ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第八話 「ローテート~みちびく~」後編

 5月の末は既に初夏とはいえ、夜の海の上はかなり冷え込んでいた。

 

「……のぞみ。まだ飛べる?」

 

「舐めるんじゃないわよ」

 

 そういうとのぞみは背を向け飛ぼうとする。

 

「戦術リンクは切らないで。一航戦の護衛の砲も使う。流れ弾が当たるかもしれない」

 

「わかってるわよ」

 

 そう言い残して、のぞみが飛び出した。それをコ―ニャはその場で見送った。コ―ニャに後ろから抱きすくめられて辛うじて飛べているに過ぎないひとみも必然的にそのまま見送る形になる。

 

「のぞみ先輩……」

 

「大丈夫。のぞみは、死なせない」

 

 コ―ニャがそう言って抱きすくめる腕に力がこもる。僅かに高度を上げたのだろう、視界の端に映る一航戦の艦艇たちが少し小さくなる。

 

「ひとみ」

 

 コーニャの声が耳元で聞こえる。今更だけど、なんだかくすぐったい。

 

「ひとみの狙撃が頼り。目視で、狙える?」

 

「や、やってみる……」

 

 ひとみはWA2000を構える。ライフルの基本は3点保持だ。肩に銃床を押し付け、頬付けをしっかりし、左手で銃を支える。これで3点。後はスリングを左腕にかけて少しでも安定させつつ……引金を引く右手は基本的に力まず、添えるだけ。

 

 覗いたスコープの倍率は現在5倍、夜間で扱うには高倍率過ぎるが、それでもこの倍率でなければ相手が点にしか見えない。それほど離れている位置で迎撃しなければ間に合わないのだ。

 

「風は……」

 

「東北東から12ノット、ひとみ、弾道計算はできる?」

 

 そういわれてひとみは僅かに首を横に振った。銃床の左側に横風計算とスコープを使った距離の算出に使う計算のチャートは張り付けてあるが、実際にそれを使って撃ったことはない。加えて言うなら、これに頼って計算している間にネウロイはその位置から飛びぬけてしまう。

 

「なら、計算は私がやる。……固有魔法は使わないで。計算がぶれる」

 

「う、うん……」

 

 十字型の照準線(ヘアクロス)に視線を合わせる。ゼロインは500メートル。十字の交点に合わせて打てば、500メートル先にピタリと合うように調整がされている。だがそれは風が適切で、しっかりと銃が保持できていた場合だ。

 

 心拍が上がる。それを感じたのか、コ―ニャがひとみを抱きしめる手に僅かに力を込めた。

 

「深呼吸。大丈夫、皆ついてる」

 

 ひとみの耳元に囁くようにそう言って、コ―ニャは目を閉じる。コ―ニャの吐息が、ひとみの使い魔であるナキウサギの耳にかかってくすぐったい。それから少しだけ逃げようと体をよじると、首元に押し付けられた形になる二つの大きな塊が揺れた。

 

「んっ……ひとみ、あんまり動かないで」

 

「ご、ごめん……」

 

「リズムを合わせて」

 

 何があったのかは考えないようにして、息のリズムを合わせる。狙撃銃の上下のぶれのリズムが落ち着いてくる。

 

「シールドは張る。ひとみは、撃つことに集中。わかった?」

 

「う、うん……」

 

 WA2000は決して軽い銃ではない。それでもこんなにも重いものだっただろうか。それでも構え続けなければならない。この狙撃がきっと誰かを救うのだ。

 

「……カイトフライト、エンゲージ」

 

 コ―ニャが戦闘開始を宣言。同時に視界の奥で動いていた敵ネウロイのマーカーが危険性の高いものから順に色付けされていく。

 

「マスターアーム・トゥ・オン。のぞみ、左翼側、B-31、お願い」

 

《了解》

 

 指示に合わせてセーフティを解除する。のぞみから端的に返ってきた答えを聞きながら、ひとみは息を吸った。アイコンが現れる。狙撃目標の指示、B-33とナンバリングされたものに合わせる。

 

