ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

34 / 63
paradise [pˈærədὰɪs]
【名詞】1.[Paradiseで]
     a,天国
     b,エデンの園
    2.[a paradise] 楽園、パラダイス
    3.不可算名詞 安楽,至福.



2-4-1"Paradise"

 強襲揚陸艦「加賀」の歴史は意外と長い。1994年に就役した彼女は既に艦齢23を数える古参であるが、その艦歴は波乱に満ちたものであった。

 

 ウィッチの集中運用による局所的制空権の確保を目的とする制海艦。構想自体はそれこそ第二次ネウロイ大戦の時代まで遡ることができても一度は潰え、そして近年になって再び脚光を浴びることとなったこの艦種の扶桑における先駆けともいえる出雲型は、歴史が解凍戦争と呼ぶ最近の戦争と共に生きた艦といえるだろう。湾岸戦争に始まる中東の混乱、東南アジアの危機、そして最悪のリベリオン東海岸攻撃に始まる中東総攻撃、そして撤退戦。

 

 その輝かしい艦歴の大半を戦役で飾る。それが扶桑皇国海軍の誇る軍艦「加賀」である。

 

 しかしだ。その黒鉄の城といえど人の手なくてはただの工業製品。海に浮くだけならともかく、その使命を遂げるためには多岐にわたる供給を必要とする。タービンを動かす燃料や自衛兵器の弾薬は無論のこと、艦を動かす水兵たちの食糧、そしてなにより作戦に必要な設備が揃っていなければならない。

 

 

「で、どうなんだ。「加賀」の改修は順調に進んでいるのか」

 

 臨時に宛がわれたデスクを出て、気分転換にシンガポールの港湾地区へと繰り出した扶桑海軍の北条少将は「加賀」砲雷長を務める菊池中佐に聞く。

 

「そう聞いています。早く終わるといいのですが」

 

 もたもたしていると科の連中も鈍ってしまいますから。そう答える菊池砲雷長。本当なら艦長か副長が北条司令の散歩に付き合うのだろうが、今副長はブリタニアの船渠に「加賀」の様子を見に行ってしまっているし、艦長である霧堂大佐は謹慎中な(あそんでいる)ので菊池がこうして付き合っていた。

 

「私は電磁カタパルトを運用する艦艇は初めてでな。なんでもかんでも砲雷(いちか)に押し付けているようで申し訳ないが、しっかり頼むぞ」

 

 北条司令がいうのは現在「加賀」への取り付けが進んでいる電磁カタパルトのことだ。「加賀」の能力ではF-35FAなどは直接発艦することが出来ない。これまではオスプレイを用いた空中発進で誤魔化してはいたが、203空が増員されるとなった以上このやり方はいつまでも通用しない。

 そこで、ウィッチの射出専用の小型電磁カタパルトを追加装備することとなったのだ。

 

「おや……」

 

 ふと目の前が何やら騒がしい。この異国の地では少し安心する扶桑語の喧騒。

 

「彼らはどこの艦かな?」

 

 ここは一応ブリタニア軍が管理する区画である。となれば扶桑人なんて軍関係者かつい最近やって来た従軍記者ぐらいしかいない。扶桑語を話す水兵たちは間違いなく北条が率いる遣欧艦隊の乗り組みだろう。

 

「アレを見ろ……俺たちの桃源郷だ」

「あの外人さんは大きいねぇ!」

「米川准尉は……A? いやBか?」

「馬鹿を言うなAに決まってるだろAがいいんだ」

 

「……」

 

 何かを察したようにそっと目を逸らす菊池中佐。せめて彼らの手に双眼鏡が握られていなければ弁解のしようもなくはないのだが。

 北条司令はそのまま歩みを止めずに進む。進んでそのまま、彼らの中に割って入ろうとしているのだ。もちろん頭を抱えたのは菊池中佐だ。ニコリと笑ったままの北条司令と彼らを話させるのは非常に良くない。状況的に、怒鳴り込んで場を収めるのは自分しかいないらしい。

