ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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Chap3-2-1 "Suspicious airport"


مشکوک ہوائی اڈے پہلا حصہ

 海の上であろうと港に碇を下ろしていようと、軍艦は軍艦であり軍人は軍人である。

 

 だから入港しても仕事が別段変わったりするわけではない。いつもの如く書類を片付け、休憩スペースへと向かえばそこに先客。それを認めた霧堂は片手を上げる。

 

「やっほー。お疲れー」

 

「お疲れ様です」

 

 立ち上がりかけた砲雷長を手で制しつつ、自動販売機に硬貨を投入。値段の下に据えられた購入ボタンのランプが点り、押せば無機質な機械音と共に飲料缶が転がり落ちる。取り出してプルタブを引けば心地よい破裂音。

 

「……今頃、あの子達はなにしてるのかねー」

 

「そろそろバンガロールにたどり着いた頃でしょうか」

 

「やだなーキクチン。私が言ってるのは麗らかなウィッチたちがどんな表情でどんな会話をしてるんだろうなぁという話だよ」

 

「その呼び方はお止めください」

 

 加賀の砲雷長を務める菊池中佐はあきれ顔。霧堂は気にせず彼の隣へと座る。

 

「静かになっちゃうだろうねぇ」

 

「これが普通、とも言えるかと」

 

「んーまあウィッチなんて我々軍人さんの総数に比べりゃ数えるほどしかいないし、その通りなんだけどねぇ……」

 

 そう言いつつ喉にコーヒーを流し込む。いつも通りの単調な苦みが口に広がる。203空が飛び去って、これから整備組も旅立つとは言え加賀の大所帯は変わらない。それでも現場の雰囲気は変わるものだ。

 

「ま、私にとっちゃ鬼の石川がいなくなるわけだし、命の洗濯とするかな」

 

 さっさと飲み干してゴミ箱へと缶を放り込む。視界端の菊池が小さくため息。

 

「仕事はしてくださいよ」

 

「うわー子鬼がいるよ」

 

「誰が子鬼ですか」

 

「キクチンが子鬼なら北条司令は閻魔かな?」

 

「コメントしかねます」

 

 そう言いながら菊池は眼鏡を押し上げる。

 

「あーあー。石川大佐(おに)がいなくなったっていっても菊池砲雷長(こおに)北条司令(えんま)がいるのかー。こりゃサボれないなー。あそうだキクチン、例の記者見なかった?」

 

「南洋の新発田さんですか」

 

「そそ」

 

 菊池がさん付け呼んだのは例の記者……新発田(しばた)青葉(あおば)が女性だからだろう。漢ばかりの軍隊という組織の取材を行う従軍記者というのは男の仕事であるが、ウィッチ部隊の取材となれば話は別。ウィッチだって同性の方が心を開きやすいし、それは記者が若ければ若いほど顕著だった。

 

「いえ……もう出発したのでは?」

 

「んー。まだ整備隊は準備してるしそれはないと思うけどなぁ」

 

 そう言いながら立ち上がる。先に戻るよと声だけかけてその場を立ち去る霧堂。従軍記者の動ける場所は限られている。探せばすぐに見つかることだろう。

 

 

 

 

 

 実際、暫く艦内を進めば簡単に見つかった。廊下に響く乾いた声。間違いなく青葉のものだ。角の向こうから聞こえるその声は揚々としており……誰かに取材でもまた敢行しているのだろうか?

 

 しかし霧堂の足は止められた。いや止まってしまったと言うべきか。別に青葉が悪いわけではない。問題なのは、彼女が話していた相手。

 

「……なるほど。閣下のお考えはよーく分かりました。じゃあお話は空軍の方にも?」

 

 その一言で霧堂の足が止まる。聞こえてくる青葉の声が普段のそれとは違ったのだ。

 

 そして話し相手。青葉は閣下と言った。この艦隊において閣下、将官クラスはただ一人しかいない。

 

 扶桑海軍遣欧艦隊司令、北条少将そのヒトである。他に誰がいようか。

 

「既に話は付けてある。彼女たちの行き先はチャントラパティシヴァージーになる」

 

「あぁあそこですか。なら心配は無いじゃないですか」

 

「万全に万全を期したいのでな」

 

「はいはい、分かってますよぉ」

 

 何の話をしているのかは分からないが、少なくとも取材では無さそうである。北条司令も記者に対する対応のそれではない。

 

集団食中毒(あんなこと)さえ無ければ、ギリギリまで同行出来たんだがな……」

 

