拳銃の描写を僅かに訂正。
2017/11/26
矛盾点があったため修正。ささいなミスです(小声
「――――――――以上だ。あとは叢雲に引き継ぎを」
朝起きて着替えを済ませ、那珂・神通・大井・五十鈴の夜警部隊からの報告を聞いてから、私は瑞鶴に命じて金剛型の妹達を呼び出した。そして、役割の決定について通達した。金剛の世話役に叢雲を任じた、と。同時に3人はお役御免となることも。
「はい……承りました」
三人は頭を下げ、比叡が返事をする。やはりだ。比叡だけは驚かない。榛名、霧島が目を見開いて息を呑んだのと対照的に、比叡は目を潤ませて歯を食いしばっただけだ。普通、こういうリアクションは“無念”を表すものだと考えられるが、”驚き”ではないはずだ。
……比叡は時々、天才的な察しの良さを見せる。今もその片鱗と言っていい現象だ。説明は受けているが、にわかには信じ難かった。しかし、ここまで事実として見せつけられると、否が応でも認めざるを得ない。
本人曰く、比叡は”神憑り”だ。艦娘になってからそういった力が備わったと言っていた。彼女は時々立ったまま意識を失うが、このときに未来予知が来るらしい。本人は“頭が悪くてあまり多くを覚えて戻れない”と言っていたが、今回は金剛との関係性という、一番重要な情報だけを持ち帰り、結果として私によるこの指示も知り得たのだろう。これで現象の実在は確認できたと考えられる。
ともかく指示。
「では、通常業務に戻りたまえ」
「はい」
三人は敬礼。そして、執務室を後にした。
……まさか、雪風と同じような不条理を見ることになるとは思わなかった。雪風は非常に面白い。雪風は存在が不条理の塊だ。ここの艦娘の中で唯一特筆すべき履歴を持つ。しかし記述にあった”地雷原でシャトルラン”は非常に面白い言い回しだった。無論、それを超えて生きていることも。一番たまげた、というか恐怖したのはロシアンルーレットだ。意味が分からない。笑った。不条理とは面白い。
最初の面談前に履歴書などを受け取っており、申告事項に“特技:自動拳銃ロシアンルーレット”とあったので発砲の周知、拳銃のメンテナンスなどが必要と分かった。使用弾も明石にも見させて状態は完璧にした。そのため雪風と対面したのは一番最後だ。ちなみに最初は金剛だった。会いたい。
さて、このロシアンルーレットの内容であるが、まず私の私物であるエンフィールド・リボルバーでまず10回ほど試行させた。弾丸は一発装填。ここで死ねば嘘つきの首が飛んでそれはそれで問題なかったのだが、雪風は表情を一度も歪めること無く乗り切った。これでは嘘つきかどうかを判定するには少々心もとなかったので、申告どおりに自動拳銃でロシアンルーレットを試行させた。ルーレットになっていないが。ひとまず使わせたのはL85からだ。銃口を口に入れさせて手で引き金を引かせることにした。ブルパップ機構はこういうときに役に立つ。
当時を回想する。
●
雪風は執務室に用意した折りたたみ机、パイプ椅子に就いて私と面談を行っている。
私の右前には初期艦たる叢雲が控えていて、時々首と肩を回してストレッチさせていた。やはり慣れない土地と立場だ、ストレスによる筋肉の緊張はそう不思議ではない。パイソンズでもダメか。あとで抗不安薬でも差し入れた方がいいだろうか。アレは肩こりに有効な上精神も落ち着かせる。昔は私も手放せなかったが、今や余りが沢山ある。
ともかく、私は既に履歴書の読み込みを終えているため、私は本題の”自動拳銃ロシアンルーレット“、それに関しての話を始めることにした。まずは、
「試しにアサルトライフルでやってくれ」
「え、まじですか、アサルトライフルですか、扱い慣れてはいますけど」
