ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-7-2"Thanks"


شکریہ دوسرا حصہ

 空を飛んでいたい。それだけだった。

 

 今もきっとそう思っている。憧れだけで飛んでいるのは、なんとなく自分でも分かっていた。

 

 それはきっと間違っているんだと思う。誰かを傷つけたり、傷つけられたりする軍属のウィッチになるにはきっと、甘過ぎるんだろう。そんなことはもうわかっている。

 

 ――――――それでも、わたしは!

 

 

「守るって、決めたんです!」

 

 

 スコープの先、見えるのは黄色い布を被った女の子とネウロイ。あと2秒もすればあの女の子はネウロイの下敷きだ。左腕に絡めたスリングが腕に食い込む。テンションをかけて、銃を安定させる。真上に伸び上がったネウロイが見える。

 

 そんなこと、させるもんか!

 

「いっけえええええ!」

 

 WA2000が弾丸を送り出す。自分の魔力を込めた一発がネウロイを光に変えていく。

 

 自分の真下をカメラを持った男性が過ぎ去る。上空で急制動。足を進行方向に降り出して、すとんと落とす。ネウロイまでの距離が近すぎる。つまりここは、ティティの効力射程内だ。

 

 とっさに狙撃銃からM500ES拳銃に持ち替え。50口径の方が魔力を込められる。初速も精度もこの距離なら心配ない。左腕を振り上げ、スリングを肩に合わせて銃をつり下げる間にも右腕は腰の後ろの拳銃を引き抜く。

 

「ヘッドダウン!」

 

 呆然とする少女とカメラマンにそう言って、拳銃を向けた。イメージは的にあてると破裂するイメージ。引き金を引く。とんでもなく強いリコイルで腕が吹っ飛ぶんじゃないかと思うほど真上に拳銃跳ね上がる。進路がぶれそうになるのと、体が後ろに引けそうになるのを必死に押さえ込んだ。

 

「ティティちゃん! 今!」

 

 女の子を左手に抱えつつ、拳銃をホルスターへ。WA2000の前床(フォアエンド)を右腕で確保し銃口を空に向け、カメラマンをシールドの裏に庇える位置まで飛ぶ。その女の子がこちらを見上げているのはわかったがそっちを見る余裕はない。ストライカーが砂に接地した。シールド展開。全魔力を使い切る勢いでシールドに魔力を集中する。

 

《信じるからね! ひとみちゃん! カウントゼロ、いきます!》

 

 ティティの無線越しの声。上空にいくつもの魔法円が浮かぶ。空が丸ごと光ったかと錯覚するほどにいくつもの光が浮かんだ。

 

 否――――空間自体がティティの魔力に飲み込まれたのだ。

 

 ひとみやのぞみの放ったたくさんのミサイル、夢華の手榴弾。それぞれが持っている小銃や狙撃銃の弾丸――――それら全てに微量ではあるが、ティティの魔力が封入されていた。

 

 だれも口にしないが、ウィッチが一番恐れている状況がある。少数精鋭にならざるを得ないウィッチがもっとも恐れる事態。ネウロイの物量戦に押し込まれる状況だ。いくらウィッチ一人で通常機の2個飛行隊に相当すると言われていても、体は1つで目と手は2つずつしかないのだ。

 

 高々6人で数千のネウロイから数万人の避難民を守り切ることなど到底不可能。

 しかし、その盤面を根底から破壊することができるジョーカーを第203統合戦闘航空団は一枚だけ所有していた。

 

 

 アウストラリス王立空軍少尉、メイビス・“ティティ”・ゴールドスミスの固有魔法、空間魔力拡散爆発。

 

 

 自分の魔力を触媒に、物質を強制的に酸化/還元させ、そのときの熱量を活用し、空間そのものを破裂させる。水蒸気があれば酸素と水素に、空気と鉄があれば、酸化鉄へと変化させる。エーテルと酸素を反応させれば、空間まるごとエンジンのシリンダーに早変わりだ。

 

 砂漠であっても空気中に水蒸気は存在する。すでに起爆剤となる彼女の魔力は広く拡散した。そこはティティの支配する炉の中だった。

 

点火(インジェクト)!》

 

 直後に感じたのは、目に刺さる黄色がかった光。同時に衝撃波がひとみのシールドを猛烈な勢いで叩いた。

 

 爆風の流れに丸ごと飲み込まれた。ひとみはシールドに魔力をさらに送り込む。

 

 死なせない。護り抜く。切り捨てなど、しない。

 

「あああああああああああああああああああああっ!」

 