「いやぁむしろ僥倖だったと言うべきでしょう。おかげでいろんな理由付けが出来るようになりましたし」

 

「ふん……ともかく一週間だ。203の展開を理由に扶桑がインディアに前進司令部を展開すれば、石川(アレ)の手綱も握れることだろう」

 

「そんな事態が起きないことを願うばかりですけどもねぇ。では私、出発の準備などもありますので、この辺で失礼させて頂きますっ」

 

 その言葉を最後にしんと静まる廊下。飾りのない控えめな塗装に覆われた様々な管、そして蛍光灯。ゆったりと響く足音は北条司令のものだろうか。

 

「あれぇ……これはヤバいの聞いちゃった奴かな?」

 

 そんなことを自問してみても、もちろん答えてくれる相手などいないわけで。幸いにも気配を消すのは下手ではないし、角から出ているわけでもないから気付かれたことはないだろう。

 

 良くあることではあるのだ。

 いつにおいてもウィッチは軍人であり、軍人というのは政治に左右されるものである。今回がどんな政治が絡んでいるのかは知らないが……。

 

 

「――――という次第なんですけど。霧堂艦長」

 

 

 どうやら今回は対岸の火事とはいかないようだ。聞きようによっては小馬鹿にしているようにも感じられる声音。霧堂は諦め混じりのため息をついてからその小柄な従軍記者へと向き合った。

 

「なぁに? 従軍記者さん?」

 

 首を傾げた霧堂に、新発田を名乗る従軍記者はニコリと微笑んだ。

 

「ちょこっおと青葉にご助言いただけないでしょうかぁ?」

 

「助言? 貴女には必要なさそうに見えるけど」

 

「やだなぁ。海軍の大佐さん、それも主力艦艇の艦長さんが相手じゃあ勝てませんよぉ」

 

「ふーん。そう?」

 

 そう返し、霧堂は青葉を見下ろす。紫色のシュシュで髪をまとめた従軍記者とやらは、表情こそ笑っていたが……その眼は笑ってなどいない。

 

「ええそうですとも……なんか石川大佐を止めなきゃいけないらしいんですけど。どーしたものかと青葉悩んでおりまして」

 

「それ、インタビューのつもり?」

 

「そこはご想像にお任せします」

 

 少なくとも記事(もじ)にはしませんのでご安心を。それは記者(カバー)を逸脱すると宣言したつもりだろうか。少なくとも霧堂はそう受け取った。

 

「なにが目的だ。新発田」

 

「下の名前で呼んでくださいって言ってるじゃないですかぁ。別に青葉に目的なんてありませんよ……まあ北条閣下は金鵄(ゴールデンカイト)を空に上げないことをお望みだそうですけど」

 

「203には人類連合の命令が下ってるはずだ。いくら北条司令でも口出し出来る話じゃない」

 

 先ほど記者と話していた相手が北条司令だったことは霧堂にだって分かっている。しかし北条といえど、所詮は小さな艦隊を率いる司令官に過ぎない。人類の命運をかけて飛ぶ第203統合戦闘航空団(ゴールデンカイトウィッチーズ)を止めるなど、出来るはずがない。

 

「それについては心配在りませんよ。連合各国は誰しもインダスには口出ししたくない訳ですし」

 

 どういう意味か、なんて聞かないでくださいよ? そう微笑む青葉。インダス川流域に位置する国家ウルディスタン。かの国がインダス川上流のカシミール地方、そしてインダス系河川の水利権を巡ってインディア帝国と争っているのは有名な話である。

 

「実際、石川大佐も防弾チョッキ用意させてるんでしょう? 理由は治安の悪さだそうですが、想定しているのがウルディスタン軍の銃弾なのは明らかだ。どうです? 青葉の推理当たってます?」

 

 霧堂は沈黙。そんなことは少し考えれば分かることだ。ウルディスタンは西にネウロイ、東にインディアと挟まれた。物資は足りず、情報だって末端まで届いているか怪しい。

 そして、ないない揃いで進退窮まった彼らの前に現れた新たな未確認飛行物体(ウィッチ)に、彼らの目がどう向けられるか……。

 

「……ま、否定も肯定もして欲しいわけじゃないからいいんですけどね。窮鼠猫を噛むというのは見ているだけなら心地のいいものですが、当事者にはなりたくないものです」

 

