魔法少女まどか☆マギカ×Fate   作:くまー

27 / 28
皆様、明けましておめでとうございます。
旧年中は皆様の応援のおかげで、どうにか本作を26話まで更新する事が出来ました。
本年は完結を目指して頑張りたいと思います。

……毎月1回更新できれば終わると思います。多分!


まどマギ×Fate 26

 衛宮士郎が暁美ほむらに捕まったのは、まどかたちを家に送り届けた帰り道のことだった。

 日付が変わるまで、あと一時間程度と言ったところだっただろうか。バス代をケチって、徒歩で風見野のウィークリーマンションへ帰る途中。何の変哲もない道。通り過ぎようとした、とある裏路地。

 隙間から飛び出る白い腕。掴まれる自身の手首。

 驚きに思わず顔を向ければ、そこには数時間前に姿を消したほむらがいた。まるで死人のような、そんな生気の見られない虚ろな表情で、彼女は士郎を見ていた。

 

 心底怖いと思った。

 

 真夜中に日本人形が人気のない道に佇んでいたら怖いだろ? それと同じ。

 成人済みの青年が中学生にビビり散らした瞬間だった。

 それでも驚いただけで、その他の感情はおくびに出さず、飲み込み隠しきった彼の冷静さは賞賛されるべきである。

 

「きょうりょくをようせいするわ」

 

 彼女の口から出てきたのは、機械染みた発音だった。何の声色も感じ取られなかった。だがただの棒読みとは違う、言葉にし難い迫力がそこにはあった。

 闇夜に溶ける様な黒色のロングヘア。その隙間から青白い肌と、生気を失った眼が覗いている。そして僅かに開いている口。周囲が黒か白かなので、口内の赤色がよく映える。どこのホラー映画だ、これ。

 士郎は今すぐその手を振り払って逃げたいと思った。滅茶苦茶怖かった。顔見知りと分かっていても怖かった。背筋がぶるりと震えたのは、彼女の有無を言わさぬ迫力のせいか、或いはその異様さのせいだろうか。士郎としては前者だと思いたい。

 

「……協力って、何を」

「ワルプルギスの夜」

 

 言葉は平坦だ。端的な一言は不必要なモノを極限まで排していた。

 だが語調は。一転して。激情を抑え込んだかのように、囂々とした唸りを上げている様に聞こえた。彼女の冷静沈着なイメージを覆すような、激しい何かがそこにはあった。

 ゴクリ。緊張をほぐすために動かした喉が、思ったよりも大きな音を立てた。

 

「アレを斃す。……もう、それしか私には残っていない」

 

 ぽつりと。後半については呟くようにして、ほむらは言葉を紡いだ。まるで自身に無理矢理にでも言い聞かせる様な、そんな力の無い語調だった。今までの彼女とは一線を画す、あまりにも弱々しい言葉だった。

 

 

 

「分かった、協力する」

 

 

 

 肯定する。平常通りに、気負う事無く。

 それから士郎は、手首を回した。掴まれたのは手首。だけど半分は服の上から。ならば幾ら力を込められようと、手首を回す程度難しい事じゃない。

 そしてその手をスライドさせ、士郎はほむらの右手を握った。重なる右手と右手。所謂握手というやつだった。

 

「協力するさ。当たり前だろう」

 

 今までの暁美ほむらは、どこか排他的な雰囲気を漂わせていた。それを大人びていると呼ぶには、彼女の雰囲気は成熟しきっていた。杏子やマミも年齢を思えば充分に大人びているが、ほむらのそれには遠く及ばない。

 幾ら魔法少女とは言え、それは年頃の少女が醸し出せるようなものではない。つまりはそれだけ、彼女がその10何年程度の人生の中で、見合わぬ成長を余儀なくされたと言う証明でもある。

 だけど、例えそうでも。

 彼女は少女だ

 中学生の少女だ。

 

「改めて、よろしく」

 

 中学生。誰が何と言おうと、まだまだ子どもの年齢である。間違いばっかりの子ども。どんな想いを背負っていようとも、大人が守っていかなければならない年頃だ。

 士郎の何の気負いも無い言葉に、ほむらは驚きに少しだけ目を見開いた。鉄面皮がデフォルトの彼女の、それも赤の他人に見せるにしては希少な瞠目。

 

