ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-3-1 "Slightly remaining peace"


تھوڑا سا باقی امن پہلا حصہ

 蝉が鳴いていた。

 

 平年越えの太陽が地を焼き、アスファルトを焼き、コンクリートを焼く。それに加えて自動車やエアコンの排気まで加わって来るのだから溜まったものでは無いというもの。

 

「コード・ボルケニックアッシュを発動しろだと?」

 

『ええ、そうです。()()はまだ噴火の兆候こそありませんが、住民の避難が済んでいるとあってはもう防ぎようがありません』

 

 その暑さは二重窓程度なら容易に突き破ってくる。ことさら、冷房の効きが悪い欠陥部屋となってはなおさらだ。

 

「防ぎようがない? チャトラパティ・シヴァージー国際空港なら問題ないといっていたではないか」

 

『本来ならば問題はなかったんですがね……インディア政府の発表はご存じかと思いますが』

 

「それは聞いている。だからこそ、桜島だってそうそう踏み切らないはずだ」

 

 いまさら言うまでもないだろうが、ここにおいて「桜島」というのは鹿児島にある活火山のことではない。それは彼らが今最も関心を寄せる対象であり、また本来ならば電話の相手が全てを片付ける手筈になっていた……いや、本当に手筈通りに事が運んだのならば電話の相手すら動かなかったはずのこと。

 

『逆ですよ。桜島を止める因子は増えましたが、問題はそれ以上に大切な枷が無くなってしまったのです』

 

「……司令部の編成についてのこちらの書類はもう整っている。もう一日あれば、完璧とは言えないが体制は整うんだぞ。それを、まだ何も起きていないのに発動とは、話が違うじゃないか」

 

 苛立ちが混ざる声で返しつつ。視線を窓外の樹木から後ろに移す。そこには数名の影。椅子に座ったり直立のまま情報端末を見つめていたりと様々だが、いずれも服装だけは揃えられていた。

 扶桑皇国海軍の略式夏服。太陽と海に挟まれたなら輝かんばかりの純白も、この蒸し暑い室内では淀んだ白に見える。

 

 受話器を握った海軍軍人は、その部屋に座る一人へと目配せ。その間にも、受話器の先は地球の裏側から送られてくる相手の声を再現し続けた。

 

『今回は不幸であったのです。ウルディスタン人による爆弾テロは全くの想定外、それに伴うチャトラパティ・シヴァージー国際空港の封鎖。結果として民間機に埋め尽くされていなければならない滑走路(みち)は開かれてしまった』

 

 とにかく今は、時間を稼ぐことが最優先です。どのみちボルケニックアッシュは、桜島が噴火してしまってからでは発動できないのですから。電話の相手はそう括ると沈黙。どうやら肯定以外の返事を聞くつもりはないらしい。

 

「……」

 

 ここで肯定を返せば、直ちにコード・ボルケニックアッシュは発動されることであろう。自作自演の大茶番、前座にもならない劇が始まるのである。

 目線を横へ。おもむろに頷く一つの影。

 

「いいだろう。コード・ボルケニックアッシュを発動する」

 

『実行させて頂きます。それでは失礼』

 

 それだけ言って通話は切れる。部屋の誰もが耳に伸ばしていたイヤホンを外す。

 

「よろしい。では始めよう。空技廠に連絡を取れ、各員手筈通りに」

 

 号令が響く。部屋の誰もが各々の荷物と役割を担いながら部屋を出る。たちまち部屋はがらんどうに。残されたのは蝉の声、効きの悪い空調。そして二人。

 

「……よろしかったのですか。閣下」

 

 既に賽は投げられた。これより事態は彼らの手を離れ、母国より遠く離れた地にて全てが決まることであろう。それがどのような結末になったとしても、それを拒むことは出来ないのだ。

 

「百年兵を養うは一日これを用いんがためである……君だって聞いたことはあるだろう」

 

 最も、最近は兵を用いてばかりだが。そう付け加えつつも男が立ち上がる。部屋に飾られるのは扶桑国旗と海軍旗。窓のない壁を飾るのは世界地図。

 

「兵は、養わなければならない。ただそれを用いるために養わなければならない。軍人はそのようにして養われるべき存在だ。養うことは軍人の仕事ではない。それが悲しいかな、我々は政治家にでもなったのだろうか」

 

 兵を用いるのは将軍ではない。将軍とは兵の長であるだけで、(まつりごと)の長ではない。それは政治家の仕事であるはずだ。

 

