女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2017/01/29
誤字修正。

大湊のピエロな那珂ちゃん、再来。

この話を読む人として想定しているのは、既に本編2の”どんな面下げて戻ってきた”以降を読んでいる方々です。ご留意下さい。
これを投稿している時点では最終話はまだ投稿していませんが、最終話より先に読んで頂けると幸いです。
ですが、このまま読み進めても本編2の展開がバレる以外の問題はないと思われます。
どうなってもしらんぞ。はよもどれ。


































ネタバレ回避のため大きく改行しました。申し訳ありません。

内容は”何事もなかった3ヶ月”の間にあった出来事です。
音楽ネタなので出て来る都度に色々調べて頂くことになってしまうのですが、その点ご了承下さい。

2019/04/03
通販などの扱いについて考証し直しました。


Back on your feet(後日談)

 あれからいろいろなことがあった。

 叢雲さんが横須賀に行ったり、提督が自殺して新しい人に代わったり、前の提督である金剛さんが回復してきたり。

 

 さて。

 

 裁判、その判決。

 それは人間としての私の名誉が回復される時であり、あの子が一方的に悪かった、と誹りを受ける時だ。

 なんでこの話になるかって言うと、私はまだまだ艦娘で居続けるつもりでいたんだけれど、裁判所が流石にしびれを切らしたのだ。

 私の父さん達も司法には勝てなかった。もう判決を保留にしていられない、とのことだ。あの子の両親たちも決着を望んでいるし、私も流石に精神病院で措置入院しっぱなし、ってことにはしていられなくなってきて。

 

 というわけで、行ってきた。

 裁判所に。

 交通費は原告持ち、ってことになるからなんだか忍びなくって、深夜バスで。

 でもあれはこの世の地獄だと思った。……乗り心地、最悪。

 

 寝れないんだよ。痛いんだよ。いくら私が艦娘だからって、丈夫だからって、尻とか腰とか痛いんだよね。艦娘になった時に、その、痔主も脱却したんだけど治ってなかったらもっと死にたくなっただろうなぁ。ドラマーの宿命の一つかもしれない。痔主。

 

 ……新しい提督との話し合いだけれど、私の親には逆らえない立場だから、なし崩しに私の外出を認めることになった。というか、『コレ持ってけ』って大吟醸一本まで送られてきた。私の実家から母の名義で。それにたいそう喜んで判子を押してくれたわけなんだけど、交通手段を申告したところ、

 

「なんか、貧乏っちくない?」

 

 贅沢放題してるあなたにはわからん感覚だよ。私はロッカーだから、人にやさしく、だ。

 というわけで。

 久々に私服に袖を通して、髪は解いて、伊達眼鏡で顔をちょっと誤魔化して。

 私は一般人のふりをしてシャバに出た。ロック・スターの外出みたい。

 いや、まぁ、うーん、スター……ってほどじゃないから、みたい、だね。

 私はせいぜいがフェイクスター。

 

 

 ●

 

 

 現地には当日入りだ。宿なんか取らない。ここでも人にやさしく、だ。

 私はロッカー、アイドル、クラウン。お客さんに、その親御さんにもやさしくしなくちゃロッカーじゃないんだぜ。……そんなキャラじゃないけど。パフォーマンスっていうものは徹底してナンボのもんだから、私はキャラを崩さずそういうロックの姿勢を取らなくちゃいけなくて大変なんだけど、そもそもそれが私のウリだから仕方ない。

 そう、仕方ないのだ。

 

 しっかし、顔が変わっている問題には頭を悩まされた。いや、方法を思いついたのはともかく、その難しさで。

 化粧で不細工にするってのもなかなかない体験で、”那珂”は私より断然可愛いから、私は自分の写真を見てどうにかしてそれに近づくように化粧をしていった。というか、すっぴんで出て『ナチュラルメイクです』って言い張ればいいのかもしれなかったんだけれど、私は結構そこら辺生真面目だった。脳生理学的だらしなさとは裏腹に。ついでの伊達眼鏡で、顔が変わってることについての誤魔化しは万全となった。……まぁ、万全という言葉ほど空虚なものも無いと思うけれど。”これでよし”でもボロは出る。

