誤字報告反映。
2017/02/04
川内の吸っている銘柄について加筆。
「アーク・ロイヤル」でも「アーク・ロイヤル・スイート」の方です。
で、ひとしきりスキンシップを取ったあと、
「飲もう」
お姉ちゃんがいきなりそう言ってきた。
「え?」
「いやさ。久々に会うんだし、飲んじゃおうよ」
誘ってくれるのは嬉しいけれど、今はそういう気分じゃない。なにせ、ちょっと切ない気分だから酒で気分を無理に高ぶらせようとしても泣いてしまったり、そのまま嫌なことを思い出してパニックを起こしたりしそうだからだ。
「ごめん、ちょっとそんな気分じゃないかな」
「ちぇ。じゃあタバコでも吸いに行こっか。ここ禁煙だからさ。臭うと神通が怒るんだよね。あの子相変わらずカタブツだからさ」
「うん、それなら」
私の返事を聞いて、あぐらで座っていたお姉ちゃんはぽんと膝を打つ。
『よし』と言うと立ち上がり、
「吸える所行くついでに皆に顔見世しよう。行くよ。えーと、―――――那珂、は嫌?」
やっぱり、お姉ちゃんは本当に人の機微に気がつく。確かに、私は”那珂”が嫌だ。”那珂”になりたくないから。呼ばれると本当にそれになってしまいそうだから。でも、私は本当の名前も捨ててしまいたい。それで、
「それと本名以外なら、なんでもいいよ。お姉ちゃんの好きな呼び方がいいな」
そう言うと、お姉ちゃんは濃い黒のレンズ越しにも分かるくらい目を細めて、にっかりと笑って、
「んー、安直でなんだけど、カナちゃんでいいんじゃない?那珂じゃなきゃいいならさ」
「お姉ちゃんからは、うん、カナでいいよ。他の人はまた別の呼び方するかもしれないけれど」
「うんうん、それでいい。んじゃ、吸いに行こっか!」
そう言って、お姉ちゃんは部屋の隅のタンスを開けてタバコを二箱取り出し、そのうち一つを私に投げて渡す。
今はジョーカーじゃなくって、アーク・ロイヤル・スイートらしい。甘いタバコが好きなのは変わらないみたい。ジョーカーが一度廃盤になったのを機に乗り換えたのかな。それにパッケージが船長の絵だから、海軍っぽくていいのかも。私がそれをキャッチしたのを見ると、ニヤッと笑い、床の間を降りて靴を履いた。私もそれを追う。
ドアを開けて私に出るのを促し、電気を消すと出て来た。
「電気も消さないと神通がうるさいんだよねぇ。どうせわかんないだろうに、なんかカマかけてくるんだよね。しかも何故かバレちゃうんだよねー」
「下姉ちゃんも相変わらずだね……」
「そうそう、少しはこっちで落ち着くと思ったんだけど。じゃ、起きてそうなやつらの部屋はーっと」
豆電球だけが灯る薄暗い廊下を、お姉ちゃんはサングラスを外して歩いて行く。
蛍光灯の下でも目が眩んでしまう彼女だけれど、暗いところとなれば話は全く逆。まるで昼を歩くような危なげない足取りでスタスタと前に進んでいく。私はさっきから明るいところにいたから目が慣れていない。
そして、
「ん、電気点いてるな」
廊下に並ぶドアの1つ、その下から明かりが漏れているのを目ざとく見つけた姉は、
4回ドアをノックした。
「ノックしてもしもーし、川内だよー、起きてるよねー」
すると、
「はいはーい、起きてますよー、入ってどうぞー」
「ほいほい、んっじゃ失礼―。ほらカナ、来な」
お姉ちゃんがサングラスをもう一度掛けながら、左手で私を手招く。
「う、うん」
それに付いていく私。
そして、ドアを開いて、お姉ちゃんが一歩入った。
そこに居たのは、緑っぽい髪をポニーテールにした女の人。床の間で――部屋の作りはどこも同じらしい――座布団を上半身あたりに二枚並べて敷いて、左肘を着いて寝そべり本を読んでいる。服は寝間着、オレンジ色のパジャマだ。
その人がこっちを向いて
「あ、二人なの?で、その子は……ああ、話に聞いてた妹?そういやさっきゴソゴソしてたね、”搬入”されてたんだ」
「そそ。とりあえず仮名としてカナって呼んであげて。他にアイデアあるならそれもいいってさ」
「なにそれ。まぁいいや、ウチら不良品部隊だし、名前がアレなくらいで別に誰も文句言わないわよ」
「そりゃありがたいよ。カナ、入ってきな」
「うん」
