魔法少女&仮面ライダー育成計画 〜Episode of Mirror Rider〜 作:スターダストライダー
「行ってきます……」
とある一軒家。蚊の羽音のように薄れた声で顔だけを振り向かせて、犬吠埼 珠は制服姿で家を出る。返事はなかった。勿論家には両親も、妹も弟もまだいるわけだが、誰1人として珠に声をかけようともしない。まるで最初から気にかけるつもりがないようにも感じられる。声が小さい事もあるだろうが、珠はもう慣れた様子で、さっさといつものように通学路に踏み込む。
学校までの道のりは1人。道中で同じクラスの子と出くわしても、誰1人として挨拶すらかけてこない。それすらも慣れた様子でトボトボと歩き続ける。
「珠ちゃん、おはよう」
「あ、おはよう。千尋ちゃん」
そんな彼女にも、友達はいた。桑田 千尋。校外学習の一件で親しくなった同級生。彼女と会話したり、昼食をとったりする時間が、『魔法少女育成計画』をやり始めるようになってから、唯一の至福とも言えた。あのゲームがあったおかげで、彼女とも仲良くなれた。
だが、今となってはちょっぴり後悔している事もある。今なお繰り広げられている、同じ魔法少女や仮面ライダー同士の、生き残りをかけたサバイバルゲーム。その中に『たま』として自身も含まれている。幸い、同じゲームをしている親友は被害に遭っていない様子だが、今でも時々思う事がある。
どうして、自分みたいな鈍臭い奴が魔法少女になって、ここまで生き残っているのだろうか、と。
「珠ちゃん? 具合悪いの?」
「! な、何でも、ないよ……」
「そっか……。最近調子悪そうだし、なんか困った事あったら相談してね」
「う、うん。ありがと……」
珠はなるべく平気を装いつつ、肩を並べて校舎に入っていった。こんな自分にも構ってくれる千尋ちゃんが、本当に私なんかと釣り合っているのだろうか。珠は鈍い頭で考え込む。
犬吠埼 珠は、生来の臆病さがオドオドした態度に表れ、反応の鈍さや頭の回転の遅さが相まって、『格下』と烙印を押され続けていた。学業は下の下、スポーツは下の中。絵や歌の才能もなく、人並み以下。物覚えに至っては最悪の位置。これだけ悪評がつけられている事もあってか、珠以外の家族は、彼女が最初からいないような形式で扱ってきた。学校の先生も最初から相手にしないか、どこかで諦めるかの何れかで対処している。クラスメイトからは、使い走りか数合わせ程度にしか思われていない。千尋も最初はそんな感じで珠を見下していただろう(と、珠は思い込んでいる)。
唯一、彼女の拠り所だったのが祖母だった。たどたどしくつっかえる珠の話を面白そうに最後まで耳を傾けて聞き、「優しい子だね」と頭を撫でてくれていたのを、今でも鮮明に覚えている。そんな祖母も、急性肺炎で亡くなったのは、今から半年ほど前。両親が「よくここまでもったもんだ」と半ば呆れながら親戚と話す中、珠だけは仏壇に飾られている祖母の写真の前に居座っていた。葬式の時は祖母の手のひらがとても温かかった事を思い出して、ただただ悲しくて、涙が枯れ果てるまで泣き続けていた。
祖母が亡くなり、珠を相手にしてくれる人は誰もいなくなった。そんな寂しさを解消する為に始めた娯楽、それが『魔法少女育成計画』だった。それにまつわる噂も、クラスメイトが話しているのを聞いていたので周知している。同系列の『仮面ライダー育成計画』同様、何万人かに1人の確率で本物になれる。もし本当に魔法少女になれば、この閉塞状況の打開に繋がるのでは、とぼんやり考えながら、縁側に腰を下ろしてスマホにすがりつくように没頭していた。それもあってか、いつのまにかカンストに成功し、初めて千尋に見られた結果、フレンド登録を申し込まれた。ちょっぴり嬉しかった。
そしてゲームをやり始めてから2ヶ月ほど経ったある日の夜。それは現実のものとなった。
『おめでとうぽん! あなたは本物の魔法少女に選ばれたぽん!』
マスコットキャラクターのファヴにそう話しかけられ、珠は全身を見返す。犬のような耳や尻尾、フード付きのケープ、水玉模様のタイツ、そして爪を出したり引っ込めたり出来る肉球グローブが、魔法少女『たま』に変身できた事を物語っていた。
