申し訳ありません。
ひぃえ、ふひ、ふいっひひひひひひひひ。
死んだ、死んだ、死んだ!死んだ!死んだ!
よくわからないけれど、死んだ!ふひひひひひひ!
でも、神様、なんで死なないの、なんで、なんで、なんで生きているの!?
ふいひひひひひひひひ!?
死んでよ!死んで、死んで!死んでなきゃ!生きて死んでなきゃ!
なんで、
なんで私、生きてるんだろう?
でも、私、約束した。
幸せに、生きるんだって。
生きなきゃ。苦しくても生きなきゃ。
生きなきゃいけない。私、神様にそう言われたから。
……また、何か来た。誰か来た。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
不幸になって。
お願いします。
私を、幸せにして。
私を死なせないで。
私は、約束を守らなきゃいけない。
ふひひひひひひひっひひひひひひ。
●
さて、とりあえず初対面”ということの”挨拶は済んでいるので、問いかけに返事をすることにした。
金剛、まぁ、一応無事。ちょっと仕事してもらってるわけなんだけど。私は言う事聞いてるだけだし。
「……無事よ。あんたのせいでご苦労みたいだけどね」
「そう、無事ならいいの。それで、Admiral?私はどのような仕事をすればいいのかしら?戦闘でも事務処理でも任せておいて」
後ろの方は気にしないのか。無事だけ聞けりゃそれでいいってか。で、
「アンタ海面に杖突けると思ってんの?海上スキー舐めてるわけ?」
「心配いらないわ。私の艤装は座り式だもの」
座り式?なんじゃそれ。見たことも聞いたこともない。艤装は今日の夕方頃にトラックで運び込まれると連絡が来ている。戦艦の艤装だから中型以上の車両で来るだろうな、とは予想しているけれど、それはともかく。
「それ、どういうこと?」
「車椅子と同じよ」
「あー……」
座って戦うのか、コイツ。なんか、海の上に立って転ばないようにおっかなびっくりな訓練をしたのがアホらしくなってきた。そう来たか、という感嘆の気持ちもかなり大きい。発想が違う。目からウロコ。お国が違うとこうも変わってくるのだろうか。流石英国。たまに大当たりを出す技術力に乾杯と言ったところ。今すぐ飲みたい。飲んでバカらしい発想を聞かなかったことにしたい。なんで私あんな苦労したんだ、くそ。
ともかく、
「戦えんのね?んじゃ昼戦要員組み込み、以上。出撃計画表は後日追って配布しまーす」
「ええ、従うわ。ありがとう、Admiral」
「で、艦娘になった感想は?」
「特に問題はないわ」
「そう、私に何か言うことは?」
私の問いを聞くと指を頬に当てて考え込んで、ちょっと経つと、
「……ええと、こういうときは”ありがとう”と言っておけば角が立たないのかしら」
正解を思いついた、という爛漫な顔でアレはそう言った。合ってるけどなんかイラッと来た。言い方まで考えろ。
「そうよ今立ったけどね」
「そう?ごめんなさい……」
「もういいわ」
ダメだ、やっぱムカつく。コイツやっぱり空気読めないな。まぁ、礼なんて言われなくたって構わないけど。私は俗物だから、その代わりは提督の椅子で十分だ。ありがとうよく辞めてくれた!おかげで飯も酒も煙草も美味い!
