女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2016/12/15
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Enigmatic Disorder

 ドアが開く音で、目が覚めた。

 ……ちょっと寝足りない。夜更しが過ぎたけど、それまで随分寝ていたからそこまで寝不足は感じない。

 寝返りを打って、視線をドアの方に遣る。カーテンの端からは少し光が漏れ出していた。夜は明けたらしい。

 そして問題は、ドアを開けて入ってくる人影。

 

「……下姉ちゃん」

 

 姿は変わったけれど、そこにはその人が居た。

 

 額当て。ブラウンのウェーブヘア。オレンジと白のノースリーブの制服。

 ”神通”。今はその名の、姉、その人だ。

 

 彼女は声に気付いて、私の方を向いた。

 

「……そう、今日でしたね」

 

 私を見て、そう静かに言った。顔は、無表情だった。

 

「提督のところにご挨拶に行きなさい、那珂」

 

 那珂。そう呼ぶ。仕方ない。私は那珂という型名から逃れられないだろう。

 ”那珂”の魂から逃れられないだろう。彼女からの拒絶も、彼女への拒絶も、そして誹りも。

 そうなってしまった、そう作られてしまったのだから。そして成り損ねたのだから。それでも”那珂”なのだから。

 でも、せめて呼び名だけは、

 

「……ごめんなさい、”那珂”って、呼ばないで」

「甘えないで」

 

 すかさず言われたその言葉は、有無を言わせぬ圧力があった。やっぱり、下姉ちゃんは厳しい。とても。

 上姉ちゃんよりも軍人然としていて、迫力も凄まじかった。姉としてでもあるけれど。

 

「お姉ちゃん」

「神通です。私は、それ以外ではありません」

 

 拒絶は強い。それはそうだ。だって、お姉ちゃんは失敗作と呼ばれてはいたけれど、立派な軍人さんなのだ。今でもそのつもりなのだ。でも、それにしてもあまりにあんまりだ。今はもう仕事も終わって帰ってきたっていうのに。

 私はそんな反論も出来ずに、

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい……」

「そこまでにしなよ……」

 

 二段上のベッドから声が聞こえる。

 声に気が付いて、私達二人は視線を上に遣る。私にはベッドの底しか見えないけれど。

 結局すぐに下姉ちゃんに視線が戻る。

 

「川内」

「あんたが帰ってくるまで粘ってて良かった……こうなると思ったんだよ」

 

 川内お姉ちゃんは起きていた。眠そうな声だ。

 朝どうしても起きられないからって、無理やり寝ていなかったみたい。

 私の、ために。

 

「神通、あんたも分かってる通り、この子も不良品だ。色々あったんだよ、察してやりな」

「でも、川内」

 

 否定にもどこ吹く風で、川内お姉ちゃんは言う。

 

「せっかく三人揃ったんだ。ここには姉妹だけだよ。たまには”姉さん”って呼んでよ」

「いえ、私達は艦娘です。艦娘に、血縁による家族はありません。私達は兵器です」

 

 兵器。……そうか。そうだった、私達は、”死んでいる”んだ。人じゃ、ないんだ。それをどこまでも真剣に受け止めているから、神通お姉ちゃんはそう言ったのか。……それは、正しい。そうだ。いつだって正しいのが下姉ちゃんだった。私はそれを再確認する。私も人間を捨てたくて、人間であることを逃げたくてこうなったんだ。……それを、受け入れそうになる。

 でも、

 

「人間だよ。忘れんじゃない。私達は人間で、兵士だ。サイボーグのね。それを忘れれば死ぬ。機械じゃないんだよ」

「川内」

 

 上姉ちゃんは否定する。私達はあくまで人間だと。機械じゃない。兵器じゃない。兵士なんだと。人間らしくしていて良いんだって言う。……それもまた、正しい。人間が自らを人間と思う限り、それは人間である証明で有り続けるのだ。たとえ、化物のような人間であっても。それをお姉ちゃんは体現している。白子と呼ばれても、不良と呼ばれても、バカと呼ばれても、化物と呼ばれても、それでもお姉ちゃんは人間と何はばかることなく喧伝し続けるのだ。人間らしく。誇り高く。