「東北東の風、ワンクリックレフト、ツークリックアップ」

 

 コ―ニャの声を聴く。照準線についた目盛を言われた数だけずらして、そこに捉える。トリガーガードに引っかけていた右手の人差し指を、引金にかける。ゆっくりと絞り、撃鉄が落ちる前で止め、戻す。引金自体は元の位置まで戻るが、撃鉄自体は前に押し出された状態で止まる。これで、より軽い力で撃鉄が落ちるようにできる。

 

「――――今」

 

 

 撃鉄を落とす。真後ろに叩きつけられるようなショック。魔法を一切使わずに撃つとこれだけの衝撃がくるのか。

 

 

「っ……」

 

 それでもなんとか銃の跳ね上がりを押さえて、もう一度構え直す。

 

「レティクルから目を離しちゃダメ。B-33は減速。B-32、エイム。スリークリックライト」

 

 B-33のネウロイを庇おうとしたのか、別のネウロイが速度を上げて突っ込んでくる。どれも海面に降下する様子はない。どうやらこのネウロイは「和泉」ではなく、上空を飛んでいるウィッチ……ひとみたちを排除するために飛んできたらしい。一気に高度を上げていくネウロイに合わせてコ―ニャも上昇を開始。ひとみもそれについて行く。

 

「うぅ……っ!」

 

 ひとみは照準器の中にネウロイをとどめておくことだけで必死だった。陸上での狙撃とはわけが違う。狙撃手も目標も時速3桁キロで飛び回りながらの狙撃である。求められる能力が格段にはねあがってしまうのだ。加えて今は夜間。ただでさえ狙いにくい状況である。

 

「……当たって、お願いだから……っ!」

 

 ひとみの視界にコ―ニャが整理したレーダーの情報が流れ込む。大型のネウロイであることがここからでもわかる。コアの位置は統計的に予測がついているが、そこに確実にあるという保証はない。それでもそこにコアがあると信じて、撃つ。

 

 

 反動。銃声。ネウロイの装甲が白く弾け飛ぶ。それでもネウロイ自体は弾け飛ばない。コアを外した。予測の位置から少しずれたのだ。

 

 

「誤差修正、ワンクリック――――っ!」

 

 コ―ニャが慌ててシールドを張った。直後に視界が明るい赤に覆われる。シールドの青白い魔力光が削られるように舞う。それでもコ―ニャは真正面からそのビームを受け止め続けた。

 

「ひとみ!」

 

 コ―ニャの声がひとみの耳朶を打つ。赤い光が途切れる。その瞬間を逃がさなかった。残像が踊る視界でも、なんとかその影を捕らえる。絞るように引金を引く。ヒット。それでもネウロイは落ちない。

 

「どうして……っ! 当たってる、はずなのに……っ!」

 

 焦りがひとみに引き金を引かせる。こんな遠距離で当たるはずもなく、銃声だけが空しく舞う。

 

「おちついて。大丈夫……距離を、詰める」

 

 コ―ニャがシールドを展開したまま距離を詰めようと加速する。ひとみを抱えていることと、もともと速度を求められない早期警戒飛行脚を使っているため加速は緩慢だ。

 

「ビームが来るときは目を瞑って。私が守るから、大丈夫」

 

「コ―ニャちゃん……」

 

 ひとみにそう語り掛け、コ―ニャはただ撃ちやすいであろう場所にひとみを連れていく。今203空でまともな攻撃力を持っているのはひとみだけなのだ。だからこそ、ひとみを守りながら、飛ぶ必要がある。それが無茶だとしても、それが203に課せられた役割ならば、こなさねばならない。

 

「大丈夫、飛べる」

 

 また、ビーム。シールドで魔力がごっそり削られていく。それでも逃げるわけには行かない。

 

「ここで止める。狙える?」

 

 ひとみが頷く気配。既に高度は十分とった。飛んできたネウロイは全部で5機。そのうち4機がコ―ニャたちについてきた。1機はのぞみが相手取っている。すべて、203空を追ってきていた。高度と距離を取って戦っていられる限り、遥か眼下の「和泉」は安全なはずだ。