 

「おい貴様等ァ! なにをやっている!」

 

 「加賀」の先任伍長がすっ飛んでくるまであと少し。シンガポールは平穏にもまして平穏である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海。

 

 この地球上の七割の面積を占める巨大な水がめ。

 

 海。

 

 色はどこまでも青く、でも手に取ってみると透明で。そしてしょっぱい。

 

 それはまるで空の蒼を映すために生まれた大鏡。そして我らの母であり古郷。アイオワに住んでいた頃には知る由もなかった、地球の七割を覆いつくす巨大な揺りかご。

 

 寄せては返すその波音を背景音楽にして、リベリオン海兵隊少尉アレクシア・ブラシウ。レクシーは静かにたたずむ。

 足で少し水をひっかけてみればしぶきが飛ぶ。そんな物理法則に従っただけの現象も無性に楽しい。不思議なものだ。

 

 嗚呼、こんな世界がいつまでも、ずっと続けばいいのに。空も海も、どこまでも蒼く、私の心を蒼く染めていくこの世界が……

 

 

 

「突撃ィいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 

 

 

「shut up!!!」

 

 せっかくのおセンチな気分を、のぞみの吶喊がぶち壊す。レクシーはおもむろに立ち上がると自身も海に向かって猛ダッシュ。丁度()()()()()()()()()のぞみの頭に海水を手ですくってぶちまける。

 

「ひゃあ!」

 

 いつもののぞみらしからぬ可愛い声が漏れる。それを聞いてレクシーはご満悦だ。なにかと不憫なひとみがやっとのことで海から這い上がってくる。

 

「ぷはあ! もう、なんでいきなり沈められなきゃいけないんですかぁ……」

 

 なんとなく、レクシーはとりあえずひとみをもう一度海に沈めることにした。そう、()()()()()だ。他意はない。シンガポールでの誤解はもう解けているはずだから他意はない。

 

「はぶっ!」

「……やれやれ、今度の新入りは悪戯小僧でやがりますね」

「ゆめか、さすがにアンタには言われたくないと思うよ」

「もんふぁでやがります。大村(ダーツォン)

 

 扶桑人と華僑人がなにやら言葉を交わす。レクシーは扶桑語を知らないが、しかしそこは同じ人間。ニュアンスというものは案外伝わるものだ。

 無言で大量の水をお見舞いしてやる。

 

「ちょっと何すrきゃあっ!」

「ひゃあ! やったなあ!」

 

 しかしのぞみとてやられっぱなしではない。魔法力を発動。そして小さな手を肩まで突っ込んで――――

 

「大村家式復讐術! 海龍の怒り!」

 

 ――――そこら辺の砂ごとすくい上げた。

 

「なんでわざわざ技名を叫ぶ必要がありやがるんですかねえっ!」

 

 完全に巻き込まれた格好となる夢華が慌てて飛び退く。レクシーも同じく回避を試みるが間に合わない。

 

 えぐれた砂浜。潮だまりのなかに残されたレクシー。攻撃により髪はぐちゃぐちゃ。貞子の様に水をピチャピチャと垂らしているが……しかしその眼には更なる闘志が宿りつつあった。リベリオンに敗北の二文字は存在しないのだ。

 

「ふふふ……やってくれるじゃない。いいわ! あたい()()が相手にしてあげる!」

 

「ねえ、いまアレックスさん、『私たち』って言いませんでした?」

「ティティちゃん。それたぶん、気が付いちゃいけないやつ」

 

 レクシーからそっと目を逸らすティティとシャン。そんな様子を気にも止めずにのぞみはレクシーへと飛びかかった。

 

「おおおけええええええい! れっつぱああありいいいいいいいいいい!」

 

 のぞみが繰り出そうとした大技をレクシーは巧みに回避。

 

「いいねえ! 演習の続きと行こうか!」

 

