ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第十一話「ギアアップ~おもい~」前半

 それは一瞬だった。

 

 

 軽い衝撃とともに中途半端な音。べちゃり、言葉にするならそんな感じだろうか。とにかくなんとも表現しがたいイヤーな音だ。それと同時に激痛が走る。

 

「あうっ……!」

 

 いくら模擬戦向けのペイント弾といっても、模擬銃である以上飛び出す速度は相当だ。ストライカーに当たれば良かったのだが、身体に直接当たればむちゃくちゃ痛い。

 

 しかし実はペイント弾で厄介なのはその痛みが去った後だ。水気のあるそれは服を濡らして生乾きみたいな感じにしてしまい、これがなかなか気持ち悪いのである。しかも今回の被弾個所はズボンときた。

 ズボン越しにそれを肌で感じて、ひとみはぞくりと鳥肌を立たせた。

 

《青軍米川被弾! 模擬戦終了!》

 

 僅かなタイムラグを置いて魔道インカムに入るのはのぞみの声だ。模擬警報が鳴りまくっているマルチバイザーの演習モードを終了しつつ押し上げれば、目に入ってくる真っ青な空に眩しい太陽。

 

 そんな太陽の下で現代の魔法の箒であるF-35ライトニングⅡは調子よさげにエーテルを反応させ大気へと放出、音速飛行も可能なその強力なエンジンでどんどん空を切り裂いていく。

 まだ六月に入ったばかりだというのに、目の前にぽつりと浮かぶ雲はもう夏みたいだ。どこまでも広がるのは爽やかな青さの水平線。

 

 風も保護魔法で適度に抑えられ、気持ちがいい。遮るものはなにもなくて、どこまでも飛べそうだ。

 

 

 ……こうして、いつまでも飛んでいられたらいいのにな。

 

 

《――――こら米川! ぼさっとしてないで早く集合!》

 

 そんなことを考えているのを見透かすようにのぞみの声。

 

「すっ、すみません!」

 

 慌てて思考中止。ひとみは慌ててストライカーで空気を蹴って旋回して、先輩のところへと駆け寄った。

 

「まったく……戦闘が終わったからって気を抜いてるんじゃないわよ、それどころか米川。あんた今回は敵を落としたんじゃなくて、落とされたんだからね? 天国へ行きたくなければ現実逃避しないこと」

 

 そうため息をついてみせるのぞみ。ちなみに彼女は今回の模擬戦の審判を担当している。のぞみはひとみに対して今回の問題点を一通り列挙してみせると、それから既に集合していた華僑空軍のウィッチ、高夢華へと向き直る。

 

「で、ゆめかもゆめかでホントにストライカー狙って撃ってる? 米川の身体にも結構当たってるんだけど」

 

 のぞみにそう言われて、華僑民国の96式歩槍を抱えた夢華は乱暴な言葉使いで返す。

 

「そりゃあんな馬鹿正直に一直線になってる状態で撃てば嫌でも尻に当たるに決まってんじゃねーですか、あとアタシの名前は(ガオ)夢華(モンファ)! 扶桑読みすんな!」

 

「扶桑皇国海軍のセーラー着て言われても全く説得力ないわよー水兵さん?」

 

 そう言われて自分の恰好を見下ろす夢華。彼女が着ているのは加賀に乗りこんでから愛用している加賀乗務の水兵用制服の一番小さなサイズである。一応女性用にはピッタリと体を引き締める上下一体型のボディスーツがセットであるのだが、夢華は中華民国空軍時代からの白い綿のローライズを履いていた。

 

「軍人なら中身に見合った制服を着る。当然だよねー? 戦闘に使えない正装の一着しか持ってきてないゆめかちゃん?」

 

 今にも組みつかんとしそうなほどににらみを利かせる夢華を、ニマニマとみつめるのぞみ。

 

「ふ、扶桑海軍下士官が偉そうに……!」

 

