扶桑皇国の強襲揚陸艦加賀で開催された203空「ゴールデンカイトウィッチーズ」によるお料理大会は、紆余曲折を経つつも佳境に向かいつつあった。
目の前に差し出された銀色のトレーを見て、団司令の石川大佐は唸る。
「ほう、和食か」
「大村家式和食術です! ほうれん草のおひたしにきゅうりと長芋の梅肉和え、茶碗蒸し、白米にシイラの照り焼きです!」
「しいら?」
聞いたことのない魚の名前が飛び出てきて、きょとんとひとみは首を傾げる。なんだか見たことのない白身だなとは思っていたけれど、きっと鱈かなにかだろうと思っていたのだ。
「えっ、米川はシイラ知らないの? 死んだ方がいいんじゃない?」
「そこまで知らないといけないお魚なんですか!?」
ひとみの人生において聞いたことのない名前の魚だったからなんとなく聞いただけなのだが、のぞみからは想定していた以上に激しい言葉が返ってきた。
「シイラは南国の魚よ。淡白で脂質が少ないヘルシーな味で、クセがないからけっこういろんな料理に応用がきくの。だから照り焼きにしてみた。ちなみにさっきかまぼこにするために、米川に作ってもらってた魚のすり身もシイラ」
「へえー……ちなみに扶桑では?」
「南扶桑の方で食べられるかな」
「私が北海道の出身だって先輩は知ってます?」
どう考えたって北海道は南扶桑に属するとは思えない。子供の頃から慣れ親しんできた魚はにしんとかそういうものだ。シイラなんて食べたことは一度たりともない。
「落ち着け。とにかく次の審査員は俺なんだろう? なら冷めないうちにいただくぞ」
石川大佐が箸を手にとって噂のシイラの照り焼きの身をむしる。そして慎重にむしった身を咀嚼した。無表情のまま、ひとみが作ったきゅうりと長芋の梅肉合えに箸を伸ばす。
果たしておいしくできているのだろうか。もし自分の作ったものが石川大佐の舌にあわなかったらと思うと不安だ。
結局、表情を石川大佐が変えることはなく、そのままほうれん草のおひたしから茶碗蒸し、そしてもう再び照り焼きからの白米という順番で食べていく。
「どう、でしょうか……」
まったく感想を言わずに黙々と食べ続ける石川大佐にいい加減、不安を押し殺せなくなってきたひとみがおそるおそる訊ねる。
「懐かしい味だ」
目を細めながら石川大佐が囁くようにそっと言った。のぞみがこぶしをぐっと握ってガッツポーズ。
「素朴で丁寧な飯だ。下手な感想しか出せんが、うまい」
すっと目を細めて石川大佐が呟く。その口角はわずかにあがって、微笑みらしきものを形作っていた。
珍しいな、とひとみは思いながらこっそりと石川大佐の表情を覗き見る。あまり笑うイメージがなかったから正直、意外だった。でも石川大佐だって人間なのだ。笑わない、なんてことがないわけじゃない。
それ以降は石川大佐が口を開くのは食事を運ぶためであって話すためではなかった。ただ沈黙したままに、目の前のいわゆる照り焼き定食を胃へと収めていく。
「気の利いたことは言えんが、うまかった」
「いえ、作る側の人間はその一言だけで嬉しいものですから」
のぞみがはにかみつつも応じる。うまい、という短い言葉だけで嬉しいというのぞみの言葉は身をもって実感できる。事実、ひとみも踊りだしそうなくらい石川大佐のうまいという感想が嬉しかった。
「さーってと、最後はティティとレクシーペアだけど」
「もうできてるわよ」
「ええっ!?」
レクシーが食堂のドアを開けながらさらっと言った。まったく想定していなかったらしいティティが驚愕に声をあげる。
「いつの間に作ったんですか?」
「購買で買ってきたハンバーガーだけど」
「それ作ってないじゃないですか……」
「せ、せめてちょっとくらいは参加しましょうよ!」
諦めないティティはレクシーに縋りつく。このままだとティティ・レクシー組は家事が壊滅的だから買ってきたと思われかねない危機感をティティは抱いていた。
「だって面倒じゃない。購買のパンズとフライドチキンを挟んでおけばチキンバーガーでしょ」