「わああああ! にげますぅ! 助けてコーニャちゃあん!」

 

 ヒートアップした水遊び(せんそう)に耐えられなくなったひとみが戦線から離脱する……がもちろん逃がしてくれるはずがない訳で。

 

「逃がすか!」

 

 そんなひとみに意識を奪われたレクシーに対し、のぞみが海龍の怒り(バンザイ)

 

「甘い!」

 

 しかしレクシーが学習していないはずがない。華麗なバックステップでその奔流をいなした。

 

「フン! もうその手には引っかからないわよ!」

 

 大攻撃は、前回よりものぞみとレクシーの位置が離れているため放たれる水量が少ないかわりにかなりのライナー性をもって放たれた。

 

 結果、その射線上に存在した、逃げようとへっぴり腰で走っていたひとみとひとみを待ってぼーっと立っていたコーニャに命中。

 

「「あ」」

 

 何の罪もないひとみとコーニャは、見事に濡れ鼠になってしまった。

 

「……」

 

「ごめん米川、POS端末中尉」

 

「……」

 

「いやごめんてポーレット中尉」

 

「……」

 

「あの、もしもし、ピギーパック中尉?」

 

「……しれ」

 

「は、はい? なんでしょうかポイントヒーター中尉」

 

「思い知れ! リヴァイアサンの咆哮!」

 

 いつの間にかに水鉄砲を装備したコーニャとひとみが、大村へ向けて吶喊する。そして後ろに回り込み、首筋をきれいに打ち抜く。

 

「わかった本当にごめん! Прасковья(プラスコーヴィヤ)! 米川!」

 

「ゆ! る! し! ま! せ! ん! ハァ!」

 

 コーニャに気を取られているのぞみに向けて、ひとみが水鉄砲を射撃。そしてのぞみの注意がひとみにそれた瞬間にコーニャが射撃。異常に連携の取れたプレーだった。

 

「フフフ……愉悦! 攻撃を外しフレンドリーファイアをした挙句、仲間に追いつめられるだなんて、愉悦としか言いようがないわ! ヨネカワ、そして中尉! ようこそリベリオンへ。我々合衆国は貴方たちをかんげいs」

 

「くらえ! 伝統の秘術、市民革命(Gaul Revolution)!」

 

 高笑いをしていたレクシーのお尻に向かって水鉄砲が放たれる。びっくりしたレクシーはそのまま飛び上がり前へ転がる。そこにすかさずひとみが顔面に水をかけた。

 

「貴女達に与するつもりはない。だいたい、貴女達が避けなければこんなことにはならなかった!」

 

「言いがかりよ!」

 

 そういうレクシーとついでにのぞみに向けて、ひとみが腰だめで乱射する。

 

「わあああああああああ! みんな敵ですうううううう!」

 

 統合戦闘航空団は国際共同の先駆けではなかったのか。

 

「うわっ、ちょ、米川! せめて狙って打て! あんた狙撃手でしょ!」 

 

「やったわねイヴァンめ! くらえ!」

 

 レクシーも負けじとコーニャに向けて射撃する。しかし、コーニャは海へ走りよると、そのまま海中に潜航してしまった。

 

「しまった、水中弾効果か!」

 

「水鉄砲に水中弾もクソもねーでやがりますよ!」

 

「ええい! ティティ、シャン! やっておしまい!」

 

「そんなあ!」

 

 結局巻き込まれた新入り二人も織り交ぜ総勢7名。かくして、三者入り乱れる姦しい争いが繰り広げられることとなった。

 

 

 

「……あの馬鹿ども。なんで今日ここにいるのか理解しているのか?」

 

 激しい戦いを端から眺めるのは第203統合戦闘航空団にて唯一の中立を保っているウィッチである石川団長。隣に控えた霧堂艦長はケラケラと笑う。

 

「まあまあいいじゃないの。女の子がキャァキャァいいながら逃げ惑う姿なんてそうそう見れたもんじゃないし!」

 