 

 後はネウロイに高度を落とさせないように、もう少しだけ。そう4分少々だけ引きつけ続ければいい。

 

 

「状況はシンプルになった。いくよ、ひとみ」

 

「うんっ!」

 

 コ―ニャが息を吸って、目を閉じる。ヘラジカの角のような魔導針が一際明るく光る。まるで青のような緑のような、その光がコ―ニャを頂点として、溢れ、揺れ、広がる。

 

(すべ)寡婦(やもめ)あるひは孤子(みなしご)(なやま)すべからず

 

 コ―ニャの声が凛と響く。無線にも乗っているのだろう。広域に凛と響いた。

 

汝もし彼等を惱して彼等われに(よば)はらば、我かならずその號呼(よばはり)を聽きくべし 。我が怒り(はげ)しくなり、我(つるぎ)をもて、汝らを(ころ)さん

 

 コ―ニャの魔力がひとみの身体を包み込む。その感覚は水の中に潜った感覚にも似て、身体は軽くも息苦しく感じる。その奔流の中でひとみは迫りくるネウロイの姿がはっきりと見えることに気がついた。マルチバイザーがちらつくように一瞬警告灯をちらつかせたが、すぐに消えた。

 

(これが……コ―ニャちゃんの、固有魔法……!)

 

 高度や気圧、温度もしくは湿度に緯度。ストライカーで観測され、もしくはデータリンクを通じて流れ込む情報の渦の中にひとみは置かれていた。文字が重なり合って真っ黒に塗りつぶされてもおかしくないその奔流にも関わらず、頭は恐ろしく鮮明だった。ネウロイが見え、風が見え、空が見える。

 

是は彼の契約なり。是は彼の證據(しるし)なり。《i》彼は(あり)()る者なり。我有(われあり)といふ者もの、我を汝らに(つかは)したまふ

 

 ネウロイが魔力に釣られてかコ―ニャたちの方に寄ってくる。その中で、ひとみははっきりと見えた影に向けて、狙撃銃を構えた。距離はどんどん詰まってくる。真正面からとらえた影に向け、ひとみは引金を引き絞った。

 

「―――――(すなは)ち彼が()(すべて)(ことのは)につきて汝と結びたまへる契約の血なり!

 

 飛び出した魔力弾は真正面からネウロイを叩き割る。白い破片がコ―ニャの魔力の網に触れ、弾け、消える。それに激高したのか、他のネウロイがひとみたちに向け、吶喊してくる。コ―ニャの足元に巨大な魔法陣が現れる。そこに向け放たれたネウロイのビームが弾かれ、勢いを失って虚空に消えていく。ネウロイはそれがシールドであることを知ったことだろう。

 

 ひとみがそこに向けて撃ち下ろすような角度でライフルを構える。弾倉に残ったのは一発。

 

 

 その時、見つけた。

 

 

 狂ったような勢いで上がってくるネウロイと。

 そこに向けてオーグメンター全開の強烈な魔力光を伴って上がってくる、ウィッチの姿。

 

「あれは……!」

《FOX1!》

 

 無線に聞きなれぬ声が滑り込み、刹那爆散するネウロイ。炸薬の火球が真っ黒な夜空を紅くする。

 

 それをすり抜けるように、複数の影がひとみたちの横を飛び抜けていった。真っ青なエーテルの残光を放つのは双発の魔道エンジン。扶桑の国産艦上戦闘脚だ。

 

「すごい……!」

 

 ひとみが呟く中、四機編隊(ダイヤモンド)を組んだ海鷲たちは、曲芸飛行のように一糸乱れぬ動きで旋回。真っ黒な空に一筋の光を描く。あれが、一航戦。扶桑最強の、機械化航空歩兵。一閃でたちまちネウロイが白い結晶へと姿を変えていく。

 

「……B-30から34、消滅」

 

 空に敵がいなくなったことを告げるコーニャの声も、どこか嬉しそうだ。

 

 