 

 ……久しぶりに娑婆に帰ってきて見る町並みは、その……なんとも言えない。大湊は田舎だから、いや外に出ることなんてないからどうってこともないんだけれど、ちょっとビルがあるだけで都会に見えてくる。鎮守府―――――――あれはレトロとかそういう範疇のアレだから別だ。そんなもの、横須賀に行けば赤レンガ倉庫とか、もっと立派なのがたくさんある。建物の出来もいいし。観光地としては及第点だけど合格点とは言えない。

 

 今や昔懐かしくなってきたバンドメンバーも総出で傍聴に来ていて、私は彼ら彼女らとの再開を祝した。なんというか、顔が妙に変わっているから心配されたんだけど、むしろ健康的だったのでちょっと訝しまれた。とりあえず、いい病院だった、と言うとみんな複雑な顔をしていた。ただ青森で療養中だということは伝えたし、東北公演なら病院から抜け出ても大丈夫かもね、なんてことも言ってしまった。

 

 そう、言ってしまったのだ。

 これが私を後々大変な目に遭わせることになる。

 

 

 ●

 

 

 裁判はつつがなく進んだ。私の無罪が言い渡されて、私は判決を終えて軽く”お気持ち”というか、そういう感じでスピーチをした。

 

「私は――――――――決して、罪が無かったとは言えません。罰がないということと、罪がないことは別の問題だと思っています。常にセットで語られるその2つですが、私に関しては、どちらかが残っただけに過ぎません。罪だけが残りました。それを償う方法は懲役……法的な罰ではなく、私の祈りによって果たされるものだと思っています。彼女を忘れません。一生、私は私を咎め、そして思い続けます。私のやったこと、彼女の過ちと幸せを、それを考えながら一生を懸けて、独り善がりながらも償っていくつもりです」

 

 厳かに、裁判は終わった。

 私は、あの子の遺族と軽く挨拶、そして”とある場所”の住所を聞くと法廷を後にした。

 

 

 ●

 

 

 マスコミの諸々は私の無罪に当たって取材を申し込んできた。所謂囲み取材だ。

 いろいろな新聞、雑誌の記者が群がってきたのだけれど、私はそれには特に答えずに、

 

「裁判で言わせていただいたこと、それが全てです」

 

 それで押し切って、私は弁護人の手配した車に乗り込んでマスコミを撒いた。

 

 

 ●

 

 

 で、その晩にバンドメンバーと軽く祝杯と言うか、旧交を温めるというかそういう飲み会があって、やっぱりみんな潰れた。どうにも私にはついてこれないから最後に私が世話役として残ってしまう。さらに移動を開始するはずがこうだ。余裕を持って外出日数を申請しておいて良かった。……まぁ、どうせ間に合わなくてもお父さんが誤魔化してくれてしまうのだけれど。

 

 でも、私にはやるべきことがあった。あの子のお墓に手を合わせに行くことにした。

 

 

 ここからは自腹だから特急とかでスイスイと。自分の金はケチっちゃいけない。最終の特急で、あらかじめ彼女の遺族から聞いていた住所に向かって移動を始めた。駅ナカでビニール傘を買って駅を出て、道中の24時間スーパーで仏花を買って。

 

 そして、雨が降りしきる夜更けに、彼女のお墓にたどり着いた。

 墓地は晩冬の雨もあって不気味さを増していて、ちょっと恐ろしかったんだけれど、あの子のお墓には似合いの天気だった。

 私は花を墓に手向けて、手を合わせる。

 

 君は今、幸福なんだろうか?

 死んだから特に何も悩むことはないんだろうか?

 死後の世界でもいじめられちゃいないだろうか?

 そっちはいいところだろうか?

 ――――――――私のように艦娘になって大湊に来れれば良かったんじゃないか?