「ふふーん。郷に入っては郷に従え。扶桑海軍の船に乗ってるんだから扶桑のシステムに従いましょうねー。そのF-15F(イーグル)使えるのだって、我が扶桑皇国のおもいやりあってのことなのだよ。もちろん分かってるわよねぇ ゆ め か ?」

 

「それとこれとは……」

 

「どう違うのかなー? F-15FのFは扶桑のF、ゆめかも扶桑仕様。一体なんの問題があろうか?」

 

「ぐぬぬ……」

 

 上手い言い返しが思いつかないのだろう。表情筋を引きつらせる夢華。夢華が扶桑仕様のストライカーを使うことと「ゆめか」と扶桑式に呼ばれることはどう考えても違うだろうとひとみは思うのだが……会話に入りこむと「チャイナドレスで戦う『魔法少女マジカル☆ヒトミン』!」などとからかわれる――実際、もう何度もからかわれた――ので黙止を決め込むことにする。君子危うくに近寄らず、だ。

 

「ほらほら、もう諦めなさいー? せっかくのF-15(イーグル)取り上げられても知らないぞー?」

 

「ちょ、調子に乗りやがってからに……」

 

 ちなみに、夢華は華僑空軍のウィッチだ。F-15Fは扶桑皇国軍の機体。いくら統合戦闘航空団とはいっても他国の機体をほいほい使えるわけではない。夢華がF-15Fを使えるのにはふかーい訳があった。

 

 その説明には、時をしばし遡る必要がある。

 

 

 

 

 

「……で?」

 

「これだけは譲らねーって言ってんです」

 

 訓練のために格納庫(ハンガー)にやってきたひとみだったが、いきなり石川大佐の低い声が響いて足を止めた。驚いて声がした方をみると険しい表情の石川大佐とその足元に胡坐をかいて座り込んでいる夢華の姿。

 

「高少尉……」

 

 どう対処したものか、といった様子の石川大佐。

 

「石川大佐と……もんふぁちゃん?」

 

 ひとみに気付いた石川大佐が振り返る。

 

「ん? ああ米川か、これから訓練飛行だったな」

 

「はい。あの、どうかしたんですか?」

 

「いや、大したことではないんだ。ほら高少尉、訓練に参加するんだろう。米川にまで迷惑をかけるつもりか?」

 

「だから何だってだです。とにかくアタシは大佐殿が頷くまで動かねえって決めやがったですから」

 

「はあ……米川、こいつを説得してやってくれ」

 

「せ、説得?」

 

 一体なんの話だとひとみが首をかしげると、石川大佐は横目で夢華の方を見た。

 

「彼女がイーグル(F-15)を使いたいといって聞かなくてな」

 

 ひとみは夢華の方へ目をやった。ひとみよりも僅かに背の低い華僑人はその幼顔に似合わない戦闘態勢な表情で座り込みを決めており、テコでも動かなそうだ。

 

「えっと……もんふぁちゃん? ほら、そんなところに座ってたら冷えちゃうし……」

 

「旧暦ならもう夏、むしろ蒸し暑いぐらいでやがります」

 

「そ、そうだけどぉ……」

 

 説得方法を間違えたか。というか本当に説得できるのだろうか。

 

「いいから、このアタシにイーグルを使わせやがればいいんです。それで万事解決じゃあねえですか」

 

「何度も言うがな高少尉、それは我が国の装備なんだ。他国の人間に使わせるわけにはいかない」

 

「せっかく艦に積み込んでおきながら使わない。それが扶桑のやり方ってんですか」

 

「違う。「加賀」にF-15を積んだのはどこかの華僑空軍軍人が格納庫を吹き飛ばしたからだ」

 

「う”……」

 

 盛大に心当たりのある夢華の旗色が急に悪くなる。先日の香港防空戦で夢華が扶桑のF-15Fを無断借用したことは記憶に新しいが、その時に無理矢理吹かして離陸したために周囲の倉庫を盛大に吹き飛ばしてしまったのである。

