女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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10/23 誤字報告反映。


ゲシュタルト栄養学

 二度と会うことはないでしょう、という台詞ほど無意味な言葉を私は知らないと思う。中身のない演説ならば後から好き勝手に意味を汲み取ってやればいい。だがこの言葉は単純かつ意味が強固、それでいて嘘っぱちだ。一切の余地なくナンセンスだ。だから続編がないだけできっと何度も顔を合わせる運命にあるのだろう、と私はこの映画について考えている。それに、私はそのシーンを何度見たか分からない。だからその台詞を聞く度に将軍の言葉を頭でもう一度繰り返してしまうのだ。また会おう、と。

 

 時計を見ると11時半を回って少しだった。またリモコンをスクリーンに向けてプッシュすると、そそくさと白幕が巻き取られていく。プロジェクターの電源も落として、カーテンを開ける。そして私はそのままPCを操作し、ドキュメントを編集することにした。変更箇所は金剛シリーズの4体についての記述だ。そこに私は本日得た知見を反映していく。同時に、この4人の全てが艦娘不適格であるとも。

 

 ただ、私はこれを以って4人を放逐するつもりはない。そもそも任せている業務は予測通りの成果で実施されているのだから、その理由がない。“なってしまった”ものはもう仕方がないし、現実には問題ないのだから。

 

 私は今日の仕事を終わらせると、PCを再びスタンバイ状態に。プロジェクターは熱を持っているし、動かすのが面倒なのでこのまま置いておく。

 レバーを後方、左後方、そして前方へ倒す。

 後退、後退しつつ右旋回、前進。ドアに向かう。

 

「そろそろ食事の時間だ」

 

 ●

 

 鎮守府は業務機能を司る司令部、工廠、入渠ドック、艦種ごとに分けられた寮、それと食堂で構成されている。慰安施設もあるが、これは寮と同じ扱いにしている。実際僅かだが、艦種と関係なくこちらに住んでいる者も居る。

 食堂は戦線に出られなくなった潜水母艦娘の”大鯨”、それと特務艦・給糧艦娘、“間宮”、”伊良湖”という型の艦娘に任されており、“大鯨”を除く二人はどの鎮守府でも同様に配備されている。給糧艦娘適正を持つ人間は少なく、そして中でも卓越した技術を持つ者となると更に少ない。だが、必要数そのものも少なく、戦闘艦ではないので損耗による欠員は出にくい。現在は全鎮守府に行き渡っていた。

 給糧艦娘は極めて特殊な能力を付与されており、それは本当に「補給」に特化したものである。調理技術には五感の鋭さや観察力も含まれるものであるが、彼女達はそれに特化して鋭敏になっている。温度を視覚的に捉えられる、焦げ付いた匂いが少しでも漂っていれば感知できる、舌で味わえば材料について大体の情報を得られる、など。加えて艤装そのものが調菜道具だ。十徳ナイフどころでは済まない程の多機能さ、性能の高さを誇る。おまけに元々の素体と成る人間の家事上手さが合わさっており、料理に留まらずあらゆる家事を一流以上の質で完遂する。かつ艦娘が共通して持つ人外の体力を持ち合わせるため、一日ごとの三交替だというのに、鎮守府の環境が維持できてしまう。

 何故艦娘に家事に相当する業務を行わせるのか、そこはただただ疑問、むしろナンセンスだとすら思えるのだが、実際の腕前を見るとまさしく「人間離れ」している。家事全般について超々一流を揃えたところで、彼女達に敵うかどうか怪しいほどだ。よしんばそのような人間がいたところで、一流そこそこの家政婦を素体にして彼女達を用意するより安く上がるのかというと、そこが怪しくなってくる。……となれば、現在の彼女達の給料体系自体もおかしいのだが。いずれ改定せねばならない。

 何はともかく、全ての鎮守府で食事は大変好評、絶大な支持を受けている。過去を捨てた彼女達が、過去を変えられても戻りたくないとすら言うほどだ。そこは過去が悪すぎただけで落差に混乱しているだけだと推察されるが。

 そんな彼女らに、私はある意味やりがいの無いと考えられる仕事をさせている。楽だろうが。

 

 ●

 

 司令部のエントランスを出ると、三段の階段、並んでコンクリートを打ったスロープが設置されている。鉄パイプだけで組まれた、飾り気のない手すりもその両側に立っている。既製品ではなくジャンク材の再利用だが、塗装や曲がりの修正が良く出来ているので最初からそう誂えたかのような出来栄えだ。溶接も綺麗に仕上がっている。