 

 そんな妄想スレスレ、とりとめのないことを考えながら、私は彼女の安息を祈った。

 

 ……で、いつまでもそうしていられない。集中に入り込む前にやめないと。

 それに春が近いとは言えまだ冬だ。寒さに一度身震いすると、私はスマートフォンを取り出して帰りの計画を練り始めた。あと1日だ。どうしたものかな。

 

 

 ●

 

 

 で、私は歩いて駅まで戻って本当に最後に最後の終電に乗って漫画喫茶が近くにある駅まで乗っていった。今晩はここで夜を明かす。出来れば寝心地がいいような部屋、フラットなところを選んだ。ブランケットもちゃんと確保して腹を冷やさないようにしながら寝る。……はずだった。

 

 電話が来た。マネージャーからの電話番号だ。

 それを取ると、伝えられたのは驚愕の事実だった。

 

 バンド、ミニライブ活動のみ再開。地域限定、で!

 

 そんなわけで、私は休みの日は外で仕事をし、外の仕事が無い日は海で仕事をする、二重生活にハマってしまうこととなった。

 

 どうしよう。

 

 ともかく、ライブってのはそうそう頻繁にやるもんじゃない。というかバンドの拠点は東京で、私の今の住まいは青森、それも大湊。ちなみに件の事件の場所は北関東。

 

 確かに東北、特に青森公演なら十分に可能だった。私が場所・スケジュールの面で振り回す形になるけれど、バンドの拠点は関東から一気に東北に移る。付いてきてくれるのはありがたいんだけど迷惑だ。なにせ私はもう一つ仕事があって、そっちは極秘中の極秘なんだから。

 

 とにかく、本当にやるってんならリハビリから必要だ。

 私は朝起きると電車で新宿の中古楽器店に向かい、私好みのセットを纏めて購入。

 一応ここでは自腹を切るけれど、領収書は持って帰る。慰安用の機材として大湊のものにしてしまえ。

 送り先は大湊警備府、っと。私はとりあえず提督の名前を書いた。坂神紫苑、っと。徳の高そうな名前だってのになんでああなのかな。

 

 そして新宿の夜がやってくる。

 私の目の前には深夜バスがいる。

 

 で、中身は地獄だった。

 言うまでもなく。

 全然眠れなかった。

 

 

 ●

 

 

 昼前にフラフラで鎮守府に帰ってきて、寮の部屋でしばらく休むと、私は一つだけ持ち込んでいた楽器を取り出した。今ではホコリを被っているスネアドラムだ。所謂、小太鼓。それと愛用のスティック、スタンド、チューニングキー。

 これで音を”私の音”に整えていく。

 

 口径は14インチ、深さ6.5インチ。材質はブラス。フープはダイキャストでスナッピーは42本、スティール。打面裏面共に黒く、テンションは高め。打面側にはコーティングがされていて、ちょっとざらついている。アンバサダー。

 

 これを、談話スペースに持っていき、軽く叩きながらチューニングしていく。面倒くさいんだけれど、いい音は良い準備から始まる。弘法筆を選ばずとも言うけれど、弘法大師にあらざる私はきちんとやらなくちゃいけない。集中集中。

 

 打面の中心を指で抑えて、ネジ手前を叩く。そして、対角線上のもう一箇所も叩く。ピッチがずれていればチューニングキーでネジを回して調整。これを繰り返し、どこを叩いても均等な音が鳴るように調整していく。五十鈴さんには悪いけれど、ドラムの音はお好みのようだから許してくれるだろう。

 トントン、と叩いてはキュリキュリと回し、トントンと叩いてはキュリキュリと。そんなトンキュリの作業を繰り返して、スネアは私のスネアになった。

 スタンドに据えて、シングルストローク。腕を振り上げて、手首を脱力しつつ、打つべし。そして打面から返る力を利用して上にまたスティックを振り上げ、また打つべし。これを右と左で絶え間なく。右、左、右、左、と。メトロノームの感覚は体に残っている。本当は良くないんだけれど、今回は特別にガイドなしで練習だ。

 シングルストロークは大体BPM60からスタート。そして、どんどんと加速して、最後にはドラムロールのような速さにしていく。モーションはどんどん小さくなるけれど、そういうもの。大きくやってもいいんだけれど、音量がブレやすいし私はそこまでパワードラマーじゃない。いや、どちらかと言うとそういう分類のドラマーではあったけれど、私は本質的には手数重視だ。ハードコアを標榜できる最低限のパワーと最大限の音数、それらの両立したドラマーだ。

