ゴールデンカイトウィッチーズ   作:帝都造営

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第六話 「チェック~ありか~」後編

「……はい、こっちに来てここに座る」

 

 ここは木浦駅からほど近いオフィスビル、そのエントランスホール。荒らされた様子もなく鎮座するソファを指差したのぞみは、そうひとみに座るよう促した。

 

「あ、でもストライカーのエンジンは落としちゃダメだよ」

 

「えっ、じゃあ座れないじゃないですか?」

 

「地上時姿勢安定装置切るの、それ高度10以下だと自動起動するようになってるから」

 

 のぞみが切れといったのは姿勢制御装置だ。操作がなければ直立の姿勢を取ってくれて、滑走時や着陸時に転倒することを防ぐ装置である。

 空を飛ぶ――――重力に真っ向から逆らうこの行為は、一言で言えば難しい。特に難しいのが空中でバランスをとること、つまり姿勢制御だ。木製の箒が鋼鉄の箒であるストライカーとなり、その速度が音速を越えようと、空を飛ぶ原理自体は古代から変わらない。その難しさだけが多くの魔女を空から遠ざけてきた理由だった。箒でなんて飛んだこともないひとみはこの装置なしでは飛ぶことは出来ない……そう考えてみると、科学の力ってすごいと思う。

 

「な、なるほど……」

 

 手動で切るのは初めてなのでちょっと戸惑ったが、地上時姿勢安定装置をオフに。ガクンと揺れそうになるのをなんとか抑えて、エンジンを極限まで絞った。ソファに軟着陸。背中をふわりと支えられ、足は起動したままのストライカーに引っ張られて軽くて……なんだか揺りかごにいるみたいな気分。

 隣にのぞみが同じようにして座った。

 

「まあ、前進待機と同じ体勢であれだけど……少しだけ休憩しよう」

 

 やっぱりだ。のぞみ先輩は隠れるためというより、わたしのこと心配してくれて、休むためにここに来たんだ。分かってたことを突きつけられて、ひとみは少し俯く。

 

「……はい」

 

「まあ、ワンコがいたということはある程度は安全みたいだし……多少なら休んでも大丈夫でしょ」

 

「あ、あの……ありがとうございました」

 

 結局ここまで抱えてきた犬を撫でながらそう言うひとみ。

 

「まあ、私の使い魔もワンコだしねー、ほっとけなかったというか」

 

 僅かな沈黙。ひとみは抱えた犬の首輪を見る。誰かの飼い犬だったのだろう。じゃあ家族の人たちはどこへ行ってしまったのだろう……。

 目を伏せたひとみの手に、何やらかが押し付けられた。

 

「はい、三本満足バー。購買部(PX)で買ったやつだから、リベリオンのレーションよりかずっといいよ。水分も補給してね」

 

「す、すいません……」

 

 渡されたのはいかにも民生品らしい色彩に満ちたパッケージ。開くと鼻腔につんと香りが突き刺さる。口に入れると思ったより固くて、そして思ったよりも甘くない。しかもパサパサしてる。半分くらいかじったところでストロー状の水筒から水分を吸う。口の中の渇きが少しだけよくなる。

 

 全部食べ切ったところで、のぞみはゆっくり口を開いた。

 

「まあ……なんというか。同じ回数しか出撃してない私がいうことじゃないけど、あることだよ」

 

「のぞみ先輩は……」

 

 平気なんですか? そう言い切れずにひとみの言葉がこぼれた。それを聞いたのぞみもまたうつむく。

 

「こういう場所は珍しくない……事実として知ってはいたし、写真でも見たことがある」

 

 そこでのぞみは沈黙する。少しだけ迷った様子で自分の手を見てから、続けて言う。もううつむいてはいなかった。

 

「でもまあ、これでダメになるようじゃあいつらに示しがつかないし? だから私は大丈夫」

 

「あいつら……?」

 

 ひとみがそう言うと、のぞみはそのままの表情で言った。

 

「私の同期。……っていっても私は飛び級で81期に混じって卒業したから厳密には同期じゃないのかも知れないけどね」

 

「その人たちは……?」

 