 

 ……沈黙が走る。何故なのかはわからない。いがみ合うそれではない気がする。だって、下姉ちゃんは俯いて拳を強く握っている。敵愾心じゃない。それは、自身に向かうものだ。

 それを見たのか、上姉ちゃんは、

 

「……嫌な話になる。私は寝るから、あんたも早く寝な。……カナ、あんた提督に挨拶行ける?」

 

 空気が解けたのに面食らって、私はすぐに返事できなかった。

 

「……うん」

 

 そして、下姉ちゃんは”カナ”という呼び名に疑問の顔になり、

 

「……カナ?」

「”那珂”が嫌だって言うからね」

 

 上姉ちゃんの言葉に顔をしかめて、私を見ると、厳しく彼女は言った。

 

「……私は認めません」

 

 私は”那珂”だ。それ以外ではない、そうだと認めさせたい、そんな意思が見えた。けれど、私は……受け入れられない。”那珂”を。受け入れられなかった。受け入れてもらえなかった。だって、彼女は私の……私の、もうひとりの私に入ったのだから。”私”は、そもそも”那珂”に見放されたのだから。

 

「そ。じゃあどうすんのさ。本名で呼ぶ?それとも”おい”とか”おまえ”とか夫婦っぽく呼んでみるの?仲良しさんだ」

「舐めないでください、川内……いいです、話は起きてからにします」

「はいはい、……おやすみ」

 

 川内お姉ちゃんは寝た。相当頑張って起きていたみたいだから、眠りに入るのも凄く早い。もう寝息を立てている。

 一方で下姉ちゃん、神通は床の間に上がり、額当てを解き、服を脱いで畳むと下着姿のままベッドに上がった。

 サラシだ。……なんだろう、サムライ?それともヤクザ?……そんなことを考えていると、上から衣擦れがする。布団に潜り込んだみたい。そして、声がした。

 

「……提督は起きていらっしゃいますから、行ってきなさい。場所はわかる?」

 

 その声は優しくて、やっぱり私のお姉ちゃんだと思った。それに少し安心する。

 

「うん。晩に上姉ちゃんが教えてくれたから、大丈夫」

「そう。じゃあ、お休みなさい……」

 

 下姉ちゃんもすぐに寝息。

 ……疲れていたみたい。やっぱり夜に戦争をしているんだから、昼よりも気を張ると思う。しかも海の上だ。危ない目に遭ったら、下手するとそのまま沈んでしまう。そして見つからないかもしれない。危険な身の上だ。それは、私もこれから同じになるのだけれど。

 

 私はベッドを静かに出て床の間を降りると、靴を履く。つま先で床を叩いてかかとを入れる、そんなことはしない。手でしっかりと履いた。

 

 静かにドアを開くと、

 

「いってらっしゃい」

 

 下姉ちゃんの声がする。起こしてしまったのかもしれない。けれど、

 

「……行ってきます」

 

 静かな声で、私はそれに応えた。

 部屋を出る。

 

 ●

 

 廊下に出てドアを閉める。

 寒い。建物の中と言っても、やっぱり廊下は寒いものだ。そう思う。

 廊下の窓から外を見ると、そこら中に雪が残っていた。見渡す限り、白い。

 昨晩通った道は除雪されていたから不都合はなかったけれど、それがなきゃ足が更に寒かっただろうと思う。

 司令部の場所は分かる。この窓からも見えているから。

 

 廊下を歩き、階段を静かに降り、一階を静かに通り過ぎる。もしかしたらまだ五十鈴さんがここにいるかもしれないから。会ったらどうしよう、身分を明かすことはないけど彼女はファンらしいから。本人として、どう対応したものか。いや、対応も何も普通に接するだけか。彼女が大音量で何かを流しているときに限り。