変身してから先ずは、そばにあった漬物石を握って砕いたりして性能を確認。ビルの側面を駆け上がったり、連続バク転で町内一周をしたりと、犬吠埼 珠の時とは比べものにならないほどの身体能力を目の当たりにし、たまは初めてはしゃぎ回った。頭に生えていた耳はただの飾り付けに非ず、自分の意思で動かす事も出来た。最大の魅力は、魔法少女に1つは与えられる魔法。彼女の場合は『いろんなものに素早く穴を開けられるよ』であり、どこまでも穴を掘り続ける事が出来た。ようやく違う自分になれた事に、たまは感情を爆発させていた。
それからしばらくして、彼女は先輩である『ルーラ』から連れて来いと命じられ、会いにやってきた仮面の人物と出会った。そこで初めて、魔法少女と同様に選ばれた仮面ライダーを目撃した。灰色の装甲で、サイをイメージさせるフォルムだった。イカついそのフォルムを目の前にして、たまは縮み上がった。『ガイ』と名乗るそのライダーは、拠点としている西門前町の廃寺、王結寺に彼女を案内した。そこにはすでに、魔法少女スイムスイム、仮面ライダーベルデ、アビスの姿があった。リーダー格であったルーラの気迫にオドオドしながらも、魔法少女としてのレクチャーを受けるたま。魔法少女になれたからといって元の性格が変わるわけもなく、結果的に話の内容が理解できず、叱られる羽目となった。その後は彼女も気を利かせてるのか、小冊子『魔法少女への道』を配布してくれた。そこに書かれている事を覚えてくるように、と言われたが、読めない漢字もあって困り果てた。その時フォローしてくれたのが、ガイだった。たまの指摘に従ってルビを入れたり注釈を入れてくれたりして、何から何まで助けられた。ルーラもそうだが、このガイという青年も『怖い人』から『意外と良い人』というポジションに位置付けられた。
「どうして、私に、構ってくれるの……?」
だからこそ、彼女は聞きたくなった。どうしてこんな鈍臭い自分に構ってくれるのか、と。対してガイの変身者、芝浦 淳一郎はニヤニヤしながらこう言った。
「そりゃあ、見ていて面白いからに決まってんじゃん。犬みたいにチョロチョロ動き回って走るぐらいが似合ってるっていうかさ。ま、要するに見てて飽きないから、って感じかな? これからも、お前は犬でい続ければ良いんだよ。それが一番面白いし」
そう言って彼は後日、犬の首輪をプレゼントしてくれて、以降も彼女はそれを気に入って首につけている。その頃からだろう。彼女に自信がついたのは、誰かの役に立ちたいと思えたのは、彼に好意を抱くようになったのは。
気がつけば、10人程の派閥となり、それなりに魔法少女として充実した日々を送っていた記憶も、遠い夢。今はもう、過半数を割る脱落者がチーム内から続出し、リーダーだったルーラやベルデ、後から入ってきてそれなりに良好な関係を築けたピーキーエンジェルズ、タイガ、インペラー、そして彼女のパートナーであり、心の拠り所だったガイ。彼らに代わってチームをまとめているスイムスイムと、彼女のパートナーのアビスは、ほとんど相手にしてくれない。何を考えているかも分からない、という事もあるが、そもそもチームとして機能していないのが現状だった。
あの頃には戻れない。それを自覚した時には、彼女はチームからの脱退を決意した。決意こそしたが、いざ実行に移そうと思っても、持ち前の気の弱さが災いし、言い出す事が出来ない。先が読めない2人だからこそ、余計に口に出す事が難しくなる。
何とも自分勝手で情けない話だ。そう考えてため息をつきながら、放課後のN市を1人、珠は周りに興味を示さないまま家路へ向かおうとしていた。千尋もこの日は用事があるらしく、隣にはいない。
こんな時、魔法少女関連で相談できる相手がいてくれれば、と常々思う時が多々ある。これが少し前なら真っ先に芝浦と答えれたが、彼はもういない。中宿での騒動において、終盤で王蛇とメアリに殺された瞬間が今でも脳裏にチラつき、その度に吐き気を覚える。
今の自分に構ってくれる人が欲しい。自分を必要としてくれる人の所にいたい。そう彼女が願っていた矢先、返ってきたのはマジカルフォンから鳴り響く警告音だった。モンスターが近くに出現したようだ。この時間帯ならば他の魔法少女や仮面ライダーが活動を始めている頃だろう。ならば今は自分が行かなくても良いのでは、と思いつつも、どうしても周りが気になってしまう珠。
