ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-7-1"Thanks"


شکریہ پہلا حصہ

「――――逃げてくださいっ!」

 

 ルクサーナの絶叫も届かない。迫撃砲レベルで装甲が抜けないことは火を見るよりも明らかだ。それでも彼らは止まらない。

 

《ザルダーリー大尉に続け! これは聖戦(ジハード)なり! 祖国を奪いしネウロイに鉄槌を!》

 

 ルクサーナの耳に響くのは威勢の良いウルドゥー語。ザルダーリー大尉に続けという彼らに届くよう、ルクサーナは無線に問い返す。

 

「憎悪と復讐による争いは聖戦ではなくただの戦争(キタール)です! 一度撤退してください! 生き残ることこそ戦いです!」

 

 その無線に応える者はない。応えることを目の前の敵が許さない。

 

「これが、『要塞』……!」

 

 どうやってこんな巨大なものがラホールの地下に潜んでいたんだと疑いたくもなる。全長だけで300メートルはあるだろうか。高さもビル6階建てくらいはある。こんなもの、ビームを撃ってこなかったとしても歩き回るだけで大問題だ。

 その重さを支えるためか、巨大な足が何本もうごめき、目の前で第342ライフル中隊()()()()()をアスファルトの破片と一緒に漉き込んでいく。鉄骨造の建物でもまるごと骨組みにでもしたのかと思える程の図体に押し潰されては人なんてたまったものではないだろう。

 

 そのタイミングで緊急通報が入った。

 

《インディアの航空機がラホール方向に接近中。数6、軍用機だ。戦闘爆撃機の可能性大》

 

「あぁもう。なんでこんな時に……!」

 

 愚痴っていても仕方ない。まずは目の前のネウロイをなんとかしなければならない。MPi-KM自動小銃の槓桿を引く。最後のマガジンだ。これで、抜けるか。

 

「……お願いだから、私に気がついて……!」

 

 引き金を引く。鉄製のピープサイトでは狙いも曖昧だが。そもそも的が大きいので外すことはない。装甲が白く弾けるのが見えるが、それでもネウロイは気にせず悠々と前進を始めた。

 

 その方向には、インディアが広がり――――数万人の避難民がいる。

 

「お願いだから、止まってよ―――――!」

 

主たる神は偉大なり(アッラーファクバル)! 主たる神の他に神は無し(ラー・イラーハ・イッラッラー)!》

 

 動ける戦力はもうルクサーナ以外に見当たらない。第342ライフル中隊は壊滅したと言っていい。残っているのは今全滅に向けて全力疾走している迫撃砲分隊だけだ。魔導弾も使えない迫撃砲でこのデカブツをどうやって防げというのだ。それだけではなく、小型のネウロイもまだ残っているのに。

 

「これじゃ、なんの為に私がいるのか分からないじゃないですか……」

 

 虎の子のMPi-KM自動小銃も力不足だ。迫撃砲の砲弾はまるで豆鉄砲だ。それを小馬鹿にするかのようにネウロイが赤い光を収束させていく。ビームを撃つ気だ。どれだけのエネルギーがあるかはわからないが、避難民を丸々飲み込んでもおかしくないだろう。

 

「させませんよ!」

 

 ネウロイの前に回り込む。全力で張れるだけ大きくシールドを張った。

 

 ルクサーナには1つだけ、切り札があった。

 

「お願いだから、耐えてよ私」

 

 願うと同時に、視界が赤く染まる。シールドがその光に染まるかのように赤く光った。

 

 

 そして、ネウロイのビームを180度跳ね返した。

 

 

 ルクサーナは固有魔法保持者である。というよりも、固有魔法があったからこそ、義勇兵としてここまで生き残ることができたとも言える。

 

 その能力は、光の屈折の制御。

 

 日光や蛍光灯の明かりのみならず、シールドを活用してネウロイの高エネルギービームを任意の方向に跳ね返すことができる。この能力があったからこそ生き残り、戦い抜くことができていたのだ。