「ん? 特に仲のよかった連中はだいたい空母「和泉(いずみ)」かな」

 

「和泉……」

 

 なんだろう。とても強そうな名前だ。いったいどんな空母なのだろうとまだ見ぬ、どこの部隊にいるとも知れぬ空母に思いを馳せるひとみ。

 

「ちなみに「和泉」が配備されてるのは一航戦ね、もちろん知ってると思うけど」

 

 って、それ今日の会話に出てきたやつだ。慌ててのぞみのほうを見るひとみ。

 

「えっ? あ、はいもちろんです!」

 

「……ふーん?」

 

「し、知ってましたよ……というか、すごいですね。一航戦なんて」

 

 話を逸らすように言うひとみ。のぞみは笑ってみせる。

 

「私も『合同作戦計画』と『大規模航空攻撃実習』の授業さえ取ってれば志望できたんだけどねー。飛び級だとカリキュラム的に無理で」

 

 の、のぞみ先輩も十分すごいじゃないですか……先生が言っていたけれど、卒業直後に空母勤務の志望を出せるのは各幼年学校で海軍に進む予定の航空学生上位十名だけって話。まあ海上勤務である空母勤務にしちゃうと実家にめったに帰れなくなるから、あんまり志望するひとは多くないって先輩たちは言ってたけど。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんだ。

 

「……あれ? でも「加賀」も空母なんじゃ」

 

「出雲級は強襲揚陸艦ね、あと203は空母航空隊の扱いにならないから問題なし……まあ結果オーライだけどいい部隊に入ったと思ってるよ? なんせ指揮官は()()石川大佐だし」

 

 ()()石川大佐?

 

「石川大佐って、そんなにすごい人なんですか?」

 

「あれ知らないの? そりゃもう――――」

 

 

 その時だった。

 

「あっ」

 

 ひとみの腕の中に収まっていた犬がひらりと飛び出す。すちゃりと床に降り立てば、身を屈め警戒を促すように低く唸った。

 

 

「っ!? 米川っ!」

 

「はっ、はい!」

 

 先に動けたのはのぞみだった。言われてひとみはWA2000を取り直し、ストライカーにぎゅっと魔力を通す。最低限度の回転数だったメータが一気に跳ね上がり、姿勢安定装置も再起動。これでいつでも滑走体勢に入れる。

 

「……やるわねワンコ、体格は微妙だけど軍用犬の才能あるんじゃない?」

 

 のぞみがロクヨンのアタッチメントに銃剣を装着しながら笑った。のぞみとひとみの耳にも瓦礫を踏みながらこちらへ向かってくる足音が聞こえている。もちろんこんな場所で友軍なんていない訳で、ネウロイがこちらに向かってきているのは明らか。場所がバレたのか、それとも探し回るうちにたまたま辿り着いたのか……いずれにせよ、戦わなきゃいけないらしい。

 

「米川」

 

「はい」

 

「飛ぶまでが勝負だ。こんな建物の密林じゃレーダーはろくに使えない。F-35FA(あんた)の方が離陸には距離がいる。援護はするから米川、あんたは離陸に専念しなさい」

 

「はい」

 

「……あと、ワンコは置いていくこと」

 

「え?」

 

「当たり前でしょ、ストライカーのG負荷に訓練も魔法力もないワンコが耐えられると思う? 飛ぶだけならともかく、もし戦闘機動になったら? ネウロイがどこに潜んでるかなんて分からないんだからね?」

 

「そ、それは……」

 

 のぞみの言う通りだ。飛ぶだけならひとみが守ってやればいいが、物理法則に従うG負荷だけは防げない。のぞみはひとみから犬へと視線を移し、それから犬をくしゃくしゃと撫でた。

 

「よーしいい子だ……いいかい、ここを出たら太陽のほうに向かうんだ。まだ半島の最南端では撤退作戦が継続中だからね。陸軍が助けてくれるはず」

 

 のぞみが生やす使い魔の耳と尻尾は、イヌ科のそれ。

 

「のぞみ先輩……」

 