 

 玄関のドアを静かに開けて、外に出る。風は相変わらず吹いていた。空は……少し曇り気味だ。もしかするとそのうち降るかもしれない。

 

 外を歩いて、赤レンガの横に長い建物を目指していく。

 その道すがら、私が居た建物の他に、似たような建物がいくつか建っているのが分かった。あれも多分量なんだろうと思う。

 

 司令部の前には雪山にスコップが突き立てられていて、その周りは雪かきしたあとのように少し荒く雪が残っていた。除雪機でやったと思われるここまでの道とは大違いだ。誰がやったのかは知らないけれど、ご苦労さんなことだと思う。

 

 司令部のドアを開けると、

 

「……あら?」

 

 眼鏡を掛けた長い髪の女の人が居た。黒い軍服の。凄くスタイルがいい。……胸以外。いや、モデルみたいと言うべきだ。それにしても眼鏡がものすごい。丸い。厚い。ぐるぐるメガネだ。台無し過ぎて漫画みたい。しかも顔色悪いし。

 でも一応肌は上気していて、この人が雪かきをしていたんだと分かる。しかも終わったばかりみたいだ。まさかこの人が提督ということもないだろうけど。多分使いっ走りの人だろう。……あれ?なんかその特徴は……。いや、とりあえず、挨拶だ。

 

「あの、おはようございます。ここ、司令部ですよね」

 

 私が聞くと、彼女は物腰柔らかく、

 

「あ、はい。そうです。貴女が那珂さんですね?」

 

 私を知っている。私が何者かまで、ちゃんと。やっぱりその名前は私には気持ちが悪くって、表情が暗くなる。

 一応答えはするけれど。

 

「……はい、型名は、そうです」

「……どうしたの?」

 

 私の表情を見咎めて、彼女が聞いてくる。多分、いくら下っ端と言っても……いや、やっぱりこの人が提督だ。下っ端がいたなら提督はそんなに働かない。この人だ。なら知っているはずだ。

 

「その、聞いてませんか。私が、失敗作だって」

 

 失敗作。その言葉に、彼女はなんてことはない、というふうに微笑む。私を安心させてくれる微笑みだ。眼鏡が面白いし。

 

「いえ、聞いています。艦娘の魂とミスマッチを起こした、っていう珍しい例だと」

「はい……そうです」

 

 私が認めると、彼女はもっと笑みを深くして、腕を広げた。

 

「えーっと、ようこそ、大湊鎮守府へ!……本当は警備府ですけどね、あはは」

 

 一人でテンション上げてまた下げて、ちょっと忙しい人だ。なんだろう、ちょっと空回ってる感じがして苦笑いが出てしまう。それに”とりあえず笑ったからよし”と思ったのか、彼女はまた微笑んで、

 

「あ、そうだ。私がここの提督です。まだ中佐の身でペーペーですけれども、よろしくお願いしますね」

 

 やっぱり提督だった。偉そうなよりはいいかもしれないけど、威厳の欠片もない。いやもう、パッと見て全ッ然提督だと思えなくって、お姉ちゃんから聞いてた特徴と合ってなかったら完全に提督の使いっ走り扱いするところだった。というか雪かきくらい部下にやらせようよ。というか手でやる必要ないよ。除雪機あるでしょ。

 言いたいことは色々あるけど、初対面だ。ひとまず、

 

「よろしくお願いします、その、名前は……」

「ええと?」

「”那珂”が、嫌なので、他の呼び名で呼んでほしいんです」

「はぁ。……うーん、すぐには思いつかないので、ちょっと考えさせて……いや、川内さんとは会いましたか?なんて呼んで貰うようにしていますか?」

「あ、お姉ちゃん、じゃない、川内、さんからは”カナ”って」

「お姉ちゃん、でいいですよ。いくら改造されたからって姉妹の縁は大事ですし。しかし、”カナ”ですか。川内さんも安直ですね……」

「それはお姉ちゃん自身も言ってました、あはは」

 

