女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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番外編その2。情緒不安定で天才的な末っ子のお話。


番外編-2 『Identification is DEAD』
naka kill you


 海の音楽が聞こえる。

 

 波と風のオーケストレーション、飛沫のパーカッション、闇の垂れ幕。

 まるで夜な夜な繰り広げるドレスリハーサル。

 観客のいない一人舞台で、役割を、誰も見ていないけれど、役割を演じている。

 仇討ちの冒険活劇。あるいはお決まりの飽き飽きの、お約束の時代劇。

 分かっている。みんな知っている。どんなスペクタクルで着飾っても、最後に待つのは勝利だ。

 だから、みんな。

 私のステージを見ないで。

 私が私じゃないから。

 夜が明けるまでの夢遊のアクトなんて。

 こんなにも恥ずかしくて。

 お願い。

 

 

 午前3時45分。夜は最深部。空は曇って星1つ見えない。月はもちろん影もない。

 その一方で風は強く吹いている。荒む風に煽られて海面はうねって、山となり、谷ともなる。

 

 闇に慣れた目の前には、ぽつりと1つの点。青白い影。

 見つけた。

 深海棲艦だ。人型タイプ。この海域の中では比較的大物だ。

 それに狙いを付けて、足の主機を停止させる。足元が波を切るのをやめて、静かになった。

 波に体を乗せるだけ。ここで停止する。錨を下ろしたように。

 

 落ち着いて、那珂ちゃんは右手で魚雷発射管の魚雷を引き抜く。指と指の間で挟んで4本。

 左も同じように。鉤爪のように、狩人のように荒々しく、美しく。

 頭の中で繰り返す。方法は染み付いている。普通の方法じゃないけど。

 

 手首はスナップ、肩は力を抜いて。指先が玩ぶように、そして全身の回転力を中心から末端へ。

 

 狙いを定め、でも視線は切る。投げ込む角度は決まったから、最早見る意味がない。

 体を右回転で捻る。相手には背中を向けるように。振りかぶる。引き絞る。

 右腕はアンダースロー、水面を滑るように投げ込んだ。足元は波紋のように浅く小さい渦を描き、すぐに消えた攻撃は静かで、飛沫もない。すぐに少しだけ水面から沈むと、影を見せずに飛んでいく。すぐに左手から右手に魚雷を持ち替え、同じくもう一投。狙いは同じだ。全弾命中させる。散布させる意味はない。

 攻撃の物体は過たず、闇の中の波を叩く影へと向かっていく。

 きゃは。

 誰が見ても会心。速度はスクリューの限界を超え、視覚を欺く超高速雷撃。それが8本。

 

 十数秒後、連続の大爆発がファンファーレ。大輪の花火。やったね。那珂ちゃん大勝利。

 落としたのは戦艦だ。これまた大金星。

 

 あは。

 那珂ちゃんのサーカスへようこそ。夜の天蓋はペントハウス、夜の透明がスポットライト。

 あなたも那珂ちゃんも泣き笑うクラウンなの。サーカスのアイドルなの。

 さぁ、サーカスへ放り込んであげる。あなたの命が錯覚だったように、回る振り子天秤から落としてあげる。

 こんなにスリル、どこでも味わえないの。だから、代わりに綺麗に赤く咲いてね。

 じゃあ次のお客さんを探しに行こう。落としてあげよう。

 那珂ちゃんの舞台を見せてあげるの。

 主機一杯。爆音に紛れて那珂ちゃんは海をゆく。

 

 ああ、見つけた。次は重巡洋艦かな。また人型だ。

 今日のサーカスは大入りだ。まとめて招待してあげよう。

 左腕を持ち上げて、3つの砲塔で狙いを付ける。花火を突っ切って逆落しだ。外さない。散布界を限界まで狭めて、撃つ。

 

 数秒後、また花火が咲いた。あは。那珂ちゃん本当にすごい。さっすが艦隊のアイドル。センターは一番凄いんだから、だから一番強いんだ。那珂ちゃん天才。超天才。

 

 那珂ちゃんは、凄いんだ。

 那珂ちゃんは、強いんだ。

 那珂ちゃんは。

 那珂ちゃんは。

 那珂ちゃんは。

 私は、那珂ちゃん。

 私は、那珂ちゃんだ。

 

 違う。

 

 私は―――――私だ。

 

 

「那珂ちゃん?どうしましたか?」

「え?」

 