「政治家ではないでしょう。私たちは軍人です」

 

「そうだ。政治家ではない。我々は政治家であってはならないのだ……我々は扶桑皇国の軍人だ。扶桑皇国の軍人は、等しく皇帝の元に養われ、そしてその意思において戦わねばならん」

 

 それは傲慢と呼ばれるべきであろうか。現代の扶桑軍は決して皇帝の意思などという着飾られたものによって運用されるわけではない。行政の長が命じ、必要だからと駆り出されるものである。

 

「まあ、この際理想論は置いておくとして、我々は必要とされるから存在するのだ。その意義や居場所を自らの手で作ることは許されない」

 

 仮にも軍人という立場で政治を転がそうとする輩がいるのならば、身内の恥は自らで収めねばならん。そう言い切る彼が視線を注ぐのは、果たしてその世界地図のどこなのか。

 

「例え、閣下が同じ轍を踏むとしてもですか」

 

「そうだ。だからこそ道を外した私はこの後に淘汰される。同じ軍人である、そう君や君の仲間にだ」

 

 そう顔を向ける彼の表情は、酷く穏やかであった。

 

「私などは所詮老骨、今更なんの役にも立ちはしない。だからこそ、この身を挺して守るべき若者がいる。そのために道を外せるのならば、それは素晴らしいことだと思わないかね?」

 

 言うならばこれは最後の奉公とでも言おうか。そんなつもりはないだろうに、そう言い切ってしまう彼の顔の顔は本当に分厚いのであろう。軍組織の最高位に間もなく手を掛けようとする人間の発言とは思えないほどの愚かな(わかい)台詞を、彼は言ってのけたのである。

 

 とんでもない狸だ。だからこそ、まだついて行く価値がある。彼の奥底がいかに淀んでいようとも、そんなことは知ったことではない。

 

「インディア軍に連絡を取る、繋いでくれ」

 

 

 

 これは、国家の恥だ。皇国2700年の歴史を傷つける大いなる恥であろう。

 

 蝉が鳴く、その耳障りな音が反響する。送話器を机に置いた男は地球の裏側、顔も知らぬ同胞に思いを馳せる。

 真夏の陽は全てを塗りつぶすように、ただ輝き続けていた。

 

 

 

「帰ってこい若鷲、お前の戦場は――――――――そこじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊れかけのエアコンは嫌な音を立ててまわっている。熱帯気候に属するムンバイはエアコンがなければ寝られたものではないが、エアコンの音のせいで寝られないのはどうなんだろうと思う。

 

「……そのせいだけじゃないのは、知ってるんだけどな」

 

 米川ひとみはそう呟いて、ごろりと寝返りをうった。

 

 寝返りをうてば見えるのは部屋にあるもう一つのベッド。毛布の塊が規則正しく上下しているところを見ると、大村のぞみは熟睡しているらしい。この状況で眠れるのは正直すごいと、素直に思う。

 

 そんなすごい同僚の方に、手を伸ばしてみる。シングルの狭いベッドから手が伸びる。ベッドとベッドの間に手が浮くが、向こうには届かなかった。手を戻す。小さな手。それがなぜかたまらなく嫌なものに思えた。

 

「……弱い、なあ、わたし」

 

 口にしてから、慌てて耳を塞いだ。言うんじゃなかった。そう思っても遅い。エアコンの音がくぐもった音になっただけだ。その耳障りな音に自分の言葉の残響が乗っかっただけだった。

 背中が冷たい。汗が冷えたらしい。いつの間にか毛布を蹴飛ばしていたようだ。

 

「……先輩」

 

 名前を呼んでみる。物音はしない。これで「夜中にうっさい」とか、「寝るのも任務のうちでしょーが米川」とか言ってくれればよかったのに

 

 怒られたかった、といったら、怒られるだろうか。

 

 そんなことを考えている間にも時間が過ぎている。いけない。寝ないといけない。眠れる気がしない。目をつぶれば頭の中の秒針がコチコチと早く寝ろとうるさく音を立てる。

 

 

 寝られるわけがない。

 

 

 もそりと体を起こした。持ってきた荷物を開ける。チャイナドレスは無視。その影に忍ばせていたノートを数冊と一応筆記用具を持って外に出る。外に出るときは防弾ジャケットを着ていけと石川大佐から言われているのを思い出したが置いて行くことにした。どうせこのホテルの中から出ないのだ。