 ひとみは目をそむけるように俯いた。目に入ったのは、両手に握られたWA2000……わたしの武器。守るための、武器。

 

「……のぞみ先輩!」

 

「ん? なによ」

 

 のぞみがひとみを見る。

 

「のぞみ先輩が先に飛んでください。わたしがネウロイを倒します」

 

「あんた何言って……」

 

「それなら――――この子を助けられるかも」

 

「……聞こうか」

 

「のぞみ先輩はいま来てる敵を倒したら、そのままこの子を抱えて飛んでください。先輩のストライカーなら滑走距離が短いから、市街地でネウロイに遭遇する可能性も低いですよね?」

 

「そんなこと言って、米川はどうすんのよ。もし私にネウロイが襲い掛かってきたら?」

 

「わたしが……倒します」

 

「ワンコ抱えてたら援護なんてできないわよ?」

 

「なんとかします!」

 

 ひとみが自分の武器をより強く握りしめる。その言葉を受けたのぞみは僅かに沈黙。

 

「……言ったからにはやってもらうわよ。ワンコ、前言撤回だ。ついておいで」

 

 

 そしてのぞみは――――得物(ロクヨン)を天井へと掲げた。

 

 

「吶喊!」

 

「はいっ!」

 

 のぞみが、犬が、ひとみがビルから飛び出す。次の瞬間に響き渡る甲高い悲鳴のような音。のぞみがエントランスに残っていたガラス窓へと発砲したのだ。

 砕け散ったガラスの破片が地面へとぶつかり、そして砕け散る。ネウロイは音にも反応するわけで、飛び出す瞬間に狙われないための攪乱だ。ビルを囲んでいた陸上型ネウロイがその破片に気を取られる一瞬の間に、のぞみが7.56mmをばら撒く。目の前にいるのは行動特性や弱点などが研究しつくされた陸上型。コアの位置も予想がつくし、しかもこの至近距離である。あっという間に残り一体にまで数を減らして、その一体ものぞみの一閃で砕け散る。

 

「よし、任せたわよっ!」

 

 目にもとまらぬ速さで背中に小銃を回したのぞみは、そのまま犬を抱えて走り出す。F-35FBのSTOL性能を生かせば、後数ブロックで飛び立てるはずだ。

 

 ひとみはWA2000構える。F-35は空の王者たる戦闘機。しかし飛んでいなければそれはバカ高い金属と可燃物の塊に過ぎない。今、速度を稼いでいるのぞみのF-35FBはそういう状況だ。しかも犬を抱えているから実質丸腰。

 

 そして知性がないというのが定説であるネウロイとてそんなおいしい状況を見過ごすはずがなく、立ちはだかるように陸上型が現れた。

 

「……それっ!」

 

 ひとみは引き金にかけられた人差し指を僅かに引き、反動を全身で吸収する。照準器の中で白い粉が弾け、のぞみが駆けていく。

 

「っ……」

 

 狙い、づらいっ……! 照準器の精度がギリギリで、しかも倒さなくちゃいけないネウロイが次々飛び出してくるのだ。あっという間に弾倉の6発を使い尽くしてしまった。

 

「り、再装填(リロード)!」

 

《了解!》

 

 そして無線に飛び込んでくる小銃の発砲音。のぞみがロクヨンをばら撒いているのだ。弾倉排出、装填。再び構える。発砲。

 

 

《よしっ、上がった! 米川も上がって来い!》

 

 その言葉を聞いてひとみはスロットルを一気に押し込んで加速する。間をすり抜け、一直線の大通りへと躍り出る。のぞみよりは距離が必要だけれども、ここなら離陸に十分な速度を稼げるはず。

 

 一気に加速する。廃墟へと変わり果てた町並みがそれを感じさせないほどの速さで視界を流れていく。

 

 

 あと少し、すぐにでも引き起こしたくなる気持ちを抑えるひとみ。十分な速度が出るまではガマンしなくちゃいけない。陸橋を通り抜け、交差点を通過する。

 

 百貨店のショーウィンドウを四散させながら躍り出てきたネウロイに7.56㎜弾が叩き込まれる。空に上がったのぞみからの援護射撃だ。舞い散る粉は風防代わりのシールドが防いでくれた。