 そしてひとみ達の目の前にも一人のウィッチがやって来る。暗闇でもよく映える純白の制服は扶桑海軍士官ウィッチのそれ。ストライカーに堂々と刻まれたいくつもの桜が、彼女がエースパイロットであることを示していた。

 

「扶桑皇国海軍第611飛行隊! 遅れて済まない!」

 

 海軍式の敬礼と共に名乗られる。611といえばひとみも知っているぐらい有名な部隊。扶桑で一二を争うエース部隊だ。

 

「連合軍、第203統合戦闘航空団。敬礼は……省略。失礼」

 

 のぞみを抱えて両手が塞がっているコーニャがそう返す。とりあえずひとみは陸軍式から受け継いだ空軍式で敬礼。

 

 足元を見れば、そこには静止する扶桑の大型航空母艦「和泉」の姿が。航跡(ウエーキ)はまだ残っているけど、ほぼ静止しているのがここからでも分かった。傾斜復元が成功したのだ。だからウィッチ隊が出てこられたのだ。

 

「じゃあ、作戦は成功したんだ……!」

 

 手放しで喜びそうになったひとみ。しかしその時、コーニャの魔導針が再び瞬いた。

 

 

「新たな反応――――」

 

「……っ!」

 

 バイザーに現れる複数のネウロイの表示。大型と超高速型、今度は混合だ。しかも数が多い。

 

 まだ終わっていない。そう。わたしはまだ空にいるのだ、戦闘は終わってなんかいない。眼下では航空母艦が止まったまま燃えていて、暗闇の中ではイヤというほど目立つのだ。それこそ、撃ってくださいと言わんばかりに。

 

 「和泉」の救出作戦は、ようやく第一段階が完了したにすぎないのだ。

 

 

 だが、それを聞いても目の前の一航戦のウィッチは顔色一つ変えなかった。それどころかどこか楽し気に笑ってすら見せる。

 

「感謝している」

 

「え? えっと……」

 

 相手の真意が分からないひとみ。構わず士官ウィッチは続ける。思い出すかのように目をゆっくり閉じ、深く息を吐く。

 

「……奇襲を受けたからとはいえ、貴隊の奮戦がなければ今頃我らは母艦もろとも海の屍であっただろう。これは扶桑(われら)の失態だ」

 

 だが。

 その言葉と共に開かれた眼。ひとみを見てニヤリと笑ってみせる。

 

 

「――――もはやネウロイに後れを取るのもこれまで」

 

 

 その言葉と同時に、空を駆けあがる閃光。三つや四つではなくて、それこそ何十と。

 

《照明弾射出成功!!》

 

 全体無線に踊る声。

 

「よろしい、続けてネウロイを排除」

 

《611空、313空戦闘開始(Engage)! 突っ込め! 倍返しだ!》

 

 二個航空隊、既に「和泉」に搭載されているウィッチが全員上がっていたのだ。艦上戦闘機だけじゃなく、ライセンス生産しているリベリオンのストライカーも見える。

 

「ひとみ、あれ」

 

「あっ」

 

 さらに空にいたのはウィッチだけではない。コーニャが顎で指し示す先、煌々と輝く照明弾の光の中を突き進んでいく飛行体があった。四枚の細長い羽根を高速回転させるそれは……回転翼機(ヘリコプター)

 先行している駆逐艦から飛び立ったのだろう。そして暗闇に紛れてやって来てくれたのだ。後続のヘリコプターもすぐやって来るに違いない。

 

 一航戦の護衛艦艇からも次々と生き残りのヘリが飛び立ち、「和泉」乗員を助けるために輪形陣の中心部へと集結していく。「和泉」に寄り添うようにくっついた駆逐艦が燃え盛る炎へと放水し、甲板上で着陸ポイントを指定するように立ち上がる発煙筒の煙。救出作戦が始まった。

 

「カイトスリー、「和泉」上空の制空権の確保……完了」

 

 

 その光景を見守りつつ、コーニャは実に穏やかな調子で作戦終了を宣言したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりに疲れ切っていたせいで「加賀」に帰還するや否や動けなくなってベッドに倒れ込んでいたひとみは、部屋のドアが開く音がして薄ぼんやりと目を開けた。