 ひとしきり二人で笑う。乾いてる。あはは。……うーん。

 それで、うーん、あーでもない、こーでもない、と提督が考えて、それが終わると申し訳なさそうに、

 

「ううーん、私もそれより響きがいいのが思いつかないので、”カナ”さんでいいですか?」

「あ、はい。正直好きなように呼んでもらえばいいので。本名と”那珂”以外なら、自由で」

「はぁ。それならいいんですが。……あ、取り急ぎ伝達だけ。貴女はしばらくお姉さん達に預けますので、訓練してもらってください。流石に私も艦娘ではないので訓練については見れないですし……あと、仕事が、ですね」

「あー、それも聞いてます。いつもお忙しいってことも」

「いや、お恥ずかしいです。もう少し要領が良ければ早く終わると思うんですが、どうにも」

 

 頭を掻いて情けなさそうに笑う。苦労してる人なんだなぁ、と凄く憐れみの目で見そうになった。いや、上司だ、というか上官だ。ここで一番えらい人だ。そんな目で見ちゃいけない。ダメだ。尊敬の目で。実際ここの艦娘達は頭が上がらない存在なんだから。

 そんな感じで顔に出ないように考え込んでいると、それもどうやらバレたようで、

 

「あ、何かお悩みがあるようでしたら、私に相談してくださいね。私、そういうのも得意なので」

「えーっと、はい。今度、軽くだけお話させて貰っていいなら」

「分かりました、じゃあ執務室に来てください。こんな寒いところでいつまでも立ち話ってのもなんですからね」

 

 早い。話が早すぎる。忙しいんじゃないの。私の話を聞いている場合じゃないでしょ。だからそれを諌めようと、

 

「あの、提督、お忙しいんじゃ」

「いえ、悩みは待ってくれませんからね。とりあえず触りだけでも今聞かせてもらえますか」

「あ、その、えっと、じゃあ軽くだけ」

 

 困った。意外と強引だ。押しが強い。断りきれなかった。

 

「じゃあ案内しますからついてきてくださいね」

「は、はい」

 

 スタスタと歩いていく彼女の後ろ姿は美しい。後ろで一つに纏めた長い黒髪が麗しい。すごい。後ろ姿だけでも凄い美人さんだ。彼女が眼鏡を取ったら目が灼けそうなくらい美人なんだろうな。眼鏡で隠しきれない顔の良さはもう嫌というほど分かったし。

 そんな姿にちょっと見とれていると足音が聞こえないのに気付いたのか、彼女が振り向く。

 

「あれ?どうかしました?」

「あ、いや、なんでもないです」

 

 危ない。ちゃんとついていかないと。

 

 ●

 

「うわぁ」

 

 入った私の第一声はそれだった。書類が机に上に山積みだ。天井まで届く、とは言わないけれど、ものすごい山だった。これ、全部一人で処理するのか……。そう思うと目の前の人がひどく哀れに見えて、一方で恐ろしくなった。こんなことをして、たった一人でここを支えているのか、と。威厳のなさと裏腹に、本当に偉大な人なんだと理解させられた。それで呆然としていると、

 

「あー、ごめんなさい……散らかってて見苦しいですよね」

 

 そう言ってまた右手で頭を掻く彼女。それに私は慌てて取り繕う。

 

「え、いや、そんなんじゃなくって、ものすごい量をお一人で捌いているんだなぁって、凄いと思って」

「いえ、これくらいは……」

 

 照れ笑いが眼鏡のせいで台無し、というか面白いんだけど、これを取った微笑みを見たら私はメロメロになってしまうんだろうな、と思った。現に昨晩に夕張さんの微笑みにやられかけてたんだし。私、そっちのケがあるのかもしれない。そんなことを思った。