 これは工廠に詰める明石の仕事だ。土木工事も出来ると聞いていたので、着任してすぐ私から「最低限昇り降りが出来るならば精度は一切問わない」と伝えたところ、彼女が拗ねた顔で厳密な図面と仕様書を持ってきた。一言も発せずに。司令部の前で何を観察しているのかと思ったが、図面のためだったらしい。ちょうど手が空いていた人間まで借り出して。器具は物差し以外何も使っていなかったので本当に何をやっているのかと思ったが、どうやら“目”があれば測量器は必要ないらしい。

 結局予算そのものも私の想定していた価格に収まっており、仕方なしに判を押して承認した。それから4日。ドリル、金槌とその他工具の音が止んだころ、ブルーシートの下から今の姿が現れた。

 材料だけでなく、技術そのものにも相応の値段が付くということを自覚しているのかしていないのかわからないが、その月の給金にはその分を手当で更に上乗せした。明細にも明記して。「技術評価を鑑み。品質過剰のため技術料で予算オーバー」と。正直なだけマシだが、これだから頑固一徹の職人は面倒だ。技術を安売りして良いことなど一つもないのに。

 

 石畳が広がる敷地内で、司令部と寮から同距離に位置しているのが食堂だ。食堂を中心に同心円上に司令部と寮があると言ったほうがいいだろう。見た目は赤レンガの一階建てだが、地下に冷蔵庫・冷凍庫・チルド室を設置してある。貯蔵能力は全員を一週間養える程度で、だから食料品トラックが一週間に一度大挙して押し寄せてくる。

 こちらもスロープが設置されている。司令部のスロープが竣工した次の月、今後は食堂・工廠・入渠ドック・寮全棟分のスロープの設計書が提出されたのでそれも承認した。色々と忙しい時期でもあったのだが、結局その月に全ての設置が終了していた。驚異的なことに司令部の時より費用が節約されていたので、その節約分を明石の給料にまた上乗せした。

 

 建物に入ると、中は食事の匂いで満ちていた。今日の昼食は既に準備が出来ているようだ。だが私は彼女達とは生活のペースなどが違うので別に作ってもらうことにしている。量の調整や簡単な料理で献立を組むことで多少省力化を図っているが。なおデザートは全員別料金で買い求める。

 

 設備は今や懐かしい記憶にある、学生食堂そのものだ。入ってすぐの右手にはプラスチックの盆が山と積んであり、床に描かれた矢印に従って進んで食べ物を受け取る。カフェテリア方式だ。カウンターが大きく開いており、その向こうに厨房が広がっている。厨房の主こそが給糧艦と潜水母艦の三人であり、今日は、

 

「間宮」

 

 彼女が本日の糧食を担当している。茶髪を赤いリボン、ピンで留めており、服装は淡赤のシャツに青のロングスカート、上に染み一つ無い割烹着だ。今は昼食第一波の艦娘が集まってくるまで手空きであり、厨房の真ん中に古ぼけた三脚椅子を置いて座っている。私は常日頃からこの時間帯に来て食事を摂るようにしており、彼女が忙しくなる混雑時間を避けるようにしていた。

 

 声を掛けると、彼女が立ち上がって厨房の真ん中からカウンターに出て来て顔を見せる。

 

「あ、提督。そのぉ、たまには」

 

 私を見るとまず引きつった顔をするようになった彼女が、出鼻を挫いて来ようとしている。そうは行かない。

 

「ス―――」

「スパムだ」

「パム以外を……またスパムですか」

 後の先を取ってスパム。あからさまに肩を落とされるとさしもの私も癇に障る。

 

 仮にだが。万に一つもない仮の話では有るが、ランチョンミートと注文するとしよう。おそらく彼女は独自に缶詰を作ってまで提供してくる。健康に配慮して塩分・油分を抑えつつ間違いなく超高品質に仕上げてくる。だが、私はそれを認めない。

 スパムはスパムだ。それ以上でもそれ以下でもない。商標名で以って注文する。彼女の倫理観からして偽装は行えない。よって、私がスパムと言えばスパムをスパム仕入れてスパム出す他無いのだスパム。

 

「それ以外に何がある。ランチョンミートか?ソーセージミートか?――――ダメだ、それはスパムではない」

「同じです提督、何度でも言いますがそれは全て同じですッ」

 