 左手もシールドに添え、耐える。手の表面がやすりにでも掛けられているように痛い。

 

 姿勢維持装置が悲鳴を上げる。吹き飛ばされそうになるのを必死にこらえる。吹き飛ばされれば、後ろの三人を守り切ることなどできない。

 

 なにかの断末魔が響く。それでもひとみはシールドを張り続けた。

 

 そして、圧力が一気に軽くなり、前につんのめった。

 

「ぷわっ……と! なんとか耐えきった! 大丈夫ですかっ!?」

 

 慌てて振り返る。ぺたんと膝をつくような形でひとみの腰にしがみつくようにしていた女の子……といってもひとみよりも背は高いのだが……は潤んだ目でひとみを見上げていた。

 

「大丈夫!?」

 

 女の子がコクコクと頷く。ひとみの服をぎゅっと握りしめてしがみつく彼女。

 

「大丈夫、もう、大丈夫」

 

 ポロポロと流れる涙を見てひとみは微笑む。向こうに見えていた建物群は消し飛ばされていた。そこにいたであろうネウロイも一緒に吹き飛んだか、地面に()き込まれただろう。手前のネウロイも黒焦げになるか、圧壊して動かない。再生する兆候もない。それを見ながらWA2000のを持ち直した。左肩にかけたスリングと左手で銃を押さえる。

 

 そうしながら思うのだ。追ってくるネウロイがどれだけ怖い存在か。それは想像に難くない。ひとみは地上型に追い縋れた体験はないが、ネウロイに対峙してきた経験はある。それは怖くて怖くてたまらないことは身にしみていた。それは理由や義務や命令で自分と一緒に縛り付けなければ抑えきれないことをひとみは知っている。

 

 それでもこの子が護らんと魔法を使いシールドを張ったのは、ひとみも見ていた。それを成すのは大変な事だ。ひとみはそれを肌で知っている。

 

 そんな彼女になんて声をかければいいのだろう。少し悩んで、砂だらけの黄色い頭巾に包まれた頭にそっと右手を乗せる。そして、言う。

 

「よく頑張ったね。みんなを護ってくれてありがとうね」

 

 その言葉に女の子が決壊した。どれだけ怖かっただろう。どれだけ逃げ出したかっただろう。それでも彼女はここで立ち止まり、立ち向かったのだ。彼女の泣きじゃくる声を聞きながら、ひとみはその思いを噛みしめ、頭を優しくなで続けた。

 

「ありがとうね」

 

 普通なら立場は逆なのかもしれないとひとみはうっすら思ったが、それでもありがとうと言いたかった。その言葉がいいと思ったのだ。

 

 

――――――その時、だったのだ。

 

 

即応せよ(プリパレーション)! 米川(ミーチュアン)!」

 

 耳に夢華の叫び声が届く。反射的に狙撃銃を左手で押し出しつつ、右手をグリップへ。スリングを肘に引っかけ銃を安定させるヘイスティスリングの姿勢ができると同時に黒焦げのままこちらに向けて飛んでくる小型のネウロイを見つけた。背筋が凍る。

 

 狙撃で撃破はできる。問題はコアを撃ち抜いてからネウロイが消滅するまでのタイムラグだ。その間に地上に到達してしまえば、シールドごと今度はひとみたち丸ごと潰される。シールドに受けた衝撃は術者に跳ね返るのだ。

 

 ひとみが引き金を絞る。過たずネウロイを撃ち抜くがその残渣がそのままひとみたち目掛けて落ちてくる。シールドで受けきれるか。

 

 その直後、轟音。

 

「へっ!?」

 

 ひとみが素っ頓狂な声を上げた。落ちてきたネウロイがいきなり真横に吹っ飛んだのだ。正確には大量の弾丸がネウロイの横っ腹を叩いたせいでそれが吹っ飛ばされたのだ。誰かが大量に鉛玉を吐き出しているのだ。慌てて出所を確認すると、上空で腰だめに構えたガトリング砲をぶん回しているルクサーナが見えた。

 

「米川――――っ! うわぁっ!?」

 

「のぞみ先輩何やってるんですかっ!?」

 

 ひとみを庇おうとしてだろうが、空中でネウロイを切り捨てようと銃剣装着の64式を振りかぶったのぞみが思いっきりルクサーナの射線に飛び込んだのだ。ルクサーナが緊急で射撃を中止、のぞみも全開でシールドを張って事なきを得る。

 

「っと、危ないわね!」

 

「なんでいきなり射線に飛び出すんですかのぞみ先輩っ!」

 

「飛び込まなかったらあんたどうなってたか!」

 