今となっては意味を成すかも分からなくなってきたキャンディー集め。先日、リュウガが脱落したと連絡を受けて、脱落者の発表は先延ばしとなったが、果たして来週は同じ事になるのだろうか。その答えが見えない以上、戦って稼いだ方が良いだろうと思い、珠は誰にも気づかれないように裏路地に足を踏み入れて、ガラス戸の前に立ち、マジカルフォンを手に取る。
「へ、変身!」
オドオドしながらマジカルフォンをタップし、魔法少女『たま』に変身。ガラス戸からミラーワールドに突入し、反応のあった方向へ、両手両足を使って犬のように駆け抜けていく。
[挿入歌:Revolution]
「ハァッ! ダァッ!」
「フンッ!」
「ウォリャア!」
現地では、龍騎、ライア、トップスピードが先んじてシアゴーストと戦闘を開始していた。3人とも既にサバイブ状態となっており、特に龍騎は気合いが一段と入っていた。つい先日、友であった銀斗と、仮面ライダーとして対立し、そして命は燃え尽きた。彼が遺した意志を継ぎ、必ず生き残り、パートナーを守ってみせる。その約束を果たす為、龍騎サバイブは奮闘する。それを支えるかのようにトップスピードサバイブが、さらにライアサバイブが2人のフォローに入る。
『SWING VENT』
従来のエビルウィップに棘がついて威力が高まっているエクソウィップを右手に持ち、回転を加えて振り回し、シアゴースト達を寄せ付けない立ち回りを見せるライアサバイブ。
龍騎サバイブも腕力だけでねじ伏せ、トップスピードサバイブはドラグブレードで華麗に動き回って斬りつけていった。
ある程度疲弊させた所を見計らい、トップスピードサバイブが叫んだ。
「決めるぜ2人とも!」
「ッシャア! 良いぜ!」
「分かった!」
2人のライダーはカードデッキから1枚のカードを引き抜いて、各々のバイザーにベントインする。
『『SHOOT VENT』』
龍騎サバイブがドラグバイザーツバイを、トップスピードサバイブがその横に並んでマジカルフォンをタップし、同じようにドラグバイザーツバイを構える。一方でライアサバイブは、エビルバイザーツバイの先端に電気を溜め込み、チャージを始める。3人の元にドラグランザーが降り立ったタイミングでライアサバイブの方もチャージが完了。
「ハァッ!」
「いっけぇ!」
シアゴースト達が逃げようとしており、それを逃すまいと、2人のペアがトリガーを引き、『メテオバレット』を撃った。ライアサバイブは電撃を纏った矢を放ち、『ライトニングアロー』が空気を裂いて一直線に飛ぶ。同じタイミングでドラグランザーも口から炎を発射した。
4つの砲撃はシアゴーストの群れに直撃し、爆発が起きた。が、よく見ると2体ほど生存が確認された。攻撃が当たる直前に、糸を吐いて上空に回避したようだ。不意を突く形で龍騎サバイブ達に襲いかかる2体のシアゴースト。
『グォォォォォォォォォォォォォォォ!』
だがそのすんでのところで、灰色の生物らしきものがシアゴースト達に体当たりし、龍騎サバイブ達は不意打ちを免れた。
「! 今のってまさか……!」
自分達を助けてくれた生物が、サイをモチーフとした灰色のメタルゲラスである事に気づいた3人は、辺りを見渡す。すかさずトップスピードサバイブが、柱に身を潜めている魔法少女を見つけた。
「たま! たまじゃねぇか!」
「ヒゥ……!」
あっさりとバレてしまった事にビクつくたま。観念したのか、その身を面に出した。
「さっきは助かった。けど、なぜ君が俺達を?」
「そ、それは、その……」
ライアサバイブの質問に、どう返答しようか迷うたま。すると、そんな彼らを倒そうと、先ほどメタルゲラスに吹き飛ばされたシアゴースト達が襲いかかってきた。3人が身構える中、真っ先に動いたのはたまだった。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