 

「――――――っ!」

 

 照射された時間は3秒もなかっただろう。それでもその合間が長く感じられて仕方が無い。一瞬意識が飛んだ気がした。気がついたら飛行脚がピープ音をけたたましく鳴らしていた。魔力供給が足りないらしい。

 

「これでも、落ちないの、ね……!」

 

 目の前には、少しばかり装甲が削れたものの、ものすごい速度で再生していくネウロイの姿。それを前に何ができるだろう。先ほどのネウロイのビームで魔力をごっそり削られた。次の攻撃を受けきれるかどうかは分からない。

 

 ネウロイに目があるのかどうかは分からないが、確かにネウロイはこちらを見た。笑ってみせる。腰だめに構えた自動小銃の引き金を引く。火力が足りないのは当然かもしれないが、それでもこれで正式に敵認定だ。

 

「そろそろ観念、かな」

 

 諦めたくない。それでも勝つ手段が見当たらない。ならばせめて避難民が逃げ切れる時間を稼ぐしかない。

 

 ネウロイのビームが再び収束しはじめる。ロックオン警報。左に舵を切る。この方向なら避難民が少ないはずだ。受け止め切れなければ死ぬだけだ。

 

「でもせめて、守りたかった、なぁ。ウルム、ナシーム。来世で会えたら、また」

 

 覚悟を決める。ネウロイのビームが一気に収束。その刹那。

 

 

 

 

 ソレが来た。

 

 

 

 

 ルクサーナには白い光に見えた。

 

 細く白い光の矢がネウロイを貫いたように見えた。

 

 その白い矢が刺さったとたんネウロイが熟したザクロのように装甲を散らすのが見えた。ここで初めて光の矢が空から降ってきた事を知った。

 

 続いて強烈な衝撃波がルクサーナを叩いたのを知った。石弩に弾かれたらきっとこんな気分だ。それでもルクサーナは目を閉じなかった。

 

 そして巨大なネウロイが白く光に変換される様は文字通りの奇跡に見えた。

 

「うそ……どうして、誰が……」

 

《……繰り返します。こちら人類連合軍、第203統合戦闘航空団。ゴールデンカイト・ウィッチーズです。これより、ラホール付近に展開中のウルディスタン軍の支援を開始します!》

 

「ぞう、えん……、助かった……?」

 

 無線から流れるのは訛りの強いブリタニア語。まだ子どもの高い声。

 

《もう死なせません。わたし達が、助けてみせますっ!》

 

 

 

 

 

 

「あのやろ、大見得切りやがった!」

 

 のぞみはそう悪態をつきながらも、口の端が緩むのを止められなかった。

 

「その意気やよし! 扶桑の武士(もののふ)ここにありと示さねば、ね!」

 

《ネウロイがこちらに気がついた。カイトフライト戦闘用意》

 

「さーて、カーニバルの始まりだ!」

 

 のぞみの輸送ポッドがはじけ飛ぶ。空中で前転を決めるようにして空気抵抗で急制動。高度が一気に落ちていく。その真上をネウロイのビームが通過した。

 

「ィヤッホォォォォ!」

 

 のぞみの役割は単純だ。誰よりも早く低空に降下し、陸戦型のネウロイを掻き回すこと。

 

「ゆめか! レクシー! 空は頼んだ!」

 

《モンファっていってんでしょーが!》

 

《アレックス様と呼べっ!》

 

 上空から降ってきたの無線にカイトフライト3番機と4番機が無事に展開したことを知る。オーグメンター全開の爆音すら置き去りに上空を白い光が駆けていく。白い雲の傘が一瞬ででき、それがはじき飛ばされる。音速を一気に越えたのだ。衝撃波を引いて緩降下(アンロード)加速していくF-15。おそらくマッハ2.0に限りなく近い速度でぶっ飛んでいく。扶桑鷲(イーグル)に乗る夢華の視界の先には空中型がまばらに広がっていた。

 