 

「ひーとみん! 起きてたりするかなー?」

 

 その声で顔を上げると、視界にぼんやりと見えるポニーテール。

 

「へ……? 霧堂艦長?」

 

 ソフト肩章に編み込まれた金線は大佐の階級を示している。ワイシャツ姿の霧堂艦長だ。ゆっくりと体を起こして右手を額に掲げようとするひとみを艦長は笑って止める。

 

「敬礼しようとしなくて丈夫大丈夫。あと私だけじゃなくてこーにゃんもいるよー、あとおまけで石川大佐も」

 

「俺がおまけ扱いか」

 

 その後ろからついてくるのはどこか眠そうなコ―ニャと、頭痛を抱えているかのような姿勢の石川大佐だ。ひとみは慌てて立ち上がり、敬礼。下段とはいえ二段ベッドなので頭がぶつかる。

 

「へうっ」

 

 背丈は届くか届かないかぐらいなのでそんなに痛くはないのだが、いかんせん大佐二人の前ということもあり顔が熱くなる。

 

「あははは! 律儀だねぇ、ひとみん」

 

「貴様がラフすぎるんだ、霧堂……休みと言っておいてアレだが、少しだけ話をしてもいいか?」

 

「はいっ!」

 

 ひとみが返事をするとコ―ニャとひとみが椅子を引き出す。ここはのぞみとひとみの2人部屋なので、デスクの椅子は当然二つしかない。コーニャは二人の大佐へと椅子を差し出すが、霧堂艦長は迷うことなくひとみのベッドに腰掛けた。そのままひとみのほうに手招きして、自分の太ももをポンポンとたたく。

 

「ほら、おいでおいで」

 

 もしかしなくても膝の上に座れと言うことなのだろう。

 

「えっと……」

 

「米川、アレには付き合わなくていい」

 

「えー、石川大佐のケチー。私なりのいたわりと親愛の形なのにー」

 

「私の部下を勝手に誘惑するんじゃない」

 

 石川大佐はさも当然のように椅子に座りながら霧堂艦長をひと睨みしたが、結局は諦めたようにコ―ニャに座れと指示をだした。ひとみは戸惑いながらも霧堂艦長の隣、自分のベッドに腰掛ける。すかさず霧堂艦長が距離を詰めてきた。石川大佐は溜息。

 

「……えっと、お話って?」

 

「そんな肩肘張らなくても大丈夫よー。お疲れ様ー、っていうのと、君の固有魔法が少しずつだけど解明されてきたからその情報共有。公式には堅っ苦しい報告書が来るからその先取りだけ」

 

 霧堂艦長にそういわれ、ひとみは首を傾げた。

 

「固有魔法……? 弾道安定化じゃないんですか?」

 

「それで合っているが、詳しいメカニズムがわかってきたという事だ」

 

 そう言ったのは石川大佐。コ―ニャが立ち上がってタブレット端末を差し出してきた。その画面をのぞき込む。またブリタニア語の専門語オンパレード。いつぞやの資料と何が違うのか正直さっぱりわからない。とりあえずスクロールしてみるけど写真も添付されていない。

 その間にも石川大佐が内容を説明する。

 

「米川准尉の能力は念動系Ⅱ類亜種に分類される大気エーテル反応型物理干渉による弾道の安定化だという事が判明した。大気中のエーテルと自魔力を薄く化合させ魔力帯を形成し、その力場の間に……どうした米川?」

 

「ねんどうけい二塁捕手……?」

 

「誰が野球の話にした。お前の話をしているんだ」

 

 すでに頭から煙を出さんとしているひとみに石川大佐がすぐに指摘する。その横で霧堂艦長がくすくすと笑った。

 

「石川大佐が難しく説明しようとするからだよ? 固有魔力の分類系統なんて幼年学校二年次の内容だし、12歳のひとみんがそれ知らなくても仕方ないじゃん」

 

 そういうと霧堂艦長がひとみの方に向いた。

 

「えっと、ひとみんはリニアカタパルトとか、レールガンとか、リニア新幹線とか聞いたことある?」

 

