数分前までは紫色だった東の空が、もう橙色に染まり始めている。間もなく夜明けだろう。
日差しのない甲板は意外と冷えている。最も、そんな些細なことを気にする人間など今の「加賀」甲板上には誰もいないだろうが。
「……まっさか、こんなゲテモノ装備を使うことになるとは」
のぞみは台車の上で黒光りする金属の箱を前にそう言った。
「ゲテモノじゃない。フリーゲルハマーD-34。正式な武装」
訂正するのはコーニャだ。のぞみはその箱をもう一度見る。巨大な箱は大の大人もすっぽりと収められそうなほど大きい。
そして何より問題なのは、それが
「……使用者が怪力能力者限定になるあたり十分ゲテモノじゃないの、ポリフェノール中尉」
「Покрышкин」
「そもそもフリーガーハマー上下二連で腕を挟みこんで使いますとか、そんな『バ火力』必要なわけ? それも両手持ちとか。
のぞみはそう言ってからストライカーに足を通す。その横ではコ―ニャが既にフリーガーハマーを手に出撃用意を整えていた。
「ひとみが消えた空域、ネウロイの巣窟になっている可能性もある。……手数がいる」
「わかってるけどさ、重いしデカいしで、これじゃ速度でないわよ」
「速度が必要な時には捨てればいい。のぞみは小銃も背負ってる」
「そりゃそうだけどさ」
のぞみはそう言いながらストライカーの脇に付けられたロケットブースターを見る。
「でも離陸重量限界超えてるし、戦闘は短めでお願いするわよ」
「頑張る」
のぞみが笑ったタイミング、背後でオスプレイが二機、飛び上がっていく。あの片方には夢華が、もう片方には……石川大佐が乗っている。
コ―ニャに先に発艦許可が下りた。
「のぞみ」
「ん?」
「……ひとみは絶対連れて帰る」
「当然。そのための無茶でしょうが」
「ん……」
コ―ニャのロケットブースターに火が放たれる。弩に弾かれるように加速してコ―ニャが飛び出していく。加賀の舳先で僅かに沈み、すぐに上昇に転じた。
すぐにのぞみにも発艦許可が下りる。金属の箱、フリーゲルハマーD-34を両手に下げる。魔力を体の中で循環させるように意識。血が身体を巡り筋肉を駆動させるように、魔力を前進にいきわたらせる。重いハンドルを持ち上げる。難なく持ち上がるそれにのぞみは口の端を持ち上げた。
「……私じゃないと確かに無理ね」
両脇に
「両腕塞がってるため、省略で失礼!」
スロットル最大、ユニットハンガーが軋む。
「カイト・ワン! 大村のぞみ! F-35B、出ます!」
ロック解除と同時にオーグメンター及びロケットブースター点火。強烈な加速度で飛び出していく。2秒かからずに飛行甲板の先端を通過。揺れは一瞬で抑え込む。離陸安定速度通過。ロケットブースターが燃焼しきる前にある程度上昇しておく。
広がる水平線が丸みを帯びていく。太陽が一気に水平線を飛び越える。清々しい日の出だ。
「一度やってみたかったのよねー、この名乗り」
《……いい年して、恥ずかしい》
「ああん!? どういう意味だポストイット中尉!?」
のぞみがそう噛みつくがコ―ニャは答えない。ムッとして上空を見上げれば二機のオスプレイの後部ランプが開いていた。そこから二つの影が飛び出してくる。
《カイト・スリー、テイクオフシーケンス、コンプリート》
《カイト・ゼロ、発艦手順完了》
のぞみは高度を稼いだところでブースターを投棄。速度を合わせるために一瞬機首を上げてスポイル。速度を合わせて二番機ポジション。
「……一緒に飛べるなんて光栄です、石川大佐」
「俺と飛んでもご利益もなにもないがな」
そう言って笑ったらしい石川大佐。地上迷彩である緑色のユニットから伸びる特徴的な逆ガル翼に斜め下に飛び出す
「石川大佐、自信のほどは?」
「全く、というのが正直なところだが、こんなところで落ちてやるつもりもない」
