女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2016/11/28
段落1文字スペース追加。
ご迷惑をお掛けしております……。

2020/02/28
中佐の年齢を修正。


メッセージ・イン・ザ・ボトム

 ――――――――それでなんでかなぁ。

 着任先は精神病院、ジャンク置き場みたいなところだった。

 ……こればっかりは彼にはどうにもできなかったらしい。

 

 居たのは瓶底眼鏡で青っ白くてヒョロヒョロ、そんな女の提督。コンタクトは怖くて付けれらないらしい。この時は中佐。彼女がそこの主だった。まだ若い。年端もいかないという訳じゃないけれど、まだ20代だろう。上官に歳を聞くのも失礼だと思ったので、その場では聞かなかった。しかし―――――普段は眼鏡のおかげで○尾君みたくユーモラスな見た目なのに、外したら青白い肌と儚すぎる美貌のせいで幽霊みたい。酷い。いや冗談みたいな美人なんだけれど、徹底的なほどに不吉というか幸薄そうというか。いつも微笑んでいるのがまたヤバい。満面の笑みも見たけどマジで死を予感した。いやこの人自身のね。

 

 しかし、こんなひ弱そうな体でどうして軍人やっていられるのか疑問になったけれど、仕事になるとまさに精神力の化物、鉄人なのだ。ちょっと恐ろしくなるくらいに。一人で異常な量の仕事を処理していく。脇目も振らずただひたすらに。一度集中に入ると音を立てるくらいじゃ反応しない。体を揺するくらいしないと話も出来やしないのだ。挙句集中が切れるとしばらく頭が働かないらしい。冷えピタも手放せないそうだ。……こうなると、凄まじいというより過剰なのかもしれない。私でも声がかかれば集中をちゃんと切れるし、特に問題はない。ああ、でも今は声じゃ止められない。私もボディタッチが必要になるか。

 

 ここは開設されてそこまで月日が経っていない。というか彼女がここの一代目の長なのだ。ウッソでしょそれ、と思ったのだけれど、ここの地理的条件・主力艦隊の母港じゃない、などを鑑みると、ある種妥当な人事でもあった。要は主力の中継地点。そもそも鎮守府とは呼んでいるものの、本来は警備府なのだ。彼女が貧乏クジを引いたことは明白。ジャンク品の寄せ集めの中でその運用にひたすら藻掻かされるためだけに呼ばれたのだ。ただ、仕事は異常に出来るようだったから、実力そのものは申し分ない。発揮のしかたは常軌を逸しているのだけれど。

 

 ここは、艦娘の中でも特に頭や体の駄目な連中が集まる、戦力外すれすれの鎮守府だった。

 元から壊れていて、それがやっぱりどうにもならなかったり。

 最初は壊れていなかったのに、艦娘をやっているうちに壊れてしまったり。そんなのばかり。

 

 ……艦娘の製造にはある程度の時間、そして莫大な資金が掛かっている。私に組み込まれた機械部分も、コスト的にかなり不利なはずだ。かなり無理をして小型化しているはず。コストパフォーマンスは最悪だ。そりゃあ、軍艦1隻作るのに比べたらまだマシ。けれど、軍だから。それが国を、ひいてはこの世界を守ることになるから、仕方なしに容認しているのだ。

 だからここに居る艦娘達は、――――――言うなれば捨てるに捨てられない、作られてしまったという負債を回収する、ただそのために解体されなかった輩たちだ。

 ……艦娘の適性そのものが、未だ希少だ。人格を問うていると、身体的障害を、精神的障害を厭うていると、みすみす戦力増強を逃すことになる。歩留まり……こう言うと惨めだけれど、それ自体は悪くないそうだ。けれど急ぎすぎた軍拡の弊害か、それとも適性を見出だせない焦りか。私達は兎にも角にも作られてしまって、配置された。

 

 ――――――――不良品。私が着任によって与えられた烙印は、それだった。

 

 提督がすぐに許可をくれたからメールで聞いてみたところ、私の扱いは上層部でも結構揉めたそうな。

 特別希少な工作艦娘ではある。しかし耳が聞こえない上に声もないというダブルコンボなので、コミュニケーションが取りづらいということで問題になった。そこで不良品部隊に、贅沢にも余りの工作艦をくれてやろう、という運びとなったのだそうな。……やっぱり障害者雇用って難しいんだなぁーと思った。心が荒むというか虚しくて、最早他人事のように。

