女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2016/11/09
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ご迷惑をお掛けしています。
2016/11/10
誤字報告反映。


リインカーネーション・ハイ

 ペンが持てるようになるまでは結構掛かった。

 それまではただYES/NOするだけ。口を動かすと、彼―――軍医、それと看護師達はそれを読み取って、メモに書き取り、私に確認する。みんな母音は比較的すぐ読み取れたみたいで、私のごくごく簡単な質問は楽に答えが帰ってきた。

 

 まず私のペンを持つジェスチャーに申し訳なく首を振った軍医への質問だ。

 

 いま は いつ、と聞くと、最後の作戦の日から既に二ヶ月以上あとの日付だった。私はそれだけの月日を昏々として過ごしていたということだ。なんだよー、二ヶ月待たせて耳と声帯駄目だったのかよーとちょっとムカついた。まぁほぼ完全に死んでいたところから蘇ったのだから安い。死んでないから二ヶ月は安い安い。耳も声も……安くはないけれど。命が拾えたのだからとんだバリューセールだ。そう思うことにした。

 

 それで、目覚めたらするお決まりの質問その2。

 ここ は どこ、だ。私は誰、じゃなくて。私は私だ。もうすぐ”明石”になるけど。

 それで答えは日本だった。具体的な所在地は教えてくれなかったけれど、艦娘はみんな知らない。そういうことになっている。知り得てしまうこともあるらしいが、漏らされたこともないみたい。

 

 まぁそりゃあ本土に戻らないとこんな手厚い治療や看護は受けられないだろう。それも希少な艦娘適性が私に有ったからだろう。”工作艦”はなかなか居ないらしいから。本土から彼が出向いてきていたのも、私の引き抜き、あるいは私に何かがあったらコトだ、と考えてのことだったそうだ。だったら私を野放しにしなければいいのにと思ったけれど、私は陸軍で彼は海軍。一応人間としては書類上死んだことになるわけで、戦闘後のタイミングとか、死にそうな所で死んだことにしてスカウトする必要があったとか。海なら今はどこが戦場になってもおかしくないから違和感が少ないんだけれど。加えて今こそ艦娘大増産、みたいな流れだから鎮守府一箇所あたりに1ユニットの工作艦が欲しいらしいから、私の動向は本当に要注意だったのだとか。助かった。

 それにしても鎮守府――――懐古趣味なことだと思う。基地じゃなくて、鎮守府だ。艦娘テクノロジーの由来の半分くらいはオカルトだ。加えて縁起を担ぐことが実際に力を発揮すると分かった。そういうことで当時の軍艦の時代に合わせた肖り名として、鎮守府を標榜しているんだとか。でもそれだと私達最後に負けるんじゃ――――と思ったけれど、多分大丈夫だろう。昔の戦争の時ほどバカじゃないはずだし。

 

 3つ目が、み、ん、な、は。

 あそこには私の他にも何十人かいたから。……私でこれだ。奇跡が起きたから生き残っただけだ。本当は怖くて聞きたくない、けれど、聞きたい。祈りのようなものだ。

 彼が答える。

 

 “一番爆心地に

 近かったのは

 あなたです”

 2枚目。

 “ですがあなたは

 奇跡で生き残っただけです”

 分かっている。本当に目の前にポッと現れて、それでなんだなんだと思う間もなく爆発だ。

 重々しく捲って3枚目。

 “あのエリアに居た

 2小隊 27名で

 死者は”

 何人死んだ。

 最後だ。4枚目。

 “25名です”

 

 そうか。私と、もう一人か。

 みんな死んだか。私のように焼けて、それで私と違って死んだわけだ。それはすごかったもの。私のほうがおかしいわけだ。

 

 そうか、死んだのか。仕方のないことだ。私達は油断した。注意一秒怪我一生とはよく言うけれど、命まで取られてしまったわけだ。不注意のせいで。少佐をあまりに信じ切った私達全員の責任だ。少佐を含めて、私と、死んだ皆の。気に病んでもいけないと思った。鎮静剤も効いてるのか、あまりショックはない。

 

