ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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中前編「デカン高原  2003」

 ――――――大刀洗(たちあらい)一期。

 

 

 それが、霧堂明日菜の石川桜花(さくら)に対する第一印象であり、また評価の全てであった。

 

 2001年に発生したネウロイのリベリオン東海岸への襲撃、これが21世紀は平和の世紀になるであろうという人類の幻想を容易に打ち砕いてから早くも二年が経つ。

 思えば、半世紀以上も続けた対ネウロイ戦争は、大戦という表現が用いられるほど大規模ではないものの、確かに続いてきたのである。第二次ネウロイ大戦が1940年代後半に西欧及び中欧の奪還という形で一応の収束を見ても、その実東欧諸国はネウロイの瘴気に沈んだまま。それが20世紀のうちに片付かないのだから、まさか新世紀になったぐらいで人類が平和を享受できるはずもなかったのである。

 

 とにもかくにも、ネウロイの侵略は止むことを知らない。人類の戦いはどこまでも続く。リベリオンに落着した大量の大陸間弾道飛翔型ネウロイ(I C B N)は、扶桑皇国に函館戦争以来となる本土決戦の予感をもたらしていた。対弾道ネウロイ防衛(B N D)の整備はもちろんのこと、恐らくは避けられない()()を防ぐべく本土防衛用のウィッチの早急なる育成が声高に叫ばれたのである。

 

 では、増やせと言われたところで増やせるだろうか。21世紀に徴兵制などは存在しない。ウィッチは志願者が幼年学校に入学することで育成されるが、既に国の定める基準に叶う少女達は入学したか、もしくは軍に入ることを望んでいないかのどちらかだ。

 高校生以上となるとウィッチ志願者はいても適性の問題が立ちはだかるし、15を過ぎてからのウィッチ勤務というのは本人にとっても酷な話。

 

 実のところ、ウィッチの増員なんてものはそうそう出来ないのである。

 

 しかし、国家が望めば道理は通るもの。その結果としての大刀洗幼年学校というウィッチ養成機関。

 小学校中学年相当の学力で受けられる入学試験をパスすることで『編入』することが出来、卒業すると()()()()()()()()()()()()()()()、晴れて軍での勤務を許される。

 

 ……明日菜に言わせるなら、扶桑は小学生という手をつけてはならない()()に手を出したのである。

 

 適性重視の推薦(スカウト)制度……まだ人生の選択が出来るかも怪しい少女を戦場に送り出すその幼年学校は、言うまでもなく批判の対象となった。

 

 しかし、戦争は始まってしまったのだ。

 1990年代に始まった解凍戦争は、あくまでこれまで『冷凍』されてきた東欧の巣が動き出しただけであった。だから扶桑も遠い異国の地として、世界の工場として欧州を支援すれば良かった。

 

 しかしICBNは飛んだ、飛んでしまった。遙か彼方のリベリオンが戦場と化したのだ。

 

 果たして扶桑も例外たり得るだろうか。そんなことはない。ウィッチの数を揃えることが、扶桑を護る唯一の手段であったのだ。反対意見は即座に封殺された。一週間も絶たぬうちに反大刀洗派の人間に非国民の(レッテル)が張られるのを、誰もが見て見ぬふりをした。

 

 

 ……であるからして、明日菜は大刀洗一期である石川を好んでなどいなかった。それこそ、今すぐ本国へ送還してやりたかった。

 問題は、その姿勢が当の石川から見れば冷遇にしか見えなかった、ということだ。

 

 

 

「それはアスナなりの嫉妬だと思うんだけど、そこんとこはどーなのさ」

 

 応接セットに座ってケタケタ笑うのは王立空軍所属のオーガスタ・マクファーレン。流暢なクイーンズ・ブリタニッシュというのは教材にはぴったりだが、ともすればB”R”itanishをからかわれるのだから溜まったものではない。

 それでも、同じ飯を食い空気を吸う。ついでに煙草も吸う。そんな異国の人間は遠い母国の人間よりかは近しいのだと思う。

 