 振り向くと、お姉ちゃんがいた。神通。私の実の姉。次姉。次女。

 少し心配そうな顔。探照灯は電気を落としていて、今は暗い。

 けれど、慣れた目はお姉ちゃんの顔をはっきりと捉えていた。

 沈痛な面持ち。けれど、私を慰める気なんてこれっぽっちもないのだ。

 そもそも“那珂ちゃん”を作った人達の一人が、この人なのだから。

 だから、私を”那珂ちゃん”にする方法も知っている。

 怖い。嫌だ。嫌いじゃないのに、好きなのに、一緒にいたくない。

 私が那珂ちゃんになって一人で夜を戦うのは、この人たちと一緒にいたくないから。

 私が夜狂うのは、誰も見ていないから。

 でも、今、私の夢は覚めてしまった。それを見られてしまった。

 私は怒られる前の子供。目も見れずに、俯いている。

 私は波の上で、ぼうっと佇んでいた。周りの音は水以外何もなくて、そこに波紋を落としたお姉ちゃんの声ははっきりと聞こえた。声は見渡す限りの闇に溶けたけれど、私の脳で深く響き渡っている。

 辛さが募って、私は懺悔する。

 

「……ごめん、なさい」

「……那珂ちゃん」

 

 静かで、恐ろしい声で、私をその名前で呼ぶ。

 お願い、嫌なの。

 私は私なの。そんな名前じゃない。お願い、私を呼んで。

 

「那珂ちゃん」

「止めてよ!」

 

 私の癇癪が限界に達する。その名前は私のものじゃない。私じゃない。

 両手の拳を握って震える私に、お姉ちゃんは、

 

「いい加減にしなさい」

 

 それだけ言って、私の頭を左こめかみから殴った。意識が……少し遠くなる。

 体が力が抜ける。立てない。でもお姉ちゃんの左手がそうさせない。私の服の襟を掴んで立たせる。

 

「私の目を見なさい」

 

 いやだ。いやだ。私は私だ。私以外じゃない。やめて、やめて。やめて、お願い。

 

 右手で前髪を引っ張られて、顔を近づけられる。そして、呪文を唱えた。

 

「あなたは誰」

「ちがう」

 

 髪が離されて、代わりに腹を殴られた。力が入らないから拳がどぷりと沈み込んだ。位置は、鳩尾。

 

「ひっ」

 

 息が絞り出されて、気が更に遠くなる。それでもお姉ちゃんは私を許してくれはしない。

 私がまた那珂ちゃんに戻るまでは。

 

「あなたは誰」

 

 息ができない。答えられない。

 そこに、もう一発。次はさっきより下、腹の真ん中。胃が押される感覚があった。

 気持ち悪い。代わりに息は出来るようになったけれど、

 

「っひぃ、は、ひぃ、ひぃ」

「あなたは誰」

 

 意識が朦朧とする。

 また前髪が掴まれて、目を合わさせられる。

 閉じられない。まぶたを閉じられない。見るしか無い。

 

「あなたは誰」

「あぁー、う゛ぁー」

 

 私は誰。私は、私は、私は、わたし、私は、わたしは、私は、誰。誰。誰。誰。

 わからない。

 

「だれ」

 

 聞く。聞いてしまう。私が、分からない。私が分からない。私は誰なんだ。

 教えて、教えて。教えてよ。お姉ちゃん。

 

「おし、えて、お、ね、ちゃん」

 

 また髪を離されて、腹を殴られる。二回目と同じところ。

 

「っあ゛ぁ、あ゛ぁぁ」

 

 吐きそう。気持ち悪い。気分が悪い。頭が痛い。お腹が痛い。

 体が痛い。首が、肘が、背中が、肩が、膝が、全身の節々が痛い。

 

「私は、神通です」

 

 お姉ちゃん。お姉ちゃん。助けて、私が誰か分からないの。わからないよ。

 

「おじえ゛で」

「あなたのお姉ちゃんじゃありません」

 

 じゃああなたはだれなの。あなたがお姉ちゃんじゃないなら、わたしはだれなの。

 

「那珂ちゃん」

 

 那珂ちゃん。いやだ。それはいやだ。ちがう。那珂ちゃんじゃない。私は違う。

 

「い゛や」

 

 殴られる。いやだ。殴られるのいや。いやだ。やめて。お腹が痛いの。痛いのいや。

 やだ。いやだ。こわいよ。こわい。こわいの。つらいよ。くるしいよ。やめてよ。

 