 何をバカなことを。

 スパムは由緒正しき缶詰食品。

 スパムは加熱済み故に衛生的、かつ添加物による発ガン性と引き換えに究極の食中毒による滅びから世界を救っており、しかも生食できる。加熱済み食品なので語弊はあるが。

 朝によし、昼によし、晩によし、昼の、深夜の間食によし。

 ブレックファストによし、ブランチによし、ランチによし、ディナーによし。

 そのままよし、焼いてよし、蒸してよし、煮てよし、燻してよし。

 出来たてよし、賞味期限1年前でよし、賞味期限当日でよし、1年超過でもまだよし。

 つまみによし、主菜によし、非常食によし、軍事糧食によし、入手性とコストパフォーマンスの高さから非常時下の配給食料にもよし。

 私によし、君によし、皆によし、海兵隊にもアラスカ人にもベトナム人にも訓練されたベトナム人にもよし。

 本来ならば認めがたいがハラル適合版ならばイスラム信徒にもよし。

 要するに世界的に良し。言うまでもなく宇宙的によし。

 

 スパム、我が命の油、我が胸の脂。我が罪、我が魂。

 ス、パ、ム。

 歯の間隙を鋭く息が走り抜け、

 閉ざされた堰を明るい破裂で打ち破り、

 押し込められた声が柔らかく唇より飛んでいく。

 ス、パ、ム。

 

 そう、

 

「スパムだ」

 

 そう言ったスパムところ、間宮スパムが“ムンクスパムの叫び”を捻ってスパム揺らしたようにスパム悶絶、

 

「正直言いますけどね、スパム大ッ嫌いなんですよッ。なんであんな塩分過多のカロリー過多ッ、そんな劇物を私が提供しなければッ、ならないんですかッ、私の仕事は皆の健康維持で――――」

「スパムは美味しい、何か問題があるか」

「だからアレは悪魔の食べ物なんですよッ。ああああッ、提督は生身の人間なんですから私達と違って代謝ペースも違いますし生活習慣病のリスクが遥かに高くてですね」

「逆に言おう。問題ないから美味しいのだ」

 

 私がスパムを根拠にスパムを要求スパムし続けるとスパムスパム、彼女は右手スパムを額にスパム当てて突スパム然ふらついた。スパム貧血だろうかスパムスパムスパム。

 

「――――はい、スパムですね……早くドクターストップを受ければいいんですよ……」

 

 なにはともあれ、ようやく間宮をヘシ折ったので私の脳はスパム大欠乏症を脱した。ただドクターストップというのは私の実際の状態からすれば聞き捨てならないので、

 

「健康診断結果は君こそよく知っているはずだが。私よりもだ」

「ええ、大変よく存じ上げておりますよッ。何故ですかなんでですかッ、毎日毎日朝昼晩までスパムスパムスパムスパム、そんなスパム中毒者がなんで完璧に健康なんですかッ、有り得ませんッ」

「居得る。スパムだからだ」

 

 私が当然の論理を返すと、今度はかの有名なカール・マイヤーepのように喚き始めた。笑っているのか泣いているのかはっきりして欲しい。あと両手で喉を掻き毟り始めたが、それにしても服の上からだ。衛生観念が骨身にまで染み付いているようで感心するばかり。

 そうやって馬鹿泣き笑いしながら、

 

「提督、私はあなたを認めませんッ。私の誇りに懸けてもあなたにスパム無しの日を作ってみせますッ」

 

 何を血迷ったことを言うのかと。

 

「さしずめ休スパム日か。だが君は一日くらい空気を吸わない日があってもいいなどと思うのか」

 

 そう、スパムとは空気だ。人間が酸素で生きているのと同じだ。そして私は5倍スパムが好きだから純粋酸素を吸って生きているのに相当する。好気性ならぬ好スパム性生物だ。嫌スパム性生物など全宇宙に存在を認めてやることはないが。

 

「スパムは空気ではありませんッ」

「私にとってスパムは空気同然だ。……そういえば仙人も空気は食べていると聞く。では私もその一種と言えるのではなかろうか」

「意味の分からない詭弁はやめてくださいッ」

 

 カウンターを両手で叩いて身を乗り出しウダウダと口答えばかりの間宮。

 それに業を煮やした私は正論を叩き付けなければならないと考え、

 

「早くスパムを焼かなければ艦娘達の健康に構っていられなくなるぞ」

「ええ一理ありますよ、提督がスパムを止めるべきという理は十や二十くらいありそうですけれどもッ」

「私は四十理で反論する準備があるのだが」

「何なんですかそれ……」

 

 身を乗り出したまま崩れ落ちるが、やはりカウンターには手以外は接していない。指と手首に力を込めて、倒れてくる身を支えている。食品衛生に対するこれほどの厳格な態度、賞賛に値する。だがそんなものは給与で示せばいい。だから、

