ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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exercise [éksɚsὰɪz|‐sə‐]
【名詞】1.不可算名詞 [具体的には 可算名詞] (体の)運動.
    2.可算名詞
     a,練習、稽古、実習
     b,[しばしば複数形で] (軍隊・艦隊などの)演習、軍事演習
    3.可算名詞 練習問題、課題 〔in〕
    4.不可算名詞 [しばしば the exercise]
     a,〔精神力などを〕働かすこと、使用 〔of〕
     b,(権限などの)行使、執行 〔of〕
    5.[複数形で]式(の次第)、 儀式
【動詞】1.[他動詞]
     a,〈手・足を〉動かす
     b,[exercise oneself で] 手足を動かす
     c,〈人・馬・犬などを〉運動させる
     d,《文語》〈兵などを〉訓練する
     e,〔+目的語+in+(代)名詞〕《文語》〈人に〉〔…の〕訓練をする
     f,〔+目的語+in+(代)名詞〕[exercise oneself で] 《文語》〔…の〕練習をする
    2.[他動詞]
     a,〈器官・機能・想像力などを〉働かせる,用いる
     b,〈権力などを〉行使する; 〈役目などを〉果たす
    3.[他動詞]〔+目的語+前置詞+(代)名詞〕〔…に〕〈影響・力などを〉及ぼす,ふるう 〔on,over〕.
    4.[他動詞]〈人・心を〉煩わせる; いらだたせる



2-2-1"Exercise"

《よーし、それでは新生203の初陣といこう! 準備はいいかな諸君!》

 

 先頭を行くのぞみが身を翻して口をパクパクと動かし、魔導インカムがのぞみの声を伝える。こうやって先輩たちと空を飛ぶのは久しぶりだ。

 

《ったく、空でも相変わらず騒がしいでやがりますね、ダーツォンは》

 

《お お む ら だ よ。ゆめかちゃん?》

 

《アタシはモンファでやがりますよっ……で、なんでアンタが指揮を執ってやがるんですか》

 

《そりゃあ私が少尉殿だからさー》

 

 そう言いながらF-35FB飛行脚でぐるんと回って見せるのぞみ。夢華はさも不満げな顔をする。

 

《アタシのほうが先任でやがるんですがね》

 

《ほお、ご不満だってんならまずはこっちで決着つけとこうか?》

 

《別に。指揮権なんてどーでもいいでやがります》

 

 そう言いながら夢華はすいっとのぞみの前に出る。それからニヤリと笑ってみせる。

 

《そんなのにこだわるほどアタシは「おこちゃま」でやがりませんので》

 

「も、もんふぁちゃん?」

 

 夢華の唐突なのぞみへの宣戦布告にひとみは慌てて止めようとするが、もちろん手遅れ。しかしのぞみは微笑みと共にかぶりを振って見せた。

 

《おこちゃまねぇ……分かってないなぁゆめかは》

 

《な、なにがでやがりますか》

 

《ゆめか少尉、既に戦いは始まってるのだよ。この演習でこの大村のぞみが名を挙げることによって、私が203の戦闘隊長になる。カイトワンは誰にも渡さない――――これぞ、大村家流出世術!》

 

 そう言うが否やのぞみは大きく舵を切る。高度を取るようにぐるりと大回り。

 

《……さいですか》

 

 呆れたように夢華が続き。それに倣ってひとみも大きく旋回。ふとマルチバイザー越しの視界にシンガポールの街並みが映る。一番大きくてビルがたくさん建っているシンガポール島が次第に小さくなっていく。カラフルな露店や生い茂ったヤシの木、ぽつぽつと見える小さな点はヒトだろうか。

 

《さて、今回の作戦だけど》

 

 と打って変わって真面目な調子になるのぞみ。

 

《まず機体においては赤軍(あいて)よりも青軍(こちら)の方が勝っていると言えるだろう。ライトニングⅡ(F-35)は最新鋭機だし、F-15は我が扶桑の空を護る最強の戦闘機だ》

 

 ひとみの前を飛ぶのぞみのF-35FB戦闘脚。その塗装に鈍く太陽が反射する。

 

《対する敵さんはホーネット(F-18)ハリアー(AV-8)、そしてラファール……さて米川、こちらが圧倒的に勝る点を答えよ! 配点100文字上限10!》

 

「えっ? えーと……」

 