お姉ちゃんが更に入るのに合わせて、私も部屋に入る。
寝そべってる人は私をじっと見て、
「な、なんです、か」
「いやね、川内さんと神通さんも似てるけど、アナタも似てるなって。そっか、型は”那珂”か」
「は、はい、一応」
”那珂”。それがいやで、私は俯いてしまう。そこにお姉ちゃんが口を挟んでくれて、
「そうだけど、その呼び名は嫌だってさ。他の面子帰ってきたら教えといてよ」
「はいはい、大北の二人に言っても拡散はしてくれなさそうだから、私から皆に言っとくわね」
「んじゃ、私この子の顔見せに回ってくるから。遅くに邪魔したね」
「いーのいーの、明日も明後日もお休みなんだしね。んじゃね、良い夜を。あ、そうだ。私は夕張。夕張シリーズタイプ1、ってかまぁ、1つしか無いんだけどね。じゃねー」
右手をふらふらと振って私達を送り出すと、すぐにまた本に視線を戻していた。
……私が来るって話は伝わってたみたいだ。歓迎ムードではないけど、拒否反応もない。私としてはむしろ悪くないファーストコンタクトだった。
と思ってお姉ちゃんについて部屋を出ようとすると、
「あ、言い忘れてた。私ビアンだけど気にしないでねー」
「へ?……あ、はい」
思わず振り向いてしまったけど、夕張さんは本に視線を落としたままだ。びっくりしたのがバレてなさそうで良かった。そこで、私は挨拶が片手落ちだと思って、
「あの、夕張、さん。これからよろしくおねがいします……」
「ん?あー、よろしくね」
一度視線を上げてニカッと笑った彼女に、少しドキッとしてしまった。小悪魔的というか、なんというか。人をタラす感じの笑みだ。そこまで分かってるのに、なんだかときめいてしまう。私の顔が少し赤らんだのを目ざとく見つけた彼女は、
「―――――ん、惚れてもいいよ?」
そんな甘い言葉に、私はちょっと、えっと、私は、ノーマルなはずで、いやでも子供産むつもりないし別に女同士でも―――――
「人の妹に手出すなバカ」
「ちぇー」
お姉ちゃんの声で正気に戻る。ヤバい。百合の扉を開くところだった。理解はあるけど沼にハマるところだった。危ない危ない。これが本物のビアンか。ファッションレズとはまるで違う。女が女を誑し込むってのはこういうことなんだろうか。危ない。この人は危ない人だ。……出来る限り近寄るのはやめよう。
「行くよ、カナ」
「あ、はい、じゃあお休みなさい……」
「はい、おやすみー」
●
寒々しく暗い廊下に出ると、顔が熱いのが分かった。手を頬に当てると温かい。
そんな様子を見たお姉ちゃんが、
「あいつフリーの女ならノンケでも食っちゃう奴だから。気をしっかり持ちなよ」
「え」
「ああやって同意に持ち込んで他の基地で大暴れ。そこの提督が気がついた時にはハーレムが出来ちゃってたからここに飛ばされたってさ。居なくなったあと佐世保はしばらく大騒ぎよ」
「マジなの」
「マジ」
「うわ。気をつけます」
私が戦々恐々としながら頷くと、お姉ちゃんも頷いて、
「よろしい。私はジゴロみたいな口説きは元々嫌いだし、早々に振って諦めてもらった。んじゃ、他の部屋はーっと」
サングラスを取ると、また廊下をスタスタ歩いて行く。
やっぱりお姉ちゃんは強い人だ。
●
ここは二階だった。階段があったので、手すりをしっかり掴みながら降りていく。一方お姉ちゃんは全く危なげなしにトントンと降りていく。光に弱い代わりに闇には強いのがお姉ちゃん。アルビノだから夜目が効くってわけじゃなくって、暗いところに単純に慣れているのだ。サングラスを外すのは流石に見にくいから。
アルビノの例に漏れず目はそこまで良くないんだけれど、自動車の運転が出来るくらいの視力が出ているのは奇跡的なことなんだそうだ。サングラスにも度が入っているけれど、普通の近眼レンズだった。ちなみに私は何故か目が悪くならない。ずっと2.0をマークしている。もしかするとそれ以上あるかもしれない。
そうやって降りて下の階に着く。下への階段はないから、ここは2階建てらしい。最後の段を降りたとき、お姉ちゃんは口の前に右の人差し指を立てた。静かに、のサインだ。何故だろう。そりゃあ深夜だから静かにするのは当然だけれど。