 ましてや、噛まれる側にはね。それが青葉(かのじょ)の意見なのだろう。

 国境線に追い詰められ、ウルディスタンの状況はさながら門前の虎後門の狼。そこでインディアから突如飛来する航空隊。それを援軍と解釈するかは……残念ながら微妙な所。

 

「で? だからウルディスタンを見捨てるって?」

 

「そんなことしませんよぉ。人類連合は人類を救うために戦っているんです」

 

 そう言うと青葉は両手を広げた。右手にペン、左手に手帳。

 

「青葉のお仕事はそんな人類連合の戦いを世界に伝えること。青葉が伝えなきゃ行けないのは人類が手を取り合って強大な敵に立ち向かう姿。そんな美しい世界です……自分の身可愛さで誰かを見捨てるなんてことをすれば皆が自己矛盾に陥りますよ?」

 

 支持率も株価も真っ逆さま(フォーリンダウン)。もちろん青葉も失業です。そう世界の終わりかのように天井を仰ぐ青葉。それから霧堂にじっと視線を注いだ。

 

「世界を壊してなにが楽しいんです?」

 

「言ってることが繋がらないよね。助ける、助けないどっちなの?」

 

「どちらでもありませんよ。だって――――」

 

 

 ――――インダス川に人類なんていないんですもの。

 

 

「……ほう?」

 

「差し伸べるべきヒトがいれば善良な市民と優秀な軍隊は手を伸ばすでしょうが、虚空に伸ばしたところで誰も救えません。そして救うべきヒトは欧州にもアジアにもごまんといるのがこの世界。優秀な市民ならばもっと素晴らしい人助けが出来るはずです」

 

「……なるほど、なるほどね?」

 

 霧堂は吐き出される息を抑えるようにくっくと笑う。なにを笑うというのか。しかしおかしくてしょうがないのである。なんたる傲慢か、なんたる偽善か。

 

「それがお茶の間戦局報道(ウォーゲーム)の作り手が考える戦争というわけか。一億の民を捨てて、残りの何十億で悠々と生きるのがお前の正義か」

 

戦局報道(ウォーゲーム)とは失礼な。ゲームと違って勝者なんていませんし、復活(リスポーン)だって出来ません……青葉残念だなぁ、現役の将校さんにこんなこと言われるなんて」

 

 ガッカリですぅ。そう口元に笑みは残したまま分かりやすく肩を落としてみせる青葉。対して霧堂は一歩引く。

 

「おーけぃ記者さん? 私だって菩薩じゃないんだ。結局アンタなにが言いたいわけ?」

 

「さっき言ったじゃないですかぁ。金鵄(ゴールデンカイト)を空に上げるわけにはいかないのです」

 

 沈黙。青葉は微笑みを崩さない。

 

「お忘れですか? 203は実戦向きではないのです」

 

「あら? 私の加賀(ふね)を護るウィッチたちが弱いと?」

 

「そういう意味ではありませんよ大佐。弱いのではなく……そうですね。リスクなんですよ」

 

 霧堂は黙って次の言葉を待つ。

 

「分かりやすい例から行きましょう。オラーシャ空軍のプラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ポクルィシュキン中尉。青葉は詳しいことは存じ上げませんが、アレがどれほどの代物か艦長はよくご存じのはずです」

 

 一つお伺いしますけど、この艦隊は戦術リンクに接続しているのでしょうか?

 

「さぁ? 私は知らないしいくら従軍記者さんにもそこまで教えられない」

 

 それは答えでもあった。確かにこれまで遣欧艦隊と203空はコーニャの固有魔法に支えられてきた。彼女の卓越した電子戦能力がなければどの戦いでも203空の勝利はなかったであろう。

 しかし一方、それはポクルィシュキン中尉というオラーシャの軍人に扶桑の情報ネットワークを晒す行為でもあった。彼女の固有魔法を用いれば戦域全体のミサイルを制御することが可能。それは即ち、扶桑国軍を網の目のように覆い彼らの全ての作戦行動を支援する戦術データリンク。扶桑皇国の全ての手の内を晒す行為に他ならない。

 

「まあ、遣欧はいいんですよ。秋月型以外の水上艦はもう型落ちのそれですしね。クローズドでなら多少の許容はしましょう」

 

「……でも、一航戦はよくなかった」

 

「理解が早くてうれしいですぅ」

 

 青葉が飛び跳ねるように喜ぶ。霧堂と同じように後ろに一纏めにした髪があわせて揺れた。

 