 それで最後に、麻酔で眠る前に見た女、少佐のことがなんとなく気にかかった。根っこでは反りが合わなかったけれど、まぁ悪くない上司だったし。

 口を、だ、い、た、い、ちょ、う、は。動かした。すぐには理解してくれなかったから、ペンで書くジェスチャーを右手で、そして視線をそこに遣る。するとそのほうが早いと彼が察して、メモパッドをベッドに置いてペンを手に握らせてくれた。

 

 難しい字を書くと読みにくそうだし、手元が見えていなかったからひらがなで、

 “た゛ い た い

 

 ちょう は ?“

 と書いた。2段に分けたのはちょっと大きく書いたからだ。

 

 すると、軍医はメモを拾ってさらさらと書く。

 

 “歩けなく

 なりましたが

 後方で復帰する

 予定だそうです”

 

 おう。見事に生き残った。もう一人が少佐か。確かに、救護車両であんなシレッと煙草吸ってて死んでたらギャグだ。血まみれだと言うのに見慣れた平然顔でくわえタバコ、死ぬわけがない。死ぬやつは美味そうに吸う。

 

 ウチの少佐、後方行きか。あれがそのまま上に行けば深海棲艦にも多分負けないだろう。

 本陣が落ちた以外作戦は完璧に実行されたはずだ。間違いなく勝ちで、功績が認められて昇進だろう。傷痍軍人勲章も貰って、箔も傷もついた立派な英雄だ。

 

 しっかし、大将首を取ったと思ったら首無しでも平気で向かってくるんだから相手もゾッとしただろう。統率機能が麻痺して勝ちを拾えるとでも思っただろうが、そうは行かない。そもそも私達の本陣はもう指揮なんかしちゃいなかった。少佐お手製の”聖書”を読んであとセルフサービス。それが私達。はっきり言うと、あの時点で少佐は居ることだけが仕事だった。

 

 現場ではあまりやることがないだろうけれど、後ろに行けば彼女の仕事はたくさんあるはずだ。私とは相性が悪かったけど決して嫌いではない。むしろ憧れすらある。だから立派に出世していただきたい。

 私から見ると、あの人はいつも正論が過ぎて、一周回って変なカリスマ存在になっていた。男連中はなんか大丈夫じゃなかった。見目スーパー麗しい女性をじっと見ていても問題ないというのがツボだったらしい。上官の機微には常に気を配るのであります、とか言ってずっとガン見だった。視線が顔より下率高めなのはまぁ、だよねぇとしか。でも女の私達も特に敵視はしてなかった。最初こそ同僚のうるさい女が突っかかったのだけれど、あまりに反応が斜め上すぎて疲れ果ててしまった。言うことを素直に聞いていれば間違いはなかったし。最後の戦闘以外は。アレはもう、下々の私達も悪いと思うけど。

 で、仕事はしやすい方だったし、予算も滝のように降ってきた。私のような生粋の下請け根性からすれば天国のような職場……のはずだけど、やっぱり節約は大事だと思うから逆にやり辛いときもあった。それを進言したら、

『安物はよくない』

 それの一点張りだ。

『そんなぁ、少佐、安物でも良いものはありますよぉ、これとか、ここ、カタログここ、見てくださいよぉ、お値段以上なんですって』

 と言ったら、

『良い安物は存在してはいけない。適正な品質のものを適正な価格で仕入れ、適正な賃金を支払い適正な態度で生産させるべきだ。良い安物は存在がおかしい』

 と言われ、目からウロコが一枚、うん、ほんのちょっとだけ落ちた。

 まぁ、そうなんだけど。ド正論だけど。でも、安いことはいいことだって染み付いてしまった私の根性が許さなかった。だから少佐とは微妙に反りが合わなかったのだ。某自動車・バイクメーカーはそんな私の理想で、安価・強靭・最速だから好きだ。特にアレのテールのコブが可愛いと思う。ご先祖様のちょっと太めなスーパーバイクも好き。私自身は普通二輪までしか取れなかったから乗れないけど。だから各社はデザイナーを外から雇うくらいならクオリティを上げるべきだと思う。虚飾よりも品質を纏うべきだ。みんなダサくてそれでいい。いいじゃん、私はかっこいいと思ってるし。

 

 聞くべきことは聞いたかな、と思ったので笑ってペンを返した。すると彼―――よくよく見ると、冴えないというより少し女顔だった――――がちょっと照れくさそうに笑ったので、顔も治ってよかったと思った。艦娘はみんな美形だから、私も今は可愛くなったんだと思う。得をした。そのうち鏡を見せてもらおう。

