女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2017/01/20
部屋の並び順を勘違いしていましたので描写を修正。
大変申し訳ありませんでした。


いびつな恋のメロディ

 ”瑞鶴”がうるさい。口答えするな。私の幸せは私が決める。私が決めて私が実行する。私を幸せにしなかった”瑞鶴”は嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。嫌いだ。死んでしまえ。私の中から消えてなくなれ。消えろ。消えろ。消えろ。脳を這い回る”瑞鶴”は嫌いだ。死んでしまえ。消えろ消えろ。消えろ。消えろ。夕張が来て私を捕まえようとした。そうはさせない。私は全部見えている。私にはどこも見えている。あの人の所以外は全部見ている。だから、鍵を閉じて私は閉じこもった。敵。敵は入れない。私の敵は入れない。あの顔は敵の顔だ。知っている。ここは敵でいっぱいだ。明石も来た。何かジャラジャラしたものを持って来ていた。でも鍵を開けられるだろうから私は抵抗しなかった。抵抗せずに味方のふりをした。拍子抜けした顔で騙されて引き下がった。おかしい明石。馬鹿な明石。いくじなしの明石。ふひひひひひひひっひひいひひひひ。知っている、あの馬鹿な明石は軍医とお熱だってことは知っている。私は見ている。彼女の背後から彼女がメールで軍医と連絡を取っていることは。でも軍医と連絡をとって私を捕まえるかもしれない。捕まえられてたまるか。明石のご機嫌はとってやる。いくじなしの明石のご機嫌はとってやる。明石は私の脳に無線機を埋め込んだんだ。きっと明石は私の脳に無線機を埋め込んでこうして瑞鶴や神様の声が聴こえるようにしたんだ。迷惑だ。私に近所迷惑だ騒音だ。きっと左目が悪いことをしている、でも抉り取るわけにはいかない。これは神様に貰ったものだから。ずるい。明石はずるい。私の神様まで騙して軍医とグルになって目の医者を騙して埋め込んだんだ。この無線機を。だからこんなにも左目が痛んで苦しい。苦しい。脳が痒い。これもきっと医者のせいだ。私の脳に虫を植えたんだ。寄生虫だ。寄生されている。私の脳は寄生されている。だからこんなにも人を殴るのが楽しい。ふひひひひひひひひひっひいひひっひひひ。

 ああ、でも、なんで楽しいんだろう。ああ、私はきっと寄生されているからだ。ふひひひひ。

 でもきっと寄生されているから楽しいんだろうひひひひひひ。

 寄生虫。寄生虫。パラサイト。パラレル。ふひひひひひひひ。

 脳が痒い。ふひひっひひひっひひひひひいひひひひひひひ。

 脳が渦を巻いてシワになるとアイロンで引き伸ばして蒸気できっと血が燃えたぎる。アイロンはきっと骨でできていて頭蓋全体がアイロンになるからクリーニング屋は全員かつらを付けていてその頭でアイロンをかけている。でもクローン人間は実用化されたかもしれないからアイロンはクローン人間の生首で出来ているのかもしれない。首だけ人間。人間じゃない。それは人間じゃない。ふひひっひひひひひひひ。

 人間とはなんで人間?なんでとは人間とは人間。人間。何故、人間は。何故、こんなにも苦しいの?

 生きることが苦しい。分裂している。私の中で意見が分裂している。まるでねじれた国会のように。ねじれない国会のように私の全てがねじれている。ああねじれている。捩れている。壊れている。私が壊れている。

 死にたい。死にたい。死にたい。死なせて。死なせてよ。もう嫌だ。生きたくない。生きていたくない。提督。助けて。助けて。提督。死なせて。死なせて。もう犯されるのは嫌。目が痛いのは嫌。誰も不幸にしたくない。したくない。でも、一人じゃ生きていけない。だから死にたい。

 

 でも提督。私の提督。提督。提督の私の提督の提督の私の提督。

 

 好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。好き。だから、不幸になあれ。

 私が死ぬまで私を幸せにし続けて。そうなら私は生きる。生きて幸せになってあげる。

 私の提督。

 私の神様。

 恨めしい。恨めしい神様。

 

 ふひひひひひひひひひひひひひひひひ。

 

 ――――――――その毒電波にアンテナはご入用ですか?――――――――

 

 え?

 雪、風?

