「それで、あの記事、どう思った?」
霧堂艦長はそういうと目の前でトランクケースに荷物を詰めていく部屋の主――――石川桜花大佐に声をかけた。部屋のドアの枠に体重を預け、中を覗く。
「クロンカイト・レポートか。あまりにリベリオン的な、民族紛争を無視したただの外野のわめき声にしか聞こえなかった」
どこか煙ったような光が丸窓から差し込むこの部屋で、石川大佐はそういって代えのワイシャツやスラックスを几帳面に仕舞っていく。
「あんたが好きそうな記事だと思ったんだけどねぇ」
「そんな風に思っていたのか、霧堂」
霧堂艦長は肩を軽くすくめ、笑った。
「冗談だよ。でもまぁ、思うところはあったんだろう?」
「……」
「ほら、そこで黙ると図星だと言われているようなものだよ。まぁ、9歳の夢華を
霧堂艦長は浪々とそう語り、目を細めた。苦り切った顔で石川大佐はその様子をちらりと見てから、手元に視線を戻した。
「その誹りは甘んじて受けるさ。その覚悟無くしてあの子たちを前線に出せるか。それは大人が背負うべき物であり、俺が背負うべき十字架だ」
「よく言うよ、
石川大佐がトランクを乱雑に閉めた音で言葉が断ち切れる。石川大佐の目を見て、霧堂艦長は深いため息を一つ。
「背負いたいなら勝手に背負えばいいけどさ。あんたの怒りは別のところにあるのかい? 高々私の世話話程度でそこまで怒るほど、堪忍袋の緒に傷はついていないだろうし。民族紛争を無視した云々については聞いてなかったし」
「……あんたが話をそらしたんだろうが」
「そうともいう」
悪びれることなくそういった霧堂大佐に、今度は石川大佐が深いため息。
「幸せが逃げるよ」
「とっくに逃げてるさそんなもん。……ネウロイも人も分からず、ただうわべだけで書いた記事にしか読めなかった。たくさんの人々がウルディスタンを支援している? 違う。あまりに浅はかだ。国単位で支援しているところなどどこにもないのに」
「国レベルのバックアップが無ければ、ネウロイ相手じゃあっという間に軍が崩壊するのは、身をもって知ってる、か」
石川大佐は答えず、荷物に鍵を掛けた。
「ウルディスタンの即時陥落はあり得ない。まだウルディスタンは耐えられる。そういう空気が満ちている。……あまりに、ネウロイを知らない答えだ。石川、あんたの感想はそんなところか」
「……俺がそれを言ったところでどうにもならないがな」
「何をふてくされてるのさ、一体」
霧堂艦長の声に石川大佐は応えない。このトランクは後続のティルトローターで運ぶことになる。長距離飛行訓練も兼ねた前進は身軽でいいのが救いだろう。
「まったく、中東といい、南アジアといい、ままならないねぇまったく」
「霧堂、お前は本当に何を言いに来たんだ」
「戦友がひとり戦地に飛び込むのに、見送りに来たつもりなんだけど、いけなかった?」
「俺にそういうのは必要ないことはお前がよく知ってるだろう」
「知ってる。それでも言いたくなるのはしかたないじゃない。まともにあたしに付いて飛べたのは、あんたぐらいだったからね」
そう言って霧堂艦長は体重を預けていたドアの枠から離れ、石川大佐の前に立った。
「石川、死ぬなよ」
「……何を今更」
「言っただろう。中東も南アジアも
「だからといって飛ばないわけにはいくまいよ。俺たちはウィッチだ。俺たちが飛ばずに、誰が飛ぶ」
「……本気でそう言い切れるあんたが羨ましいよ、石川」
そう言って霧堂艦長は石川の頬にそっと触れた。大人にしては高めの体温。その温度に霧堂艦長は頬を緩める。
「あんたは変らないな、まっすぐで、スペシャル不器用なところ」
「それは俺に喧嘩を売っていると思っていいな?」
「褒めてるのよ。うまく騙して自らを失う連中や、すり切れていく子が多かった。三十路を越えて今もそうやって言えるのは強い証拠だ。人類の共闘、平和の構築、世界の盾たらんとする青く馬鹿げた理想を今も背負えるあんたは、強い」
「褒め殺しは勘弁だ。いい気にさせても何も出ないぞ」
「ちっ、アイスの一つや二つおごってもらおうと思ったのに」
「油断も隙もないな貴様」
