「雪ノ下さん。由比ヶ浜さん。ありがとね」
目が覚め、わたしは急いで帰ろうと思った。
靴を履き、ドアを開けてでていこうとすると、背後から肩を掴まれる。
「まだ話は聞いてないわ」
雪ノ下さんが肩を掴んできたのだった。
「何の話?」
「あなたの身体中の痣のことよ」
「あー。それは転んだだけだよ」
「それでは説明がつかないじゃない。きちんと説明してもらえるかしら」
「いやいや。きちんと説明」
「してないわ」
うーん、はぐらかすことは出来ないか。
雪ノ下さんはすごい人だから私程度でははぐらかすことも何も出来ないってことなんだね。
でも、これはいえない。雪ノ下さんたちに頼るわけにはいかない。どうなるのかが一番の希望なんかはわからない。でも、頼ってはいけない。
「大体の予測は出来ているのよ」
「ふぅん。その予測を聞かせてよ」
「こほん。…………あなたは親から虐待を受けている、ということでいいわね」
「…………だから?」
先ほどまで余裕があった態度は何処かに行ってしまった。
さっきの言葉には少し怒気がこもっていたと思う。虐待と聞いてあの憎たらしい父さんの顔を思い出したからかもしれない。
「その痣は誰かに殴られていたのね。それも何度も何度も」
「…………だからどうしたの」
「その痛みが、親から殴られることによってのストレスが、あなたを絶望に落としたのよね」
「…………違う」
本当は肯定するつもりだった。でも、口から出た言葉は私が言いたかった言葉と違う。
多分親のせいだけではないのだろう。小学校の時の環境、全部含めてそうなのだろう。
中学だって、陰口を叩かれていたのは知っている。高校でもつまはじきものだ。だから、絶望に堕ちているのだろう。
だから否定したのかもしれない。
「何が違うのかしら」
「それだけじゃない」
「あら、そうだったの?それを話してみなさい」
「…………私が嫌われてるのが一番の原因だよ。小学校でも中学でも。……高校でも」
だからその嫌われている自分を肯定するために絶望に堕ちた。昔の私の考えることは随分とバカげていると思う。
「由比ヶ浜さんだって、私のことを嫌ってる。雪ノ下さんも苦手意識を持っている。三浦さんからは目を見ただけで舌打ちされる仲だし、葉山くんとは目すら合わせられない。それが私だよ。その私が悪いんだ」
昔からの固定概念は覆せない。決めつけてしまうとなかなか取り払えない。クーリング・オフなんて効きやしない。
だから、諦めたんだ。私はいつまで経っても絶望から抜け出せないから。みんなから諦められてるから私も諦めるんだ。
「だからさ、雪ノ下さんと由比ヶ浜さんの努力とか偲ばれるけど、でも、ごめんね」
自然と謝っていた。
私を伸ばしても私でしかない。いつの日にか三日坊主になっていたようだ。
「私は絶望として生きるよ。人類には絶望も必要だ」
「人間の成長のためなら自分を犠牲にしても構わない、と」
「犠牲だなんて烏滸がましいにも程がある。ただ踏み台になるだけだよ。私にできることはそれくらいしかなくて、それしかやれないんだよ」
「そんなこと……!」
「人と上手くやる術を分かっている由比ヶ浜 結衣。自分の信念を貫き通す雪ノ下 雪乃。君たちにはやれることなんていくらでもあるんだよ。それに比べて?私の長所を言ってごらんよ」
私の問いに二人は沈黙を貫いていた。
どうやら、私のことを否定されたらしい。だろうとは思っていた。だって、心から歓迎してくれている様子はなかったんだもの。
「うん、だとは思ってた。やっぱ私のことが嫌いだったんだね」
淡い希望を持った私がバカだったよ。やっぱり淡い希望すら持ってはいけない。
裏切りこそが日常茶飯事。嘲笑こそが日常のときに戻るしか道はないのだろう。そこが間違っているとわかっていても、間違えるしか選択肢はないんだから。
「だれも嫌いとは言ってないわ。ただ…私もなんとなくわかるの。その気持ち」
「ゆ、ゆきのん?」
「私も小学校のころイジメられてたわ。靴を隠されたりなんて日常茶飯事よ。だからこそ彼女の痛みはわかる。人間はみな弱いから成長を促すのも必要なこと。…………確かにそうね」
「ゆ、ゆきのんはそう思ってたの……?私は……正直言って沙織ちゃんのことは苦手だよ。でも仲良くしていこうと思ってたのに。最近沙織ちゃんといるのもなんか楽しかったし。沙織ちゃんのこと好きになりたいのに。でもそんなこと言われると好きになれないよ……」
「そうだね。でも私は悪くない。すべて環境が悪い、世界が悪いんだ」
「でも、あなたは成長出来ないじゃない」
「人間誰しも誰かを踏み台にしてるんだ。その踏み台に私は率先して立候補してる」
「…………そう。あなたは誰よりもやさしいのね」
「…………バカ言わないで。そんなことないよ」
そして、私は家からでていった。
帰り道は、目からでる雫が止まらなかった。