女提督は金剛だけを愛しすぎてる。   作:黒灰

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この前にあった1話分を消しましたがなかったことにさせてください。
なんでもしますから。

2016/11/09 誤字報告反映。

2016/12/23
番外編の描写に合わせて記述を追加。

2020/02/27
木曾の業務内容について加筆。


彼女は大阪で生まれた特型のNEW MODELです

 業務が終了し、食堂で夕食を摂った。提督はまたスパムを食べていた。スパム大好きスパ子さんめ。様子はまるで何も変わらない。本当に私の要求を受け入れるのだと思う。全く出来すぎた話、出来すぎた上司だ。宇宙人だけれど。

 

 さて、給糧艦達の作る食事はどれも逸品なのだけれど、やはり酒のアテとなれば鳳翔が上を行く。間宮達とは味付けの傾向が違うから、それは当然なのだけれど。要するにほんの少し不健康な料理が出てくるのだ。

 

 食堂を出る。秋めいてきて、夜の空気が肌寒くなってきていた。海からの風も吹いてきて、肌に冷たさをこすりつけてくるよう。もう少しすれば息も白くなる。そろそろホッケが美味しい季節だ。今なら秋刀魚もいいのだけれど、私はホッケの方が好き。こっちだって脂は乗っているし、何よりツマミにはこっちが合うと思う。そもそも秋刀魚は食堂でこの間食べたところだ。飽きたわけではないけど、まだ今年食べていないホッケの方に心惹かれるものがあるというもの。

 

 私より早く出ていた瑞鶴は、もう居酒屋の前で待っていた。提灯の赤々とした光を浴びて。

 

「あら、待たせた?」

「少し」

「じゃあごめんなさい、入りましょ……って台車、出てるわね」

「川内が来てる」

「噂の台車は本当だったのね……」

「都市伝説になるほど人居ないでしょ、ここ」

 

 そう、戸の脇に台車がある。これは川内、神通、那珂のうちいずれかが来ていることを表していて、今回は一つ。つまりその姉妹の一人だけが来ている。

 

「まぁいいわ、入りましょ」

「うん」

 

 そう言って、白いのれんを潜って引き戸を開ける。少し固いこの戸がまた粋だと思う。建て付けが悪いだけだと思うけれど。ぐいっと力を込めて開けるこの行為が、なんとなくワクワクしてくるのだ。さぁ飲むぞ、って感じで。

 きしむような音を鳴らしながら、戸が開く。すると、暖まった空気が漏れ出して来る。匂いもなかなかだ。料理酒や醤油の匂いが漂ってきて、さっきの夕食がなかったことのように食欲が亢進される。

 

「あら、いらっしゃいませ」

 

 右手のカウンターから鳳翔が話しかけてくる。8席程の長さで、寿司屋みたいなショーケース型冷蔵庫付き。

 一方、左手と奥には床の間があって、今日は3…いや4人だかがボソボソと話しながら飲んでいた。今日明日と休日になっている連中だ。今日は夜明け前まで夜警に出ていた。全員単独行動で。部隊の意味を疑いたくなるが、ともかく死なずに帰ってくるから大したものだ。名前は、夕張、北上、木曾と川内だ。木曾は週3で津軽海峡を行き来する船の護衛を1人でやっていて、1日はこうして夜戦組に入る。

 全体的に緑っぽいのが夕張。髪とか、セーラー服の黒がちょっと緑っぽいとか。あとリボンがメロンの中身色。黒の三つ編み、砂色のセーラー服が北上。

 黒の短髪、白地に緑のラインが入ったセーラー服が木曾。今はマントも眼帯を付けていなくて、傷の入った金色の右目が丸出し。

 川内は黒髪、橙地の袖無しセーラー服に白いマフラー、袖の代わりに黒いアームカバー、というか長手袋。僅かに見える肌は凄まじく白く、今は酒精が回って血の赤さ。それに濃黒色のサングラス。丸いフレームで、まるでロックスター。台車の持ち主だ。ウイスキーや何やらの空き瓶が何本も周りに転がっている。

 