「那珂ちゃん」

「ぃあ゛」

 

 また殴られた。何度目かわからなくなった。何回痛くなったかわからなくなった。

 息が出来ない。息が出来ない。助けて。助けて、神通。

 神通。

 

「私は神通です」

「じんつう」

 

 絶えかけた息で、そう呼ぶ。

 神通、そう呼ぶ。

 

「あなたは那珂ちゃん」

「な、か」

 なか。

「那珂」

 那珂。

「な―――か」

 那珂。

「そう、あなたは、那珂ちゃん」

 那珂ちゃん。

 

 なか。

 なか。

 なか。

 なか。

 那珂。

 

 那珂ちゃん。那珂ちゃんだ。那珂ちゃん。

 那珂ちゃんは那珂ちゃん。那珂ちゃんは那珂ちゃん。那珂ちゃんは、那珂ちゃんだ。

 那珂ちゃんは、那珂ちゃんです。

 

「あなたは、艦隊のアイドル、那珂ちゃんです」

 

 那珂ちゃんは艦隊のアイドル。

 那珂ちゃんは艦隊のアイドルなんだ。

 そうだ、那珂ちゃんは艦隊のアイドルだった。

 艦隊のアイドル、那珂ちゃんです。

 

「那珂ちゃん」

「私が神通ですから、あなたは那珂ちゃんでしょう」

「―――――う、ん。那珂ちゃんは、那珂ちゃんです」

 

 那珂ちゃんは那珂ちゃんです。

 あは。

 

 

「那珂ちゃん」

「うん、那珂ちゃんに後はおまかせ」

 

 那珂ちゃんがそう言うと、神通は安心した顔で、

 

「じゃあ、また様子を見に来ますから」

「大丈夫!那珂ちゃんはー、艦隊のアイドル!サーカスのヒロインなんだから!」

 

 そう、那珂ちゃんは艦隊のアイドル、サーカスのヒロイン。一人舞台だってお手の物。

 お茶の子さいさいで、深海棲艦なんてやっつけちゃうんだ。

 那珂ちゃんは目を輝かせて、左手で左目の前でピース。腰もクイッと左に軽く曲げて、上目遣いで愛らしく。

 キラッ。目から星が飛んで行く。ついでにターンも決めちゃおう。軸足は左で左回転。二回回っちゃった。

 

 那珂ちゃんが元気だって分かってくれて、神通はニッコリ笑顔でこの場を後にした。怖い怖いしてた神通も、那珂ちゃんの才能でもうニッコリ。やっぱり那珂ちゃんは最高のアイドルだね。

 

 あは。

 さぁ、那珂ちゃんのステージは終わらないよ。今夜全部が那珂ちゃんのものなんだから。

 那珂ちゃんのサーカスへようこそ!

 とっても綺麗なサーカスを夜に放り込んでみたよ!

 泣いているのか笑っているのか分からないくらい、感動のショウを見せてあげる!

 だからみんな、私と一緒にお道化てみようよ!軽く地獄にGO招待!

 空中ブランコで宙を舞って、一緒に無重力の夢を見よう!

 那珂ちゃんは主機を目一杯まで回して、全速力で夜というペントハウスを駆け回る。

 いっぱいのお客さんをお楽しみさせるために。

 地面に墜としてあげるために。

 はじめてで最後のチュウをしよう。地面とこの世にお別れのキスをしよう。

 マイナーキーのBGMで飾ってあげよう。

 そうしたら、もう一度ブランコであの世に跳ばしてあげるから。

 那珂ちゃんは天才クラウン、世界一アイドル、天性のヒロインだもの。

 一流の道化師は、お客さんも一流にしちゃうんだ。

 だからみんな――――――華やかに死んでね!

 紫の空に闇が溶けるまで、いつでもお客さんは大歓迎だよ!

 

 朝が来るまで、那珂ちゃんは踊り続けた。

 魚雷も砲弾も撃ち尽くして、喜んで貰ったお客さんの数は今日も分からなかった。

 いいことだよね。数え切れないくらいの、たくさんのお客さんが来てくれたんだから。

 那珂ちゃん、いい子。いいことしたからいい子なんだ。

 那珂ちゃんは凄い。

 那珂ちゃんは凄い子なの。

 那珂ちゃんは、那珂ちゃんなんだから。

 




何が言いたいかというとニンジャ・サムライ・ゲイシャだとゲイシャが最強ってことかな。

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