 

 廊下は薄暗い蛍光灯に照らされていた。このワンフロアは203空の面々と隊付整備班で貸し切りだと聞いていた。非常口やエレベーターの前には警備兵が立っている。ひとみの姿を見て敬礼してくる。寝間着姿で階級章なんてつけていないのに、向こうから敬礼してくるのに少し驚きながら答礼。その手が重い。寝ぼけているせいだと思いたい。

 

 自動販売機と簡単なベンチのあるスペースに入る。鉄格子に閉じ込められたベンディングマシーンというのはひとみからすればかなり奇異に見えるが、こんなものなのかもしれない。硬貨があれば買えるが、財布は部屋に置いてきた。そもそも財布には扶桑円と米ドルが少々しか入っていないから買えないのだが。

 

 ベンチに座る。ベンチが抗議するように啼く。

 

「……なにやってるんだろう、わたし」

 

 モルタル製の壁は妙に暖かかった。インディアの気候は壁まで暖めてしまうらしい。少し期待外れな展開を感じつつも持ってきたノートを開く。

 

 中にあるのは、ひとみよりも力強く、それでいて、几帳面な、文字の羅列。

 

 それを指でなぞる。飛行脚整備演習Ⅰ第3章§2『低バイパス魔導エンジンの特徴とその整備性』と書かれたそのページをゆっくりと指でなぞりながら、読み込んでいく。

 

「……ひとみちゃんは勉強?」

 

「あ……ティティちゃん」

 

 不意に掛けられた声に顔を上げると、見知った顔があった。ひとみよりも幾分背が高いメイビス ”ティティ” ゴールドスミス少尉だ。

 

「ううん、寝られなくて、ぼーっと読んでただけ。ティティちゃんは?」

 

「私もそんな感じ。だからオレンジジュースでも飲もうかなって」

 

 そう言ってティティは自販機にコインを投入して小さな瓶のオレンジジュースを買っていた。王冠をはじき飛ばしたティティがひとみの横に座る。またベンチが抗議するように啼いた。

 

「……」

 

 どちらも話す切欠を失ってしまったかのように、少し重たい沈黙が落ちた。ここもエアコンの音がうるさい。盛大に機械音を響かせるのがインディアの冷房の標準装備らしい。

 

「……ひとみちゃん」

 

「なに?」

 

「……あれは、ひとみちゃんのせいじゃないよ」

 

 勇気を出して言い切った、という感じのティティがひとみを見ていた。それがどこかおかしくて、笑おうと思ったのに、笑えない。

 

「うん、そうかも……」

 

「だから気にすること、ないよ……ひとみちゃん?」

 

 ひとみの手がノートをなぞっているのを見て、ティティはゆっくりと名前を呼んだ。

 

「わたし、ね。501に入りたいって思ってたの」

 

 ひとみが訥々と言葉を紡ぐ。

 

「わたしは、空が大好きだったの。お父さんが航空マニアで、近くに飛行場があって、たまたまそこでイベントをやってて、……初めて、ウィッチを見たの」

 

 ティティは黙って聞いている。ひとみはノートのページをめくる。

 

「お父さんはデモフライトがどのコースを飛ぶか知ってたみたいで、飛行場じゃなくて近くの丘に連れてってくれて、わたしの真上、本当に手が届きそうなところをウィッチのお姉さんが飛んでいくのを見て、わたしも、航空ウィッチになろうって決めたの」

 

「ステキな思い出だね」

 

「うん、大切な思い出。それからいっぱいウィッチについて調べて、魔力トレーニングもして、使い魔の茶々丸と会って、魔法が使えるようになって、勉強して……夢が叶いそうって思ってた」

 

 その言葉の全部が過去形だ。それに気がついたティティは何も言えなくなってしまった。

 

「ウィッチになれば、空を飛べる。だけど、空を飛ぶだけじゃ、何も変らないって、分かってたはずなのに。見ないふりをして。501で活躍したいなんて、私のことしか、見えてなかったんだなって……」

 

「ひとみちゃん……」

 

 几帳面な字の上に滴が落ちる。

 

「助けたかったんだよ。守りたかったんだよ。でも……」

 

 あのときのことがリフレインする。爆発の熱とスプリンクラーの水の冷たさ。何を言っているのかは分からないけど、怒っていることはわかる怒声、シールド越しに見た振り下ろされるハンドバッグ、小銃を抱えてやってくる治安維持部隊、恐怖に染まる難民の人たち。