 

「まあ格納庫は華僑海軍の所有物だし、吹き飛ばしたのは華僑空軍。俺はそれを責めるつもりはない。ただF-15はどのみちシンガポールで降ろし、そこで扶桑南遣艦隊に引き渡す。それだけだ」

 

 とあるオラーシャの空軍中尉(どこかのだれかさん)が飛行者登録をねじ込んでしまったので203空としては大した問題ではない。ただF-15Fは一応輸送中の扱いであるし、使い続けるのも問題だろうという話だ。

 

 石川大佐が一歩前に出る。夢華は慌てて後ずさると、後背地……つまりF-15Fを懸架している簡易ハンガーを庇うように張り付いた。

 

「……アタシが、一番うまくこの子を使えるって言ってやがんです! いいから使わせろってです!」

 

「ならん。扶華関係にも関わる」

 

 F-15Fは扶桑の主力要撃機。半世紀前の機体とはいえ軍事機密には変わりない。石川大佐は仁王立ちで夢華を真正面から見据えた。

 

「貴官も軍人だろう。分かってくれ」

 

「……いやだです」

 

「高少尉」

 

 ダメ押しするように言う石川大佐。

 

「い”ーや”ーた”ー!」

 

「……高少尉」

 

「いやだいやだいやだ、いーやーだー!」

 

「も、もんふぁちゃん……」

 

 強襲揚陸艦の「加賀」格納庫はトラック回転翼機など航空機の運用も想定された構造をしている。冷たい鋼鉄の鳥籠では、その駄々をこねる夢華の声は良く響いた。

 整備兵たちが何事かとそちらの方を見やる。足を止めた士官たちが格納庫入口から顔を覗かせる。軍艦の人口密度というのはなかなかに高いのだ。逃げ出したくなるくらい視線が集まってくる。

 

 おろおろするひとみに対して、石川大佐は黙ったまま動かない。そんな手には乗らないぞと言っているのだろう。

 と、そこに歩み寄ってくるやや汚れた服装。「加賀」の整備兵たちを束ねている尉官のオジサンだ。それを見たい石川大佐は彼が口を開くより早く言い放った。

 

「いや違うぞ、俺のせいではない」

 

 一瞬その言葉の意味を察しかねた尉官だったが、すぐ理解したのだろう。真顔で務めて事務的に返す。

 

「それは存じております大佐。ご報告したいことがありまして」

 

「……なんだ、報告か。さっさとやってくれ」

 

 そう言う石川大佐に、尉官はクリップボードを渡す。

 

「南遣艦隊に引き渡す装備品のリストです」

 

「それをなぜ俺に見せる……ん、やけに少なくないか?」

 

「香港の際に多くが余計に傷ついてしまったので、引き渡しが難しくなったのです。南遣艦隊も補給が滞っている訳ではありませんし、部品食いを渡しても意味ないでしょう?」

 

「確かにそうだが、半壊のユニットだけ残しても仕方ないだろうに……」

 

 そこまで言ってから、石川大佐は「まさか」と顔色を変えた。ニヤリと笑ってみせる尉官。

 

「北条閣下の取り計らいです。必要ならばF-15運用にオスプレイももう一機手配する、とも仰っています」

 

 ほうじょうかっか……ひとみは少し考えてから、北条閣下が誰だったかを思い出す。この艦隊を率いる司令官だ。

 

「本気で言ってるのか?」

 

「扶華軍事連携強化のためです……ほら野郎ども、もってこい!」

 

 尉官が合図すると、平べったいキャニスターを整備兵たちが押してくる。それは夢華が海軍向けということで海洋迷彩を施されていたユニットとは異なり、扶桑空軍のF-15Fを思わせる灰色の塗装が施されている。

 

「廃棄物100%の特製ストライカー。加賀航空機中間整備部門(A I M D)のアフターサービス付。如何です華僑のお嬢さん?」

 

