女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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2016/11/08
同日22:44に投稿したあと小説の話順を変更したところ、投稿の反映がちょっとおかしかったので、一度消して本時刻に再度投稿しています。


酒を呑む時 彼女もまた酒に呑まれているのだ

 まだ焼けない。飲まずにはいられないがそうパカパカ飲んでいるとホッケまで持たない。

 しかし他に話すことというと、ああ、まぁないわけではなかった。

 

「あー、あとあんた義眼なんだ」

「……嫌な話なんだけど、まあいいわ」

 

 前置きなしで気に障りそうなことを聞いても、彼女は当然酒精が回っていて、機嫌を悪くしていないらしい。

 

「でも」

「でも?」

 

 赤い顔して、瑞鶴はしかしシャンとして顔を上げ、

「鳳翔、ナッツとチョコ出してよ。あるでしょ」

「はいはい、ありますよ。じゃあちょっとお時間貰いますね」

 

 ようやく彼女も合う方のつまみを追加、鳳翔が後ろを向いて棚を漁る。

 じゃあなんでさっきからガバガバ飲んでたんだ。先に頼め。

 あと話は切らないでほしいんだけれど。

 今度は分かるように睨んだつもりだったけれど、目が据わっているだけだと思われたのか、気にも留めない。

 

「じゃあ話戻すわ。隠してた。……目がないなんて、気持ち悪い。あると自分が思っていたいからはめてるだけ」

「へーぇ。でもこんなとこで今更目がないくらいで話にもならないと思うけど」

「そういう問題じゃない」

 

 彼女の声にドスが刺さった。威圧のつもりか。私には効かない。あの宇宙人の方が生理的に恐ろしい。

 私の無反応に一度舌打ちすると、

 

「なんで義眼してるとか、傷とか、薬飲んでるとか、一つ理由を言えば全部おしまいよ」

「ふーん。じゃあ聞いてほしくないってことなのかしら」

 

 空のダブルショットグラスを見つめ、右手で弄びながら、私を見ずに言う。

 

「わかってるなら聞かなきゃ良いでしょ」

「あら、これまッた失礼しましたァ」

 

 私がそれにムカつくようにお道化て言う。ホントムカつくな自分で言ってて。今度からやめとこう。

 

「あんた、酒飲むと本当にウっざいのね」

 彼女がグラスでカウンターをコツコツと叩いて煩わしがるが、構うことはない。私は機嫌がいい。相手のことは知ったことじゃない。なにせ、

 

「当たり前よ、人の金で酒が飲めるなんて天国、アンタも一度人の金で飲めば分かるわ」

「生意気チンチクリンはどうすれば治るか、分かるあんた?」

「うるっさいわねコンパネ」

「死ねクソチビ」

 

 悪態を投げあった所で、一旦沈黙。

 ……熱燗が冷める。飲まないと。そう思ってお猪口を傾けると、もう冷めていた。まだ注ぐべきじゃなかった。

 

「酒が冷めたじゃない。アンタのせいよ」

 

 瑞鶴がもう一度あからさまに舌打ち。汚い。そして鳳翔を見て、

 

「……鳳翔、この煩いビッチが黙る酒出してやって」

「あ?」

 

 あ?何だコイツ。巫山戯んな私は一人としかヤッてない。

 あの野郎はロリコンでクズだったけど。後悔してる。

 

「はぁ。それは預かってるアレですか。ああ、瑞鶴さん、ミックスナッツとチョコレートです。どうぞ」

 

 鳳翔は瑞鶴につまみを渡す。私にはフォローもなし。すぐにその例の”アレ”とやらを記憶から探し始める。人を黙らせる酒に心当りがあるのか。そもそも置いているのか。そんなものを。

 やはりこの女ってばドが付く畜生だ。バツイチになるわけだ、格が違う。

 

「怒るんなら否定してみればいいじゃない」

「は~ぁ?非処女で何が悪いっての?それはそうと私は金出さないわよ。ビ、タ、一文よ」

「叢雲、私はアンタが黙るならタダでも呑ましてやるわ」

「上等じゃない」

 

 そうして言い合っていると、

 

「あのさぁ」

 

 音もなく、白い顔の黒いやつが私の右後ろに来て、私の顔を覗き込む。

 川内だ。サングラス越しの目は見えない。

 

「……なに」

 

 驚いたからか胸が強張って声をうまく出せない。

 

「静かに飲んでくれないかな」

「……はい」

 

 それしか言えなかったけれど、川内はすぐに戻っていった。足音立てろ。

 床の間に上がるとすぐジョッキに口をつけて、またボソボソ喋り始めた。全く暗いやつらだ。

 

