女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2019/05/27
艦娘の扱いについて考証漏れがあったので加筆しました。


機械と文字いっぱいの愛を!

 手術から2日ほど様子を見て、肺が十分に機能していると分かったら人工肺が外れた。首と太腿がすっきりした。久々の深呼吸はやっぱり胸が痛かったけれど、ようやく人間らしくなってきたと嬉しかった。あいや、もうほとんど艦娘だった。

 

 ただ寂しいといえば寂しいのが、見舞客は来ないということくらいだ。そりゃあ、政府の秘密機関だ。家族も友達も、同僚すらも会いに来ることはない。来れない。ああ暇だ。毎日様子を見に来て話をしてくれる軍医の彼に、鏡を見せてもらった。リアルに言うとは思わなかったけど、思わず言っちゃったよね。

 

 ”これが……私……?“

 

 声は出なかったけど。口が動いちゃうよね、思わず。

 それによくよく見れば思ったほどには変わっていないのがびっくりで、こことあそことそこを直せばー、こう!みたいな感じ。私も化粧さえ上手ければー、ってことか。捨てたもんじゃなかったな、私の顔。今更遅いけど。

 あと、髪の毛もショートボブくらいには生え揃ってきていて、色はピンクっぽいブロンドだった。まるでアニメのキャラみたいだぁと平凡なことを考えた。

 

 体の改造が終わって、しばらくはリハビリ。もう合わせて3ヶ月くらい寝たきりだったから、歩くのにしばらく難儀したけれど、筋力は別段落ちていなかった。ほとんど歩き方とかの再確認みたいなものだった。さすがは艦娘の体。改造人間だけあって、人間よりパワーがダンチだ。

 それと並行して、腰のコネクタが馴染んできたらコアの入っていない艤装を接続テストした。不具合なく完全に駆動しているらしい。一応これで艦娘の素体として完成することになる。

 

 それで普通の艦娘としての改造は終わったから、次は眼球を改造した。工作艦にだけ行う特殊な手術なんだとか。それ脳チップでいいんじゃないの?とか思ったけど、軍医の彼に、脳の機械部分は艦娘全部で共通化・小型化しておきたいし、目とコネクタ部分は取替がきくから機能追加もやろうと思えば出来る、って教えてもらって目から鱗だった。上手いこと言った、私。

 全く人類の科学もやりますねぇ!とりわけ軍の科学力は先を行きすぎ!私の知ってる常識が壊れちゃう!

 

 そんなことよりこの眼がものすごくって、もうすごい。いいよこれ。色んな機能がある。

 まず拡大機能。顕微鏡とまではいかないけど、10倍20倍どころじゃない、最大30倍までズーム可能なのだ。もうマサイ族とかそんなんじゃない。けど近くのものしか見えないらしい。マサイ族やっぱり凄い。あと両目そうなると周りが見えなくなるから片目だけしかズームしない仕様らしい。でも片眼鏡要らずは素晴らしい。老眼になった細工師さんにも是非勧めてあげてください。

 ちょっとした建設工事もやる私的に見逃せないのが測量機能だ。完璧に正確というわけではないけれど、水平器の機能もセットでついている。だから測量スタッフだけ持っていけばそのまま測量だ。無くても簡易的になら可能。それと最低限の測量データ処理も腰に埋め込まれたコネクタの組み込みコンピュータがやってくれるらしい。そうそう、写真も撮れるんだ。ストレージもちゃーんとコネクタの中に仕込まれている。今時記録装置のないコンピュータなんて信じられないけれど、やっぱり入っていた。データはちゃんと外にも出せるようになってる。

 ……しかし、ここまで出来て聴神経は治せないのが人体の神秘だ。医学とはなかなか難しいものだと思う。

 と思ったけど、どうやら光ファイバーが機械部分から別に伸びているから脳にはつながっていないんだとか。眼はあくまでディスプレイとズーム機能だけ。BMIチップ→脊椎→組み込みコンピュータ→眼球という感じでビックリドッキリメカ本体はあくまで腰のコネクタ部分なんだとか。考えるだけで動かすという技術は確立しているから、それなら出来るらしい。計算にしたって、結果が視界に投影されて見えるだけなんだし。