頬をなで続けていた霧堂艦長の右手をパシンとはたき落とし、石川大佐はトランクを持ち上げた。
「……霧堂。203は生き残れると思うか」
「それが本音か」
石川大佐は答えない。外の陽が陰る。羊雲のような雲の塊が窓の外を流れる。
「生き残るよ。ここは中東じゃない。いくらあんたが『葬儀屋』でもあの子達を送ることはないさ。みんな優秀だ。コ―ニャがいれば索敵も、電子情報の制圧も思うがままだし、ティティちゃんがいれば面制圧は一瞬で片がつく」
霧堂艦長が指を一本一本立てながら、メンバーを数え上げていく。
「レクシーちゃんの戦術眼はたいした物だし、頭に血が上らなければこれほど優秀な副官タイプはいない。夢華ちゃんの未来予知や身体能力は発展途上、もう少し体ができあがれば、立派なインレンジファイターになる。のんちゃんのリーダーシップと突撃能力があればどんな膠着状態でも打破できるだろうさ」
右手の指をすべて開き終わって、霧堂艦長はにやりと笑った。
「そして、かわいいひとみんがいる」
「あいつはアイドルか何かか」
「お手々ちっちゃくて体温高くて、膝に乗せてだっこしてると暖かくて気持ちいいんだよーあの子。ちょうどいいサイズと重さでさ。クーラーガンガン効かせた部屋で脱がせたあの子を湯たんぽ代わりに抱き込んで横になるとかもう最高。いろいろ無垢だからいろいろ仕込めるし」
「そのあたりは今度調書を取りながらゆっくり聞かせてもらおうか。というより、俺に隠れて何をやってやがる」
「あら、焼き餅?」
「そろそろ殴るぞ」
拳を掲げた石川。冗談冗談、と笑いながら霧堂艦長は続けた。
「でも、実際あの子がジョーカーだよ。鍵はきっとひとみんになる」
「……どういう意味だ?」
「喰えないんだよ、この
霧堂艦長は眼を細める。
「でも、この悪食の怪物をして、御せないと思わされたのは初めてだ」
霧堂艦長はそう言ってどこか乾いた笑みを浮かべた。
「喰いたくないと思って喰わないことはいつもしてきたし、愛おしすぎて喰えないあんたみたいなのもいるし」
「なんだその愛おしいって」
「そのままの意味だけど?」
さらりとそう言って霧堂艦長は続ける。
「でもね、米川ひとみ空軍少尉だけは全くの別ものだった。石川、あの子、何者?」
「……俺に聞くな。そもそも貴様の
「それはそうなんだけどね、そもそもあの子の解析にあそこまで時間がかかるのは予想外だった訳だし。――――私はね、石川。あの子達の可能性に賭けてみたいと思っているよ。子どもの命を
「いつから貴様は老人みたいになったんだ」
「アラ失礼、これでも若いつもりだけど。あんたほどじゃないけどさ」
そう言ってケタケタと笑って霧堂艦長は石川大佐の方を見た。いつも通りの笑みだが、その眼の色だけが冷える。
「だから、あんた達は死んではいけない。必ず、全員で、生きて帰ってこい」
「それは命令か?」
「先輩からの願いであり、この艦に帰ってくるものへの命令だよ、命令権がないことなど些細なことだろう。……必ず帰ってくること、わかったね石川。部下を連れて帰ってこい」
それを聞いて、石川大佐は左手にトランクを下げたまま、踵を鳴らした。
「石川桜花大佐、拝命しました」
瞼の上に添えられた手を見て、霧堂艦長はどこか寂しそうに答礼を返す。
「武運を祈る。君たちの空に栄光あれ」
出て行く石川大佐を見送って、霧堂艦長はため息をついた。
「まったく、柄でもないことした」
そういう顔には寂しさと少しばかりの後悔が滲んでいた。
カタパルトからの発艦の衝撃からなんとか持ち直し、高度を緩やかに上げる。加賀の
「カイト・ツー、テイクオフシーケンスコンプリート」
《Roger, KITE2. Contact STRIX1 Push Ch2. いってらっしゃい。頑張っておいで》
「ストリックス1にチャンネルツーでコンタクト、いってきます!」
暖かい言葉に笑みがこぼれる。
「ストリックス・ワン、こちらカイト・ツー。テイクオフシーケンスコンプリート」
《ん、ヘディング3-2-0。マップコードI-368N3で
「