「ふ、ふふふん。別にそこまでしてくれやがらなくってもいってんですよ」

 

 さっきまでの態度と打って変わって両手を腰に当てる夢華。よかった……のだろうか? うん。きっとよかったのだろう。

 

 

 

 

 

 そういう理由で、今回の模擬戦は正式に狙撃手となったひとみの訓練と、そして夢華のF-15完熟訓練を兼ねているのだ。

 

「ほんと、よくまー他国のストライカーなんて履く気になるわよね」

 

(ダー)(ツォン)のF-35もリベリオン製じゃねーですか」

 

 やれやれと言わんばかりののぞみに切り返す夢華。

 

「バーカなコト言っちゃあいけない。ライトニング(F-35)は共同開発、扶桑だって一枚噛んでる……それにしても、上手く発艦したわよねぇ。ゆめかは初めてのオスプレイ☆ジャンピングだったんでしょ?」

 

 そう言いながらのぞみは輪形陣を組んでいる海上の軍艦たちを見る。水面に浮く灰色の畳はひとみたちの母艦、強襲揚陸艦「加賀」。

 ジェットストライカーを発艦させるのに十分な飛行甲板を持たない「加賀」を母艦とする第203統合戦闘航空団で、なんの補助もなく発艦できるのは今のところのぞみのF-35Bだけ。

 もちろん香港でやったように倉庫を吹き飛ばしながらロケットの如く『発射』することも出来なくはないが、オスプレイを回してもらえたお陰で夢華もひとみ同様にオスプレイから射出(ぶっとば)されることになっているのである。

 

「ふん、あんなのどうってことないってんです」

 

「……もんふぁちゃん、すごい上手だったよね」

 

 当然だと言わんばかりの夢華に、どこか羨ましそうなひとみ。

 

「なにその微妙な反応。もしかして米川、ゆめかより……」

 

 そこまで言いかけたのぞみだったが、流石にひとみの表情を察したようで口を噤んだ。

 

「まあほら、機体も違うし? 仕方ないよね。うん」

 

「わ、わたしだって一回転で点火できますもん……」

 

 そうだそうだ、今日はちょっと上手くいかなくて余計に回ってしまっただけなのだ。それだけなのだ。年下の夢華の方が上手だったとか、機付きの加藤中尉があいまいな笑みを浮かべてとかそういうのはどうでもいい……とりあえずそう考えたかった。

 

「まあこればっかりは基礎訓練の差だろうねー。摸擬戦に関してもそう。米川、一回背後取られたらそのままずっと喰らい付かれたままってどうゆうことよ?」

 

 のぞみはいきなり話を模擬戦に戻した。

 

「だ、だって……もんふぁちゃんが全然離れないんだもん」

 

 決して言い訳じゃあない。右に行こうが左に行こうが、どうしても夢華から逃げられないのだ。一度後ろを取られたが最後、まるで先読みされているかのようについて離れず、結局ひとみは模擬戦の間中ずっと後ろから撃たれ続けていただけだったのだ。

 

「ゆめか、まさか固有魔法とか使ってたりしてないでしょーね?」

 

 のぞみが言ったその言葉に、ひとみの使い魔であるナキウサギの小さい耳がピクリと動いた。確か、夢華の固有魔法は未来を視るような感じのものだと聞いている。

 

「……もんふぁちゃん、ずるい」

 

 ぼそりと漏らしたひとみを夢華は鼻で笑う。

 

「つかわねーでも分かるってんですよ。あんな必死さのない回避運動、誰だってついていけやがるってんです」

 

「うん同感。そして米川、固有魔法という点ではあんたの方がよほどズルいから」

 

 同調するのぞみ。実際、ひとみの固有魔法を全力で使えば、どんな状況でも百発百中が約束されている。実際には百発も撃てないのが最大の欠点ではあるのだが、シールドを使用しないことが前提の模擬戦なら楽勝だ。

