女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2019/04/08
今回は加筆ではないです。但し書きですね。
今更ですが、この世界の日本は”自衛隊”ではなく”軍”の名で軍事力を保有しています。
憲法も微妙に異なることになりますね。
なので故・三島由紀夫氏の演説内容や糾弾の対象も微妙に異なるはずです。


i was musician

 麻酔が覚めると、私は知らない天井を眺めていた。

 白い天井、そして酸素マスクの着いた口許と鼻頭だ。

 周りを見ると、たくさんの機械が私につながっていることが分かった。数える。

 4つだ。どれも似たような箱型。それに何か、タンクのようなものがくっついていて鼓動している。静かに。

 首を少しだけ動かして体を見る。あまり動かせない。何かが繋がっているから。管だ。

 どこにも私が自由にできる場所はない。

 腹に管、首に管。股関節近くにも、鎖骨の下にも。

 

 また、縛られた。でも、なんとなく安心した。これから私、何かの実験でもされるのかな。

 新しい治療法の人体実験、私はそのための体のいいモルモット。いいね、いい人生だった。

 それで何か人類を一人より多く救えるとすれば、私の罪も洗い流されるのかもしれない。

 

 それが違うなら、もしかして改造かな。

 白いベッドに横たわる一つの人類。

 確かに、ライダーみたいな。マッド・サイエンティストに体を弄ばれて、人間扱いされなくなるのかな。

 それも一種の実験動物か、いいじゃない。

 人殺しになって、ヒトデナシになって、それで人らしく生きようなんて、フェアじゃない。私はあの子を殺した。報いが欲しかった。その場で警官に撃たれて死ねば話は早かった。

 

 違う。

 

 ……情けない。結局私が耐えられなかっただけだ。

 人間として裁きを受けるべきだったのに、それから逃げた。逃げて、人間じゃなくなって死にたいと。

 例え法廷を耐え抜いて、実刑が降りなかった所で、私が人を殺してしまったということ、それは変わらない真実のまま。

 私は殺人者だ。

 あたら若い命をこの我が手で散らせてしまったという、そのことが恐ろしくて、苦しい。

 あの子の命を奪ってしまった。あの子が私を殺しに来て、その結果としてこうなったのだとしても。

 私は、私が恨めしいし、耐えきれない。

 ……今更産むつもりなんてないけれど、私が孕む子は、腹の中で私を憎むだろうか。弾劾して蹴り暴れるのだろうか。

 帳尻合わせに、あの子の代わりに自分を産むのか、って。

 そのために、この苦の世界に生み出されるのか、って。

 

 ……もし、あの子が私を殺せたら、どうしたんだろう……。まだ気がかり。

 頭の片隅で、一つの疑問が残った。もう二度と聞くことの出来ない答えだけれども。

 考える時間はたくさんある。あの子を悼むための時間は。

 これからどうなるか分からないけれど、死ぬまでやるべきことはそれだから。

 例え、それがすぐ終わるとしても。どこまで背負い続けるか分からないけれど。

 

 体中が熱い。

 それに、どこもかしこも、むず痒いような、刺すように痛いような。肌も、肉も、五臓六腑も。月一の痛みよりは……マシかもしれない。あっちの方が死ぬほど痛い。というか何度か倒れた。ユニット活動が始まってから。

 最悪なのが、起きたら始まってた時。しかも2日も動けなくなった。痛み止めを手に取ろうにも床を出ることすらままならない。だから、その時は痛みが落ち着くと同時に布団まるごとを捨てることになった。……痛い出費だった。

 そんな地獄の痛みよりはマシだけど、これは全身で起きている。苦しみ悶えることは、何故か出来ない。動揺は筋肉には伝わらず、心臓は怯えに震えず、呼吸は平然として。まるで心と体が乖離している。いや、心もまたどこか宙に浮いているような。痛みをこんな他人事で眺めているのだから。

 

 しかし、一晩でここまで派手に繋がれてしまったんだろうか。今はいつなんだろう。それに、ここは何処だって言うんだろう。

 

 そう考えていると、音が聞こえた。重い引き戸が開く音。ローラーが鈍く回転する独特の。

 視線を左に遣る。そこには白衣の男が居た。

 なんというか、巌のような男だった。

 ただあまり背は高くない。私とそこまで変わらないと思う。

 髪はなく、剃り上げられて禿頭。長面に高い鼻。眉はやたらに太く整えられ、目はクワッとしているが一重。パチッと、と言うにはあまりの迫力だ。全体的に彫りの深い顔立ちだ。

 ……まるで絵に見た達磨大師。髭がない以外は。なで肩で、上背がないのが更にその気配を強めていた。

 瞳の輝きは鈍く、しかし独特の眼光を放っている。まるで修験者。私はそう思った。

 そんな男は私に近づいてくると、こう言った。

 

「きみは凡そ艦娘になるには相応しくないだろうと思われる」

 

 いきなり、そんな事を言い出した。

 艦娘に、ふさわしく、ない?