「霧堂……ほんっとうに貴様というタワケは……」

 

「ま、これでニューフェイスたちも203に馴染んでくれたらいいんだけどねー」

 

 目を細めながらそう言う霧堂。視線の先にはひとみたち。

 

「どう? 203のメンバーとして、さくらちゃんも混ざっちゃう?」

 

「その呼び名はやめろ」

 

「もうさくらちゃんったらぁ。これだからオバs」

「ゆうさく、」

「分かったゴメンナサイ許して石川桜花海軍大佐」

 

 さっと距離を取る霧堂艦長に、どこか優越感をにじませつつ足下の忠犬(ゆうさく)に「まて(Stay)」と命じる石川大佐。なんだかんだで彼女も楽しんでいるようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――いやぁ眼福眼福。わざわざ奮発した甲斐があったというものです」

 

 ところ変わって某所。南洋日報所属の従軍記者、新発田青葉はほくそ笑みつつカメラを構える。立ち入り禁止の看板は当然のように無視した。許可証はもらってるからセーフということにしておけばいいし、そもそも写真の出来不出来に適法かどうかは関係ない。

 

 白い砂浜に負けるもんかと、これまた輝かんばかりに白く光るレンズが躍る。数百メートル先には同じくらい眩しく輝く女の子(ウィッチ)たち。今回の目標だ。

 

 遮蔽物に隠れるようにバケモノのような長玉(超望遠)レンズが大きな音を立てて動きだす。扶桑が誇るカメラブランド、今は亡きタレルホカメラの末裔、SONIC純正の400㎜F2.8のレンズ。

 価格は余裕の100万円超。それを代償として、400㎜まできっちりとF2.8で抜けてくれる。ピンぼけの仕方(ボケ味)もきれいで申し分ない。まさに至高のレンズ。

 

 そのレンズを装着しているのは、これまたSONICのKI-21‐M(最上位機種)、SONICの最新モデルである。常用最高感度ISO142400では、夜間でも木々がしっかりと把握できるほど明るく撮影でき、最高感度では火の明かりだけでまるで昼間のような明るさを得られる。

 

 だが、SONICシリーズの最大の欠点として、色味の調節が圧倒的に困難なことが挙げられる。自然色に近いような微妙な発色で、赤色が苦手。人物を撮るとくどくなり過ぎるきらいがある。また、陰影がシャープになりすぎる。

 

 だが、このぐらいの性能で丁度いい。あとは我々がなんとかしよう。そんな信頼関係が築けるカメラ、という意味ではこのカメラは最高だ。人間と機械の最大のシナジーでどこまでも進んでいける。そんな気がする。

 

「すてんばーい。すてんばーい……」

 

 すっかり手に吸い付くようになったグリップを使ってゆっくり動かす。重量は少し重いがそれで結構。良さはそのまま重さだ。軽いレンズなどゴミも同然……いやジャーナリストとしては軽い方がいいんだけれども。もちろんこれから乗り込む予定の「加賀」には持ち込めないから後で支局に預けに行かないといけないのだが。

 

 目標、補足。撮影可能。

 目測、600㎜相当レベル。400㎜では数値上は少々役不足だが、問題ない。

 

 ファインダーをのぞく。水にぬれて、女の子がスケスケになっている。あれは青優しい女の子……米川さんだ。白い服装であることも相まってまあいい感じ。特にカメラに気付いていないのがキモといえる。被写体の表情は作品においてなによりも重要な要素の一つだ。

 

 レンズをしっかりと支えシャッターボタンを半押し、ピントを固定。

 オートフォーカスを解除。すでにピントを固定した今オートフォーカスは無用の長物。

 

「いいですねえ……最高です」

 

 水鉄砲を構え直すその瞬間。シャッターボタンが押し込まれる。

 ミラーが落ちる。

 視界が消える。

 ほんの数千分の1のスピード。センサへと光が飛び込む。瞬時に0と1により構成される電子の情報に変換。高性能SDへと落とし込まれる。

 