 最新、と答えそうになって慌てて首を振るひとみ。オラーシャとの開発競争で生まれたF-15の初登場は1970年代。一番旧式なのはF-15だ。

 

「速度、ですか?」

 

《んー。速度はラファールが一番早いね》

 

「あっ、旋回性能!」

 

《んー。ノズル噴射方向(あしのむき)を変えることで強制的に方向転換できる飛行脚(ストライカー)じゃ旋回性能(カタログスペック)なんてあってないようなもんでしょ?》

 

 実際、ウィッチの旋回性能は個々人の耐G能力に依存している。機体は決定的な差にならない。

 

「えと……じゃあ搭載量……! は負けてる……」

 

《だねー》

 

 ホーネットもハリアーも戦闘爆撃機。搭載量で勝てるはずがない。

 

「あ、分かった! ステルス性ですね!」

 

《んー。これから有視界戦闘するのに米川准尉はステルス性が勝敗を決すると仰るわけだ。なるほどなるほど》

 

「ああっ?!」

 

 頭を抱えるひとみ。もし肩紐(スリング)がなければワルサーは海に落っこちてしまっていただろう。

 

《さらに加えるとこちらは実戦投入されたばかりの新人ウィッチが二人に年齢一桁のおこちゃま。向こうはお国の代表として東アジア司令部に出向くほどの強者(つわもの)揃い……》

 

《要は勝てない、ってことでやがりますか》

 

 つらつらと言うのぞみに夢華が時間の無駄とばかりに言う。実際、今のところ「勝ち」に繋がる要素は見当たらない。

 

《いやいやゆめか、それじゃあ私の出世術がパアになってしまうでしょ? 実は勝ってるとこがあるんだな》

 

「え……?」

 

 

《それはだね――――エンジン出力と、アンタだ。米川》

 

 

 

 

 演習空域に指定されたシンガポール東の海域まで移動するのには少なからず時間がかかる。シンガポールに置かれる人類連合東アジア司令部の防空指揮所はネウロイの攻撃が直撃することも想定し地下に設置されており、空を征く203の様子はモニター上の数字としてしか表示されない。

 

《いい? 米川は会敵と同時に全力で空域ギリギリまで逃げる。もちろんオーグメンターは使ってよしだ。で、そこから即座に反転、三発で全部落とす》

 

《む、無理ですよぉ先輩。シールドで防がれちゃいますって》

 

《そのために私とゆめかがいるんでしょーが、私らが三機を引き受ける。やれと言われれば一分や三十秒は耐えられるでしょ、ゆめか》

 

大村(ダーツォン)には厳しいんじゃねーですかね》

 

《手前は行けるわけだ。なら結構。203空は、米川のアウトレンジ攻撃によって敵編隊を殲滅する!》

 

《で、でも先輩……空域が狭く設定されてるのは格闘戦における錬度を見るためだろうって石川大佐が……》

 

《あのねぇ米川。それは『だろう』であって誰も格闘戦をしろなんて言ってないんだよ? それに米川じゃ格闘戦の『か』の字も出来ないでしょうが》

 

《そう、ですけど……》

 

 

「全く、大村のやつは……」

 

 やれやれと首を振ったのは第203統合戦闘航空団の司令を務める石川大佐。演習中のウィッチたちの動きは高度や速度、武器から無線による会話までモニタリングされている訳で、ひとみたちの会話は丸聞こえだ。

 

「なーにつまらなそうな顔してんのよ」

 

 後ろからそう笑いかけるのは強襲揚陸艦「加賀」――203空が拠点とする扶桑海軍の艦艇――の霧堂艦長。石川大佐は振り返ることなく制帽を深く被りなおした。

 

「別にそんなことはないだろう」

 

「あぁ、つまらない顔はデフォだったわね」

 

「貴様なぁ……」

 

「なーに怒ってるのよ。いい話じゃない、()()()()()()補充人員がもらえるんでしょ?」

 

 その言葉に、石川大佐はさもつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「……そのやり口自体が気に入らないと言っているんだ」

 

「『東アジア司令部は203を歓迎する。そして203には戦力強化が必要であろう。だがこちらも人員が足りない、そう簡単にはウィッチを貸せないから力を証明してもらおう』だっけ?」

 

 長ったらしい東アジア司令部からの伝達を、簡潔にまとめて見せる霧堂艦長。それから笑みを深めた。

 

「……単純明快でいいじゃない。私はむしろこんなに単純化してくれたお偉方に脱帽するけど?」

 