なので特に言うことはなくって、
「まぁ、別にいいわ。がんばってちょうだい」
「ええ、そうさせてもらうわ。その前に、話があるの。昼休み頃、ここで話をさせて」
「それも、別に構わないけど。重要な話?」
「ええ、覚悟していてほしいの」
「……わかったわ」
「ありがとう」
礼を言うと彼女は杖を突きながらも、自分の足で歩いてこの部屋を出ていった。ぎこちなくて、ゼンマイ仕掛けみたいな動きだったけれど、
「……美人だわ、ホント」
思わず、その姿に感嘆して独りごちた。
あれでレズなんだからなぁ。世の男は残念だろう。
●
私は帰ってきた。
変わり果てて、というか、変わり映えせずに。
鏡を見ても寸分違わず見慣れた顔のまま。
多少変わるとは聞いていたけれど、あまりに変わらないものだから軍医が驚いたほどだった。
当初、彼と私はそれなりに話が合った。モンティ・パイソンには理解があったし、患者の意向は比較的叶えてくれるのか映画のDVDとプレイヤーを貸してくれた。”ブレード・ランナー”だった。私にはあまり理解できない話の類だったが、雰囲気は楽しんだ。特にバッティーの最後の台詞は芸術的で、それにはそれなり以上の感動を覚えた。美しい死だった。
見たあとに彼と話をしたが、私が『雰囲気は楽しめた』と言うと彼は些か勢いづいた口調で『ならば”ブラック・レイン”も見ると良かろう。晩年の松田優作の勇姿は必見である』とのことで、リドリー・スコット作品を更に布教しようとしてきた。だが、私はそこまで一監督の作品に耽溺するような質では無かったので、『ダイ・ハードを見せて』と言った。すると、彼は『低俗なエンターテインメントに毒された女か』と吐き捨てた。
……『何を』と反目し合うことも無かったので素直に見たが、確かに雰囲気は楽しめた。またその旨を言うと、『その見方も正しくはあるが、君はもう少し個人の情動にも感動したまえ』と説かれた。モンティ・パイソンを見せてくれれば話は早かったのに、彼はどうもリドリー・スコットがお気に入りのようで熱心だった。モンティ・パイソンだったら大湊に帰れば見れるのでここで見る必要はない、という論法なら分からないでもない。でも、私にはあの毒が必要なのだ。でも彼は映画鑑賞を執拗に勧めてきた。
それと、『あの”那珂”は非常に優秀な暇つぶし相手であったのにな』と言っていたが、所謂あてつけだろうか。そしてその名前を出すということは、私の鎮守府に居た那珂のことか。彼女は情緒不安定ということだったが、ヒステリックな女が好みということかもしれない。試しに根掘り葉掘り聞くべく『例えばカジュアルに自傷するような女が好みなのですか』と聞いたら、彼はいたく憤激したらしく、その後しばらく口をきいてくれなかった。まだ掘っていないのに。
さて、多少痛い改造を受け終わったあと、杖を使えば立って歩けるようになった以外に変わったところがあるとすれば、髪を染めないようにしたこと、前髪を切ったこと。それだけ。視界が眩しくてあまり気分は良くない。……人の目も、あまり見たくない。けれど、艦娘になった、別の自分になったなら、それは怖くない。元々苦手なだけで、怖いというわけではないのだけれど。
私は、瑞鶴を殺さなくちゃいけない。
金剛とずっと一緒にいるために。
そのためだけに、私は艦娘になった。
彼女は、生きていても絶対に幸せになれない。
だったら狂った彼女のために、全て終わらせてやらなくちゃいけない。
何より、金剛は殺させない。
絶対に。
私の金剛を、誰のところにも行かせはしない。
神様にだって渡すものか。
●
昼休み、食事を摂って戻ってすぐ。
ドアがノックされた。さっきと時間はほとんど空いていない。こんなにすぐにする話なら纏めてしていけばよかったのに、と思ったけれど。覚悟しておけ、というんだから時間も重要なのかもしれない。ちょうど瑞鶴も寝ている。……瑞鶴が寝ているから?監視がない、今だから?
そう考えると、途端に”覚悟”の意味は俄然真剣味を帯びてくる。私は顔を引き締めて、
「入って」
「失礼するわ」
今度は見慣れた車椅子に乗ってやって来た。道理で足音がしないと思ったらそういうことか。代わりになんか低い音が鳴っている気がするわけだ。
「で、用件は?」
「瑞鶴を殺すわ。知っておいてほしいの」
「はぁ!?」
私の、3ヶ月。
なんだったの?