《墜ちろ》

 

 夢華の声が冷徹に響いた。超高速のせいでネウロイのビームの照準は間に合わない。遙か後方の空気を切り裂いていくネウロイの攻撃をあざ笑いながら夢華はハードポイントに吊っていた空対空魔導ミサイルの引き金を引いていた。視界外(オフボア)サイティングを可能にする照準システムがネウロイを自動ロック。計8発のミサイルが白煙を引いて飛んでいく。

 

 その行方を見ることなく、夢華の95式自動歩槍が火を噴く。すれ違い様にネウロイ一機をクシャクシャにした。引き起こし、失速。翼の上の空気が剥がれ落ち、白く雲をつくるが、それも衝撃波で吹き飛んでいく。慣性の法則だけで前向きに跳ね飛ばされながら周囲を見回す。速度計が悲鳴を上げた。急制動。

 

 二秒後、ネウロイからの射撃。直撃はしない。

 

 その予測通り飛んできたビームの熱を感じながら、引き金を絞る。撃破。その間に左手は手榴弾の安全ピンを引き抜いていた。遠心力でレバーだけを残して手榴弾が吹っ飛んでいく。その先にいた小型の空中型が爆散。

 

《さすがデカチチ(ティティ)特製。よく効きやがる》

 

 それを目の端に捉えながらラダーをキック。砂煙混じりの空気を翼が捉えた。回転が緩くなったタイミングでもう一度アフターバーナーをオン。超音速での機動ではあっという間に戦闘域を逸脱する。元来た道を戻るように鋭角に飛び抜ける。

 

 ネウロイのビームが夢華に集中する。それをすり抜けながら、夢華は笑った。

 

《精々囮になったんだから、しっかり決めやがってください》

 

《うるさいわね、ちびっこいの》

 

 無線に声が乗ると同時に空間に響いたのはネウロイの絶叫。次々に射線が刺さり、その間を極低速でホバリングしながら飛ぶ影が1つ。

 

やかまし屋(フープラ)が何を言うやら》

 

 アレクシア・ブラシウはそれを聞いて小さく舌打ち。M27 IAR自動小銃の絶え間ない射撃が一気に敵を一掃していく。

 

《これで文句ある?》

 

《喰えねぇ野郎でやがります》

 

《私は男じゃないんだけど、なぁ!》

 

 真下から突き上げるように迫り来るビームの山を躱したレクシーが無線に怒鳴る。

 

扶桑人(フソーズ)二人! 地上掃討遅いっ!》

 

《ごめんなさいぃぃぃ!》

 

「制空取れてないのに遊覧飛行が出来るかっ! 展開30秒で地上掃討が完了するならとっくに戦闘終わってるわっ!」

 

 レクシーの叱責に涙声を返したのはカイト・ツー、米川ひとみだ。開幕早々にゴリアテ殺し(ダビデ)よろしく大物喰らい(ジャイアントキリング)をやらかしたせいで、魔力に余裕がなくなったらしい。戦闘前に打ち合わせた戦闘下限高度600フィートギリギリまで下りていた。

 

 そのひとみをカバーしつつ、軽快にGAU-8ガトリング砲『アヴェンジャー』を振り回し地上型を次々と撃破していくのはカイト・ワン大村のぞみだ。

 

「ここまで重くて硬い機体はいいねぇ!」

 

 のぞみはそう言いながらビルの合間を悠々と飛ぶ。腰のベルトに懸架されたアヴェンジャーを左右に振りながら彼女は飛んでいく。地上型の戦線をどんどんと押し上げて行く。

 

「のぞみ先輩っ! そんな低空大丈夫なんですか?」

 

「何言ってんの、低空高速飛行ほど安全なモノはないっての」

 

 もっとも、全然速度ないけど、と呟いてのぞみは空を見上げる。

 

「ポレーチュカ中尉! そろそろいける?」

 

《Покрышкин。もういってる》

 

 訂正が飛んでくると同時に遠くで音が低く轟いた。

 

