女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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あか

よど

2016/11/15
内容を修正して本編の描写と整合。


番外編-1『かってに改造してもいいの』
ジェニーは戦場から帰ってきた


 彼女が私を見つめて、口を動かしている。

 話している。

 今の私には、何も聞こえないけれども。

 それをじっと見ている。

 

 じっと。

 淡い桜色の唇の動きを、その隙間から覗く柘榴のように鮮やかな舌の形を。見つめる。

 

「―――――」

 

 一度口がすぼんで、開いて。

 次は唇の隙間に舌が見えて、そしてまた同じように開いて。

 最後は白い歯が閉じて、少し開いて。横に開いている、というか。

 うん。これはもう分かる。“わたし”――――――――私。

 視線を一瞬下ろして、机の上のタブレットを指で叩く。QWERTYの見慣れた配列、手応えのない画面に指を走らせて。

 飾り気のないワードプロセッサアプリの白い画面に、その”わたし”が黒く刻まれた。

 タブの向きをひっくり返して彼女に画面を見せる。彼女も私から一瞬視線をタブに遣ると、すぐに嬉しそうに笑って、大きく頷いた。

 合っていた。

 私も嬉しくなったけれど、素直にそれを表すのは少し照れくさくて、僅かに上目遣いになって少しにやけるだけ。こんなの簡単だよ、って見せたくて。

 

 ●

 

 私には声がない。そして、聴力もない。

 ちょっと前までは有ったのだけれど、前の職場……というか陸軍にいたころ、戦場で爆発に巻き込まれて、喉も聴覚神経も見事に崩壊した。まるで爆破解体。いや本当に爆破解体。声帯なんて焼け爛れるなんてもんじゃない。もうほとんど無かったのだし。肺もほとんど焼き尽くされて、呼吸がそもそもままならなかった。頭も衝撃でめちゃくちゃ、良く視覚が残ったと思う。ゴーグルがぎりぎりで眼球とかを守ったのかもしれない。耳と声は無くなったけど、目はあるし手足もある。ジョニーみたいにならなくてよかった。洒落になってないけど。

 

 それでも、私は生きていて、今はこうして艦娘をやっている。生き汚くも。

 

 ●

 

 あの時のことは今でも鮮明に思い返せる。

 

 深海棲艦が現れてまだそんなに経っていないころだった。

 それに乗じての大陸の某国家からの領海侵犯・本土攻撃に対する逆侵攻というわけで、ちょうど実用化された艦娘達の護衛を受けながら強襲揚陸。在日米軍は私達側に付いて、制空権奪取に大きく貢献してくれた。艦娘にもその能力はあるが、この時は正規軍のお引きだった。

 揚陸と同時に野戦となったが、地獄になった。相手にとって。ナンキン・アゲイン、なんて洒落を言うつもりはない。正規軍相手だ。……多分。ともかく終始こちらの有利で、叩いて叩いて叩きまくり。あっちは命が安いのかよく分からないけれど、どんどん水で薄めたように弱体化していった。

 私のいた大隊はその最前線で作戦行動を行っていた。休む暇はそこそこあったけれど、ゲリラ戦が本格化するとかなり酷いことになった。まぁ大隊長の作戦によって逆ゲリラを仕掛けて徹底的に追い込んだけれど。

 

 最後はもうただの野戦だった。何もない平原。そんなところ地球上に残ってたのか、と思ったけど行けばある。そりゃそうだ。確かに行けば有る。あれ、詭弁か?

 それはともかく、私は工作兵だったから同僚と後方でノンキしていて、大隊長も小隊・中隊に最低限の連絡を取るとボーッとしていた。全て大隊長、少佐の思惑通り。もうあとは各チームに全部お任せ。怖いくらいに上手く行っていたけれど、それからだった。

 

 相手方の兵士が気でも狂ったのか、サーモバリック爆弾を背負って現れたのだ。いやまだ隠れていたのかもしれない。

 まず思った。

 

 “背負うの、アレを!?”