 連写はしない。それは飛行機レベルに視覚速度が速い動態を撮るときか素人が撮るときに行うべきことだ。

 

「……」

 

 確認を行う。当然、頭で描いた通りの絵面が出来上がっている。完璧じゃないか。

 

「ふふふ……こりゃ転職も選択肢ですかねぇ?」

 

 今度はレンズを替えて、もっと詳細に。

 

「もっとズームできる奴がほしいですねえ。よいっしょ」

 

 今までのレンズをパージする。そして接続するは「YONEKAWA:500~1000mmF5.6」。民間用としては世界一と名高い米川硝子加工の超望遠レンズ。

 ボケ味は伝統の六芒星。特殊素材により収差が少ないのが高評価……異常に重すぎるのが唯一の欠点。値段は欠点に非ず。

 

 ファインダーを覗く。射線に余計な男が割り込んでいた。

 男が去るのを暫く待とうかとファインダーから目を離すと、遠くの空が目に映る。湿気を含んだ空は、晴れてはいるがだんだんと白んでくる。雲にはならないだろうが、背景は汚く白くなることだろう。

 

「うーん。こりゃ転職するなっていうお天道様の思し召し。いやいや青葉は諦めませんよぉ?」

 

 道楽とはいえ全力でやらねば面白くない。なに、あのゴミ晴れが来る前に写真を撮ってしまえばいいのだ。かなりシビアだが……ツイてるときは絵が勝手に飛び込んでくるもの。

 

 レンズを覗く。一瞬でも男が射線から消えたらその瞬間にシャッターを押してやればいい。何度も半押しを繰り返し、都度都度ピントを細かく調整していく。

 

 

「おや……?」

 

 と、急にウィッチたちが蜘蛛の子を散らしたように走り出す。いったい何があったのだろうか。口元を見てると……狙撃? シールド? なにやら物騒な言葉ばかりが連ねられている。

 

「口元もしっかり読み取れる望遠レンズには流石米川硝子。そして青葉にはピュリッツァー賞……っていうのんきに言ってられる状況でもなさそうですね」

 

 残念だが副業の時間はおしまいだ。カメラから目を離す。シンガポールで襲ってくるとは大変予想外だったが動きが速かったのなら仕方がない。

 

「ったく、ドンパチはなるべく治外法権が効く場所でお願いしたいって言ったんですがねぇ」

 

 

 

 そんなことをつぶやいた瞬間、レンズが吹き飛んだ。

 

 

「――――ふえっ?」

 

 飛び散る一瞬前までカメラだったものたち。反射で飛び退く。隠れる場所は幸いにも多い、四散した破片の様子を見るに攻撃は砂浜の方から、なんで砂浜から?

 

「Hold up! Give away your weapon!」

 

「!」

 

 いきなり飛び込んでくるのは下手くそなブリタニア語。視界に飛び込んでくるのは扶桑の軍人さん。

 

「っ……あ、兵隊さんたち。これはこれはお疲れ様です。大丈夫扶桑語通じますよ、だからその、銃口下げてもらっていいですかね?」

 

 どう見ても扶桑海軍である。訳が分からない。向こうもどうやら同じようで、ぽかんとしたま小銃を青葉に向け続ける。

 そういえば海軍の地上戦力なんてシンガポールにいただろうか……ああ、彼らは陸戦隊か。かつての名残で各艦艇には一定数の白兵戦要員が配置される。いきなり飛び出してきたと言うことは艦が改装中で使えない「加賀」の隊員に違いない。

 

「あっ! というか聞いてくださいよ、青葉のレンズがっ何者かに壊されたんです!」

 

 さも今思い出したように言ってみる。正直敵意を向けられるのは好きじゃないが、それより怖いのはまだ見ぬ狙撃手(スナイパー)だ。一体どこから撃ってきているのか分からない状況での「Hold up」は気分がいいものではない。