「ルクサーナさんの射撃でとっくに吹っ飛んでます!」

 

「なにおぅ!」

 

《今のはどう見てもダーツォンが悪いでごぜーます》

 

《ごめんなさい……否定はできないです》

 

《よね。まったく突撃一辺倒のこいつがなんで戦闘隊長なんだか》

 

 無線で夢華・ティティ・レクシーから次々と刺され、のぞみが面白い顔になる。コ―ニャはスルーを決め込むつもりらしい。

 

「ああもうわかったよ! 私が悪ろうござんした! で、米川は生きてるんだし無事でいいでしょうが! 戦果は!」

 

 のぞみのA-10が降下してひとみの真横に降り立った。

 

「はいっ! 要救助者3名を保護しました」

 

「上出来だ米川!」

 

「ナシーム! ウルム!」

 

 ものすごい勢いで降下してきたのは砂にまみれたミラージュ。それを見てウルムがぱっと表情を明るくした。そのままルクサーナに飛びつく。

 

「ルクサーナ!」

 

「無事でよかった! 本当に、無事で……!」

 

「うん、うん……!」

 

「ルクサーナも、よく生き残ってくれました」

 

「あなたもです、ナシーム。よく生きていてくれました」

 

 抱き合う三人を見て、のぞみが笑う。そのまま何も言わずにひとみの方に拳を差し出す。

 

「……ふふっ」

 

 ひとみも砂だらけのぼろぼろの手で拳をつくって、それに重ねた。その合間にシャッターの音が響く

 

 笑い合っていると、ひとみの視界がくるりと回った。地面が傾いたように感じる。

 

「おっと」

 

「のぞみ、先輩」

 

 それを危なげもなく受け止めたのぞみがやれやれという雰囲気で肩をすくめた。

 

「あれだけヤバい魔力拡散爆発に巻き込まれて……というか突っ込んでいって魔力酔いしないわけないじゃん。魔力が底をつく限界でそんなことしたら一発でこうなるのぐらい考えていきなさいよ」

 

「ごめんなさい……」

 

「ま、今回は人命救助ということで不問にしましょ。それに、リボルバー(M500ES)に持ち替えたのって、自分の魔力を空間にばらまいてティティの爆発の衝撃を和らげるつもりだったんでしょ?」

 

「それでもかなりきつかったですけど……」

 

「ま、米川なりによくやったんじゃないの? あぶなっかしくて見てらんないけど」

 

 ひとみの髪をくしゃりと優しく掻き上げ、のぞみはそういった。空を見上げれば編隊飛行するウィッチの姿。高高度を飛行しているのだろうか、雲すらも吹き飛んだ真っ青な空に白い飛行機雲が描かれていく。

 

「インディア空軍飛行隊のご到着だ。遅いっての」

 

 のぞみが悪態をつくようにそういう。ルクサーナが不安そうな顔をした。

 

「インディア……のウィッチ」

 

203空(うち)のトップがたぶん脅しに脅してなんとかさせたんだろうし、この状況でウルディスタンを攻撃したところで、インディアにはなんのメリットもないから放っておいていいと思うわよ。さて……弾薬もかなり危ない事ですし203は後方支援にいったん移ろうか。ここまで焼き払っておけば、難民の撤退の時間ぐらいは凌げるでしょ」

 

 のぞみがそう言って笑う。

 

「カイトフライト全機、こちらカイト・ワン、状況を終了する。アムリトサル空港で整備班の到着を待つよ」

 

 のぞみの声に続々と返事が返ってくる。皆、無事だ。

 

「米川、まだ飛べるね?」

 

「――――――はいっ!」

 

 A-10のエンジンがうなりを上げる。計器を確認。さすがA-10、あれだけ無茶をしてもまだ飛べる。

 

「あのっ!」

 

 ナシームがひとみのほうに叫んだ。

 

「ありがとう、ございました……!」

 

 それを聞いて、ひとみは満面の笑みを浮かべた。

 

「うん。ありがとうございました」

 

 離陸推力にスロットルを叩き込む。短い滑走でふわりとひとみの体が浮く。それをのぞみが追いかけた。

 

「米川」

 

「なんですか?」

 

「なんでありがとうで返したの? そこは『どういたしまして(You're welcome)』とかじゃないの?」

 

「いいんです、サンキュー・ベリーマッチで」

 

 死なないでくれてありがとう、守らせてくれてありがとう。

 

 あの一言のおかげで、わたしはこれからも飛べる。

 

 口には出来ないけれど、そう思えたのだ。

 

「……そ、ならいいわ」

 

 のぞみは少し笑ってそう答えた。

 

