ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

37 / 63
2-5-2"Regard"

 ひとしきりの説明をブリタニア語でされて、それからのぞみに翻訳されてその内容を知ったひとみは、受け入れられないといったように呟いた。いや、受け入れられないという表現は正しくないだろう。起きたことがあまりに突拍子過ぎて、理解が追い付かなかったのだ。

 

「一緒に……行けない?」

 

 シャンは扶桑語を理解できないはずだが、ひとみの顔を見て言わんとしていることは分かったのだろう。少し寂しそうに笑った。

 

「先ほど伝えたとおりだ。ガリア軍から正式に第203統合戦闘航空団への参加時期()()の通達があった」

 

 シャンの代わりとでもいうように告げるのは石川大佐。謹慎という名のもとのんびりとした空気が漂っていたひとみたちだったが、こうも急に事態が動いてしまってはバカンスどころではない。ひとまず全員が大型テントの下に集合し、緊急ミーティングとなっているのだ。

 

「ちょっと待ってください大佐、シャン中尉は正式に参加したんじゃないんですか? それを『延期』って……」

 

 挙手から即座に質問に移るのはのぞみだ。なんせシャンには即座に203から離脱、その後ガリア海軍空母「シャルル・ド・ゴール」の航空隊に合流せよとの命令が来ているのである。参加時期延期というよりか、実質的な参加取り止めだろう。

 

「止めておけ大村。今回の措置はあくまで一時的な原隊復帰であり、作戦が終了し次第中尉は203に再び合流する」

 

「要は戦力の共有ってことでしょう? よくあることじゃない。必要なところに必要な戦力を配置する。当然ね」

 

 そう言ったのはブラシウ少尉ことレクシーだ。シャンの引き抜きについても別に驚く様子はない。そんなレクシーへと石川大佐は肯定の頷きを返した。

 

「その通りだブラシウ少尉。そもそも統合戦闘航空団の人事については採用こそこちらに権利があるが人員の引き上げに関しては参加国側に決定権がある。参加延期という文言で復帰を約束してくれているんだ。それでいいじゃないか」

 

 そう言う石川大佐。どうやっても覆ることはないのだろう。それはひとみにだって分かる。外国の軍隊と一緒に戦うっていうのが難しいということは、小さな203に居たって分かるのだ。

 シャンがブリタニア語で別れの挨拶を。どんなことを言っているのか予想がつきそうなくらい短い言葉。それに皆が同じく短い言葉で返す。

 

また会いましょうね

 

 そう言って水着姿のままガリア海軍の士官について行くシャン。着替える時間もないなんて……本当に急なことなんだと思い知らされる。

 

 それでも。

 

「石川大佐、シャンちゃんは帰ってくるんですよね?」

 

 ひとみは座っていた折りたたみ椅子から立ち上がる。

 

「ああ、そういうことになるな」

 

「じゃあ……シャンちゃん!」

 

 ひとみはシャンを呼び止めて、追いかけるようにシャンの手を取った。

 まだブリタニア語には全然自信がないけど、なにも言わずにお別れはいやだったのだ。

 

「えっと……しーゆー! あんど、れっつフライ アゲイン!」

 

 また会いましょう、と伝えるのに「Meet(会う)」はなんとなくおかしい気がしたので再び一緒に飛びましょう! と伝える。そして笑顔で右手を差し出す。きっと意味は伝わるはずだ。

 

はい、また手合わせいたしましょう?

 

 返すような笑顔でひとみの手を取り、シャンがそう言う。でもどこか引きつっているように見えたのは気のせいだろうか? とにかくシャンは自動車に乗り込み、あっという間に浜辺から走り去ってしまった。

 

「いやー米川、最後に思いっきり宣戦布告されちゃったねぇ?」

 

 自動車に手を振っていたひとみにそう言ったのはのぞみだ。

 

「えっ? ……せ、先輩。最後にシャンちゃんはなんて言ってたんですか?」

 

「んー? 次演習することがあれば引けを取るようなことはしないってよ? まああんな恥ずかしい目に遭わされているんだもの、当然だよねぇ」

 

「恥ずかしい目……? あっ」

 

