女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2017/01/06
文が一部途切れていました。
大変申し訳ありませんでした。

2018/08/08
山城の過去、時雨の遠征などなど色々なことについて改訂。
後付設定にこちらを合わせました。申し訳ありません。


大湊警備府異状なし

 去った。

 それは不幸ではなかった。

 私の糧にならなかった。なりそこねた。

 彼女は幸せになった。私から逃げた青い鳥。

 認めない。私はそんなもの認めない。

 私から逃げおおせた何かなんて、認められない。

 

 私の常識が崩れてしまう。

 だから、誰かが不幸になればいい。

 代わりに。

 誰かが、代わりに。

 呪ってやる。

 私の呪いに、誰かを巻き込んでやる。

 そうして、私が生きるんだから。私が生きるためだから。

 本当のこと。

 

 幸せに生きなくちゃいけない。生きるための幸せはいらない。

 でも、私にはどっちがどっちだかわからない。

 私は言われただけ。

 生きろって。幸せになれって。

 でも、私には本当の幸せがわからない。

 生きていて、幸せがわからない。ずっと誰かの不幸の隣にあったから。

 誰かの不幸でしか、私は幸せになれない。

 

 ずっと誰かを不幸にして生きてきた。ずっと誰かの幸せで生きてきた。

 だから、これからもそうしなくちゃいけない。

 そうして生きていかなくちゃいけない。

 一人にしないで。私の隣で、不幸になって。

 じゃなきゃ死んじゃう。私、死んじゃう。死んでしまう。

 だから。私を生かすために誰か、不幸になってよ。

 

 幸せに生きるためには死ねない。死んじゃいけない。私は死んじゃいけない。

 あの人がそう言ったから死ねない。死ぬことは許されない。あの人が死んでいいって言ってくれるまで死ねない。あの人が次の言葉を失った今、私は生きることしか許されない。生きて幸せになるしかないんだ。

 

 私の代わりに死んだ姉のため。

 私を捨てるしかなかった父母のため。

 私の割を食って殺された彼女たちのため。

 私の呪いに狂った彼のため。

 私の呪いを背負って倒れたあの人のため。

 

 まだ?

 まだ、生きていかなくちゃいけませんか?

 神様。

 

 教えてよ。

 私に、その日を教えてよ。

 神様。

 

 神様は何も答えてくれない。

 生きろと言った神様は、あんなにも信じた神様は、もう何も言ってくれない。

 顔を見ることも、私には出来ない。

 私の生贄になり続けている、彼女には。

 

 提督。

 私の提督。

 

 だから、もっと不幸になあれ。

 

 

 ●

 

 

 ディーゼルエンジンのドロドロとした音が車内にも響いてくる。ただ、シフトチェンジは滑らかで心地よいほどだ。というか、マニュアルなのか。今日日そんな仕様ってなかなか見ない。ナンバーは懐かしの横須賀だったけれど……予算不足でご苦労なみたいだ。

 この車そのものにはどうやら特殊ななにかは無いらしい。私のいる後部は窓がスモーク、それくらい。ただのバンタイプだ。私もチープな座席でシートベルトをしてのんびり座っているだけ。でも広いから足は組める。

 

 無言が続く。特に話題を提供してくれることもない。私から話しかける気にも何となくならなかった。

 しばらく窓越しの風景を見てのんびりしていた私に、前から渡されたものがある。

 それは大湊に来る前と同じ、飲み薬。甘ったるそうなオレンジ色。ポリ瓶の中に入った睡眠薬だ。

 すぐに蓋を開けて呷る。……やっぱり甘ったるい。

 

 この車の中で、私はやはり眠らされるそうだ。

 そんなにも場所を秘匿したいらしい。まぁ、艦娘を”製造”してるなんて国民が知らないためには必要なんだけれど。元艦娘も、一生の秘匿を命じられるそうだし。

 ”艦娘”は海からやってきて海に帰る戦いの女神様なんだから、人間がそれを作っているなんてことはあってはならない。それに、“全部ウソ”でもないのだ。

 

 本物の艦娘は存在する。私は会ったことがある。それどころか彼女に助けられたのだ。訳も分からず艦が沈んで、そして装甲板が浮かぶだけになった海の上で、彼女に出会ったのだ。

 