 酔いも醒めてしまった。興ざめしたままじゃ勿体無い。出るなら貰おうじゃないか、私の黙る酒を。

 

「瑞鶴、有難く貰ってあげるわ、そのわたくしめのような経験者でも黙るお酒とやらをね」

「鳳翔」

 

 瑞鶴は表情も変えずに鳳翔を呼ぶ。

 冷凍庫をがちゃがちゃと探して出してきたのが、

 

「ええ、これですねぇ」

 

 霜の少し着いた瓶が、私の目の前に置かれる。

 飾りっ気のない700ml瓶だ。

 ラベルは白黒、文字だけで……キリル文字。ロシア語はさっぱりだ。ああいや、英語も書いてある。

 BALKAN……176° ……VODKA、バルカン、ウォッカ?176ってなんだ。アルコールは百分率だ。意味がわからない。

 気になる度数は右端に、

 

「……88度?」

「飲め」

 

 隣から瑞鶴が睨んでくる。ははぁ一発で潰す気か。

 私の知っているウォッカは40度、きっかりそれだけ。それしか知らないしそれ以外は飲み物じゃない。ただの材料だ。私はこれを完成品とは認めない。

 で、

 

「どう飲めってのよ」

「ストレート」

「は?」

 

 鳳翔が笑顔でショットグラスを瓶の隣に置く。キンキンに冷えて白い霧が立っている。

 ふざけるな。ダブルじゃなくてシングルショットなのは慈悲か。お前には30ml分の慈悲しか無いのか。

 機会さえあれば1L泣くまで殴ってやる。

 

「グラス持って」

「あ、ええ」

 

 瑞鶴がひったくるようにボトルを掴んで、蓋を開ける。そしてショットグラスに注ぎ込もうとする。

 慌てて指でつまむように持って支えると、きっかりすりきり一杯まで入れてきた。少しこぼれた分は指に触れた途端、どんどん蒸発していった。気化熱で指が冷える。冷たい。というか痛い。ヤバい。

 

「早く飲まないと無くなるわよ」

 

 当たり前だ。ほぼアルコールそのものなんだからすぐ揮発するに決まってるだろう。というか火元の近くでそんなもの開けるな。どうしようこの危険物。

 うわ、あいつ水のグラスとピッチャーを退けやがった。

 そうして私がまごついたり睨み返したりしてみると、より一層強い睨みが来る。

 

「一息で飲め」

 

 うるさい。飲めるかこんなもの。

 でも仕方ない。この店の安全のためだ。私の安全と引き換えに。

 飲んだらコイツとはたっぷり文句付きでポツダム宣言だ。

 一息で飲む。

 

 冷え切ってとろりとしたシロップのような触感で、

 

「ゔあっ」

 

 言葉にならない。

 早く飲み下せ。早く。舌が、口が灼ける。

 食道には悪いが後は胃に頼んで。

 重々しく喉が鳴る。

 

「ゔぁ、い、うういぃっ」

 

 喉が灼ける。痛い。ただただ痛い。なんだコレ。毒か。3秒後に血を吐いてもなんじゃこりゃとは言わない。

 視界で火花が散る。

 

 3,2,1。胃に着いた。

 やばい、熱い。死ぬ。痛い。水。水。水。

 

「み゛ず、み゛ず」

「嫌」

「じね゛」

 

 カウンターに身を乗り出し、慌てて水のグラスをひったくり返し、飲み干す。瑞鶴は察知して自分の皿、瓶、グラスは避難させていた。

 くそ、当然こうなるからって安全圏から見下しやがって。

 私はピッチャーも取り返してグラスに注いでは飲み干し、注いで飲み干し。

 

 そうして少し落ち着くと胃の中がウォッカの水割りになったのか、普通に酔いが回ってくる。

 

「くそぅ」

「どう、人の金で飲む酒の味は」

「あぁもう、美味しいお酒が飲めると思ったのにぃ」

 

 さっきより物凄い酔ってきてしまって、言語中枢のタガが外れてきている。もうなんでも喋りそうだけど、我慢。我慢しないとなんでも話しそう。危ない。隣の女は下ネタ禁忌だから、言った途端に酒宴が終わる。それだけは避けたい。とりあえず飲もう。動きの鈍い右手でお猪口に酒を注ぐ。

 

「給料が上がるのよぉ、上がるのぉ、やったぁあ」

 

 ああ喋っちゃった。もうダメだ。もういいや。吐いた以上もうそのまま行こう。

 当然瑞鶴が口を挟む。

 