そう言って脇に差している扶桑刀の柄に左手を添える石川大佐。右手が魔導インカムに伸びる。
「飛びながらとなるが……『オペレーション・ユーリィ』の最後の確認と行こう。今回は米川機が消息を絶ったパグアサ島周辺の強行偵察となるが、電子的な欺瞞手段を持つなにかがいる可能性が高い。ネウロイもしくは何らかの反社会的な組織であると考えられるが、十中八九、ネウロイとみていいだろう」
石川大佐の声はブリーフィングルームと同じく凛とすんで落ち着いていた。
「ポクルイシュキン中尉、解析結果を改めて口頭で。今の状況も含めて」
「了解」
三人を僅かに見下ろす位置についたコ―ニャが口を開く。
「海面へのレーダー反射波を解析した。パグアサ島の周辺だけ、データが返ってこない。反射波のシャドーゾーンから、データの欠損エリアは半径20キロ程度の球形と思われる。海面反射はノイズ扱いだから、レーダーに現れない。盲点だった」
「解釈には変更なないな?」
「ん。この辺りが魔の海域と言われている理由が、おそらくこれ。空間まるごと欺瞞していると考えられる」
「空間まるごと……ねぇ……」
夢華はどこか胡散臭そうな表情を浮かべていた。それに答えたのはやはり石川大佐だ。
「仮に不可知戦域と呼ぶ。内部がどうなっているか外から感知することができない。中がネウロイの巣窟になっていてもおかしくない」
「米川機はそこに突っ込み、帰ってこなかった」
「生きてると思います? 米川」
のぞみがそういうと、石川大佐は一瞬目を伏せた。
「生きていると信じよう。仮に戦死していたとしても、連れて帰ってやらなきゃな」
石川大佐の声にのぞみが頷いた。
「半径20キロとは、やけに狭くなってやがりますね」
夢華はどこかぶすっとしたままそう言うとコ―ニャが頷いた。
「おそらく中に入ったウィッチを外に出さないようにするからくりがある」
「……要は、一度突入したら出てこれないかもしれねぇってことじゃねーですか」
「この天変地異はネウロイに派生するなら、ネウロイを破壊すれば止まるんでしょ、ならぶん殴って出てくれば問題ない」
夢華の疑問を一笑に付したのはのぞみだ。それから続ける。
「要はネウロイ倒して生きて還ってくればいいんでしょ。いつも通りじゃない」
そういう間にも状況が変わっていく。不可知戦域とコーニャが呼んだエリアがレーダーにマークされる。その方向を眺めても穏やかな海が広がっているだけである。
「それで、ポニーテール中尉」
「Покрышкин」
「まさか視えない敵に対してがむしゃらに撃ちまくれとか言うんじゃないでしょうね?」
それを聞いたコ―ニャは僅かに笑ったように見えた。
「……A-100飛行脚を舐めないで。からくりはわかった」
コ―ニャがフリーガーハマーを構え、引金を引いた。たちまち9条の白煙が噴き出す。穏やかな海に向かってラインが伸びていく。
「……なら、ジャミングには、ジャミングで対抗する。目には目を、歯には歯を。それが、オラーシャの流儀」
空中で飛び出した弾頭が弾け飛ぶ。その直後、一瞬で広範囲の空間が光った。爆発とは違う輝き。それを見た石川大佐は笑う。
「なるほど、チャフパックか」
ミサイルが弾けた空間には、今や無数の銀色が舞っている。何百の、いや何千枚のアルミ箔だ。薄っぺらい銀色の短冊が、くるくる回りながら太陽光を反射して光る。
「何もない空間にいきなり電波を吸収する幕を設置することはできない。おそらく、飛んできた電波に合わせて対になる電波を照射することで回避している」
アクティブ・ステルスというやつだ。理論は分かるが実用化は……といったレベルで、まだどの国も実用化には至っていない。それをやってのけたネウロイ。技術者なら喉から手が出るほどサンプルを欲しがることだろう。
