ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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2-4-2"Paradise"

「陸戦隊まで出動したのに……大山鳴動して鼠一匹とはこのことね」

 

 赤い太陽に照らされる南国の楽園。その砂浜を、やれやれと言った様子で歩いていく重武装の兵士たち。とある従軍記者のカメラが発端で始まった狙撃騒動もどうにか終わり、砂浜には本来の観光地としての雰囲気が戻りつつあった。

 

「青葉さん……」

 

「ほっときなさいよ米川」

 

「でも……」

 

 のぞみは苦笑するに留め、夢華はやれやれと首を振る。

 

「ま、しばらく近づかないでほしいわね」

 

「どうしてですか?」

 

「そりゃ米川、向こうは写真を撮ってたのよ? それも無許可で」

 

「でも敷地に入るのはいいんじゃ……」

 

「通常の取材ならね。でも無許可で写真を撮るのはダメでしょ」

 

 そんな風に吐き捨てるのぞみ。確かに無許可はいけない。「加賀」の中にもいくつかある『防衛秘密区画』とかいう場所にはひとみだって入ることは許されないのだ。

 でも今回はそうじゃない。ひとみにしてみれば青葉は写真を撮っていただけなのにカメラーーそれも三百万円の超高級品ーーが壊されてしまったわけで、つまり単純に被害者なのである。

 

 その時、目の前にひと仕事を終えたであろう霧堂艦長がやって来た。

 

「あー、諸君」

 

「あ、かんちょー!」

 

「ちょっち皆を集めてもらってもいいかな?」

 

 

 

「ーーーーさて、騒動も一段落し、各々お楽しみのところと思う」

 

 不敵な笑みを浮かべる霧堂艦長。奥には石川大佐。

 雲行きが怪しくなる。というより、この人が異常にニコニコしているときはろくなことがないことを、彼女たちは身をもって知っていた。実際、石川大佐も厳しい顔つきである。いやこの人の顔はだいたい厳しいけど。

 

「今から、我らが新生203を徹底取材してくれる記者を紹介して進ぜようと思う! とくに新規組は初顔合わせとなるかな?」

 

「記者? それって……あっ」

 

 なにかを察した様子ののぞみ。そりゃそうだ、記者と聞けば思い当たるのは一人だけ。

 

「どもっ、新発田青葉です! 南方日報シンガポール支局、これより第203統合戦闘航空団を!」

 

「でしょうね!」

「知ってた」

「帰れえええええい!」

 

 それぞれ新喜劇もミスタービーンも驚くツッコミを決める。すかさずその様子を写真に収める青葉。

 

「まあまあ諸君、落ち着きたまえ。これから君たちは世界を救うために戦うんだ。折角だから写真に残った方がいいじゃないか」

 

「夢は加東圭子! 皆さんの最高の写真をバッチリ収めさせて頂きますよ!」

 

 サムズアップしてみせる青葉。腕にはしっかりと「南洋日報」の文字が躍っている。霧堂艦長も拳を振り上げた。そして言い放つ。

 

「というわけで、海を楽しんじゃおう! みな散れーい!」

 

 

 

 訳が分からないといった様子で霧堂艦長に追い払われるウィッチたち。

 

「うーん。青葉嫌われちゃいましたかねぇ……?」

 

「なーに、皆いい子たちだからだいじょーぶよ」

 

 ケラケラと笑う霧堂艦長。

 

「ホントですかぁ?」

 

 そう言いつつも新たなカメラをショルダーバックから取り出す青葉。なんだかんだで『取材』は続行するつもりらしい。

 

「で、それよりもだ新発田記者」

 

 そんな青葉にいつになく真剣な顔つきで詰め寄る霧堂艦長。

 

「……質は保証しかねますよぉ? なんせカメラは副業ですし」

 

「ナマじゃなくていい。しっかり現像してからだ。受け渡しは後程こちらから指示する」

 

 砂浜を見定めるように眺めている青葉は、横目で返す。

 

「おいくらで?」

 

「ここに入れたのは特別措置だ」

 

「はいはい、わかってますよ」

 

 だからタダで頼む、ね。青葉はそう受け取った。ここで契約は成立。これ以上の深入りは禁物。青葉は引き際をわきまえているジャーナリストだ。そのまま霧堂艦長となんの会話もなかったかのように立ち去る。

 

「青葉っち、頼んだよ……」

 