「えっと……リニア新幹線なら一応……」

 

「ん、じゃぁリニア新幹線でいこうか」

 

 そういうと霧堂艦長は立ち上がって、デスクの方に向かう。

 

「ひとみん、消しゴムと鉛筆二本借りていい?」

 

「いいですけど……何につかうんですか?」

 

「説明だよ? ……っと、まぁとりあえず、リニア新幹線の仕組みは知ってる?」

 

 消しゴムと長めの鉛筆を取った霧堂艦長はひとみの横に戻って鉛筆を両手に持ってそう言う。ひとみはいつだったかテレビで特集していたリニア新幹線の仕組みを思い出す。

 

「えっと……磁石の力で、新幹線を浮かせて……」

 

「うん、あってる。正確には磁石のレールを作って、その間に浮かせる形だね」

 

 霧堂艦長は自分の膝の上に消しゴムを置いて、その横に鉛筆をかざした。消しゴムが新幹線、それを挟むように横たわる二本の鉛筆が磁石のレール。磁石の力で、新幹線は地面に触れることなく走るのである。

 

「さっきの石川大佐の言葉を超大雑把に要約すると、ひとみんの弾道安定化は、これと同じことをやってるって言うのがわかったってこと」

 

「はぁ……」

 

「つまりひとみんの場合、リニア新幹線の代わりに銃弾が走るレールを作ってるの」

 

 そういわれてもいまいちピンとこない。それを察したのか霧堂艦長は消しゴムを手に取った。もう片方の手に鉛筆を二本持ち、レールのような形にする。少しいびつだが、さっきと同じことをしようとしているらしい。

 

「こういう風に自分の魔力を使って大気エーテルを集めて空中に魔力のレールを作って、その間に魔導弾っていう高魔力伝導体を通す……って言う感じかな。そのレールから外れそうになったら、魔導弾の方がレールに吸い付くように軌道を修正する。そんな感じ」

 

 霧堂艦長はどこか自慢気だ。

 

「つまり石川大佐の説明は『それをどこかのお偉いさんが作った分類に合わせると、物理現象に干渉する魔法をまとめる《念動系》で、空間自体に作用する《Ⅱ類》の中でも、大気中のエーテルを活用する《亜種》にカテゴライズされますよ』ってことになるわけ。まぁ分類は覚えなくてもいいけど」

 

「身も蓋もないこと言うな」

 

 石川大佐が口を挟む。

 

「その分類を覚えることで生き残れるなら覚えろって言うけどさ、それを意識するときは教材があるんだから、それでいいじゃん?」

 

 石川大佐は何度目かわからない溜息で返事をする。控えめな肯定というやつだ。霧堂艦長は向き直ると、うっとりとひとみを見つめて笑みを浮かべる。

 

「……それよりも、こんなすごい魔法を持ってるひとみんのほうに興味があるしね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「うん、ひとみんは魔力の高速展開の素質が高いんだろうね。というよりも、異常? 反応量はごく少量の低密度魔導帯とはいえ、普通なら500メートル近い長さのソレなんて作れないよ? それも一秒以下でできてるからねぇ。魔力の精製速度が凄まじく速いんだ」

 

 霧堂艦長はそう言って目を細めると、そっとひとみの頭を撫でた。

 

「……もっとも、ひとみんの魔力総量自体は人並みだから、こんな空間に魔力ばら撒くような燃費が悪い攻撃をそうホイホイ使わせるわけにはいかないんだけどね」

 

「そうなんですか?」

 

「下手すると、命に関わるレベル? あっという間に魔力の枯渇で墜落するよ?」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 強いだけの武器なんてない、どんなモノにも弱点がある。ひとみの固有魔法の弱点は燃費らしかった。

 

「でも応用は効きそうだよね。弾道を無理矢理曲げて、銃口とは別の方向にいる敵に当てることもできそうだし、弾丸の再加速とか、ふつうに撃ったら銃身がぶっ壊れるレベルの高威力化とかできそうなんだけど……いくら連戦だったとはいえ6発装填のボックスマガジン撃ち切るだけでストライカーの使用すら危うくなるんじゃ、使いどころが難しいってのが正直なところかな」