 白い人。美しい人。気高い人。居丈高な人。

 

 ”叢雲”に。

 

 そう。本物は別に存在している。

 私達は彼女たちを模したレプリカとして改造された存在だ。

 私達の体は艤装に適応できるように改変された遺伝子、それを持った細胞で置き換えられている。

 “本物の叢雲”の後天的な劣化クローンというわけだ、私は。

 わけがわからん。

 

 ともかく私の遺伝子と彼女の遺伝子は近いらしく、それが艦娘適性基準の一つになっている。他にも人格やらなにやらが関わるのだけれど、要は他人の空似レベルの高さ。で、近いとどうかっていうと遺伝子の改変部位が少なくていいらしい。私は特に彼女に似ていたから、適性が高かったと言える。

 そして、この”解体”によって私はまた私の細胞を取り戻すことになる。……ちゃんと戻るの?

 

 もう一つの適性が、妖精さんと交信する・艤装を動かすための能力、はっきり言えばオカルトな能力だ。私を改造した軍医は”霊力”とか言っていた気がする。それが高いことのほうが重要らしい。こっちは妖精さんが見えるとかですぐに分かる。そして、実はこっちの適性があっても”該当艦娘ナシ”になる人も結構いるそうだ。あの提督とその話をした時は“適合するタイプがなかった”って言ってた。

 

 そう、本物の艦娘の中で合うタイプがまだ現れていなかったり、そもそもただ霊力が強いだけの人だったりする。今も続々とモスボールの解けた、要は復活した本物の艦娘が浮上してきているから、そのうち彼女に合う艦娘が見つかるかもしれない。

 

 ……そういえばこっちに来る少し前、とある艦娘がモスボールを解除したことがニュースになった。イギリスのコーンウォール?そこで見つかったらしい。妖精だと思われてた女性が実は艦娘だったんだとか。イギリスの艦娘第一号ってことでこっちでもニュースになってた。私は”そういう艦娘もいるものか“とびっくりしたものだ。てっきりみんな沈んでいるものかと。まぁ私は彼女達”本物”に詳しいわけじゃないから、もしかしたら他にもいるかもしれないんだけど。

 

 私の場合、適性があった理由は……教会の子ってのは関係あるのかしら、と思う。大昔にはシスター見習いとして教会のお勤めも一応していた。嫌々だったけど。父さんには悪いと思ってる。私はお布施を信仰している人だから。じゃあ関係ないか。お金は魔性の生き物だと思うけれど。

 

 そんなことを考えていると、眠くなってきた。車はもうすぐ高速道路に乗る頃。東北道の上りだ。ETCの作動音が少し耳についた。

 このまま本当に寝て良いだろう。

 けれど貨物としては運び主にお伺いを立てておこう。

 そう思って、聞く。

 

「あのー、寝て良いんでしょうか」

「どうぞ」

 

 聞くとすぐに返事は返ってきた。

 目を閉じる。

 

 意識も、速やかに閉じる。

 さよなら、大湊。

 

 さよなら、叢雲。

 

 あ……そういえば。

 瑞鶴に飲み代を払い忘れて……。

 

 まあいいか……

 

 ●

 

 

 B級映画の画面が、目を色とりどりに光らせている。それだけ。

 私は勤務シフト確認や書類などの処理を終わらせると、今日も今日とて映画鑑賞に勤しんでいる。

 今日はナチの格好に似た軍人が侵略的宇宙生物と戦っているだけのコメディ映画だ。

 爆発に紛れて多脚の生物が蠢いている。

 

 爆発。

 

 私の足から歩行能力を奪ったそれは、映画につきものの表現。私の実体験は爆発を恐ろしくさせることにはならず、ただ”こういうものか”という好奇心を死滅させるだけの結果に終わった。間一髪で部下の男に庇われた。上半身は丸焦げになった彼にカバリングされたが、足がズタズタになった。焼け残った彼の顔の表情は安らかで、一体何が彼を死の恐怖から慰めたのか、特に興味はなかった。

 死は恐ろしい。けれど、爆発はそんなに恐ろしくはなかった気がする。

 