 つぶやきが聞こえて振り返ると、霧堂艦長が浮かべるのは微笑み。と言ってもくっくっくと声が漏れてくるあたり、ろくなことを考えているようには見えなかった。

 

「いやぁ親切な艦長さんには感謝しませんとね」

 

 まあそれは青葉も一緒だ。艦長に劣るとも勝らぬ笑顔を浮かべる彼女のフッコール105㎜F2.5レンズが黒光りする。

 

 軍事用カメラといったらFukon。これは扶桑だけでなく、世界の常識である。そのレンズブランドであるフッコールの製品に外れがあるはずがない。

 

 そんな中望遠で狙うは米川さんの油断した二の腕と絶壁~きれいな腋を添えて~。カメラから離れているせいか少し油断した表情がナァイス! ジャァスティス! マーベルァス!

 流石は天下の扶桑光学(フコン)、40年物のレンズだが信頼のおける安定性は変わらない。これぞ扶桑のモノづくり。ガリア=インドシナ戦争の際も、このレンズは軍用として大きく活躍したのだ。

 

 さて今度は接写。一気に間合いを詰めて――でも極度に驚かせないように、勢いをつけないように――カメラをより小さく近距離用のものに交換。シャッターを切る。

 

「米川さーん?」

 

「あ! 青葉さん!」

 

 彼女は狙った通り少し驚いたような顔をして、それから微笑んだ。

 

 私は驚いた顔を一枚撮ると、彼女が微笑む前にフィルムを巻き、微笑んだ瞬間にもう一枚写真を撮った。なんという早業。自分でも惚れ惚れしてくる。

 

「うん、いい笑顔頂きました! あとで差し上げますね!」

 

「わぁ! ありがとうございます!」

 

 お気づきだろうか。私が今持っているカメラは、デジタル一眼レフではない。50年も60年も前のカメラ。そう、フィルムカメラだ。

 

 フコンのカメラはフコンF2。かなり売れた人気機種で軍用カメラの代名詞的なものだ。そして今しがた持ち替えたカメラはライカのライカⅡ。そう、先の大戦でアフリカにて大活躍をされた「フジヒガシ」の東方、加東圭子氏の使用していたカメラと同機種である。

 

 僭越ながら氏と同じカメラで、氏と同じくうら若きかわいいウィッチを激写しているわけである。

 

 ちなみにだが、こんな風に颯爽と割り込んでいって写真を撮ってくる技術は、まさしく加東圭子流だ。彼女の撮影したハンナ・マルセイユ氏の写真は世界一との呼び声が高い。

 

 そんなわけで撮りたかったものは抑えた。撮ったら即時撤収はカメラマンの鉄則だ。

 

「ではっ、失礼しましたー!」

 

 そういって距離を取る私に米川さんは屈託のない笑顔を向ける。うんうん、やっぱ被写体は純粋な方が可愛くとれる。

 

「高少尉も一枚如何です?」

 

「……フン」

 

 やっぱこちらをずっと睨んでくるペッタンコよりも、明るく優しいペッタンコの方がいい。

 

 そんなことを思っていたら背後に迫り来る気配。振り返れば大きいねぇ、オラーシャのプラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ・ポクルィシュキン中尉。203編成時から参加している初期メンバーの一人だ。

 

 無表情でも……まあ身体と背景が良ければ十二分にいい絵は撮れそうである。

 

 そしてにゅっと手が伸びてきた。カメラにだ。慌てて逃がす。

 

「やだなぁ中尉。あなた()止めくださいよぉ。えっと、ぷ、ぽ、ぽぷて、えーっと、ぽる、ぷる、ぷら、ぷぉろるすちかーやそやん?」

 

「ポクルィシュキン。そんな間違え方をしたのは貴方が初めて」

 

 無表情に言う中尉。懲りもせずにもう一度手を伸ばしてくる。思ったよりしつこいヒトだ。ひらりひらりと躱していく。

 

「それと言っておきますけどねポートライナーさん、そんなことをしても無駄ですよ」

 

 ポクルィシュキン中尉の手がピタリと止まる。

 

「どういう意味。あと、ポクルィシュキン」

 

「ああ失礼。そのままの意味ですよ。これは機械式の、つまり一切の電子部品を使わずに稼働するカメラです。いわゆるフィルムカメラと呼ばれる骨董品ですよ。年代的には先の大戦の時代より少しあと、程度です」