 

「それはいいから早く焼きたまえ。きっちり70gを2枚だ。少し焦げ目が付く程度に両面焼き、スライスしたパン・ド・ミの上に並べてキュウリ、レタス、トマトとスクランブルドエッグを合わせてサンドイッチ、ソースはマヨネーズとマスタードを和えてくれ。あとは台形型で2つ切りにしてもらいたい。その他は任せる。それと紅茶を」

「承知しましたが紅茶は提督のほうが達者なんですからご自分で淹れてくださいッ」

「紅茶は譲歩してやろう。早くスパムを出したまえ」

「分かりましたからもう黙っててくださいッ」

 

 怒鳴りながら姿勢を正すと踵を返す。そして冷蔵庫に手を突っ込んですぐ出し、その右手では既にキュウリを指に挟み、トマトを握り、もう片方でレタスを持っていた。それを調理台に放り出すと彼女は屈んで調理台の下からスパムの缶を取出してそれも調理台に置く。問題の材料が揃ったところで、彼女はコンロに着火、小ぶりのフライパンを乗せて加熱、スパムを切り分ける間に温度はいい塩梅になるはずだ。

 

「流石の手際だ」

「スパム以外でしたら今頃もうお出しできていたんですけれどもッ」

「それは結構なことだ。スパムでもその早さでやってくれたまえ」

 

 私は間宮に背を向け、食堂を見渡す。

 背中からはまな板を調理台に置いた音、包丁の軽快な音が聞こえてきた。

 

 広がっているのは白い机とパイプ椅子の海だ。

 平時は満杯になることはないが、何か催事があれば全員を収容できるくらいの広さと席数がある。加えて、いざという時は机も椅子も片すことが出来るようになっている。机はひっくり返して天板を合わせて積み、椅子は畳んで積み上げればいい。

 何から何まで、昔懐かしい学生時代の食堂だ。調度品がチープなところや、ライン工みたいに小鉢を受け取るところとか、学校という名の収容所を思い出させるばかり。そこにいた誰の顔も覚えてはいないが、うるさかったこと、盆の色がくすんだ橙色だったこと、たまに小鉢の縁が欠けていて危なかったこと、豆腐が木綿だったこと、スパムは出てこなかったこと。考えてみれば、それなりに思い出せることは多い。

 

 ……学友と呼べる人間は、おおよそ1人も居なかったと思う。というか、私がどうも人の顔と名前を覚えるのが苦手なのだ。写真と実物で少しでも何かが違うように見えると、顔と名前が一致しなくなる。そもそも興味もさほど持てないのだが。その点、艦娘はカタログ通りの顔をしているので覚えやすかった。パイソンズのメンバーもスケッチごとに顔が変わって混乱してしまったが、あれは誰が誰だとか分からなくても面白いので気にしなくなった。私は“フライングサーカス”を見て言葉を覚えたフシもあるくらいだし。

 

 逆に言えば、大佐の姿形を知らず、その情報だけを知っていたから金剛と結びつけることが出来たのだろう。一般的なことを言えば、容貌がガラリと変われば誰かわからなくなってしまうはずなのだが。

 

 そうやって回顧に耽っていると、カウンターにプラスチックの板、それと陶器の置かれる音、一回と二回。私は視線をカウンターに戻す。

 薄緑のプラスチックの盆、その上に真っ白な皿には私の注文通りのサンドイッチ、無地のマグカップに入った薄緑色のスープ。

 

「お待たせしました。スパム、キュウリ、レタス、トマト、スクランブルエッグのサンド、それに枝豆のポタージュです。後からご自身でお茶は淹れられると思いますけど、今お水は要りますか」

「頼む」

 

 そう言うと、彼女はガラスのコップにウォーターサーバーから水を注いで盆に置き、それを持ってカウンターの脇の出入り口から出てきた。そのまま、食堂の隅の椅子のない席に盆を置きに行く。私はそこへ向けてレバーを倒し、進む。

 

 彼女が盆を置くと私を見て、

 

「塩分過多の提督に勧めるのも正直どうかと思いますが、デザートは如何します?提督には寒天を使ったものをお勧めしますが」

 

 苦笑しつつ、どうやら腕を自慢したいらしく甘味を促してくる。実際どれにしてもよく出来ていると思う。特に羊羹は殺人的な甘さかつ核燃料レベルの熱量を誇る逸品だ。羊羹は羊羹で、間宮羊羹は間宮羊羹だ。別物である。羊羹に対する間宮羊羹、ランチョンミートに対するスパム。間宮究極の発明品と言えるかもしれない。スパムには負けるが。