 私の戦争は大迫力だった。ラストシーンはこうだ。

 私は炸裂の瞬間の大音響に震えた。視線を鮮やかさに向けると心が弾んだ。そして飛び込んでくる部下に押し倒されて、命を拾った。気がつくと、モノに還った彼が体の上に乗っていた。体は痛くて、足は動かなかった。敵軍を鎮圧した後に救護班が来て私ともう一人を拾い上げて救護車で後方へと凱旋した。寝煙草は危ないと知っていたけれど、『吸わせないと死ぬ』と言ってみたくて吸った。『ひとまず失血さえなんとかなれば命に別状はないです』と言われたが。あとは賞賛の言葉を子守唄に寝こけた。吸っているときに隣に焼け焦げた死体らしき何かが運ばれてきた記憶があるが、眠かったのであまり覚えていない。

 ……アレは後に”明石”になった。この鎮守府の。人間だった頃の彼女と会話をしたかどうか覚えていない。ただ、私の大隊にいたこと、私の近くにいたことは記録から分かっている。

 そして私は本土に帰って入院し、しばらくはリハビリをしてみた。両手に杖を装着して、飾りになった足を支えにして。歩くのが面倒くさかった。そしてそれが無駄とわかると車椅子が貰えた。楽になった。退院直前、溜まった貯金で最新の電動車椅子を手に入れて乗り回した。楽しかった。そのうち敵国とは和平となって国家間戦争は終わった。自分のご褒美にドールをまた買った。

 

 それで、私の戦争映画は終わりを告げた。

 

 

 回顧から抜け出した私の鼓膜を揺らすべく、ノートパソコンの貧弱なスピーカーが鳴る。薄っぺらい爆発音、音響的な深みのない人物の声、ここは映画館というにはあまりにも貧相だ。執務室だから。一方で画面は一人前だ。少なくとも、一人用としては。吊り下がるロールスクリーンはプロジェクターの性能に従って鮮やかさに満ちていて、私の目だけは満足させる。

 そのはずだった。

 

 失った。彼女そのものに関心が深かった、そういうわけではないのだが、失ったことそのものが、私の胸の鼓動を空虚なものにしている。

 今までもよくあったことだ。人が居なくなる感覚。それを味わう度に、荷物を下ろしたような安堵、映画の終わりのような離脱感に似ていると考えてしまう。

 そう、映画の終わり。

 彼女と私の映画は今日で終わった。

 エンドロールの無い映画。エンドマークの無い映画。リバイバルすることのない映画。続編のない映画。

 人生。

 別れ。

 二度と会うことはない。けれど、きっと会うことも出来ないことはない。

 それを、しないだけで。

 二度と会う必要はない。

 

 

 映画が終わる。スクリーンが暗転し、メディアのメニュー画面に戻ってくる。

 

 もう風呂の時間だった。

 机の上、右手の位置にあるリモコンを操作、スクリーンを収納する。プロジェクターはやはり電源を落としてそのままにして。

 パソコンで編集していたドキュメントを保存したことを確認、電源を落とした。

 

 今日の業務は終わり。今日も問題なく一日が消費された。

 問題はない。

 何も。

 

 

 

 ●

 

 瑞鶴に風呂に入れてもらって、食事をいつものとおりに摂る。スパム。

 瑞鶴も同タイミングで食事を摂っていったはずだが、出て行くのが最近より早い。

 そのことに別段の興味は無いのだが気まぐれが起きた。

 そこで、手近な艦娘―――――山城にその行方について話をしようと考えた。興味本位で。

 

「山城」

「え、はい……」

 

 私が食堂の端からその近くの机にぽつんと座る彼女に声を掛ける。

 声ははっきりと聞こえたので、どうやら振り向いてくれたらしい。自分も椅子を操作して、彼女に向き直る。目は見ないが、見えないのだし。話は出来る。

 表情がぼんやりと見える。不景気な顔だ。不幸と言うよりは。

 気のない返事で、

 

「……私がどうかしましましたか」

「君ではない」

「いや、私ではないならここに”山城”が二人いるとでも」

「君がどうかしたわけではないということだ」

「回りくどいです……」

 

 どこが回りくどいのか。そもそも私は山城に特別の関心などない。

 その話をすると、今までの皆は怒ったのでそれは言わずに続ける。

 