だが今は、ただ単に敵だ。
「なら、それを惑わせればいい」
アルミ箔の制御されていない運動は、結果としてランダムに電波を反射、かき乱すことになる。それを目の前で大量にばら撒かれたのだ。ネウロイが仮にスーパーコンピュータ以上の演算能力を持っていたとしても、瞬時に対応するなど不可能。隙が出来る。
コ―ニャの魔導針が鋭く輝いた。
「サーチパターンはわかった。……ここが貴様の墓場だ、ネウロイ」
コ―ニャが高度を上げていく。そして宣言。
「フェーズワンを開始する」
「許可する。大村機はポクルイシュキン中尉の直掩。高少尉、俺に続け」
「カイト・ワン了解」
「スリー」
その間にもコ―ニャの声が無線に乗る。
《我が主、我を獅子の爪と熊の爪より援ひいだしたまひたれば、此異邦人の手よりも援ひいだしたまはん。往け、ねがはくは我が主、汝とともにいませ》
言葉が紡がれ、飛び出す度に光が大きくなっていく。突破口は出来た。ここからは電子戦機の出番だ。
《異邦人、羊飼いにいひけるは我がもとに來れ汝の肉を空の鳥と野の獣にあたへん》
コ―ニャの魔導針が輝き、それと同時に周囲の風景が一気にざらついたものへと変わっていく。ネウロイの欺瞞手段を打ち破らんと、コ―ニャの魔法が牙をむく。
《羊飼い、異邦人に応へて曰く、汝は劍と槍と矛戟をもて我にきたる。然ど我は萬軍の我が主の名、すなはち汝が搦みたる此の地の軍の神の名をもて汝にゆく》
まるで古い映画のノイズのように揺らぐ空間に向けて、夢華と石川大佐が加速するそれを追いながら、コ―ニャが叫ぶように唱えた。
《今日我が主汝をわが手に付したまはん。我、汝をうちて汝の首級を取り異邦人の軍勢の尸體を今日空の鳥と地の野獣にあたへて全地をして此の地に神あることを知ら占めん》
バチン、とスイッチが切り替わるような感覚、一瞬、空気の壁に叩かれたような感覚に襲われた。姿勢を保つ、そして次の瞬間、のぞみが笑った。
「やるじゃん、プラスコーヴィヤ」
のぞみたちのマルチバイザーに警告が走る。ロックオン警報。だが、それは同時に、コ―ニャが敵の欺瞞を打ち破ったことを意味する。フェーズワンは成功だ。
《カイトフライト・エンゲージ》
石川大佐が静かに宣言する。戦いが幕を上げた。
「203空、通信途絶えました」
「加賀」の
「場所のプロットはできてる?」
「今モニタに出します」
そう言って映像に出てきたのは一本の線。この
「その表示さ、なんだか
「と言われましても……」
「ま、いいけどさ。……今はこうやって見ていることしかできないけど。
「はぁ……」
ちなみに桜花ちゃんとは石川桜花第203統合戦闘航空団団長のことだ。階級が同じ大佐で同格とはいえ、人類連合軍という別組織の人間に向けて放たれるセリフにしては砕けすぎている。作戦中とは思えないラフさに困惑するかもしれないが、いつも霧堂艦長はこのノリだった。周囲は気にせず――というか、スルーして――職務を遂行する。
「問題は不可知戦域が解除された結果として大規模なネウロイ部隊がわんさか出てきた場合だけど、今はCIWSとかの展開用意ぐらいしかできることない。今は気楽にいこう」
「……艦長は、203空を信頼されているんですね」
「まぁねー。
キクチンと呼ばれた男がピクリと反応する。ブルーの士官用作業服に添えられた少佐のソフト肩章の金糸がモニタの光を反射した。
「……なぜ私に話題を振るんですか?」
「いやー、あの子たちの戦闘はキクチンが見てるでしょ? 砲雷長で戦闘時はここに籠ってるわけだし」
「菊池です、キクチンではありません」
「硬いなぁ……きく……菊池砲雷長は」
キクチンと言おうとして睨まれたこともあり、霧堂艦長は肩を竦めていい直す。
「まぁそれもアリだけど、というより必要なんだけど。部隊全員が私みたいだと船も動かないわけだしさ。……で、君はどう見る? この状況」