 高度を上げる。203空の面々が上空で待っている。

 

 まだ、飛べる。また、飛べる。

 

「さーて、もう少しだ、頑張っていこうか」

 

「はいっ!」

 

 米川ひとみは、スロットルを開いた。

 

 

 

 

 

 終わってみれば、インディア帝国とウルディスタンを隔てていた国境線はあんなにも脆かったのかと思わなくもない。そんな脆いものを突破するまでに私たちは兄弟姉妹にどれだけの犠牲を強いてきたのかと考えてしまうのだ。

 

「ナシーム。難しい顔をしていますよ」

 

 横からそんなことを言ってきたのは私たちの英雄、ルクサーナ・アラン飛行士。私たちの戦線を3ヶ月も守りきった英雄。外からの力で戦線はあっという間に変わってしまい、ぼろのテントから3時間でカチッとした建物の廊下に腰を下ろしているというのに、英雄は余裕そうだ。

 

「難しい顔もしたくなります。ルクサーナが必死に守った戦線が崩壊したほうがよかったなんて認めたくありません」

 

「そうかしら」

 

 当のルクサーナはあっけらかんとそういった。

 

「崩壊したことで戦線がこじ開けられ、たくさんの仲間が生き残ったなら、わたしのジハードにも意味があったと信じるのみです」

 

「ルクサーナは、強いですね」

 

「できることをしているだけよ」

 

 そういえることがすでに強いのだと、少しばかり僻んでみる。それでも自分がどれだけ弱小であるかを再確認するだけだった。

 

「私は、ルクサーナほど強くはなれません。そう、痛感しました」

 

「それは……ウルムや記者さんを守れなかったから?」

 

 そう言われ、考える。直接ネウロイと相見えたのははじめてだった。ネウロイがあれほど恐ろしいものだと、頭ではわかっていても心ではわかっていなかったのだと思い知った。

 

「無力でした。あの人が飛んできてくれなければ、どうなっていたか……」

 

「ヨネカワ少尉のことかしら」

 

「ヨネカワさん、というのですか? あの白い服のウィッチの方は」

 

「扶桑国の少尉殿だそうですよ。あの要塞みたいな地上型を狙撃一発で屠ったのも彼女だそうです」

 

 あの白い矢があの人の力なのかと思うとうすら寒い。あんな破壊力のある矛を持ち、同時に見たこともないほど大きなシールドを張ってみせた。そんなエースを世界はこのウルディスタンに派遣してきたのだ。私たち難民を守るために。

 

「……なんというか、その」

 

「想像もつかないわよね。見た目はウルムよりちょっと大きいくらいなのに」

 

「ヒジャブをしていないので、8歳くらいかと思っていました」

 

「13歳だそうよ。ヒジャブをしていないのはムスリムじゃないせいね」

 

 すごい人もいたもんだと、本当に思う。自分の両手を見下ろした。私は無力で、あのヨネカワ少尉にすがり付くしかできなかった。

 

「天使が降りてきたのかと思いました」

 

「詩的な言い方ね」

 

 優しくそういうルクサーナに甘えてもう少しだけ、続ける。

 

「私の前に降りてきた時、ヨネカワ少尉殿は泣いておられたのです。まるで地獄の中で悶える罪人を嘆くイスラーフィールのように涙しておられた。そしてその力をもって神の軍勢の到来を告げるラッパを吹き鳴らし、私たちを救い上げた」

 

「……そうね。確かに私たちにとって、あの矢は救いだった。私も、あの空で生きることを諦めそうになった。来世に期待して、投げ出そうとした。それを唯一の神(アッラーフ)はお嘆きになったのかもしれないわね」

 

 かなり美化されてそうだけどね。と言ったルクサーナの言葉は聞かなかったことにする。

 

「少し妬けちゃうかしら。ナシームもそろそろ私から離れてもいい時期だしね」

 

「ヨネカワ少尉殿に鞍替えしようとか思っている訳じゃ……私はルクサーナの副官で、ウルムの付人ですから」

 

 顔が赤くなっているのを感じる。少し強引に話を畳みすぎただろうか。そのタイミングでドアが開く音がした。これ幸いとそちらに視線を向ける。

 

「ルクサーナ……ナシーム……」

 

「おかえりなさい、ウルム。大丈夫でしたか?」

 

 目の前の部屋から衛兵の護衛つきで出てきたのは、身体検査とか事情聴取その他諸々を終えて囚人服のような服装に着替えさせられていたウルムだ。眠そうな目を擦っている。まだ8歳。インディア軍の聴取は酷だろう。

 