 ……夕張は夕張シリーズのタイプ1。というか1タイプだけ。明石の自発的パシリで多分レズの変態。両方の意味でオモチャが好きとか聞いたことがある。唯一協調性があるかもしれない。残念ながら一番マトモがこのレベル。

 北上と木曽の二人は球磨シリーズのタイプ3と5、姉妹艦の関係だ。どちらもマイペースな戦闘狂。人に合わせるってものを一切知らない北上と、戦闘中スキあらばキレている木曾だ。特にこいつらは誰かと組ませると危ない。普段ならともかく、戦闘チームとして組ませると最悪だ。一方で単独戦闘術の師弟関係でもあるのが笑える。今夜の夜警に出ているタイプ4の大井もそうだが、雷撃戦特化の連中は色々とおかしい。

 川内は川内シリーズのタイプ1で、夜戦以外出来ない艦娘。こいつも大概戦闘狂。昼に起きているのは見たことがない。太陽の光を浴びると死ぬとか言っているから、止むを得ず昼に移動する必要があるときは寝袋とフルフェイスヘルメットを被せて荷物みたいにして運ぶ。入渠が昼に終わってしまって寮に戻る時なんか、まるで死体移送だった。寝ているこいつをドックから引っこ抜いて、それで体を拭いたり服を着せたりして、それから梱包、輸送。確か神通と那珂がやっていた。この3人も実の姉妹だったはず。川内と同じく残り二人もあまりマトモとは言えない。訓練になるとヒスる神通と、情緒不安定の那珂だ。残念ながら鬼のような戦力なので軽視できない。この二人も今夜の夜警だ。大井、神通、那珂、これにもう一人、耳の良すぎる五十鈴をよこしている。

 で、その4人の先客はかなり酒が入っていて私たちに気付きもしない。

 カウンターの戸の側から3番目に座る。瑞鶴はその左手。私は鳳翔に注文でご挨拶。

 

「鳳翔、清酒2合を燗でよろしく。あとホッケ焼いて」

「ボトル出して。私はオゴリで付き合い」

「へぇ、そうですか。珍しく叢雲さんがいらっしゃったと思ったら」

「生まれてこの方、人の金でしか飲んだこと無いわね」

「私はいい趣味だと思いますよ。瑞鶴さんは手羽でも焼きましょうか」

「何度言わせんの、ブチ殺すわよ。とっととお通し出しなさい」

「穏やかじゃないですねぇ。はい、今日はオクラになめ茸、メバチマグロ、それとおでん」

 

 出てきたのは、小鉢、小皿、それらより少し深くて大きい器の3つ。

 オクラは輪切りにしてあって、その上になめ茸が乗っている。

 メバチマグロはツマに大根、それと大葉。わさびは生で小山。

 おでんはお通し用にダウンサイジングされている。具は小さいがバリエーションはフルサイズと変わらない。

 さいの目の人参、大根、焼き豆腐。スジ肉が3切れ、うずらの卵、それに半分のゴボ天。おでんの豪華さは特に嬉しい。

 

 それらが出てくると、すぐに徳利にお猪口を蓋にして出て来る。吟醸香が揮発して徳利の口から湯気だって漂っている。たまらない。すぐにお猪口に徳利を傾けて一杯。汲んだならまずはおでんの大根を胃に入れる。もう晩飯のことなんか気にしない。今は酒だ、このときはアテが居る、それだけだ。

 大根を頬張る。小さく切ってから出しに付けたからか、内側までしっかりと出しの色が染み込んでいて、味も実にいい。少し濃い目の昆布・鰹出汁がいい。それにこのふわりとした甘味はなんだろう。

「鳳翔、みりん入れてる?」

「ええ。でも叢雲さん、料理されるんですか」

 

「入れないおでんしか知らないのよ。西の生まれだから。まぁいいんじゃない。じゃあ燗も一口」

 お猪口を摘んで持って、一息に飲み下す。

 鼻にまずアルコールと吟醸香が強烈に巡っていく。鼻腔のなかで薫りが飽和して、そして喉を這うようにして流れる燗の甘味、さらに口に向かって全てが揮発し逆流、閉じた口の中でハーモニーする。