「……最悪の可能性は考えておいた方がよいかと」
「君のいう最悪の可能性は203が状況の打破に失敗し、ネウロイが拡散することかな?」
「はい」
やろうとしていることは蜂の巣を叩くどころかぶっ壊す行為だ。そしてここは海上交通の要所。居心地のいい住処を壊されたネウロイが暴れるだけでも大問題だ。
さらには不幸なことに、この海域で即応性がある部隊と言えば203以外には駆逐艦3と強襲揚陸艦1、あとおまけの潜水艦1により構成される
せめて一旦内地に戻ってる駆逐艦2が追いついてくれれば良かったのだが……いや、その程度では変わらないか。そんなところまで考えてしまった自分に気付いて、霧堂艦長は心の中で笑った。
今考えてたのは艦長の仕事じゃない、艦隊司令の仕事だ。
「まあその時はその時で我らが艦隊司令長官殿がなんとかしてくれるだろうし……そうならないことを願おうか」
思えば不思議なものである。
まだ空を飛んでいた頃にはネウロイに対して決定打にならない駆逐艦なんてどうでもよかったが、いざ艦の長となってみれば護衛に一隻でも多くいるだけでありがたいと感じる。
これが慣れだというのなら、自分もすっかりウィッチ母艦の艦長ということか。
そんな霧堂艦長を見た菊池砲雷長は首を傾げる。そのどこか煮え切らない答えに違和感を感じたのだろう。
「お疲れですか?」
「疲れてるって言ったら変わってくれる?」
「無理です」
即答。当然だ。そもそも艦艇というのはキチンと指揮権の継承順位が決まっているものである。艦長の代わりは副艦長、その代わりは航海科長……もちろん、分かり切ったことだろうから菊池砲雷長もそんなことまでは言わない。
「……だよねぇ。なら答えは『大丈夫、どうってことはないさ』だよ」
霧堂艦長は菊池砲雷長へと笑ってみせて、それからモニタに向き直った。状況は動いていない。実際には大きく動いているというのに。
「飛べない自分が不甲斐ないと、思ってはいるけどさ」
それを聞いた菊池砲雷長は、怪訝な表情。
「……それを野郎である私に言いますか?」
「いいじゃん、
どこか皮肉が鼻につく言い回しをして、霧堂艦長はどこか乾いた笑みを浮かべた。
「さて、今は祈ろうか。ちなみにキクチンは宗教信じるタイプ?」
「私は無宗教ですが」
「そ、私もよ。神様が助けてくれるならとっくにネウロイは神の怒りを買って死滅してないとおかしいしね。でも、祈るという行為は祈る側にも祈られる側にもいい効果を与えることはリベリオンで実証されちゃったことだし、祈ることで誰かが救われるなら、私は祈ってみるよ。誰に祈ればいいかわからないけどさ」
「とりあえず、203空が敵を落として帰ってくることを、彼女たちに祈ればいかがですか?」
「そりゃ名案だ。中世だったら火あぶりの刑で死ねるね」
そう言いながらも、彼女はゆっくりと目を閉じる。
あんたら、生きて還ってきなさいよ。
「ちぃっ……」
「……歳は取るもんじゃないな」
石川大佐は苦笑い。64式小銃を構え、セレクタはフルオートのまま指切りで撃っていく。人の半身程度の大きさの小型のネウロイが幾つも飛んでくる。それを撃ち捨てて、石川大佐は軽く笑った。インカムを入れる。
「こいつら全部コアなしか……! 勲章の華にはできそうにないな……っ!」
「キリがねーですよ。撃った先から増えるんじゃジリ貧でやがります」
夢華はぼやきながら素早くマガジンを交換する。腰の太いベルトに差したダンプポーチに空のマガジンを叩き込んで新しいマガジンを叩き込む。ボルトストップを解除し初弾装填。コアが無ければ体組織が再生することもないが、増え続ける敵の供給を止めることはできない。
「レルネのヒュドラかなにかか、全くやっかいな。ポクルイシュキン中尉! 親玉がどこかにいる! 見つけられるか?」