 

 そうしてトコトコトコトコと叩いていると、うつらうつらとした五十鈴さんが部屋から這い出てくる。あ、悪いことした、と思ったのはつかの間、急に私の方に駆け寄ってきて、

 

「ファンです!」

「え?」

「ファン……え?」

 

 目が醒めた本人も、言った意味が分かってないみたい。そこで、

 

「五十鈴さん?そのー、那珂ちゃんのファンってこと?ならいつでも大歓迎なんだから、遠慮しないでね!」

「いや、そうじゃないわ。このスネアの音……間違いない。チューナーは使った?」

「使ってないよ。でも、なんだかいつも同じに出来るんだよねー」

「……もしかして」

 

 そう言って、彼女は私に耳を貸して、のジェスチャーをした。

 それに従い、彼女の口元に右の耳を寄せていく。

 

「――――――――さん?」

「!?」

 

 思わず体が跳ねて、飛び退いてしまった。

 ヤバい、それ、芸名。バレた?バレた……バレた!?

 

「やっぱりそうなのね!?」

「あーうー、うーん、その……はい」

 

 認めてしまった。あーあ。芸能人は身バレに気をつけなくちゃいけないのに、よりによってこんな練習でバレるようなことが起きるとは思っても見なかった。だって、こんなの基礎練習だよ?フレーズの癖とか、そういうのが出てくる余地のないルーティーン。だってのに、なんでまた。

 

「……なんで分かったの」

 

 私も口を潜めて彼女に聞くと、急に顔色が悪くなって、

 

「……っ、その、叩きながら話して」

「あ、ごめんなさい……」

 

 とりあえず静かにシングルストロークロール。すると彼女は落ち着いて、

 

「ありがとう……助かるわ。うん、スネアのピッチはやっぱり完璧ね……だから分かったのよ」

「えー……うわぁ」

 

 ドラマーとしては冥利に尽きるんだけど、ちょっとドン引き。それで判別できるなんて尋常じゃない。そこで、私は私の身元と交換に、

 

「五十鈴さん、あなたも音楽家かなにかだったの?」

「ええ。絶対音感持ってるのよ。で、音大出て軍楽隊入ったら、戦争で急にソナー手に転向させられてそのあとPTSD。今はこうなってるわ。だから深海棲艦には恨みがあるのよ。特に潜水艦にね」

「へぇ……」

 

 なるほど、軍楽隊かぁ。音楽家的職業病とソナー手的職業病、そしてPTSDが絡み合っての音声恐怖症か。結構この人も厄介な精神なんだよなぁ。でも、やっぱり私のドラムはしっくりくるのかな。怒った様子とか、恐怖の様子とかは全然見えない。

 

「私のドラミング、大丈夫なんですか」

「そりゃあもう、好きよ。破滅的にテンションが高いのに、響きは冷徹で澄んでいて……だから私、あなたのファンなのよ……ねえ、私も鍵盤を用意するから、今度ジャムセッションでもやってくれないかしら」

「え」

 

 元プロと療養中のプロの共演か。やっていいのかどうかはともかく、すごく興味がそそられる。私は本質的にはミュージシャンだから、こういう試みは大歓迎だ。

 

「是非、やらせてください」

「こちらこそ、お願いするわ」

 

 こうして、私と五十鈴さんは仲良くなった。ファンとスターの関係を越えて、音楽仲間として。

 

 

 ●

 

 

 それから彼女は88鍵シンセサイザーとアンプリファイアを通販で用意して、談話スペースを占拠した。届いた私のドラムセットと一緒に、ちょっとしたステージがそこには出来上がっていた。あとはベーシストが居ればいいんだけれど、ピアノ・ドラムデュオってのも乙なもんだと思う。問題はない。多分。

 ちなみに最初は提督の部屋にドラムセットが運び込まれたせいで私はひどく怒られた。運んだのは暇だったから正門に取りに行った日向さんと伊勢さんだったんだけど。で、また大吟醸を賄賂にご機嫌取り。次はないと言われた。どうすればいいんだろ。

 