「何それ。知らない。……どうしたらいきなりそうなんのよ」

「金くれーって言ったら上げるってさぁ。ありがたく貰おうじゃないってことで昇給―、ういひひひ」

 

 お猪口でぐい、と飲む。ああ、酒が足りなくなっていく。ちょっとどうしようコレ。

 ホッケまだかな、まだ焼けないのかな。

 そう思ってカウンターに突っ伏す。小休止だ。

 

「何よそれ。じゃあ私払わなくていいじゃない」

「えぇー、じゃあ次の給料日にぃー、お返しぃ。私お金なーい」

 

 右手をひらひらさせて丸腰をアピール。今日は絶対払うつもりはないから。

 月末払えばタダで酒が飲める、なんて素晴らしい。……クレジット払いか。正しくはツケ払いだけど。

 

「財布なんて持ってきてないわよぉ、今晩はぁ、ビタイチ払わなーい」

「あぁそう」

 

 瑞鶴がまた舌打ち。品がない。そしてバルカンをダブルショットグラスに注いで一気飲み。嘘でしょ。

 鶏ガラみたいにキュッキュッキュッのくせに肝臓だけはボンボンボンか。

 流石に平然と、とは行かないのか、体中をブルブル震わせている、ってちょっとその震え方マズくないか。

 私がドン引きしていると、瑞鶴が右手にグラスを掴んで、チェイサーの水を一気に飲み干した。

 

「んぅ、気持ちいい……」

「うわキモ」

「もう一杯、二杯、三杯?飲みなさいよ命で払え、てか死ね」

「やだぁ」

 

 死ぬもんか。ヤダねったらヤダ。

 私は貰うもの貰って、娑婆に帰って働いて、お金を稼いで慎ましく暮らすのだ。

 足長おじさんは死んじゃいけないから。生きてお金を稼がなくちゃいけない。

 でもたまには羽目を外したい。私は釈迦や基督じゃないから。そんなにいい人ってわけでもない。

 アルコールで脳髄をとろろん、のほほんさせても許される。そんなにストイックに出来てない。

 

 ……あとすこしでホッケが出てきそうだけど、お酒が心もとない。

 

 私は突っ伏しながら徳利を持ち上げて、

 

「鳳翔ぉ、お酒もう1合足してぇ」

「おい」

 

 瑞鶴は何か言ってるけど、鳳翔は手を出してきた。

 

「はいはい、徳利お預かりしますねぇ」

「鳳翔」

「まぁまぁ、今度払って頂けるそうじゃないですか」

 

 瑞鶴がカウンターを蹴る。本当に品がないなこの鶏ガラ。

 鳳翔は別に気にした風でもない。けれど、さりげなく飲み代を多く請求するくらいはしてもおかしくない。

 コイツはそういう女だ。見た目と物腰に反して実に陰険。

 まぁそれなりの態度を取ればそのままの態度で返ってくるけれど。私は上品だから平気平気。

 

「じゃあ店にツケとか出来ないの」

「駄目です。この場で払って頂かないと」

「どうして」

「じゃあその、お香典がマイナスになったら、私はどうすれば宜しいんでしょう」

 

 ……何を言えば良いんだろう。縁起でもないし、向こうにはそのいつ死んでもおかしくない連中が飲んでいる。なんて事を言うんだこの女。

 

「私も、お通夜に行ってお金を頂いて帰るのはちょっと恥ずかしいです」

 

 コイツ、本当に取れるなら取るだろうな。死んでても。本当にちょっと恥ずかしいだけで。というかおずおず切り出して普通に金持って帰る。絶対だ。

 これはシャバに出たらバツじゃなくて正の字が書けそうだ。ビッチより酷いわ。

 瑞鶴は、何だそれはという顔で、ヘンと鼻を鳴らし、

 

「……私達、そんな身分じゃないでしょ」

「あら。私から聞いたのですけど、提督は”死んだら葬式もあげてやる“と言って下さいましたよ」

 

 初耳だったけれど、私は、

 

「へぇ、わけわっかんないけどぉ、まぁやるでしょうねぇ」

「……あンの女、何考えてんの」

 

 瑞鶴だけが納得していない。相当今の提督がお気に召さないようだ。そんなのを懇切丁寧に世話しているのだから、立派というか、何というか。

 ただ当のアレ本人は多分、

 

「昼休みにアレとお話したけど、アレって結局なぁんにも考えてないと思うのよねぇ」

「昼休み……?昼休み、そっか、寝てたから……で、金くれって言ったら本当にくれるバカなんだからそうかもしれないけど、そこまで?」

「そうねぇ」

 

