ドアを開けた主は、比企谷くんだった。
その後ろには雪ノ下さん、由比ヶ浜さんがいる、何の用だ。私は今機嫌が悪い。下手に近寄らないほうがいい。
「何の用、君たち」
「………ちょっとな」
明らかにちょっと、では済まない顔をしている。
何か決意めいた目をしている。濁っていたはずの目が、澄み切っているように見えた。
「お前がした依頼、覚えてるか」
「…………なんのこと」
自分を見つけてほしい。そんなのもうわかってるでしょ。私はもう自分を見つけたくないから依頼を破棄したい。
こんな自分に絶望しているんだから、邪魔しないでもらいたい。
「覚えてるんだろ、本当は」
「…………そうだね」
「なぜそこまでして俺らを敵にする。お前に何の得があるんだ」
「得もなにもないよ」
損得もなにもない。ただ自分の欲望に忠実に従っているだけだ。
私が私であるために、自分の欲望を曝け出して、自分が消えてしまわないようにしているだけ。ただの自己満足だよ。
「なぜ、得もないのにそんなに私たちを貶めたいのかしら」
「そうだよ!沙織ちゃんはなにがしたいの!」
「私はなにもしたくないんだよ。絶望を欲しなければ希望だってこない。希望さえ欲しなければ絶望もしない。私は出来るだけ中立でいたいんだ」
「それなら、なぜあなたは絶望といって嫌がらせをしてるのかしら」
「わからないの?あなたたちが見ていられないから、私は嫌々絶望に落としてるんだ」
これは詭弁だ。自分でも理解はしている。自分のことを正論付けてしているだけの欺瞞であり、比企谷くんが一番嫌っているもの。
私は欺瞞とかそんなのは好きだ。
「私たちが見ていられない……?」
「そんなことない!私やゆきのん、ヒッキーは見ていられなくなんか……」
「あんたらに限ったことじゃない。人間全てに、だよ」
人間は希望を求める。それが愚かだというのだ。
その希望のために、誰かを犠牲にし、それこそが真の絶望なんだと私は思う。
周りに気を使えない希望なんて私と同じだ。
「人間って醜いし、愚かだもん。自分の希望のためなら他者を犠牲にしてさ、利用してさ。そんなの私と変わらないじゃん」
「それは……」
「否定できねえな。もっともなことだ」
「そうね」
「でも!それでも仲良くしていけば……」
「それこそ、比企谷くんが嫌ってる欺瞞なんじゃないの」
「…………だな」
比企谷くんは否定はせず肯定していた。
「だからさ、人間は希望なんて持つべきじゃないんだよ。絶望しか持っちゃいけない。希望なんて持ってはいけないんだから」
話しているうちに過去のことが思い返される。
イジメられていたとき、助けてくれそうになった人は実は主犯格だったということ。家に帰れば父さんから暴力をうけていたこと。
イジメを看過している先生がいたこと。すべてに絶望していたことが。
「絶望は絶望でしかない。それが希望に変わることなんてない。それがわかるなら充分。帰って」
ポツポツと雨が降って来た。
「…………風邪、ひくわよ」
「優しくしないで」
私に優しくしないで。それは同情だ、情けだ。私を助ける道理なんてどこにもない。
「俺らは待ってるから、いつでも部室にこい。相手してやる」
「…………誰がいくもんか」
そして、奉仕部のみんなは去っていった。
私は雨で濡れる床に座り込む。
髪に雨が滴り、目の前が霞む。
いつの間にか目から涙が出ていた。
ここ数年泣いていない。私は思いっきり泣いた。
でも、ここで自分を戒めないといけない。自分は救われるに値しない人間だと。希望というものを求めてはいけないと。
––––––––でも、私は。
私はなにを求めたらいいのだろう。今更自分が絶望だと言い張るわけにもいかない。それはもう比企谷くんに看破されている。
「…………私って、何なんだろう」
そのつぶやきは、雨とともに流された。