 ……正直、私にも多少のプライドはあった。特務艦という、他のタイプの艦娘には出来ないことをする、力を尽くせるという、そんな展望があったから。でも他人から見ると、私はただの出来損ないだったというわけだ。馬鹿らしい。そんなやつが頑張るぞと無駄に息巻いていた、なんて。

 

 でも延々と筆談でもメールでも付き合ってくれる私の彼ったら、もう。落ち込む私を、ありったけの言葉で愛して癒やしてくれた。出来ないことはしなくていいことだと思いますし、僕は貴女が好きです。後方にいてくれると安心してしまうような僕を許して下さい、だなんて。そりゃあ私だってもう最前線でドンパチやるのには懲りたし、後ろで細々としたことをやるのは望むところだ。聞こえない話せないも諦めはついている。なら、私は無理に気張る必要なんて無い。楽しもう。結構楽しかった陸軍時代と変わらない。

 

 そんなわけで立ち直った。で、私とこの鎮守府のイカれたメンバーとの顔合わせは、概ね上手く行った。というのも、波風が立たなかっただけなのだけれど。皆は”ああ、不良品が流れ着いた”といった無関心で以って私を受容し、一方で“元気で割と便利なやつが来た”と後々で分かってくれた。私にとって便利屋は賞賛の称号で、その扱いは私に満足を与えた。……潰れてちっぽけになったプライドがひとまず満たされた、とも言うけど。

 

 私が任されたのは工廠と医務室。工廠での装備の保守、医務室での簡単な医療行為、だそうだ。……目は細工にも役立つから、まぁいいんだけれど。測量機能は無駄になった。残念。

 

 私は医学に関しては門外漢だったけれど、医療行為ということなら元々最低限の応急処置の知識は持っていたし、組み込みコンピュータの記憶領域には医術に関するマニュアルも用意されていた。適切な情報を視界に投影することも出来る。だから本を読んで出来ることなら両手を自由にして行える。物理書籍のように買い替えが必要なく、随時のアップデートも軍に保証されているのも見逃せない。事実上の永久サポート、ああ素晴らしい。まぁ、艦娘は入渠ドックという回復手段が使えるし、加えて四肢の予備も有るにはある。病気もほぼあり得ない。だからそっちにはあまり仕事は無かったのだけれど。

 

 工廠は、まぁ。妖精さんが跋扈するよくわからないところだった。いや、本当に理解を超えているというか、“理解は出来るけど説明が全くできない”。なにがどうなって、こうなって、ああなる、そういうことは分かるけど、体系立てることが出来ない。直感としか言えない。だから、私は日記を付けることにしている。今日何をして、こういうことが起きた、そういう日記を。どちらかと言えば日誌か。

 妖精さんは言葉を持っているわけではなかったけれど、意思疎通は完全だった。これも直感としか言えないのだけれど。いちいち筆談が必要にならないというのはかなり便利だった。職人同士が無言で連携するようなものかも。気まま気まぐれではあるけれど、いつだって一個の意思に従うかのように動いている。

 一方提督だと妖精さんが見えはするものの、意思疎通は少し苦労していた。人間の言葉を解してはいるみたいだったけれど、どうやら解釈の部分で壁があるみたい。うまくいかず、提督がずっと苦笑いばかりだったのを見ていた。艦娘を通して意思を伝達するべきだとすぐに分かってくれたのだけれど、彼女はずっと直接人間と妖精さんが通じ合う方法を模索し続けていた。私にもっと丸投げして欲しいのに。

 

 ところで顔合わせした中で、私と特に仲良くしてくれるのがいた。

 大淀型タイプ1。つまりは、”大淀”。

 

 彼女は金遣いが荒いけれどその分稼ぐスタイル。私にはよくわからないのだけれど、投資家業を人間だったときから続けているのだそうだ。ただ、一度だけ大損失を出してしまって、借金の返済のためにこの身を軍に売ったらしい。体を売るって、それは……と思ったのだけれど、そういうことじゃない。艦娘になると、戦死ということで見舞金が出るのだ。それで返済したということだった。私にも出ているはずだ。なるほど、たしかに身売りかもしれない。私とは全然理由が違う。ここに来る前は本当にただの個人投資家で、軍とは関係なかったそうだ。そこからコネで海軍に入り、間もなく“戦死”。今に至る。

 そんなことを彼女は私にペラペラと話してくれた。だから私も同じように話した。でも何でそんなに私にあけっぴろげになってくれるのか良く分からなかったから、後々聞いてみようと思った。