 何か独り言が挟まってるけれど気にしない。

 ……あの女は”そういうものだ”とか、”どれそれがああなって、だからこうだ”とか、理屈で動いている。感情で動いているとは思えない。少なくとも、私の目からは。

 

「アレはね、理屈よ理屈。だからきィっちりと話せば理解するけど、下手に曖昧なこと言うともうね、もうあれ、そう、トンチンカンなことしか言い返してこないじゃない」

「知らない。曖昧なこと話す間柄じゃないから」

「ふーん。アンタ、本当にアレのこと嫌いなのねぇ」

「嫌いよ。上官としては使えるってだけで。そういうアンタは随分仲良しね」

「冗談」

 

 冗談じゃない。あんなのと仲良しだなんて、私まで宇宙人みたいじゃない。私は外交官であって友人じゃない。ビジネスの関係だ。金が切れたらハイ、そこまで。縁が切れるときは金が切れるときだ。

 

 少し、沈黙が続く。私は何も手元にないから、まだ突っ伏しているだけ。

 瑞鶴はナッツを齧りながらフロム・ザ・バレルを啜っている。ようやく普通に飲み始めた。結構酔っていると思うのだけれど、ペースは酒飲みのそれと同じだ。酔わないとマトモに飲めないのだろうか。

 ……“酔うために飲む”のか、“飲むために酔う”のか。無茶苦茶だし何を言っているか分からないけれど多分そういうことだと思う。いやどういうことだ。私は“飲んだ、酔った、楽しかった”派だ。何を当然のことを。

 

「お待たせしました、ホッケです」

 

 体を起こして、とりあえず両手を前に。お待ちかねを受け取ろうではないか。

 

「わお」

 

 思わず声が出る。見れば大皿からはみ出すほどのゴツい開き。聞けばホッケは大きければ大きいほど美味しいらしい。それに頭までついているのが嬉しい。そこに食える部分がそこまであるわけじゃないけれど、見た目の見栄が効いている。ホッケは詳しくないから実利があるのか分からないけれど。

 身を縁取る焦げ目がいい。身は照りの色と黄金色。見事。滲んだ脂がギンギラギンだ。目がチカチカしてくるくらい輝いていて、もうよだれが……ああ出てる。今時のシャバでは出回らないくらい立派なホッケだ。どうやって仕入れるのか分からないが、私達の給料の一部がここに消えているとしたら、なるほど納得価格。

 端にこんもりと盛った大根おろし、それと酢橘。彩りも一辺倒でないのが麗しい。

 受け取ってカウンターに下ろす。一気に目の前が華やいだ。あとは、

 

「それと、燗も」

 

 鳳翔が続けて渡してくる。追加の熱燗だ。やはりここで追加して正解だった。残り1合を切った上に冷めてきていたから、戦力としては心もとなかった。ここからが本当の天国だ。

 

「んふふ、いただきます」

 

 手を合わせて箸を手に、いざ。

 

「私に何か言うこと無い」

 

 瑞鶴が口を挟んでくる。この程度で興醒めするほどホッケの魅力は低くないが、悪気で答えることもない。

 

「ええ、わたくしの昇給を祝って頂き恐悦至極、ありがたく頂きます」

 

 反応なんて知るかバカ。そんなことより食う事だ。

 箸を突っ込んで、身を抉り、口へ。

 猪口を持ち、傾け、口へ。

 咀嚼して、

 

「あぁー」

 

 ううん、いい。何というか、いいわ。私の生きる理由が足長おじさん役の他にあるとしたら、酒を飲むことがそれになる。生きる理由には、生き甲斐が必要だ。酒にはつまみが必要だ。とにかく最高。どれくらいかというとターボ最高。最高にターボがついてドッカンしている。私の頭も随分トんでいる。何を隠そう私はバカだ。でも酒を飲んだら人間全員バカになる。規制は正しい。多分大麻だって覚醒剤だってそうだ。みんな馬鹿になったら困る。だから禁止薬物解禁の議論は無駄だから終わり、解散だ。議会は解散しなくていいけど。まぁ私たちには選挙権もないから気にすることもないか。

 

 私は黙々とホッケにがっついているけれど、瑞鶴ももうちょっかいを出してこない。横目で見ると、あっちも黙々とウイスキーを飲み続けているだけだ。ようやく静かになった。そうなったらなったで少し張り合いがないが、酒の前には些事。

 

 ああ、それにしても酒って良いものねぇ。

 


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