とりあえず、グッバイ。
●
坂神少佐はなんとか承服してくれた。私が入ってすぐに雪風も来てくれて、話は早く済んだ。
『……それが、あいつのためなのね』
そう言って、少佐は遠くを見るような目をした。その後のことは任せなさい、という確約までしてくれた。
誤魔化して書類上は”戦死”ということに処理することになった。
少佐の面子は少々潰れるけれども、元々大湊は現在戦力的に重要ではない。それは”どの艦が沈んでも特に問題はない”ということでもあり、風聞の悪化も最低限で抑えられることを意味していた。加え、瑞鶴自身の対外的名誉も守られる。遺体の回収も明石がやってくれることになっている。
あとは、この鎮守府の他の艦娘がこのことを分かっていて飲み下してくれる、それを祈るだけだ。罪に問われることは、罰されることは恐れていない。金剛さえ居てくれればそれでいいから、後処理は上手く行かなくて元々だ。でも、雪風は言っていた。他の皆はきっと受け入れる、と。ならば私は信じる。それだけだった。
彼女を絶対に殺せない時間帯、それは彼女が目覚めているとき。
きっと私は返り討ちにあってしまうと思う。だからいつ殺せばいいのか。それは絶対に寝込みを襲う形になる。確かに卑怯だ。でも、合理的だ。即死させることが出来れば、苦しませずに逝かせてやれる。そのための手段を私は考えることにした。最終手段も別に用意した上で。絶対に使うわけにはいかない、そんな手段。
時間帯。それは夜を選ぶ。人目を忍ぶことが出来て、かつ彼女が眠っている時。私だって本当なら眠っている時間だけれど、そんなことは関係ない。彼女は未だに”提督”の世話役に収まっている。ならば、早く寝て早く起きなければならない。念のためにいつ眠っているかも調べたけれど、日付が変わる前にはもう眠っている。私はその時間に彼女を死なせてやればいい。彼女が夢の中にいるうちに、苦しませないように。
殺害方法は、銃殺、刺殺、毒殺……たくさんあるけれど、毒殺だけは避ける。調理でも調剤でも彼女が見ている。明石が薬剤師の真似事を代わりに請け負っているけれど、それも医務室でやっていることだ。瑞鶴の目は明石にもついている。その点のごまかしは効かない。何より、彼女の名誉を毀損する。そもそも彼女はこの殺害を嫌がっている。無理強いは出来ない。例えこれが正しさを名目に持っていても。
当然、私にも監視はついている。帰って来た当日からもう気配を感じていた。彼女が飛ばしている彩雲のものだ。食堂での”初対面”の時の表情からして、彼女は私の正体に気づいているのかもしれない。
だが、それでも。
殺してやらなくては。
聞いた。
彼女が狂っていたときのことを。
彼女が、夜を恐れるようになる。
目が痛い、目が痛いと叫んで夜を歩き回る。
助けてと絶叫して夜を引き裂く。
そんなのは、私でも分かる。
あまりに忍びないと。
だから、彼女は眠らせてやらなくては。
私が私を哀れんで死を選ぼうとしたならば、そうやって不幸を逃れようとしたならば、私は彼女に不幸がもう届かないように、死へと送り出してやるべきだと思うのだ。
彼女が、約束を破らないように。
誰かの手で。
罪悪感はある。
人を殺すということは罪だ。罰あるべきことだ。それがいかなる理由であっても、殺すと思っても、思わざるとしても、殺してしまったことはエゴの演算結果だ。風が吹いて桶屋が儲かるがごとき迂遠な計算式の果てがそれだったとしても、罪は生まれてしまうのだ。私とて軍人だ。先の国家間戦争でどれほどの人間を殺しただろう?それは罰として問われないだけで、罪ではあるのだから。
だったらもう、いくら殺しても関係はない。死んだあとにようやく私は裁かれるだろう。是非もない。
金剛と私は生きる。裁きの日まで。それが出来るだけで、私には十分過ぎる。たとえ神の裁きも、私の幸福を奪い去ることは出来ない。私の幸せは生きることの内側にある。だから生きる。生きられる。生きていける。悲しみの少ない方は、今はこっちなのだ。でも、彼女はあちら側。死の方でこそ、彼女の悲しみは僅かになる。僅かになりますように、そう願い、私は彼女を死なせる算段を練った。
銃を用意する。
一撃で仕留める。
それだけ。
●
私達の少佐だった人。
彼女は命を投げ捨てようとした。思いとどまったのは、金剛さんのおかげだと思う。二人とも、笑っていた。今はもう前の提督じゃなくて、前の前の提督だけれど、彼女とウォースパイトさんは手を繋いでいた。幸せそうな顔だった。
私は万が一助けられるようなら、と思って救急箱を持ってきていたのだけれど、それはありがたくも無駄になってくれた。安心して思わず座り込んで号泣してしまった。なんだか私自身が滑稽だった。いくじなしの私。何も出来ない私がばからしい。こんなときも役立たず。
私は一生、少佐、提督には頭が上がらないだろう。そして、そんな彼女を助けてくれた、大佐、金剛さんにも。互いを助け合った二人は美しかった。
私は彼女を尊敬している。敬愛している。私の彼と同じくらい。彼女の下で働けたことを誇りに思う。だからそんな彼女がこの世に踏みとどまってくれたことは、本当に嬉しかった。
……けれど、二人と、何故かそこにいた雪風が言ったことには絶句した。
瑞鶴を殺す。
あんなにいい子なのに、何も悪いことなんてしていないのに、彼女は死ななければならない。いや、死ななくては救われない。そんな理不尽に、私はまたべそをかいた。
そうしていると、
『泣いてちゃ始まりませんよ』
声が聞こえた。
そんな、ばかな、と思った。私の耳は聞こえない。私が聞ける声は”明石”、彼女の声だけだ。
なのに、なぜ。誰の声かと困惑していたら、
『あなたの頭の中に話しかけています』
直接、脳の中に?
誰?