「うん。何度も同じようなこと聞かれた……少し疲れた」

 

「よく頑張りました、ウルム」

 

 ルクサーナにそういわれ頭を撫でられるウルム。とろんと眠そうな目を細めて笑えば、その力がふっと抜けて倒れそうになる。ルクサーナと二人で慌ててカバー。

 

「ふふ、ウルムも疲れてたんですね。ナシーム、あなたも少し休んだ方がいい」

 

 ルクサーナはウルムをベンチに横にしながらそういう。ウルムの頭がちょうど見下ろせる位置にきて、その寝顔を見ていると、少しばかりの抵抗をしてみたくなった。

 

「私はそこまでこどもではありません。すでに成人していますし」

 

「それでも休めるときに休むのも戦士の基本ですよ」

 

 そういわれ、ふてくされそうになる。僻むなと言い聞かせながら言葉を探す。

 

 

「――――そもそも論として、あなたたちが最前線で戦士となることが社会的な大問題なんですけどね」

 

 

 スッと頭に入り込んできたウルドゥ語に顔をあげる。反射的にルクサーナを守る位置に入ったら、後ろで鈍い音がした。ウルムが頭を押さえてぐずっている。

 

「そんな急に跳ね起きるからですよナシームさん、ルクサーナ飛行士を守ろうとするのは結構ですけど、ウルムちゃんのことも考えてあげましょうよ」

 

 声の主はそういって小さく笑った。後ろでひとつ縛りにした髪が揺れる。この女、私たちのことを知っている?

 

「何者ですか」

 

「扶桑の記者、青葉といいます。以後お見知りおきを。こちらは人類連合軍の加藤中尉。あなたたちに交渉……というより連絡なんですが、ウルディスタン亡命政府からのメッセンジャーを任されているのでお話をしにきました。少しだけお時間をいただきたいと思います」

 

 

 

 

 

「――――いやぁ、お疲れ様でした。万事が快調とはこのことですね」

 

 ハイタッチでもするかのように片手を挙げた偽従軍記者に返事を返す気にはなれず、加藤中尉は視線を向けるに留めた。それでも彼女が気にかける様子も無く煙草の箱を取り出すのだから、仕方なく掌を押し出す羽目になる。

 

「職務中だからね」

 

「これは失礼」

 

 そう箱を仕舞う青葉は、さも五月蠅そうに空を見上げる。晴れ間を縫って進むのはインディア陸軍の戦闘ヘリ。そして無機質な殺人兵器を護衛するかのように併走するウィッチたち。正式に戦線に参加することになったインディア帝国は、人類連合と僅かなウルディスタンの残存戦力ともに戦線を押し上げつつある。

 

「それにしても、やってくれたわね」

 

 

 先に口を開いたのは加藤の方だった。空を見上げたままではあるが、その矛先はしっかりと青葉を捉える。

 

「なにをです?」

 

「全てよ。石川大佐を止めるから手伝えーとかなんとか言いつつ、Fー35の代替機(A-10)インディア海軍機(はこびや)の調達、ウルディスタンの人類連合参加。人類連合は動けないと分析したくせに結局最後まで西アジア司令部の妨害は入らなかった」

 

 アンタのせいなんでしょ。断定的な加藤の声に、青葉は乾いた笑い。

 

「なんですかそれ。機体を貸してくれたのは国内での地位向上を願ってやまないインディア海軍が国難(ネウロイ)に対して自軍が無能でないことを示すためでしょうし、ウルディスタンの人類連合参加は宗主国ブリタニアを初めとして各国が賛成だったからこそ成しえたことですよ? それに、西アジア司令部の妨害が入らないってことは、つまり『人類連合は動かない』って青葉の予想が正しかった...…ってことじゃないですか」

 

「その根回しをさせたのがアンタだって言ってるんだけど?」

 

 その加藤の言葉に、青葉は「ないない。ないですよ」と笑う。それは加藤にしてみれば到底信じられないものではあったが、だからといって根回しの証拠があるわけでもない。

 ただ、加藤をけしかけたのが青葉(コイツ)であることは疑いようがない。思えば最初から最後まで、青葉に試されていたのではなかったか。

 

「……しかしまあ、現場で判断が覆るなんてことは()()()()()()です。目的が達されるならば、過程は問われませんよ」

 

「『人類の矛は折れてはならない』だっけ?」

 

「ええ、そうです。幸いにも今回の件では誰も損をしなかった。203は全機健在、人類連合もインディアも自己矛盾を生じずに()()()()()()()()()()()()()()

 

 最後の言葉をやけに強調した青葉は、加藤に横目で睨まれて肩を竦めた。

 