一階の廊下を歩いて行く。お姉ちゃんはさっきのサインの通り、足音控えめだ。
この階は電気が着いていないから、通り過ぎてそのまま外へ出た。扉を開けるときも音があまり立たないように気を遣っている。
そうして、私達はそこらじゅうに雪が残った開けた場所に出た。
風が海から吹き付けて、足が震えた。寒い。
お姉ちゃんは慣れているのか、全然堪えた様子はない。スタスタと前に歩いて行く。着いていく。
周りには外灯がポツポツと立っていて、オレンジ色が温かい感じだった。まぁ、だからってこの寒さが和らぐこともないけれど。
「今日も大湊は冷えるねぇ」
歩きながらお姉ちゃんが言う。私は、少し早足で隣に並んで、
「いつもこんな感じ?」
「うん、まぁ。風が吹いてなきゃあ、慣れるもんだけど。今日は風がキツイから慣れでもどうにもなんないなー。寒い」
「そうだね」
会話はそれだけ。目の前に、倉庫のような建物が見えてきた。鉄骨とトタン板で出来ていて、サビのせいかボロに見える。回る換気扇からは光が見えていて、そこが今も動いていることが分かった。
「あそこが工廠。明石ってのが詰めてるんだけど、明日休みだからってちょっと仕事を詰めてるみたいだね。あ、耳聞こえないからそこ気をつけてね。唇も読めるけどさ」
「へぇ。そういう人もいるんだ」
「あのおっさん、先生から聞いてるでしょ。私も神通も失敗作、んで明石も不良品。ここ大湊鎮守府、もとい警備府は、不良品の吹き溜まりってわけ。あんたも……なんか、那珂とミスマッチしたのと父さんの思惑でここに来ちゃったわけ。不良品仲間さ。みんなね」
「そっか」
そういう人もいる。それはそのまま返って私にも向けられる言葉なんだ。それを噛み締めた。そうして少し俯いていると、お姉ちゃんが突然振り向いて、とある方向を指差した。
「あれ、司令部。あそこで提督が仕事して、今はもう住んでるんだけど……」
お姉ちゃんが目を凝らす。どうしたんだろう、と思ってそれを見ていると、
「……電気、点いてるな。カナ、分かる?」
「いや、全然分かんない……あれ、ちょっとなんか、明るい?」
「お、分かる?流石。……提督、まだ仕事してる。提督は明日も仕事なのに、ってかもう今日か。いつか過労死で死んじゃうっての……」
「え、ここそんなブラックなの?」
思わずそんなことを聞いてしまったけれど、姉は深刻な顔で、
「いや、それならまだいいんだよ。私ら軍人だから常在戦場の心構えとか、そういうのがある。いや、提督も軍人だけどさ。けれど、陸の上で非戦闘員が実践する心構えじゃない。だって今提督がやってることって、事務仕事とか雑用係とか、それとカウンセラー役なんだ。仕事多すぎ。……暇なやつに仕事を振ってやってもいいと思うんだけどね」
「……なんか、ここってすごいところだね」
「私達は楽だよ。戦ってればいい。それだけ。休みも多い。けれど、提督がその分のしわ寄せを全部引き受けてる。……話の分かるほうなんだけど、こればっかりは聞いてくれない。もっと休め、もっとこっちに仕事を寄越せって言ってるのにね」
それを教えてくれたお姉ちゃんは、下士官の顔をしていると思った。そして、不満持つ労働者。一人の軍人として、部下として、上司を気遣う姿だ。
私はそれに、何も言えなかった。
「……いつかは音を上げて反省してくれると思うけどね。そう思いたい。―――――さて、工廠行くよ。明石が工廠の外に吸殻入れ出してくれてるからさ。ちょっと様子見て暇そうだったら挨拶しようか」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
会話はそこでまた終わり。
ジャリジャリとした砂のような氷を踏みしめて、私達は歩く。
そして、トタンの壁、チープな引き戸の前に立った。その戸のガラスから、お姉ちゃんが中の様子を伺う。サングラスを掛けて。
「……うーん、ちょっと忙しい、のかな?挨拶は朝に行ってきな。私は寝てるけど神通が着いてくれるでしょ。さて、吸うか吸うか」
「うん」
そう言って、お姉ちゃんは箱からライターとタバコを一本取り出して、火を点けた。ターボライターだ。こんな風の強いところだから、着火性がいいものを選んだんだろう。私にそれを渡してくれる。