 

 私達からすると狂っている。誰が見たってそう思う。私はそう思う。

 というのも今更カミカゼなんかオワコンだろうという楽観視だったり、私達の国の専売特許と言うかそういう慢心があったり。まぁ結局のところは油断だ。認めたくないけど。

 で一方相手方にはそういう著作権―――著作権?というか手段を気にする発想がなかったり、軍隊と言っても私達もやってることは広義のテロ組織、相手だってテロじみた手段は取ってもおかしくないわけ。それに相手は数も多い。ものすごく多い。なんでゲリラ戦なんかしてくるのか分からないくらい多い。物量なんか捨てて掛かってこいなんて言ったつもりはないんだけど。

 ……私達のメタ戦略によるゲリラ狩りを更に潜り抜け、自爆。……実際そんなの成功するわけがない!と思いきや相手の強みは試行回数。回転数が全てだから回せば確かに当たる。そして精兵だって畑で採れるお国柄。いくら薄まっても、抽出してみれば出て来るみたい。それで見事にウチの少佐の鬼謀を退けての大金星。

 当の大金星殿はギリースーツでも着ていたみたいで、顔は土色でベタベタだった。高ぶった挙句に脱ぎ捨ててしまったみたいだけど。

 

 それで、私はとりあえず拳銃をドゥンドゥン撃ちまくって殺してみた。アサルトライフルは流石に爆弾も貫通しそうでちょっと怖いし。相手はなんか訳分からない言語で意味の分からない叫び声を上げていた。ああ断末魔か。なんだかわからんがとりあえず良し。

 それで一安心して大隊長に報告していたら、突然の大爆発。

 

 うん。遠隔起爆もアリだよね。そりゃあ。

 これは死んだわー。

 

 

 意識が戻ったときは酸素マスクが着いていた。

 でももうそろそろ手遅れ。全身熱傷でズタボロ。それは分かった。しかも何も聞こえない。これが死の静けさかとしみじみ。

 だから末期の水を頂いて後は死ぬだけというところ。

 そんな、血と諦めで霞んだ視界の中に誰かがいた。

 白衣の男だ。眼鏡で、なんか冴えない顔だった。多分作戦が終わってやってきた援軍、そこの軍医だったと思う。戦場で何をそんな小綺麗な格好を、とちょっとばかり憎たらしく思った。

 その男の口がなにやら動いていたけれど、それに私も口の動きだけで、”きこえない”と言った。口もボロボロで、動かすたびに崩れていくようだった。もう痛いとか痛くないとかそんなの分からない。

 目は合っていたから、視覚が生きていることは分かってくれて、すぐ筆談に切り替わった。白衣のポケットからメモ帳を手早く取り出して、ボールペンで急いで書き始めた。

 

 ”あなたには

 カンムスのてきせいが

 あります”

 

 時間が惜しいのだと思う。ひらがなで大きい文字だった。

 軍内では機密、世の中に知られてはいけない事実。健康診断と一緒になんだかんだで測れてしまうもの。

 天職とも言える”工作艦娘”の適性があるということはよく覚えていた。

 ただ頷く。すぐにもう1ページ。

 

 “カンムスへの

 かいぞうを

 うけいれるならば“

 

 一枚捲る。大きい字に小さいメモパッドだから埋まるのが早い。

 そして走り書きで、

 

 “あなたを生かします”

 

 その文字列に、意識が沸騰した。

 冷たい微睡みはすぐに蒸発、私は即答で頷いた。二度、三度、四度。

 諦めが砕かれたなら、あとはもう執着しか無い。人間、そう簡単に悟れるもんじゃないと身をもって知った。死ぬ1分前でも、生の可能性をぶら下げられたらこうなるだろう。

 

 そんなわけで、私は即座に担架で持ち上げられ、バカでかい装甲車両内に運ばれた。

 それで担架から降ろされて妙に柔らかいベッドに載せられると、すぐに別の吸入マスクを口にあてられた。

 軍医が“吸って”なんて文字を見せてきたけれど、無茶を言いやがる。さっきから吸ってるし痛くて仕方ない。

 恨めしくそれを睨みつけてやって、私は焼けた肺にそれを押し込んだ。

 同時にもう適当極まりない場所に筋肉注射。

 意識はすぐに薄れていく。死ぬのかな、という心配はなかった。

 

 そんな中、横目に最後に見た風景は、隣の病床に横たわって煙草を吸う上官だった。

 大怪我してもどこ吹く風の超絶美人。

 少佐め。貴女もしぶといもので。

 

 ●

 

 次に目が覚めたときは、体が痒かったし、熱かった。あと背骨の中が妙に痛い。でも火傷や骨折のそれじゃない。所謂普通の発熱、背中はよくわからない。

 目だけで体を見ると、患者着。半袖の浴衣みたいな。

 痛みはないし、袖の先の肌にはやけど跡なんて影も形もなかった。

 むしろテッカテカのピッカピカだ。それがどうした、と思うにも、私女だし。

 肌に傷が残るのって流石に抵抗あるし、あんな大火傷の跡を背負って生きるのは結構キツイものがある。下手すると生き地獄。

 