破魔矢作戦(Operation HAMAYA)。一航戦の救出作戦、全てが狂った始まりの作戦。あの危機的状況で、一航戦は言うまでもなく戦術データリンクに接続していました。その状況下でかの艦隊の火器管制がポクルィシュキン中尉に()()()()。青葉の言いたいことはもうおわかりだと思います」

 

「私の住んでる国は千何百の将兵よりもそれを優先するわけ? だとしたら結構私は残念なんだけど」

 

「まさか、扶桑皇国は先進国で兵隊さんは完全志願制。人命はどんな機材にも代えがたい。しかしですね霧堂艦長。億の命を支える国防装置(ぐんたい)というものは、残念ながら完全でなければならないのです。可能性だけでもセキュリティシステムは総取っ替え、洗練されたシステムすら放棄せねばならないのです」

 

「まさかとは思うけど、それが今回の無謀な派遣命令なんてことは」

 

「そればかりは青葉には分かりかねますよぉ。なんせ兵隊さんをどう動かすかなんてお上のお上が決めることじゃあないですかぁ……そして話を焦ってはいけませんよ? なんせ青葉が口にしたことはオラーシャ本国でも同じなんです。今は中尉だから出来ることも限られるでしょうが……」

 

「後々になれば国家まるごと乗っ取ることだって夢ではありません? 滑稽な話ね。新聞記者辞めてゴシップでもやったら?」

 

「いいですねぇゴシップ。青葉も大好きですよ。そして彼女にはそのゴシップをこの青葉の脳味噌から引き出すだけの素質、才能を持っているんです……ですけれど、まあ現状は単なる左遷。お払い箱でしょうね」

 

 その言葉に霧堂の表情が動いたのか、動かなかったのかは定かではない。だが青葉は確かに笑みを深めた。

 

「艦長だってお分かりなのでしょう? 性格素行に問題大ありの華僑民国高少尉、友軍誤射(フレンドリーファイヤ)が大得意なゴールドスミス中尉は現実に『加賀』のレーダーを御釈迦にした。リベリオンのブラシウ少尉についてはなかなかに優秀ですが。これはまあ、両国の首脳が蜜月なのが幸いしたとでもいいましょうか……」

 

「話が長い。そろそろその長ったらしい口を閉じて貰えない?」

 

 そうぴしゃりと遮る霧堂。青葉は打って変わったように声を低くする。

 

「ではさっさと纏めましょう。結局203は各国のお払い箱。綺麗に梱包(ラッピング)して広告塔です」

 

 誠意を見せろ(ショウ・ザ・フラッグ)に始まった扶桑皇国の海外派兵。内実は世論向けの宣伝塔。本気で欧州まで打通する気もなく、遊撃戦力に数えられれば御の字程度の海上戦力と航空戦力。

 

 確かにそうだ。

 

「記者さん。確かに石川は撃墜数も私よか少ないよ。無口だしコミュ力もない。でもね、石川(アイツ)を、203を舐めてもらっちゃ困るよ」

 

 だが、その広告塔がここまで大きくなった。

 

 本土爆撃を防ぎ。一航戦を救い。南洋に潜むネウロイを倒し海上交通の安全も確保した。ウィッチ戦力が増強され、「加賀」自身も改装により本格的なウィッチ母艦となった。203は今や立派な人類の翼。険しい道のりが待っていようとも、政治(まつりごと)程度で潰れるようなヤワな翼ではないのだ。

 

「ええ仰るとおりです。貴女の石川大佐と203()大丈夫でしょう」

 

「あら意外、てっきり否定するかと」

 

 霧堂が言えば、青葉は「事実は事実ですから」と首肯。

 

「石川大佐については青葉も信頼してますし、数多くの実戦を積んでいるブラシウ少尉や高少尉、そして類い希なる固有魔法に恵まれたゴールドスミス少尉やポクルシュキン中尉を使いこなすことも容易でしょう。それぞれ癖が強いとはいえ素質は一線級。203は一騎当千!」

 

 まさに統合戦闘航空団――――かの大戦で欧州を救った第501統合戦闘航空団(ストライクウィッチーズ)のような大活躍だって夢じゃない! 両手を広げ、見えないナニカを奉る様に空を見る青葉。

 

「――――でもね。第203統合戦闘航空団(ゴールデンカイトウィッチーズ)には飛んでもらっちゃあ困るんです」

 

 それが、すとんと落ちる。霧堂は大げさに首を傾げて見せた。

 

「言ってることが、矛盾しるように思うんだけど?」

 

「やだなぁ艦長。アナタは分かってるでしょうに」

 