 

 ●

 

 これで体の方の改造は完了した。

 残ったのは本当の最後の仕上げと……その前に説明会と書き物。

 順番がひっくり返ってしまった、って彼が言っていたけれど、私の場合は仕方ないことだった。

 

 内容は、”艦娘とは何か?”、”艦娘の正体を知る組織は?”というもので、本来なら”改造”前にこの説明を受けるんだとか。けれど、私はそんな説明受ける暇なんてない状況だったし、そもそも”改造”されなかったらそのまま死ぬところだったのだ。全くナノマシン様様。

 

 そして、書き物というのが……いつもの彼の笑顔さえ曇るような、洒落にならない代物。

 ”私は一時的に人権を放棄することに同意します”……なんて書類だ。

 

 これに署名してしまうと、私は本当に人間ではなくなる。

 そんなことが実際可能なの?なんて思ってもみたけれど……これに署名しないと艦娘を”兵器”として運用できる根拠がなくなってしまうんだとか。多分政治の話だ。軍人にあるまじきかもしれないけれど、私にはさっぱり。

 とにかく、ええいと思い切って署名して、彼に提出。本当にすまなそうな顔で、私も……胸が痛かった。

 

 

 ●

 

 その次の日。

 私は車椅子に乗せられて、目隠しでお出かけすることになった。

 そして目隠しを外してもらうと、そこは倉庫だった。それ以外に似ているものはない。

 鉄骨で組まれた骨組みに、鋼板がこれでもかと壁や屋根に張り付けられたイカツい建物だ。普通の倉庫と言うにもあまりに硬質すぎる。物置というには広すぎるし、でも決してそこまで大きくもない。

 そして真ん中には鎮座する、腰の部分だけ背もたれ板がない椅子。あとはヘッドレスト、アームレストもついてくつろげそう。見た目からして合皮に薄いスポンジの座面だから、絶対そんなことはないだろうけれど。

 

 私はこれに腰掛け、その椅子の腰の辺りから後ろにずーっと伸びているレールに、クレーンで“艤装”が降ろされてくるのを待つ。

 

 そう、本日の工程は”明石”のコアが入った艤装の初回接続だ。

 これで私は“明石”である、という自認を得るんだとか。呼び名ではなく、本当に自分の名前として。

 

 さて、この”コア”というのは、オリジナルの『明石』に縁あるもの、とのことで、艦娘を艦娘たらしめる最重要要素だ。これが仕込まれた艤装じゃないとオカルトなパワー力が使えないから、深海棲艦とは戦えないらしい。科学の発展した世の中、今や科学の子となった体、そんなところにオカルトがサラッと入り込んでくる。誰が予想しただろうか。作家くらいしかいないはずだ。予想と言うか、夢想だけど。

 

 背中のコネクタは丸型で、これも艦娘全体で統一されている。形を例えると、どう言えばいいだろう。ああ、ハンコ注射の逆、マイクのXLR端子のメスの方かな。それが球場みたいな土台の中に収まっている。そんな感じかな。コンピュータも組み込まれている。

 

 その端子に、私を”明石”たらしめる究極の要素を接続する。

 ヘッドレスト越しに後ろを覗く。

 レールを滑って、艤装が近づいてきて、私と一つになった。

 

 視界が黒くなった。

 

 ●

 

 その瞬間、誰かが入り込んできた。そう感じた。どう説明していいかわからないのだけれど、そう、入り込んできたとしか言えない。

 

 ブラックアウトした視界の中で、光の粒が集まり、人の形になった。

 

 ピンクの髪した、活発そうな可愛い女の人。

 服は青い襟のセーラー服。腰のあたり両方にスリットが空いてなんだかセクシーでちょっとエロい感じのスカート。

 靴下は白黒のツートンカラーのニーソックスで、左足は太腿から踝まで小札みたいに装甲板を綴った防具付き。

 それとよく見ると、セーラーの下にジッパーのハイネックを着ている。袖は長くててきっちり手首まで。

 よくわからない着こなしだ。けど似合ってる。

 