「そ、そんなのダメですっ! せめて中に挟むパティくらいは作りましょう?」
「ぱてぃ?」
怪訝な表情でレクシーが聞き返す。必死なティティとしてはそこに食らいつくほかない。なんとしてでも家事もできない酔いどれ暴走魔の悪名だけは避けなければいけないのだ。
「ハンバーグのことです。ね、作りませんか? 私もがんばりますから!」
「……少しだけよ」
「はいっ」
傍から見ているひとみはティティが胸を撫で下ろしている姿をこっそりと見ていた。なにか援護をしてあげるべきだったのかもしれないけれど、レクシーに部外者は黙ってなさいと怒鳴られる未来しか見えなかった。
「あ、ちょっとティティ、いい?」
「はい?」
ちょいちょい、とのぞみがティティを手招き。安心した矢先になんだろうと不安さと不思議さを抱えつつティティが近づいた。近づいたティティにのぞみが耳打ちする。
「えっとだね……」
「はい、はい、はい……ふふっ。はい、わかりました!」
おそるおそるだったティティの面持ちが次第に明るいものへ。最後にはいつもおどおどしているティティが、滅多に見せない嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ティティ? さっさとしなさいよ」
「わかりました。すぐに行きますね」
急いでティティがレクシーを追いかける。もうなにをそうするべきかティティの頭には完成図ができあがっていた。
「で、悪いけど私は料理なんてできないわよ」
「とりあえずハンバーグを作りませんか。そんなに難しいものでもないですし」
そう言いつつ、ティティが手早く玉ねぎをみじん切りにすると、ボウルに牛ひき肉と牛乳、パン粉に塩コショウとナツメグにオールスパイスを加えた。
「これをこねてもらえますか?」
「わかったわよ……うわ、べとべとする。気持ち悪っ」
ぶつくさと文句を言うレクシーをはらはらしながら見張りつつ、ティティがケチャップを基調としたバーベキューソース作りに取りかかる。手際がいいとは決して言えず、いつボウルを引っくり返すかわかったものではない危うげなレクシーの手つきは目が離せない。
ソースを作ったあとは、レタスやトマト、チーズなど挟むものを用意。フライドポテトをつけるのがリベリオン流と聞いたことがあるので、くし切りのじゃがいもを準備しながら揚げ物用の油を温める。
「こんなんでいいでしょ」
「えっと……だめですよ! ぜんぜんきれいに混ざっていないじゃないですか!」
「適当でいいのよ」
「作るときは食べる人のことを考えて、おいしくなれって思いながら作るものなんですよ! アレックスさん、ちゃんと相手のことを考えましたか!」
ぐいぐい、とティティが押すとレクシーがたじろぐ。今までにティティがここまで強く出たことがあっただろうか。少なくともレクシーの中で思いつくのは酔っている時だけだ。
「ちゃんとやりましょう。ご飯を作るんです。せっかくなんだからおいしく作りたいじゃないですか!」
「えぇ……」
どうしてそこまで必死なのよ、とレクシーが引き気味で訝しげに訊ねる。ティティの肩がびくっと跳ねた。びくびくと震える手でじゃがいもをティティが鍋に油が跳ねないように気をつけながら投入していく。
「はあ……わかっているわよ。やりゃあいいんでしょ」
フライドポテト作りに勤しむティティの背中に乱暴なレクシーの言葉が投げかけられた。直後にレクシーがハンバーグの肉ダネと格闘を始めたらしい音。
「ったく、なんで私がこんなことを……」
ぶちぶちと文句は言うらしい。でもなんだかんだとやってくれるようだし、よかったとティティは胸を撫で下ろした。
芋類は揚げるために必要とする時間が長いため、待つ時間が長い。なのでレクシーがハンバーガーのパティを焼くためにフライパンと油を用意しておく。レクシーは料理ができるとティティは聞いたことがないし、さっき肉ダネを混ぜる手つきで未経験、ないしは素人だと当たりはついた。だからレクシーがやることは最低限。けれど、できるかぎり「私が作った」とレクシーに思わせるようにしなくてはいけない。