 

 ……しかし、見回してみると栄養ドリンクの空き瓶がポリ袋にどっさりと。それが2つ3つじゃきかない。机の隣には栄養ドリンクのダンボールが……5ケース。書類がその上にまではみ出して乗ってる。これ、そんなに安くないでしょ。そんなんをガブ飲みしてるなら給料どれだけ残るのかな。偉い人さんだけど私よりお金なさそうだ。……なんだか見れば見るほど悲しい人。

 彼女は部屋の隅に置いてある椅子を机の前に持ってくると、私に手招きして着席を勧めてきた。

 それに従い、座る。……書類の山だけれど、こうして目前にすると余計に迫力が凄くなる。

 一方で提督は窓際に置いた冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出して私に渡してくれた。

 

「こんなのしかなくってすみません……」

「あ、いえお構いなく」

 

 こっちが申し訳なくなってくる。これで嫌な人だったらなんとも思わないんだけれど、この人多分……そう、神様みたいにいい人だから受け取らないというのもこの人に悪い、と思わせられてしまう。

 冷たいお茶だけれど、部屋は温かいから、まぁ釣り合いは取れているかな。

 

「あ、飲んでもいいですか」

「どうぞ、そのためのお茶ですし」

「じゃあ失礼します」

 

 キャップをひねって口をつける。

 別に二日酔いにはなってないけれど、朝から何も飲んでなかった。ちょうど喉も乾いていたし。

 そういえば、体臭は……出てないと思う。身だしなみも何もなく出てきてしまったから恥ずかしいし、申し訳ない。指摘はないし、私も今回は何も言わないことにした。仕方ない。

 

 私が中身の三分の一を飲み干すと、彼女は満足した顔になって、話を促してくる。

 

「一応貴女の改造を受け持った大佐から話は通ってます。でも貴女からもお話を聞かせてくださいね」

「……はい」

 

 私は、私の話を始めた。

 

 ●

 

 ひとまず話し終えると、メモを取りながら聞いていた彼女が、

 

「そういえば言い忘れてましたけど、私医師免許持ってて精神医学が専門なんですよ。なので一応診断も出せるんです」

「え」

 

 医者?マジ?こんな不養生の塊みたいな人が?というか軍医ならその、どっかで兵士を診ているのが仕事じゃないのかな。私がまた呆然としていると、

 

「その、私のような軍人がこういう所に回されてきたのは、あの、仕事があるからで……というか治療が必要とか、そういうふうに見られている艦娘の子たちがここ、多いからそれでですね」

「あ、はい」

 

 ……要するに、ここは結構メンタルがヘラってるのが集まってて、それで診れる人間が居たからここに放り込まれた、と。とんだ貧乏くじだ。どうなってるんだろう海軍。医者と提督を一人ずつ置くとか出来なかったのかな。まぁともかく、医者でしかも精神が専門となると先生が言っていたことは本当だったということだ。なるほど、本職となれば確かに詳しい。

 

「とにかく、一発で診断が出せるくらい貴女は典型的エピソードが多かったです。診断も今聞きたいですか?」

「はい、覚悟は……出来てないですけれど、私は私について知る必要があると思いますし」

「分かりました。貴女はおそらく―――――ADHDですね」

 

 ADHD。……なんだろう。聞いたことはあるけれど。

 

「あの、ADHDってなんです?」

「注意欠陥多動性障害のことですね。大佐からの所感と貴女の話を聞く限りでは、そう診断が出せます。注意欠陥というのは、要するに非常に忘れっぽかったり整理整頓が出来なかったりすることで、多動性というのは、まぁ行動力が有り余りすぎてるといえば良いんでしょうか。具体的には落ち着きがなかったりしますね」

 

 まさに私だ。特に注意欠陥という点については。人の力を借りないと整理整頓が出来ない。でも、多動性というのはちょっとよくわからない。

 