 

 鉛筆を振りながらそう言う霧堂艦長。石川大佐が継ぐように口を開く。

 

「そんなものを常日頃から使わせるわけにはいかない。米川は203空の貴重な戦力の一人だ。貴重な人材の命を削るような魔法の常用は断じて許可できない……そこで、だ」

 

 ひとみの両手に収まりっぱなしになっていたタブレット端末が勝手に動き出す。驚くと、コ―ニャが首を傾げた。……おそらくコ―ニャが操作しているのだろう。

 

「米川ひとみ空軍准尉には正式な狙撃手の訓練を受けてもらうことになる。魔力に頼らない狙撃能力を身に着けることが必須だ。それも早急にな」

 

 そういわれ、視線が落ちるひとみ。

 

「……不安か?」

 

「はい……」

 

「ひとみなら、大丈夫」

 

 コ―ニャがそう言ってひとみの前にしゃがみ込んだ。

 

「ひとみには狙撃手の才能がある。もう、魔力に頼らなくても一度、ネウロイを倒してる」

 

「え?」

 

 コ―ニャはいつも通りの無表情だったが、その目の色はいつもよりも優しく見える気がした。

 

「最後に落としたネウロイ、ひとみは弾丸の魔導弾化以外に魔力を使ってない」

 

「でもあれは……コ―ニャちゃんの魔法があったから……」

 

「でも引金を引いて撃破したのはひとみ。情報の得方と計算を覚えれば、できる。私も応援する」

 

「それに、お前の機付きの加藤中尉は元選抜射手だ。生の意見も聞ける。俺もできる限りの支援を行おう……やれるな米川?」

 

 ひとみは自分の手を見る。コーニャや石川大佐よりも小さな手。でもわたしは、確かにこの手でネウロイを倒したのだ。それが誰かを助けたことになったかは分からないけど、でもわたしにも出来たのだ。これからもっと頑張れば、もっと出来ることが増えるはずだ。

 

 顔を上げる。石川大佐をまっすぐ見る。

 

「はい、頑張ります!」

 

 石川大佐は満足げに頷いた。

 

「よし。ではまずポクルイシュキン中尉から陳情があった、最新式のスコープへの換装だ」

 

 スコープ、ですか? とひとみが聞けば、コ―ニャが頷いた。

 

「空戦起動中の狙撃には、スペックが追い付いてない。ひとみの能力を生かすにも、役不足」

 

「これでも狙撃手御用達のスコープなんだけどねー」

 

 そう笑う霧堂艦長。石川大佐がそれに合わせるように苦笑いして、場の空気が少し緩んだ。ひとみも笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大村」

 

 扉を開ければ、名前を呼ぶでもなく相手はこちらの方を見ていた。部屋の中には一応パイプ椅子だけが置かれていて、そこにやけに律儀に座っている下士官。

 なんでこんな殺風景な部屋に彼女が座っているかと聞かれれば、もちろん座っていろと命じたからである。命令無視に独断行動、作戦参加艦艇を危機に晒し、ついでに言えば魔導インカムも捨てたので備品紛失も犯している。第203統合戦闘航空団の秩序を維持するうえでも、団長の石川大佐は大村のぞみ海軍准尉に何らかの罰を与えぬわけにはいかないのだ。

 

「あの……」

 

 おずおずと控えめに口を開くのぞみ。いろいろ反省するところはあったのだろうが、石川大佐は彼女が後悔していないことを知っていた。だからこそ、次の言葉も予測が付く。

 

「石川大佐、ありがとうございました」

 

 それは感謝。大方、上司が無理を通してくれたとでも思っているのだろう。軍令がそんな単純なものじゃないことぐらい、彼女の頭なら理解できるだろうに。

 

「……礼ならお前が立ち寄った駆逐艦の艦長に言うんだな。彼がヘリを飛ばした上で司令部に働きかけてくれなければ、作戦の繰り上げはなかっただろう」

 