3人の前に躍り出て、マジカルフォンをタップしてからその右手にメタルホーンを装着し、シアゴースト達をすれ違いざまにメタルホーンでダメージを与えていく。しかし、たま自身のポテンシャルが低いからか、小さな擦り傷が出来た程度で、一瞬だけしか動きが止まっていない。当然ダメージにもなっていない。シアゴースト達は首を傾げる動作をしてから、再度龍騎サバイブ達に襲いかかろうとする。
だが、モンスター達は知らない。確かに擦り傷程度であれば何ら問題はなかったであろう。攻撃したのがたまである、という事実がなければ。
『⁉︎』
たまの魔法は穴掘りだ。ほんの少しでも穴を掘れば、魔法の力で瞬時に直径1メートルほどに穴が広がる。それは地面だけにあらず、どんな物体でも広げられる。
つまり、傷がついたシアゴーストの体は瞬時に行使されたたまの魔法により、胴体と頭部が消し飛び、そのまま爆散した。爆風を受けて悲鳴をあげながら前のめりに倒れるたま。実を言うと、たま個人でモンスターを倒したのは、これが初めてだった。これまではモンスター退治においては、ガイのフォローにほんの少しだけ回り、その結果マジカルキャンディーを獲得してきた。これも、ガイを間近で見てきたが故に出来た戦法だろうと、たまは自答する。
「お、おい。大丈夫か?」
中々起き上がらないたまを心配に思ったのか、3人が彼女に近寄る。丁度そのタイミングで4人のマジカルフォンに、キャンディーが付与された事が知らされ、たまは反射的に飛び跳ねて起き上がる。3人が驚く中、たまは3人に見られている事を恐れてその場をすぐに立ち去ろうとする。
「あ、あの……! ご、こめんなさぁい!」
「ま、待てって!」
トップスピードサバイブが逃げようとするたまの手首を掴む。
「いきなり逃げる事ないだろ? ってか、さっきの凄かったな。お陰で助かったし」
「で、でも、結果的に、皆さんの取り分、減らしちゃったし、私、そこまで役に立ててなかったような……」
「そうでもないよ。契約モンスターに指示を出したのはたまなんでしょ?」
「うっ……」
「……何か悩んでいるようだな」
「……!」
ライアサバイブが見透かしたように口を開く。図星を突かれたからか、たまは目線を逸らす。
「そうなのか? なら、何でも良いから言ってみてよ」
「で、でも……!」
「こんな状況だけど、少しでも支えになりたいんだ。……お前の仲間だったインペラーの時みたいな事には、なりたくないから」
事実、インペラーがベルデの支配下から抜け出そうとしている事に気付いていれば、救えたかもしれない。龍騎サバイブはしみじみとそう語る。
悩みに悩んだたまは、意を決して口を開く。
「わ、私……!」
「?」
「す、スイムちゃんとアビスさんのチームから、抜けたい……! でも、行く宛が見つからなくて、怖くて……! でも、皆さんのいるチームなら……!」
「ひょ、ひょっとしてたま、お前……」
トップスピードサバイブが何かを言いかけた直後、マジカルフォンから活動制限が迫ってきている知らせを告げる。それを聞いてハッとなったたまは無理やり手を振りほどき、背を向ける。
「ご、ごめんなさい……! い、嫌ですよね! 私なんて、みんなの足手まといになるし、敵だったのに、今更虫が良すぎるし……。い、今の話は、わ、忘れてください!」
そう言って撤退しようと、前に踏み出すたま。そんな彼女の背中越しに、同じ魔法少女の言葉が入ってきた。
「たま! ここにいるオレ達は、お前を否定しない! 同じ魔法少女のよしみだ。何か悩んでるなら、オレ達にも相談してくれよ! いつでも来ていいからな!」
「……!」
一瞬立ち止まるたま。いつでも来ていい。その言葉を噛み締めながら、振り返る事なくその場を駆け足で立ち去った。
「……」
その後ろ姿を、ライアサバイブはジッと見つめている。
3人との距離が離れる中、たまは考え込む。
突発的に口にしてしまった、他勢力に身を置く事。スイムスイム達からすれば、ある意味で裏切りに近い。
「(ど、どうしよう……! 私、なんかとんでもなくヤバい事言っちゃった……⁉︎ で、でも、あの人達なら……)」
途中で何度かこけそうになりながらも、彼女達なら、自分を必要としてくれるのではないか、という淡い期待を寄せて、犬はミラーワールド内を駆け抜けていった。
今回はたまに焦点を当てて執筆しました。果たして、たまが辿る運命や如何に……?