《着弾時に破片が飛散する可能性が高い。各機は高度600以下に入らないで》

 

「それはいいけど、激突(インターセプト)だけは勘弁だからねっ!」

 

 バイザーに映る高度表示に目をやれば高度80m(250)約200m(600)という高度制限は、正直なところ対地支援としては高すぎる設定だ。だからコーニャも見逃してくれていたのだが、いざ()()が来るとなれば仕方がない。高度を上げる。

 

《弾着、今》

 

 コ―ニャの声と寸分違わず、ラホールの街にいくつもの土煙が立った。

 

「うひゃー。ミサイルの嵐……どちらかと言うと(スメーチ)と言った方がいいかな?」

 

《誘導装置が電子式で助かった》

 

 群青の空の只中を飛ぶコ―ニャの姿は戦場から見えない。それでもその刃はここまで届く。どうやらインディア陸軍のBM-30多連装ロケット砲をハッキングして無理矢理ぶっ飛ばしたらしい。

 いきなり制御を奪われ、和平もできていない隣国に多数のロケット弾を叩き込む羽目になったインディア陸軍のオペレーターはさぞ生きた心地がしなかっただろうが、副次的災害(コラテラル・ダメージ)として許してもらうしかない。

 

 ミサイルの一斉射により空域にわずかな間隙ができた。その隙間を縫うようにしてのぞみとひとみが上昇。その合間で呆然としているウィッチに近づいた。

 

「ウルディスタン義勇軍の方ですね? 助太刀遅くなり申し訳ありません。ゴールデンカイト・ウィッチーズ戦闘隊長、大村のぞみ扶桑海軍少尉であります」

 

「同じく米川ひとみ扶桑空軍少尉です」

 

「あの、えっと……ルクサーナ、です」

 

 ヒジャブを被ったそのウィッチは戸惑ったようにそういう。無理もない。インディア軍が採用しているオラーシャ製戦闘機が落としていった爆弾のような何かから、リベリオン製の飛行脚を身につけたウィッチが出てきて、扶桑の軍人だと名乗ったのだ。そんなデタラメを初見で信じろというほうがどうかしている。

 

「安心してください。少なくとも私達は、あなたの味方です」

 

 のぞみがそう言って笑い、手にしていたガトリング砲(アヴェンジャー)を彼女に差し出した。

 

「使い方、分かりますね?」

 

「は、はい……」

 

 ルクサーナは言われるがままそれを受け取ってしまう。弾帯が重いし邪魔だが仕方が無い。

 

「あの、えっと……」

 

「あ、私の武装なら心配に及びません。銃剣(こいつ)があれば一騎当千です」

 

 そういう心配はしていないんですがとは言い出せず、ルクサーナはのぞみが笑顔でバトルライフルに銃剣を取り付けるのを眺めた。

 

「あなたはこれから後方に下がりつつ、避難民の誘導を。うちの爆撃屋がネウロイを丸ごと焼き払います」

 

「ま、丸ごとって……」

 

「心配御無用。避難民は焼き払わないように最大の注意を払います。避難民の最後尾は市街地から12キロのあの集団で合ってますか?」

 

「は、はいっ! ……たぶん、ですが」

 

「わかりました。ストリックス1、聞いてたな?」

 

《座標プロット確認。セカンドフェーズの開始用意良し》

 

「米川!」

 

「はいっ!」

 

「景気よく行こう。ミサイルコントロールを、ストリックス1へ委譲。全弾発射せよ」

 

 ひとみとのぞみが並び、両翼に吊られたパイロンに懸架されたLAU-61C/Aミサイルランチャーを起動した。からおびただしい数の小型ミサイルが放出される。その数、二人合わせて合計152発。その全てが白い帯を引いて空域全体にばらまかれる。

 

「これって……」

 

 ルクサーナがその行動を疑問に思う。何かが起こりつつあるのは分かる。しかし、なにが起ころうとしているのかは分からない。

 