 

「……だから、何?」

 

「それはお互い言葉に出さんほうがよろしいでしょう。で、無駄であることはご理解いただきました?」

 

 彼女はひたすら無表情。だが、その瞳の奥に0と1が躍っているのがわかる。凄いな彼女。栄養が胸にもアタマにもいってる。

 

「データを消去するつもりは?」

 

「あいにく、ありませんね」

 

 一番大口の霧堂艦長(クライアント)がいる限り、それの支障になる条件を飲むわけにいかない。

 

「……」

 

 彼女は胡散臭そうにこちらを見ている。

 

「まあまあそんな顔せずに、笑って笑って」

 

「なに」

 

「おひとついかが?」

 

 そんなことを言ってる間に、素早くライカのセッティングを済ませる。順光、バリ晴れ、夏光線。感度をISO100にしていることを考慮し、素早くノールックでシャッタースピードと絞りを合わせる。

 

「言ってる意味が解らない」

 

「いいじゃないですか一枚くらい。仲間外れはいやでしょう? 何でしたら後で焼いてお渡ししますよ?」

 

「……。わかった」

 

 むふふ。これでいっちょ上がり。いくら冷静なツラ構えでも、女の子は女の子だ。

 

 焦点を合わせる。小ぶりなレンズが気持ちよく動く。目算と同じくらいの位置でしっかりとピントが合った。

 

 カメラを向けると、少しほほを赤らめてそっぽを向かれた。手は後ろで組んでいる。素直に撮ってもらうのが恥ずかしいのかな?だが、申し訳ないがこっちのほうが可愛い。

 

 青空に白い肌が輝く。でもその白は、少し桃色を含んでいる。私は現代にカラーフィルムがあることを感謝した。

 

「はい撮れました! いやぁいい写りしてますよぉ? ここで見せられないのが、まあ残念なところではありますが」

 

 この写真たちはあとで有効に使わせていただこう。どうということはない。こんな風に写真を政治的材料にして立ち回るのも、加東圭子流。少なくとも「加賀」の士官様たちにはよく売れるに違いない。

 

 氏と同じカメラで同じように撮る。むふん、最高だ。ライカも心なしかいつもより輝いている。

 このライカとなら、どこまでも進んでいけそうな気がした。

 

 さあ、次のターゲットだ! 青葉はさも楽しげに駆け出した。

 

 

 

「……なーんか撮りまくってるよ」

 

 のぞみがシャンとティティを撮りに行った青葉を見ながら苦々しい顔をしてつぶやく。

 

「のぞみ」

 

「なんか絡まれてたねぇー。お疲れ」

 

 コーニャに向き直るのぞみ。

 

「で? ポルティカル中尉はデータを消したわけ? まあ盗撮は気持ちいいもんじゃないし私としてもせいせいするけどーーーー」

 

「無理だった」

 

「え?」

 

「電子データに依存しない方式で写真を撮っていた。アナログ式」

 

「えなに、このデジタル万歳の時代にフィルムってこと?」

 

 ふーん。懐古主義ってやつなのかねぇ。そんなことを言うのぞみに対し、コーニャは周りを憚るように低い声で言った。

 

「……アレは知ってた。私のこと」

 

 その言葉を聞いたのぞみは、訝しげな表情でコーニャを見返した。

 

「本気で言ってる?」

 

「確証はない。けど、わざわざアナログを持ってくるなんて、ない……可能性は高い」

 

「んな馬鹿な……あんたはオラーシャの最高機密でしょーが」

 

 コーニャの固有魔法は電子機器への直接介入だ。複数のタブレットを並列化して演算能力を高めたり、ミサイルの制御だってお手の物。彼女が操るオラーシャ空軍のストライカーA-100も、コーニャの固有魔法によってそのポテンシャルを大幅に引き上げられている。

 それはこの時代においては非常に希有な、そして有用な魔法なのだ。故に徹底的に秘匿されているはずだというのに。

 

 のぞみは少し俯いて、それから顔を上げる。

 

Прасковья(プラスコーヴィヤ)。私に手伝えること、ある?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンガポール海峡。言わずと知れた国際海峡。その海を眺めながら、レクシー達は遊んでいる。

 

 白い砂浜と海。穏やかな風。それはまるで平穏そのもの。

 

 だがしかし忘れてはならない。それは大自然なのだと。

 

 海、それはどんなに優しい顔をしていたとしても、人間によって管理され運営されるプールではないのだ!