 直感的に理解した。

 ―――――――あれが、“本物の明石”だ。鏡で見た私より、ずっとずっと可愛い。

 そんな可愛い人が私に向かって、太陽のように笑って、

 

『―――――頑張ろうね!』

 

 それだけの短い激励。

 でもそれは、私が久しぶりに聞いた声で、多分――――この一生で最後に聞く声だった。

 絶対に、忘れはしない。そう、心で誓った。

 

 だから私は彼女に敬礼して、

 

『どうぞ!よろしくお願いいたしします!』

 

 精一杯の声で返事をした。

 この、私の最後の声も、二度と忘れまい。

 

 ●

 

 かくして、私は”明石“になった。

 私が完成した時、軍医の彼は、

 

 ”この国を

 この世界の海を

 よろしくお願いします“

 

 そう書いて見せてくれた。私は親指を立てて、“明石”みたいに笑ってみた。

 彼も、また照れくさそうに親指を立てて笑い返してきた。

 

 それと、彼は書くべきか迷ったような顔をして、結局2枚書いて私に見せた。

 

 “実はぼくの妹も

 今はカンムスに

 なってまして“

 

 そんなことを私に言って良いのか、と思って、

 

 ”㋪じゃないんですか“

 

 彼がそれに2枚続けて書いて返す。

 

 “ヒミツですよ”

 

 そう言って、妹さんのことを書いた2ページを剥がして丸め、ポケットにしまいこんだ。

 これが彼流の筆談版”ナイショ”か。私もこれからそうしてみよう。

 そしてメモパッドを捲る。

 

 “あなたはあの子に

 会うと思います”

 

 私が書く。見せる。

 

 “じゃあ

 仲良くできそうです”

 

 彼が、少し顔を赤くして頬を掻いた。

 

 ”そう言って頂けて

 とてもうれしいです”

 

 そして続けて書いて、

 

 “あの子もきっと

 あなたを好きになる

 と思います”

 

 そっか、じゃあ安心だ。――――好き?

 大したことじゃないかもしれないけれど、ちょっと気になったので書いてみる。

 自分でも驚くくらい大胆に。

 

 ”すき?”

 

 すると、少し間が空いて彼が狼狽えた。あからさまに。顔が赤いし、私から顔を逸した。

 私が少し詰め寄ると、彼が後ずさる。なんだか可愛い。もうはっきりわかるよね。こっちもちょっと恥ずかしい。

 けど、何故か私はそこで更に攻め込む。

 ”明石“の影響かもしれない。私は知っている。彼女はフランクで頑張り屋で、とても魅力的な女の人。ならば私も今は魔性の女。そう思って、遠慮せずに彼を追い詰める。

 

 それで、左手にもったメモパッドを力づくで取り上げると、一行目の“も”と、二行目の”あなたを好き”にラインを引いて、ペン先で指し示した。なんだか楽しくって、笑顔になってしまう。

 で、私は彼のメモパッドを一枚捲ってこう書いて返した。

 

 “?”

 

 彼は、もうしどろもどろになって、やけくそで殴り書いた。そして、私からまた顔を背けた。

 

 ”♡”

 

 ハートだ。

 男の人が、ここに来て書くには似つかわしくないような、アリなような。

 でも、私にとっては十分胸が熱くなる事案だ。

 むしろ格好いいと思う。私の“明石”もそう囁いている。そんな気がした。

 私はその横に、

 

 “!”

 

 そう書いて、彼の胸に押し付けた。

 

 ●

 

 完成した私は、鎮守府に配属となる。酷い言い方をすると出荷。

 

 ここともお別れだ。せっかく恋人になった私と彼も、さっそく遠くに離れ離れ。そんなーって感じ。

 結局ここがどこにあるのかは、結局彼は教えてくれなかった。私から会いに行くことは出来ない。例え分かった所で、彼はまたどこかへ出向いてすれ違ってしまうのかもしれない。でも、それが仕事だから仕方がない。私も理解はしているから、そもそも聞いたりしなかったんだけど。

 

 私がここを出るその日、最後の時間。

 “明石”の服に着替え終わった私は、ベッドで体を起こしている。

 その脇、パイプ椅子に座る彼が1つの小さいポリ瓶を渡してくれた。ラベルには“明石”と書いてある。中身はオレンジ色の液体だ。

 