 しかし困ったことに、最近はその戦友たる共通項が抜け落ちて来たように思うのだ。無論各国の利権調整の結果として生まれた統合戦闘航空団であっても、そうそう配置換えなどあるものではない。だから抜け落ちたのはもっと簡単で、最も大切なこと。

 例えば、煙草だ。

 

「そういうオーちゃんは煙草を辞めたじゃない。そこんとこどーなのさ」

 

「質問に質問で返さないでよねーアスナ。別に辞めた訳じゃないさ。ただ、将来有望な”処女(Cherry)”を汚したくなくてね」

 

 証明して見せようか? そう言いながら箱を取り出すマクファーレン。明日菜はニコリともせずに手を振った。

 

「ふん。オーちゃんはそうやってすぐ辞められるからいいわよねぇ。私には到底無理」

 

 それでも、執務室で煙草を吸わないのは最低限のケジメだ。喫煙なんて見るからに身体に悪影響を及ぼす存在は随分と昔から上流階層を中心に嗜まれてきたが、ことさら身体が資本であるウィッチ部隊において大々的に流行り始めたのはつい最近のこと。1970年代の冷凍戦争(Cold War)はガリア=インドシナ。ガリア連合構想が事実上の失敗に終わり、政治的求心力を完全に失ったインドシナ共和国の政情不安定につけ込むようなネウロイの侵攻。

 ガリアは永遠空番とも言われた501JFW(ストライクウィッチーズ)を復活させてまで人類共同戦線の構築、即ち国際社会の支援を得ようとしたが、結果は知っての通り。ガリア解放の英雄であるド・ゴール大統領は退陣に追い込まれ、肝心の統合戦闘航空団はその火消し役に回されることとなった。

 

 それはまさに、廃退と停滞の時代。黒海にネウロイと呼ばれる新種の怪異が現れて以来半世紀、人類を動かし続けて来た歴史の原動力の消滅。ガリア=インドシナを失うことで人類はなにを失ったのだろう。むしろ、ガリア=インドシナを保持せんとした代償の方が大きかったのではないだろうか。反社会が若者社会(サブカルチャー)の代名詞となった。軍隊というのは平均年齢が20代前半となる極めて極端な若者の組織だが、ウィッチ部隊の平均と言えば10代である。秩序の崩壊は強靱なはずの国防体制を失墜させた。

 

 だから、明日菜は執務室では煙草を吸わない。自らの喫煙は決してそんな意味のない反戦主義には寄与しない。国防体制の欠陥が招いたのが函館事変ではなかったか。

 どんなに腐敗しても、自分を何度も裏切っても、それは永遠に故郷であり、この事実だけは変えられない。だから決して、自分もその安易な主義主張に迎合してはならない。それが彼女なりの意地であり、矜持であった。

 

「でもさあ、アスナは嫉妬深いよねぇ本当に」

 

「別に煙草程度で嫉妬なんかしないわよ」

 

 そう言い放てば、目の前のブリタニア空軍中尉はケタケタと笑う。

 

「話を逸らさないでよ。アンタが嫉妬してるのは私なんかじゃなくてサクラよ」

 

 それとも、イシカワって言わないと通じないかしら? 三つ編みの金髪をさながら小麦のように揺らしながらそういう彼女。明日菜はこれ見よがしなため息をついて、それから手元のバインダーを机に置いた。

 

「石川に嫉妬なんてするわけないでしょ。同じ扶桑のウィッチだし、そもそもこの私に勝てるとでも?」

 

「してるでしょー? だってアスナはミサイルとか触らせて貰えない訳だし」

 

「……」

 

 そこか。中東の光などと呼ばれることもある第301統合戦闘航空団であるが、その戦闘隊長を務める霧堂明日菜はは極度の機械音痴であるというのが定説になりつつあった。実際既にF-15EFのパーツを17機分ほど磨り減らした身としては反論のしようもないのであるが、別に機械が苦手なんてことはないのだ。

 ただ、時折ネウロイを倒した後に機材が滅茶苦茶に壊れていることがあるだけなのだ。

 