「それにルビーの馬鹿の回収も残っているしな。アイツはキュウべぇとワルプルギスの夜ををとっちめないと帰らないと駄々をこねている」

 

 おどけるように。士郎はルビーの事を口にした。……おどけた口調だが、割と本心でもあった。ルビーの回収もそうだし、キュウべぇとワルプルギスの夜を倒すのも。

 全部、偽りの無い本心。

 

「だから寧ろ、協力してほしいのはこっちだ」

 

 改めての協力宣言。何というかまぁ……どこか気障ったらしい。士郎本人も脳裏にどこぞの陰険白髪皮肉野郎を思い出し、思わず顔を顰めそうになった。まぁアイツならもっと気障ったらしいだろうけど。

 ほむらは驚きの後、薄く笑った。少しだけその硬い表情を崩して。

 

「ええ……よろしくお願い、衛宮士郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんて、そんな冒頭の一幕があったなどとは。この場にいる少女たちは露知らず。

 というか知っていたとしても、彼女たちには関係の無い事だ。ほむらが士郎と何を話をしていたかなんて。

 事実だけを述べるのであれば。暁美ほむらはあの場から逃げ出したのだ。多数の疑問と大いなる絶望を置いて。説明を放棄して逃げたのだ。

 そんな馬鹿野郎の境遇や昨夜の行動など、この場においては何の力にもならず。

 例え説明をしたとしても、きっとどうでもいい事として処理をされるだろう。

 

「とりあえずメシを優先するけど……逃げようなんて考えんじゃねーぞ」

 

 ギロリと。剣呑な雰囲気を隠そうともせず、杏子は前の席に座る馬鹿野郎こと暁美ほむらを睨み付けた。行儀悪く肘をつきながら、殺気に満ちた視線をぶつける。もしも視線で人が殺せるのなら、まず間違いなくほむらは死んでいるだろう。

 

「佐倉さんほどじゃないけど、私も同じような意見よ。逃げる、なんてことは考えない事ね。あ、それとみんな。お肉とお野菜を追加するけど何か希望はあるかしら?」

 

 マミは相変わらず柔和な笑顔を浮かべていた。だが言葉の端々からは、杏子ほどではないにせよ、ほむらを逃がさないと言う意思が感じられる。今だってタッチパネルを操作しながらも、意識の3割くらいはちゃんとほむらに向けている。何か不穏な動きをしようものなら、即刻取り押さえる為だ。

 

「そうだよ、ほむらちゃん。今回は逃げるなんて許さないからね。あとマミさん、私、甘キャベツ食べたいです」

 

 まどかはほむらの隣に座り、あのほんわかした笑顔のまま不退転の意志をぶつけた。何か都合が悪いことがあると、ほむらちゃんすぐ逃げるんだもん。少々の呆れが混じったその一言が、ほむらの胸の内をさり気なく、しかし的確に効果的に抉った。ルビーの悪影響のせいか、最近のまどかは性格が悪めだ。

 

「……逃げないから、解いてくれないかしら」

 

 そして、その。渦中の暁美ほむらは。

 彼女はその細い腰に黄色いリボンを巻かれ、この場にいる3名と繋がれていた。マミの魔法による拘束。例え魔法少女に変身し、時間を止めて逃げようとも、こうやって繋がっていれば逃げられることは無い。ゴリラパワーで引き千切られたら? ここにはほむらを越えるゴリラが2名(マミと杏子)いるので、引き千切る間に取り押さえ可能だ。

 ごくん。頬張っていた肉をロクに咀嚼せずに飲み込むと、杏子は問いかけに答えた。無理だね。

 

「アンタのせいでこっちは焼肉2回喰いそびれてんだよねぇ。最低でもアタシが食い終わるまではそのまんまだから」

「……昨日1人で20人前も食べていたじゃない」

「〆がまだだっただろ。冷麺、ビビンバ、ジャンボパフェ。あとアイスとハニートースト。特製プリンに杏仁豆腐。あ、マミ。肉追加で。牛肉な、牛肉! 一番高いヤツ!」

「佐倉さん、野菜も食べなきゃダメよ」

「牛は草食って生きているから野菜だろ?」

「どんな理論よ……」

 