初めて飛んだときと比べてずいぶんと上達したものだと我ながら思う。ほとんど飛んだことがなくておっかなびっくり飛んでいたあの頃より、少しは飛べるようになったはずだ。
そう、こんなに重くて締め付けてくる防弾着をきっちりと着込んでいなければ。
「ほら米川、急ぐ」
「あの、先輩。これ締め付けが強くって……」
「我慢する。死ぬよりかマシでしょ」
「それもそうですけどぉ……」
だが重いものは重いのだ。下半身から胸あたりまでを覆うようにして着用している防弾着はどれだけ有効かはさておき、ひとみの命を守るものだ。なにより命令として装着をするよう言われていた。
「米川少尉、貴官の能力上、重い狙撃銃を持つことも今後考えられる。重量物の携帯および使用には慣れておいた方がいい」
「そうは言っても石川大佐……これ本当に腰とかおなかに食い込むんですよ……」
「耐えろ。しっかり体に密着させることで衝撃を分散させるんだ。仕様だ」
任務中の石川大佐の口調はどこまでも冷徹だ。編隊飛行の起点となる1番機ポジションを飛びながら、言葉を続ける。
「米川少尉、ジョインナップが遅れている。しっかりと大村少尉に合わせろ」
「は、はいっ!」
「それにしても、こんなもん何の役に立つってんですか。そもそもこのぶかぶかなの邪魔でしかたねーです」
最後尾の列の真ん中に位置取った高夢華が扶桑海軍の水兵服の襟元を引っ張りながらぼやく。
「しゃらーぷ、ゆめか。なにがあるかわかんないのがこの世の中だ。それに防弾ジャケットがぶかぶかなのはあんたの発育が悪いのが原因でしょうが」
「だから夢華だと……」
「あー、もうガチャガチャうるさい! 遠足に行く児童か、あんたらは!」
堪えかねたようにレクシーが最後尾右翼から怒鳴る。夢華がほらきた、と言わんばかりに肩をすくめる。『
空気を変えようと無理にひとみが話題をのぞみに振ろうと頭を振り絞る。咄嗟に思いつくのは防弾着についてだった。
「先輩、これってネウロイのビームに対してどれくらい守ってくれるんですか?」
「守ってくれないけど? てかそもそもこれは『防弾着』であって『防ビーム着』じゃないんだし」
「えっ?」
とんとん、とのぞみが自らが着込んでいる防弾着を叩く。あまりにものぞみがさらっと告げた言葉にひとみが耳を疑う。
「じ、冗談ですよね?」
「あのさあ、米川。いまから行く場所、わかってる?」
「えっと、ムンバイですよね?」
「じゃあ目的は?」
「ウルディスタンにおける対ネウロイ戦闘の支援です……でしたよね?」
ひとみが不安になって確認しなおす。はあ、とわざとらしさすら感じさせるため息をのぞみがついた。
「あそこら辺が宗教紛争の絶えない地域って歴史でやらなかった?」
「あまり世界史は得意じゃなくて……」
「だとしてもニュースくらい見てたでしょうに。そもそもウルディスタン自体がインディア帝国から分離してできた国家でしょ。いつ国境線が変わるかわからない地域でネウロイと戦闘をするの。果たして本当にネウロイのビームだけで済むと思う?」
「それって……」
「ムンバイはいつ爆ぜるかわからない火薬庫だ。ほんの小さな火種であっという間にドカン、かもしれない。だからちゃんと着ときなさいって言ってるの。少なくとも私は同族に撃たれるなんてごめんだからね」
あまりにあっさりとのぞみは言ったが、ひとみにとってあまり信じたいことではなかった。同じ人間。しかもネウロイと敵対するという意味では味方同士のはず。
それなのに背中を撃たれることを心配しなくてはいけないのがどうしようもなく嫌だった。
「で、でも、ウルディスタンは国の大部分がもう大変な事になってるのに」
「あのさぁティティ。その事情がインディア帝国にとってどういう意味を持つか考えてみようか」
そういったのはレクシーだ。
「インディア帝国にとっての意味、ですか?」
そのタイミングで肩をすくめたのがのぞみだ。
「精々防波堤として見てるんだろうよ。戦争の相手を喰ってくれてるんだ。こういう言い方は好きじゃないけどさ、インディア帝国からしたらネウロイに感謝したい人もいるんじゃないの?」
「そんな……」
ひとみがそういうが、周りにそれに答えてくれる声はない。
