女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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大湊のピエロな那珂ちゃん、三度降臨。
というわけでお題は「霧雨」でした。
それに従うわけ無いだろ。
いや従ってますけど。



<アフターストーリー>delusion is mine

 東京への凱旋ライブが終わった。

 私はまた、あの子のお墓の前に立っている。

 

 私達姉妹は戦争の半ばで無事艦娘としては退役を果たすこととなって、姉妹でこれからどうしようか、という話になっていた。

 

 私の進路は決まっていた。とっくのとうに。元のアーティスト稼業に戻る、それだけ。

 

 下姉ちゃんは艦娘OGというわけで軍人としての汚名を雪いだ形になり、どこかの鎮守府で教官としてポストが与えられることとなった。

 立場としては艦娘達のオブザーバー。無理をさせないための加減を「末路」を知った人間として助ける役目なんだそうな。

 

「今度は、誰も死なせません。誰も」

 

 そう言った下姉ちゃんは晴れやかだけれど影のある顔つきで、吹っ切ったような、吹っ切っていないような。

 

 問題は上姉ちゃんだった。夜型は結局解体後も治らなくって悪化したままだったけれど、彼女も彼女で天職を見つけた。

 ベーシスト。

 私というコネを利用してセッション・ミュージシャンとして活躍し始めたのだ。私の姉、という看板付きで。ミュージシャンは基本的に夜にショウがあるから、そこになんとか調子を合わせればあとは大活躍だった。私よりも売れっ子になったのは流石に予想外と言うか、多少癪に障ったのだけれど、妬んだところで仕方がない。リズム隊とは言っても畑違いだし。

 私が見繕った6弦ベースは変態性を発揮しなかった。そして彼女は正統派なままに天才的な才能を発揮したまま色んなミュージシャンのバックとして引っ張りだこになった。なんせ上姉ちゃんはアレで何でも”無難”にこなすのだ。”無難”、と言うにはレベルが高すぎるけれど。

 私の紹介という看板、それに加えての便利屋体質が功を奏して、彼女は売れに売れまくっている。教則本を出したけれど売れなかったのは、結局彼女が天才すぎたからだと思う。デモを聴くDVDだ、って言い切られて☆3つが吐いたのはご愛嬌だろう。ざまみろ。

 

 さて、私は先に述べた通りにバンドを完全復活させてしばらくは低空飛行を脱していた。けれど、そんなに続くわけもなく、あとはまた低空飛行でダラっとしたアーティストとしての生活が続いた。そこで、私はこの墓参りを機に一大決心をしようかと思ったのだ。

 

 作家になる。正確には、並行して作家活動を始める。それは要するに私の懺悔の形でもあり、世に発する啓蒙でもあった。私は誓った。ここを、この世界を「あの子が生まれたい世界にする」んだって。そのための活動の一端として、作家になることにしたのだ。

 

 ……ただ、今は何も書けない。少なくとも、今は。だからその力を貰おうと思って、私はあの子のお墓の前に立って、ぼんやりとしている。……今日は、時雨じゃない。ざぁざぁと降るわけでもなく、ポツポツと降るわけでもなく、そう、霧雨。まるで夢の中にいるような。

 霧雨に包まれたまま、私は思索に耽ってしまう。というか、沈み込んでしまう。しばらくは帰ってこれない。その思考の海の中で、私は彼女と出会った。

 

「――――さん、―――――さん」

 

 呼ぶ声がした。なんとなく、そんな気がした。

 私はそれに答える。心の中で。

 

「静かですね」

 

 うん。静かだ。君と出会った日が荒れ狂うような雨の中だったのと違って、今日はとっても穏やか。

 君がそうだからなのかな。君が、安らかに眠っているからなのかな。

 

「そうかもしれません」

 

 幻聴のような、夢想のような声ははっきりとしている。

 今、君は幸せなのかな。幸せだから、もう一度生まれてみたっていいと思っているのかな。もしそうなら、そうしてほしいんだ。私が、世界にそう願うように。君も、そんな世界に生まれたいと願ってほしいんだ。

 

「じゃあ、書いて下さい。書きたいと思ったのなら」

 

 そうだね。じゃあ、書こう。書いて、君の望む世界を作ろう。私には音楽を奏でることと、それとものを書くことが出来るようになる。猫型のロボットみたいに、夢のような道具を持っていたりはしないけれども。

 でも、できることはあるはずなんだ。だから私は綴ろう。

 私の描いた何かが、誰かのサーチライトになる。何も出来ない私が、何かを出来るとするならば。それはきっと立派な行いだ。誰にも恥じることなく、それをやり遂げよう。

 ありがとう。

 痕を押される気持ちになる。きっと、こんなもの幻聴に過ぎないのだけれど。

 ……いつの間にか目を閉じていたみたいで、目を開けると霧雨は上がっていた。回りに立ち込めるのは靄。まるで迷い込んだみたいな、そんな気分。でも、あの子の墓石に背を向けると、道ははっきりと見えていた。何故だかわからないけれど。

 でも、それはきっと答えなんだと思った。私は、彼女が生きられなかった世界を描く。だったら、真後ろにそうじゃなかった彼女がいて当然だ。だからこれでいい。真後ろを見たら、私のするべきことの反対が見えている。それは何より頼れる、道標。

 

「また来るよ」

 

 口に出す。そうすると、靄は一気に晴れていった。……まるで化かされていたみたいな、不思議な体験だった。私はそのまま、晴れた墓場を去っていく。

 私はサーチライトになる。この世という霧雨の立ち込める世界を照らす、道標になる。

 

「さぁ、行こう」

 

 私は少し濡れた服が重い、と思いながらも、肩で風を切って歩き始めた。胸を張って。堂々と。私は明るい面を歩いて行く。

 人生の明るい面をさ。いつだって、そっちを見て。だって、背中を向けば正反対が見えている。それと背中合わせに。

 

「いつだって人生の明るい面を見るんだ」

 

 いつだって。そう。いつだって。降っても晴れても。

 雨上がりの空に、天使の階段が見えている。それを登っていく人影が見えたのは、きっと気のせいだったけれど、私はそれに手を振って見送った。

 

「じゃあ、またね」

 

 再会は約束されている。きっと。きっとまた会えるよ。幸せな世界で。

 そう思って、私は眩しいそれに目を細めて、笑った。

 

「あはは」


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