 そしてひとみのバイザーにもようやく十分な速度が表示される。フラップで揚力を稼ぎ、一気に空へと舞い上がる。

 

 建造物から海、そして水平線が見えるようになれば、あっという間に木浦の傷跡は見えなくなり、ジオラマみたいな整った街並みへと変貌していった。

 

 

「……ここが、木浦」

 

 わたしの初めて知った街。もう、誰も住んでいない街。

 

 

《ここ木浦では、人類側の抵抗はほとんどなかった。そのおかげで町が残るなんてね》

 

 隣にのぞみが並ぶ。街並みに視線を落とすのぞみ。

 

《でもまあ……》

 

 

 その制服からひょこりと顔を出す子犬。のぞみはその子を、そっと撫でたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿者!」

 

 しかし「加賀」に帰ったひとみたちを待っていたのは、称賛とは真逆の言葉だった。

 

「なにが犬を助けて来ただ。その犬のせいでお前らの命が危険にさらされたんだぞ!」

 

「ですが大佐、この子がいたから我々はネウロイの接近に気づくとことができました。見捨てることはできませんでした!」

 

 反論するのはのぞみだ。

 

「そんなんで偵察が成り立つものか! 偵察任務は基礎中の基礎。何万もの軍が動く戦場において、そのような言い分が通ると思っているのか!」

 

「上空及び市街の偵察によりネウロイの大部分は移動したものと判断しました。長距離弾道型ネウロイは発見できず、これも移動したと判断します。この報告は先ほどした通りです! そして大佐、軍犬は戦友です!」

 

 のぞみの言葉に石川大佐は深いため息をついた。

 

「全く……とんだ斥候兵だな。で、犬なんかを軍艦に置いてなんの役に立つんだ?」

 

「そ、それは……」

 

「そもそもだな、軍艦は人間が密集しているうえに高湿度、疫病を誘発するには十二分な条件だ。そこに検査を受けてもいない野良を入れることの危険性を理解しているのか?」

 

 そこまで言われてしまえばのぞみに返す言葉はなかった。

 

 

 とその時、パンパンと手を叩く音。

 

「あーはいはい。石川大佐もそうカッカしないの。連れてきちゃったもんはしょうがないじゃない」

 

 間に割って入ったのは艦上構造物(アイランド)からやってきた霧堂艦長だ。それを見た石川大佐はより一層の盛大な溜息をついて見せる。

 

「また貴様か……これは203の問d」

「はいストップ」

 

 石川大佐の目の前にぴっと指さす霧堂艦長。

 

「作戦でのお叱りは確かに203の問題だ。それは石川大佐にやってもらうとして……今これから、この子をどうするか。それは「加賀」の問題」

 

 つまり私の胸三寸ってわけ。霧堂加賀艦長は不敵に笑って見せた。それからくるっと振り返ると、

 

「さ、ひとみちゃん。どうする?」

 

「ええっ! 私ですか?」

 

 いきなりお鉢を回されたひとみ。のぞみと石川大佐も一斉にひとみのほうを見る。

 

「ええっと……」

 

 なんて言えばいいんだろう……いや、初めから言うべき言葉は決まっているじゃないか。

 

「霧堂艦長、この子を加賀に置かせてください!」

 

「よーしっ、可愛いヒトミンのお願いとあらばしょうがない――――子犬よ、貴官の乗艦を特別に許可する!」

 

「霧堂、貴様なぁ……」

 

 色々言いたげな石川大佐の声を遮るようにして続ける霧堂艦長。

 

「あーもううるさいわねー石川、あんたに代わってこの子を203空司令にしてあげようか?」

 

「なぜそうなる。そもそも貴様に任命権はないだろうに」

 

「そういやヒトミン、この子の名前は?」

 

「えと……分からないです」

 

「おい、俺の話をだな……」

 

 しかし石川大佐の声など霧堂艦長の耳には入っていない様子で、艦長は高らかに宣言する。

 

「よーっし、今日から君の名前は『さくら』ちゃんだ!」

「ブフッ……おいこら霧堂」

 

 盛大に吹いたのは石川大佐である。なぜだろう?