 艦娘は、艦娘じゃないのか?

 きみ、つまり私が、艦娘になる?なんだ、それは。聞いたことが無い。意味がわからない。

 海の守り神、艦娘はそもそも人間じゃないのでは。

 海からやってきて、海で戦う、謎の存在。そのはずでは。

 私は色々と口答えしようと半開きだった口から言葉を発せようとするが、

 

「……ぐぁ!」

 

 叫ぶと、酸素マスクが白く曇った。

 痛みが体中に電流のように駆けていく。刺すようだったそれは波となって、髄の至る所に染んでいった。

 まるで掻き毟りだ。脂汗が額、胸元、首筋を這う。それすらも刺すように痛い。

 同時に、起きていたと思っていた私は未だ起きていなくて、今こそ痛みに呻く自分こそ、本当に目覚めた自分だと気付いた。

 私は痛みに慣れるまで、息を荒げて痙攣していた。

 

「深呼吸でもしていたまえ」

 

 他人事だと思いやがって。

 

 ●

 

 ……痛みに慣れてきた。マスクから流れてくる潤沢な酸素に肺が浸っている。ならば、確かに深呼吸は有効だった。無駄にゼーハーすると余計に体が緊張するのは分かっていたが、深い呼吸をゆっくり繰り返すだけでここまで変わるとは思わなかった。

 ようやくまた口を開けるようになる。

 

「かん、むす」

 

 酸素マスク越しの声は、たしかに男に届いた。

 

「そうだ、君は艦娘への改造を受けている中途である。体細胞の遺伝子を編集し、艤装に適合させる。痛みは有るだろうが当然のこと。君のありとあらゆる体細胞は現在急激に代謝している。全細胞が入れ替わるまで待つことだ」

「こ、むずかしい、ことを」

「君に学がないだけのことである。そこで他人に責があると主張するのは、所謂莫迦という。無知、蒙昧、他に言葉は必要であるか」

「う、るさい」

 

 それにしてもベラベラと早口で喋る男だ。沈黙は金で雄弁は銀、そして多弁はクズだと思う。この男、絶対モテないだろうな。背は低いしエラソーだ。無口の不思議キャラである私はあんなに男女問わずモテたのに。……みんなストーカーだったけど。挙句そのうち一人は、私が殺すことになって。

 

 でも、これで私は人間を止めることになるのか。艦娘になって。不思議だ。自分がそうなるって思うと。だって、あの人達は人間じゃないと思ってたんだから。

 私が安堵すると、その表情に目をつけた男は鼻を鳴らし、

 

「国家安寧の礎たる覚悟の欠けた、そもそも全く自覚の無い女はこれで二人目だ。君はそのなかでもとりわけ死にたがりでここに来たのであるからして、やはり相応しくないとワタクシは考える。一人目は妹可愛さにねじ込んできた同僚の頼み、そして君は我々海軍中将直々の頼みと。一人目は壮健でやっているようで何よりであるが、しかし未だ感心できん豪遊ぶりだ。君はどうかね死にたがり殿。いくら中将の娘と言えど一切手加減は有り得ん、痛みに覚悟せよ」

 

 話、長い。本当に長い。

 

「ぐ、だ、ぐだ、うるさい」

「口答えする元気がそこまで有るならば宜しい。全くもって業腹ではあるものの、君の艦娘適性そのものは常軌を逸して高い。君の姉らとも遜色ないどころか、それを凌駕して余りある。これで愛国心が伴っておれば私の意欲も充実万端となろうに」

「……ん、え?」

 

 今、なんて、言った。今、姉と言った。姉ら、と言った。この男は。まさか、姉達は。

 

「おねえ、ちゃん、んが」

「君の姉二人は艦娘へと改造を受けた。あの二人から一応君への言い訳をどうしたかは聞き及んでいる。“海軍の長期極秘任務”、なるほどなるほど、確かに物は言いようである」

「そ、んな」

「全く。失敗作を作ってしまったばかりに君という欠格品までもが私の手許に回るとは。やはり天とお上は、甚だ私に恨みがあるらしい」

 

 失敗作?姉の2人が?どういうことだ。あんな、優秀な姉達が、そんなことを言われる理はない。

 