 そこまで言われて思い出す。そういえば演習の時、一番初めにオーグメンターを使ってシャンのラファールを吹き飛ばしたんだっけ。吹き飛んだシャンはそのまま脱落、まあその結果203は演習で勝利を掴めた訳なのだが……。

 

「あんた気付いてないようだけど、シャン中尉意外とあんたのことトラウマに思ってるっぽいわよ?」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

 衝撃の新事実に少したじろぐひとみ、それでちょっと引きつってる笑顔だったのだろうか。のぞみはそんなひとみの肩をポンと叩く。

 

「ま、『シャルル・ド・ゴール』がネウロイをひと殴りしたら中尉も帰ってくるだろうし、そしたらあんたの成長を見せつけてやればいいのよ」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなことだっていつかは終わる。夏休みだって終わるし、同じように新学期だってすぐ終わる。同じように、きっとネウロイとの戦いだっていつか終わる。

 

 そしてネウロイとの戦いを終わらせるため、ひとみたち203空の訓練が始まった。彼女たちを欧州まで連れてってくれる扶桑海軍の軍艦「加賀」の改修作業が終わったので、これから改修で追加された新装備への慣らしを行うのだ。

 

 

 青い海というには少し濁りが強い穏やかな海に、ジェットストライカー特有の轟音が響く。目の前を一陣の風が吹きすさび、あっという間に収まった。

 

「きゃあっ!」

 

 遅れて轟音が鳴り響き、目の保護のために透明なサングラスのようなアイウェアをつけているのだが、それでもとっさに目を閉じてしまった。ようやく開いた視界の向こうには、あっという間に小さくなっていくF-4RFファントム、203JFW「ゴールデンカイトウィッチーズ」の司令である石川大佐の乗機。

 

「い、いきなりこれですか……?」

 

「そうなの、いきなりこれなのよ」

 

 狼狽えたような表情を見せるひとみの目の前に無音で小さな機械が滑って戻ってくる。これが石川大佐を吹っ飛ばしたのだと考えると、なかなか恐ろしい。

 のぞみは息を吸うと、胸を張って甲板中に聞こえるかのような通る声で言った。

 

「今石川大佐直々に実践してくれたのが、我らが扶桑皇国海軍強襲揚陸艦『加賀』に新規実装された電磁式航空歩兵投射器(ミニ・リニアカタパルト)である! ……残念ながら大村製造(わがくに)のものじゃなくてブリタニアン・ミッチェルBXC-Vってところがちょっとあれだけど、まぁ仕方ないよね」

 

 扶桑製は通常機もぶっ飛ばせるモデルだから加賀にはオーバースペックで、電力足りなくなりかねないしねー。意気揚々と解説を加えるのぞみ。その目はとてもキラキラ輝いていた。

 

「はぁ……」

 

 そう言われても、端から見ただけでは飛行甲板にレールが敷かれていてそこを機械が往復しているだけ、具体的になにがどうなっているのかはよく分からない。もちろん今石川大佐を弾き飛ばしてしまうくらいの力持ちなのはよく分かる。分かるのだけど……。

 

「じゃ、米川行ってみようか」

 

「えっと……のぞみ先輩からお先に……」

 

 得体の知れない「りにあかたぱると」とやらに、思わず身を引くひとみ。しかしのぞみは逃がしてくれない。

 

「何言ってんのさ。私はB型でVTOL機なんだからカタパルト使わないよ。ハリアー使うレクシーはあたしと一緒で垂直離着艦できるわけだし。カタパルト使うのはポクスンア中尉にゆめかにあんた。あとはティティもね」

 

「Покрышкин」

「ゆめかじゃねーです」

 

 すぐに訂正が飛んでくるが、いつもの通りにのぞみは指摘を華麗にスルーする。ティティやレクシーもいい加減これに慣れたらしく、もはや乾いた笑みしか返さない。

 

「本当はシャン中尉もだったんだけど、まあ事情が事情だから仕方がない。あ、ちなみになんだかんだと習熟訓練必要なのは米川だけだよ。他の面々は投射器射出(キャット・ショット)トレーニングは習熟済なんだから」

 

「ティティちゃんも……?」

 

