女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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最近聞いて泣いた曲をモチーフに。



<アフターストーリー>Welcome to the black parade

 四十九日が明けた。

 瑞鶴はキリスト教式で葬られたけれど、関係なんて無かった。皆どちらかと言えば仏教徒だったり、神道信仰だったり、そういう曖昧な精神のもとで喪に服していたから。

 かくいう私は、どちらかと言えば無神論者。でも、人の死に畏敬を払うことに神の有無は関係がない。だからこそ、喪に服すことに異論は無かった。

 

 そして、彼女が去った春は過ぎて夏がやって来た。

 

 金剛は、随分回復していた。

 皆に振りまく笑顔に、少し嫉妬があったのは否定しない。

 

 

 ●

 

 

 とある日に、私達は出撃した。日中の近海の掃海業務だ。リハビリみたいなもの。私にとっては、慣れない出撃。私の隣の彼女にとっても。

 何かがあるといけない、というから雪風も伴って。

 

 大湊は北にある。とは言っても日本の夏はやはり暑くて、海面から跳ねる飛沫は気持ちが良い。額に伝う汗が飛沫で冷えて、それが心地よい。

 

 水上スキーで進む二人の後ろで、私は調子が今ひとつ良くない艤装に座りながら海を進む。足を引っ張っている、その自覚はある。けれど、”Warspite”とはそういうもの。だから仕方がない、と私や皆は受け入れた。

 

「……に、しても今日は何もないですねぇ」

「そんなものデス?」

「昼でもお構いなしに出てくるのが深海棲艦ってもんですからねぇ。それは金剛さんもウォースパイトさんもご存知のとおりです。けれど、実際こうして海に出てみれば理解も深まるかなーって思った矢先にこれですからね」

「理解もなにも、海では悪いことが起きるものでしょう?」

「あー、うーん、戦場の空気とか、そういうものです。艦娘特有の、敵に対する感情とか、そういうのを分かってもらいたかったんですが」

 

 雪風と私は少し話が噛み合わない。私には今ひとつ当事者意識が薄いから、彼女の真剣さが少し理解できないのだ。少し。それが絶望的に深い溝なのかもしれないけれど、こんな静かな海では、私は理解できるはずもないのだ。瑞鶴に殴って貰っても不幸を理解できなかった私が、この程度で艦娘の戦場をわかった気にはなれない。

 

 そうして、飛沫を撒き散らしながら優雅に夏の海をクルージング。そんなとき、蜃気楼が見えた。遠く。遠くに。

 

「蜃気楼かしら。あれは、艦隊?」

「蜃気楼……?ちょっと待って下さい」

 

 雪風が双眼鏡を覗き込む。すると、

 

「いや、何でしょう。コレ――――――――見えるんですけど、見えません」

「どういうことデス?見えるのに、見えない?」

 

 疑問は当然だ。その2つの言葉は明確に矛盾している。

 

「説明して」

「双眼鏡を通すと見えないんですが、裸眼で目を凝らすと見えるんですよ。……こんな現象、始めてで……」

 

 私もその蜃気楼に目を凝らす。艦娘の目はとても良い。金剛もその美しい目を細めて、遠くを見通そうとする。

 

「深海、棲艦……?」

 

 金剛が告げた言葉は、私達を臨戦態勢にする言葉。

 けれど、私には他にも見えるものがあった。

 

「艦娘もいるわ」

 

 そう、深海棲艦と、艦娘。その両方が、列を組んで航行している。……西へ向かって。

 

「艦娘と、深海棲艦……確かに両方見えます。見えるんですが……」

 

 見えているものは、明らかに異常だった。

 

 微笑っている。皆、笑って航行していた。誰も彼もが、笑みを浮かべて海上を行く。

 

「……あれは、加賀、赤城、翔鶴、デスね」

 

 私にも見えている。白い装束に赤い袴、青い袴。白い髪。それらが、見て取れる。

 遠い蜃気楼の中に、艦娘達の列がある。

 

 それと肩を並べて、

 

「アレは……空母ヲ級、戦艦棲姫、とかですか?最近は深海棲艦も多様化してますけど、かなりよく見られる方ですね」

 

 彼女達も、微笑みながら航行している。

 

 そして、その最後列は。

 

 棺が、見覚えのある棺が曳かれていた。

 沈むことなく、浮かぶこともなく、ただ滑るように。

 棺の引き手は、

 

「飛龍……蒼龍……デスか?」

 

 金剛が、やはりその名を告げる。そしてハッとした顔になり、

 

「艦娘は皆、私がかつて見送った彼女達デス……それが、どうして、ここで」

 

 見送った。それは、

 

「彼女達は、死んだ、ハズ、デス」

 

 そう、瑞鶴を残して死んだ一航戦、二航戦、五航戦。その瑞鶴以外のメンバーだ。私も知っている。あの北方攻略作戦での大敗は。そして失われた最精鋭の艦娘達の内訳も。

 金剛だって知っている。だって、彼女は提督だったから。

 

 だけれど、何故。

 蜃気楼の艦隊は、彼女達なのだろう。

 何故蜃気楼の艦隊は、黒い旗をはためかせているのだろう。

 何故棺を曳くのだろう。

 

「……アレは、アレは、きっと」

 

 雪風が、それの答えを告げようとする。

 

「何なんデス?アレは……雪風、分かるのデスか?」

 

 金剛は問う。

 

「――――――――葬送行進です」

 

 答えは、それだった。

 

「よく考えて下さい」

 

 彼女が続ける。

 

「今日あたりから、お盆です」

 

 お盆。今日日は連休でしか無いそれは、私達にとっては特別な意味を持っていて。

 四十九日が明けて、お盆を迎えて、そして、そして、

 

「彼女達が、瑞鶴さんを迎えに来たんです」

 

 そう、これは彼女を迎えるパレード。

 それが、やってきた。

 夏のパレード。黒のパレード。

 先頭を行く見知らぬ艦娘。見知らぬ人々。それらが、彼女を迎えに来たのだ。

 パレードに参列せよと。

 どこかに連れて行くのだ。彼女を。

 

「彼女は、本当に行くのね」

「そうです、逝くんです。今日、今、この時、ようやく」

「……そう、デスか」

 

 金剛が呟くように、噛みしめるように、答えを手に入れる。

 そして、

 

「ありがとうございます!……彼女を、彼女を……連れて行って下さい!悲しみの僅かな方へ!明るいほうへ!お願いです……お願いです……」

 

 そう願った。

 パレードは旗を突き上げて、私たちにそれを振ってみせた。

 それに金剛は安心して、泣き崩れた。

 

 パレードは皆笑って、そして、蜃気楼らしく消えていった。

 何事も無かったかのように、静かな海の上から。

 

 

 ●

 

 

「それで、それを私に報告してどうしろってのよ」

「そう、なんデスが」

 

 そして今、私達は出撃の成果を報告している。

 蜃気楼のパレードを見てきた、と。

 煙草を蒸す坂神提督は、紫煙の溜息を一度吐くと、

 

「――――――――まぁ、何よりの成果だわ」

 

 そう言って、彼女の門出を祝ってくれた。

 

 

 ●

 

 

 私達は生きていく。

 彼女を忘れない。

 彼女が居たことを。ここに居たことを。

 彼女の記憶は、ここにある。

 何がそれを変えることが出来るだろうと。私はそう思った。

 

 祝おう。

 ブラック・パレードに加わった、彼女の事を。


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