 

 

 

 打ち寄せた海水が蒼いトンネルを作る。それはひと際大きな波。夢華たちに押し寄せ、そして襲いかかる。体の小さな夢華がは少し体勢を崩され、そして流されてしまった。

 

「hahaha! なんてザマなのおチビちゃん(What’s a worthless runt, girl)?」

 

 レクシーがそれを見てせせら笑う。夢華はそれを聞いて顔を赤くするが、次の瞬間レクシーを見て笑い出した。

 

「プフッ。その丸出しのケツとチチでよくもまあ人のことを笑えたもんでやがりますねえ。成熟した()()()のレクシーさん?」

 

「What the fxxk!?」

 

 慌ててレクシーはなぜかスース―する身体を見る。すると、ついさっきまであったはずの水着が上下ともに無くなっているではないか。

 

 慌てて振り返ると、水着の上下が水面にぷかぷかと浮かんでいる。

 

「○×♨△※♀☆#ーーーーーッ!」

 

 そう、大自然の脅威である大波が、彼女の水着を奪い取ったのだ。

 

 レクシーは慌てて件のカメラマンの位置を確認する。幸いまだこちらには気が付いていないようだ。

 

 レクシーは一目散に海へ飛び込む。水着を回収するためとそのナァイス!な身体をあの小賢しいカメラマンにスクープされないようにだ。

 

 激しい水の抵抗が身体を蹂躙するがお構いなしだ。レクシーは水との格闘を始めた。

 

「レクシーちゃん、とんでもない勢いですっ飛んで行きましたねえ~」

 

 そんな大騒ぎの少し後ろでシャンがのんびりと砂山を作っている。その近くには騒ぎを聞きつけたルーカスが何が起こったのかわからずうろたえていた。

 

「でも、アレックスさんって泳げましたっけ?」

 

 ティティも砂山の造成を手伝いながら、その砂山越しにのんびりと慌てるレクシーを眺める。砂山は大きなお城とそれを囲む城下町へと進化していた。ルーカスはレクシーの姿が見えなくて右往左往する。

 

「泳げなかった気がしますね~」

 

 砂山は頂上部分のお城の建設が終わり、城下町の道路整備の段階に入っていた。城下町の小高い丘には手掘り式の山岳トンネルが開通した。ルーカスがばしゃばしゃと水しぶきを上げる物体を確認した。

 

「うーん、大丈夫かなあアレクシアさん」

 

 城下町の建設は着々と進み、商業地区の人口を受け入れるためのニュータウンの造成が開始された。ルーカスが万が一に備え、浮き輪の準備を始める。

 

「あ、溺れた」

 

 官庁街の建設が終わり、あとは居住区の整備だけだ。もはや砂山王国の完成は近い。

 

「アレクシアー!」

 

 その瞬間、レクシーは情けない声を出しながら溺れた。それを見つけたルーカスが走り出す。

 

 砂山の王国を踏み超えて。

 

「「あー!私たちの国が!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青葉は、当然この騒ぎの全容を理解していた。

 

 すっぽんぽんの美女。これは格好の獲物である。

 

 だからこそ、青葉は歯ぎしりしていた。

 

「なぜ……なぜ……!」

 

 青葉はうなだれる。火に照らされた灼熱の白い砂に無念をぶつける。

 

「なぜこのタイミングで……カメラが壊れる……っ!」

 

 青葉の目の前には、シャッターが下りなくなったライカⅡ。

 

「ああもう!なんでよりにもよって彼女がひん剥かれたと同時に壊れるんです!」

 

 青葉は激怒した。青葉にはカメラは分からぬ。だが、被写体に対する欲望だけは人一倍強かった。

 

 青葉は仕方なしにフコンF2に切り替える。正直言って今すぐデジタル機に持ち替えたいぐらいだった。

 

 青葉にとってフィルムカメラはコーニャを出し抜く手段でしかない。デジタル機を専門、というかそれ以外を基本的に使用しない彼女にとって、付け焼刃的に習得したフィルムカメラの技術はやはり不完全なものだったようだ。

 

「ああ、しかしライカですよ……加東圭子氏と同じライカ……」

 

 新宿で同じような感じのが22万円で売られていたのを覚えている青葉は、目の前が真っ暗になる。

 