「瑞鶴が食堂から出ていく時間が平時より早い傾向にある。どこに行っているか分かるだろうか」

「分かりますが、ご自分で追いかければよろしいかと」

「聞けばその場でわかることをなぜ自分で調べる必要がある」

「はぁ……多分、いや間違いなく鳳翔です」

 

 けだるげな表情は食堂の明るい蛍光灯に照らされて、血色は悪くない。不幸不幸と言う割には健康的な顔色だ。表情はどう形容して良いのか私には出来ないのだが、アンニュイというものに分類されると考えられる。

 それはともかく、

「飲むのはウイスキー等か。スコッチか」

「いえ、フロム・ザ・バレル。それとウォッカのバルカンです。バルカンは……ほぼエタノールですね、乱暴に言うと」

「ふむ」

 

 見た目によらずの大酒豪のようだ。それを飲みに行って酔ってくるということか。それにしては食事の進みはは良かった。近日は少々食い気が強い傾向にあるらしい。食べ終わるのが早いからだ。だがあれではつまみも大した量が入らず、酒を飲むのに不都合だろう。用向きはただのナイトキャップとは思えない。

 問う。

 

「なぜ連日で行くのだろうか、分かるか」

「唯一の飲み仲間になりそうだった叢雲が居なくなったから、キープの回収ついでだと思います。しばらくは一人飲みじゃないですか」

「そうか」

 

 あの二人にはそんなに親交があったのか。仕事場が同じと言うだけで、そうなるものなのだろうか。私にはよくわからない。

 では、

 

「他に何か彼女に変化はあったか」

「ご自分が一番見ていらっしゃるでしょう……?」

「分からない。だから聞いている」

「はぁ……」

 

 そう聞くと、山城は何を今更、と言わんばかりに、

 

「叢雲が居なくなってむしゃくしゃというか、面倒な気分みたい……彼女はあの子の妄想から逃れて人間に戻った輩の……第一号?じゃないですか。それでちょっと精神的に不安定なんですよ、きっと」

「む」

 

 彼女の病状は記録から把握している。

 妄想を持った統合失調症。現在は落ち着いているとのことだが、前提督の頃は陽性状態でいわゆる発狂状態にあったらしい。今は陰性状態に入っており、他の“瑞鶴”と違って気質などが歪んで見えるそうだ。私は他の”瑞鶴”を知り及んでいないから理解できないが。

 ところで、

 

「人間に戻れなかったものと言うのはいかほどいるのか」

「……不味かったわね、これを言うのは」

 

 山城が周りを見回す。そして、食事のお盆を持って私の席、壁際に陣取りに来る。一つ席を空けて。

 そして、

 

「ええ、逆にここにいた人間が艦娘になったっていうことがあったんですよ」

「前提督か」

 

 彼女は隈の深い目を見開く。

 

「把握していたんですね。一応本人から緘口令が敷かれていたんですけれど……どういう経緯で知ったのかしら?本人からの自己申告?」

「いや、情報からの推察だ。いや、推理と言ったほうがいい」

 

 それに山城はため息を吐いて、

 

「聞きしに勝る、とはこのことね。まぁ、アラは掘れば掘るほど出てくるようなごまかしだったから、バレても仕方はないのかもしれないけれど。そうね、知っているとおり、ここの前提督は艦娘化した。それが誰なのかももう自明よね……」

 

 肩と眉を落として、

 

「不幸なことだわ」

 

 そう言った。

 

 ●

 

「どこまで経緯をご存知でいらっしゃるのかしら」

 

 話は続き、山城からの逆質問で以て区切りがなされた。

 どこまで。それは、資料に書いてあるとおり。

 

「過労からの再起に賭けての一か八かの艦娘化だ。艦娘化に伴う肉体活性に全てを賭けたのだろう。だが、それもあまりに急ぎすぎて活性の効果が薄かったようだ。なにせ、”死亡”から”着任”まで一ヶ月ほどしか経っていない。標準的には3ヶ月を”建造期間”に要すると聞いている」

 

 それに彼女は腕を組み、一度上を向いて考え込むと、

 

「そうね、当然私も3ヶ月と少しかかりました。休養期間みたいなものでした。殆どは」

 

 頷いて肯定。返事に対して続ける。

 