 やっぱ扶桑のおっさん方と違って、欧州紳士はジョークが言えていいねぇ。そんな風に霧堂艦長は笑い飛ばす。

 

「もぉー可愛いヒトミンたちをコケにされて怒ってるのは分かるけど、そこら辺はビジネスライクに考えないとダメだよー? 勝ったら貰えばいいし、負けても失うものはナシ。最高の取引じゃない」

 

「だから大村に指揮を任せたんだ。今回は()()()()()からな」

 

「負ける気なんて無いクセに」

 

 その言葉に石川大佐は無言で答えとする。損がないからと言って負ける理由にはならない。

 

「石川君。君は相手チームのプロフィールを知らされているのか?」

 

 横から口を挟んできたのは扶桑海軍の北条少将。この場における最上位で、石川大佐が率いている第203統合戦闘航空団は彼の率いる第五航空戦隊に便乗している。

 

「いえ。こちらにも回って来ていません。演習のデータはポクルィシュキン中尉に分析させます」

 

「そうか……まあ、お手並み拝見といこう」

 

 そう括って目の前の情報機器に向き直る北条司令。

 今の203の戦力不足は火を見るよりも明らか、東アジア司令部からの戦力供出がなければ立ちいかない。だから、どう転ぼうと最終的には203は戦力供出を受けることとなるのだろう。

 

「……さて、石川桜花海軍大佐。これから始まる東アジア駐屯の連合軍部隊との演習ですが……ずばりっ! 大佐の意気込みをお聞かせください!」

 

 タイミングを見計らうように石川大佐に差し出されるテープレコーダー。腕章には「PRESS」そして併記された「南洋日報」の文字。シンガポールから203に同行することになった従軍記者の新発田青葉だ。

 

「今後も203には過酷な任務が待っているだろう。団員を引き締め、熱帯特有の空気になれる意味でも、今回の演習は有意義なものになると考えている」

 

「ありがとうございますっ。ところで北条司令……」

 

 取材はこれで良かったのだろうか。それだけ言って記者は北条司令へとターゲットを変える。演習と言えば決まってお祭りだ。きっといい記事が書けることだろう。

 

 石川大佐はそのまま暫くは情報が投影され続けるアクリル板を見ていた。203の移動経路が映し出されるだけの単調な表示。石川大佐は見飽きたと言わんばかりに踵を返した。

 

「おい石川君。どこへ行くつもりだ」

 

「少々外の空気を吸ってきます。演習開始までには戻りますので」

 

 いきなり席を外そうとする石川大佐を慌てた様子で北条少将が止めるが、それに構わず天幕を出ていってしまう。外の光が彼女の制帽に制服、そして男性用のスラックスの影を作らせ、そのまま天幕が閉じることで影ごと消える。

 

「どうしちゃったんでしょうか?」

 

 首を傾げる記者。小さくため息を吐くだけの北条司令。

 

「……」

 

 霧堂艦長だけは、無言でその背中を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 天幕の中は暗かったから、どこまでも青いシンガポールの空と太陽は眩しい。石川大佐――石川桜花(さくら)海軍大佐――は制帽を深くかぶり直す。

 

 軍服というのはよくできているものだ。通気性の良さはこういった熱帯気候での不快感を緩和してくれるし、布地が日光を吸収しにくい紺色であるおかげで太陽は眩しいが焼かれている気分にはならない。

 懐から懐中時計を取り出す。風に吹かれて雲がのんびりと流れていく。見上げた空は本当に青い。

 

「……大佐」

 

「ポクルィシュキン中尉か、どうした」

 

 石川大佐は振り返る。オラーシャ軍から派遣されているポクルィシュキン中尉――――コーニャは普段の無表情のまま立っていた。脇にはタブレット端末、固有魔法も相まって電子機器を使わせれば右に出る者はいない彼女らしい。

 

「そろそろ、始まる」

 

「そうだろうな。分析は頼んだぞ」

 

「ん」

 

 オラーシャ人とは思えないほどの流暢な扶桑語。石川大佐は小さくひとつ息を着いてから、呟くように言った。

 

「……参加したかったか?」

 

「役割は理解してる」

 

 そう言うコーニャ。彼女が地上にいるのは演習が3対3で行われるという数合わせ的な意味合いも強かったが、そもそもコーニャが操るA-100は早期警戒機。格闘戦を想定した演習には参加できないからだ。

 