「私、そんなに行動力に溢れているほうじゃないかなって思うんですけど」

「そうだと思います。なので、注意欠陥が優勢みたいですね。他にも貴女の集中力の異常な高さもADHDの特徴です。過集中と言う現象なんですが……正直、私にとってはこれが決め手です」

 

 精神科医二人目に当たって、それでようやく分かったってのに、二人目はあっさりとそんな診断を出した。

 ……一人目はヤブだったのかな。でもパニック障害の診断はくれたわけだし、私が話をしないのが悪かったんだろうか。また私が考え込んでいるのを見て、彼女は、

 

「あ、でもこれはお薬で随分緩和が出来るようになってます。大丈夫ですよ。パニック障害ともそこそこ上手く付き合っていけてるみたいですし、それは今まで通り抗不安薬で大丈夫です。……解離性同一性障害、要するに二重人格の疑いについては、ちょっと診断が出せないです。艦娘化についてはあまり分からないんですが、その、見た”もう一人の自分”というのは、ただ精神のあり方を暗示するものである可能性もありますし、直接的にもう一つの人格を示唆するものかどうかはわかりません」

「そう、ですか」

 

 

 診断を聞いて、考える。

 ADHD、パニック障害、それに解離性同一性障害。

 3つ揃ってメンヘラの欲張りセット、とは今のところ明言されなかったけれど、それならどうして”もう一人の自分”がいるんだろう。私がそれのせいにしたいからなんだろうか。思考は止まないけれど、彼女は続ける。

 

「えっと、貴女の場合そうであるともそうでないとも断言が出来ないんです。むしろPTSDを疑うほうが妥当なんですが、そう言った症状は見られません。ただ、殺害されそうになった、ということで急激に人格が分裂した、という線も全くゼロではないので、それが私を断言を避ける理由です。……申し訳ないんですが、こればかりは様子を見てください、としか……」

 

 そこまで言ってもらえれば十分すぎる。あまり踏み込んでこなかった前の医師とは大違いだ。それにしても、これだけ経験がありそうなんだから軍はメンタルがおかしくなるんだろうなぁ……と遠い目をしそうになる。

 

「さて、私からは以上です。質問はあります?」

「いえ……かなりいいお話が聴けたので、良かったです。ありがとうございました、提督……」

 

 しかし、凄い。軍人さんがお医者さんで、しかも提督さん。本当に凄いところに来てしまった。この世の果てって感じよりもよくわからないところって感想が出る。

 私は席を立って、椅子を元あった場所に戻し、

 

「お忙しいところ、本当にありがとうございました。これから、よろしくお願いします」

 

 私は頭を下げる。

 

「いえ、いいんですよ。貴女もここの仲間ですから」

 

 提督は、敬礼で私に返してくれた。そうだ、ここは軍隊だった。私も頭を上げると、その真似をして敬礼する。

 彼女は、それにニッコリと笑ってくれた。

 凄く、綺麗だった。

 

 ●

 

 部屋に戻ると、下姉ちゃんが起きていた。

 服は着ていたけれど、額当ては外していた。多分、戦うときだけ付けているんだと思う。

 正座で本を読んでいた。

 ……上姉ちゃんはベッドのカーテンを閉めて寝ている。寝息がうっすらと聞こえる。多分日が落ちるまで出てこないだろう。

 

 

「おかえりなさい」

「ただいま帰りました、その、神通さん」

「よろしい」

 

 良かった。これでとりあえず機嫌を損ねることはないみたい。

 

「……少し、遅いですけれど。朝食を摂りに行きます。食堂も案内しますから、付いてきてください」

「は、はい」

 

 そう言うと、靴を履いてつかつかと歩いて部屋を出て行く。

 私も入ったばかりでまた出て行く。

 

 そして、廊下を歩きながらおもむろに、

 

「夜にあなたの訓練をします。準備しておきなさい」

 

 マジで?いきなり?

 


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