 どこか縋るような視線を送られてティティはバツが悪そうに頬を掻きながら、目線を逸らした。

 ティティとレクシーが203に加わってからもう一週間が経つ。その間ずっとひとみはティティと一緒に居たおかげもあって、ティティのブリタニア語を少しは理解できるようになってきていた。その分だけ仲良くなってきたのだ。

 

「えっと……キャットショットAライセンスは取得してるから……」

 

「そんなぁ……ティティちゃん」

 

 一緒に頑張ろうね! となればどれだけ幸せだっただろう。

 

「ひとみちゃんだって、シミュレータ訓練やったし大丈夫だよ、多分……」

 

「多分……?」

 

「多分だろうとなんだろうと、出来なきゃ話にならないよ? あんた専属のオスプレイを確保してくれてた大佐のことも考えてみなさいって」

 

 装備があるのに使いこなせないのは不味いよ? そういうのぞみにどこか不安げなひとみ。ブリタニア語にカタパルト、わたしに出来ないことばっかりだ。大村流ブリタニア語基礎力養成講座(コミュニケーション・ブートキャンプ)からというか、シンガポールに入ってからというか……劣等感がむくむくと湧き上がってくるのである。コミュニケーションも満足に取れず、出撃すらままならないとなれば……。

 

「このままだとわたしはいらない子……?」

 

 そんなことをぶつぶつと言っていると、ティティがどこか目を逸らしたまま右手を少し上げた。

 

「で、でも私も電磁式(リニア)は初めてだから少し怖いかも……」

 

「だよねっ!」

 

 我が意を得たりといきなり機敏な動きを見せてティティの手を取るひとみ。のぞみが溜息をついたタイミングで部隊無線に入感した。

 

《おい、いつまで遊んでいる気だ》

 

「あっ、すいません石川大佐。射出訓練に入ります」

 

 無線は代表してのぞみが取った。ちらりと全体を見回してからティティを見る。頷くティティ。

 

「では射出順はゴールドスミス、米川、高の順番でいきます」

 

《了解》

 

 石川大佐も了承し、射出順番がきまった。

 

「さーて米川、デカおっぱい(ティティース)が手本見せてくれるからしっかり見ときなさいよー」

 

「はいっ! 頑張ってティティちゃん!」

 

 ティティというTACネームを弄るようにニヤニヤの笑みを浮かべているのぞみ。それには気付かず純粋無垢な笑みで素直に応援の体勢に入ったひとみ。

 

「う、うん……頑張るねひとみちゃん……」

 

 複雑な気持ちになりながら、ティティはF/A-18E スーパーホーネットが収められたユニットキャニスターに手をかける。飛行甲板や滑走路で動かすことを想定した可動式のそれは非常にコンパクトで、外部電源や始動ユニット等が収められた大きなユニットキャニスターの階段を数段登れば愛機が魔女を迎え入れんと待機している。

 

 ユニットの両脇に立っている甲板員がティティの手を取り、ユニットに足を通すサポートをする。外部電源で既に稼働用意を始めていたスーパーホーネットに彼女の足が滑らかに吸い込まれ、青白い魔力光を迸らせた。

 

「ありがとうございます」

 

 補助した水兵にお礼を言いながらアイウェアをスーパーホーネットとリンクさせる。青みが強い緑色のホログラムのアイコンがレンズに燈る。

 

音声直接入力装置(D V I)アクティベーション。プリエンジンスタートチェックリスト。魔力供給を開始、機関始動補助装置(J E S)を始動します」

 

 口に出すのは骨伝導インカムを通してストライカーユニットにコマンドを打ち込むためだ。一気に手順が進んでいく。ファイアワーニングテストを実施し、エンジンの始動用意が整ったことを確認する。

 

「カタパルトへの誘導を開始します」

 

「お願いします」

 

 ティティの用意ができたことを確認してカタパルトの後端までトーイングカーがキャニスターごと引っ張っていく。誤差数ミリしか許されないキャニスターの設置指定位置に、トーイングカーが一発でピタリと合わせる。

 

「少尉、地上時姿勢安定装置(T A S - D)カタパルト射出(CAT SHOOT)モードになっていることを確認してください」

 

「キャットショット確認」

 

「確認了解。ショットギア装着します」

 