 改めて空を見る。ここからでは確認できないが、この向こうには確かに第203統合戦闘航空団が飛んでいる。

 

「今回の演習で人員が増えようと増えまいと203の中東戦線投入は確実だ。大村と米川はまだまだ経験不足。高少尉はウィッチとしては優秀だが指揮官には向かん。頼んだぞ」

 

「……大佐」

 

 なにか言いたげなコーニャを尻目に、石川大佐は天幕へと向かう。

 

「始まるんだろう? 戻るぞ中尉」

 

 久しぶりに空を飛ぶひとみの慣らしも兼ね、長めの飛行を行いつつ演習空域へと向かっている203。対抗部隊であるリベリオン・アウストラリス・ガリア三国の飛行隊も間もなく離陸することだろう。

 

「……ん」

 

 

 演習が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その対抗部隊が待機している格納庫。整備員たちが所要の点検を一通り終わらせようとしていたその時、唐突に扉が力強くはね開けられた。

 

 扉の可動域に近づいてはならないのは常識でもあるしキチンと教え込まれることだからけが人こそ出ないが、扉が壊れるんじゃないかと思うほどのイヤーな金属音が格納庫中に響き渡る。

 

「……あー腹立つ腹立つ腹立つっ!」

 

 格納庫にやってきたのは昨日まで休暇を取っていたリベリオン海兵隊のアレクシア・ブラシウ少尉。黒っぽい髪を揺らしながら大股で歩く姿は見るからにイライラしている。目を逸らす整備員たち。休暇とはリフレッシュして元気に出勤するためのものではなかったのか。

 

「少尉!」

 

 そんな彼女の前に勇猛果敢にも進み出る整備員。被った帽子に描かれているのは「LHA-6」の文字列と刺繍された空母特有の全通甲板シルエット。

 

 アレクシアが乗り込んでいるLHA-6こと強襲揚陸艦「リベリオン」の整備員だ。彼はアレクシアのストライカーユニットを担当する機体付き整備員でもある。

 

 そんな彼を、アレックスはギロリと睨みつけた。向こうも怯むが、だが仕事だと言わんばかりにタブレット端末を差し出す。

 

「機体の状態です。ご確認ください」

 

 受け取り目を走らせるアレクシア。それからジロリと見やる。

 

「ルーク……まさかとは思うけど、あの小娘が勝てるように小細工とかしてないでしょうね?」

 

「なっ……!」

 

 ルークと呼ばれた整備員は顔を歪める。一歩近寄り、窘めるように言う。

 

「……なぁアレクシア、俺がそんなことすると本気で思ってるのか?」

 

「鞍替えしたんでしょ? だったら十分な理由じゃない」

 

 鼻を鳴らすアレクシア。何を隠そう整備員の名前はルーカス・ノーラン、アレックスの機付き整備員であり米川ひとみに寝取られた男である……無論寝取られたはアレクシアの完全な誤解なのだが、そこまで言われしまってはルーカスも黙ってはいられない。

 

「ふざけるな! それは誤解だし、俺はアレクシアを危険な目に合わせたりしない! 神に誓ってもいい!」

 

 正義の尖兵たるリベリオン軍人として上司に冤罪で疑われるのも癪だが、なによりそんな訳の分からない突飛な妄想にアレクシアが取りつかれているのが一人の男として納得いかないのだ。

 

「……フン。状況は確認しました。ご苦労()()()()()()

 

 しかしアレクシアには全く届かず、電子サインをさっさとしてタブレット端末をルーカスにつき返す。それからストライカーユニットが収められている簡易ハンガーへとズンズン進む。母艦から丸ごと輸送されてきた簡易ハンガーには愛機AV-8B++アドバンスド・ハリアーが収まっており、外部バッテリーに繋がれてレクシーを待っているのだ。

 

 さっさと使用機体の外周点検(ウォークアラウンド)を開始するレクシー。すると、隣で待機している少女がおずおずと声をかけてきた。

 

「あ、あの……アレックスさん、どうされたんですか?」

 

 アウストラリス空軍の制服に身を包んだ彼女に誰か殺せそうな形相を向けるレクシー。もはや八つ当たり以外の何物でもない。

 

「なにもないわよっ! それより()()()()、アンタの方は用意で来てるんでしょうね?」

 

「で、できます……けど」

 

 そんなに怒らなくてもいいじゃないですか、とレクシーにも聞こえる音量で呟いた彼女に、レクシーはぎろりと目を向ける。睨まれた彼女はくすみの少ないきれいな金のおさげを揺らして慌てて目を逸らした。レクシーは溜息。