 私はそこに一定の敬意を抱いている。間宮羊羹は確かに素晴らしいと。

 なので私は、

 

「では間宮。羊羹をくれたまえ。たしか寒天の甘味だろう」

「無かったことにしていただけますか」

 

 人は青筋を立てながら笑みを浮かべることが出来るものか、と思った。だが笑っているのか怒っているのかどちらかにしてもらいたい。意図がよく分からなくなる。

 

「なぜだ」

「手前味噌ですがあれは毒物です」

「君。そうやって甘いものを毒と言って隠し持つと小僧に喰われてしまうらしいぞ。私の記憶では、ここにはそれに相当するような艦娘がたくさんいるはずだ」

「とんちじゃないですッ。提督、どうかもう少し節制というものを覚えていただけませんか。アレは普段節制している人のためのものなんですよ、提督と違ってッ」

「む」

 

 とんだ言い草だ。私は自分の給与については控えめに評定しているし、普段からコストカットに努めている。特にスパムは比較的安価かつ食味にも優れている。そう、実益と趣味が高い領域で両立されている素晴らしい食品なのだ。それに加えて缶詰という性質から輸送において大変有利である。生鮮食品などと違って大掛かりな冷蔵設備を要しないので経済的なのだ。よって安い。スパムを食することは節制と言える。

 

 それに比べて間宮羊羹はどうだろうか。

 かの2次大戦期ならばともかく、現在は深海棲艦との戦争も小康状態に入っており、シーレーンの状況も随分好転している。艦娘が護衛を務めることで艦隊規模を圧縮・ローコスト化出来たので、今では物価の上昇も戦前と比べれば常識的な範囲だ。砂糖にしても未だ食材の中では安価な部類だろう。小豆は元々国産が多く流通していた上、航路の復帰が早かった中国からも多く入ってきており供給はそこそこ潤沢だ。つまり安い。そして寒天が含まれている。彼女の意図が節制ならば、これも健康に寄与するものだろう。では羊羹を食することもまた節制ではなかろうか。よく出来た食品だ。

 だがそれが節制以外の何かだというのなら、

 

「ではそもそも私に甘味を勧めなければいいではないか」

「だから羊羹以外に寒天ゼリーも色々揃えているんですよ、ゼラチンと違って繊維の性質で固めているものですからカロリーや糖分を抑えられるんです、そういうふうに少しずつでも健康に配慮することも覚えてくださいッ」

「では羊羹をくれ。寒天だろう」

「だから羊羹と寒天ゼリーを一緒にしないでくださいッ」

 

 話が通じない。

 間宮は寒天を使った甘味を推奨しているはずなのに。

 そういえばさっきは彼女が折れたのだから、帳尻合わせに私も折れるべきだろう。

 ……糖分が問題だと言いたかったのだろうか。ならば私の望みは、

 

「わかった。代わりにスパムを」

 

 間宮がまた貧血になったらしい。医者の不養生ここに極まれりか。医者ではないが。強いて言えば管理栄養士だ。

 

「な、なにをいっているんでしょうかていとく」

「む。糖分の話をしているのだろう」

「なにが”む”ですかッ、私は健康の話をしているんですッ」

「君も知っての通り私は健康だ」

「いえもういいです、そうですね水羊羹をどうぞッ」

「それも悪くはない。最初からそれを勧めれば良かったのではないか」

「いや本当、私が愚かでした……」

「冷静になりたまえ。話が分からなくなる」

「えぇ……」

 

 今度は額に汗が滲んでいる。顔が赤いというわけではないから熱はないようだが、自律神経に不調をきたしているのだろうか。これはよくない。私は基本的に人材に対して定格稼働を要求している。過負荷は罪悪に等しい。彼女らの業務内容も見直したほうがいいかもしれない。

 

「では頼む。伝票に記録しておいてくれたまえ。給与計算時に控除する」

「はい……」

 

 間宮が背を向けてフラフラと厨房に戻っていく。……後から瑞鶴に間宮の状態について聴取する必要があるだろう。それ次第で、また私は仕事をすることになる。

 

「なんだ、私もまだカウチポテトには程遠いな」

 

 そうつぶやいて、マグに入ったスープを啜った。

 

 

 

 




10/20 追記

活動報告の方で本編と本当に関係のない補足情報を記載しています。
ネタバレは実際無いです。
記事タイトルを見てバックされるのもアリかと思われますが、ご報告まで。
スパムはおいしい。

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