「――――ま。そこは自明の理だから置いておくとして、だ」

 

「なに勝手に自明の理にしてるのよ」

 

 いいでしょいいでしょ。そう手を振りながらマクファーレン中尉は笑う。それからすっと表情を固めたままに眼を細めた。

 

「扶桑人が身内びいきなのは知ってるけれど。流石に度が過ぎるんじゃない?」

 

 その言葉に、今度は明日菜が笑う番。

 

「……なんの話?」

 

「みんな知ってるわよ。あのズボラリベリアンのブリジットだって気付いてる。なんでだってイシカワを前線に出さないのさ」

 

「出してるじゃない? ちゃんと」

 

運び屋(トランスポーター)を前線というなら、そうかも知れないけれどねぇ」

 

 そう言いながら執務机の周りをうろうろするマクファーレン。明日菜はやかましいと言った様子で振り払う仕草をするが、その程度で追い払われる訳がない。

 

「アイツは未熟だ」

 

「なにがさ?」

 

「まず練度。今はようやく戦闘にも投入できるレベルになったけれど、ここに来た時なんてボロボロだったじゃない? それに年齢、あの子はようやく十になったばかり。精神も年相応で……」

 

「要は全部足りないんでしょ?」

 

「……まあ、そういうことになるわね」

 

「そりゃ私たちに比べたらなんでもかんでも劣るに決まってるでしょう。あんなんじゃ育たないわよ?」

 

 その言葉を聞いた明日菜は、少しばかり声を堅くする。

 

「育てる? 何のために育てるっていうの?」

 

「そりゃあ、私たちが飛べなくなったときのためよ。今は向こう(ネウロイ)さんも動く気配がないからいいけどさ。もし二年前みたいな大攻勢があったらどうするの?」

 

 マクファーレンが言うのは2001年に実施された《不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom)》のこと。リベリオン東海岸を襲った大陸間弾道飛翔ネウロイ(I C B N)による攻撃は、なんの関係もないはずの中東のパワーバランスを崩すこととなった。

 つまることろ、湾岸戦争の傷が癒えていないメソポタミア共和国連邦にはネウロイを食い止める力がなかったのである。巨人(さばく)の盾を喪った共和国連邦など砂漠の楼閣。その際に形式上はリベリオン陸軍の主導で実施されたのがこの《不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom)》。それは何百何千万の避難民をペルシアまで逃がした、史上最大規模の撤退戦であった。

 

「だけど、私は飛んだわよ? 飛び続けた」

 

 何処までも、そう何処までも。砂漠の嵐だなんて勇猛な台詞と武器を持った巨人が去った世界。ネウロイの闇に覆い尽くされたメソポタミアの空。

 威張っていた先輩も、よくしてくれた戦闘隊長も皆落ちていった。

 

「みんなアスナみたいな天才じゃないのよ。ああ訂正、私はアスナみたいな天才じゃないのよ」

 

「何言ってるの、私はオーちゃんのことを一番信頼してるのよ?」

 

「……ふぅん?」

 

 よく言うわよ。そう呟いたオーちゃん……オーガスタ・マクファーレン中尉の顔には笑みが戻ってきていた。

 

「その割には、旧知の仲の私だけは蚊帳の外なんだから。ホント、嫉妬しちゃうわ」

 

「あら? 特別扱いはお嫌いで?」

 

「ぜーんぜん?」

 

 オーガスタ・マクファーレンはそして笑う。笑ってくるりと振り返る。三つ編みの金髪が再び揺れた。

 

「さーて。あたいはそろそろ待機任務(アラート)にいってきますかね」

 

 明日菜はそれを無言で見送る。この小麦畑のような背に何度助けられたことだろう。あの国家のエゴばかりが衝突したクソッタレの自由を守る作戦で、たった二人だけ戦場を支えた明日菜の相棒。

 

「あ、そーだアスナ」

 

 ところが、彼女は振り返る。それから明日菜に聞き取れるよう、はっきりと言った。

 