 で、だ。ここで勢いで整えたはいいものの、ジャンルの問題が立ちはだかる。

 私、ガチロック。ハードコアドラマー。

 五十鈴さん、ガチクラシック。印象派ピアニスト。

 

 どうすんのコレ。

 

「私と五十鈴さん、ジャンル全然違いますけど」

 

 二人してピアノ椅子とドラムスローンに座って顔を見合わせて、彼女が適当なコード進行に合わせてアドリブで弾き続けながら話をする。いちいちフレージングが耽美的だ。コードの構成音の組み方もコードが一周りするごとに改良がサラッと試みられてる。多分コード感覚のリハビリも兼ねているんだろうと思う。それにしても指、綺麗だなぁ。

 で、どうやら五十鈴さんも音楽に紛れながらだったら会話が出来るから、私も左足でハイハットを踏んでテンポを合わせる。軍楽隊経験者だけあってテンポ感も抜群で、すぐに息は合った。

 で、ジャムセッションやってもいいんだけれど、そのままだとサウンドが一貫しない気がする。合わせには自信があるから、五十鈴さんに任せようと思う。

 

「どう言う感じにやります?」

「仕方ないわね……ジャズでもやる?」

「ジャズ……パターン一応一通り出来ますけど……」

「じゃあ……コレね!」

 

 ”思い出す 12月の雨 茶色に染まった葉で覆われたスペインを”

 

 キーはC。原曲から半音上げだ。……一応スタンダード入りはしているフュージョンの名曲中の名曲。

 Spain。

 フュージョンじゃん。そこまでジャズじゃない。

 

 特徴的なリフが二つあって、かつソロ中のコード進行が秀逸。

 所謂”燃える”曲だ。そんなものを何故か一発目から小手調べみたいに仕掛けてきて、私は、

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 とりあえず追随した。しっかし、お互いリハビリと挨拶代わりのはずなのになんでまたこんなテンションと難易度の高い曲を。

 まずは遅いラテンのパターンから。足はサンバの半テンポ。ボサノバと同じパターン。

 

 “そこで私はあなたに恋をした

 歓喜に満ちた夜も今や懐かしくて

 でも明日 あなたがここにやってくる”

 

 

 そして盛り上がるにつれてバスドラムをどんどん踏み鳴らし、スネアとクラッシュシンバルで盛り上げる形に変えてスピード感を出していく。そして、リフの二つ目。ハイハットは八分、バスドラムは四分で一つ打ちしながら、左手はスネアとシンバルで遊ぶ。

 

 “希う心は呼び起こされる

 過去は華やかに燃え盛る

 過ぎ去った日はいつもこの胸に”

 

 手拍子で合わせるような部分は終わり、ピアノとスネアでリズムをユニゾン。

 

 ”そして今スペインを思い返す度

 胸の鼓動は逸っていく”

 

 歌いはしないけれど、歌詞は付いている。それを思い浮かべながら。

 そのリフに合わせて、私達も鼓動を……合わせて……なんとか誤魔化して、次のリフへ。

 

 ”思い出す 12月の雨 茶色に染まった葉で覆われたスペインを”

 

 微妙に揃わなかった。

 

 ”私達の恋模様は 

 スペインの休日のよう

 明るい光と旋律は 

 私達の過ごした一日一日

 そして夜にはまさに

 憧れという熱量が

 

 私の願いを思い出す

 全てが炎のように鮮やかで

 そして私は覚えている

 昨日、そう、今日の思い出も

 恋に恋するということを

 楽しんでいるのよ”

 

 

 ここからはサンバかソンゴだ。

 とりあえず、ノリに任せて3-3-2でバスドラムを踏みながら行こう。両手はスネアを16分で叩きながら。アクセントとゴーストノートで遊んでみる。

 

 ”思い出の瞬間を見ているの

 瞬間 瞳を重ねれば メロディとステップが始まる

 ああ 人生とはまさしく夢のように

 二人の鼓動はカスタネットのようで

 私はその意味を忘れない 永遠に”

 

 ここで刻みのペースをダウン、足はボサノバ、手はとりあえず鳴り物を鳴らしていく。

 

 ”私は願いを思い返す

 思い出が燃え盛る

 懐かしの光景が胸に浮かぶ

 そして今日

 瞳が重なる度 胸はときめきに埋め尽くされる”