「“まじです”だ。――――私は大真面目だ。女王陛下の銃でまず試してくれたまえ。これもオートマチック銃だ」
「えぇー……」
「叢雲、彼女に渡してくれ」
「はいはい……」
命じ、私は側に控えさせていた叢雲に手渡すように命じる。執務机に並んだ銃器類の中から、私から見て一番右端の、弾倉が引き金より後ろにある、つまりブルパップ構造のアサルトライフルを手に取る。ストックとレシーバーを手に取り持ち上げ、顔をしかめた。
「それにしても……聞きしに勝る重さよねぇ」
「この重みこそが英国の誇りだろうな」
私が真顔でジョークを言う。すると叢雲が目を見開いて、
「はぁ?……えーと……ジョーク?」
「ジョークだ」
私が即答すると、叢雲は眉と肩を落として溜息、
「はぁ……いい根性してるわ」
「謹んでその賛辞を受け取ろう」
「はぁ……」
二度も溜息を吐いた。
やはりか。ここ数日で相当ストレスが溜まっているらしい。速やかに人員配置の改善を行い、個々人のストレスを軽減する必要がある。そしてそのための面談だ。
まず、不愉快なことだが。
現段階で鎮守府はほぼ機能していない。前提督が死去し、それっきりだ。トラック係数ゼロとは笑わせる。経理関連、工廠だけは辛うじて業務が遂行されているだけだ。その他の庶務雑務は手が回っておらず、効率は最悪の段階へ移行しつつある。出撃を管理出来る者は一人。責任者が不在であるため、いちいち大本営に問い合わせる必要があるのだが、その方策に移行することも覚束ない。資料が散逸している。引き継ぎが成されていない以上、この際ゼロベースでシステムを組み直すことを決定するに至った。
特に経理に関しては一人で回しており、加えて資金運用によって利益を叩き出し、鎮守府の任務のための戦力を融通する資金としている。要は他鎮守府に増資と引き換えに応援を要請してまで掃海を実施しているのだ。最悪と言っていい。費用対効果は極めて低く、かつ自前の戦力が機能していないということは即応性もない。近辺の傭兵でも雇っているならばともかく、戦力が来るのは幌筵泊地、舞鶴鎮守府、最悪横須賀鎮守府からだそうだ。当然あちらは精兵を多く揃えていて、ちょうど教育中の艦娘が数人いた。それを下請けとしてこちらに回させているのだ。重要度が比較的低く、海域のパワーバランスもこちら圧倒的優勢で保てているからだ。
だから、私はこの中からまず戦闘に長けた艦娘を割り出して常備の戦力を得る。それからは経理、資料整理、その他諸々の業務を振り分けて最適化する。
……ここの艦娘についてのデータは全て提出させて目を通しているが、戦闘可能艦は多くない。ならば単一業務をこなすだけのワークスタイルにすれば、促成が早い。早々に労働力が死んでいる状態は解消される。
またゼネラリスト数名よりもスペシャリストをそれ以上抱えるほうが労働効率は高いと考えられる。これは極めて有能なゼネラリストによって覆ることではあるが、ここの艦娘らにその必要以上の有能さを発揮させるつもりはない。負荷が高すぎるからだ。果ては過労死だ。それをよしとするのであれば、前提督が死へ招かれたように、いずれ来る誰かの死を以ってして、今一度証明されることになるだろう。
幸い数は居る。交代制を取りつつ休日を十分に確保することが出来るだろう。戦闘以外は一般的なフルタイムワーク、あるいはパートタイムワークで回る。夜勤は必要ない。残業も基本的には起きないはずだ。繁忙期と呼べるときが来た場合には後から休みと給与を調整する前提で人海戦術を取り、早期に片を付ける。
加えて、ここには資金運用と経理関連のスペシャリストが居る。彼女とマネージメントについて協議していけば研修方法も自ずと形成されていくはずだ。そして彼女をリーダーとし、平時は資金運用のみに専念させる。必要十分のアドバイスと承認の手続きを行う業務も行わせるが、そのうち負荷は加速度的に低減されるだろう。そこまでは私が労働力管理のフォローを行えばいい。