 

 しかしどんどん増えていく陸戦隊員たち。後ろに回り込まれて……。

 

「えちょ、なんで捕縛っ? いや流石にこれは抗議ものですよ!? 報道の自由の侵犯です! 新発田青葉は撃たれたんですよ? むしろ扶桑海軍に保護を求めますっ!」

 

「何を言っている。お前が撃ったんだろうが」

 

「はぁ?!」

 

 

 訳が分からないという調子を崩さずにいる青葉だが、今の言葉でなんとなく状況を把握した。

 

 これあれだ。自分のカメラが狙撃銃のスコープかなんかと勘違いされてるやつだ。なんでそんなしょうもない勘違いをするんだこの人たちは。

 まあそんなこと面と向かっていえるはずもなく、後ろに回り込まれると拘束具が結びつけられて手の自由が奪われた。

 

「やだなぁ青葉こういうプレイは嫌いなんですけども。せめて一対一でやって頂かないと困りますよぉ」

 

 さーて誤解しかないとはいえ面倒なことになってしまった。口では冗談をいいつつ、青葉は困った笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーで、こいつがそのバカモンか」

 

 そんなジトッとした目線を投げかけられても新聞記者の表情は揺るがない。いや、揺るいでいるように見せかけているだけ。さすがはジャーナリスト、無駄に胆力がある。いつもはその胆力をさぞくだらなくはた迷惑なことに使っているんだろう。

 南洋日報は軍に対してかなり好意的な記事を書いてくれるのだが、ここまでトラブルメーカーなのはむしろ迷惑というもの。「加賀」陸戦隊の隊長を務める板倉大尉は露骨にため息を吐いて見せた。

 

「ったく、なんだってあんなところで写真なんか撮っていたんだね」

 

「いやぁご同伴に預かりたかったのですが、なぜか許可が下りなかったんですよぉ、仕方がないので立ち入り自由なここから撮っていた訳でして」

 

 本人は絶好の撮影スポットを見つけたなどとのたまうが、無論それは狙撃においても絶好のスポットだということを意味している。立ち入りが自由なわけない。

 

「新発田記者。あなたは看板見なかったんですか」

 

「ううん、青葉知らないなあ……」

 

 嘘つけ。と全身で表現してやる板倉。もちろんそれはこの場のいる部下全員の総意でもある。

 

「大尉、狙撃犯を拘束したそうだが?」

 

 と、石川大佐が向かってきた。「加賀」の所属である板倉は石川大佐の直接の指揮下にはないが、陸戦隊の性質上警備を担当することもある。面識がないわけではない。

 

「はい大佐。こちらが……」

「石川大佐ぁ! 助けてくださいよぉ!」

 

「……なんで彼女がいるんだ」

 

 新聞記者を一目見て石川大佐は頭が痛いといった面持ちで頭を抱える。

 

「狙撃現場にコイツがいたのです」

 

「違うんですよ! 青葉はむしろ被害者で、三百万円が吹き飛んだんです!」

 

「……なんの話をしているんだ?」

 

「はぁ。なんでもカメラを壊されたそうなのですが、残念ながらコイツ以外に怪しい影は見つからないのです」

 

「そんな訳ないですよ! 絶対砂浜から飛んできたんですよ? 嘘じゃないです!」

 

 そこまで聞いた石川大佐。表情が急に曇る。艦長と比べてこの人は顔に感情が出やすいのだ。

 

「あー……それは、アレだな。大尉、本当に怪しい者はいなかったんだな?」

 

「間違いありません。大佐」

 

「うむ。分かった。まあ、知らなかったのなら仕方がない」

 

 何が仕方ないというのだろうか。首を傾げる板倉大尉を尻目に石川大佐は眉間を揉む仕草。

 

「大佐。どうかされましたか?」

 

「いや……」

 

 石川大佐は、言葉を濁しつつ無表情となった。

 