「大変なことをお願いされちゃったなぁ……」
「ティティ、なにか言った?」
「い、いえ! な、なんでもないです!」
あはは、と笑って誤魔化す。レクシーが違和感を全開にして怪しげな視線を注いでくるので、ティティはなんとか目を逸らして来るかもしれない追及からの逃避を謀った。
レクシーはいまいち納得できていないようだが、とりあえずは肉ダネをきれいに混ぜることにしたようだ。
「ほら、こんなんでいい?」
「ええっと……はい、これなら大丈夫です。そしたら形を整えましょう」
「そんなに詳しいならティティ、あんたがやりなさいよ」
「それだと私のお料理になっちゃいます。それじゃあダメなんです!」
そう、とにかくダメなのだ。今から作る料理はティティのものではなくてレクシーのものにならなければいけない。なのにティティがほとんど作ってしまうようでは、とてもじゃないがレクシーの料理とは言えない。
「試しに私がやって見せますから、真似してやってください」
「ならあんたがやりなさいって……」
さすがに繰り返し言ってもティティが聞く耳をもたない様子にレクシーも諦めたのか、大人しくティティが肉ダネを整形していく手つきを観察する。
ハンバーグを作る要領と同じように両手の平で肉ダネをぺったん、ぽったんと叩き付け合う。混ぜる過程で空気が肉ダネに混ざってしまうので、その空気を抜かなくてはいけないのだ。これをしないと、焼くときに空気が熱膨張を起こして膨らみ、ハンバーグはひび割れててしまう。そしてひび割れは中に閉じ込めるべき肉汁が逃げ出す
なので空気抜きは丁寧に。きちんと空気抜きをしないだけで、完成されるもののクオリティは格段に違ってくる。
「こんな感じです」
「なによ、簡単そうじゃない」
そう、横から見ているだけならば割と簡単そうに見える。加えてちょっと面白そうにも見えてしまうのだ。しかし。しかし、だ。残念ながらそう容易いものではない。
「えっ。ち、ちょっと! なに崩れかけてるのよ!」
「そんなに強く叩きつけたら形が崩れちゃいますよ」
「そういうことはっ……先に、言いなさいよっ!」
言葉も切れ切れになっているのは苦戦している証拠だろうか。まあ、レクシーが苦戦を強いられていたとしてもティティは声援を送ることくらいしかできないのだが。
「こんな、もんで……いいわよね?」
「大丈夫だと思います。あとは軽く中央を窪ませれば」
多少、形が不恰好だったりはするものの、大まかにはできていた。あとは仕上げの焼きだけと判断して、ティティはOKを出す。
「じゃあ、焼いていくんですけど、まずフライパンを温めてください」
「? ティティ、あんたがやればいいじゃない。こう、固有魔法でさくっと」
「そんなことしたらフライパンがぐにゃぐにゃになっちゃいますっ! 私の魔法は便利なカイロじゃないんですっ!」
ふーん、と気のない相槌を打ちながらレクシーがコンロに油をしいたフライパンを乗せて火にかける。固有魔法を使え、なんて言われて不安を覚えていたティティは中火ですよと釘をしっかり先に刺しておいた。
「まずは窪ませた面を下にしてください」
「時間は?」
「私が見てタイミングになったら合図しますから」
「わかった」
レクシーの目がキッとつり上がり、フライパンの一点を凝視する。ようやく本気になってくれた、とそのたわわな胸を撫で下ろしながらティティも頭を切り替えた。
アレックスさんが真剣にやってくれるのなら、私がミスするわけにはいきませんから。
じっと観察。時間経過はあくまで大まかな目安だ。あまり信用を置きすぎると焼けすぎたり、半生だったりしかねない。
下側からゆっくりと肉に火が通って色が変わっていく。ハンバーグの半分より少し下くらいまで色が変わってきた。
「今です! 引っくり返してください!」
「了解!」
すばやくレクシーがフライ返しを肉の下部に差し込んで引っくり返す。きちんと油はティティの手によって引いてあるのでつっかえることもなく、するりとハンバーグは返され、ほどよい焦げ目が顔を覗かせる。