 

「全く、こんなんでよく生き残れたもんで」

 

 肩をすくめてみせる夢華。自信を無くしてしまったひとみは項垂れるしかない。なんせ、なんにも間違っていないのだから。まだのぞみと違ってエースでもないし、コーニャみたいにみんなを助けることも出来ない。唯一できる狙撃だってまだまだ魔法頼りで出来ているに過ぎないのだ。

 

「いや、それは違うよゆめか。米川は実戦では結構いい回避運動をしてた」

 

 否定したのはのぞみだ。

 

「今日の米川は逃げながら撃ち返そうとしてる。人間二つのことを同時にやるってのはなかなか難しいんだ。普段はそんな動きしてない、だよね?」

 

「確かに、そうですけど……でも」

 

 実際、ひとみの得物であるWA2000は狙撃銃だ。夢華やのぞみの装備する歩兵小銃とは訳が違い、素早い攻撃――ましてや、今ひとみがしようとしているのは空戦という三次元の格闘戦――を想定していない。

 でも、それが出来てのウィッチじゃないだろうか。そう考えてしまうひとみ。

 

「そりゃ普段は弾道固定の魔法おかげで構えとか横風計算とかの行程をすっ飛ばして狙えてるんだけどもさあ。それでも集中しなきゃダメなわけで、一瞬の遅れが命取りに繋がる回避行動をおざなりに出来るわけがないじゃない」

 

 そう言いながらのぞみは手に持った64式小銃を構えて見せる。

 

「とりあえず米川は攻守の切り替えをしっかりやろう。後ろを取られたら攻撃は一切考えずに避け続ける、そして撃てるときに全力で撃つ! 見敵必戦!」

 

「はい!」

 

 ロクヨンを振り上げてのぞみが叫び、ひとみもそれに応じた。「けんてきひっせん」というのがなんなのかは分からなかったが、それは後で聞くことにする。

 

「……扶桑人は軍でも精神論でやがるのですか」

 

 ぼそりと漏らす夢華。それを見てどう思ったのか、のぞみは小さく息をつく。それから掲げていた小銃を背に戻すと、夢華に向き直る。

 

「まあ置いといて、ゆめかの役目はやっぱし米川の護衛だろうなぁ……」

 

「は?」

 

「いやだって、見てる限りゆめかは私よか中距離向きだし」

 

「なんでそれをあんたが決めやがるってんのですか」

 

「……え、いやだって。私飛行組長(エレメントリーダー)だし?」

 

 のぞみが言えば、夢華はあからさまに顔を歪めて見せた。

 

「なにいってやがんですか。あたしの方が上官でしょーに」

 

 そう言われて、のぞみはふむ。と腕を組んだ。

 

「……なるほど、確かにそうだ。となるとこの部隊の現場指揮官は誰になるんだろう?」

 

 夢華が上官であることを散々無視してやりたい放題なのぞみだが、流石に指揮系統の話となると真面目になるらしい。

 

「普段から敬ってほしいものでやがりますね」

 

 夢華がもう散々だと言わんばかりにかぶりを振った。

 

 

 

 

 

 

「……いや、戦闘隊長を設けるのはまだ早いだろう。四機で小隊(フライト)を編成するなら俺が出て直接指揮を執るからな」

 

 強襲揚陸艦「加賀」艦内に設けられた203空のオフィス……ということになっている空き部屋で、石川大佐は僅かに書類から眼を上げてそう言った。

 

「ということは! カイト1は私で継続ですよね?!」

 

 それに食いついたのはのぞみである。机に両手をついたので置かれていた白いコップが揺れる。

 

「まあ、真っ先に上がるのは大村だからな。基本的にはそうなるだろう」

 

飛行組長(エレメントリーダー)は?!」

 

「大村だろうな」

 

「っしゃあ!」

 

「……ったく、なにが嬉しいんだが」

 