 その言葉を受けた水兵たちがわらわらと動き出す。てっきりすぐ撃ち出されるかと思っていたひとみにとっては意外だ。

 

「あれ? まだ発射しないんですか?」

 

「そりゃね。やっぱりウィッチにもストライカーにも負荷がかかるし、多少の手間は必要よ」

 

 そんな会話をする間に、スーパーホーネットの一番下の部分、つま先にあたる部分には小さなコロのような車輪がくっつけられた。使ったこともない車輪に、ひとみは首を傾げる。

 

「先輩、ストライカーユニットって車輪なくても地上滑走できますよね?」

 

「石川大佐の発艦見てなかったの? カタパルトで無理矢理引っ張るときにあの車輪ないと甲板に魔導エンジンのダクトこすりつける羽目になるの。その為の車輪よ」

 

 もっとも、飛び上がったらデッドウェイトになるから、飛び上がると同時に投棄される安物なんだけどね。そう付け足すのぞみ。言われてみれば車輪はくっつけられたというか押し当てられた感じで、いまにも落っこちそうだ。

 

「そういえば車輪あった方が地上でも便利じゃないんですか? ウィッチだけで移動する時とか引っ張れるだけで便利ですよ?」

 

「まあそうなんだけどねー。あの位置普通に魔導排気もろ被りになるし、ノズルの動きの邪魔になったら困るからさっさと捨てるに限るらしい」

 

「そうなんですか……」

 

 そんな会話を交わしている間にもティティの発艦準備が続く。

 

「ブライドルバー、接続します」

 

 そう言ったのはなにやらT字型の棒を持ち、緑色のベストを着こんだ筋骨隆々な甲板員だ。彼女の前でかがみこみ、ブライドルバーをティティの足の間に通そうとし……。

 

 

 

 ……むにゅ。

 

 

 

「ひゃあっ!」

 

 手元が狂ったのか、彼女の純白のズボンにTの字の短辺の端が押し付けられた。顔を真っ赤にしてズボンを抑えるティティ。

 

「も、申し訳ありませんっ!」

 

 慌てて飛び退くようにして距離を取る甲板員。殺気だったのは、加賀乗り込みのアウストラリス空軍の整備班だ。ひとみでも「あぁなんかきれいじゃない言葉で罵ってるんだろうな」とわかるぐらいには語気を荒げているのが分かる。

 

「ブライドルバーって……危険なんですね」

 

 そっとズボンに手を当てるひとみ。一方のぞみはニヤニヤしながら腰に手を当てる。

 

「まぁでも事故でしょ。ストライカーユニットの長さにもよるけど、チビほどああいう事故起こりやすいっていうし覚悟しときなさいよ?」

 

「へっ!?」

 

「だって身長からすると股下までの高さも低くなるでしょ? ブライドルバーは一定なんだから単純な確率論の問題ね」

 

「そ、そんなぁ……!」

 

「ぶ、ブライドルバー接続っ!」

 

 なかばやけくそらしい甲板員がそう叫んでストライカーユニットの背面――丁度人間の脚の膝裏の位置だ――に引っかける。それを甲板にちょこんと顔を出した小さな鋼鉄製の突起、カタパルトシャトルに引っかける。

 ストライカーユニットを挟みこんでいたキャニスターが後退、キャニスターがあった甲板の一部が立ち上がり壁のようになる。

 

「あ! あれ映画で見たことあります!」

 

「エーテル・ブラスト・ディフレクター。ジェットストライカーの噴流から甲板員やキャニスターを守るためのシステムだね。今回の改装で『加賀』にも配備、これでヘリが甲板にいてもウィッチの発艦が出来るから、即応性が高まるって訳」

 

 それが上がり切る前に、金属製の棒を手にした男の人がティティの背後に走り込み、ブライドルバーになにかの棒を取り付けていく。

 

「えっと、あの人って……」

 

「あぁ前進抑止棒設置員(ホールドバックバーパーソネル)ね。あの棒がないと離陸推力が出る前にストライカーユニットが前進しちゃうからあれで無理矢理甲板に止めとくの。ここまで来てようやくエンジンスタートが出来るわけだ」

 

「……カタパルトって大変なんですね」

 