 胃の中はちょうどさっきの大根と絡み合って膨らむ。そこで一呼吸。

「あぁ」

 良いお酒。言うことはない。

 次は人参、豆腐だ。人参は崩れる二歩手前の絶妙な出来栄え。一歩だと箸で崩れるから。慎重に箸ですくい上げる。崩れて真っ二つ、気付いたらボロボロ……そんな残念な気分なんてゴメンだ。無事口にたどり着いた人参を、ほう、と噛みしめる。口を閉じ、咀嚼し、そして鼻で呼吸して、鼻から呼吸。口内から立ち上る人参の甘い風味と独特の臭み。人参そのものの癖も出汁が効いているから不快じゃない。むしろ立体感が感じられる。いい。もうむちゃくちゃだ。遠慮も自重も有ったもんじゃない。掻き込んでいる。

 まて、そこでもう一度徳利をお猪口へどうぞ。一口。飲み干した。

 甘い。甘くて、でも喉にそこまでひりつかない。むしろまろやかさが食道をコートしているみたいだ。むしろもうコレは芳香剤の域だ。おいしい薫りだ。部屋に置きたい。アル中か。

 そして今度はたっぷりと出汁を吸いきった焼き豆腐を、箸でそっと二分割、そして挟んで口に放り込む。

 

 思った通りだ。焼き目の少しばかりの硬さは、この形のタガだった。歯を突き立て、口の中で崩す。

 ボロリと口で崩れて、まるで溶けるように食道へと流れていく。

 ああ、この出汁たっぷりの豆腐食品。蛋白たっぷり旨みたっぷり。これで早く胃の旨味の受容体を励起させるのだ。そうすれば、メインたるホッケが更に上手く感じられる。

 濃いめでありながらまろやか。ならば、次のホッケは次のステップの強烈な美味さが来るに違いない。

 ……ここで箸休め。テンションの上がりすぎた箸の動きを、一度緩める。

 

 なんだかもったいないけれど、ここでお冷だ。というかペースを落とさないとそのうち味が分からなくなる。

 

「鳳翔、お冷ちょうだい」

「はい、グラスはお渡ししますから。ピッチャーはその……はい、そちらから見て左の席、はい、瑞鶴さん、左の方のを取っていただけますか」

「……はい」

「じゃあ、あとはセルフサービスでよろしくお願いしますね」

「はーいはい、了解したわよー」

 

 鳳翔が素っ気ないデザインのガラスのコップを出してきて、それに少し氷を入れてくれた。

 で、瑞鶴はピッチャーをカウンターの左の方からこっちに寄せてくるだけ。……入れるのは私か。どうせなら注げ。

 ともかく、コップに水を……ああ、少し手元が狂いそう。

 ピッチャーの嘴から水がトクトクと注がれていく。

 コップが満杯になった所で、お通しのクールダウン部門を2つだ。部門ってなんだ。ダメだ酔ってる。

 でもお猪口も再度補給だ。くいくいと注いでいる手応えからするともうすぐ半分。名残惜しい。

 グラスを一度傾け、ひとまず口直し。

 

 さて、さっきはおでんに真っ先に飛びついてしまったけれど、本当ならメバチマグロが先だ。やはり鮮度が命の魚介系は真っ先に行きたいところだった。やっぱりこっちがメインだ。ヒートアップするから。

 然してそれではマグロに手を付ける。

 うすい桃色に白いサシ、年輪のようなスジが入っていて、少し筋張っていることもある。だが瑞々しくて美味い。

 左手でのぞきに醤油を注ぎ……ああ入れすぎた。そしてわさびの山を崩して切り身の上に。そして醤油に軽く付け、頬張る。

 ……よく脂が乗っている。歯で弾けたようで、心なしかとろりとした舌触り。でもやはり例に漏れず爽やかな旨味、風味。そしてもう一切れは残りのわさびの山、大葉、つまを全部包んで、醤油に少し深く浸す。そして一口。……爽やかな大葉の香り、蛋白で清々しい大根、わさびの薫り高い辛味、そしてマグロの甘味が渾然一体となって、口の中でほぐれていく。

 薄くなるわけではない。個性が潰れるわけでもない。これは、ただ良い。良い食べ方だと思う。流石私

 ああ、美味しい……お猪口の酒で胃に流し込む。もうそれなりに胃に入っているのだけれど、ここからがまた美味い。たまらない。

 