 石川大佐のその言葉にガッツポーズを作って見せるのぞみ。冷ややかな視線を送るのは夢華だ。

 

「分かってないわね。一番槍は武士(もののふ)の名誉! でしょ米川?」

 

「へっ? そ、そう言われましても……」

 

 そもそも武士なんて、大河ドラマぐらいでしか見たことがない。ひとみの脳裏に浮かんだのは赤備えを身に纏い着剣64式小銃を振り上げるのぞみだ。ピンと来ない。

 

「ですよね大佐!」

 

「ああそうだな、時と場合さえ間違えなければ、突撃は有効な戦術だ……だが僚機とはぐれては元も子もない」

 

 くぎを刺すように言う石川大佐。先頭に立って突っ込む武将は勇猛だが、後ろから家来が付いてこられなければ何の意味もない。しかしのぞみに効果はないようで、意気込み強くぐいっと前に出た。

 

「僚機に気を配りつつ突撃します!」

 

「……お前は米川を突撃させる気か」

 

 あきれ顔の石川大佐。

 

「では高少尉と突撃します!」

「発音できやがるんなら普段から言えってんです!」

 

 夢華がすかさず抗議し、オフィスは一時の平穏を得る。石川大佐はコップを口へと運ぶと、それから言った。

 

「そうだ。話は変わるが……当面、高少尉と米川には飛行組(エレメント)を組んでもらう」

 

「えっ?」

 

 夢華と飛行組を?

 いきなり放たれた石川大佐の言葉に困惑したひとみだったが、ひとみがそれ以上言う前に夢華が抗議の声を上げる。

 

「なんでこんなのと……!」

 

「なにか不服か少尉」

 

「大佐、あたしはこの扶桑二人組のなかよし飛行組がお似合いだと思うんですがね」

 

「いや、現状のシフトでは艦隊直掩任務も兼ねている大村の負担が大きいからな。このまま大村・米川組を使い続けるべきではないと判断した」

 

 石川大佐は立ち上がり、部屋の壁に吊るされた簡易作戦板(ホワイトボード)(マグネット)を動かす。母艦である「加賀」の前方にひとみと夢華がセットになって配置される。

 

「基本的には大村とポクルィシュキン、そして俺が「加賀」に張り付き……高少尉と米川には索敵や哨戒を任せることになる。数が少ないせいで戦闘となれば変則的な編成になだろうが、まあこればかりはどうしようもない」

 

「だったら哨戒とかだけ臨時編成でいけばいいじゃねーですか。わざわざ編成変えなくてもいいと思うんですが」

 

 食いつく夢華。その態度が本当に嫌そうだったので、ひとみは少し目を逸らした。

 

「少尉も知っているとは思うが、南方へ進む関係上積極的な戦闘を行う訳ではない。従って今後我々のメインの任務は哨戒になる。そして余裕が出来た以上、大村には「加賀」に張り付いてもらわねばならん」

 

「……」

 

 夢華は不服そうに石川大佐に相対する。

 

「高少尉。大村は突っ込みすぎるきらいがある。米川の狙撃には中距離で堅実に戦える僚機が必要だ。203で一番格闘戦経験が豊富な少尉にやってもらいたい」

 

「……そこまで言うってんなら」

 

「よし、ポクルィシュキン中尉も異存はないな」

 

「ん」

 

 さっきからずっとパソコンのキーを叩いていたコーニャが手を止めて肯定の意を返す。

 

「大村」

 

「異存ありません!」

 

「米川も大丈夫だな?」

 

 大丈夫かと確認する石川大佐。団司令である石川大佐に対して、たったの准尉に過ぎないひとみが何か言えるわけがないのだ。

 

「え、えっと……はい」

 

「よろしい、ではこれで決定だ。大村、直掩任務について細かい説明があるから夕食後に俺の部屋に来い。いいな」

 

「はっ!」

 

 石川大佐はそのままオフィスを出ていく。

 