 はぁ、と。マミは溜息を吐き出した。だが仕草に反して、顔はそこまで辟易としているわけではない。どちらかというと……いや、寧ろ嬉しそうだ。

 今だってなんだかんだ言って、杏子の希望通りに一番高そうな肉を選んで注文している。しっかり4人前×3種類。勿論全部牛肉だ。

 

「あ、ほむらちゃん。お肉もう食べれるよ」

「……もうお腹いっぱい」

 

 げんなりとした表情で、ほむらは溜息を吐き出した。彼女は皆が来る前からここで食事をしている。言葉の通り、既に満腹なのだ。もうこれ以上胃に何も入れたくないのだ。

 ちなみにここで食事をしていたのは、衛宮士郎と今後――つまりはワルプルギスの夜対策――の話をしていたからだ。昨夜の協力要請→互いの能力の確認→魔女退治がてらコンビネーションの確認と、一睡もせずにフル稼働で動きづくめたほむらと士郎だったが、流石に昼を迎えてもそのままというわけにはいかず、ほむら家近くのしゃぶしゃぶチェーン店でエネルギーの補給に来たというのが事の顛末だ。ちなみに流石のほむらも今日ばかりはお腹が減ったのか、普段よりは多めに食事をしている。具体的には肉を1.5人前と野菜を2人前とご飯1杯くらい。

 

「せっかく士郎が払ってくれたんだ。もっと食えよ」

 

 マミ、肉追加ぁ。届いた追加分を風情もへったくれも無く鍋に落とす杏子。流石にマミは呆れを隠さずに咎めた。食べ終わってからにしなさい。

 ちなみに件の士郎はこの場にはいない。すでに退出済みである。ぶち切れ気味の杏子を最高級しゃぶしゃぶプラン(1人あたり約5,000円のヤツ)で宥めると、早々にこの場を後にした。ワルプルギスの夜退治には協力するが、ほむらの人間関係の修復までは協力範囲外と言うやつである。しかも杏子が殺気立っているこの状況は、ほむらにも原因があるので尚更である。寧ろ杏子を宥めて、全員分の食事代を先払いで奢っただけ、彼は必要以上にほむらに協力をしていると言えるだろう。

 尤もほむらからすれば、自分1人を置いてけぼりにして逃げ帰りやがったという認識なので、衛宮士郎への評価は駄々下がりなのだが。

 

「鹿目さん、キノコ系は大丈夫かしら?」

「はい、食べれます! いただきますね!」

「キノコかぁ。なぁ、マミ。松茸ある?」

「流石に無いわねぇ、シメジとシイタケでいいかしら?」

「えー、じゃあいいや。肉追加で! あとご飯!」

 

 良く食べられるわね。けふっ、と。胃から空気を出して、ほむらは窓の外へと視線を向けた。特に意味は無い。

 窓の外は平和なもので、サラリーマンが早足で歩いたり、主婦が赤ん坊を抱いて歩いたりしてる。散歩中の老夫婦、2匹仲良く互いの毛づくろいをしている猫ちゃん。あと、よくよく見れば制服姿の学生もちらほら。サボりなんて不真面目な子たちね。自分たちの事を棚に上げてそう思う。それは所謂現実逃避めいた思考であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ腹も膨れたし、尋問と行こっかぁ?」

 

 けふっ。粗野な言葉に反して可愛らしく胃から空気を吐き出しながら、杏子はギロリとほむらを睨み付けた。とは言え、腹が膨れているせいか、出会い頭のような剣呑さは無い。まぁ相変わらずムカついてはいるのだろうけど。

 そんな杏子を抑えるようにして、マミが口を挟む。

 

「ちょっと待って、佐倉さん。その前に訊きたいことが幾つかあるの。そっちを優先しても良いかしら」

「訊きたい事ぉ?」

「ええ。ワルプルギスの夜について。……それと、暁美さん自身の事について」

「ワルプルギスの夜はまだしも、コイツについてもか? ……まぁ、いいぜ」

 