「――――今夜、私のこと抱いてよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、本当に癪に障る。

 

「戦闘隊長、訓示!」

 

 第301統合戦闘航空団の看板が掛けられた掘っ立て小屋のような集会所で副官が告げる。整列した部下達の前に一人だけ反対向きに立った――すなわち向かい合った――霧堂明日菜は部下を見回す。

 

「諸君、いよいよ部隊にメソポタミア共和国連邦ムサンナー共和国への前進命令が下った。サマワ南方ムサンナー空軍基地へと前進する」

 

 直立不動で部下たちがその訓示を聞いている。表情一つ変わらない。まるで機械だ。決して平均年齢16.2歳の集団がしていい顔ではないなと考えて、心の中で嘲った。部隊は部隊長の影響を強く受ける。これもおそらく私のせいだ。

 

「ユーフラテス河より南方についてはネウロイは歯ごたえがないものばかりと言えた。おかげで我々の主なる敵は時代遅れのオペレーションシステム(T R O N)と絶望的な遅さの通信回線だったわけだが、上層部はいよいよ我々がオフィサーではなくウィッチであることを思いだしてくれたようだ」

 

 喜べ諸君。と言ってもだれも反応無し。これでは道化となった意味もないではないか。

 

「まぁいい。出発三時間後、ヒトヒトサンマル時だ。気象軍団からの報告によれば、天候は晴れ、風北から弱く、時々弾丸とのことだ。これを受け、我々は万が一の事故に備えるため、NIJ-IIIA対応の防弾ジャケットの着用を指示されている」

 

「えっ」

 

「どうした石川少尉」

 

 伸長の関係で最前列に並んでいる石川少尉が驚いたように声を発した。

 

「し、失礼しました!」

 

「結構。しかし、疑問点があるならばここで解消しよう。石川少尉の疑問は『なぜ、ネウロイ相手の戦闘では屁の突っ張りにもならない防弾ジャケットを我々が着なければならないのか。重いし邪魔になるし、良いこと無しではないか』ということかな」

 

「……はい」

 

「よろしい。その疑問に答えよう。今回の前進にあたり、もっとも警戒しなければならないことはなにかを整理する必要があるな。良い材料だ。まず絶対的に明らかなものから確認していこう。石川少尉」

 

「はっ!」

 

「第301統合戦闘航空団が派遣されている目的とはなんだ」

 

「メソポタミア共和国連邦の領土奪還の支援です」

 

「結構。その通りだ。では今回の前進の意味とは? マクファーレン中尉」

 

 いきなり話題を振られて後ろであくびをかみ殺していたマクファーレンが呻いた。

 

「私に振るの、アスナ?」

 

「眠そうにしていたからな。あと私語は慎めマクファーレン。一応訓示の最中だ」

 

「はっ、失礼いたしました」

 

「それで、答えは?」

 

「ユーフラテス川西岸までの掃討を完了し、いよいよバグダート方面へ進出する為であります」

 

「30点。正確に言えば、我々はバグダート方面への飛行は行うものの、地上部隊の支援がメインとなる。我々はあくまで鷹の目。そして安全圏の確保のための盾だ。――――サマワの回復した土地には既に、一般市民の再入植が始まっている」

 

「すごいバイタリティだ」

 

 マクファーレンは肩をすくめる。それを見た霧堂も薄く笑みを貼り付けた。

 

「全くだ。護りがいのある市民様をこの目で拝みながらの前進。光栄だろう。だが、我々は手放しで歓迎されていると言えないのは君達も知っての通りだ。そして、今後激化することが予想される」

 

「激化……」

 

 石川の声に霧堂が頷いた。

 

「彼らの教義によると、女子は顔面と手首より先しか晒してはならない。かといって我々ウィッチは足を晒さねば戦えない。これが原因でウィッチの導入が遅れたためにユーフラテス戦線は一気に押し込まれた訳だが、今になってもこれを律儀に守らせようとする奴らが存在する。『ウィッチを守るため』に『軍事基地のお偉いさんを吹き飛ばして』くれるらしい」