適切な業務態度で、適正な業務を。私の受容、適応、改善の能力に掛かっている。
私の責任だ。私の自由だ。誰にも譲らない。ここは私のものだ。ここを完璧に構成された労働の場に変える。
そして、目の前にデータ上は非常に有望と思われる艦娘が居る。無論、昼戦戦力としてだ。夜戦戦力は以前から進めている面談でほぼ固まっている。昼戦は不安が残っている。特に金剛は怪しいと睨んでいる。パフォーマンスをフルに発揮できるとは思えない。
さて、
「では始めよう。叢雲、雪風にそれを渡してくれ」
「はいはい」
「えぇー……」
それにしても、さっきから“えぇー”としか言わない雪風は一体何が言いたいのだろうか。不満はあるのかもしれないが不服を申し立てては来ないため、ともかく実施を命じる。
「ではコッキングレバーを引いてから始めてくれ」
「は、はい」
雪風がL85を抱え、小さい右手でレバーを引く。装填される音の代わりに、何かが落ちる音がした。
マガジンが落ちた。最高だ。
「流石だ」
「え、何がですか」
すかさず雪風が何がと問い、
「雪風が?」
叢雲が正誤を問い、
「銃がだ」
私が答える。
流石は改修前、信頼性の無さに関しては期待を全く裏切らない。よく出来たジョークグッズだ。素晴らしい。
叢雲が震える声で再び私に問う。
「……ジョーク?」
「事実を言っている」
「はぁ……」
溜息も三回目だ。これはいよいよ良くないと思う。やはり秘書艦業務という意識を持つだけで気が重いのだろうか。
……彼女はここの艦娘と違い、完全品として精製された艦娘と聞いている。それも優秀な、だと。どうでもいいが、私の記憶している通りならば―――――――出身は大阪府大阪市。海軍経理学校第六席次卒業。人間時の最終階級は主計中尉。そのはずだ。私は陸軍士官学校卒だが、第五席次だ。一応、数字でも上である。尤も今でも生きているのは主席か私以下の席次の人間だが。死にかけた私はまさにボーダーと言うわけだ。
精製されてからしばらくは横須賀鎮守府で戦闘・庶務に従事して経験を積んでいたが、私が着任するにあたって随伴して転属することとなり、今に至る。それまではせいぜい下士官待遇、それも最大の鎮守府ともなれば目上はいくらでも居た。それがここに来ると私を除いて彼女がトップだ。知る限りでは川内は少尉、神通が兵曹長だったはずだ。
彼女が選任された理由としては、やはり主計の職務経験があることであると考えられる。よって今回の上からのオーダーは業務の改善。私にとっても最上命題であると感じている。
しかし、やはりプレッシャーは大きいのだろう。天下の横須賀鎮守府の新人下士官から、一気に統括役に大出世だ。まぁ、私はやることをやったら楽隠居出来る予定なので特に気負うことはない。せめてもの慰みとして“モンティ・パイソンズ・フライング・サーカス”のDVDを差し入れたのだが。そういえば感想をまだ聞いていない。だがそれは後でいい。
「叢雲、抗不安薬ならば持ち合わせがある。必要ならば私から個人的に譲り渡そう」
「……いえ、不要よ。はぁ……」
本当に不要なのだろうか。私は必要だと思う。
さて、やはり明石に整備させても無駄だったようなので、今度は、
「ではこの拳銃でやってもらう」
「そのためだけに用意したわけ……」
「面白かっただろう」
「いやさっきのロシアンルーレットで肝は凍ってるわ」
「む……冷えすぎたということか。だが彼女の特技が本当ならば何も恐れることはない。嘘ならば嘘つきがいなくなるだけだ」
「うわ……」