《今割り出してる》
コ―ニャの声は端的に返ってくる。余裕はなさそうな声。それ以上の声はかけない。おそらくコ―ニャにとってはそれはノイズ以外の何物でもないだろう。
石川大佐、ハーフバレルロール。高度を上げつつネウロイのビームを避けながら、スリングを肩にかけ両手を開けた。左手を腰に下げた扶桑刀の打刀の鞘に沿える。鍔の縁を押し、鯉口を切る。金属の澄んだ音が響く。
「こういう戦闘は柄じゃないんだが、なっ!」
目の前には空飛ぶ魚雷と言うのが正しいのではないかと思えるような小型のネウロイ。ビームで薙ぎ払うような事前挙動は見えない。それを必殺の距離に
まるで鈴の音が鳴るような鞘を刃が滑る音。弓鳴りのような音。その刹那に抵抗なくネウロイは真っ二つに切り捨てられた。背後で爆散。
それを見ることなく石川大佐は刃を返す。青眼に刃を構え直しながら振り返った。再生をすることなく消えているが、コアを切ったような感覚はない。やはりこいつもコアなしだった。
「……ほんとキリがな――――っ!」
一瞬だけエンジンを吹かし、振ってきた何かを紙一重で避ける。続けて振ってくる何かをほぼ反射で切り捨て――――驚愕する。
「なんだこれは……! 液体か!?」
刀にまとわりついているのは、乳白色の液体のようなナニカ。ゼリーのような半液体状のソレを嫌悪感を抱きながら振り捨てようとしたとき、カクンと力が抜けそうになった。慌てて刃についた液体の残滓をはらう。
「魔力を……吸われた、だと?」
なぜ、という疑問が溶ける前に、また、それらが振ってくる。今度は切り捨てずに避けることに専念。
「やってくれる……カイト・ゼロより各機。上空の中型が放っているのは粘性の高い高魔力吸収体! 魔力をごっそり削られるぞ。シールドで耐えるよりも回避を優先しろ」
《また面倒なものを……謎の白い液体とは趣味悪い》
のぞみのそういう声が無線に乗る。本当に嫌そうだ。
《なにまどろっこしい言い方してやがるんです。あれに当たらなきゃいーだけの話じゃねーですか、あのせーえ》
「《それ以上いけない》」
石川大佐とのぞみの声が被った。その後に鼻を鳴らした夢華はどこか不満そう。
《……要は当たらなければいーんでしょう》
そう言って夢華は高度を取っていく。位置エネルギー優位を取っているネウロイが白い何かを飛ばしている。それを最小の動きで躱しながら一気に距離を詰めていく。液体を飛ばしてくるやつの動きは緩慢だ。距離を詰めること自体は容易い……液体を引っ被ることさえ考慮しなければの話だが。
だが、夢華だけはそれができる。固有魔法を駆使して相手の脇をすり抜ける。魔導エンジンをアイドルまで出力を下げ、惰性だけでふわりと高度を取る飛び込み前転を決めるように足を大きく振り回しながら小銃ですぐ真下に見えるネウロイを叩き潰した。いつものように白い光に代わるネウロイだが、同時に白い大量の液体をまき散らした。
「うわっ! ちょっとゆめか! 下の事考えなさいよ!」
真横をその残骸がすり抜けたのぞみが大声で抗議。それを夢華は鼻で笑った。
《アンタが避けることは確認済でやがります》
出力を絞ったままゆっくりと回転を続けていた夢華だが、水平状態になったレベルオフと同時に出力を跳ね上げる。背面飛行のまま加速してハーフロール、姿勢を戻してエンジン出力最大で
夢華も高々手榴弾が上空で爆ぜた程度で撃破できるとは思っていない。それでも彼女は笑っていた。予測通りネウロイは迷ったように首を上げる。怪異と言えど空気抵抗という物理法則には逆らえない。空気の流れをスポイルしたせいで速度が落ちる。その真上を高速で突っ込む。真下に向けて引金を引きっぱなしにしておく。撃破。
「あぁもう、訓練じゃないんだからペイント弾もどきはやめろネウロイ。汚いでしょうがっ!」