 

 その言葉にどこかから低い笑い声が漏れた。

 

「それで我々の給料が上がったり、書類から解放されるならまだいいが、そんなただのとばっちりを喰らうのも癪だ。それにそんなことで戦力が半減しては我々の役目にも差し障る」

 

 そう言って霧堂は目を細めた。

 

「我々は戦場にあって、健常であらねばならない。そのためにまずは自分たちの身を守らねばならない。そのために我々は防弾チョッキを着用する。対人戦闘を想定してな」

 

 その言葉に石川の顔が曇る。()()()()()()()()――――それはすなわち、撃ってきた誰かに撃ち返す事を想定するということだ。

 

「他に質問はない? では次に行こう」

 

 

 曇りっぱなしの顔を見て霧堂は心の中で笑った。

 

 あぁ、まだ石川は若い。兵士としては若すぎる。 

 

 それを嘆くべきではないだろう。その年相応の反応を本来なら喜ばねばならない。だが霧堂はそれが許される立ち位置ではないのだ。戦闘隊長はそういうものだ。それは先立った先輩達の後ろ姿から学んできた。

 

 だらだらと情報をしゃべりながら頭の中はくだらないことばかりを考えている。

 本当に癪に障る。どうやったってこの中東という地域はいけ好かない土地らしい。

 

「以上だ。それなりの奮闘を期待する。各自、乗機の確認を行え。11時半に死ぬほど熱いエプロンで会おう。解散」

 

 

 

 

 

「――――今夜、私のこと抱いてよ」

 

 その言葉を聞いた明日菜の第一声は、驚きと言うより呆れだった。

 

「……なに、言ってんだか。私の話聞いてた?」

 

「うん。聞いてたよ? ユーフラテスの饕餮(とうてつ)さん?」

 

 ユーフラテスの饕餮(とうてつ)。その二つ名は霧堂明日菜という扶桑皇国のウィッチがネウロイを三桁喰った撃墜王(スーパーエース)であるということのみを意味する訳ではない。

 

「なんでさオーちゃん。私はあんたをそんな眼では見れないわよ。知ってるでしょ?」

 

「うん、知ってる。痛いほど知ってる。でもね、私気付いちゃったんだよね」

 

 ――――アンタが抱かない相手は《過去》にしたくない相手だ。

 

「そんな訳ないでしょ? そりゃ私はちょっち開放的かもしれないけどさ、別にそういう意味はないわよ。ほら、なんていうの? オーちゃんは可愛すぎて逆に食指が動かないのよ」

 

「じゃあサクラも可愛すぎるわけ?」

 

「そりゃもちろん。オーちゃんは凜々しい系だけど、石川は小動物的な可愛さよね。愚直で向こう見ずで、夢ばかり見てる……って、なに言わせてんのよ」

 

 咄嗟に並べたジョークのつもりだったが、向こうには冗談とは受け取ってくれなかったよう。

 

「ほら、やっぱりちゃんと見てるじゃない。それであの子のキラキラした輝きに嫉妬してるんでしょ?」

 

「話を戻さないでよオーちゃん」

 

「私もね、嫉妬してるの」

 

「話が見えない」

 

 そうは言うが、まさか明日菜が分からないわけがない。こんな顔の同僚を、後輩を何人も見てきた。しかしそれは自分が蒔いた種であって、咲いて当然の花。収穫するための果実。

 今回は、違う。

 

「思い出が欲しいの。ダメ?」

 

 目の前に迫った戦友は、どこか思い詰めたような、それでもまだ自分をからかうような余裕が見て取れた。

 だから明日菜は表情を歪める。

 

「……アンタまで《過去》になるつもり?」

 

 それを聞いたマクファーレンは、ふっと笑う。

 

「ほらやっぱり、気にしてるのね。科学的じゃないわよアスナ」

 

「私を何だと思ってるのよ。魔女(ウィッチ)に向かって科学的とか言う?」

 

「あんたの能力だってその科学を使って解明したからこそ使いこなせてるんじゃない?」

 