「もし、もしですよ、ウルディスタンが……」
「全部ネウロイに呑まれたら、ってこと?」
ひとみの問いに、レクシーは問い返す。ひとみの消え入りそうな「……はい」という答えが宙をきる。
「そしたらインディア帝国軍がネウロイ戦線に出るだけよ。なかったことにされるだけでしょ、ウルディスタンの悲劇なんてさ」
「どこまで行ってもクソ溜めはクソ溜めなんじゃねーですか。やっぱりネウロイなんかより、ニンゲン様のご機嫌の方が大切だ」
夢華がそう言って頭の上で手を組んだ。肩に提げた95式自動歩槍がカチャカチャと鳴る。石川大佐が笑った気配。
「それでも我々は飛ばねばならない。違うか」
「オラーシャ式は嫌いですだよ」
「安心しろ高少尉、オラーシャ式も扶桑の精神論一点突破もするつもりはない」
石川大佐がそう言うと、夢華は肩をすくめた。振り向かない石川大佐はそれを承諾の沈黙と受け取ったようだった。そして続ける。
「人類同士の連携がとれない状況での戦闘が発生しうる。納得しろとも迎合しろとも言わないが、割り切れ」
「了解」
「わかりました」
「しかたねーですね」
のぞみやレクシー、夢華からさくさくと答えが返ってきて、ひとみの視線が下がった。
「米川、ゴールドスミス少尉、返事はどうした」
「はいっ!」
「わ、わかりましたっ!」
石川大佐にせっつかれるように言われ、慌てて返事をする二人。その返事は石川大佐のため息で帰ってきた。
「それでも、やっぱり悲しいですよね」
「優しいのと甘いのは違うよティティ。米川もだ。その甘さが誰かを殺すぞ」
のぞみの言葉が胸を指す。それに言い返そうとひとみが口を開いたタイミングで無線が入館した。
《アテンション》
「コーニャちゃん?」
《ネウロイ接近、数1》
剣呑さが宿る声で呼びかけられてひとみがぴくりと反応する。無意識にぎゅっとワルサーを強く握り締める。
「ポクルィシュキン中尉、
石川大佐が即座に反応した。
《11時方向、方位2-8-4、距離12万5,000でヘッドオン。タイプはマンドレイクと推察》
「
《
石川大佐は逡巡。ちらりと後方を見た。
「米川少尉の狙撃で対処する」
「へっ!? わたしですか?」
「まぁサクッと抑えるなら狙撃で一発で仕留めるに限るよねぇ。頑張れ米川」
のぞみが軽く言うが唐突に話を振られたひとみは慌ててWA2000に初弾を送り込んだ。
偵察機に近接戦闘を仕掛けるのは悪手。一度でも見られてしまえば本隊に手の内が伝わってしまう。可能ならばこちらの数や武装を見られる前に撃墜させたい。そしてそれができるのはこの中で遠距離狙撃を専門とするひとみだけだ。
「よ、用意できました!」
「カイトゼロからカイトツー、迎撃行動へ入れ」
「カイトツー、迎撃行動に移りますっ」
ストライカーの出力を上げてひとみが編隊から外れると、更に上へ。ワルサーのセーフティを解除してトリガーガードに指をかける。
「コーニャちゃん、お願い」
「ん……」
短い返答があるとひとみのバイザーに赤い点がひとつ、光った。同時に気候情報の羅列が脇で流れるようにして表示されていく。
「あとはなにが欲しい?」
「相対速度と偵察型の画像と高度……あと偵察型の予想進路が欲しいです。できるだけ正確なものをお願いしていい?」
「わかった……」
今まで表示されていた情報を押しのけるようにして偵察型の写真と相対速度、そして小さなマップに偵察型とひとみたちの現在地と予測進路がラインになって浮かび上がる。
「ありがと、コーニャちゃん」
お礼を手早く言ってから、目の前に流れる情報をすべて頭に叩き込む。いくら弾道固定の固有魔法があるとはいえ、すべてそれだけに任せてしまうと余計に魔法力を消費してしまう。できるものならば魔力は節約しておきたい。
バレル下を包み込むように左手でささえ、ストックを脇で挟み込んだ。頬付けしてさらにワルサーを固定させると愛用のスコープを覗き込む。