 アタシの用件はその後でも構わないし。そう言って杏子はスプーンを口に咥え、行儀悪くも舌先で遊び始める。本当に自分が知りたいこと以外には興味が無いのだろう。

 ありがとう。そう言って、マミは真っすぐに視線をほむらに向け直した。

 

「魔法少女の真実とか、魔女の事とか。キュウべぇが私たちに教えなかった情報を暁美さんが知っているのは、まだいいわ。けどワルプルギスの夜のような、キュウべぇが知らない情報を貴女が知っているのは、何故なのかしら」

「……」

「言い難い事ではあると思うわ。でも教えてほしいの」

 

 言葉遣いは丁寧だし、語調も今までと変わらず柔らかで。でもどこか、嘘も逃げも許さないという強い意志を込めた言葉。

 ほむらの相変わらずの冷たい眼に、マミは視線を絡ませた。射貫くように、逸らす事無く。

 

「……知ることに、何の意味があるの?」

「正直に言うと、私は貴方を無条件に信じていいのか計りかねているわ」

 

 冷たい言葉だ。まどかはそう思った。だけど、その言葉に異を唱える事は出来ない。寧ろあれだけ排他的な態度を取ったほむらを、どういう理由や経緯があれど信じようとしてくれるだけ、マミは寛大な対応をしている。これが杏子やさやかならブチ切れからの絶縁間違いなしである。

 実際杏子は傍から見ていても分かりやすいくらいに顔を顰めている。

 

「魔法少女の真実を教えてくれた事には感謝をしているわ。……あのまま知らなかったら、いつの日かにきっと絶望して、魔女に成り果てていたでしょうから」

「……」

「けど、それとこれとは別よ。私と貴方の信頼関係は、今はフラットな状態。私は貴方を知る必要がある。一緒に戦うと言う意味でも」

「……ワルプルギスの夜を倒す。それだけなら、知る事に意味はないと思うわ」

「「うわぁ」」

 

 思わずまどか、及びその胸元でネックレス状態になって待機していたルビーは、同じ声色で同じ言葉を上げた。要は呆れたと言わんばかりの相槌。

 

「じゃあその不信感を引き摺ったまま、ワルプルギスの夜に挑むことになってもいいと?」

「貴女が力を貸し切れないと言うのならそれでいい。私1人だけになったとしても、私は戦うだけだから」

「それはつまり、1人で勝てると言う算段があるという事かしら。私たちに協力を求めたのは、あくまでも保険って事?」

「万全を期すなら力を借りたかった。それだけ」

「ふぅん……」

 

 これではいつぞやの焼き回しである。流石のマミも不服そうに眉根を寄せた。温厚な彼女でコレなのだから、他の面々なら結果は言うまでもないだろう。

 どうしたものか。まどかはテレパシーでルビーに相談をかけるが、残念ながらルビーの方が相談したいくらいの案件である。

 

「まぁ、ワルプルギスの夜さえ倒せればいいなら、ほむらの言い分は間違っちゃいないよなぁ」

「佐倉さん?」

 

 そんな2人のやり取りに割り込む様に、傍らから柔らかな語調。意外にもそれは杏子から。

 だが割って入ったわりには、彼女の視線はほむらに合わせる事無く、天井へと向けられている。

 

「マミ自身はこう言ってるけど、ほっといたってこの街を守るために動くさ。昔からうざったいくらいに正義感の強い奴だからな。ワルプルギスの夜が来る事さえ伝えとけば、コイツの心配はしなくてもいいと思うぜ」

「……佐倉さん? そう言う問題じゃないんだけど?」

「分かってるって。戦力じゃなくて、戦闘面の話をしたいんだろ? その点じゃあ確かにコイツの事を信用しきれないよなぁ」

「……ハァ。それはつまり、信用してもらいたければ目的を話せ。巴マミだけでなく、貴女もそう言う事かしら?」

「いやいや、そりゃマミの理屈だ。アタシは違う」

 

 何を言いたいのだろうか。傍で聞いているまどかとしては、いまいち杏子の意図が読めない。だがそれは他の2人とルビーも同様である。顔に出していないだけだ。

 