私も一本取り出して咥え、着火。……甘い。ショッポのようなまさにタバコって感じの味じゃなく、フレーバードの味だ。嫌いじゃない。高校生の頃に吸わせてもらったジョーカーを思い出す。
煙を飲み込んで、吐き出す。息が白いのか煙が白いのかわかったもんじゃない。けど、満足感があった。
そういえば聞きたいことがあったのを忘れていた。それを聞く。
「お姉ちゃん」
「……ん?」
煙を吐き終わると、私の方を向く。
「さっきさ、一階に降りたとき静かにしたのはなんで?」
「あー……それはだ、一階には五十鈴っていうのがいて、他人が立てる物音がどうしてもダメなんだよ」
「ふーん……」
「一応耳栓入れて寝てるはずなんだけど、念には念を入れてね、それで静かにしてもらったんだ」
「なるほど、私も気をつけるね」
「うん。話し声もダメなんだけど、テレビの音とかは大丈夫らしいから、あいつがテレビ大音量で流してたら話しかけて良いサインだと思いなよ。バックの音があれば大丈夫らしいから。……あ、そうだ!あいつあんたらのCD持ってたよ」
「え、本当」
「本当。だって機嫌がいいしコンポで音流してたから何聞いてるのかと思ったらアンタのCDだったよ。『ドラムの音が凄まじくって気分が落ち着くわ』だなんて言ってた。やるじゃん、我が妹!」
そう言うと、お姉ちゃんは頭をわしわしと撫でてくれた。そうか、こんなところにファンが。なんだかくすぐったい気分だ。その本人が私なんだから。どうしよう、ファンと聞くとなんだかサービスしたくなってきた。
「じゃあサインでも書く?」
「あー、そうだね。その筋から手に入れてきたー、なんて言えばいいんじゃないかな。出来立てほやほやのをさ、にひひ」
そうしていると、沖の方で何かが光るのが見えた。そして数秒後、小さな弾けるような音。
光の色は燃えた色。弾けて、すぐに消えていった。それが、いくつか並んでいる。
視線を横に動かせば、そこにも光があった。同じように数秒遅れて低い炸裂音。
そうだ、私は、戦争をしに来たんだ。望んだわけじゃないけれど、覚悟を決めて。
「お姉ちゃん」
呼びかけると、すぐに察して答えてくれた。
「うん。あそこに、神通がいる。大井、北上はそれと離れてる。ほら、二箇所でドンパチやってるのは分かるよね」
「うん。―――――戦争なんだね」
「そうだよ。あんたもそこに行く」
お姉ちゃんの声の響きはただただ厳粛なものだった。
いきなり、右から肩を抱いてくれた。
「私が守るなんて、そんな甘っちょろいことは言ってやれない。けど、あんたは凄い子だからさ。きっと死にはしないよ。強くなる。それこそ、私らよりずっとね」
「そんなこと」
「いーや。あんたはよく覚えてないかもしれないけどさ、本当の本当に追い詰めたあんたには私達は一回も勝ててないんだ」
そう言うと、一回咥えたタバコを蒸す。溜息のように。少し濃い煙が私の視界を右から左へ横切って行った。
続ける。
「追い詰められると、あんたはこの上なく強い。不幸なことに。いや、不幸中の幸いかな。何にせよ、ここはあんたを追い詰めるだろうね。でも、それはいいことなんだ。厳しいけれど、それはあんたにとっては生存への道なんだから」
「……うん」
言い聞かせるように、優しくそう言ってくれる。お姉ちゃんは、いつも私を甘えさせてくれる。そして、背中を少しだけ押してくれる。大きい人、強い人、本当にそう思う。
でも何故かお姉ちゃんがタバコをむやみに蒸かし始めた。少しうなりながら、空を見て。
で、
「……私、ブラック企業のいい人役みたいなこと言ってる?」
……あ。
「多分、わりと。勤めたことないけど」
「……マジだなぁ。あーあ、なんか自分で醒めちゃった。いや、そんなつもりはないんだけどね。とりあえず言いたいのは、私はあんたを厳し目にしごくってことかな!まぁ覚悟しときなよ!」
そうテンション高めに言うと、お姉ちゃんは私の背中をバンバン叩いた。ちょっと痛いけど、懐かしい。
「はぁい」
私は、そう言って苦笑いした。
一緒にお姉ちゃんも笑うと、
「で、飲む気分になった?」
マジで?