『雪風です、明石さん』
雪風?
顔を上げる。彼女は今目を閉じている。眠るような顔で。
”じゃあ、ようやく話ができそうですね”
声は止んで、彼女は目を開けて口をそう動かした。
私はタブレットを持ってくるのを忘れたから、ポケットからスマートフォンを出してそれで話すことにした。大慌てでこっちに来たから工廠に置きっぱなしだ。ひとまず涙を拭って画面にメモアプリを開くと、それに文字を入力していく。
”どうしてそんなことを”
そう入力して、彼女達に見せる。
すると、言った。雪風が。
”どうやっても 彼女は生きている限り幸せにはなれません”
そんな、優しい子なのに、ちょっとおかしくなってしまっているだけなのに、なんで。どうしてそんな酷いことを言うの。
納得できなくて、私は抗議の表情をした。すると、
『どうしても駄目です。雪風がどう仕向けても瑞鶴さんは不幸になりますし、周りの皆も不幸になります。本当に彼女を優しい子のままにしておきたいんでしたら、死なせてやったほうがいいです』
雪風の声が聞こえた。他の二人は聞こえていないらしくて、雪風の顔を見ているだけ。私だけが聞いている。
『もう面倒なので、一方的ですが雪風がお話をします。瑞鶴さんは悪くないです。この世界が悪いんです。でも、どうしようもないんです。だから、これは彼女のためなんです。分かって下さい、明石さん』
わかりかねます!どうしてあの子だけが!
『あなたは”フランダースの犬”を知らないんですか?』
知っています、けれど!
『彼らは死を以て安らがれました。それと同じです。それを与えてやるんです』
けれど、彼女には”醜いアヒルの子”こそが似合いのはずです!
『彼女は鶴です。恩も返せず仇しか残せない憐れな鶴です。ならば、楽にしてあげましょう』
それでも、それでも、私が何も出来ない、ただのいくじなしだとしても、それだけは承服しかねます!
嫌です!
『ならばあなたは殺されて、愛しい彼と添い遂げられぬままに死んで下さい。彼女を恨んで』
そんな!
『たとえの話ですが、リアルに有り得ることです。あなたがそれを阻んで誰が恨むのか、答えて下さい』
彼は、彼はきっと……彼女を憎みます、恨みます、けれど!
分かってくれるはずです……!
『しれぇですら悲しみます。金剛さんも悲しみます。皆も悲しみます。あなたを好きな彼は虚しさのままに生きていきます。大淀さんは抱えられずにあなたを想って死んでいくでしょう』
そんな、大淀が、なんで。こんなにもなんで、私なんかのために悲しむっていうのか。
『あなたは、人生半ばで死んでゆく人々の姿を見なかったんですか?地獄の中に苦悶の声さえ残せず死んでいった人たちの、その悲しみと虚しさがわかりますか?そうして愛する者が死んでいったと聞いてどう思うか、わからないんですか?』
見ました。
私も分かるはずです。
私も、そうなり損ねただけです。
『だったらそうならないために、やるべきことをやればいいんです。それをやるんですよ!』
受け入れがたい、受け入れがたい、ですけれど!
……それをすれば、全てがOKならば、私は、それを総て受け入れます。
私も、彼女の死を背負います。
皆で背負うのでしたら、背負います。
愛という建前の下に、彼女を殺しましょう。
それが正しいとは思いません。思いたくありません。
それでも、彼女のためを想えるなら、そう言えるのであれば、私もそれに加担します。
『ありがとうございます』
雪風は、厳かにそう言った。
まるで神様みたいな、深い愛がそこにはあったんだと思う。
そして、……今晩、瑞鶴は死ぬ。
私は提督の、今はウォースパイトとなった彼女の車椅子を預かっていたのだけれど、それを返すことになった。貸し出す、ということにして。ちょっとした細工を頼まれていた。私にとってはそれは簡単だったけれど、車椅子そのものにとっては無茶だった。使うことにはならないと思う、けれど、一晩、いや一瞬保てばいい、そういう話だった。もったいないと思うけれど、そういうことなら仕方ない。
……私の役目は終わった。あとは彼女に任せるだけ。出来ることは何もない。
お願いします。彼女にとって生きることが只々苦しいだけだと言うのならば。
解き放ってあげてください。
私は、最後までいくじなしだった。
●
髪を洗ってもらう時、隠れて涙を流した。
瑞鶴はそれには気付かなかったけれど、それで良かった。私が泣くなんて、柄じゃない。他人の死には慣れている。だから、この感傷は何なのだろうと思った。
……ああ、私、こいつのこと嫌いじゃなかった。昔がどうだかは聞いただけなんだけど、多分本当は悪いやつじゃなかったんだ。雪風の言った話が本当ならば。素直で、ただただ素直でひたむきなやつなんだ。だから、私はこいつのことを嫌いになれなかった。お涙頂戴みたいな説得だったけれど、受け入れたのは私だ。共感してしまった。
かわいそうな瑞鶴。
楽になればいい。……雪風の言っていたクソッタレな神様のせいなら、とっとと逝って問い糺せばいい。
いや、哀れまない。祝おう。祝ってやろう。幸せになれ。
くそ、くそ、くそ。
大嫌いだ!あいつなんか、大嫌いだ!死ねば幸せになれる、そんなクソッタレなことが、あるものか!