 青葉が、嗤う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄曇りのチャトラパティ・シヴァージー国際空港の幅の広い滑走路に編隊を組んだまま着陸する。元々特大の旅客機が着陸できる空港だ。45メートルもの横幅がある滑走路だから人間サイズのウィッチは同時に進入しても安全に降着できるということである。

 

 もっとも、ひとみにとっては陸地のこんなに広い滑走路に僚機と同時にアプローチするのは初めての経験だった。

 

「ふー、緊張した……」

 

「いい経験になったな」

 

 石川大佐がそう言ってハンドサインを出した。縦列になりながら、目の前の高速待避用の誘導路に入る。地上管制官(グラウンド)からの指示は目の前のN誘導路に入り国際ターミナル前の182番スポットへ向かえ、だ。

 

「それにしても低空待機が長かったですねー。結局爆弾は見つからなかったんでしょう?」

 

「ん」

 

 のぞみがそう言いながら伸びをすると、最後尾で軽く頷く声。コ―ニャだ。

 

「ガセだったみたい」

 

「あーあ、数億円規模の損害賠償が犯人を追いかけるゾー」

 

 のぞみがそう言うとモンファが頭の上で手を組んだ。

 

「いっそのことその損害賠償にこっちのホールド分の補填を上乗せしてくれねーですかね」

 

「ゆめかナイスアイデア。悪を経済的に粉砕するなら正義には悖らないし」

 

「モンファっつってんでしょうが」

 

「俺たちの給料については飛行手当が飛行時間にあわせて上乗せされるし、私益のために正義の鉄槌を使うな馬鹿者」

 

 石川大佐の声が二人をいさめる。ひとみはそれを聞きながら苦笑いだ。N滑走路を走っていくと行く末に見慣れたティルトローター機が見えてきた。

 

「本当にオスプレイの方が先に着いちゃいましたね」

 

「まぁこれで専用のキャニスターに駐機できるから楽っちゃ楽なんだけどね」

 

 のぞみはそう言って苦笑いだ。エプロンにはそれぞれの整備班が既に整列していた。加賀の甲板上みたいに、機付長が甲板固定用(タイダウン)チェーンを体に巻き付けて居ないのは少し新鮮だった。

 

「ひとみーん、おつかれー」

 

「あ、加藤中尉ー!」

 

 手前から三番目のキャニスターの前でひとみに向けて帽子をつけた女性が手を振っていた。

 

「ロングフライト本当にお疲れさま」

 

「加藤中尉もお疲れさまです」

 

「機内では爆睡できるからいいんだけどね。驚いたよ、ひとみんよりも先に着いてるんだもん」

 

「中尉は機内の連絡ぐらいは起きて聞いててくださいよ。F-35A整備班の班長なんですから」

 

 そうため息交じりに言ったのはティティ騒動から少し話すようになった左雨(さっさ)伍長である。

 

「伍長が聞いてくれるから安心して寝てられるよ」

 

「 だ か ら ! ちゃんと話は聞いてくださいって今言いましたよね?」

 

 漫才のようなやりとりを聞きながら、加藤中尉に手を引かれる形でひとみはその場で180度反転し、ゆっくりと後ろに押し出される。加藤中尉と左雨伍長の二人にサポートされながらキャニスターに飛行脚を挟み込む。

 

「クランプ接続完了。シャットダウン・チェックリスト、レディ」

 

 左雨伍長がバインダー片手にそう声をかけた。

 

「シャットダウン・チェックリストをお願いします」

 

「シャットダウン・チェックリスト。スロットル・アイドル」

 

「スロットル・アイドル、チェック」

 

「マスターアーム・オフ」

 

「オフ」

 

 エンジンをカットするまでがフライトです。とはよく言われたもので、その段に入ると私語がぴたりと止む。

 

「……シャットダウン・チェックリストコンプリート。お疲れさまでした。降機していただいてOKですよ」

 

「ふー。疲れました」

 

「お疲れさまです。カルピコ飲みます? クーラーボックスに冷えてますよ。他のウィッチの方の分もありますし」

 

 左雨伍長がそう言ってオスプレイの近くに置かれている緑色の箱を指さした。

 

「いいんですかっ?」

 

「封を切った飲み物は税関に持ち込むとめんどくさいですし、消費してくれると助かります」

 

 そう言われひとみは差し出されたスニーカーをつっかけそっちの方に走っていく。ソレを見送って加藤中尉は悪い笑みを浮かべて左雨伍長を見上げた。

 