 

 

 ●

 

 

 私は毎日金剛に会いに行き、毎日瑞鶴に殴られる日々を送るようになった。非番の日は寝食すら忘れて金剛を見つめていた。今では比叡が私の分の食事も運び込んで来るようになったのだが、無粋だと思う。いや、金剛の世話もあるのだから仕方のないことだし、むしろこのことは気が利いていると言って褒めるべきだろうが、私は心にもなく彼女を褒め称えることになった。表情は特に嬉しそうでもなく、反応は芳しくなかったのだが。

 

 今ひとつ不幸というものがどういうものかは理解できないのだが、それでも私はその片鱗というものを掴もうとしている。ただ、それ以上に私は幸福だった。いや、そのせいで分からないのかもしれない。不幸とは幸福でないことに気付かなくてはならないのだから、この金剛を愛でるという行為はやめなければならないのだろうが、もはや引っ込みがつかない。やめたくない。そう、やめたくない。自分自身の中に確実な欲求があると気付いた。

 それにしてもなんと素晴らしいことか、金剛の顔を毎日見ることが出来る。何故今までそうしなかったのかと疑問になるくらいだった。いや、夜に会いに行くということを確固たるルーチンとして確立しなければ、私は何も手に付かないだろう。何より今は叢雲も居なくなったから仕事が増えている。それは多少の域でとどまるものではあるが。

 金剛は美しい。私は就寝時間を決定していなければ永遠に金剛だけを見つめていられると思う。愛しいから。可愛いから。美しいから。だから、私の生活には何も問題はなかった。そのうち左手を骨折することになり、朝の喫煙が少し困難になるくらいはあったのだが、それは殴られている以上仕方のないことだ。瑞鶴に頼んでベッドサイドテーブルを右手側に置いてもらうことにした。しばらくは覚醒しきっていない故に左手を動かしてしまって痛い目を見たりもしたが、それで目が覚めてくれるのだからむしろ好都合だった。鼓膜が破裂してしばらく難聴となったこともあったが、それは左だけだったので特に問題はなかった。今はいずれも明石の治療によって治癒しつつある。問題はない。

 

 一方、瑞鶴は仕事ぶりに問題はなく、私への不幸の教示をこなしつつも介護までしっかりとやってくれている。頭が下がるとはこのことだと思った。給与査定は上げておかねばならないだろう。だが、飲酒に耽溺しすぎるのは良くないということを指摘したら、どうやら酒は持ち帰り終わったらしく”鳳翔”に通うのもそのうち終わることとなった。瑞鶴の暴力が少々手緩くなったのはそれと相関があるのだろうか。本人に問わねばならないのだが、タイミングが掴めない。私は殴られている途中、脳が揺れていてそれどころではないのだから。

 

 そしてしばらくが経ち、今日も私の鎮守府は問題なく運営されている。

 

 

 ●

 

 昨日、今日と非番だ。私の休みは瑞鶴の休みとは常にズラしている。だから処理すべき手続きなどは以前は叢雲も居たからより自由にシフトを組むことが出来た。今とさして変わらないが。

 だから、私は今日も金剛に会いに行くことにした。部屋に篭っていても瑞鶴が目を飛ばしている。仕事熱心なことだ。だが、人形趣味という秘密をわざわざ晒すつもりもない。

 そもそも、それ以上に優先すべきが金剛と会うことだから。

 

「金剛」

 

 部屋の前に来て、彼女の名を呼ぶ。

 返事はいつもどおり、無い。

 

 ドアを開けて、

 

「金剛」

 

 もう一度呼ぶ。気がついたが、私は金剛と会うときに必ず4度その名を呼んでいる。だからいつものようにあと2度呼ぶ。

 

「金剛」

 

 近づいていく。

 

「金剛」

 

 4度呼び、私は彼女の脇に傍らに寄った。

 そして、手を握った。

 

「あなたの手は、冷たくて綺麗ね」

 

 金剛の手は、とてもすべすべしていて、美しくて、触り心地が良い。ずっと触っていたい。この手なら、私に触れても良いと思う。私が触れたいから。私だけのものにしたいから。

 握る手を、金剛がいつもの顔で傍観している。左手を、呆然と。

 私はそれを右手で包むように持ち上げた。私の手は熱いほうだから、そのうち彼女の手も温まった。指を絡める。彼女は、弱々しくそれに握り返す。でもそれをする必要はないから、その度に私は彼女の指を解く。私は彼女に触れていたい。愛しい人に触れていたいだけ。気持ちいいから。彼女の手は、気持ちいいから。私はこの逢瀬を楽しんでいる。そう、楽しい。気持ちよくて、楽しい。好きな人に触ることは楽しい。ああ、多分これこそ私があの時理解すべきだった感情。遠い日に別れた彼と楽しむべき感覚だったはず。ああ、金剛。だから、あなたは私の運命の人。運命の、人。私は、あなたという人を愛している。

