」
今時の子供は奥が深い。そう思ったねむりんは、少しばかり子ども心をくすぐらせようとして、こんな事を言った。
「そうだねぇ……。でも、お姫様に仕えるんじゃなくて、あなたがお姫様になるのはダメかな?」
「……え」
そこで初めて少女が目線をねむりんに向けた。その瞳からは驚愕の色に染まっているのが分かる。ねむりんは少女の視線に合わせるように、腰を屈めた。
「きっとなれるよ。女の子は誰でもお姫様候補なのさ」
「私が、お姫様に……、なる……」
どうやら思った以上に効果てきめんだったらしい。そう思ったねむりんは満足げに、呆然とする少女の頭を撫でてから、別れを告げるように手を振った。
「カッコよくて、可愛いお姫様になれるといいねぇ」
そう呟いたその直後、脳内にファヴの声が響き渡った。
『それじゃあ、時間だぽん!』
刹那、ねむりんの視界は暗く塗り潰された。
ここで少し時間を遡り、チャット会がお開きになった頃。
一気に静まりかえったチャットルーム内では、クラムベリーとオーディンが、ファヴとシローにある事を確認していた。
クラムベリー:『ファヴ、シロー。お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?』
シロー:『何だ?』
クラムベリー:『魔法少女や仮面ライダーの資格を剥奪されると、具体的にどのような事が起きるのでしょう?』
シロー:『あぁ。その事か』
クラムベリーの質問にいけしゃあしゃあと述べたのは、ファヴだった。
ファヴ:『資格を奪われた魔法少女や仮面ライダーは死んじゃうぽん』
オーディン:『随分と簡単に言ってのけてはいるが、それは魔法少女や仮面ライダーとして死ぬ、という比喩的な意味なのか?』
ファヴ:『違うぽん。生物として、息の根が止まるって事ぽん』
シロー:『力の権利を失う事、それはすなわち生き物としての本質がなくなる事だからな。これは確定事項だ』
オーディン:『……そうか』
オーディンはいつものように腕を組み、静かに呟く。
時刻は午前0時を少し過ぎた頃。
次女の部屋の明かりが未だについているのに気づいた合歓の母親が、ノックしても返事がないので、なるべく音をたてないように扉を開けた。
視線の先のベッドの上では、愛おしき次女の合歓がうつ伏せになっていた。右腕がベッドからダラリと垂れ下がっているが、いつものように寝ているようだ。が、布団も何も被っていないのに気づいた母親は、彼女に近づいた。
明日は合歓にとって大事な、会社の面接がある。社会人としての一歩を踏み出す為の大切な日だ。冬も近いこの時期に風邪をひかれては本人も困るだろうと思った母親は、布団をかけてあげる事にした。しかし布団は微動だにしない合歓の下にあり、引っ張ろうにも、合歓の全体重がのしかかっている状態では難しい。
かわいそうに思ったが、合歓を起こすしかない。母親は合歓の体を揺すった。が、どういうわけか合歓は一向に目を覚ます気配がない。熟睡しているのだろうか。母親はふと何気なく彼女の手に触れた。
途端に、母親の口から悲鳴が漏れた。
次女の手は恐ろしいほどに硬直しており、今までに感じた事がないほどに、冷たくなっていた。
そう。
三条 合歓は、
そして、その瞳が開く事は2度となかった……。
≪中間報告 その1≫
【ねむりん(三条 合歓)、死亡】
【残り、魔法少女15名、仮面ライダー16名、計31名】
※ただし、現時点で参加が認められていない魔法少女も含む。
ねむりんは……、まだ幸せな方だったと思いますよ。これから始まる、血を血で洗う恐ろしいゲームに巻き込まれずに済んだのですから……。
また、何かしらのアクションが起きた際は、最後の方にあったように、『中間報告』と称して今後も記載します。