「次は?」
「蒸し焼きにします! 水を入れたらすぐに蓋をしてください!」
「水は?」
「計量しておきました! 回すように入れてください!」
「よし!」
ひったくるようにレクシーがティティの手から水を受け取ると、手首を回して水を注ぎいれると空いていた左手でティティが傍に置いておいた蓋を取ってすばやく閉める。
「蓋を開けるタイミングも任せるわよ、ティティ」
「はい! 大丈夫ですっ!」
水が急に熱されて蒸発していく音。ティティは目を閉じて耳をそっと澄ました。蒸発して注いだ水が減少していくと徐々に、しかし確実に音が変わっていく。蓋がフライパンの中で密閉された水蒸気によって曇った。
目はあてにならない。最初からわかっていたから、ティティは目をつぶった。見えないのなら見る必要性なんてない。信じるのは己の聴覚のみ。
音が変わった。だが焦ってはいけない。まだ注いだ水が蒸発しただけ。これで蓋を開けるのは早計だ。蒸し焼き、と銘打ったからには蒸し上げなくてはいけない。
「まだ?」
「はい」
時間が短すぎては生焼けになる。今は我慢の時だ。
「まだなの?」
「はい」
もどかしくとも待つ。ただ、細心の注意を払って耳を傾けて待ち続ける。
「まだなの、ティティ!」
「今です!」
蓋をレクシーが淀みやためらいなど微塵も感じていない速度で蓋を開ける。行き場もなくフライパンの内部に閉じこまれていた蒸気が一気に解放される。レクシーはすんでのところで顔を背けて蒸気の直撃を避けた。
「引っくり返して強火です!」
「任せなさい!」
一度やって慣れたのか、さっきよりも手早くレクシーはハンバーグの下へフライ返しを滑り込ませると、くるりと返した。
「強火です! ちょっと焼いたらすぐにあげてください!」
指示だけきっちり残すと、ティティはレクシーが買ってきたパンズにレタスを乗せる。そして大急ぎでレクシーの元へ。フライ返しにハンバーグを乗せたままに、どうしようかと困惑しているレクシーがティティの意図に気づいた。流れるようにハンバーグをレタスの上へと滑らせる。
あとはティティ特製ケチャップベースのバーベキューソースをかけてからトマト、スライスチーズの順に乗せたら胡麻のついているパンズで挟み込むと、竹串で貫いた。あとは塩をふったフライドポテトが盛られた皿にえいやっと移す。
「これで完成です!」
「まだよ」
「ふぇっ!?」
完成の宣言を満足感と共にした瞬間、レクシーに割り込まれて素っ頓狂な声がティティの口から漏れた。
「まだリベリオン魂が足りない」
「り、リベリオン魂?」
これ以上に何か加えたらせっかく整えた味が、とティティは不安に駆られる。そんな不安をティティが覚えているとは露知らず、レクシーは冷蔵庫をごぞごぞと漁ってどん、と何か黒い液体が入っているボトルを置いた。
「あの、アレックスさん。これは何でしょうか……?」
「なにって……コーラだけど。ハンバーガーと言ったらコーラでしょ?」
「はぁ……」
きょとん、とティティが首を傾げる。レクシー曰く、ハンバーガーと言ったらコーラ在りとのこと。しかしそれがどうリベリオン魂に繋がるのかティティにはさっぱりわからない。
まあ、せっかく作ったハンバーガーに余計なものを加えられたりしなかったのでよしとしよう、と無理やりティティは納得することにした。
「持って行きましょう。冷めちゃいますよ」
「そうね。これだけやったんだから一位はいただきよ!」
ノリノリでレクシーが皿を持ち上げる。厨房から出て行くレクシーの後姿をティティは見ながら食堂へ。
「終わったー?」
「ふふん、完成よ。これがリベリオンだ、とくと見よ扶桑人!」
「あー、悪いけど審査員は扶桑出身じゃないわよ」
「はぁ? じゃあどこのどいつよ?」
誇らしげに言った矢先に出鼻を挫かれたレクシーが不機嫌さを露わにする。椅子にもたれかかっていたのぞみが跳ねるようにして立ち上がると、にやっと笑った。
「それでは審査員の方に来ていただきましょう! アレクシア・ブラシウ少尉専属の整備員、ルーカス・ノーラン軍曹くんであります!」