 

「とにかく、今回負けるわけにはいかないの」

 

「で、でもアレックスさん前に『欧州に行きたいから恥ずかしくない程度に戦って適当に負けてもいいし』って……」

 

 元々アレクシアの配属希望は欧州だ。だが配置されたのは太平洋、欧州の「お」の字もない場所で何通配置願を書いたことか。

 だからそういう意味では今回の「負けたら相手部隊に編入」という謎のルールは、まさに渡りに船だったのだ。まあ普通に考えればこのルールと演習は茶番で、どう転がろうとアレクシアたちは203に編入されるのだろうが……とにかく負ければ欧州に行く切符がもらえるのだ。

 

 しかし、今のアレクシアにはそれ以上に為さねばならぬことがある。

 

「あの時はあの時。負けたくない理由ができた」

 

「はぁ……」

 

「なによその覇気のない返事」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

「仮にとはいえアンタは僚機なんだからね、アウストラリスと組むのは初めてだけどしっかり合わせなさいよ、ティティ少尉」

 

 名前を呼ばれ、お下げをゆらして頷くティティ――――メイビス・ゴールドスミス少尉。彼女はアウストラリス空軍所属のウィッチだ。今回は彼女と、あともう一人と組んで戦うことになる。

 

「で? シャンは?」

 

「えっと……ナンジェッセ中尉はシャルル・ド・ゴールまで呼び出されたらしいです」

 

「はぁ? 演習遅刻とかしたら許さないわよ。なんとか連絡つかないの?」

 

「えっと……ガリア海軍の人に聞いてみないと……」

 

「まったく……」

 

 耳にインカムを差し込み、ゴーグル型のアイウェアをつける。それらに魔力を通しながら機体についているカバーを外していく。その間にも規定魔力の閾値を超えたことを示すピープ音が鳴る。直接音声入力機器(D V I)を起動。

 

「フライトアシストコンピュータ、アクティベーション・スタート。飛行前電子(エレクトロニカル・プリフライト)点検(・チェックリスト)を実施、システムグリーンならばフライトアシストコンピュータを自律待機(アライン)へシフト」

 

 マイクを通して指示をだすとコンピュータが勝手にチェックリストを進めてくれる。当然ハリアーライダーたるレクシーもそれらをしっかり進めていくのだが、電子の目とダブルチェックをすることで事故を減らしていくことができるのだ。

 

「それでティティ?」

 

「は、はいっ!?」

 

 横でエンジン始動をしていたティティが肩を跳ね上げた。使い魔のものであろう鮮やかな青い鳥の尾と羽が一緒に跳ねる。彼女の足元にはブリタニア-アウストラリス連合王国空軍の国籍記票(ラウンデル)が刻まれたF/A-18E Block2+……改装型スーパーホーネットだ。

 

「あんたは爆撃担当(ボマー)だからあまり期待はしてないけど、落ちるんじゃないわよ」

 

「が、頑張ります……」

 

「それと」

 

 強い声でレクシーは続ける。

 

「フレンドリーファイヤは勘弁してよね。あんたの攻撃は何でもかんでも面攻撃になっちゃうんだから」

 

「あうぅ……」

 

 小銃を握り締めて恐縮しっぱなしのティティを尻目にレクシーもストライカーユニットに足を通す。

 

「それじゃぁ、行くわよ。絶対あいつらに負けてたまるか、ティティ(TITTY)

 

「分かりました、フープラ(HOOPLA)

 

 ストライカーユニットを履いたレクシーに、TACネーム……ウィッチにつけられたあだ名で返す。

 

「……そういえばティティ」

 

「なんですか?」

 

「なんであんたデカパイ(TITTY)の方でずっと呼べって言うわけ? 自慢?」

 

 その一言で、ティティの顔は真っ赤に染まった。とっさに胸元を隠しながら叫び返す。

 

「じ、自慢じゃないですっ! それに由来はおっぱいじゃなくて童話の『ネズミの姉妹、ティティとタティ』です!」

 

 その動作で揺れる膨らみを見て、ジト目を返すレクシー。最後にはフン、と鼻を鳴らしてゆっくりと格納庫を出ていく。

 

「……そ、そんなこと言ったらアレックスさんだってやかまし屋(HOOPLA)じゃないですか」

 

「あ゛?」

 