 

 ありがとう、と口を動かすと、彼は

 “どういたしまして

 お大事に”

 そう書いて、病室を後にした。

 

 ●

 

 それから、数日。

 また手術があった。再生させた肺と気管支―――捨ててなかったのか――――を移植して、それから腰に装備とのコネクタを埋め込んだのだ。脳とコネクタ埋め込みの下準備になる脊椎改造は寝ている間に済んでいたらしい。

 脳はブレイン・マシン・インターフェースが入っている。これの役割は簡単に言うと、思考で機械が操作できるってことだ。

 それと同時並行で、“妖精さん”……とかいうオカルト存在謹製の……ナノマシンらしき何かで、私の体は色々と変性しているらしい。顔も以前とは変わりました、って言われた。多分これが私を治したんだろう。魔法でも治らないのか、私の耳と喉。がっかりだよ。とっくに諦めはついてたから凹みはしなかったけど。

 

 それで腰の手術の後だから、しばらくは仰向けじゃなくて横臥の姿勢。体の左側が下。床ずれ防止のウォーターベッドは素晴らしい。しばらくは慣れない体勢、手術の傷が痛んだのが辛かったけれど、手元を見て文字が書けるようになった。自分用のメモパッドとペンをようやくもらえたから、退屈しのぎに看護師と結構筆談した。様子を見に来た軍医ともいろんなことを話した。

 

 そんなある日、彼の家族の話になった。

 妹さんがいて、その子は自分よりお金のセンスがあって、貯めたお金で株とか為替とか、あと先物取引をしてお金を増やしては色々なものを買って楽しそうなんだとか。自分にもたまにプレゼントを贈ってくる、と言っていた。家族思いなんですね、と聞いたら彼はちょっと誇らしげにしていたけれど、困った顔で、彼女はどちらかというとお金が好きなんだと思います、と言った。それでも、良い使い方だと思う。そう返すと、彼は照れくさそうだけど、とても嬉しそうにしていた。

 ……こうやって笑う顔を見ると思う。やっぱり彼は迫力とかに欠けるだけで、意外と美形だなあって。冴えないと感じるのもそのせいだと思う。こうして毎日顔を合わせてみると、目鼻も整っているんだもの。そりゃあ芸能人みたいな一見して分かるような華やかさはないけれど。職業柄か清潔感はあるし、愛想もいい。頼りなさ気なようで、目にも力が無いわけじゃないし。

 そしてなにより誠実。なんというか、どこに出しても恥ずかしくない立派なお医者さんって感じ。もういい人がいてもおかしくないと思う。そう思ってからかい半分に、

 

 ”あなたって

 彼女さんはいます?”

 

 すると彼は、少し迷った素振りを見せてから書いた。

 

 “高校の時 ひとりだけ”

 

 おお、やっぱいたじゃん。

 思わず口笛を鳴らす。鳴ってるかわからないけど。

 久々に肺を使ったからか、少し胸が痛くなった。

 彼に聞いてみる。

 

 “なってます?”

 

 “はい”

 

 おお。じゃあ人を呼ぶ時使えるかもしれない。声が出せないから、貴重な私の出せる音だ。

 気分が明るくなった。

 話を切ってしまったので、目線で続きを促す。

 彼が頷いて、ページを捲る。

 

 “でも つまらない

 貧乏だ なんて

 言われちゃって”

 頭をカリカリ掻いて、苦笑い。

 

 なんと。こんな超々弩級優良物件を見逃してしまうとは。

 なんて見る目のない女だ。同じ女として許しておけん。

 

 “もったいないことする

 女もいたもんですな!“

 

 見せる。ちょっと頬をぷぅと膨らませてみながら。やっぱりまた胸が痛んだ。顔に出るほどじゃないけど。

 彼は驚いたように少し目を見開いて、

 

 ”それこそ ぼくには

 もったいないお言葉です”

 

 そう言って顔を赤らめて、眉を下げて笑った。

 この人、なんだか可愛いなぁ。

 そう思って、私も笑った。

 なんだか、肺が少し痛くなった。

 

 ●

 


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