現実の動きとコンマ数秒単位の狂いもなく同期して動く点に狙いをつける。スコープ越しの形状を頼りに進行方向からどの向きで飛行しているか予測。どこをどうやって撃ち抜けば一撃で落とせるかは小型の偵察型ネウロイ相手に考える必要はない。ワルサーが中心に一発あたってさえしまえばそれで終わる。
ピッチアップ。高度を偵察型ネウロイにあわせる。できるかぎり速度もあわせて相対速度を限りなくゼロに近づけた。
半分ほど息を吐いて止める。固有魔法を弾道が安定するように調整すると、トリガーにかけた人差し指が力まないように優しく引き絞った。
強烈なリコイルショックが襲い掛かる。ストライカーの出力を一瞬だけ下げることで反動を後ろに逃がす。弾着まで数秒。止めた息を吐き出さずにバイザーの赤い点をじっと見続ける。
そしてぱっと点が消えた。
《反応ロスト》
《迎撃行動の終了を宣言。米川少尉、降りてこい》
「ふうっ」
コーニャの報告と石川大佐の命令を聞いて、ようやく残っていた半分の息を吐き出す。一時的に上げていた高度を下げるためピッチダウン。のぞみたちの編隊へと戻るために速度を調整する。後ろから相対速度を合わせてゆっくりと接近する。セーフティオンを確認、間違えても仲間を撃墜しないようにしてから追い抜いていく。
「すごいよ、ひとみちゃん」
「えへへ、そうかなあ。ありがとう、ティティちゃん」
追い抜くために横に並んだタイミングでティティにそう言われる。褒められるのはやっぱり嬉しいものだ。自然に頬がほころぶ。
「やっぱりひとみちゃん、すごいなぁ。まだこっちからじゃネウロイなんて見えないのに」
「偵察型はサイズ自体がかなり小型だ。試射なしで正確にあてられるだけでも十分に賞賛に値する」
石川大佐にまでそう言われ小躍りしそうになるが必死に抑える。それでも軽く進路がふらついてしまったのか、ティティは軽く手を伸ばしてひとみを支えようとする動きをとった。ひとみ、なんとか自力でリカバリー。
「ごめん、ティティちゃん」
「大丈夫? 魔力使いすぎたとか?」
「ううん、少しバランス崩しただけ」
そう言ってもティティはどこか心配そうだ。
「無理しないでね。経由地のバンガロールまであと1時間もかからないはずだから」
「うん、ありがとう」
ティティはそう言いながら腕を胸の前で振った。その動作に少し勇気づけられる。203空の中で癒やしの中心になっているとひとみは思う。「ティティちゃんは料理を作るのも食べるのも大好きで、気配り上手」というのが203の共通見解になりつつある。ひとみのF-35A機付長の加藤中尉曰く「203の生活能力は壊滅してたから、バランスとれたよね」と言われたほどにくるくるとよく動いていた。失礼なと思うが反撃できないのがもどかしい。
……お酒さえ入っていなければ、という条件がつくが。
「なんだかひとみちゃんにひどいこと思われている気がする……」
「ぜ、ぜんぜんそんなこと思ってなんかいないよ? うん、ぜんぜん!」
両手をばたばたと振って否定する。あまりに激しく振りすぎたせいでバランスを崩しかけ、慌てて背筋を逸らして体を上昇させた。しかしなかなか上昇しなかったことにひとみは違和感を感じる。
「やっぱりひとみちゃん大丈夫……?」
「大丈夫大丈夫! あ、やっぱりいつもよりバランスが取りにくいかも。あと上昇するのに時間がかかるかなあ」
「重いからね……それに息苦しいし……」
「息苦しい? 私はそんなことな……」
そんなに息苦しいだろうか、どちらかと言えばおなか周りのほうが苦しい気がす……
そこまで考えてひとみは気がついた。
繰り返しになるが、胸まで覆う防弾着をひとみたちは装着している。もしも脱げたりしないようにきつく締め付けてあるそれが体を圧迫しないはずがない。
息苦しさを感じないのは単純にひとみの胸部における体脂肪率がたいへん低い数値をたたき出しているからに他ならない。
「ティティちゃんの裏切り者……」
「ええっ!?」
急に手の平を返したひとみにティティが驚愕の声を上げる。だがこればかりはどうしようもないのだ。遺伝と発育のせいであってひとみには逆立ちしたって覆らない現実だ。
「――――――――裏切り者ぉおおおお!」
ひとみの乾いた叫びはどこにも反響せず青空に吸い込まれた。