「いえ、なんでも、ないです……」

 

 ティティはしゅんと小さくなりながらレクシーについて行く。

 

「まぁいいわ。とりあえず、勝つわよ」

 

「が、頑張ります!」

 

 

 クリアランスはもう取ってある。スロットルを押し込み、身体全体に加速度Gがかかる。南国の空へと続いている滑走路を駆け抜け、ふわりと飛び立つハリアーⅡ.垂直離着陸機能を備えるこの機体でも、十分な距離があるなら普通の滑走で飛び立つのは当たり前の話だ。

 

 後方をちらりと見やれば、問題なくティティもついてきている。ぐんぐん小さくなっていく。それにしてもシンガポールは人類軍にとっての巨大軍事基地だ。市街地の周りは軍事拠点で埋め尽くされているし、海には大量の艦艇が停泊している。

 

 その中でも目立つのは平べったい甲板が特徴的な空母型艦艇たち。レクシーの母艦である「リベリオン」やブリタニア軍の船渠(ドック)に入って何やら工事中の扶桑海軍「加賀」に、我らが正規空母(スーパーキャリアー)「カール・ビンソン」だっている。そこに加えてガリア海軍の「シャルル・ド・ゴール」だ、環太平洋合同演習(Rimpac)もびっくりな艦隊集結と言えるだろう。

 

「それにしても、シャンは何やってんのよ……」

 

 そんなことをレクシーが呟いたとき、不意に「シャルル・ド・ゴール」から何かが飛び出す。即座に入る呼び出し。やれやれと言わんばかりに首を振ってからレクシーは回線を開く。

 

「遅いわよシャン!」

 

《すみませんレクシーちゃん!》

 

「誰がレクシーちゃんだ!! TACネームで呼びなさいサルコ(SARCO)!」

 

《ふええん。すみませぇんフープラ(HOOPLA)……》

 

 イヤホンから聞こえる弱々しい声は主はガリア空軍所属のシャンタル・ナンジェッセ。

 

《アレックスさん。流石にその言い方は……皆さんも見てらっしゃいますし、それにナンジェッセ中尉の方が階級が……》

 

 たしなめてくるティティ。シャンタル・ナンジェッセはガリア空軍中尉。レクシーは海兵隊少尉なので……シャンは彼女の上官にあたる。

 そういえばそうだった。さすがに上官に対して乱暴なのはよくない。

 

「……とにかく、早く指揮を執ってください中尉」

 

《は、はい……じゃあまず、状況報告をお願いしまぁす》

 

 状況か。とりあえずマルチバイザーに表示される空域情報を見る。今回の演習空域は決して広いとは言えない。まあつまり速度に頼らず純粋な格闘戦で頑張れということだ。

 

「演習空域は格闘戦向け、地上や海には報道記者がたくさん。あと中尉は遅れてます。早く来てください」

 

《急いでますからぁ……》

 

 急いでる、と言っても高度も距離も離れている。編隊を組んで飛べてない時点で小言が飛んでくるのは確定だ。まあそれはレクシーのせいではないし、どのみちお叱りを受けるのは隊長を務めるシャン。そんなことはどうでもいい。

 

「で? 中尉はどうやって勝利へ導いてくれるわけ?」

 

《……相手にはF-35が二機含まれています。これはA型とB型ですが基本的な戦闘能力は変わらないとされていて、でもF35の戦闘力は未知数なので評価は難しいのですが……》

 

 それからごにょごにょと数字を並び立てるシャン。彼我の上昇性能は何メートルまで何秒とか、負荷を何G、速度何ノットとした際の旋回半径だとか……。

 

「あーもうっ! そうじゃなくて戦略を教えなさいよっ!」

 

《戦略ですか……ええと、F-35はステルス性にこそ優れますが、格闘戦においての評価は今のところ総じて低いものとなっています。運用面については……》

 

「だーれーがっ! そんな議会で延々と論じられそうなこと聞いてるかっての! 戦略を教えなさいって言ってんの!」

 

《アレクシアさん、そこは戦略(strategy)ではなく戦術(tactics)ではないかと……》

 

「うっさい!」

 

 咄嗟にティティから謎の添削が入り、だから何だと叫び返す。無線の向こうは沈黙したものと思われたが、意外にもティティは言葉を続けた。

 

《アレクシアさん。シャンタルさんに、もう少し分かりやすく話してあげないと……》

 