 そう言って、石川大佐はのぞみから備え付けられた小さな丸窓へと目をやる。

 統合戦闘航空団というのは、なかなか融通の効かない部隊だ。そもそも統合司令部の直轄である時点で現地部隊(よこ)との折衝が非常にしづらい。だからこの言葉は本物だ。駆逐艦「曙」からの意見具申と半ば独断に近い搭載機(ヘリコプター)の発艦がなければ、まだ作戦は始まってすらいない。そして「和泉」は乗員もろとも蒸発していただろう。

 

 だが、現実には「和泉」乗員の救出は成功した。優秀なウィッチや航空機パイロットだけでなく、経験豊富な整備兵や水兵たち。多くの貴重な人材を救うことが出来た。「和泉」は工作爆弾で自沈処分となり、回収出来た機材といえば精々ストライカーぐらいだが、一人育成するだけでも何年、何千何億がかかる人材と比べれば安い損害だ。

 

 

「「和泉」の乗員たちは一航戦の残存艦艇に乗って内地へと戻る。「加賀」に着艦した航空歩兵も明日には駆逐艦「有明」に乗せて内地へ戻ることになる」

 

「……?」

 

 石川大佐の言葉に、のぞみは理解が追いつかないといった様子で首を傾げる。石川大佐はそれを背後に感じながら、しかしのぞみの方は見ないで言葉を続ける。

 

「同期がいるんだろう? こんな情勢だ、今日のうちに会っておくんだな」

 

 背後は沈黙。

 

「……ですが私は、謹慎中では?」

 

 迷うように繰り出された言葉はのぞみにしてはやけに消極的だった。命令違反しておきながらそこは律儀に守るのか。その変な律義さに石川大佐は内心微笑んだ。案外、散々説教したのが聞いたのかも知れない。

 

「ここに座ってろとは言ったが、俺はそれ以上は言っていない」

 

「なんですかそれ」

 

 どこか納得できないのぞみが中途半端に漏らすが、気にせず続ける。

 

「それに、だ……我が部隊のエースを閉じ込めておく訳にもいかないだろう」

 

「エース?」

 

「気付いてなかったのか。お前、今回の戦闘だけで単独撃墜5だぞ?」

 

「あ」

 

 撃墜数5――――いくら戦時とはいえ、誰もが届く数字ではない。ネウロイとの戦闘は過酷であり、戦闘をこなし、生き残るだけでも優秀と言われる世の中だ。その中で、5機を撃墜し、生きて帰ってくる。それをこなした人を周りは敬意と畏怖を込めて『エースパイロット』と呼んだ。

 

「これでお前はエースの仲間入りだな」

 

 その言葉で喜ぶのはやはり誰もが同じなのだろう。のぞみの顔がぱっと明るくなって、それから威勢よく右手を額に当てた。肘を鋭く曲げる。

 

「大村のぞみっ! 光栄であります!」

 

 石川大佐は、そこで今日初めて口角を吊り上げるのだった。

 

「馬鹿が、それは着帽時の敬礼だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 のぞみが出ていき、部屋には石川大佐だけが残された。

 

 結果論ではあるが、作戦の繰り上げは承認された。のぞみは先行したことになっている。一航戦司令はのぞみに感状を出したがっているそうだ。203の大村のぞみ海軍准尉は一航戦を救ったわけで、少なくとも後方ではそう報じられるに違いない。

 命令を無視するのは難しいことなのだ。それをやってのけた人間は大犯罪者であると同時に大英雄なのだ。だがそれは軍人ではない、決してだ。

 

「まったく……ほんとうに」

 

 だが彼女はやってのけてくれた。命令にとらわれることなく、守るべきものを守った。人員選抜の時に大村のぞみを選んだのは自分はやはり正解だったのだろう。

 同時に、不正解でもあった。

 

 懐より懐中時計を取り出す石川大佐。開いて二本の針を見つめれば、それは今日も今日とて使命を果たすべく時刻を示していた。

 

「本当に――――ろくでもない」

 

 懐中時計を閉める。誰もいない部屋に、パチリと音が響いた。


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