でもさっきよりは気分も明るいし、飲んでもそんなにダウナーに傾くってことはなさそう。だから、
「うん、お付き合いさせていただきます」
お姉ちゃんは私の答えに大きく頷いて、ニカッと笑う。
「オッケー。んじゃ鳳翔さんとこ行くか。ここの敷地内で居酒屋やらせてくれって言い出した人でさ、提督をえげつなく言いくるめてなんだかんだ建てさせちゃったんだよね」
それはまた、なんというか、その、えげつない人がいたもんだ。怖そう。メッチャクチャ怖そう。
てかそれ以上に、
「ここの提督さん、聞いただけだけど、奴隷っぽくない?」
いいところに気がついた、と言いたそうな顔でお姉ちゃんは、
「お、奴隷と来たか。違いない。そろそろ管理職にキャリアアップしてもいいころだけどねぇ」
「もう管理職でしょうに」
「私らを管理出来てないんだから名乗るにゃ早いね。あんだけ仕事出来るんだからもう少し楽してもバチは当たんないと思うよ……さて、行くか」
短くなったタバコを吸殻入れに入れて、お姉ちゃんは工廠を離れ始めた。私もそれに続いて吸い殻を捨てて行く。……吸殻入れの中身は殆ど空っぽだった。お姉ちゃんがそんなに吸わないってわけじゃないと思うから、ここの主様が片付けてくれるんだろう。ありがたいことだ。朝になったら挨拶ついでにお礼も言おう。
●
で、そこからはちょっとヤバかった。
鳳翔という女将さんが営業している居酒屋に行った。古式ゆかしい居酒屋って感じの居酒屋だった。何度かお姉ちゃんと地元の居酒屋に行ったことがあるけど、そんな感じ。
彼女はほぼ引退状態だけど艦娘で、物腰は柔らかいのに何故か出てくる言葉の端々がナチュラルに外道。あと、お通しのおでんが美味しかった。
そして、呑んだ。
黙々と呑んだ。
呑みに呑んだ。
呑まれるどころか呑みに呑んで更に呑み干してまだ足りないとばかりにまだ呑んだ。
割とテンション低めで。こう見えて私達は静かに呑むのが好きなのだ。というか静かじゃないと下姉ちゃんがうるさい。静かにしろ。
そして私達は超絶的なザルだ。ちょっとやそっとじゃやられない。バンドで呑みに行ったときも私が全員の世話役になった。やわな奴らめと思ったけど私が異常なんだ。それはそのうち分かった。
お姉ちゃんはすぐ酔うけど、潰れるまで行くとなるとものすごい量がいる。
私はその逆で、突然酔っ払い出す。そこまで行くのにやっぱりかなり呑まなきゃいけない。そして潰れない。
ちなみに下姉ちゃん、今は”神通”らしいけど、そっちは更に凄かった。
飲みが始まると一升瓶がすぐ消える。まるで水のように呑んでいくから。50度の焼酎を、日本酒をチェイサーにしてガバガバ呑んでいくのだ。ありえない。何を考えているんだろう。でも味は分かるらしい。まずくても酒なら何でも飲むけど。選り好みしろ。
もっとヤバいのはほとんどテンションが変わらないことだ。卒業祝いの会ではついにへべれけに酔っ払ったのを見れたけど、気を張れば元通り、超堅物の再完成だった。というかいつも以上に厳しい。酒を呑むこと以外の自制や他人へのしつけはもっともっと厳しくなった。面倒だ。というかつまみを食え。『太ります』じゃない。そういうことじゃない。
ちなみにお姉ちゃんは40度以上の酒全般なら何でも。ビールをチェイサーにして飲む。
私はビールが好き。それと甘い系のウイスキーも嗜む。度数高め嗜好なのはお姉ちゃんの影響だ。で、安酒が好きだからヒゲのおじさんとかが最高に好みだったりする。ビールはアルコール高めが好き。
で、そんなんだから”居酒屋鳳翔”は荒れた。酒の在庫が吹っ飛んだのだ。私達の金と一緒に。ははは。
先に来て呑んでいた伊勢さんと日向さんという戦艦の人が途中でビールを追加しようとしたら、私達が既にすっからかんにしていた。ウイスキーは安酒ラインナップが消し飛んでハイプライスのものばっかりでふたりとも頼み難そうになった。よく考えなくてもファーストコンタクト最悪だ。”またアルコールバカが増えた”って顔してた。分かるよ。そこまでバカじゃない。
そして結局潰れなかった私達は二人で肩組んで仲良しこよし、寮に帰った。夜が明ける前に。
呑んでも最強。
呑みでも最強。