 ここまで恍惚を継続していた所で、チルアウト。オクラとなめたけだ。卓の隅に佇んだ醤油瓶をもう一度、狂いそうな手元でつかみ、震わせるようにして口から雫のように醤油を垂らす。そして、混ぜる。混ぜる時に仄かに清々しい香りが巻き起こるようだ。面白くて、ちょっと気合をいれて竜巻みたいに箸で器を掻く。

 そして箸を差して、持ち上げる。

 とろみのついたオクラにいい塩梅でなめたけが混ざっていて、風味は抜群と期待される。

 器を左手に持って、かっこむというしかない体制で、口に流し入れた。落ち着く味だ。ここまでの濃いめの味付のなかで爽やかな存在だ。美味い。

 至福の溜息。

 

 

「あ―――、これよ、これがいいのよ。いいお通しだわ」

「いえいえ、お褒めいただいて、とてもうれしく思います」

 賞賛には素直に破顔する鳳翔。これで済めばいいのだけれど、彼女はそれだけではないからクセモノだ。

 

 そんな置いてけぼりの会話に、瑞鶴がやっと割り込む。そもそも注文を取れていなかった。

 

「ねぇ、私、言ったよね。預けてるボトル、早く出してよ」

「あー、はいはい。叢雲さんがあんまり楽しそうに召し上がってらっしゃるから、つい」

 

 そう言うと背を向けて、背の高い酒棚を漁り始めた。台がないと鳳翔の背では届くまい。側に転がしてあった踏み台を足でずらし、登って瑞鶴の至宝らしき酒瓶を探し始めた。

 ピリピリしている瑞鶴、私はと言えば機嫌良し。

 

「へぇ、預けてるってことは持ち込みなわけ」

「好きな酒の本数出ないから。だから私物の酒をここに預かってもらってる」

「で、銘柄はなによ」

「シングルモルトのフロム・ザ・バレル」

 

 へぇ、聞いたことはある。というか聞いたことしか無い。見たこと無い。間違いなくマイナーだし、ウイスキーがお好きなこのご時世でもやはり表舞台に出てくることはない。そんな酒。

 

「でも、シングルモルトってことは……へぇ、なかなかじゃないの。シングルってなんだか高いイメージがあるんだけど」

「手頃。500ml瓶しか出してないしマイナーだけど、味はいいから」

「あとでちょっと分けなさいよ」

「嫌」

 

 そんな小言を言い合っていると、鳳翔がビンとショットグラスを取り出してきていた。カウンターの上に、何も考えていなさそうなデザインのウイスキー瓶が現れた。続いてガラスのショットグラス。

 鳳翔がカウンターの上で静かについで、そして瑞鶴に出す。

 

「はい、チェイサーも今出しますよ」

「ん」

 

 そっけない返事の後、彼女はショットグラスを右手に持つと、勢い良く煽った。

 まるで口をスルーして胃袋に行きたいみたいで。

 飲み干すと、顔をしかめて体に鳥肌を立てて震える。そして大きくため息。

 

「51度」

「へぇ」

 

 興味はないわけじゃないけど、これ以上このバカタレに頼んでも多分無駄な気がする。

 

 相槌だけ打ったら徳利からお猪口へ酒の補充。せっかくの2合だ。あと少し余力がある。

 でもここで一旦打ち止めだ。ホッケが焼けるまでは。

 瑞鶴はと言うと、注いでは干してを繰り返している。味わえ。さっき美味いって言ったろ。メタノール飲んでろ。

 嫌悪の横目など気付きもせず、彼女は絶対に合わないだろうお通しを摘みながら、どんどん瓶の中身を減らしていく。お前が呑むくらいなら私が呑む。

 

 瑞鶴の飲みっぷりに嫌気が差して、厨房に視線を寄せる。鳳翔がホッケを火に掛けていた。厨房の隅には七輪が置いてあって、その真上でくすんだ換気扇が唸り続けている。煤は払ってあるけれど、取れない黒ずみが重なって少し灰色がかっていた。

 焼けるまではそれなりに時間が掛かりそうだ。結構なサイズ、食いでがありそうで何より。太るのを気にしていたら何も食えやしないし。食えることは何より良いことだ。

 