 

 人を愛せる。私は人を愛している。きっと彼女しか愛せないだろうけれど、彼女という人だけは愛している。幸せだ。私は人並みに幸せだ。でも、もっと彼女を愛でたい。可愛がりたい。何でもしてあげたい。彼女のためなら、この足を切り落として義足に変えてしまっても構わない。彼女のためになら歩けるようになっていい。私の全てを彼女に捧げたい。私の全てで彼女を贖えるならば、今すぐにそうしたい。ああ、好きという感情は、こんなにも狂おしいほど痛く、溺れるほど苦しく、そして甘い。恋い焦がれるという言葉を、私は今理解している。嬉しい。嬉しくて、涙も出てくる。

 

「好き」

 

 私は彼女の手で涙を拭った。

 彼女は、それをぼうっと、見つめていた。

 それが可愛くて、私は多分微笑んでいた。

 いつか上官が言ってくださったように、世界が滅ぶほどの微笑みで。

 

 突然、

 

「テイ、トク。ワタ、シ、出来る、こと、見つけ、マシた」

「何もしなくていいの、あなたは、ここでこうしていればいいの」

「でき、マス……あなたの、そばに、いること」

 

 そう、分かってくれた。そう。金剛、あなたはここにいればいい。ここに、ずっとここにいさえすればいい。死んでも、骨になっても。ずっと、ずっと。

 

 愛してる。

 

 だから、昨日も、今日も、一昨日も、明後日も私は歌う。

 

「“人生にいやなことがあって”

 ”それがほんとうにあなたを怒り狂わせる”

 “あるいは 罵りや呪いを吐かせることだってある”

 ”気色悪いものを カマされたときも”

 “不平なんて言わないで 口笛でも吹いて ね”

 ”それは 最高のものを返してくれるんだから”

 ”そう だから”

 

 “いつだって人生の明るい面を見るの”

 “どんなときも 人生の輝く方を見ていくの”」

 

 今日もとっても、私は幸せ。

 

 ●

 

 

「提督、お昼ご飯持ってきました」

 

 声が聞こえて、そちらに振り向く。ドアが開いていて、比叡が立っていた。

 ……気がついたら、もう昼だったらしい。

 

「そうですか。助かります」

「いえ」

 

 

 彼女は私を見ると眉を顰める。ということは、姉と他人が会っていることが気に障るのだろうか。だが構うことはない。口に出さなければ意見ではない。知ったことではない。見て見ぬふりをすると私は決めた。元より他人が何を言いたいかなど分かるはずもない。顔でそれが分かる人間もいるらしいが、私には到底到達の出来ない次元だ。超能力のたぐいだと私は思う。

 

 ベッドテーブルを金剛の足の方から頭の方へとスライドさせ、トレイを載せると私に目配せをする。

 以前口頭で言われたので意味は分かっている。金剛に食事をさせるからどいてくれ、という意味だ。

 だが、

 

「私が食べさせてあげるから」

「え」

「私も金剛に食べさせてあげてみたいの」

「いや、その、なんで」

「愛する人の世話を焼きたいと思うのは当然のことではないの?あなたも金剛のことを愛しているのでしょう?」

「あの、その、いや」

「指示語だけでは何も分からないわ。はっきりと話して」

「あー、あの……やり方、分かります?ですから私が――――――」

「助言も必要ないわ。見ているもの。やってみたいと思っていたから。でも、私は左腕がコレだから」

 

 ギプスが入って三角巾で吊るしてある左腕を軽く持ち上げる。それを比叡がやはり眉を顰めて見る。全く何か言いたいことがあるのだろうか。

 

「前掛けだけはしてあげてほしいの」

「あの……はい」

 

 私は一旦後退し、比叡が作業を出来るように場所を空けてやる。彼女が金剛の首に前掛けをくくりつけてやると、

 

「あ、り、がとう」

「お姉ちゃん……いいの、私がしたくてしていることなんだもの、言わなくても」

 

 早くしてほしい。そう言えば、金剛が比叡に話しかけるところを見たのは初めてだ。回復しつつあるのだろうか。成り行きは自然に任せることにしているが、好みから少し外れていくのは少々口惜しい。それを補って余りあるほどに私は彼女を愛しているが。

 

 比叡が離れたので、私は再び寄っていく。それからなんとか座り直して、尻の位置を前に少しでも出す。

 金剛の視線が動いている。私の方に。

 私は右手で、トレイの上のグラスを持ち上げる。そして彼女の口に付けさせて、

 

「飲んで」

 

