女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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本編-2開幕します。
短いですが、プロローグ扱いです。
ご了承下さい。


本編-2『Always Look on the Bright Side of Life』
帰れなくなったヨッパライ


 私の場所は、夜が明けない所。夜にならない所。焼けるような夕焼けが刺す所。

 日の痛さは火の痛さに似ていて背中の羽根が疼く。

 あの日も夕焼けだった。

 世界が終わりそうな赤い夕焼けだった。そして、私の世界も終わりを迎えて止まっている。

 明ける夜はなく続く夜もない。

 

 妄想かと思うほどの責め苦は、抉られた左目が現実だと示している。

 

 私は、運がない。無いから、他人から奪って、吸い尽くして、そして、共倒れになる。

 私は、運が無いから、奪うしかない。

 奪って、吸い尽くして、人を不幸にすることしか出来ない。

 私が幸せになる代わりに、他人が不幸になるしかない。

 そして、吸い尽くしてしまったら。

 私は、死ぬしかない。

 その、吸い尽くされた人と一緒に。

 

 でも、私は、生きろと言われた。生きて幸せになれと言われた。

 だから、生きる。幸せになるために生きる。生きるための幸せはいらない。

 私はそれを求めなきゃいけない。なら他人を不幸にして生きるしかない。

 私のために誰かを見殺しにしたり、見捨てたり、見放したりする。それが私の幸せに必要なら、幸せを奪えるなら、それをしなくちゃいけない。

 幸せになるために。

 幸せになるために。

 私が幸せになるために。

 私が幸せになる代わりに、誰かが不幸になるがために。

 

 誰かの不幸で私は幸せを買わなくちゃいけない。

 許してください。私のためです。

 そうです。あなたの不幸で私の幸せが買えるのです。

 本当のことです。

 全部、本当のこと。

 

 私はさよならをまだ知らない。

 まださよならをできない。

 

 口で描こうとしても、――――――――こわばる。

 

 それを、私は口に出来ない。

 私は、生きて幸せにならなくてはいけないから。

 

 あの人が、そうなれと言ったから。

 私は生きるんだ。

 まだ、死んじゃいけない。

 でも、

 まだ?

 

 ●

 

 

「暇ね」

 

 あの女に殺されかけてから…………えっと、3日が経った。そろそろ暇すぎて時間感覚が狂ってくる頃だ。今はやることがなくてあんまり暇だったもので、自室の六畳間、ちゃぶ台に空の牛缶を灰皿にしてタバコを吸っていた。酒もある。生理中というのもあってダルい。飲まなくちゃやってられない。そういう点、やっぱり一人部屋は気遣いしなくていいから楽だ。それにしても何年ぶりになるだろう。よく考えたら高校生の時に吸ってたんだから広義の不良だ。まぁ、買ったのは初めてなんだけど。

 

 ということで、さっき伊良湖が酒保もとい売店にいるうちにちょっと買いに行った。酒やつまみも一緒に。

 実は昨日、給料が手渡しで明細と一緒に手渡されて小金持ちだったから。仕送り分はもう退職金をあてにするつもりだったから、自分で使うことにしたのだ。しかし本当に給料は上がってた。ちゃんと一ヶ月分ってわけじゃないから貰う量は変わらなかったけれど、明細を見たら基本給そのものが上がっていることが分かった。日数の欄がちゃんと一昨日までだったから。

 タバコも、本当ならケチケチして他の艦娘からもらいタバコでもすればいいんだけれど、もうお別れする身となったからそれはやめた。あいや、餞別代わりと言って貰うのも良かったかもしれない。……買って吸ってしまっている今となっては遅い考えだ。お金のせいでちょっと舞い上がってたのかも。

 しかし私も大概神経が図太いと思う。殺されかけた相手からもらった金で煙草吸ってるとか。でも今は相当に複雑な気分。時間を持て余しすぎてアンニュイになってるのもある。

 

 銘柄はパーラメントを選んだ。懐かしい。当時の彼氏が金持ちだったっていうのがある。ちなみに私はいつももらいタバコだった。箱ごと。

 なんでパーラメントかって言うと、ちょっとランク高めな男って演出らしい。煙草は小道具だ、なんて小僧のくせにいっちょ前なことを言っていたことを覚えている。まぁ、そんな馬鹿なロリコンに惚れてしまっていた私は結構馬鹿だ。同い年だったけど。

 

 しかし、久々に吸うとこれが美味いもんである。こんなに好きだったかな、と思いながら煙とスルメを肴に酒を飲んでいる。

 酒だって久々に買ったけれど、これは上善如水。水みたい。自分で燗にするにもめんどくさいから冷でラッパ飲みだけれど、なおさら水みたいだ。するする入る。……悪酔いしないように気をつけよう。そろそろ本当の水も飲まないと。あ、また水に似てる方を飲んじゃった。あはは。バカか。酔ってる。美味しい。

 

 そんなところに、電話が掛かってくる。

 ……提督。あの女からだった。

 

 タバコが短くなるまでたっぷり待たせる。

 まだまだ残っている。重要な話かもしれないけど、それならなおさらこっちは気を落ち着けないと。

 

 ようやく短くなったタバコを牛缶の底に押し付けて、火を揉み消す。

 そしてちょっと気を引き締めてから、スマートフォンの画面、通話の方をタッチ。

 

「はい、坂神どぇす」

 

 やっばい。全然気が緩んでて本名名乗っちゃった。しかも“どぇす”ってなんだ”どぇす”って。バブルか。バブルの女か私ゃ。引き締まってない。締まりが無い女だ。股ユル女。あはははは何やってるんだ私。辞めたからって。……アホだ。