 青葉はたくさんのカメラを操っているが、カメラ通ではない。であるから故障したらどこへ持っていけばいいのかもわからなければ、なぜ壊れたのかもわからない。

 

「どーしたでやがりますか。四つん這いになって」

 

「高さん……。ああいえ、カメラが壊れてしまって」

 

 だがしかし、高級品であることは分かる。そして、壊れてしまうと滅多に買いなおせる品物でも、ホイホイ修理できるモノでもないこともなんとなくわかる。

 

 話によれば1932年だか1951年だかの製造らしい。とっくのとうにサポートなんか切れているだろうし、そもそもとしてライカは海外の会社だ。そんなサービスがあったかも怪しいし、あったとしても見つけるのは至難の業だろう。

 

 青葉にとってカメラを壊したことはこれが初めてではないが、こんなフォローがメンドくさいカメラを壊したのは初めてだ。お気に入りだったのもあって、珍しく本気で落ち込む。

 

「青葉さんかわいそう……」

 

 連続でカメラがお釈迦になった青葉に対し、ひとみはかなり同情的だ。

 

「でも、替えのカメラはきっちり持ってやがるんですね」

 

 夢華は青葉の持つフコンF2を一瞥する。

 

「それとこれとは違うんですよお……」

 

「青葉さんかわいそう……」

 

 ひとみは口に手を当てて、同情でもらい泣きしそうな顔をする。青葉はそれを見逃さなかった。

 

「ああ、せめて可愛い女の子を撮れたらなあ。そしたら今までの事全部忘れて喜べるのに」

 

 ちらっ。ちらっ。顔を手で覆って嘆きのポージング。そして指の隙間から卑しくならない程度に意味ありげな目線を送る。

 

「ねえ、もんふぁちゃん。一緒に撮ってもらおうよ!」

 

 かかった!青葉は心が躍り上がるのを必死で押さえつけた。想定通りひとみは夢華とのツーショットを望んできた。

 

「はあ?嫌でやがりますよ!だいたい、なんだってこんなヤツに写真を撮られなくちゃなんねーでやがりますか」

 

「でも……ねえ?」

 

 ひとみが上目で夢華を見つめる。

 

「あーもう! しょうがないでやがりますねえ!」

 

 夢華が承諾したとみるや、青葉は今までの落ち込みが嘘だったかのように喜々としてカメラを構える。

 

「じゃ、おねがいしまーす!」

 

「くっ……こいつ、やっぱりロクでもねえ奴でやがります」

 

 そういいながらも夢華はきちんとポーズを撮る。ひとみの隣に並び、ブスーっとした顔でレンズを見つめる。

 

「うーん、やっぱ米川氏のほうが若干発育はいいですかねえ……」

 

 青葉がファインダーをのぞきながら口を滑らせる。それが夢華のスイッチを入れた。

 

「こんなちんちくりんと一緒にされたくねーでやがりますね!」

 

 夢華は左手を首に当てると思いっきり胸を逸らす。そして口角が上がり、蠱惑的な笑みを浮かべる。あごから首筋が魅惑の曲線を描く。それに激烈に反応したのは当のひとみだ。

 

「だ、だれがちんちくりんですかっ!?」

 

「他に誰が?」

 

「――――もんふぁちゃぁあああああああああああんっ!」

 

 腕をぶんぶんと振って相手を追い詰めようとするひとみだが、未来予知を使える夢華が捕まるはずもなく、するりと魔の手をすり抜ける。追いかけっこが始まるが青葉はどこか優しい目だ。

 

「子供が張り合ってもねえ……」

 

 青葉はファインダーをのぞき込んだ。その瞬間、青葉は仰天する。

 

「こ、これは……なんで、なんでだ!?高さんが何故こんなにも魅力的に……っ! まさか、『ぺたんこは胸を反れ、ぽっちゃりは丸まれ』の法則か!?」

 

 無い胸を反らす。それはむなしい行為であるはずなのに、青葉の目にはこれ以上ない美しさに思えた。

 

 そしてその横に、恥ずかし気にひとみが肩を並べる。ひとみはカメラに対して斜に構え手を後ろで組み、もじもじと上目づかいでレンズをのぞきこむ。

 

 青葉は、カメラを持つ手が震えた。

 

「強気な顔の高さん、恥ずかし気な米川さん。これは陰影! これは陰影! コントラストですっ!」

 