 唇がガラスに張り付いたのを見て、傾け始めた。少しずつ。

 

「口を濯ぎながら、飲んで」

 

 少し零して前掛けを濡らしながら、彼女は口に水を含むと、唇を閉じて口腔を蠢かせた。

 ひとしきりそれが終わると、喉を鳴らして飲み下した。

 それをもう一度。グラスの水が半分になる。比叡がしていたように、次はリゾットだ。私は右手を木のスプーンに伸ばし、木の深皿に入ったリゾットを掬って、

 

「口を開けて」

 

 それを聞いて僅かに開いた口、そこにスプーンごとリゾットを含ませた。すると、彼女は啜るようにして食べ、また喉を鳴らして飲み込んだ。

 何も言わない比叡に聞く。彼女の方は向かずに。

 

「問題はあるかしら?」

「い、いえ。ない、です」

「良かった」

 

 それを繰り返す。食器の中身が底を着くまで。

 そうすると最後にまた水を飲ませる。今度はグラスが空になるまで。

 

 終わると、

 

「提督、ありがとうございました……」

「謝辞は必要ないわ。私はとても楽しかったもの」

「そう、ですか」

「……あなたは楽しくないの?」

 

 私がそう聞くと、彼女は俯いて、

 

「お姉様のお役に立てることは、嬉しいです」

 

 そう言って、部屋から去っていった。

 

 また二人きりになった。今度は私の食事の番だ。トレイの上、その皿の上に乗ったスパムのサンドイッチを掴んで口に運ぶ。テーブルがあるから楽だ。

 ああ、今日もスパムが美味しい。いつか金剛にも食べさせてあげたい。きっと気に入るはずだから。

 素敵なスパム、素晴らしいスパム。美味しいスパム。

 

「くふふ」

 

 私は笑う。

 ああ、彼女のことなら何でもしてあげたい。そう思うと、車椅子と左腕がもどかしくなった。

 もしかすると、これは不幸なのかもしれない。いや、当然なるべくしてなったことだから、違うだろう。

 でも、彼女と居ることそれだけで私は幸福だから、すぐに気にならなくなった。

 

 ●

 

 

 提督も、瑞鶴さんもおかしい。

 提督は日に日にボロボロになっていくし、瑞鶴さんは手の甲の痣が目立つようになった上に、独り言がものすごく増えていて私の部屋にも聞こえてくるくらい。彼女のオフィスの位置は執務室から3つ隣。つまり私の任されている資料室の2つ隣なのだけれど、部屋一つを隔てても聞こえてくる。大淀さんが任されている部屋ははっきり聞こえていると思う。でも、彼女はきっとどうもしないだろう。明石さんとの話の種にするだけだと思う。……私は知っている、知ってしまっている。彼女は明石さんのことを愛しているって。分かってしまったから。結構前に来た“予言”、というか“お告げ”で。彼女は女の人が好き。でも、彼女は明石さんと結ばれる必要はないと思っているみたい。よくプレゼントしているのは食堂で見るのだけれど、それ以上の関係に至ろうというようには見えない。明石さんからすると、多分ただの良いお友達なんだろう。でも女の人が好きな人はここじゃそこまで珍しくない。大井さんと北上さんもそうだし、夕張さんは公言して全方位ウェルカムとか言っていた。そして、提督もお姉さまのことが好き。見ていて痛ましくなるほどに好きみたい。

 

 私は、提督がお姉様と触れ合おうとする場面によく出会すようになった。特に非番の日。よく英語の歌を歌っている。私には意味はわからないし、覚えることが出来るほど頭の出来が良くないのだけれど。

 もうあの人の分の食事も私が運んできている。間宮さん、伊良湖さん、大鯨さんの皆が食堂に来ない提督を心配していたから。サンドイッチを用意しようにも来てくれないから。どこに居るかは私でも察しがつくから、私が持っていくと言って用意してもらうことになった。

 それでお姉様の様子を見に行くと案の定で、提督はずっと綺麗に微笑みながらお姉様の手を触っていた。

 そう、本当に綺麗に。提督もお姉様も、月並みな表現だけどとんでもない美人だから、その睦み合い……みたいなものも当然綺麗なんだけれど、私はどうもそれが気持ち良くない。何でだろう。胸が痛くなるというか、ただただ痛々しい。いや、率直に言って気持ちが悪い。何故なのか、答えはまだ分からない。そのうち”降りてくる”だろうから、そのときに調べをつければいいと思う。私には分かってしまうから。

 