 落ち着こう。

 一度溜息している間に、あっちは話し始めて、

 

「坂神……ああ。本名の方を名乗ることにしたのか」

「あーすみません、叢雲でーす……」

 

 リアクションは薄い。一応データは覚えていたらしい。私の本名とか。他人のことなんてどうでもいいくせに仕事には熱心だ。全く頭が下がる。私とは大違いだ。仕事で頭がいっぱいなら変な気も起こさなかったと考えると、……やっぱあっちが悪いわ。あっちが悪い。

 

「一応昨日付けで辞めたことになっているのだから別に構わないが」

 

 そのあっちは特に怒っていないらしい。まぁ怒る人間でもないか。今までタメ語で話していたけれど全く問題なかったわけだし。親しき仲でもないけど、もともとあまり礼儀は無かった。

 勢いで私は正直に間違えた理由を話す。あー言っちゃえ。

 

「いやー、暇だから酒飲んでてぇ」

 

 それに彼女は、ふむ、と前置き、

 

「昼から酒とは羨ましいな」

 

 まぁそうだろう。羨ましかろう。働かない身で飲む酒はなかなか美味い。これが生粋の無職ともなれば話は変わるだろうけれど、私の場合は冬休みみたいなものだ。あー美味しい。

 でもこういうのって所謂皮肉だと思うけれど、念のため聞く。

 

「……あー、本当に羨ましいと言う意味で?」

「む。全く以て本当のことだが。飲めるならば飲みたい。私は嘘を言わない」

 

 うん。

 やっぱりあの女は正直者だ。社交辞令とか皮肉とか、そういうものは頭にない。

 アレが羨ましいと言ったら本当に羨ましいのだ。

 そう考えると本当に子供みたいだ。……なんだか可愛くなってきたけれど、アレは私を殺しかけた女だ。このまま別れるのもあるし、そんな情を抱くもんじゃない。

 というわけで、ざまーみろ。

 

「あっはは、かわいそー」

「そうか」

 

 リアクションが薄くてつまらない。ノリが悪い。地元なら『じゃかあしいわボケカス』くらい返ってくる。……まぁ大阪のノリを別の地方の人間に期待するほうが間違ってるか。

 そんなことはどうでも良かった。本題を聞かないと。

 

「……で、何の用?」

「君の解体願だがそれは受理された。だが、退役願のほうがそうもいかないそうだ」

 

 は?

「は?」

 

 やっべ口に出た。

 でも、やはり気にせずアレは続ける。

 

「君を手放すのが惜しいのだと伝えられた」

「あー、うん、そう……」

 

 帰る気満々だったのに、なんだそれ。というか金。金どうする。退職金当てにしてこんな贅沢しちゃったんだけど。どうしよう。どうしよう、って、

 

「はぁ!?」

 

 酔いが一気に醒めた。いやホントどうしよう。

 

「マジで」

「“マジで”だ。本当にそのような返答が返ってきた。解体に際して“生還の祝金”は多少出るそうだが、退職金とは別だ。退役出来た場合と比べると大した額ではない。君は少佐に昇進となり、大本営で席が与えられる。おそらく、これは栄転というやつだ」

 

 いや、少佐?二階級特進?死んでないけど?そんなことは私にとってどうでもいい。地位は手段であって目的じゃない。つまり気になることは一つで、

 

「ってことは、給料上がるわよね、いくらか知らないけれど……」

 

 そんな私の希望的観測に、正直者のアレはきっぱりと、

 

「下がる。……私の話になるが、私が少佐だった頃と今までの君の給与は大して変わらない。私の査定と大本営の査定は違う。何故ならば、ここでは独自に財源を確保したことによってより多くを給与や厚生に充てられるからだ。大淀が資金運用に回っているのはそのためだ」

「え?」

 

 そうか、話が繋がった。大淀がこの間大きな儲けを出した。だからここの財力が一段階レベルアップしたのか。レベルアップってRPGみたいだ。

 それで給料のベースアップに繋がって、私の給料も上がっていたと。……というか皆の給料が上がっていると。給料が上がるなんて既定路線だったわけだ。私は何もせずとも待っているだけで、今までよりちょっと多くのお金を手にできるはずだった。

 やるせない。

 

「……あー、うーん」

「どうかしたのか」

「いや……なんでもないわ」

 

 そりゃあ、”脅さなきゃよかった”なんて。そんな泣き言、情けなくて言えるはずもない。

 グッバイ理想的な職場。

 そしてファッキン、私の欲深さ。

 それはともかく、要件はこれだけだろうか。

 

「じゃあ、それだけ?」

「ああ」

 

 間髪を入れずにそう返ってきた。ないらしい。私は力が抜けて、手元にあったボトルの液体をぐい、と飲んだ。酒。水っぽい爽やかアルコール、上善如水。美味しい。またちょっと酔いが復活した。というわけでご挨拶。

 

「それじゃ失礼しまーす」

「休養中に失礼した」

 

 通話が切れる。

 始め最悪終わり最悪のゆるゆる女になってた。しかし、どうしよう。

 そう思って私は、またタバコに火を点けた。

 

「裏目だわ」

 

 不幸とは言わない。けれど、やっちまったー感がすごくて、私は頭を抱えた。

 ……父さん。

 まだ大阪には帰れそうにありません。

 私は泣きそうです。なぜなら昇進すると給料が下がるというよくわからない状況に陥ったからです。これも私の不徳の致すところ、身銭など切り捨てて仕送りに注力することをここに誓いたいと思います。アーメン。

 


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