「その上、帰還直後から秘書艦という立場に一旦収まった。そして業務を遂行していたのだから全く休めていない。突貫工事だ。艤装適合は間に合ったものの、完全に艦娘化しているとは考えにくい。それ故に艦娘であることの負荷に耐え切れていなかったのだろう。そして、薬物に頼った。そこまでは把握している」

 

 所見と本人からの申告を合わせた情報を述べると、山城は前髪の奥で眉間にシワを寄せ、

 

「薬物?……いえ、その他はおそらく間違いないと思いますが」

「薬物だが、彼女の分は誰が都合したのかは記録がない」

 

 そう言うと、また彼女は上を向き、少し間を空けると、

 

「であれば……個人保有」

「そうだろうな。私も昔に支給されたものを個人的に所有はしているが」

 

 山城が、目を見開いた。多分これは、驚きだろうか。

 驚くことはあるだろうか。“書いていない”規定に従う理由は無い。現在の私が従うのは軍法だから。一般的な法律には従う必要がない。殺して殺される立場にいる人間が、どうして一般法規まで気にしていられるのだろうか。

 

「……なんで」

「私とて嗜好品として適切な量を使用するときはある。顆粒を舐めるくらいだが」

 

 ……精神的に不調になった時、平常に戻すために使用していた。

 最近は特にそういった方法で立て直すことも無かったが、保有することをやめてはいない。精神を崩すのは疲れているからだ。睡眠を取ればいい話だ。だから睡眠薬で規定した睡眠時間を取ること、仕事を休むことでバランスを取っている。寝付きが悪いのもあるのだが。それでも、あの薬を捨てる理由にはならない。嵩張るものでなければ恥じるものでもない。

 

「……あまり、いいこととは思えませんけれど」

 

 ぼそり、とつぶやく声が私の耳朶を打つ。責めるように。

 いいことではない、それは当然だ。一般的には違法薬物だ。だが軍の支給品だ。使わない理由は無い。それが都合のいいものであれば尚更に。

 

「だから計算している。中毒を起こさない微量だ。それを数日以上の間を空けて使用する。……そもそも、あまり使うものでもない」

「そうですか、はまり込まないようにお気をつけくださいね。誰かのようにならないように」

「ああ」

 

 私の話などどうでもいい。それはお互いわかっていた。だから、山城は禁煙パイポを袖から取り出して加えて、苦い顔。仕切り直しだ。

 

「それはともかく、瑞鶴が来てからよ。前提督が破綻し始めたのは」

「む」

 

 瑞鶴が来る以前から過労であることはこちらで把握していたが、彼女がその引き金になった、というのは初耳だ。どういうことだろうか。

 

「彼女は疫病神なのよ。私が言うべきことじゃあ無いのは、自覚しているけれど」

「君の修復にかかる資材のことであれば特に問題はないが」

「そう言っていただけて何よりだわ。耐久力だけはあるもの、これからも盾役として運用していただきたく思っておりますわ」

「よかろう」

「ありがたき幸せ。……あの子は狂気を持っています。狂気は測り難い。故に、前提督は背負ったものの重さを測り違えた」

「狂気」

「そう、狂気。……妄想と言うべきかしら。台風のように不運を撒き散らしている、そう思ってる。実際そうなのかもしれないと、私達も考えています」

「私には未だ被害は無いように思うが」

「……そう、無いんですか」

 

 遠くを見るような視線。そして、彼女は私から目をそらす。

 

「あなたがそう思うんでしたら、それでいいのでしょう。幸せなことです」

「何が言いたい」

「あの子が狂っていた頃、あるいは人格的にマトモだった頃に言っていました。『私に近付かないで』と」

 

 今となっては元気そうで何よりと思うのだが。どうやら事情はそうでもないらしい。山城は、そう思っているようだ。

 

「でもあの子は一人では生きていけない。“一人が寂しい”とも考えているはずです。……けれど今は”幸せを吸い取って生きている“、そういう風に妄想が根付いたようです。私達の見解は……繰り返しますが、実際そうなのかもしれません」

「曖昧な申告は信用しないとは言っているが。特に他人の又聞きともなれば」

「まぁ聞きなさい」

 

 私はまた目を見ずに聞き流したまま。

 それに興味は無いのか、と言わんばかりに少しばかり語気が上がる。身を少し乗り出して、私に肩を近づけようとして、

 