 ……それにしても、資料の整理は正直言って退屈だ。それに、私はあまり頭が良くないから提督のマニュアルをいちいち読みながらじゃないと上手く仕事が出来ない。とっても大変だと思う。同じことの繰り返し。たまには書類の作成をさせて貰えるときもあるのだけれど、提督や大淀さん、前は叢雲さんが書いてくれた簡単な図を参考に作るくらいで、自分で考えて仕事をするってことはない。全部言われたとおり。私にそれ以上が出来るなんて思い上がっているつもりはない。けれど、やっぱりこのお仕事は退屈だ。お給金が私でも貰えるのは、それは、とてもありがたいことなのだけれど、これでいいんだろうか、そういうことも考える。退屈な割に大変な仕事だから、すぐに忘れてしまえるけれど。私の頭があまり良くない、それももちろんある。情けない。

 

 その点、みんなが羨ましいと思うときがある。特に、妹の榛名と霧島は私よりずっと大人で頭がいいから大淀さんとお仕事が出来る。彼女達も私と同じように、戦力としてはそんなに宛にされていないのは分かる。けど、私よりみんなの役に立っているから、それが私は情けないし、本音のところを言うと……惨めだとすら思う。もっと役に立ちたい。そして、もっと役に立ちたかった。前の提督、お姉さま、つまり私のお姉ちゃんのために働いて楽をさせたかった。

 

 お姉ちゃんは私達を負い目に思っていて、艦娘に改造したことを酷く後悔していた。けど、私は今のほうがずっといい。意識はたまに飛んでしまうから戦闘にはとても出れないし、頭も良くないから頭脳労働は得意じゃない。それでも、前よりずっと長く目を覚ましていられる、植物人間っていう置物みたいな人生を送らずに済む、それはいいことだと思うのだ。私は正確にはちょっと違うのだけれど、それでも前よりはずっと幸せだ。それは、榛名も霧島だって思ってる。もう二度と歩けないと思ったのに、自分の足で歩ける。もう目もあまり見えない、耳もよく聞こえない、立ってもフラフラして歩けないと思ったのに、ちゃんと見て聞いて歩ける。少しでも自分のものを取り戻せたのだから、私達は何も後悔していない。治った、とはちょっと違うのかもしれないけれど、私達は一歩前進できた。それでいい。それで良かったのに、お姉ちゃんは酷く気に病んだ。……お姉ちゃんはなんでもきちんとしなくちゃ気がすまなかった。自分で何でも出来るようにしないと辛い人だったから。とても優しい人だけれど、それと同じくらいかわいそうな人だ。それを言うことは、私には出来ないけれど。お姉ちゃんは私達のほうがかわいそうだと思っているから、それは否定されてしまう。

 

 でも、今のお姉ちゃんは間違いなく私達の中で一番かわいそうな人だ。ずっと泣いて、辛くて、苦しくて、それでもずっと頑張ってきて、そしてこうなってしまった。誰が悪かったかなんて、そんなこと決まってる。私達姉妹を背負った時から、お姉ちゃんは苦しかったに決まっているのだから。

 

 棚に書類を収めながら、そんなことをぼうっと考えていた。

 

 意識も、ぼうっとする。

 あれ、目が霞ん――――――――

 

 

 ●

 

 

 ――――――――で、私はその場で書類を足元にぶちまけていた。

 

 それを慌てるより先に、知ってしまった。

 知る必要はあった。けれど、私はこう思ってしまう。

 知らなければ良かった。こんなこと。救いがない。なんてことなんだろう。

 

 提督。

 提督、あなたは。

 

 隠している人形趣味がある。

 それどころじゃない、人形しか愛せない人。

 お姉ちゃんを、人形として愛している。

 

 ……あの風景の気持ち悪さの正体が分かった。

 あれは、人形遊びだ。おままごとだ。人の真似をしてみたくて、お姉様の世話をしようとした。そうなんだ。気付いてしまった。もう、見ていられない。痛々しすぎる。痛ましすぎる。

 

 言うしかない。もう、私にはそれを言うしかない。

 降りてきてしまった。知り得たことは確実だ。未来なら変えられるけれど、事実は変えようがない。

 知ってしまった、知らなければただ気味悪がっているだけで済んだのに。

 

 神様。

 いるとしたら、神様、どうして、私にこんなことを教えるっていうんですか。

 こんな辛いことを、悲しいことを。

 どうして!答えてよ!教えてよ!神様!なんで!

 

「雪風も殺せないくせにイキってる上、死なせてくれないくらいクソッタレに性格悪いからですよ」

 

 え?

 雪、風?




この辺で折り返し地点到達となります。
文字数にしてあと大体5,6万字程度になる予定です。
どうか最後までお付き合いください。

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