 長姉はアルビノというハンデこそあったけれど、私より頭も要領も良く、神経も太かった。品行方正ではなかったし、夜によく出歩いては毒々しい痣をこさえて帰ってきたけれど。後から人づてに聞けば、夜のならず者が随分減ったと言う。きっと姉は夜の世界のヒーローだったのだ。そう信じている。それに私の部屋の掃除もしてくれてしまったし、面倒くさがりなようで世話好きなのだ。夜更かしの達人で、こっそり映画館のレイト・ショーにも連れて行ってくれたり、軍学校のたまの休暇で帰ってきた時には深夜のドライブも一緒に楽しんだ。次姉も渋々ついてきて、結局車内で寝ていたけど。とにかく、私によく甘えさせてくれた。煙草も教えてくれた。ジョーカーを吸っていて、黒いパッケージ、黒い葉が良く似合って格好良かった。

 そんな姉が、どうして失敗作だなんて。

 

 次姉にしても凄い。彼女は精神力に関しては余人の追随を許さなかったし、我慢比べをしてみれば、私はまぁともかく、長姉にすら影を踏ませないほどだった。地域の祭りの我慢大会、姉妹で入ったサウナ競争、滝行、座禅、正座、何から何まで、根性勝負ならば最強なのだ。それに努力家で、海軍軍学校は主席で出たのだ。彼女が主席の証書を持って凱旋した日。いつだって謙虚でストイックだった姉の、誇らしげな笑み。私はあれを忘れることはない。一族皆で集まり、姉の上出来をお祝いした。酒に酔っても居住まいの乱れない姉にやはり皆感激しきりだった。祝の〆に演説する姉の姿、涙を流しながらも乱れぬ声で礼を告げる姉の姿は、この世で最も美しいと思った。そうだ。長姉もそうだけれど、次姉は私達の一族でも最大の誇りだったのだ。そう。私が最も恐れる姉は、立派な人だ。どこに出しても恥ずかしくない、世界水準で自慢の姉だ。

 そんな彼女を、どうして失敗作だなんて。

 大好きな姉達が、失敗作だなんて。

 そんな。そんな馬鹿な話があるものか。怒りに染まって私は、痛みを超えて、

 

「おねえ、ちゃん、たち、を、しっぱい、さく、て、よぶ、な!……ぁぐっ」

 

 怒鳴る。同時に体はこわばり、痛みが鋭く伝達。呻く。喉が灼けるように痛い。

 激しく鼻呼吸。豚のようでみっともない。私が言うと豚に失礼だけど。ヒトデナシよりはおエライはず。

 

「姉妹愛は実に結構であるが、事実である。彼女達は失敗作だ。無論、現在の君と同じく改造を行った。ワタクシがだ。慚愧に堪えぬ」

 

 その声は姉達を侮るものではない。平坦で傲岸な声であるけれど、そこには少し違う色が入っていた。ほんの少しだけ、声が震えている。未だ変わらぬ仏頂面では有るが、そこには怒りが有った。確かに、何かに対して怒らずにはいられないような顔をしているけれど。

 男は続ける。

 

「色素欠乏。強迫観念。そういった諸々も纏めて、艦娘として均一化、結果的に治療できるかと思われたのだが。やはり、どうにもならんことはあるものかと。甚だ歯痒いばかりである」

 

 ……そんな、目論見があったのか。

 そこに、男の誇りを見た気がする。

 

 きっと“改造”っていうのは、この人にとって希望に溢れた何かだったのだと思う。

 人体を改良し、精神を強化し、超人の域に至らしめる魔法。

 歩けぬものなら足をやろう、指がないならば指を差し上げよう、弱い心には活をくれようぞ。

 人間のステージを上げる、そんな奇跡。

 それが艦娘というものと、彼は考えていたのだと思う。

 聖人のようで、哲人のようで、けれどただの人としてのエゴ、そして純粋な慈しみがあった。

 やっぱり女にはモテなさそうだけど。私は両方にモテたぞ。……もういいやモテるモテないは。

 

 で、人を治すということに気魂を燃やす人間ということならこの男は、

 

「あ、なたは、いしゃ?」

「いかにも。海軍軍医大佐である」

 

 そうか。彼は、医者か。彼は多分、天命を帯びて生まれてきたと、誇りを持っているのだ。

 その割にはどこか、小説家のような気難しさでたっぷりなんだけれど。名医ってもうちょっと、こう。変わり者でも浮世離れ系のような。どっちかというとこの男は文豪みたいな印象。かくいう私が文系だから。