何が“うわ”だ。嘘つきが居なくなるのはいいことだし、何よりそんな嘘をつく方が悪いのだから。最初から実現できない特技は書いてはならない。当然のことだろう。第一出来ないことを出来ると書いたとして、いざやってみろと言われたらどうするのか。それが社会でならば首が飛び、戦場ならば犬死だ。私の大隊にそのような兵は居なかった。正直は美徳である。私が確実に信じられる倫理の一つだ。なにより雪風が使えなくなった所で次善の策は打てるのだから。ただそうすると私が楽を出来る領域が減る。
ともかく、私は1つの自動拳銃を指差す。
ブローニング・ハイパワー。マガジンはダブルカラム、要するに2列弾丸が並んで装填されている。装弾数は単純にシングルカラム――――――1列装填の2倍程度だ。今回は20発装填。
「全弾入りだ」
そう言うと、叢雲が言わずとも彼女にそれを手渡しに行く。
一方私はスマートフォンを操作し、明石に一通メールをしたためた。
”やはりL85は流石の出来だ
来々世ではより良くなっているはずだろう”
送信。
現在は手空きのはずなので、すぐに返事が返ってくるだろう。
一方雪風は安全装置解除、スライドを引き、右こめかみに銃口を当てて私の指示を待っている。
待つ。
……送信から18秒。そろそろだろう。
「It’s」
着信音が流れ出した。
やはり良い。私の機嫌を良くしてくれる。
一方叢雲は、
「ぶっ」
吹き出していた。口に手を当てて体を背け、背を丸めて震えている。
「どうした」
「じょ、じょう、条件、反射っ、でっ、わ、笑っちゃって……ぶっ、ふふふ」
「面白かったか」
「ん、んふふ、そ、そうよ、悪い、んふふふふ」
「いや、責める気はない。何より良いことだ。では雪風、始めてくれたまえ」
「えぇ……」
またか。メールを確認しながら話すとしよう。別段処理能力に問題はない。
「さっきからえーえー言ってばかりだが、その意図するところを教えてくれないか」
「えぇー……いや、その、うーん。さっきから思ってたんですけれど新しいしれぇは随分無軌道な人ですねぇと」
「思考過程を全て話せば君も納得するとは思うが」
「いえ理解は出来ても納得はできないかなぁと」
「む」
メールの内容は、
”流石Sitty-Ass(クソッタレ)80でした
あと来来世はもうドイツ製です “
好きなセンスだ。
整備していてアレの存在の冗談に気付いたようだ。
改修1度目で改善が足りず、2度目にドイツに力を借りて漸く兵器未満を卒業したという、実に愉快な不条理。しかも高すぎる。アレはダメだ。価格と価値がまるで釣り合っていない。ジョークグッズ機能を付けて漸くと言ったところだ。ただ無駄に値段が高いというジョークとして価値が高いので、ジョーク価値と実用品としての値を足すとちょうど釣り合うわけなのだが。
それはいいとして。
「納得出来ないなら構わない。だが敢えて説明するならばただの世界的ジョークだ」
「その世界的ジョークってなんですかしれぇ」
「世界の現代コメディの原点、それがモンティ・パイソンということだ」
「……ああ、さっきの曲叢雲さんがこないだ見てたDVDのやつでしたねぇ」
「見たか」
「いえ、雪風下ネタはあまり好きじゃないので」
「そうか」
私も子供の頃は良く“フル・フロンタル・ヌーディティ”の真似をしたものだが。
母親から怒られた。ジョークの分からない人だ。
雪風も見た目に反して子供らしくない。艦娘は見た目が年齢と直結しないが。
「まぁいい。始めてくれたまえ」
「はい」
私の指示で、ロシアンルーレットが始まる。
引き金を引く。
炸裂音は無い。
不発だ。
……一応、明石に全て整備させており、動作の保証は完璧とまで伝わっている。その上でやはり不発。あり得ないことではないが、普通あり得ない。
「しれぇ」