「……そんな怖い顔しないでくださいよ。その過程で出る犠牲が最小限で済んだんですから、それにこしたことはないじゃないですか」

 

 それに、戦いは始まったばかりですし。そういう青葉に、加藤はため息。

 

「戦いは始まった、どっちの話さ青葉。本職? 記者(カバー)?」

 

 扶桑の記者はもちろん前者でありますよぉと元気な返事。

 

南沙(スプラトゥーン)諸島は良かったんです。あくまで地域レベルのニュースですし、元より見つかってなかった(ネウロイ)だ。別に誰も眼を向けはしなかった。でも今回の件(ウルディスタン)は違いますからねぇ……」

 

 ウルディスタンの情勢には、アプローチの違いこそあれど各国が関心を持っていた。もちろんそれに伴う難民の発生、彼らに構うこともせず中傷合戦を繰り広げるインディア、ウルディスタン両政府の姿勢についてもだ。

 

 その閉塞を、絶望的な西アジアの国際政治を打ち破ったのは203空、ゴールデンカイトウィッチーズ。扶桑皇国(ひいづるくに)より来る金鵄(つばさ)

 国家のエゴに縛られて停滞した戦場にそれは現れ、伝説の通りに戦場を勝利へと――たとえそれが、辛勝であったとしても――導いた。

 

 ラホール撤退作戦……今では人類連合主導の作戦とされているこの大規模な難民保護作戦において、ウルディスタン共和国とインディア帝国は共同戦線を張った、とされている。すでに両国の人類連合参加は承認されており、撤退戦の立役者の一人であるルクサーナ・アランが第203統合戦闘航空団に参加することは、先ほど加藤が本人たちへ伝えたとおりである。

 

「ウルディスタンを救ったのは203です。たった数人の航空ウィッチが数千万の人々を救うなんて軍事的にはちゃんちゃらおかしい話でしょうが、政治的には正しい。これからは良くも悪くも脚光を浴びることとなる」

 

 つまり、体の良い駒というわけです。表情を変えることも無く言う青葉。

 

「……ねぇ青葉。アンタ結局、誰の味方だったの?」

 

「また愚問ですねぇ。青葉は扶桑の味方です。中尉の味方ではありませんし、中尉の大好きな米川少尉、ましてや石川、霧堂両大佐でもない。今回の件で空回りしていたとある将官殿でももちろんありません。扶桑という国家。青葉のだーいすきな祖国の味方です。それ以上でもなければ、それ以下でもない」

 

「嘘」

 

 加藤の短い返しに、青葉はきょとんとして声の主を見る。

 

「扶桑の味方だなんて、よく言ったものね。だったらアンタは203を飛ばしたりなんかしなかった。だって扶桑にとっての正解はコード・ボルケニックアッシュなんだから。違う?」

 

「さぁて? それは中尉の主観じゃないですかねぇ。土壇場とはいえインディア帝国は人類に対しなすべき貢献をした。これで国際社会からの支援と介入は約束された訳です。そうなればアジアにも戦力が積極的に回されるでしょうし……回り回って、最後には扶桑が得をするかもしれませんよぉ?」

 

 第一、あのコード・ボルケニックアッシュが『正解』だなんて言うんだったら、なんで中尉はそれに同調してくれなかったんですか? そう聞く青葉に、加藤は苦笑い。

 

「大佐と同じよ。ひとみんやのんちゃん……あの子たちに、大人のカッコ悪い姿なんて見せたくないじゃない?」

 

「子供を動員して戦争なんてやってる時点で、カッコ悪い以前の問題だと思いますけどねぇ……()()()が本当に成すべきは、きっとウィッチなんてものがいない世界、ウィッチを使役せずともネウロイに勝てる戦争だと思うんですよ」

 

「でも、アンタはそれを成さなかった」

 

 青葉は無言のまま。加藤はため息ひとつ。

 

「ホント、悲しいもんね。扶桑のためとか言ってのけるアンタも、結局魂は中東(あそこ)に囚われたままなんだ。とって欲しかったのは戦友の(かたき)? それとも中隊の名誉?」

 

 その言葉を聞いた青葉は、一瞬の間をおいてからニコリと微笑んだ。

 

「……なんだ。てっきりお忘れになっていたものかと思いましたよ」

 

「忘れてたわよ」

 

 加藤はそれで言葉を切る。続きを紡ぐのは青葉だ。

 