「うちには少しばかり特別な固有魔法持ちがいましてね」

 

 のぞみはそう言いながらガトリングで近接防護をしつつ笑う。

 

「あの弾頭、ごく少量ずつですが、すべてに彼女の魔力を充填してあります。ネウロイに当たってくれれば僥倖。当たらなくても結構。時限信管で空中にばらまかれた彼女の魔力が残ればそれでいい」

 

 それが意味するものは。

 

「空間……攻撃魔法……!」

 

「ご名答です。最終安全確認。ストリックス1!」

 

《避難民グループの攻撃想定エリア外への到達を目視確認。キルゾーン設定、魔力素濃度適正値まで、後45秒》

 

「カイトフライト各機! 待避! 待避! 待避!」

 

 ルクサーナの手を引いてのぞみが下がる。それを支援するようにひとみが反対側を警戒しながら飛ぶ。

 

「カイト・フォー! 音声警告! 原稿読み上げ!」

 

《了解》

 

 端的なレクシーの返事の直後、スピーカーを通したわけでもないのに、大音量で空間に音が響く。

 

『地面に伏せて! お腹に力を入れて! 口を開けて! زمین پر لیٹ اپنے کانوں کو بند کرو. اپنا منہ کھول لو』

 

 それはレクシーの固有魔法である音波の増幅。声を魔法で増幅することで、自らを天然スピーカーとしたのである。

 ブリタニア語の後に続いた耳に慣れない発音はウルドゥー語。そこだけどこかぎこちない。ひとみがちらりとそちらを見ると、レクシーはメモを見ながら指示を出しているらしい。

 

「カイト・ファイブ! ティティ! 用意は!?」

 

《で、できてますっ!》

 

 無線の声の主の方をのぞみはちらりと見た。自分たちの頭上。かなりの高度だ。

 

「あんたの固有魔法が頼りだ。トチんじゃないわよ!」

 

《頑張ります!》

 

《こちらウルディスタン陸軍第3422ライフル小隊! 空間攻撃魔法か!?》

 

 無線に飛び込んできたブリタニア語にのぞみが返す。

 

「こちらカイト・ワン。その通りだ。貴隊は地面に伏せ耐衝撃姿勢を取られたし」

 

《攻撃を一時中止せよ! 後方に落伍者あり!》

 

「はぁっ!?」

 

 のぞみが反射的に叫び返す。

 

「なんで本隊が殿(しんがり)務めてないのよ!」

 

《落語したのは義勇軍のウィッチ見習い2名と軍属カメラマン。当人たちの強い希望により先行していた!》

 

「ウィッチ見習い!? ウルム! ナシーム!」

 

 ルクサーナが驚いたようにそういう。それにはかまわず、のぞみは目をこらす。見つからない。どこだ。どこにいる!

 

「いた!」

 

 ひとみがそう言って飛び出していく。

 

「待ちなさいよバカっ! あんたの魔力でどうするつもりよっ!?」

 

 ひとみは答えない。エンジンの轟音を残してひとみが去って行く。

 

「ストリックス1! カウントダウン停止は!?」

 

《できるけど停止したらこのネウロイを防ぎきる手段を失う。後18秒》

 

「あぁもう!」

 

 のぞみが奥歯をかみしめる。

 

 ひとみの事を考えれば今すぐ中止すべきだ。しかし、現状において最大の切り札を捨てることになる。数千を超えるネウロイを避難完了までの数時間、たかだか6人で捌ききるのが不可能である以上、これ以外に方法はない。

 

「それがあんたの答えか米川……!」

 

 失わないと言った。切り捨てないと言った。死なせないと言った。ひとみはその言葉を嘘にしまいと必死だ。

 

 それが彼女の選択ならば。

 

「――――――米川っ!」

 

 それを支えるのは編隊長の仕事だ。

 

「飛べ!」

 

 

 

 

「カメラマンさん……!」

 

「走れ! 走るんだ! ナシームちゃん!」

 