 

 同じように、

 

 ”私の願いを思い出す

 全てが炎のように鮮やかで

 そして私は覚えている

 昨日、そう、今日の思い出も

 Spainを聞く度に

 その全てが胸に迫るの”

 

 リタルダンドして、一旦終わり。一周分だけだ。

 なんとなしで続いたピアノのアドリブだけをバックに、沈黙が私達を包み込む。

 

「……ベーシスト、誰か居ない?」

「そうですね……やっぱ、盛り上がりにちょっと欠けてる感じもありますし、五十鈴さんの負担が高いかなーって。ベースラインまで弾きっぱじゃないですか」

「そうよね……」

 

 楽しいリハビリは、けれど頭数という大前提の課題を残して、煮えきらないままに終わった。

 

 

 ●

 

 

「那珂、最近五十鈴とアツい仲じゃん」

「え?いきなり何?」

 

 上姉ちゃんが私をからかい気味な口調でそう言う。

 夜の食事が終わって、それで腹ごなしと勝手な慰安事業として最近は食堂で演奏していたのだけれど、それを見て思ったらしい。まぁ、今まで人と関わってこなかった五十鈴さんがこうやって誰かとつるんでいるのだ。珍しいったらそりゃ、珍しい。でも私はリハビリとファンサービスという名目があるし、五十鈴さんは実質的に本職だ。別に変なことをしている、ってつもりはない。

 

 上姉ちゃんは私に肩を組んできてグラグラと揺らしてくる。

 

「わーたーしーもー混―ぜーなーよー」

「ぅえー?上姉ちゃんロックギターちょっとやったくらいでしょ?」

「まぁ若気の至りだったねー。不良はロック、いつの概念だよって自分でも思うけどさ。だからエレキベースなら弾けんじゃないかな。私も通販で楽器買うからさー、ちょっと相談乗ってよ。どうせならいいタマ欲しいんだよ」

「タマって、車じゃないんだから……」

 

 それに身内だからって私はプロだ。うーん、あんまりそういう目利き?の技術を安売りするもんじゃないけど、リハビリを手伝ってくれるなら……って、そもそもの問題として、

 

「あー、もう別にいいんだけど。私達プロだよ?一応」

「私もこう言っちゃ何だけど天才だよ。プロっつってもリハビリくらいなら付き合えるっての」

 

 いや、それも分かるんだけど。3姉妹全員ピアノの習い事は受けてたし、下姉ちゃんはコンクールで賞取ってそれっきりだけど、上姉ちゃんはギター買ってきて遊んでた。こう見えてビートルズがお気に入りらしい。

 

 ”ヘルター・スケルター”だっけ?語呂がいいから私も覚えてる曲だけど、それのカバー版の一つも特にお気に召していたらしい。そのカバー版をやったバンドのボーカルは去年亡くなった。上姉ちゃんもちょっと切なそうだった。私も好きなバンドだったから結構凹んだ。まぁ、同業者というかファンとして覚悟はしていたんだけれど。

 

 エアギターもといエアベースで全力アピールしてくる上姉ちゃん。この人は割とこういう唐突なことを言うと本気で実行するパターンが多いから、

 

「本当にやる気なんだ」

「マジ。大マジってもんよ。起き抜けの集中力管理にピッタシカンカンだ」

 

 ピッタシカンカン、って。

 

「上姉ちゃん色々古いよね」

「うるさい」

 

 小突かれた。

 

 で、

 

「ブンブンスイライツ、いいと思わない?」

 

 その……それ、バンド名?どうにかならない?