 

「ティティちゃん」

 

「なに……?」

 

「間違ってた、かな……?」

 

 ソレを絞り出すだけで精一杯だった。ひとみの目がぎゅっと閉じられる。パタパタと音をたて、ノートとその上で握り込まれたひとみの手に人肌の滴が降る。

 

「空を飛びたいから、ウィッチになるのは、間違いだったのかな……!」

 

 彼女の言葉は止まらない。自分で(せき)を叩き切ってしまったのか、言葉の奔流があふれ出す。

 

「でも、もう止まれないよ。みんなに応援してもらって、送り出してもらって、エースパイロットなんて呼ばれて……もう、戻れないよ……! 誰かを傷つけて、守るなんてできなくて……!」

 

 ティティはとっさに否定しようと口を開くが、言葉が出てこない。安易な言葉じゃ、届かない。そんなことないといっても、大丈夫と言っても、きっと言葉は腐って彼女には届かない。それでも、彼女にはつたえなければ。何も言えないのは、いやだ。

 

 息を吐く。その息が震えていた。私まで、泣くな。

 

「……ひとみちゃん」

 

 ゆっくりと彼女の手に触れる。ひとみの手はティティよりも暖かかった。

 

「ひとみちゃんが、間違ってるって思うなら、きっとそれは、間違いなんだと思う。でも、私はそれでいいと思うよ」

 

「え……?」

 

「私ね、ウィッチになるつもりも、軍に入る気もなかったの」

 

 そう言ってティティは笑う。笑えと自分に言い聞かせ、笑う。

 

「使い魔と契約したのが、実家の納屋で、魔法のマの字も知らないまま、暴走しちゃって……1年分の干し草ごと納屋を燃やしちゃって……、それから寄宿舎付の魔法学校に強制転入、あれよあれよという間に軍からの招集がかかって、訳も分からないまま、ここまで来ちゃって……」

 

 天井を見上げてティティは笑う。

 

「私が軍でなんて呼ばれてるか、知ってる?」

 

 ひとみがゆっくりと首を横に振った。

 

利かん坊のメイヴィ(アンタッチャブル・メイヴィ)とか放火魔(パイロマニア)とか、言いたい放題。まあアンタッチャブルなのはアルコールで大暴走したせいでもあるんだけど、放火魔は私の力のせいで。……殲滅戦に単騎投入ぐらいしか使い道がないって言われてたんだ」

 

 ひとみが黙りこくっている。

 

「近づいたら殺されるとか、僚機殺し候補生とか、周りには誰も友達だって言ってくれる人は居なかったんだ。ひとみちゃんが初めてなんだよ? 私のこと怖がらずに来てくれて、能力のこと知っても一緒にいてくれたの、ひとみちゃんが初めてなんだ」

 

 そう言ってひとみの手を包んでいた右手をするりと持ち上げ、頬にそっと触れた。

 

「ひとみちゃんは、優しくて、強くて、誰かを助けて救える人だよ。私はそれを知ってるよ。そんなひとみちゃんを、主がお見捨てになるはずがありません」

 

 親指でそっと涙の後を拭う。

 

 ティティはひとみがきっとこのまま自分を押し込めて、地獄行きの階段を降りていくような、そんな嫌な気配を感じてしまっていた。それは思い過ごしだと信じていたい。

 

「ひとみちゃんは、空を飛んでいたい?」

 

 思わずといった雰囲気で、ひとみが頷く。それを見て、ティティはそのまま彼女を抱き留めた。

 

「なら、きっと大丈夫。絶対大丈夫。石川大佐も、のぞみさんも味方だよ。頼りないかもだけど、私もついてる。」

 

「頼りなくなんて、ないよ……」

 

 涙混じりの声が耳元から聞こえる。ひとみの頭を撫でながらティティも目を閉じる。

 

「優しいね、ひとみちゃん。きっと大丈夫。みんなが居るから、ひとりじゃないから、大丈夫だよ」

 

 作戦が実施になるのかどうかはわからない。それでも、いつ出撃要請がきてもおかしくない。。

 

 うまくいくかわからない。ネウロイだけじゃない。だれが味方で誰が敵になるのか分からない戦場が、きっとすぐ目の前まで迫っている。

 

 それでもなんとかなると信じることくらい、許されるはずだ。

 