 我を忘れて青葉はシャッターを切る。そして、人物撮影ではあまり好まれない、下から煽り上げる構図(ローアン)に移行する。砂浜にべったりと寝転がり、体中に砂が付き暑さのあまり鋭い痛みが走るが、気にならない。

 

「ローアンからの撮影に耐えた……そうか、二人とも細身だからローアンで下から煽ってもきれいに写る……っ! 写真に疎い青葉でもわかる! 彼女たちは、天に選ばれた被写体だぁ!」

 

 砂浜に膝をつけたままガッツポーズをする。そして叫ぶ。魂の叫びだ。

 

「なんという奇跡、なんという出会い! これこそが美、これこそが芸術う!」

 

「きりどーの変態と同じ匂いを感じるですね」

 

 砂浜に、青葉の嬌声がこだました。周りはため息ばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レクシーは改めて大空に輝く太陽を見つめた。この地球を育む全ての母。太陽系を統べる主。それは今日も人類を、そして未来を照らしている。

 

 海岸線に目をやれば、砂防林の緑と海の青に挟まれた白い砂浜に人影が踊っている。一方こちらは波に揺られるだけ。レクシーは浮き輪の下に向かって声をかける。

 

「ルーク、もういいわよ。止めて」

 

 その一言で浮き輪は進むのを止める。もちろん自走式浮き輪ではない。ルーカスに押してもらっているのだ。

 ずかずかと海に入り、そして溺れたレクシーは、その後慌てて助けられたルーカスによって浮き輪をはめられ、ルーカスの牽引により浜を目指している。

 

 なんだかんだでだいぶ沖の方まで出てしまった。もちろん禁止区域には出てないし問題はない。むしろやっと得られた静かな環境。照り付ける太陽は冷えた身体を温めてくれるし、波の揺れは心地よい。

 

「ねえ」

 

「なんだい?」

 

 レクシーはルーカスの胸に体を預けながら言った。肌と肌の間に入り込んだ冷たい海水が二人の体温でぬるくなるのが、まるで二人が溶け合っているかのように感じさせる。波の揺れに合わせて髪のうなじをさわってくる水が少しこしょばっくい。

 

「ねえ、あなたはどこまでアタシを愛してくれる?」

 

「どういう意味だ?」

 

 レクシーは水をすくい上げ、そして落とす。

 

「そのまんまの意味よ」

 

「言ってくれなきゃわかんないよ。士官じゃないんだ僕は」

 

「その程度のやつを選んだつもりはないんだけど」

 

 レクシーはそう言って軽く空を仰いだ。彼の顔が視界を埋める。整ってはいるが、確かに粗雑と言えなくもない。英国紳士らしいかと言われれば間違いなく否だ。

 

「それでもあんたはリベリオン海兵隊員でしょ。バカじゃない」

 

「だったら海兵隊の将校殿は恋愛の達人かい?」

 

「そういう切り返しが出来る時点で頭いいじゃないの」

 

「女遊びは経験不足なんだ」

 

「嘘つき」

 

 それからレクシーはルーカスに詰め寄る。

 

「ヨネカワに手を出しておいて?」

 

「あれは事故だ」

 

「限りなき故意に近い?」

 

「そろそろ怒るぞ」

 

 別にそのことをいつまでも引きずるつもりはない。長い黒髪がしっとり濡れて、顔に張り付く。その顔は髪の毛で出来た陰で表情が見えない。

 

 少し高い波が首筋までかかる。口にかかった飛沫が少ししょっぱい。

 

「……もし私たちが離れ離れになっちゃったら、どうする?」

 

 その言葉に顔を曇らせるルーカス。二人はリベリオン軍人。だが世界を救うウィッチであるレクシーに対して、ルーカスは一整備員に過ぎない。

 

「その仮定に意味があるとは思えないね」

 

 ルーカスはレクシーの体を強く抱き寄せた。いままで触れ合っていた部分とは違うところが触れ合う。水分を含んだ肌同士がこすれ合い、鈍い音を立てて滑る。二人がこうしていられるのは同じ母艦「リベリオン」に所属しているからだ。レクシーにとっては、それは奇跡のようなものだった。

 

「ねぇルーカス。私、ヨーロッパに行くんだよ」

 

「ああ、分かってる。アレクシアの夢なんだろう?」

 