「罪ですよ。罪。私たちは脱落者です。不適格者です。おめおめと祖国の旗を捨て、兵卒すらも見捨てて輸送船に乗り込んで。本国に帰れば可哀想、辛かっただろうの雨あられ、一億人の大合唱。私たちには軍人たる資格すらもなかったんです。せめて青葉(わたし)の無能を、青葉の臆病を詰ってくれる人間が一人でもいれば良かったというのに」

 

 ですが、それをしてくれるヒトは誰もいない。

 

「青葉は理想主義者(ロマンチスト)ではありませんから、中隊の皆が私を殴ってくれるなんて思っていません。でも、この無能には鉄槌が下らねばならない。そのために必要なのは、勝利だったんですよ」

 

「あの子たちが中東に勝てば、私たちの無能が証明されるって?」

 

「ええ、そうです。そうでもしなきゃ折り合いがつかない。復讐戦(リベンジマッチ)ですよ。青葉の成せないことを彼女らが成したとき、初めて私は救われるんです」

 

 理解できないでしょうね。青葉は嗤う。その笑みが向かう先は加藤ではなかった。

 

「それが(エクス)ウィッチの罪……まあ、戦場の過酷さをよーく知ってるはずの私たちが、わざわざ手を貸して、お前は立派だと持ち上げてあげてまで幼子を戦場に放り込むんだ。確かに罪と言えば罪ね。それで、その言い訳が『扶桑の味方』? 笑わせないでよ」

 

「どうかお笑いください。ところで中尉は、芙蓉新報ってお読みになってます?』

 

「読んでないけど?」

 

 アンタの南洋日報もだけどね。その言葉を無視して、青葉は続ける。

 

「その新聞社が面白いことを言ってましてね……《若干十二三の子供を戦地に送り出すとは何事か、我々はガリア=インドシナ戦争の轍を再び踏もうとしているのではないか? 我々が尊い犠牲を持って学んだのはなんだったのか》」

 

 ガリア=インドシナ戦争なんて遙か昔、それこそ半世紀前の話。加藤は生まれてもいないし、それは青葉も同じことだろう。

 

「数十年で寿命を迎え、入れ替わり立ち替わり社会を動かしていく人間は結局、何も学びはしないのです。インドシナの時は知りませんが、中隊の皆が中東(あそこ)で散らした犠牲は尊かったのでしょうか? 誰にとって尊い犠牲だったのでしょうか。その犠牲(いけにえ)で得られた天の恵みとはなんだったのでしょうか?」

 

 その問いに向けての答えは用意されているはずもなく、また与えられることもないであろう。いつ終わるとも知れず延々と続くネウロイとの戦争、軍民問わず増え続ける犠牲者。

 

「それは想像上の存在に過ぎません。だからこそ、みんなそこに逃げたがる。抽象的で実を伴わず、故に甘美な愛国主義(ナショナリズム)に。青葉は、私の中隊はそんなものを守るためにすり減らされたんじゃない。どんなに泥臭い勝利であっても、目の前の「実」を掴み取りたかった……とまあ、悲劇的な美しさがあるでしょう?」

 

「よくもまあ、ぬけぬけと」

 

 それであの子たちをあの空へ送り出すわけ? その問いは、辛うじて加藤の舌先に留められる。口を出たなら最後、向かう先は自身でしかない。

 しかし口から出ずとも、青葉の鼻にその匂いは届いたらしかった。彼女はニコリともせず、冗談じみた表情筋を瞬時に引き締めてみせる。

 

「お題目はともかく祖国は203は飛ばします。中尉もそれを飛ばすのでしょう? なら、青葉と同罪じゃあないですかぁ」

 

「そうね。同罪よ、私もアンタも、とっとと地獄に落ちれば良いと思ってるし、目を開けてその先に広がる景色は、海も山も空も全部が地獄なんじゃないかって毎日思ってる……でもね、それはあの子たちには関係のない話でしょ」

 

「だから猫かぶって、陽気な整備兵で居続けると?」

 

「アンタがどう思おうと知らないわよ。私は私の成すべきこと、やらなきゃいけないことをやるってだけ」

 

「えぇ、続けて下さい。ボートを揺らし続けて下さい。中尉のその精神が……いえ、石川大佐の率いる金鵄(ゴールデンカイト)たちにウィッチの精神(たましい)がある限り、青葉は観客席から無責任に審判の時を待つことが出来る」

 

 話を畳んでしまった青葉は、お仕事中に失礼しましたと恭しく頭を下げてから加藤に背を向ける。

 

「……ねえ、これからどうすんのよアンタは」

 

 

 青葉は振り返らない。彼女の後ろにまとめられた髪が僅かに揺れる。

 