 

「医者、っぽくない、ですね」

「失敬な女であるな。先に述べたが君にしたところで国家の生きた盾たる艦娘には不似合いだ。君にはドラマティックな死に様、英雄のそれではなく、畳の上で死ぬような平凡な小市民としての生がお似合いと思われるが如何なものか。かく言うワタクシも畳の上で死ぬ所存である」

「な、んですか、それ」

「ワタクシの心得である。君は――――――ふむ、音楽家であったようだが……やはり畳の上で亡くなられるがいい。自殺や事故、殺人などで死ぬ器ではないと私は考える。それほど売れたものでもなかろう、ジョン・レノンを気取るには遥かに足りぬ」

 

 おい。

 

「失礼、な、こと言うな」

「事実であろう」

 

 売れてないって、売れたよ。まぁそこそこ売れたけどペーペーのサラリーマンと大して変わらない感じの収入だよ。でもこの道でそれくらい収入を得られるのがどれだけ希少なのか、わかってるのかなこの人。医者って金持ちだし、分かんないかな。頭が良い人はこれだから。

 私がそれに抗議の目線を送るも、彼は鼻を一度鳴らすと視線を逸し、

 

「しかし、ここに来て死にたいなどと吐かす軟弱な女がここに回されるとは。かつての君の姉らとは大違いである。……そんなに入隊の自己紹介で“どうも、三島由紀夫です”と言ったのが気に食わないのだろうか」

「ぷっ、くふふ――――」

「いや、そうであろうな。歳を召された将官殿らにお目にかかる度、この冗談を差し上げたが……それで目を付けられるというのもなかなかに面白いものでは有る。―――――何を笑っておる君は」

「―――ふ、ぐぁあ゛!」

 

 思わず吹き出して、痛みを余計に増させてしまった。体が震えて全身に響く。

 あー、いや、たしかに特徴はそういう感じだ。それで余計に小説家っぽいと思ったのか。

 こっちを見る一重の大きな目、鼻が高くてしかも筋肉質、ついでに背が低い。さらに本人自身が言ってしまおうものなら何をか言わんや。ああいやなんか違うけど、言われてみれば相当似ている。……三島、あの人は政府からしたら政治的タブーだもん。……この軍医も大した度胸だ。しかし三島も本が発禁にならないだけ本当に良かったと思う。ファンだし。そう思って冗談で、

 

「さ、いん、くだ、さい」

 

 震える声、半笑いでそう言ってみると、

 

「ふむ」

 

 それだけ言って、男は鼻で笑った。顔は全くそうじゃないけど。

 

「ワタクシを男色家の物書きボディビルダー皇國主義者扱いしたいならばそれも良いが、君も痛みに震える肉人形扱いでいいと見える。ならば処置を早めても一向に構わんな」

「は?」

 

 そう言うと、彼は周りの機械の一つを弄りだし、

 

「あ、う、ぐ、わああああああああああああ!」

 

 痛い。痛い。痛い。体中が痛い。さっきまでとは、比較に、ならない。月一の痛みが全身で巻き起こっている。体の細胞という細胞が剥がれていくような、膨れては潰れていくような、嫌な痛みだ。

 なんてやつだ。サド公爵か。超が付くドSなのか。さっき分析して“ド偏屈だけどいい人”だと思ってしまった自分が馬鹿らしい。くそう。

 

「しばらくそうしていたまえ。体は相当痛むだろうが、その分処置が早く終るだろう。君の口答えがあまりに達者であるのでな、ワタクシのこの貧弱な語彙ではこれ以上有効な返しが思いつかなんだ。それで医学的な攻撃で以って対抗しているわけだがどうであろうか。――――――痛い目を見ているかね」

 

 そう言うと、彼はここを立ち去った。

 

 ……くそ、なんだったんだ、あの男。

 あんな扱いにくいにも程がある男が、よくウン年も軍に居られたものだと思う。あんな部下が次姉の下に居たら扱かれて口答え一つ出来なくさせられそうだ。怖いから。私も口答えできないし。

 

 ――――――――世の中には、色んな人がいる。

 私とともにゆく人。

 私を追う人。

 私を甘えさせてくれる人。

 私に厳しい人。

 私を殺そうとする人。

 この医者はどんな人だろう。今のところ、私にかなり手厳しいけど。しかし、体が痛い。痛すぎる。

 

 そして、私は意識を安らかに手放した。罪悪感を、痛みに流してもらって。それがより一層罪深いことだとしても。

 私にとってこの失神は、久方ぶりの安息と同じだった。

 


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