 彼がメモとペンを取り出し、教えてくれた。

 鎮守府までの所要時間分だけ効力を発揮する睡眠薬なんだとか。

 ここがどこにあるかは、本当に極秘らしい。私は頷いて、すぐにその中身を飲んだ。子供のころに飲んだ飲み薬みたいな、甘ったるい味だ。だからどれくらいの容量が投与されているかは分からなかった。

 

 彼が私にメモパッドとペンを渡してくれた。彼のものをそのまま。……私が使い続けた物は、あちらに持ち込む荷物の方に纏めてある。だから、今はこれ1つ。

 

 もしかすると、最後の会話になるかもしれない。私が眠ってしまったら最後、彼とはもう会えないかもしれない。それに、彼が私に興味を無くしたら自然消滅だ。セックスはおろか、キスだってしてない。恋愛ってそれだけじゃないとも思うけれど、それがないあやふやな関係、加えて遠距離だから恐ろしい。それで、

 

 “手紙をください

 これからも

 あなたの言葉を

 私にください”

 

 そう書くと、彼は安心させてくれる笑顔で、

 

 “目を起動してください”

 

 そう1行だけ書いて、私の目を見た。意味がわかって、頷く。

 

 彼が、1つの文字列を書いて私に見せた。メールアドレス。軍で伝達用に配布されるやつじゃなくって、フリーメールのアドレスだ。

 私はそれを目に焼き付け、記録装置にも焼き付けた。

 ……データを参照して、ちゃんと残っている、見れるようになっていることを確認すると、私は頷いて、

 あ、り、が、と、う、と口を動かした。理解に数秒かかったみたいだけれど、彼も――――多分”どういたしまして”だと思う――――そう口を動かした。

 彼がメモを剥がして丸めてポケットに入れた。私達流の”ナイショ”だ。

 

 “個人用ですから

 検閲とかは大丈夫ですし

 あの提督ならきっと

 許してくれます“

 

 おいおい、そんなこと言っちゃって。いいこちゃんな彼だけど、随分大胆だ。でもまぁ、私もそのへん配慮するだろうってことは分かってくれているはず。メモとペンを貰って、私もお返事。

 

 “毎日でもいい?”

 

 彼はいきなりボッと赤くなって、すこし躊躇する素振りをしたけれど、

 

 ”僕も毎日

 送りたいです”

 

 恥ずかしい。

 

 恥ずかしい。私もすごく、ものすごーく顔がかぁっとなった。

 しばし、2人で赤くなって固まった。すごい。なんだろう。

 なんだろうって、あれだ、その、中学生カップルみたい。

 すっごくプラトニック。ちょっとした経験くらいはある私も、これにはとってもドキドキしてしまう。

 

 ようやく彼が動きだすと、私も続く。

 それからずっと、私達はとりとめのない話を、その時が来るまで続けていた。

 

 ●

 

 くらり、と眠気が来た。上半身を立てていられなくなる。

 すると、彼が立ち上がって支えてくれた。

 

 ああ、来てしまった。この時間が。

 これでひとまずお別れだ。また会える日まで。いつまでか分からないその日まで。

 

 彼が私の背を支えながら寝かせてくれると、私は薄れ行く意識の中でメモとペンをねだった。

 そして、気をしっかり持って最後にこう書いた。

 

 ”好き

 

 おやすみなさい“

 

 ちょっと字が乱れたけど、もうだめだ。これ以上直せない。書けない。

 まぶたが閉じていきそうなその合間、

 彼の唇が動く。私はもう少しがんばって、それを見届ける。

 

 おやすみなさい。

 

 多分、そう動かしていたと思う。

 好きって言ってよ、とその瞬間は思ったけれど―――――

 

 キスされた。

 

 おやすみなさいのキスは、マウスウォッシュの匂いがした。

 したかったんだ、私と。

 それで、おやすみなさいするのも決めてて頑張ってきてたんだ。

 

 本当に、私ったら。

 素敵な彼氏さんを貰っちゃったなぁ。

 いい夢見れそうだなって、だらしない顔になってたと思う。

 

 


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