「正直なところを言えばな。アタシはほむらの事情なんてどーでもいいんだよ。コイツが何を目的としていて、何故戦うかなんて、知ったこっちゃない」

「……じゃあ佐倉さんは、何故暁美さんに力を貸すの?」

「報酬だよ」

「報酬?」

「そ。ワルプルギスの夜を倒した際に出るグリーフシードは、アタシが好きにしていいって事で、コイツとは話済みなんだよね」

 

 やっぱ現物支給っしょ。そう言って杏子は、指でお金のジェスチャーを作った。何とも可愛げのない仕草である。

 

「そんでもって、アタシは戦闘時は好きなようにしか動かない。コイツが何を腹の中で抱えていようと、好きにすればいいさって事」

「でもそれじゃあ連携とか取れないでしょ」

「まぁね。でも今更連携の練習をしたところで、付け焼刃のレベルじゃん。なら正直、各々が好き勝手動いた方が効率イイと思わない?」

 

 ハァ。溜息を吐くと、分かりやすくマミは頭を抱えた。話し合いを始めて間もないと言うのに、自分勝手な2人を前にして、着実に心労を抱え込んでいるのは間違いない。

 だが杏子の言葉も決して的外れではない。何せワルプルギスの夜が来るまで、あと幾日も無いのだ。マミと杏子ならともかく、謎の多いほむらを交えての連携など、確かに付け焼刃にしかならないかもしれない。

 

「それにさ、正直そっちの方がマミも気が楽じゃない?」

「どういうことよ……」

「邪魔なら殺せばいいじゃん」

 

 呆気カランと。杏子は口にした。殺すという事を、何の気負いも無く、全くの自然に。口にした。

 

「コイツが時を止めるには、まずあの楯を起動させなきゃいけないし、且つ起動までに歯車を回転させる必要がある。止められる時間だって有限だし、魔力を追えば見失うことは無い。無敵じゃないんだ。下手な動きを見せるなら、さっさと首刎ねちゃえばいい」

「……佐倉さん、それはダメよ」

「ハハッ、相変わらずマミは甘いね。私がマミだったら、この期に及んで舐めた口きいているアホなんか、さっさと殺すけどね」

 

 そう言って杏子は勝気な笑みを浮かべると、その笑顔のままノーモーションで手を振るった。

 

「っ!?」

「ほむら。アンタの事情なんかどーでもいい。前に言った通り協力はしてやる。だけど、少しでも邪魔して見ろ。ぶっ殺してやるよ」

 

 笑顔とは相反した、殺意に満ちた言葉。ふりでは無い。杏子は本当に、もしも邪魔だと断じたらほむらを殺しにかかるだろう。

 はらりと。ほむらの黒髪が数本重力に引かれて落ちていく。そして彼女の白い肌に、一本の赤い線が浮かび上がった。

 ほむらは鉄面皮を表面上は崩さぬまま、己の顔のすぐ横に突き刺さった割り箸を引き抜いた。つい先ほど杏子が、神速の腕前で投擲した一本だ。

 

「じゃあな。次会う時までにもう少しマシな顔してろよ」

 

 杏子はそう言って立ち去――――ろうとして、足を止めた。あ、そうそう。何かを思い出したらしく、くるりと踵を返す。

 

「わりぃ、忘れもん」

 

 杏子はまどかに手招きをした。なんのことだろうと席を立つと、そのまま優しく脇に退けられる。?マークを浮かべるまどかの目の前で、再び杏子は手招きを、今度はほむらに向けて行った。

 

「……なに?」

「いいから来いよ」

 

 言われるがままにほむらは立ち上がり、招かれるがままに杏子の正面に立つ。何故かニコニコの杏子と無表情で鉄面皮のほむら。絵面は大変シュールとしか言いようがない。

 

「ま、食ったばかりだからな。腹は勘弁してやるよ」

 

 清々しい笑顔だったと思う。少なくとも、傍らから見ていたまどかはそう思った。

 杏子はほむらが、まどかが、そしてマミが見える様にと、握り拳を作って見せた。外見年齢に違わない、年頃の女の子の小さな拳。

 そしてその拳を――――踏みしめた両足から、回転を加えた腰を経由し、生み出された力を余すことなく伝達させ――――躊躇い無くほむらの顔面へとぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言ったよなぁ? ぶん殴ってやるって」