「あら? なんの話? あくまで私の固有魔法は三次元把握なんだけど」

 

「それは()()のでしょうが」

 

 そう笑みを凍り付かせて言うマクファーレン。どうやら賄賂やらなんらやで逃げることは出来ないらしい。

 マクファーレンは一歩前に出ると、執務机に釘付けにされたままの明日菜に詰め寄った。

 

「アンタだって聞いてるでしょ。今回もリベリオン主導で行われる《ペルシアの自由作戦(Operation Persia Freedom)》は激戦になる。きっとアンタや私でも苦戦するくらいのね」

 

「でしょうね。だから思い出?」

 

「だって私もCherryだもの。思い出くらいいいじゃない?」

 

「……私のことどう思ってるんだか」

 

 切羽詰まった本気と馬鹿にするような冗談が入り交じったマクファーレン。明日菜には頭を抱えることも許されない。

 

「それにね、アンタは思ってないだろうけどこっちは怒ってるんだよね」

 

 

 ――――明日菜(あんた)にとって、私と石川(サクラ)は同列な訳でしょ?

 

 

「私が墜ちるとでも思ってるわけ? あの時は私の方があんたを助けてやったってのに? そんなアンタにサクラを護れるわけ? 至極大事にして離さないサクラを?」

 

「……護るしかないでしょ。あの子をここで死なせるわけにはいかない。決してね」

 

 祖国(ふそう)は確かに過ちを犯した。その罪は扶桑のものであって、決して前線にいる兵士達の罪ではない。

 だからといって、こんなことが許されるだろうか。大刀洗一期。扶桑の過ちの犠牲者である石川桜花。彼女は第301統合戦闘航空団(こんなところ)に送られたばかりに、他国の面子(リベリオン)が巻き起こした人類を守る戦い(どうでもいいせんそう)に送り込まれ、そして最後には名誉の戦死(いぬじに)を遂げるのだ。

 

 許されざる、決して許されざることだ。

 

「アスナ、貴女は弱くはないわ。それはこのオーガスタ・ハリエット・マクファーレンが保証してやる。でもね、貴女は弱くないだけで決して強くはない」

 

「知ってるわよ。そんなこと」

 

 分かっている。分かってはいるのだ。

 どんなにシフトを襲撃の少ない時間にしても、戦闘から避けることは出来ないように。

 陣形の最も安全な位置にしても。決して彼女が被弾しない日はないように。

 偵察に誘導弾の管制といった、いざとなれば全部投げ出したって構わない仕事を与えても……彼女が被弾しなかった日はないのだ。

 

「でも、私は守るわよ。こんな場所で、扶桑人をむざむざ死なせない」

 

「うんうん。いい度胸。いい覚悟だよアスナ……だからね。私の力を貸してあげよう」

 

 もちろん、貸した手前は返してよね。

 それが彼女の意思だというなら、返す言葉は一つしかないだろう。

 

「悪いけど、利息はゼロどころかマイナスになるわよ?」

 

「分かってるわよ。分かってる」

 

 

 

 3月20日。人類連合軍はかねてより定めていたペルシア共和国国境線を基準とする防衛計画を更新。ネウロイの瘴気に沈んだユーフラテス流域を奪還すべく、全面攻勢に打って出た。

 この作戦にて人類連合は全線戦にて圧倒的勝利を収め、5月にはペルシア湾岸の全域を掌握。第一段階の作戦を完了することになる。未だに指揮系統の混乱が見られる人類連合軍であったが、参加各国軍はその能力を存分に発揮し、各所ではさしたる混乱もなかったという。

 

 そして第二段階の目標はメソポタミアの中枢――――バグダード。

 

 この作戦実施の支援のため、第301統合戦闘航空団はメソポタミア共和国連邦ムサンナー共和国、ムサンナー空軍基地へと前進する。

 

 

 時に、2003年。《ペルシアの自由作戦(Operation Persia Freedom)》。

 

 

 霧堂明日菜の姿は――――――中東に在った。


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