「だねー。まあ滑走路ナシで空に飛びあがろうとするんだからそりゃ色々手順を踏まなきゃね。ウィッチの前や後ろで何度もしゃがみ込まれるのはいろいろアレだけど」

 

「……」

 

 そうなのだ。さっきの事故(ブライドルバー)といい、今のホールドバックバーといい、設置するのはストライカーの真下、つまりウィッチの股下だ。香港の件もあるし、ひとみにとっては半ばトラウマとも言えるアングルである。

 

「とはいえ出撃できないのは勘弁だし、オスプレイジャンピングとは比較にならないくらい経済的だしね、仕方ない仕方ない」

 

「そ、そうですけど……」

 

 ちなみにのぞみは語っていないが、ブライドルバーをウィッチに装着する射出装置操作員(ブライドルバーオペレーター)前進抑止棒設置員(ホールドバックバーパーソネル)は、海軍において、ウィッチ――正確には、ウィッチのズボンを、なのだが――を超至近距離で拝める下士官以下の役職として絶大な人気を誇っている。

 

 そして同時に艦内で『謎の怪我(カワイガリ)』のせいで入れ替わりが激しい部署であることでも有名だ。

 

「ま、向こうもいろいろ大変なんだし、少しは甘く見てあげなよ?」

 

「……?」

 

 そんなことを知る由もないひとみは素直に首を傾げている。そんなひとみたちを尻目にティティには重量確認盤操作員(ウェイトボードオペレーター)が機体の重量を掲示し、確認を取る。その重量が射出管理士官(カタパルトオフィサー)射出運用員(シューター)に伝達されていく。白いベストの安全管理士官(セーフティオフィサー)が周囲の安全を確認し、許可を出す。

 

「さーて、いよいよ射出だ!」

 

 のぞみがハイテンションにそう言う。

 ティティが魔導エンジンを吹かした。青白い魔力の奔流が一気にあふれ出す。シャトルがわずかに前進し、ウィッチに前傾姿勢を取らせる。

 

 ティティは敬礼をしてから背負った小銃のスリングを握り締めて暴れないように固定。最大出力まで魔力が叩き込まれる。吹き出したエーテルの蒼い光がひとみの所まで届く。

 

 魔導エンジンに吹き飛ばされないように低い姿勢を取ったカタパルトオフィサーが射出の指示。シューターがカタパルトを起動すれば、ホールドバックバーを真っ二つにしながらティティを空中に投げ飛ばした。

 

「すごい……」

 

電磁(リニア)だから理論上は再射出に時間はいらないし、三分もかからずに一人のウィッチを空に上げられると考えるとコイツが如何にトンデモな装備が分かるわね」

 

 後に残されるのは砕け散ったホールドバックバー、だったもの。残された甲板員がそれをさっさと片付ける。

 

「えっ、あれ使い捨てなんですか?」

 

「ホールドバックバー? 火薬で吹き飛ばして加速させるからね」

 

「な、なるほど……」

 

 なかなかに乱暴だ。いや、そりゃ無理矢理ぶっ飛ばす時点で既に乱暴か。そんなことを考えているひとみは、ある大切なこと忘れていた。のぞみが思い出されるように肩を叩く。

 

「じゃ、次は米川だね。頑張って」

 

「も、もんふぁちゃんの後ってことには……」

 

「なるわけないでしょ、ほれ」

 

 そう言って指さされた先には、既に取り外した固定用鎖(タイダウンチェーン)を体に巻き付け、そこにサングラス。ギャングさながらの恰好をしていい笑顔を浮かべる加藤中尉。

 

「さて少尉、心の準備はいいかな?」

 

 そしてその脇には彼女に整備されて準備万端なひとみの愛機、F-35AFライトニングIIが待機していた。よもや逃げられるはずもなし。

 

「が、がんばります……」

 

 

 

 そして5分後。

 

 

 

「うきゃあああああああああああっーーーー!」

 

 謎の叫び声を上げながら、海面接触寸前の危うさで射出されるひとみの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「加賀」の艦内に設けられた第203統合戦闘航空団のオフィス。改装の間は使えなかったこともあってこの部屋に戻ってくるのは久々。改装中の職務は東アジア司令部の一角を間借りさせてもらっていたが、今日からは再びここが仕事場となる。