「それでも、もしダメだったときは、いっしょに二人で泣こう?」

 

 間が開いて、こくりと頷く気配。それを感じても、ティティはしばらく彼女を抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……杞憂、だったかなぁ」

 

 自販機コーナーの灯を遠くで見つつ、大村のぞみはため息をついた。

 

「まったく、戦闘隊長というのは大変だな、大村」

 

「そういう石川さんこそでしょう」

 

 のぞみにそう言われ、無表情で肩をすくめる石川大佐。203空の司令官。のぞみは小さく笑う。

 

「米川はショックを受けてましたからね。ここで飛行不能になられると困るんで少し発破かけとこうかと思ったんですが、米川にはティティ方式が有効らしいです。小官にはわかりませんが」

 

「大村式教導術だけが有効というわけではないようだな」

 

 石川大佐に茶化され、のぞみは少し驚いた表情。

 

「なんだ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

「あ、いえ、何でもありません」

 

「俺だって四六時中気を張っているわけではないのでな……もっとも、気を張らねばならない状況がもうすぐそこまで来ているが、な」

 

 その言葉にのぞみはわずかに目を細めた。

 

「ウルディスタンの情勢ですか。急変しました?」

 

「依然変化無し、だ」

 

「つまり相も変わらず最悪、と」

 

 ウルディスタン共和国。インダス河流域をその版図とする国家は、今や風前の灯火だ。203空……第203統合戦闘航空団のムンバイ展開には無論その情勢が関わっているのだが、しかし多国籍軍とは簡単に動けるものではない。

 

「そういうことだ。だが大きな問題の追加があってな」

 

「大きな問題?」

 

「F-35の扶桑ロットに電子攻撃があった、修正パッチが上がるまで飛行禁止だ」

 

「はぁっ!? なんですかそれ!?」

 

 のぞみの驚いた声が廊下中に響き渡る。自販機コーナーから「ひゃっ!?」と「ふぇっ!?」と二つの小さな叫び声が出る。怒声を至近距離で聞いた石川大佐が片耳を押さえる。

 

「……大村、いちいちリアクションがでかいのはなんとかならないのか」

 

「のぞみ先輩、ど、どうしたんですか……?」

 

「石川大佐、お疲れさまです。寝間着で失礼しました……」

 

 おずおずと顔を出したひとみと、石川大佐が居ることを認めて慌てて敬礼をしたティティに、石川大佐が少し目を伏せてから答礼を返した。

 

「それで、石川大佐、F-35の飛行禁止ってどういうことですか」

 

「えぇっ!?」

 

 ひとみが驚いたような声を上げる。それに応じるようにどこかの壁越しから「うるさいのよ! 眠れないじゃない!」「そういうあんたの方こそうるせーでごぜーますリベリアン! 同室で絶叫するなっ!」などの叫び声が返ってくる。

 こうなるからめんどくさいんだ、と呟きながら石川大佐は頭を掻いた。

 

「何らかの電子攻撃を受けたらしいというのは分かっているが詳細は不明だ。扶桑本国で対応中。対応パッチが上がるまでは飛行は無期限で停止される」

 

「そんな……じゃぁ、私は飛べないってことですか?」

 

「ポクルィシュキン中尉がいるでしょう。彼女がいれば一発では?」

 

 のぞみの声に石川大佐が首を横に振った。

 

「オラーシャ軍人に扶桑の軍事機密の塊であるF-35のブラックボックスを意図的に触れさせる気か。それこそ、ポクルィシュキン中尉がスパイ容疑で検挙されるぞ」

 

「じゃ、じゃぁ……どうするんですか?」

 

 不安そうなひとみの声に石川大佐は彼女の方を見る。

 

「現在代替機を用意中だ。慣れないストライカーでの飛行となるが、米川のF-35Aへの適応速度を見るに十分対応可能だろう。大村も十分に乗りこなせるものと考えている」

 

「代替機……別の機体、ですか?」

 

 米川の声に石川大佐は頷いて答える。

 

「それの手配ができるまでは飛行訓練も無しだ。現地順応訓練の期間としてはちょうどいい。息抜きでもしてくるといい」

 

 米川の頭をぽんと撫で、石川大佐が背を向ける。不安げな顔でのぞみを見上げるひとみ。

 

「わ、わたしたち、どうなるんでしょう……?」

 

「さぁ。……でも一筋縄ではいかないみたいね」

 


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