雪風が私を呼ぶ。
「何だ」
「しれぇが撃ってみてください」
「む」
不発した銃を渡して、撃ってみろとは。どういうことだ。
「窓から撃ってみてください」
「……分かった」
考えてもわからないことは考える意味がない。ならば、
「叢雲、雪風から銃を受け取った後、窓を開けてくれ」
「……わかったわ」
固唾を呑んで雪風を見守っていた叢雲は、私の声で漸くハッとしたように動き始める。
そして雪風から銃をおっかなびっくり受け取り、後ろの窓を開く。
私は車椅子をターンさせる。
「はい」
叢雲から銃を手渡される。
不発の原因は、弾薬不良・機関部品の劣化が原因だ。ジャムならば撃ち方と機構の問題だ。どちらも起こり得るのは整備が行き届いていない場合だ。……あり得ないことではないが、限りなくあり得ない。
そう思いながら、撃つ。
炸裂音。
撃てた。
「む」
どういうことだ。そう思って、もう一発撃つ。
発砲音。また撃てた。……ならば。
「雪風」
「はい」
「もう一度試行してくれたまえ。叢雲、渡してやってくれ」
そう言って、再度雪風に銃を渡す。もう一度車椅子をターン、今度は90度だけ。
顔だけを雪風に向ける。
雪風が引き金を引く。
不発。……引き金の引き方の問題だろうか。試しに、
「雪風、窓から外に向けて撃ってくれ」
「はい」
ててて、と早足で窓辺に歩いてきた彼女は、
「いきます」
そう言った。耳を塞ぐ。
発砲音が鳴った。私は間髪入れずに、
「もう一発だ」
「はい」
発砲。成功している。念のため、
「あと一発」
「はい」
銃声。これも成功。ではもとに戻し、
「ロシアンルーレットと窓からの発砲を交互に試行してくれ。それぞれ3回だ。その場で構わん」
「はい!」
こめかみに撃つ。撃たれず。窓から撃つ。撃たれる。
こめかみに撃つ。撃たれず。窓から撃つ。撃たれる。
こめかみに撃つ。撃たれず。窓から撃つ。撃たれる。
「よろしい」
どうやら、自動拳銃ロシアンルーレットが得意ということに嘘はないようだ。ならば更に質問だ。
「私が君を撃つとどうなる」
雪風は、
「……そうですねぇ、なんだかんだで雪風は死にませんよ」
「つまりは、“君が死なない”ということが本質か。そのなんだかんだについて、説明できる限り説明したまえ」
推測ではなく、断言の形で述べられたそれについて、更に追及する。
死なない、そうか。死なないことが中心にあるのか。
ロシアンルーレットの成功とは畢竟“死なないこと”に尽きる。死なない原因が”発射されない”ということならば、逆説的に、”死なないために発射されない”ということになる。今回は”発射が起きなかった”のではなく、”不発が起きた”のだ。であれば、”死なないために起こる出来事”の範囲はいかなるものか。
雪風が指を折りながら言う。
「はい、まずは不発ですね。今みたいな。それと一発外してからのジャム、突然の闖入者に当たる、当たりどころが良くて跳弾して急所を逸れる、直撃しても致命傷を逃れる、死んでも蘇る、殺そうとしてくる人間が死ぬ、などなどです。とにかく死にません!」
「では、生き残る原因の発生はランダムか」
少し眉をしかめて考え込み、数秒。
「そうですねぇ、多分テキトーに起きてるかと」
「ふむ」
どれもあり得ないことはない現象だが、その発生に関して雪風自身の意思が反映されないということか。要するに、生き残るときに発生する被害をコントロールすることは出来ない。要は銃で囲まれたときに同時に全ての銃が暴発して命拾いする、などを狙えないということか。続けて聞く。
「君が死にたくないと考えるから発生するのか」
「あ、いえ。別に、そんなことは、ないです」