「何も変わりません。青葉はインタビューや写真が大好きな従軍記者ですし、今は道を外していないだけでいつ石川大佐(さくらじま)が噴火するとも限りません」

 

「その時飛び散るのは、人命でなく火山灰(ボルケニックアッシュ)じゃなきゃ……って? その灰がいかなる弊害を及ぼすとしても?」

 

「そーゆーことです。皇国への献身と忠誠を。では頑張って下さい」

 

 片手を挙げた従軍記者は、そのまま立ち去る。

 

 

 

 

 

 

「あ!」

 

 補給を一通り終え、夜間哨戒に備えていたひとみがいきなり叫んで駐機場の方へと走り出す。手にしていた狙撃銃を肩に担ぎ左手でスリングを確保し小走りでお目当ての人物の方に向かう。

 

「シャルマさん!」

 

 パイロットスーツを着た男性がくるりと振り返り、笑みを浮かべた。

 

「おぉ、米川少尉殿、ご無事でなによりです」

 

「はい! 約束通り生きて帰ってきました。シャルマさんも無事でよかったです」

 

「レディとの約束ですから、破る訳にはいきますまい」

 

 シワが入った顔をくしゃくしゃにして、シャルマ飛行士が敬礼、ひとみも満面の笑みで答礼を返す。アムリトサル国際空港は沈みかけの夕日に照らされ、赤く染まっていた。

 

「観測班からデータを拝見しました。さすがそのお年で少尉に任官されるだけありますな。関心いたしました」

 

「そんなことないですよ。わたしにできることを全力でしただけです」

 

 そういって肩の狙撃銃を軽く揺らした。自分の身長ほどあるWA2000を見て、シャルマがわずかに目線をおとした。

 

「それができることがあなたの才能なのです。どうかご自愛ください」

 

 そういって差し出された手を、ひとみは一瞬ためらってから握った。

 

「シャルマさんも、ですよ? 無茶な飛行は控えてくださいね」

 

「ははは、一本とられましたな。これじゃしばらくくたばれそうもありませんぞ」

 

「当たり前です。生きてなんぼの人生、ですから」

 

 そういって笑ったタイミングで、シャッターの落ちる音がした。出所を探すと夕日に顔を赤く染めた男がカメラを下ろすところだった。

 

「えっと……あ! ネウロイに襲われそうになってた軍属記者さん!」

 

「軍属というわけではないんですが……アーネスト・クロンカントです。先ほどは本当にありがとうございました」

 

 そういって差し出された手をひとみは握り返す。

 

「空軍少尉、米川ひとみといいます」

 

 ひとみは名乗り、その記者の顔を見つめ返してみる。色素の薄い青い目が優しげに細められた。

 

「本当になんと申し上げてよいやら……あなたのお陰で生き残ったのに、感謝の言葉も出てきません」

 

「いいんです。人を助けるのが軍人の仕事ですから」

 

「国民がいなくても、ですか」

 

 その言葉にひとみは首をかしげる。

 

「国とかあんまりわからないです。でも飛びたいから飛んで、守れるだけのものを守りたくて飛んでます。私は航空ウィッチですから」

 

「そうですか……失礼な質問をしました」

 

「大丈夫ですよ。気にしないでください」

 

 ひとみがそう答えたタイミングで魔導無線に入感。インディア空軍の偵察隊が航空型ネウロイの接近を感知。防衛ライン到達まで、あと40分と知らせてきた。203に上空待機指示が出る。

 

「……っとごめんなさい。行かなくちゃです」

 

 ひとみはそういって敬礼をした。

 

「生き残ってくれて、ありがとうございました! 機会があれば、また!」

 

 そういって走って戻る。飛行制限が解除された愛機F-35Aの暖気が始まっている。

 

「搭乗します。プリフライト・チェックリスト、スタンバイ!」

 

 武器もある。翼もある。そして、理由がある。だから、米川ひとみは飛べる。

 

「エンジンスタート!」

 

 ひとみの声で翼が甦る。息を吹き返したアビオニクス、全ての表示が適切であることを確認。

 

「カイト・ツー、チェックイン」

 

《遅いっ!》

 

「ごめんなさいっ!」

 

 開始早々のぞみに怒鳴られながらも、それでも気分は軽かった。キャニスター解放。地上タキシング開始。

 

《現状確認されている航空型は6機。アポもなく突撃してくる阿呆は玄関で叩き返せ》

 

 威勢のいい言葉でのぞみが発破をかける。

 

《カイトフライト、出るぞ!》

 

 異国の空を、F-35が駆ける。

 人類の未来と、彼女たちの正義のために。

 

 


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