「……」

 

 沈黙。コーニャが再びパソコンのキーを叩き始めて、その音が室内に響き渡る。

 

「あ、あの……もんふぁちゃん」

 

「なんでやがりますか」

 

「その、よろしくお願いします」

 

 それに対して夢華は、僅かに顔を歪め――――

 

「……ちっ、来やがった」

 

「え?」

 

 何のことかと首を傾げるひとみ。そそくさと物陰に隠れる夢華。耳をかざせば、こつこつと足音が聞こえてきた。

 

「やほーい」

 

「あ、かんちょー」

 

 現れたのは「加賀」艦長、霧堂大佐である。

 

「あれ、華僑っ子ちゃんは?」

 

 キョロキョロと見回す霧堂艦長。

 

「あー高少尉ですか? そうですねぇ……格納庫とかにいるんじゃないですか? ねぇ米川?」

 

 視線を逸らしながらひとみの方を見るのぞみ。そ、そんな風に話を回されても。

 

「ヒトミン知らない?」

 

「え、えと……知らないです」

 

 ひとみは夢華が隠れているであろう物陰の方は見ないようにしながら答えた。

 

「うーん、まあいいや。とりあえずヒトミンにはこれを上げよう」

 

「?」

 

 ひとみが差し出されたのを受け取ってみると、それは茶封筒だった。

 

「よし、じゃあ格納庫へ行ってみるかなぁー、ではまた」

 

 などと言いつつ霧堂艦長は踵を返して部屋を出ていってしまう。

 

「……行きやがりましたか」

 

 物陰から出てくる夢華。先日風呂場で霧堂艦長に襲われて以来、夢華の中で艦長がトラウマとなっているのだ。

 

「庇ってやったんだから感謝しなさいよー。それにしても……我らが母艦の艦長は暇してるのかねぇ」

 

「……暇はしてない、たぶん」

 

「あの女からは狂気を感じやがるんです。何なんですかあの女は」

 

 そんなことをのぞみたちが話す中、ひとみは霧堂艦長から渡された茶封筒を見つめていた。そこに張り付けられているのはいくつかの切手。それに被さる様に押された判子……どう見ても郵便だ。それも見慣れた国内郵便だ。

 住所は東京から始まっているが、ひとみには全く心当たりのないもの。

 

「これって……?」

 

「あ、知らない? 海外勤務の軍人さんには本土の司令部に手紙を送るのさ」

 

「はぁ……そうなんですか」

 

 横から覗き込んだのぞみがそう言う。司令部に手紙を送る? 内容をイマイチ理解できないひとみが封筒をとりあえず裏返してみると、そこに書かれているのは見慣れた住所。そして――――

 

「お、お父さん!?」

 

 そう、ひとみの父親の名前が書かれていたのである。

 

「すごいすごいすごいすごいですよのぞみ先輩! お父さんから手紙が届くなんて!!」

 

「あーもうっ、うるさいわね。というか米川興奮しすぎ! 今の時代手紙なんてすぐ届くでしょーが! ポスパケット中尉にだって来てる!」

 

Прасковья(プラスコーヴィヤ)

 

 訂正するだけのコーニャの机にも、確かにそれらしき便箋と封筒が置いてあった。

 

「というか手紙渡すのを言い訳にしてやって来るなんて、艦長はよほどゆめかにご執心なのかねぇ」

 

「だからゆめかじゃねーですって」

 

 夢華をからかうように笑ってみせるのぞみ。言い返す夢華。だがひとみにはそんなのぞみと夢華の会話など耳には入っていなかった。歓喜の声を上げて手紙を抱きしめながらくるくると回る。

 

「うわあっ、うわあっ!」

 

「うるせーですよ」

 

「でも手紙だよ! お父さんからの手紙なんだよ!」

 