「えあちょまっ……」
おそらく「えっ? あっ、ちょっと待って」とでも言おうとしたのだろう。だが驚愕ゆえかレクシーの舌はもつれて回らず、結果として意味のなさない不明言語を発する。
舌がもつれても仕方がないというものだろう。本当にレクシーの
「やぁ、レクシー」
「な、なんでここにいるのよ、ルーク!」
必死に冷静を装おうとしているが、声は上ずっているわどもっているわでまったくもって隠しきれていない。周囲も見えていないのか、声を押し殺して爆笑しているのぞみに気づいてすらいない。
「レクシーの手料理を食べるために来て欲しいって言われたからだけれど」
「誰に!」
「ヒ……ヨネカワ少尉に」
ひとみ、と下の名前を呼びかけて以前にレクシーの機嫌がとてつもなく悪くなったことを思い出したルーカスは急いで取り繕う。だが余裕のないレクシーは気がついていないのか咎めなかった。
「待ちなさい。手料理? 私は作るつもりなんて……」
そもそもレクシーは手を抜くつもりしかなかった。事実、厨房に入ってからも始めのころはろくにやろうともしなかった。
そんなやる気マイナスのレクシーをひとみは厨房にいなくなるまで見ていた。なのにレクシーの手料理が食べれる、なんてどうして保証できるだろうか。
本気でやらざるをえなくなったのはあのティティが必死になってレクシーに訴えかけたからであって……。
訴え、かけたから……。
「ティティぃぃぃぃぃぃ! あのデカチチ嵌めやがったわね! っていない!」
というか気づけばのぞみを除いて食堂にはレクシーとルーカスだけになっている。お料理大会はどこへいったと文句をつけてやるつもりでのぞみをきっと睨む。
「お料理大会は別室で継続中。ささ、あとはお若いふたりでごゆっくりー」
「ちょっと! 待ちなさい!」
なぜか後ろ歩きでそそくさと退場しようとしていくのぞみを止めようとしたがもう遅い。するりと蛇のように食堂の扉の隙間から抜け出ていき、無慈悲に扉は閉められた。
「……あとで全員、締め上げてやる」
恨めしげにレクシーが扉に吐き捨てる。そんなこといわれましても、と扉は黙っているのみ。
「レクシー、これはいただいてもいいのかい?」
「何をよ!」
「何って、このハンバーガーだよ。レクシーが作ってくれた」
「た、食べるの?」
まさかルーカスが最後の審査員だとは微塵も想像していなかったレクシーは今さらながらに後悔した。これなら多少強引にでもティティにやらせた方がよかった、と。
ティティが作ったほうがずっと上手く作れる。下手な手出しをしないほうがよかったに決まっているのだ。
「せっかくレクシーが作ってくれたんだ。食べるよ。もうひとつあるみたいだし、ふたりでランチにしないか?」
ティティが形を整えたハンバーグを挟んだハンバーガーの皿を指差しながらルーカスが提案する。普段なら渡りに船と思って適当に文句をいいつつも、歓迎するところだが、今日は事情が違う。なにせレクシーにはほとんど料理経験がないのだ。味に自信があるわけがない。
でも、この機会を逃してしまったら次にルーカスと一緒にふたりきりでご飯を食べることなんでいつになるのかわかったものではない。
「いただきます」
「ちょっと!?」
不恰好だし、そもそも私は料理なんてしたことないから止めなさい、と制止の言葉をかけようとしたがうまい台詞が浮かぶ前にルーカスはハンバーガーに齧り付いた。
「ん、うまい!」
「えっ?」
「うまいよ、レクシー」
「そんな……」
半信半疑でレクシーもハンバーガーをかじってみる。途端に口へ広がるあつあつの肉汁と、豪快な肉の味。ティティ特製のバーベキューソースに混ぜられたマスタードがぴりっと利いて脂っこさを打ち消す。さらにしゃきっとしたレタスに甘みのあるトマトが弾け、それらのとろりとハンバーグの熱で溶けたチーズが包み込む。
「おいしい……」
「ありがとう、レクシー」
「ふ、ふん! せいぜい私に感謝することね!」