 けど、この人物像には思い当たることがあって、それでこうして出会ったということなら、多分この人が私の彼の妹さん。だから、私は彼女を邪険にすることはない。むしろ、ふとした瞬間、例えば時たまはにかむ表情とか。そういった仕草があの人を思い出すから、確かに仲良くできそうだと思ったのだ。そして彼の言うとおり、私達はすぐに仲良しになった。よく話すようになったし、彼女の字は少し筆圧高めで、読みやすかった。普段の小汚い字が恥ずかしくって、ちょっとゆっくり目で筆圧高めに書いて読みやすく整えようとしたけど、それがまた恥ずかしかった。無駄に丸文字っぽくなった。気合の入れすぎだったかも。それでも彼女は嫌な顔ひとつせず、いつも微笑んでいた。

 

 ●

 

 ある晩、夢を見た。

 

 目の前は奈落より深い闇だが、1つだけ鮮やかなものがある。

 桜色の髪と青襟のセーラー服。

 ”明石”だ。私が初めて見たときと同じ、私よりずっと綺麗な本当の”明石”。

 また会えると思っていなかったから、口をあんぐりとしてしまうと、彼女がどこからともなくスケッチブックを取り出して、これまた忽然と現れた油性ペンで文字を書き始めた。画用紙とフェルトペンの擦れる独特の音も聞こえる。なんだ、夢の中では音が聞こえるのか。だから私は、

 

『あのぉ、聞こえてますよぉ!』

 

 やっぱりだ。声だって出るみたい。それに気がつくと、“明石”がちょっと驚いた顔で、

 

『じゃあ普通に話しますね!』

 

 スケッチブックも油性ペンも両手から放り出してしまって、どちらも闇に雲散霧消。

 彼女がこちらに寄ってくる。

 

『これは、夢なんです?』

 

 私がそう聞くと、彼女は答えて曰く、

 

『まぁ、夢ですよ。私とあなただけのお話の時間、面談とも言えますけども』

 

 ほへー、なんだか逢引みたいだ。あ、でも下手すると浮気になるからそういう考え方やめよう。よくない。で、ならば何故だろうか。

 

『……なんで夢から私、話しかけられてるんです?』

『そのー、いわゆるー、テレパシー?そういうやつの一種ですよ、ハイ』

『はぁ』

『とりあえず何が分かればいいかっていうと』

 

 そう言って彼女はまたスケッチブックとペンを取り出した。

 夢だからってなんでもありとは、たまげたなぁ。

 私が口を半開きで呆然としていると

 

 ”わたし

 ↓→→だれか

 ↓ ↓

 ↓  だれか

 あなた       ”

 

 こんな図解を書き出した。“わたし”というのは”明石”のことだと思う。だから”あなた”は私のことだ。そして、この”だれか”というのはなんだろう。

 

『だれかって、誰です?』

 

 聞くと彼女は笑って答えた。何も不思議な事はない、というふうに。当然のように。

 

『私は知ってるけど、あなたは知らない、そんな人達かな』

 

 それは、そうだろう。矢印からして一方的だし、だれかとあなた――――つまり私と誰かには直接のつながりがない。でも、こうして会話する、夢でつながるということは、矢印が双方向でなくちゃいけないはずだ。だったら、この矢印の意味って一体なんだろう。さっきの言葉と合わせても、何か答えが導き出されることはない。

 私はしばし考え込むが、やはり取っ掛かりが掴めない。

 

『要領を得ない答えですね』

『これは言うなればクイズですからね』

『はぁ』

『ささ、考えてみて考えてみて』

 

 右手の人差指を立てて画用紙をつんつんと指差す。またペンが何処かに消えた。

 しかしアクションは実に様になっていて、―――――やっぱり彼女にはかなわない。私は所詮レプリカだということを、ありありと実感する次第。きっと彼も彼女に惚れちゃうだろうな。やだなぁ、会ってほしくないな。

 そんな煩悶と答えへの思考で頭がぐるぐるしているところ、彼女は少しはにかんで言う。

 

『わからない?』

『全然です』

 

『それじゃあ、また来週この時間、なんてね!』

 

 スケッチブックをぱたんと閉じて彼女がそう言うと、彼女はひときわ輝く笑顔でそう言った。

 また私は昏昏とした眠りに落ちていく。

 

 ……思ったより、“明石”という人は面倒くさい。素直で率直だけれど、茶目っ気が物凄い。でも、それを補って余りあるほど、いやそれだからこそ、私は彼女が魅力的だと思う。

 

 夢の内容は――――――そう、この通り、完璧に覚えていた。寝起きは少し悪くなったけれど。

 だから、絶対にただの夢じゃないことは分かった。

 この世の何処かに、”本当の明石”は確かにいるんだ。

 

 


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