 ヒジャブを押さえながら走る少女の手を引いて、アーネスト・T・クロンカイトは走っていた。砂の浮いたアスファルトは走りづらいことこの上ないが、走らねば死ぬのだ。後ろにネウロイが迫っている。砕けそうになる膝に鞭を打って走り続ける。

 

 超大型の地上型が白い矢に倒され、援軍らしきウィッチが空中を飛び回っているが、避難民にとって状況はあまり変らなかった。大量の小型のネウロイが追ってくることには変わりないのだ。

 

 ナシームと名乗った少女の息は絶え絶えだ。ジュニアハイスクールをでたかも分からない年齢の少女に10キロ近いランニングは酷すぎる。本当は背負ってやれればいいのだが、クロンカイトの背中は既にもっと幼い――8歳だと言っていた――少女で埋まっていた。ウルムと名乗った少女のぐずった声を耳朶に受けながら、クロンカイトは走り続ける。首に提げたカメラがガチャガチャと音を立てる。これと写真のクラウドバックアップ用通信端末以外の荷物は捨ててきた。

 

「アーネスト、さん。置いて、いってくだ……さい。私を、下ろせば、もっと早く……走れる……」

 

「馬鹿野郎!」

 

 ウルムの幼すぎる声を遮るように叫ぶ。

 

「ガキが遠慮してるんじゃない! 大人を舐めるな!」

 

「私は、これでも、軍人です。ジハードに死ぬなら、本望、です」

 

 これが、地獄か。

 

 クロンカイトは初めて理解した。絶望だ。絶望が追いかけてくる。背後からものすごい勢いで絶望が追いかけてくる。

 

 こんな重荷を、私達は少女に背負わせていたのか。こんな地獄に、私達は少女を縛り付けていたのか。

 

 幼すぎる少女を最前線に出していることは知っていた。それでネウロイをを追い詰めていることも知っていた。しかしながら何一つ理解していなかったのだ。年端もいかない少女が大人を助けるために自分を捨て置けと言ったのだ。それを強いるほどにこの世界は歪んでいたのだ。

 

『HEAD DOWN! BREATH IMPACT! OPEN YOUR MOUTH!  زمین پر لیٹ اپنے کانوں کو بند کرو. اپنا منہ کھول لو』

 

 スピーカーかなにかから大声で警告が飛んでくる。伏せろと言われても伏せたらネウロイに喰われる。

 

「クソッタレ!」

 

 どれだけ悪態をついたところで絶望は待ってくれない。解決策もないまま、全力疾走を続けるしかない。

 

「――――っ!?」

 

 ナシームがいきなり手を振り払った。それに驚いて振り返れば、ナシームが笑って一人背中を向けるところだった。

 

「ナシームちゃん!? なにを!?」

 

「カメラマンさんはウルムを連れて走って!」

 

「馬鹿言え! 一人で何をする気だ!?」

 

「これでもウィッチの端くれです!」

 

 後方から高速で追いすがる小型の陸戦型ネウロイ。それがビームを放とうとしていた。

 

「ナシームちゃん!」

 

「私だって、戦えるっ!」

 

 そう言って彼女は両手をネウロイの方にかざした。両手の先に青い魔法円が空中に浮かぶと同時に、そこにネウロイのビームが突き刺さる。

 

 砂煙が巻き起こり、吹き飛ばされる。全身が熱い。それが過ぎ去って目が開けられるようになったとき、クロンカイトは砂の上に倒れていた。

 

「ウルム……ちゃん、ナシームちゃん!」

 

 背中側で咳き込んでいるウルムの無事を確かめる、ナシームは数メートル先、ネウロイの目の前で座り込んでいた。

 

 助けにいかねば。クロンカイトはそう思い立ち上がろうとしたが、バランスを崩して地面に倒れ込む。足を見れば金属の破片が左足の甲に刺さっていた。

 考えるよりも先に、叫んでいた。

 