「あんないい子を餌付けかい? 左雨クン」

 

「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい」

 

 そんな会話を知ることもなくひとみはキンキンに冷えたペットボトルのキャップを開け、乳酸菌飲料を口に含む。甘酸っぱい味が乾いた喉を流れ落ちる。

 

「あぁあああああ、生き返るぅ……」

 

「なーにおっさんみたいな顔してやがりますか」

 

「もんふぁちゃん! おっさんってひどいよっ!」

 

 そう夢華に抗議するも夢華はどこ吹く風でクーラーボックスを漁る。

 

「だるだるに緩みきった顔してる米川がいけねーんでありますよ」

 

「あ、夢華。コーラある?」

 

 ヘイ、パス。とレクシーが手を振る。夢華はめんどくさそうにビッグサイズの缶コーラをレクシーの方に放る。

 

「サンキュー、夢華」

 

「後でツケやがりますので」

 

「あんたの財布からでているわけじゃないでしょーに」

 

 レクシーの声に夢華はわずかに笑みを浮かべた。

 

「まったく、疲れ…わぷっ!?」

 

 開封の衝撃でレクシーの手元で缶のコーラが破裂。顔に思いっきりコーラの噴水がかかる。それを見た夢華がケタケタと笑った。

 

プラフープ(フープラ)のコーラ漬け……!」

 

「夢華! あんたね……っ!」

 

「あたしは言われたとおりに渡しただけですだよ。パスって言って投げさせたのはあんたじゃねーですか」

 

「ゆーめーかー!」

 

「なんであんたまで大村(ダーツォン)化してやがりますか」

 

 そんな言い合いを見ながらひとみがおろおろしていると、フリップボードをもった兵士がひとみたちの方にやってきた。兵長の肩章をつけたその兵士がどこか困惑した表情なのを見て、ひとみも首を傾げる。

 

「米川少尉、少しよろしいですか?」

 

「はい? なんでしょう」

 

「少尉の私物のトランクが空港の税関で引っかかったんですけど……」

 

「へ?」

 

 まさに青天の霹靂。思いも寄らない言葉に思考が止まる。

 

「なに? ひとみん。ヤバい物なんか入れた?」

 

 ストライカーの格納を終えたらしい加藤中尉が寄ってきてひとみの肩に手を回す。慌てて首を横にぶんぶんとふるひとみ。

 

「兵長、それ税関書類よね。なんで引っかかったくらい書いてあるでしょ」

 

「はい、えっと……それが……」

 

「なによ」

 

 加藤中尉の声にどこか申し訳なさそうな顔をする兵長がゆっくり口を開く。

 

「どうやら米川少尉が私物としてトランクに詰めていたチャイナドレスが引っかかったようです」

 

 過ぎ去る沈黙。次の瞬間に加藤中尉と夢華が同時に吹き出した。

 

「あっはっは! なにひとみん、アレ入れてきてたの? そりゃ引っかかるわ! だってそれほとんど着てないから新品の輸入扱いになるだろうし!」

 

「そんなにお気に入りだったでやがりますか!」

 

「え? ええっ? なんで入ってるの!?」

 

 状況がつかめずに目を白黒させるひとみ。慌てて今日の朝の事を思い返す。

 

「えっと、前進配備が決まったのが昨日で、トランク渡されて……荷物を詰めて……」

 

「なに? なにがあったの?」

 

 そのタイミングになってのぞみがやってくる。嬉々として状況を伝える加藤中尉におろおろしきりのひとみは気づかない。

 

「そりゃあれでしょ。米川あんた、ベッド下の収納の服を全部突っ込んだからでしょ。普段から収納袋にしまってるみたいだし」

 

「だって……幼年学校でそうしろって……」

 

「適宜分けてないからそうなるのよ」

 

「だからってのぞみ先輩は散らかしすぎだと……」

 

「あ゛?」

 

「なんでも……ないです……はい」

 

 ひとみがしゅんとしたタイミングで加藤中尉がひとみの肩を叩いた。

 

「ま、仕方ないね。それじゃ、納税して私物を返してもらおうか」

 

「か、関税かかるんですね……」

 

「まぁ私物だし? そこまでの額じゃないから安心しなよ。それにそもそも輸出用じゃないし、そこまでの値段じゃないからちゃんと説明すれば免除されると思うわよ」

 

 そう言って加藤中尉に連れられるようにしてひとみはトボトボと民間国際ターミナルの方に歩き始めたのだった。


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