 夢華のしかめっ面で言い放たれた文句すらひとみのテンションを前に意味を成せない。思えば呉で加賀に乗ってからずいぶんと経つ。ホームシックにこそならなかったが、両親に会いたいと思わなかったわけではない。

 

「なにが書いてあるんだろ? あ、お母さんもなにか書いてくれてるかな?」

 

 封を切って手紙を開ける。便箋を広げると、懐かしい文字が飛び込んできた。ずっと見ていなかった、だけど忘れることはない字体。

 

 ひとみへ、の書き出しから始まる便箋を広げる。何枚も重なっている便箋は厚く、どれもびっしりと字が書き込まれていた。

 最後まで読み進めて、もういっかい最初から読み返す。文章のありとあらゆる場所から自分を思ってくれている気持ちが伝わってきた。

 

「そっか、お父さんたちも、元気にしてるんだ……」

 

 ひとみの身を案じながらも、家のことは気にしなくていいと語りかけてくれる父親の文字。それに少し救われる。ペンで書いているのだが、何度も下書きをしたのだろう。初めて開いたはずなのに、どこかくたびれた印象の便箋に、どれだけ心配をかけているかを知る。それでも送り出してもらえた。応援してもらえた。そのことがじんわりと胸に広がる。

 

「ひとみ……元気でた?」

 

「うん。ありがとう。ちょっと元気になった」

 

 疲れが吹き飛んだ、とまでは言わない。だが気持ちが軽くなったのも確かだ。

 

 

「フン――――紙ペラでよくもそこまで」

 

 

 夢華がそう吐き捨てるまでは。

 

 

「ちょっとゆめか……!」

 

 のぞみの声が飛ぶ、が。それ以上続くより先にひとみの口が動いていた。

 

「紙ペラじゃないよ? 手紙だよ?」

 

「そうだゆめか、訂正してもらおうか」

 

 のぞみもひとみの側に立つ。夢華はその様子を見て、どっかりと椅子に座った。

 

「ならただの手紙でよくもそこまで喜ぶもんですね、そう訂正すれば満足しやがるんです?」

 

「ただの手紙じゃなくて家族からの手紙だよ?」

 

「それが嬉しいって?」

 

「嬉しいに決まってるよ!」

 

 どうして夢華はそんな言い方をするのだろう。ひとみには全く分からない。でも、家族からの手紙が嬉しくない訳なんかないはずなのだ。ここは譲れない。

 なのに夢華は笑って見せる。片方だけの口角を吊り上げたそれは、嘲笑だった。

 

「たかだか血の繋がりなんてやっすいもんで喜ぶとかおめでてーってんですよ」

 

 くだらない、と夢華が吐き捨てる。ひとみは頬のあたりがかっと熱くなるのを感じた。

 

「くだらなくなんかない!」

 

「はっ、家族なんてすぐに切れる縁を後生大事にする意味がわかんねーです」

 

「家族はとっても大切なものだよ! 切っても切れない絆で繋がってるんだよ!」

 

「絆なんてなんの役にも立たないくだらねーもんだってんですよ」

 

「そんなことない! だって……だって…………」

 

 ひとみが言葉に詰まり、だんだんとか細い声になっていく。そしてついに消えてしまった。

 

 絆。言葉だけじゃ言い表せない繋がり。それがどう役に立つかなんて考えたこともなかった。でも皆が大切だって、そう考えているものだと思ってた。

 でも夢華は違うと言う。そんなもの役に立たない、何の意味もないって、本気で言っている。だからついかっとなってしまった。そして同時にとても悲しかった。

 

「っ!」

 

 手紙を掴んで胸に抱きしめる。部屋を飛び出し、走るなと言われてる廊下を全力で駆け出した。

 

「ちょっと米川!」

 

 後ろから聞こえるのはのぞみの声だろうか。でもひとみは止まれない。

 あの場所にあのままいたら夢華の言葉が正論になってしまいそうで、そんなの違うはずなのに言い返せない自分がいて、それがとても怖かった。


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