 待つにも手持ち無沙汰だが追加で何か注文するのは嫌だ。なにより人の金で飲んでいる以上、流石に制限はあるはず。金額まで指定してしまった。そもそも財布すら持ってきていない。今夜はビタ一文払う気なし。

 気になることもあったし、仕方なしに世間話でもしてみようと思った。相手が夏侯惇モドキ女だけど。ちなみに漫画は子供の時に全巻読んだ。先生が亡くなられたニュースはショックだった。アレも寝床で煙草は止めるべきだ。

 あっちはちょうどお通しの器を空にしていたので、話しかける。

 

「あのさ」

「なによ」

「昼前、執務室出る時に”混ざってる”って言ってたけど、アレどういう意味」

「……あの女の生え際、気にしたことある?」

 

 そう言うと、瑞鶴はまたウイスキーを口に含んだ。

 生え際。

 生え際……生え際?気にしたことなんて無い。というかいつも微妙にボサボサで見えることもないし。世話役の瑞鶴ならば風呂の世話で見ることもあるだろうけれど、私はアレに必要以上に近づくことはないから。

 しかし生え際ときたか。うーん、もしかして、

 

「ハゲ?」

 

 人工毛髪混ざってるとか。

 私がそう言うと、瑞鶴が勢い良く吹いた。汚い。

 

「……っぐ、鼻、痛゛っ」

 

 40%のアルコールで鼻も焼かれているらしい。ウイスキーで。

 

「ぶ、んふふふぃっ」

「ぐ、何、わらてんのよ」

「んふ、ふ、ウイスキー吹く、んふひ、やつなんて、はぁ、初めて見たから、つい、んふふふ」

 

 機嫌悪く鼻を啜る瑞鶴をよそに、私は笑い続ける。ガハハ笑いはとっくに卒業した。品がないから。私は上品なんだ。昼休みのはアレが悪い。

 

「……あの女、地毛は黒くないわよ」

「んっふふ――――ん?」

 

 地毛が黒くなくて、混ざってる。ふむ。

 若白髪――――というのはまた瑞鶴が吹き出しそう。いやさっきほどインパクトはないから、そうはならないと思うけれど、多分そういうことじゃない。

 別の色、例えば、茶髪とか、ちょっと赤毛とか、金髪とか。でも金髪以外は地毛でも日本人でもたまに居る。小さい頃は茶髪だったけど今は黒髪、ってのはそれなりによくある。ずっと茶髪のままという人も居ないわけじゃない。艦娘の髪はそれどころじゃないけれど。私も今はアッシュブロンドだ。人間だったときは黒かった。

 

 日本人。茶髪やちょっと赤毛ってくらいなら、日本人でもあるけど。

 まるでクイズだ。けれど、多分そういうことなら、

 

「パツキン?」

「間違いない、というか私が染めてるし」

「って、ことは」

「多分欧米人との混血。もしかしたら、そもそも日本人じゃないのかも」

「うーん」

 

 初耳、というか隠してはいないが言ってもいないってだけだろう。別に混血、あるいは外国人だった所で特別仕事に何か問題が出るわけでもないのだし。本名と別に日本人名を使っているとかじゃないなら、あれはハーフかクォーターなのだと思う。ただのイメージだけど、英国ハーフとかだろうか。紅茶好きでダンヒル愛煙家、しかも好きなTV番組は“空飛ぶモンティパイソン”。ただの英国かぶれと思っていたが、そこまで分かると出来すぎなくらい英国人だ。英国人がどんなかはよく知らないけど。

 

「まぁ、だから何か変わるわけでもないでしょ」

「だから別に意味は無かった。あのクソ女が機嫌悪くすれば御の字」

「全くそんなこと無かったわね」

「クソ」

 

 全くさっきから品がない。私を見習え、私を。

 

 さて、そんなことよりホッケはまだだろうか。

 ……まだみたいだ。ちょっと姿勢を伸ばして厨房を見ると、まだまだ焼き目も着いていない。遠赤外線の力を信じて待つ。酒が2合で足りるかどうかだけが今夜の心配事だ。

 

 


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