 ひとみがそれを疑問に思う中、控えめにのぞみが手を挙げた。

 

「あー……艦長。その子オスなんですよ、さくらは流石に……」

 

「え、そなの?」

 

 

 沈黙。

 

 

「じゃあ、あれでいこう。ゆうさくで」

 

「なんか急に渋くなった!?」

 

 のぞみがズッコケそうになりながらツッコむが、当の霧堂艦長は満足げにうんうんと頷く。

 

「ひとみちゃんもそれでいいよね?」

 

「えっ? は、はい……」

 

「よーしじゃあ決まりだ」

 

 それだけ言うと霧堂艦長は踵を返して戻ってしまった。その様子を見ていたひとみ達。のぞみがまとめるように言った。

 

「まあともかく、任務も終わってワンコの名前も決まったし……これで一件落ちゃk――――」

 

「――――とでも思ったのか?」

 

 

 二人を見下ろしていたのは海軍大佐だった。

 

「え、えとですね。石川大佐。まあ今日はいいじゃないですか。ほら、今日は海軍記念日ですよ?」

 

 しどろもどろになりながらのぞみが言う。

 

「ほうほう、そうかそうか……全ての罪悪に恩赦が下る日と大村准尉はお考えの訳だ」

 

「えっと、あの、その……」

 

 もちろん、ひとみとのぞみで仲良く甲板を走らされることになったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が沈み。整備員たちも居住区へと戻ってしまった無人の格納庫。

 

「さーくらちゃん?」

 

 その言葉に反応したのはそんな格納庫でなにやらかを弄っていた影だ。引き攣るように身構えてから、相手が誰なのかを認めてどこか安心したように口を開く。

 

「貴様なぁ……下の名前で呼ぶなと言っているだろう」

 

 格納庫には不釣り合いな扶桑海軍の上級将校服に身を包んだその影は、もちろん203空の司令を務める石川(いしかわ)桜花(さくら)扶桑海軍大佐だ。

 

「え、裁縫が趣味のさくらちゃん?」

「黙れ」

 

 そう言いながら小箱を工具箱の後ろへと隠す石川大佐。霧堂艦長はその中身についてあと数十分はイジリ倒すことも出来ただろうが……そうはせずに歩み寄ると、それから隣にしゃがみこんだ。

 

 石川大佐が向き合っているのはストライカー。それはひとみやのぞみ、コーニャのストライカーではなかったが……表面は磨かれ、飛び立つ瞬間を今か今かと待ち構えているかのようだ。

 

「相変わらず自分の機は自分で整備してるのね」

 

「……基本だろう」

 

「そんなこと言っても、今の時代のストライカーはブラックボックスだらけじゃない。私たちみたいな素人が出来る整備なんてたかが知れてるでしょうに」

 

「何もやらないよりは、マシだ」

 

「ま、中東組の私たちならそうなるんだろうけどさ」

 

 短い沈黙。石川大佐は何も返さずストライカーユニットに視線を戻す。

 

 

「そういえば、意外だったわよ?」

 

「……何がだ」

 

 霧堂艦長は視線を少し先へと。そこには丸くなって眠っている犬、ゆうさくの姿があった。格納庫の床では冷えるとの判断だろうか、それらしく段ボールが敷かれている。誰が用意したかは明白だ。

 

「海に放り出さねばならないほど状況は逼迫していなかった。それだけだ」

 

「嘘」

 

 石川大佐が顔を上げて霧堂艦長に視線を注ぐ。

 

「あなたなら次の寄港地で降ろすって言ったはず。違う?」

 

「違う」

 

 即答だった。だから霧堂艦長は微笑む。

 

「事前に用意した模範解答なんて聞きたくないんだけどな」

 

「じゃあどういう答えが正解なんだ。貴様を満足させることか?」

 

「拗ねないの。かわいいなぁもう」

 

 

 ――――私が聞きたいのはね、あんたから建前とか言い訳とかを取っ払った答えだよ、石川。

 

 

 石川大佐は、何も返さなかった。

 


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