 落ち着いた様子で、一言一句。アレクシアをなだめる調子なのが見え見えで余計に腹が立つ。

 

「なに? 自慢? クイーンズ・ブリティッシュを使えって? 悪かったわねブリタニア!」

 

《……ご、ごめんなさい》

 

 あぁもう、なんでアタイの僚機は弱っちいのばっかりなんだか。レクシーは心の中で毒づいた。中尉であるシャンのことを尊重して作戦指揮を任せるつもりだったが、もう数分と待たずに作戦空域だ。とてもじゃないが作戦会議なんてしてられない。

 

「とりあえずサルコ(SARCO)、敵で一番弱っちいのと一番強いのを教えなさい」

 

《……一番の脅威は華僑民国のガオ少尉が乗り込むF-15です》

 

「華僑がイーグル(F-15)? なんで?」

 

《はい……このF-15は華僑民国に扶桑軍が機材を貸し与えているそうです。詳しい事情は分かりませんが、とにかく一般的な華僑空軍機とは比べ物になりません。そして彼女が相手チームで最も多くの戦闘飛行をこなしています。階級が最上位なのもその証拠かと》

 

「相変わらず分析になると急に流暢になるわね……なるほど確かに。ならボスはガオ少尉なわけだ。で? 一番弱いのは?」

 

《F-35Aですね。パイロットのヨネカワ准尉は過去の成績がほとんど明かされていません。推測が含まれますが扶桑にウィッチをプールしておく余裕はないはずですし、仮に()()()だとすればここで投入してくる理由が見えません。恐らくは新人であり、長時間の戦闘機動には耐えられないはずです》

 

「ヨネカワ……ヨネカワか」

 

 

 ヨネカワはさっきの泥棒ウィッチ。弱そうだとは思っていたけど、まさかシャンに分析さても弱いとは。

 

《ですが、203の所属メンバーの固有魔法は全員伏せられています。報道写真を見ればF-35Bのオオムラ准尉は怪力であると思われますが、残りの二人については……》

 

「シャン、ありがとう。それだけあれば十分よ」

 

《えっ? でもレクシーちゃん、私まだ最後まで……》

 

「私が開始三秒でヨネカワを()る」

 

《えっ……》

 

 殺す(KILL)という表現は、別に軍事的には間違ってない。

 

「そのあとガオ少尉と交戦に入る。二人は残ったF-35Bをなぶり殺しにしてやればいい」

 

 そう言いながら得物を構えなおすレクシー。どう見ても個人的な復讐の念に駆られている彼女の殺気をティティとシャンはびりびりと感じ取った。

 

《アレクシアさん……あんまり熱くならないでくださいね?》

 

 一応それらしい忠告をするティティ……恐らく聞こえてないだろうけど。忠告は忠告。

 

 そしていよいよレクシーたちは演習空域へと近づく。飛び交うブリタニア語の数が跳ね上がり、演習への最終確認が始まる。

 

 演習形式は昔からの伝統的なヤツで、2-7-0から進入するレクシーたちの飛行隊そして正反対の0-9-0から突っ込んでくる203空……両者が既定の速度ですれ違ったのと同時に演習開始、空域制限アリ時間無制限、誘導弾並びに接触攻撃は禁止、固有魔法の使用制限は出ていない。

 

 

 

 ルーク、見てなさいよ……アンタを落したヨネカワって泥棒猫、アタイは一瞬で墜としてやるんだから……!

 

 

 

《陣形を整えます。フープラ(HOOPLA)ティティ(TITTY)、私の後に続いてくださあい!》

 

 シャンが叫びながらやや増速。豆粒が見える。豆粒が大きくなる。顔が見える。なんと三機編隊のど真ん中がヨネカワだ。

 

 新人教育のつもりかヨネカワを指揮官にしたのか? レクシーはほくそ笑んだ。

 

 ウィッチの戦闘にはいろいろあるが、経験の差を見せつけるならやはり低速においての高機動戦である。すれ違うのと同時に素早く宙返りし、無理矢理機動戦に持ち込んでやる。新型機を持ってこようが、新人に、さらには恋敵には絶対負けられない。

 

 影が海の上で交差する。勝った。レクシーは勝利を確信した。

 

 

フープラ(HOOPLA),Enga……」

 

 

「米川ッ! やれぇいっ!!」

「はいっ! オーグメンターオン!」

 

 

 

 次の瞬間、真後ろから吹き飛ばされるまでは。

 


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