 

 ●

 

 というわけで、お姉ちゃんにちょうど良さそうなベースを見繕うことになった。ネット通販サイトで。

 要望はこう。

 6弦で、値段は特に糸目を付けない……だそうだ。

 なんでそんなキワモノでベースを始めようってんだ、と思ったんだけど、

 

「ギターも6弦じゃん」

 

 そりゃそうだけどわけが違うんだぞ、ギターとは。何言ってんだこいつ、って素で思ってしまった。

 しかしまぁ、金に糸目をつけないってなると、6弦はいい個体が結構ある。その中で見た目が上姉ちゃんに似合いそうなのをピックアップして、選んでもらうことにした。値段と条件はそこそこバランスを取って選択しやすいようにしてる。でもこのどれもが一生モノレベルの高級品だ。30万以上のやつらがずらりと並んだ。木材一つとってもものすごく凝ってる。トップの板に特殊な木目が出てるようなのばっかりだ。私が普段使ってたドラムセット全部といい勝負の値段。一本でコレなんだ。管楽器やバイオリンとかよりはマシな世界だけれど、これで上姉ちゃんが『ビンテージが欲しい、ビートルズ時代くらいの』なんて言い出してたらとんでもないことになってた。50万でも話にならないかもしれないから。

 

 で、とりあえずその中で上姉ちゃんは、

 

「これ」

 

 月。その名を冠したブランドの1品をチョイスした。

 

 ……どう見ても初めてのベーシストの手には余るけれどなぁ。いくらギタリストあがりとは言っても。

 6弦、ネックはボルトオン。

 プリアンプのハイ・ミッド・ロー、ボリューム、トーン、ピックアップセレクターのノブ6点構成。

 ホント、初心者にコレはキツすぎないかな?

 

 ただまぁ、どうせ私達は生きて退役を迎えるだろう。そういう根拠のイマイチ薄い自信はあるんだけれど、そうなった時に一番困るのは上姉ちゃんだ。趣味が夜遊びくらいしか無いのも忍びない。今のうちに新しい趣味を見つけるくらい、バチも当たらないと思う。だから、私は上姉ちゃんが飽きてしまわないことを祈って、定番のアンプと一緒にそれの注文確定を押した。……あ、届け先また提督のところにしちゃった。やっちまった!

 

 でも他に思いつく場所がないのも事実で……グッバイ、大吟醸。

 下姉ちゃんにも怒られるだろうけれど、本当に済まないと思っています。

 

 

 ●

 

 

 ……で、上姉ちゃんは休みの日は酒も飲まずに夜な夜なベースの練習に励むことになった。しばらくは談話スペースにアンプとベースを置いて、それで教則サイトやら何やらを見ながらベンベンと音を出していた。……上手い。なんだこの人。やっぱり天才か。

 どうやら五十鈴さんも気に障るところはないらしくって、むしろ私とビートが似ている、って言ってた。……姉妹なのかなぁ、やっぱり。でもプロとして一応磨かれたはずのビート感にあっという間に似てくる上姉ちゃん、本当にどんだけ天才なんだ。

 

 それで私達はまた談話スペースに楽器を戻して適当にセッションをすることになった。

 

 

 ●

 

 

「で、何やんのさ」

「そうねぇ。一応聞いて覚えてる曲なら出来るわよ」

「私もまぁ一応」

 

 いつも通り五十鈴さんが適当に弾きながら、私はハイハットを踏みながらの会話。上姉ちゃんだけはボリュームを0にして静かにしている。私達は上級者ってところだから、選曲権は上姉ちゃんに譲る。何が来ても大丈夫だ、リハビリも順調だし。

 

「じゃあさ、”Cheer up,Brian(元気出しなよ、ブライアン)!You know I say(分かってんでしょ)”」

「ん?」

「え?」

 上姉ちゃんが突然英語でそう言うと、

 

「”なんかヤなことがあってさ”

 ”ブチ切れそうになることだってあるわけよ”

 ”そりゃもう悪口言いたい放題したくなる”」

 

 そのまま歌い始めた。本当にリターン初心者か?6弦ベース担いでボーカルまでやるって、本当に天才だな。私の何倍天才なんだ。

 

 一旦歌を止めると、

 

「……分かる?」

「……ええ、アレかしら」

 

 答えて、五十鈴さんが弾き出す。コードを弾きながら音階を下降していく。

 

「4ビートでいいかしら?」

「よくわかんないけど、多分それでいいんじゃない?那珂、合わせて」

「あー、うん、アレか」

 

 とりあえずChorusに入るまでは大人しく。シンバルをスティックで優しく撫でるように鳴らしながら。

 

「”ヤなもん噛んだみたいな顔しないでさ

 悪態ヤメな 口笛吹いてなよ!