「……実例が、北伐艦隊。もう結構前になりますか」

 

 しかし、どこか明後日の方向を向いている。顔を見ると、目を閉じていた。

 

「……大規模な北方海域攻略のための連合艦隊が組まれ、その時帰って来れた空母はあの子。それだけ。あとの主力はほぼ全員沈んだ。帰れなかった」

 

 正規空母の最精鋭、赤城・加賀・蒼龍・飛龍・翔鶴、いずれもが未帰還となったということは聞き及んでいる。陸軍にいたころだったが、その失敗はこちらにも聞こえてきた。そして、その艦隊に山城が居たことも今は把握している。あれは歴史的大敗だった。

 

「それは把握している」

「話が早い。で、瑞鶴だけはピンピンしていたわ」

「む」

 

 正規空母6のうち1しか返ってこなかった。

 確かに、異常だ。

 これはあきらかに異常な事態だ。なら、何が起きた。

 

「何が起きたのか、知り得ているならば説明してくれ」

「わかりません。あの場に居合わせた私にも。本人も口を噤んでいますし。予想はつくけれど……瑞鶴がいたがために全員の“運が尽きた”、そんなところかしら」

「それでは具体性がない」

「それは本人に聞けばいいじゃないですか。聞けるものであればだけれど」

「そもそも、そんなものは偶然だろう」

 

 私にはそれしか言えなかった。大前提として、私は瑞鶴と付き合いが浅い。そしてその不幸とやらもあまり感じたことがない。だが山城は、

 

「……雪風を見てもそれが言えますか。大した人ね」

「む」

 

 確かに、偶然を確実に引き当てる雪風の存在を見れば、逆の存在も居て然るべきなのだろうか。

 私にはよく分からないが。考えたこともない。

 雪風に関しては、会った時のロシアンルーレットで死んだところで問題なかった。代わりに叢雲が戦闘要員を担い、私が今のようにシフト管理などを担当すれば良かったからだ。今となっては雪風は便利な戦闘要員だが。

 

 山城は続ける。

 

「まぁ普通に考える通り偶然だったとしても、彼女の目は無い。傷は深い。頭はおかしい。不幸があったから。一旦治ったけれど、……もういいでしょう、金剛さんがああなったからついに人格まで破綻したみたいですね」

「む」

 

 人格の破綻。

 それはどういった定義なのか考えたことは無いが、おそらくは人間性の喪失などを言うのだろうと思う。

 人間性、それがどれほどの意味を持つか、私には計り知ることが出来ない。

 ……ヒトデナシと言われた、この私には。

 だから、

 

「具体的には」

「……あの子は幸せになろうとしている。他の何を犠牲にしても。彼女は危険です。あらゆる意味で」

 

 あらゆる意味。

「あらゆる、意味」

 

 それはあまりに曖昧が過ぎる。私はその言葉を反復、反芻し、その意味を取れないかと試行する。

 問いかけであると考えたのか、山城は話を続けた。

 

「彼女自身、そして私達。いるだけで幸いを消し尽くすモンスターをここは飼ってしまっているし、モンスターは今やハンターですらあるのよ。あの子はもう誰かを不幸にせずにはいられない。……でも、私は彼女の餌になれなかった、なってあげられなかった」

 

 山城が急にうつむいた。見える眉は下がっており、目は閉じられ、口元はへの字だ。唇をかんでいるようにも見える。

 

「私は、もっと不幸になるべきなの、なのに、あの子の代わりになることもできない」

 

 声を震わせながらそう言うと、話は終わりだと言いたいのか、盆を持って去っていった。

 去り際にまた震える声で問う。

 

「時雨はいつ遠征から帰ってくるかしら」

「資源輸送護衛任務に就いているが……合計72時間程度の護衛任務、残りは僅かだ」

「そう……」

 

 食堂の下膳口へと向かう背中は丸い。

 背筋を伸ばさなくては艤装を背負う能力が衰えそうなものだが、大丈夫なのだろうか。

 

 ……私も、スパムを片付けて寝支度としよう。かくいう私も猫背気味だが、背筋を伸ばすべきかどうか。そんなことを考えながら、ナイフで切り分けた破壊的美味物体を口に運んだ。スパムは美味しい。

 

 今日も、何も問題はなかった。

 




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