 

 荷物の運び込みに、新しく参加したレクシーとティティに席を割り当て、とりあえずここまでやってひとまず終了。団司令である石川大佐を除いた皆はもう部屋に戻ってしまっていた。部屋も再割り当てになるだろうから、今頃は部屋割りをどうするかで揉めていたりするかもしれない。

 

「……それは霧堂(アレ)が適当に裁くか」

 

 心配いらないなと小さく笑った石川は、夕食までの時間を仕事に費やすこととした。

 電源にノートパソコンを繋ぎ、起動。既に用意されている報告書の書式に合わせ、必要な事項を記入していく。軍隊は官僚組織であり、いやでも書類仕事(こういうの)が多い。一つの部隊の長となればなおさらだ。なれた様子でキーボードを弾いてゆく。

 扉が開く音が聞こえたのは、もう間もなく書類が完成しようかという時だった。

 

「やあやあ、お疲れさまだねぇさくらちゃん?」

 

 その小馬鹿にしたような調子の声。それを聞いた石川大佐は深いため息をつきながら振り返る。

 

「貴様なぁ、下の名前で呼ぶなといってるだろうが。何しに来た」

 

「いーじゃない可愛いんだから。それと私は君の愛するウィッチたちが皆巣に戻ったのでご報告にやって来たのだ。感謝することだねー」

 

「……」

 

 石川大佐の沈黙(むし)をどう受け取ったのだろう、霧堂艦長はそのまま手頃な椅子を引き寄せると、石川の隣に座った。

 

「今日の報告書?」

 

「そうだ。後数分もあれば完成すると見込んでいたが、貴様が来たからにはあと数時間は完成しなさそうだな」

 

「いくらなんでも扱い酷くない?」

 

 そう嘆く霧堂、石川は用事は済んだとばかりにノートパソコンへと視線を戻す。

 

「日頃の行いだろう、胸に手を当てて考えてみるんだな」

 

「胸に手を……!? えなに? 今日の石川すっごい積極的なんだけど?!」

 

 大袈裟に驚き、それから興奮気味にわしゃわしゃと手を動かしてみせる霧堂。空気を掴んでいるからいいようなものの、その手の動かし方はロクなものではない。

 

「なんで貴様はそういう発想しかできないんだ……ほら、用が済んだなら帰れ」

 

 片手でしっしっ、と追い払う仕種をする石川。霧堂はそれに応じるようにごめんごめんと渇いた笑い声をあげると、それから言った。

 

「で、どうよ?  あんたから見たヒトミンは」

 

「正直、予想以上だな。この調子なら数日中に問題なく訓練を修了できるだろう。スケジュール通りに出航出来るのは喜ばしいことだな」

 

「ホント、ヒトミンはすごいよねー。さっき通りすがりに抜き打ちテストやって見たんだけどね、小型の偵察型ネウロイを攻撃力のある大型種よりも優先して落とさないといけない理由をしっかり論理立てて説明できてたよ。座学も文句なしってわけだ。本当に飲み込み早いよ、あの子」

 

 そして私には教育者としての才能があるからね。相乗効果でなおよし! 冗談めかしてそう言う霧堂。石川はしばし作業の手を止めてから、霧堂に向き直る。

 

「貴様は米川に執着しすぎだ」

 

「そうかな? まあ仮にそうだったとしても、それはあんたもでしょ。石川」

 

 少し低くなった霧堂に、続きを促す石川。言い返すつもりはないようだ。

 

「私は個人的な理由でヒトミンが気に入ってる。でも団司令であるアンタはそれじゃあいけない。新規参入のウィッチ達もまとめなきゃだし、こーにゃんやのんちゃん、もんふぁちゃんにだって気を配らなきゃいけない。私がヒトミンに構ってあげるのは、さくらちゃんの仕事をサポートとも言えるのだよ?」

 

「なら変な目を彼女達に向けるのは止してくれ……貴様、最近は高少尉にも色目を使ってるだろう」

 

「あれ、もしかしてさくらちゃん嫉妬してる?」

 

「そうじゃない……ったく、だから貴様といると仕事が進まないんだ」

 