 で、息は出来なかった。出来ないけど、苦しくもない。なんだか胸がスカッと……というかスカスカしているから肺は可燃ゴミ行きになったのかも。喉もなんだか、あるべきものがない感じ。

 もう少し体を見ると、首と太腿のあたりから管が伸びているみたいで、その先によく知らない機械があった。でも多分、私の命を繋ぐ機械。人工心肺みたいなものだろうか。心臓は……ここにあるみたいだけれど。じゃあ肺の代わりか。

 

 指を動かそうとする。人差し指、中指、薬指、小指。最後に親指。そして握って開く。

 それを右手と左手。

 ……手は動くみたい。腕は、左腕は点滴が数本刺さったままだから動かそうにも動かせない。多分。右腕を少し上げてみる。

 上がる……のだけれど、なんだかぎこちない。それに、ちょっと疲れる。

 ……頭がぼうっとする。多分、完全に安静でないと酸素が足りなくなる。肺ほど高性能でもないのかも。いや、そりゃ炭になった肺よりはよっぽどいいけれど。

 

 すると、いきなり白衣の男が現れた。緊張の面持ち。顔には見覚えがあった。私を拾った軍医だった。

 私は声が出せないから右の手首だけ動かしてちょっとニヤリ笑い。

 それを見て緊張が解けたのか、あからさまに肩がすぼむ。安心したのか、冷や汗を袖で拭っていた。

 そして、彼はすぐに左の胸ポケットからメモパッドとペンを取り出すと、丁寧な字でこう書いて私に見せた。

 口も動かしながら。

 

 ”聞こえますか?”

 

 首を左右に揺らす。それを見て、彼の眉が下がる。申し訳なさそうに。

 またメモに書き込む。二枚に渡って。

 1枚目を見せてくる。

 

 “脳の聴覚神経が

 欠損レベルで損傷していました

 治療しきれなかったようです”

 

 頷く。ああ、そうなると、もう脳を取り替えるしかないのか。

 つまり私が死ぬまで。何も聞こえない。

 彼はページをめくって、続ける。

 

 “声帯も 同様です

 完全に崩壊していました

 生きていたのは奇跡です”

 

 そうか。声も、もう二度と出せない。

 死ぬまで。何も声に出せない。

 

 ……分かっていた。

 命が繋がっただけマシなのだ。

 命が繋がってしまったから、聞こえないことが、声に出せないことが辛いだけ。

 生きているのに。生きて、生きて、いるのに。

 私には誰の声も届かない。誰にも声を届けられない。

 

 金槌の音も、コンクリートカッターの音も、足場を組む音も、重機のディーゼルエンジンの音も。

 銃声も、砲声も、無限軌道の足音も。

 音楽も、歌も、騒音も、生活音も、誰の声も。

 

 聞こえない。ろう、それも超えてしまって、もう聞くという機能が根こそぎなくなってしまったのだ。

 今や耳と脳にはなんの関係もない。

 よく生きていられる。よくこうして脳が動いている。不思議だ。

 

 私は、音の世界では死んでいるのだ。

 

 心臓が跳ねた。血流が激しくなって、酸素が足りない。

 聞こえない。私の命の音すら聞こえない。

 死んでいく。全身が震えながら死んでいく。

 私の体が、死んでいく。

 視界が消えていく。聴覚は元からない。触覚は、ただ冷たさを返すだけ。

 

 でも、左腕が強い力で押さえつけられて、すぐにちくりと痛みが一度走った。

 その後、目が覚めたように意識が浮上してくる。

 

 ”大丈夫ですか”

 

 目の前のメモパッドにそれが書いてある。

 私は一度頷いた。

 すると、軍医はまたスラスラと文字を綴っていく。また二枚に分けて。

 

 “一時的に酸素量を

 増やしました

 鎮静剤も投与しました“

 

 捲る。

 

 “安静にしないと

 また酸素欠乏になります

 絶対安静です“

 

 そして少し考え込むと、何か良いことを思いついたように、

 

 ”文 字 通 り の

 絶対安静です”

 

 そのページを見せて、私に微笑んだ。

 少し痩せぎすだけど、純朴で愛嬌のある男だ。

 好感を抱く。

 

 なるほど確かに、私には文字がある。

 

 まだ目は見えている。まだ手はある、足もある。

 私はジョニーじゃない。戦場から帰ってきた、ただの耳が聞こえなくて口のきけない女だ。

 私にはまだ文字がある。

 ひとまず、手を動かせるようになりたいのだけど。

 

 私は右手を、ペンを持つ形にしてゆらゆら動かした。

 一方的に話されるだけというのも、おしゃべりな女にとっては辛いのだ。

 

 




あか

よど

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