「もうそろそろ3年に進級するころだ。各々進路にむけて勉強に励むように」
朝のHRでそういわれたが、私には一切頭に入ってこなかった。総武高校は進学校だ。ゆえに理系と文系で3年はクラスが分かれてしまう。そんなことはわかっているのだが。
私はいまだに進路希望調査票を出していない。期限はとっくの昔に過ぎているのだが、私が進学するなんてひどく絶望的に無理だ。成績的な意味ではなく、金銭的な問題。親があれだから当然お金なんて出してもらえず、進学なんて危うい。
「神谷はこの後私のところまで来るように」
起立、礼と、挨拶が終わり、私は平塚先生のところにいった。平塚先生は煙草に火をつけながら、進路希望調査票をだしてくる。
「神谷だけこれが提出されていないのだが」
「・・・・・・・」
「なにかわけがあるのか?」
虐待のことなんて、言うわけにも行かないだろう。仮に言ったとしても、それは頼ってるだけであり、自分の成長につながらない。またしても、人に甘えるわけにはいかない。
でも、このいいわけですら思いつかない。
「沈黙しているということはなにか言いたくないことでもあるのか?」
「いえ、そんなことは」
「嘘をつけ。そのスカートの下にある青いあざはなんだ」
「転んだだけですよ」
適当に理由をつけるしかない。このあざについても転んだとして貫き通すしか方法はない。誰も頼らない。というか、頼れる人がいない。信用できる人間なんていないから。
信用するのは強い人間がすることだ。哀れみも同情もない。弱さを互いにわかっている人間がすることだ。でも、私は弱さを共用している人などいない。ましてや弱さをしらない。
「そんな言い訳は通じん。素直に話せ」
「これでも素直ですよ」
「そんなわけないだろう。君は素直には必ず話さないやつだからな」
「わかってるんじゃないですか」
なら、私のことは放っておけばいい。素直に話さないやつは話すまで待て。私は絶対話さない。
「君は、自分のしたことの重さをわかっている。だからこそ、自分への罪だと、自分に言い聞かせているのだろう?」
「それは・・・」
「だから周囲を頼らない。自分への重い罪はこの体で受けないと、そう思っているだろう」
「違う・・・」
自然と口から漏れ出ていたのは否定の言葉。それは違うと、全力で否定する。過去も、現在も間違え続けている。未来もどうせ間違える。私は正しくないから。比企谷くんや、雪ノ下さんみたく正しくないだろう。正しく生きられないだろう。
だからこそ、自分への罪は重くするべきだ。意味ないとしても、自分への戒めを込めて。
「もうそれはやめるべきだ。君は自分を否定しすぎている」
「やめてよ・・・」
「自分を否定してなにになるというんだ。比企谷の言葉を借りるが、どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだ」
「やめて!!!」
気が付くと、そう叫んでいた。教室内は静かになり、視線がこちらに向かってくる。
「なにが悪いの! 私の何が悪いの! 私が悪いことしたならその分私が罪を受けるのは当然。それの何が悪いの!!」
周りなど気にせず、私は叫ぶ。
「私の周りなんて私を否定する。私もこんな私を否定しても構わないじゃん! なのにどうして私は・・・私は自分を肯定しなきゃいけないの!」
「落ち着け、神谷」
「みんなは正しくて、私だけが唯一間違ってる。それをみんな知ってるし、私だってわかってる。でも間違えたら治せないんだよ! 間違えたものは間違え続けないといけないんだよ! 平塚先生に何がわかる!」
誰にも私はわからない。自分を肯定できる人なんていない。
「もうやめてよ・・・。私に優しくするのは」
優しさは罪だ。一度優しくされると期待してしまう。そんなのは嫌だ。
私は、教室から出て行った。