 それで会話は終わったことにして、ノートパソコンの画面に向き直る石川。キーボードを叩く音は先ほどよりも遅い。

 その様子をしばらく眺めていた霧堂は、物思いにふけるように言った。

 

「……ホント、面白い固有魔法を持った子たちばっかりよね203は」

 

「このような形になるとは思わなかったがな」

 

 第203統合戦闘航空団は風雲急を告げる欧州救援のための部隊。その名目は変わっていない。だが203は元はと言えば扶桑皇国の形式的な派兵であるし、混迷極める中東、そして封鎖されたスエズを突破し欧州にたどり着けるなどと考えた人間は露程もいなかっただろう。

 しかしそれは、リベリオンとアウストラリス、そしてガリアという主要国が次々と参加を表明したことで変わりつつある。

 

「……でも、ガリアのシャンちゃんは結局203には残れなかった。聞いたわよ、ウィッチ不足が甚だしいのにもかかわらず『シャルル・ド・ゴール』が急遽先行することになったのは、ウルディスタン方面のネウロイに不穏な動きがあるから、でしょ?」

 

「インダス川流域が失われれば西アジアにおける人類は反撃のチャンスを失なうからな。シャルル・ド・ゴールを先行させて戦線を維持させるのも、その任務に駆り出されるガリア海軍が少しでも多くのウィッチを欲しがってナンジェッセ中尉を引き抜くのも当然だ」

 

 世界四大文明の一つでもあるインダス文明を育んだ、インダス川。この地域を支配するウルディスタン。この国の立ち位置は複雑だ。

 

「ウルディスタンを金床にして、インド洋における全海上戦力を投入しペルシアに蔓延るネウロイを殲滅する(たたく)。『シャルル・ド・ゴール』に『カール・ビンソン』私の『加賀』や『ヴィクラマーディティヤ』……ここら辺にいる空母を全て投入しての大作戦」

 

 ほんと、大盤振る舞いよねぇ。どこか遠くを見るように言う霧堂艦長。

 ガリア、リベリオン、扶桑、さらにはブリタニア連邦インディア。これらの国々がアジアに展開させる主要な空母艦隊が全て合流してペルシアを目指すのである。まさに2010年代になってこれ以上ない大作戦といえるだろう。

 

「……ねぇ石川。やっぱりリベリオンは『生来の決意作戦(Operation Inherent Resolve)』を終わらせる気なんでしょ」

 

 その問いに答えたのは沈黙だ。

 

 生来の決意作戦(Operation Inherent Resolve)。中東方面における防衛戦略として発動され、ペルシア陥落により崩壊して早くも五年。中東戦線はいい意味でも悪い意味でも膠着している。

 

「……ともかく人類連合の正式作戦として命令が下りている以上、我々は作戦を遂行するのみ。第203統合戦闘航空団としては扶桑遣欧艦隊には今後も協力を求める次第である」

 

 頼むぞ艦長。そう言う石川を、霧堂はあははと笑い飛ばす。

 

「そーゆー堅っ苦しいのやめてよねー。そりゃ中東の泥沼にはもう誰も彼も飽き飽きしているし、ここで大戦力をもって『生来の決意作戦』を終わらせるってのもよく分かるんだけどさ」

 

 そこで言葉を区切って。霧堂艦長は石川大佐にくいっと顔を近づける。

 

「ねぇ石川、私たち……いや、私はもう(エクス)だけどさ。ウィッチは人類の希望なんだ。そしてゴールデンカイトウィッチーズ、皇帝陛下を勝利へと導いた金鵄の名を冠するこの部隊。その指揮官には大きな裁量権がある」

 

「何を今更、そんなことは百も承知だ」

 

「ならよろしい」

 

 満足げに笑うと、霧堂艦長はくるりと回って去っていく。彼女のポニーテールがゆらゆら揺れて、そのまま壁の向こうに消える。

 

「……」

 

 石川大佐はそっと懐中時計を取り出す。そこに刻まれた時間を見やる。

 ノートパソコンに目をやったが、よもや作業がはかどることはないだろう。椅子に腰掛け直し、目を閉じる。

 

 

「俺は、帰ってきたぞ」

 

 勢いよく閉じられた懐中時計が、今日もパチンと軽やかな音を立てた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。