 いつかすっごくいいことあるんだって

 だから、さぁ”」

 

 バスドラムを踏んで、スネア、スプラッシュと叩いて、皆が沈黙。

 顔を見合わせて、息を揃える。

 

「”人生の明るい面をずっと見てなよ”」

 

 私はライドシンバルを2ビートで刻みながら、ハイハットを小節の2拍目と4拍目で踏んで、左手はいつもどおりスネアとシンバルで遊ばせる。

 五十鈴さんはコードを弾きつつ口笛。こっちもこっちで凄い。

 それに上姉ちゃんは”取られた”って感じの苦笑いをしながら1拍目と3拍目で音を鳴らしてベースラインを作る。本当にそのまま歌いだした。

 

「”人生のいい面だけをさ”」

 

 口笛が今度は二人分になった。私はちょっと余裕が無いけど、次のChorusで吹こう。

 

 進行が変わる。ベースラインもちょっとスタッカート気味で、スキップして歩いているような。

 音は出し損ねみたいなんじゃなくって、しっかりとニュアンスが出ている。

 上手い。私達、プロだっけ?疑問になってくる。

 

「”人生クソだって思うのはさ

 なんか自分が忘れてるからだよ

 笑ったり、微笑んだり、踊ったりすることをね

 ゴミ溜めにいるだなんて バカ言っちゃいけない

 口笛を吹くんだ それで人生全てOKになるんだ

 だから”」

 

 軽くバズロールしてタメてから、バス、スネア、クラッシュと叩いて行く。

 そしてリズムは2ビートから4ビートへ。上姉ちゃんへの目配せも忘れない。

 

「”人生のいいところを見ていこうよ”」

 

 口笛を吹く。3人で体を揺らして、鼓動を合わせながら。

 ……リハビリどころか、このバンド、いいなぁ。お披露目したいくらいだ。

 それになにより、私たちに何よりお似合いな曲なんだ。

 

「”人生の素敵なとこだけをさ”」

 

 この大湊は、私達の最後の場所だ。

 行くところなんて他にない。

 そんな人たちが集まって、それでも生きている。

 でも”こんなはずじゃ!”って文句を言ってる人なんて一人も見たことがない。

 横須賀に行った叢雲さんも、横須賀から来た新しい提督の坂神さんからも、文句一つ聞いたことがない。

 普通ならこんな厄介者達の面倒を見ようなんて、馬鹿みたいと思うだろう。

 でも何かいいことがあるんだって、そう信じているから。それだけは間違いじゃないと思っているから。だから好き好んでやっているんだ。人生のいい面を見ようとしているから。

 だから、暗い顔は似合わない。好きで生きているんだ。生きたいから生きてる。そう、ならそれで十分じゃないか。それが幸せなんだ。

 

 逆に言えば、死にたいのに生きているのは不幸過ぎるじゃないか。

 だから私が考えるべきは”あの子が生きたかった世界”なんだ。

 

 夢想でもいい。妄想だって構うことはない。想像するんだ。考えてやるのさ。

 彼女が幸せな世界を。

 人にやさしい、そんな世界を歌うために。

 

 もし願いが叶うならば。

 もう一度生まれておいで。

 君に会いたい。君が苦しむことなく生きていける、そんな優しい世界で待っていたい。

 君が欲しい。子供が欲しい。生まれてくる君に、怖くないよって言ってあげたい。

 

 好きな人も居ないのに、セックスもしたことないのに、そんなことを考えた。

 私は結構バカ。でも、何か問題?

 きっとそんなことはない。

 

「あはは」

 

 私は思わず、声を上げて笑った。

 人生色々、まだまだ行ってみよう!そうでなくっちゃ!

 

Always look on the bright side of Life(いつだって人生の明るい方を見ようよ)!」




読了ありがとうございました。
訳詞は既存のものをベースとした、作者による抄訳となります。

特に”Always~”は是非原語詞もご覧ください。
リズム的に非常に優れていて面白いです。

それでは、最終話でお目にかかれますよう。
蛇足な後日談であったかもしれませんが、ついに次でラストとなります。

さよなら、大湊警備府。

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