「ウルムちゃん、歩けるか!? 逃げろ! 走って! ナシームちゃん、逃げろ! 逃げるんだよ!」

 

 そうか、これが絶望か。これが戦場か。

 

 ナシームに今にも覆い被さらんとするネウロイの姿。その背後にもいくつもの土煙が見える。あれを倒せても、もう、だれも動けない。ネウロイの波にのまれる。

 

 クロンカイトはとっさにカメラを手に取っていた。写真は自動で通信衛星を経由してリベリオンのサーバーに送られるはずだ。もしここで死んでも、このカメラの映像は世界に届く。人として間違っていることなど百も承知、それでもこうするべきだと思った。もうどうせ、自分は動けないのだ。

 

 この腐りきった歪みを誰かが変えてくれることを願い、せめて彼女たちがここにいた証を残そうと思ったといえば、聞こえがいいかもしれない。それでも、本当にそう思っていたのかはわからなかった。ただ、カメラを手にしていた。

 

 ファインダーの先で、座りこんだままの少女の背中が見える。勝ち(どき)を上げるように、ネウロイが伸び上がるのが見える。連射でそれを捉えていた。少女が小さな小さなシールドを張るのが見える。人一人を覆えるかどうかも怪しい小さなシールド。次の刹那にはそのシールドも砕けよう。

 

「ナシームちゃんっ!」

 

 音が、消えた。自分の息の音すら、鼓動すら消えたような一瞬だった。時間が延びていくような感覚。押し潰さんとするネウロイの動きすら緩慢だ。そのネウロイを、白い矢が貫いた。

 

「なっ――――――!?」

 

 クロンカイトのすぐ真上、手を伸ばすことができれば間違いなく触れることが出来るほどのすぐ真上をストライカーが飛び抜ける。翼の国章(ラウンデル)は祖国リベリオン、A-10攻撃飛行脚だ。

 

 光の粒に変換されるネウロイ。その居た場所にふわりと降り立つ少女。白いジャケットに、東洋系……シャム王国か、華僑か、扶桑か、そのあたりの顔立ちと肌の色。見たことのない制服だ。乱反射する光の粒の中、彼女はクロンカイト達を守るように背を向けたまま向かってくる巨大な軍勢と対峙する。

 

 ファインダー越しのその背に、小さな翼が見えた気がした。ぎょっとしてカメラのファインダーから目を放す。見えたのは小さな、小さな背中。真っ白な制服に包まれた背中、それだけだった。

 

 少女の体には不釣り合いなほどの厳つい銃が彼女の手から離れた。左肩に掛かった吊り紐(スリング)に振られ、その銃が彼女の側で揺れる。ハンティングの時に見たことがある。スリングを使った銃の携行方法の一つ、アフリカンキャリーだ。

 

「伏せて!」

 

 A-10乗りの少女は一瞬だけこちらを見ながらそう叫び、腰に下げた強化樹脂(カイテックス)製のホルスターから拳銃を引き抜いていた。

 

 その目に涙が浮かんでいるように見えたのは、気のせいだっただろうか。

 

 肩に掛かったライフルのスリングを左頬で押さえながら、左手(サポートハンド)は右手が押さえた大口径の回転式拳銃(リボルバー)に向かう。その銃口の先にはいきりたつネウロイの群れがいた。

 

 見たことがないほど強烈な光が彼女の手から現われる。青白い魔力光、思わずシャッターを切っていた。いくつかの魔法円が瞬時に展開されたかと思えば、それは彼女の手に吸い込まれ、消え去ると同時に音が弾けた。彼女の腕が大きく真上に振られていた。拳銃の威力としてはあまりに大きな音と反動を残して、ネウロイの一体を粉々にした。それを知る頃には、A-10乗りの少女がナシームを左手に抱いて見たことがないような巨大なシールドを張っていた。そのまま彼女はこちらにスライドするように寄ってきて、叫ぶ。

 

「ティティちゃん! 今!」

 

 その時。

 

 世界が壊れる音がした。

 


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