「はあ、一体どう始末をつければいいんだ」

「知らなかったからから怒られるのは分かりますけど、折角の米川レンズを壊されたのはあんまりですよぉ……一体誰が」

 

 なにかに気をもんでいる石川大佐としょぼんと項垂れる青葉。状況が理解できない陸戦隊の面々はただ困惑するのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……三百万円」

 

 全表情筋を引きつらせているのはひとみだ。

 

「かめらってのはそんなに高いんでやがりますか。それじゃあ監視カメラは金の無駄でやがりますね」

 

「いやゆめか、街頭の監視カメラはもっと安いよ。カメラってのは変に凝ると急に高価になるものなんだよ」

 

「ど、どうしましょう先輩……わたし、そんなお金持ってないです……」

 

「落ち着きなさい米川、結局あのアホ記者か全部悪いんだから。弁償にはならないわよ」

 

 女の子らしからぬ顔で言ってのけるのぞみ。一方ひとみは完全に反省モードである。

 

「ひとみは、悪くない。皆を、守った」

 

「でもコーニャちゃん……結局スナイパーっていうのは青葉さんのことで、わたし青葉さんに酷いことを……」

 

 とりあえず簡潔に説明するとこうだ。

 突如飛び込んできた「スナイパー!」という叫び声。シールドを張れるよう構えながらの待避。のぞみの指示に従って石ころを投げたら見事直撃……今回もひとみの固有魔法の力をしっかりと生かしたのだが、なんと狙撃手なんていなくて、それは写真を撮っていた青葉だったのだ。

 

「気に病むことじゃないでしょ」

 

「でも、もし青葉さんに当たってたらって思うと、わたし……!」

 

「あっこら、米川!」

 

 そうしてひとみは駆け出す。目指すのはもちろん青葉のいるところ。

 ひとみは危うく青葉に怪我させかけたのである。石川大佐の魔導インカムを通じて伝わってくる情報の限り青葉は怪我などはしていないようだが、ウィッチの魔法の力を持ってすればヒトは簡単に傷ついてしまう。

 

 

 それは、恐ろしいことであった。

 

 

「青葉さんっ!」

 

 兵士たちの間に割って入って飛び込むひとみ。

 

「米川、待ってるように言っただろうが」

 

 顔をしかめたのは石川大佐だ。

 

「青葉さんごめんなさいっ! わたしっ、青葉さんだって知らなくて!」

 

「え……米川さんだったんですか?」

 

 ぽかん。といった表現が似合いそうな表情を浮かべてみせる青葉。

 

「ごめんなさいっ! わたしが魔法で……」

 

「米川」

 

 石川大佐が止めるが、もう遅い。青葉はさも合点がいったと言わんばかりに手を叩いた。

 

「……ああなるほど。そういうことでしたか。米川さんが青葉の三百万を……あんな遠距離ってことは、固有魔法ですか?」

 

「ほんっとにごめんなさい!」

 

「あーいやいや。それはいいんですよ、旅のお供って訳でもありませんしそれにデスクの拳骨と比べれば可愛いものですって」

 

 そう言いながら青葉はひとみの手を取る。

 

「だから、気にしないでくださいね?」

 

「は、はい……」

 

 ニコニコと笑う青葉に、ひとみはなんとか笑顔を作る。

 

「うんいい顔です。いやぁカメラが壊れるのが勿体ないくらいです」

 

「あっ……ごめんなさい……」

 

「あっ、違うんですって! 別にそういう意味じゃなくて!」

 

 手をブンブンと振る青葉。そこに石川大佐が釘を刺すように言う。

 

「新発田記者、分かっているとは思うが……」

 

 固有魔法は国家機密、ひとみのような特殊な固有魔法となればなおさらだ。さらっとひとみが漏らしてしまったが、本当ならこれは大変な情報流出である。拡散されるわけにはいかない。

 石川大佐に睨まれて、青葉はニコリと笑うのだった。

 

「ええ当然です。()()()()ですものね」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。