 夢。確かに夢なんだろう。何度も何度も転属願いを書いたのは、欧州に行くため。欧州を占領しているネウロイを倒すため。アジアに展開する第三海兵遠征軍は欧州で戦うことはない。

 

「お父さんの故郷を、ダキアを取り戻す。その第一歩なんだろう? だったら君は進むべきだ」

 

 ダキア。それは地中海の西に位置する小国だ。1995年のデリバリット・フォース作戦以来東欧には目が向けられていないが、ネウロイがそこを占領し続ける限り追い出された人間は帰れない。レクシーの父親はそこからリベリオンにやって来たのだ。

 レクシーは、父が語る欧州しか知らない。

 

「そうね、夢。夢よ。パパに笑って欲しい。ファザコンが抜けきらない夢だけど、大切な理由」

 

「知ってる」

 

「ルーカス、それでいいの?」

 

 貴方は、という主語が消えた問いに首肯で答えた。

 

「君の人生だ。君のやりたいことをやればいい」

 

「冷たい人」

 

「君を愛するのが僕の人生だ。僕は君を僕のやりたいように愛するだけさ」

 

 そう言う顔はいつになくまじめで、少し引けてしまう。

 

「ゴールデンカイト、203JFWはヨーロッパに向かう。アタイの二つ目の故郷があるヨーロッパ。そこがどんなところか、アタイは知らないけど、激戦地だと聞いてるわ」

 

「それがどうした」

 

 その言葉が、どこか突き放すように聞こえて。

 

「そんなに気安く言わないでよ。ルーカスの知らないところで死ぬかもしれないのよ」

 

 どうしようもなく寂しくて。だからついぶっきらぼうになってしまう。

 

「死なないさ。君は死なない」

 

「僕が守るからとか言ったら張ったおすわよ」

 

「そんな身の程知らずでもない」

 

 ルーカスはそう言って彼女の頬に触れた。

 

「君は強い。生きて帰れるさ。勝てなくても逃げ帰ってくればいい」

 

「それでどうなるのよ、居場所なんてないわ」

 

「僕が居場所になるさ」

 

「ただの整備兵のくせに」

 

「その整備兵に恋したのは君だ」

 

 自意識過剰よこの馬鹿ルーカス、とでも罵倒して一発ぐらいぶん殴りたかったが、波で揺れてバランスを崩した。彼が抱き留め、彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう。男性にしては細いと思っていた腕も、ここではこんなに頼れる。男らしいごつごつした腕で抱えられてしまっては、彼女が拳を振り下ろすべき場所はなかった。

 

「……バカ」

 

「そんな顔は似合わないよ」

 

 そう言いながらルーカスはレクシー顎を手に取ってくいと顔を自分の方に向けさせた。二人の距離が離れ、冷たい海水が割り込む。

 

「アレクシアにはずっと笑顔でいて欲しいんだ。それを僕は見ていたい」

 

「一緒にいられるのかも分からないのに?」

 

「どうして? 簡単なことじゃないか」

 

 そうルーカスは手を広げ、そのせいでレクシーが沈む前にもう一度持ち上げる。

 

「だって、俺は君か若しくは神様が何をどうしたって、君のそばに居続けるからだよ。ずっと一緒さ、アレクシア」

 

 そう言うと、ルーカスは正面からレクシーを抱きかかえる。レクシーはルーカスの右肩にあごを乗せ、首に手をまわし、そして耳元でささやく。

 

「ホント男って……ありがとう」

 

「一緒に地獄でも地の底でも行こう。だから行きたいとこに行け。俺はどこにだってついていくし、いつだってそばにいるさ。愛してる、アレクシア。この世界のすべてよりも」

 

「私も。愛してる。ルーク」

 

 二人の温度が上がる。海水の冷たさから逃げるように、二人は更に強く抱き合う。潤った肌と肌が吸い付き海水の侵入を拒むが、ふと体勢を変えた瞬間に二人の肌が離れ、おなかのあたりに水が侵入してくる。それがいやで、レクシーは更に強く身体を密着させる。

 

 どこまでも蒼い、蒼い大空と海の境界線で、二人だけが浮かんでいた。

 

 

 

「ひゅー!あの女!男とイチャイチャしてるぞ~!」

 

クソチビぃいいい(おおむら)!」

 

 強烈な罵声が耳元から飛んでルーカスが笑う。太陽はまだ沈まない。南国の強烈な太陽が皆を燦々と照らしていた。

 


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