そんな大口を叩いてしまってから後悔。これが自分だけの力でないことはレクシーはよくわかっている。ティティが材料を計ったり、焼き時間を教えてくれたりという縁の下的なアシストがあったからこそだ。
「また作ってくれるかい?」
だからこれほど答えに困窮する要求をされると言葉に詰まる。ああ、認めよう。私はルークにご飯を作ってあげたい。だが今回はティティの手助けがあったから成功したようなもので、私だけの料理スキルの熟練度は壊滅的だ、と。
「私の料理は高いわよ?」
「じゃあ、なにかお返しを考えなくちゃな」
……やって、しまった。
フライドポテトをもぐもぐと頬張ってルーカスに誤魔化しながら内心でレクシーは沈んでいた。どうしてこう、意地というか格好をつけたくなってしまうのだろう。
「ま、いつかね」
そのいつか、はいつ来るんだろう。正直、あまり自信がないのでどうしたものだろうかと思う。ティティあたりにまた手伝ってもらうべきかと考えながらコーラをぐいと傾けると炭酸が舌を弾いた。絡みつくように炭酸の気泡がのどに残る。
「それにしても本当にうまいな」
夢中になってハンバーガーを食べていくルーカスを見てこっそりとレクシーは誓う。ちゃんと料理はできるようになろう、と。彼の満足した表情はわりといいものだった。
「ま、たまにはいいでしょ」
「レクシー? 何か言ったかい?」
「なんでもないわよっ。ふふっ」
203のメンバーはここにいないのだ。だからちょっとくらい素直になったって見ているのはルーカスだけ。それ以外は誰も見ない。
いつか、ちゃんと私だけで作れるようにならないとね。そう、胸にしっかりとレクシーは書き留めた。
「あ、アレックスさんがあんなに混じり気のない笑顔を……」
「レクシーも意外に乙女じゃない」
液晶ごしのレクシーを見てティティが別室で戦慄する。その隣でニマニマとのぞみが愉しそうに笑った。
ルーカスとレクシーをふたりで置いてどうなるか見張るためという名の鑑賞会が別室では開かれていた。ちなみにリアルタイム映像の提供はどこぞのオラーシャウィッチであるということだけは述べておく。なお個人情報の観点からその実名は伏せるものとする。
「おふたりとも楽しそうですね!」
「仲、いい……」
「いいですねえ、こういうのって」
ひとみ、コーニャ、ルクサーナもだいたいが同じような反応だ。いや、約一名だけ映像に介入してスクリーンショットを保存しているウィッチがいたが。ちなみにこの保存しているウィッチの名前も禁則事項により明かせないのだが、電子操作のオタク中尉であるとだけ言っておく。
「けっ。よそ様のいちゃいちゃなんて見てなにが楽しいんでいやがりますか」
そして我が子が旅をする姿を見守るかのように盗み見ている一団から外れた場所で夢華が興味なさそうに残っている料理にがっついているのであった。
ちなみに後日、レクシーに「私に料理を教えろ!」と迫られ追い掛け回されるティティと、それを微笑ましい気持ちで見守るひとみの姿が目撃されたり、某中尉が裏でルーカスにレクシーがハンバーガーをちょっと笑いながら頬張る写真を売り捌いたという噂が立ったりした。
ここまでお読み頂きありがとうございます。帝都造営です。
シナリオは混迷を極め、そもそもタイトルが読めないと散々フォロワーさんに言われた第三章ウルディスタン編。そして闇が深くなってしまったインターバル「ペルシアの自由作戦」編。お気に入りが減るのではないかと戦々恐々しながら小説情報を覗く日々でした。
思えば連載開始から一年半。企画開始からはもう二年。文字数は六十五万字。思えば遠くまで来たものです。
作中世界でも遠くまで来ましたね。もう1万キロは移動してるはず。にもかかわらずまだ道半ばとか……。
そういうわけで恐らく百万の大台を叩きそうな匂いのする今作品ですが、またしても暫くお休みになりそうです。
私とオーバドライヴ先生は夏コミの原稿がありますので……。(本当にごめんなさい)
ひとまず、七月中旬ないしは八月上旬の連載開始を目指しておりますので、どうかゆるりとお待ちください!
ではまた、次の空で!