ナワバリバトルじゃねーんだ! とのぞみが叫ぶが夢華には何が何だかわからない。とりあえずはあの扶桑人がいう事だ、碌なものではあるまい。
《キリがねーでやがります》
左右のスタビレーターを逆方向に動かしわざと失速。警報は無視。のぞみを追いかけていた奴に遠距離から牽制弾を叩き込む。その隙をついてのぞみはくるりと宙返りを決め、一発だけ撃った誘導弾がネウロイを塵に変えた。
夢華、レフトラダーをキック。錐揉み回転を止めて増速、海面スレスレまで飛び込んで島の方向に加速する。その衝撃波で吹き飛ばされた白波にネウロイのビームが刺さる。
「不用意に突っ込むな高少尉!」
石川大佐が全力で忠告を与えるがそれを無視。夢華に向かってネウロイが一気に集まっていく。
「囮役でも引き受けたつもりかアイツ! こんなところで勝手に見栄きるんじゃないわよ!」
のぞみはそう叫ぶが、夢華の行動に救われたのも確かだ。フリーゲルハマー二つを二つ装備したのぞみにとっては逃げるだけでも一苦労。直線軌道を描くビームとは異なり、液体は軌道が読みにくい。
「……くそっ、どういうつもりだゆめかは」
「まったく、世話が焼けるな。大村! 支援を!」
石川大佐が夢華を追いかける。のぞみはそれを受けてフリーゲルハマーを振りかざす。
「りょーかいっ!」
そう言った先、はるか下方で赤いビームと共に白い何かを吐き散らすネウロイが見える。夢華を追いかけているやつらだ。
「うまく当たってよっ……!」
コ―ニャは今、親玉を探そうと演算中。その演算を邪魔するわけにはいかない。セレクタは単発。誘導法は画像追尾。ネウロイをロックして、発射。
直後にそれを撃ち落とさんとネウロイのビームが集中する。それを受けてミサイルは爆裂。舌打ちをする余裕もなく、今度はのぞみにビームが集中する。
「くっ……」
小型のネウロイのビームは出力が低いと言われるが、実際に受けてみると嘘だと思う。ビームの勢いに後ろに押されてしまう。避けようにも、小型故の小回りの良さで喰らい付いてくる。というか、やはり舵が重すぎる。速度も出ない。ストライカーは旅客機じゃないというのに。
「フリーゲルハマーが本当に邪魔だっ! ポストモダン中尉! まだか!」
「もう少し……!」
「速度が出せなきゃこっちが疲弊するだけだ! 急いで見つけなさいよ!」
コ―ニャを庇う位置でシールドを張りながら、のぞみはそう悪態をつく。
そもそも、これも全部あのちんちくりんな後輩のせいだ。勝手にいなくなって、勝手に心配かけさせて、連絡の一もつ入れはしない。
「あぁもう! 米川――――!」
無線全開でかき鳴らす。
届け。無視するならあとで教練追加だ。
「米川! どうせ生きてんでしょ! 返事しなさいよバカ! 生きてなかったら私がしばき倒してやるから返事しろ――――!」
無線には応答がない。それがいらだちを強くする。
「アンタはヨーロッパまで行くんじゃないの!? 憧れの501に入るんじゃなかったの!? こんなところでバカンスしてる余裕ないでしょうが! 准尉ごときがこんなところで有給休暇使っていいわけがないでしょうが! 聞いてんでしょ、米川! 返事しろこのチビ!」
半ば滅茶苦茶な怒声が無線に乗る。その無線目がけてなのか何なのか知らないが、ネウロイが一斉にのぞみの方に向かってくる。放たれるビーム。重量過多では避けきれない。シールドで守るが、弾き飛ばされる。
「つぁ……!」
それでもロールを撃ってバランスを保った。すぐに第二射。今度はギリギリ避ける。
「アンタは! アンタは私の僚機でしょうが! 仲間でしょうが! カイトフライト二番機でしょうが! 二番機が一番機の許可なく落ちてるんじゃね――――――っ!」
叫ぶ。返事をしてくれ。お願いだから。