生命維持の意思があろうとなかろうと関係ないようだ。ならば、本能的に死を覚悟し諦めたとしても、それでも尚生き残るということだ。要はどんな地獄に出しても問題はないということか。例えばベトナムの森の中、あるいは二次大戦時のソ連上空、はたまたフィンランドの豪雪地帯にも。それでも生き残れる、と。
「すると、こうか。“本人の意思に関わらず、あり得る現象ならばそのあらゆるものがランダムに発生、それによって死を回避させられる”と」
そう、“させられる”。“する”ではなく、”させられる”なのだ。雪風の意思が反映されていない以上、それは受動的な現象の一つだ。体質と言っていい。少なくとも、私は能力とは認識しない。
「そもそもはじめから“体質が不死身”と書いておけ」
そう言うと雪風は口を一度あんぐり開く。次は慌てて、
「信じてもらえるよう、わ、わかりやすく書いたつもりだったんですよぉ」
「おかげで解釈の手間が掛かった」
そうだ。不死身ということならば別にロシアンルーレットの他にやりようはあったし、銃器取扱を行うという警告も出す必要がなかった。もっと単純な方法も思いついただろう。
その隣で叢雲は窓から吹き抜ける風に髪をなびかせ、首を傾げて言う。眉は下がり、目はじとりとしている。
「にしてもよく信じるわね」
「受容・適応・改善」
彼女は目を丸くし、
「…いきなり何よ?受容、適応、……えっと、改善?それが?」
「私の座右の銘だ。ここの方針も、そうなる」
「……そう」
漸く真顔に戻った彼女から向き直り、私は執務机に再び向かう。
「雪風、席に戻りたまえ」
「あ、はい、しれぇ」
返事は早く、足取りもまた速い。すぐに席に戻ると、パイプ椅子を静かに引いて来たときと同じように座った。背筋は少し丸くなったが、概ね真面目と言える姿勢だ。許容範囲とする。
「では“不死身”に関する検証を終わる」
そして私は彼女が筆記した履歴書を手に取り、
「他、記入漏れのある申請事項は今ここで受け付ける。あるなら言えばいい」
すると、雪風はまた考え込む。ああでもないこうでもない、とボソボソと独り言を言いながら。
だが結局は、
「ないです!」
「そうか。では手間を取らせた。行っていい」
「ありがとうございます、しれぇ!」
起立して敬礼。そして快活そうな笑顔のまま、ててて、と音を鳴らしながら早足に執務室を去っていった。
「……なに、あれ、雪風は」
叢雲は当人が帰ったのを良いことに、ため息混じりに私に意見を求めてくる。
私は、
「そういうものだろう」
そう言った。
●
私は提督に言われて執務室を出て、妹2人には仕事場に向かうよう促した。そして、私は資料室に向かった。
あそこは私一人で回している。と言っても、毎日やってくる書類をきちんと箱詰めしたりファイリングしたり、あと並べ替えたり。あと、欲しい書類があると聞けば準備して取りに来てもらったり。書式作りなんかもたまにやる。そう、誰でも出来る簡単なお仕事。私は前触れもなく意識がなくなってしまうから、人前で仕事をすると迷惑がかかってしまう。ペースも不安定だから、あまり急ぎにならない仕事ばかり。でも、働けるってことには安心する。艦娘になった初めて働けるくらい動けるようになったっていうのも皮肉だけれど。でも、今の提督が出来ることを探してくれた。私はあの人にちゃんと恩義を感じている。ここを働きやすい場所にしてくれたことも。榛名、霧島が働けるところを探してくれたことも。……お姉さまを、捨てないでくれることも。でも、それは、あまりに悲しいということも。……いや、なんで悲しいのか、よく覚えていないのだけれど。
とにかく、仕事をしないと。私達は行き場がないんだから、ここを追い出されたら死ぬしかない。
そう思って資料室の鍵を開けて入ると、そこには、
ーーーーーーーーー雪風が、立っていた。