大嫌いだ!神様も、瑞鶴も、この不条理な世界も!
でも、私は生きる、生きてやる、生きてあいつよりも幸せになってやる!
生きてやろうじゃないの!
だから、彼女と別れるときも涙は絶対に見せないで、私の部屋を出て行く彼女に、
「――――――――おやすみ、瑞鶴」
それだけ言ってやった。
おやすみ。
おやすみ、瑞鶴。安らかに!安らかに!お幸せに!さらば!
「おやすみなさい、提督さん」
私は日付が変わる頃まで起きていた。
そして、時計の針が頂点を指した時。
「っ、う、うううううううう……!」
あいつの命が終わったのだ。
そう思って泣いて、眠った。
●
また来た!また来た!また誰かが来た!
ふひひひひひひひひひひひひひ!
死ね!死ね!死ね!死ね!
またあの女のように死んでしまえ!
ふひひひひひひひひひひひひ。
……なんで、あの女の顔なの?
おかしい。
おかしい。
死んだはず。
死んだはず。
あの女の死体が、艦娘になったみたい。
じゃあ私ももう死んでるのかな。
死んでるのかも。そう、死んでる。私はあの時にもう死んでる。
目をくり抜かれて、背中を抉られて、犯された。あの時に。
じゃあ、もう、約束、あの約束は、どうして。もう、なしなんだ。そうか、じゃあ、もう死んでしまおう。
わからないけれど、一人で死ぬのは寂しい。嫌。もう独りは嫌。
でも一人じゃなきゃだめ。だめなのに。ふひひひひひひ。
もう誰も不幸にしたくない。
でも、生きるために。
生きるため。そう、生きるためだった。
ごめんなさい。
生きていて、ごめんなさい。
だから、死ぬ前に、死んだあの女をもう一度殺さなくちゃ。
再殺せよ。
死んだ彼女がギクシャクと歩いているのは、あまりに忍びない。
みんなだってそうだ。艦娘はみんな死んでいるんだ。
じゃあ、死なせてあげよう。殺してあげよう。
再殺。
そう、再殺。
再殺する。
私も、彼女も、神様も、みんなも、屍に還してやるんだ。
新しい提督は、生きているから見逃してあげよう。
私は、首筋の傷をまた切って、抉った。
私はそれで目を覚まして夜を歩く。
さぁ、カッターナイフを。
構えろ。
ふひ、ひ、ひひひひ、ひひ。
●
日付が変わった。
私は、夜、歩く。
歩く。
春の風を外灯がほの暗く照らしていて、窓から僅かに差し込むそれを浴びる私は、幽霊みたいだった。
そう、幽霊、亡霊、ゾンビー、グール。
人を呪って存在するなにか。なにか。人ではないなにか。
カッターナイフを右手に持って、血を垂れ流しながら、腐った血を流しながら、再殺すべしと私は歩く。寮の廊下を。
もし、私がこのまま死んでも、窓の外から差し込む外灯の光が私を燃やし尽くしてくれる。
まるで太陽みたいだ。贅沢の言えない私は、こんなちっぽけな明かりが太陽で十分だ。
ふひ、ふひひひひひ。
誰もいない。誰も起きていない寮を歩く。寮の部屋を出て、屍人の眠るこの警備府を歩く。
殺してやる。
もう一度殺してやるんだ。私が、私がみんなを自由にするんだ。
最後は私も自由になるんだ。
「……っ、瑞鶴!?」
声に向き直る。呼んだのは、誰?
……ウォースパイト?車椅子に乗ってる?
提督さんの、ゾンビ?
銃を構えて……どうしたの?
「せめて安らかに……逝きなさい!」
そして、私は胸に何かが突き刺さって、その場で倒れ込んだ。
――――――――え?
撃たれた?
私、撃たれたの?
……ああ、死んじゃだめだ。死んでなんかいられない。
……みんなを、殺してあげないと……みんなを……幸せにしないと……
あと2話です。