 

 ドゴッ! どこぞの漫画がかと聞き間違うかのような、盛大な一撃。今しがた座っていた席の奥へ吹き飛ぶ、ほむらのか細い身体。呆然とするしかないまどかとルビーとマミ。突然の出来事に騒めく店内。

 

「……ま、とりあえずはこれでチャラにしてやるよ。じゃあな、あんぽんたん」

 

 そして杏子は。その一撃で満足したのか、後の事など見向きもせず、くるりと踵を返し直して振り返りもせず店を出て行った。とんでもねぇ爆弾を放置したまま出て行った。

 

「あ、え、ええと……」

「会計しましょうか! もうみんなお腹いっぱいよね!?」

 

 咄嗟にマミは会計ボタンを押す。冷静な判断であるが、会計はすでに士郎が済ませているので特に押す必要はなかったりする。

 引き攣り顔の店員さんが来て、その旨を伝えたところで、漸く2人はその事実を思い出した。

 

「じゃあ出ましょう! 鹿目さん、暁美さんをお願い!」

「はいっ! あ、騒がしくして申し訳ございません!」

 

 見事な90度のお辞儀をする、まどかとマミ。それからまどかはほむらを抱えると、早足で店を出た。ルビーの補助は無い、彼女の自力。普段の非力なまどからしからぬ火事場の馬鹿力だった。

 店の近くにある花壇まで退避したところで、まどかは緊張を逃すかのように大きく息を吐いた。それから思った。このまま店の近くにいるのはマズイかな。混乱の中の冷静な判断。落ち着ける場所を探してスマホで検索する。あ、検索云々の前にほむらちゃんの家に行けばいいじゃん。それは天啓ともいえる閃きだった。

 タイミングよくマミも来たので、その旨を伝える。

 

「……いいじゃない? そうしましょ」

 

 普段のマミなら良識から絶対にそんな事を言わなそうだが、今日の彼女は突然の状況に色々諸々様々乱高下中である。二つ返事で了承をすると、まどかが支えているのとは反対のほむらの左肩を抱えた。いっちにいっちに。荷物を運ぶかのように、軽快な足取りでほむらの家へと向かった。

 因みにだがほむらはしっかり気絶中である。当然家に向かっているなど知らない。家主の了承を得ぬ、とんでもない判断であった。

 

 

 

 

 

「……酷い目に遭ったわ」

 

 ほむら家に到着して約20分ほど。

 むくりと。ほむらは身を起こした。言葉は平静そのまま。しかしその頬は赤くなっている。

 インパクトの瞬間、彼女は咄嗟に掌を挟んだため、無抵抗で拳を喰らう事は避けた。が、魔力を込められた一撃をその程度で耐えられる筈もなく、あえなく気絶してしまったのだ。

 

「あ、ほむらさん! 目を覚ましたんですね!」

 

 そして目前にいきなり現れる憎き六芒星ことマジカルルビー。相変わらず無駄なテンションの高さ。目覚めてすぐ目にしたその面に、ただでさえ不機嫌なほむらの機嫌は一気に最下層まで落ちた。

 

「ほむらちゃん! 大丈夫!?」

 

 が、間髪入れずに奥からまどかが現れた事で、ほむらの機嫌はやや不機嫌までに回復する。ルビーのせいか、或いは色々と隠してきたことが明るみに出たせいで億劫になったのかは分からないが、今日のほむらは情緒が不安定である。

 

「あ、動かないで! 今氷買ってきたから!」

 

 氷? 訳が分からず?マークを浮かべるほむらだったが、とりあえずされるがままに任せる事にする。テキパキとまどかは用意を終えると、ほむらを寝かせてその赤く腫れた頬にタオルを敷き、上から氷を入れた袋を置いた。

 

「まだ安静にしていてね。無理に動いちゃダメだよ」

 

 そう言いながら、よしよしとほむらの頭をまどかは撫でた。相も変らぬ女神っぷり。ルビーは感嘆に深々と息を吐いた。これを計算ではなく素でやるのだから恐ろしいことだ。まさに現代の癒し。ルビーとしては前のマスターに見習わせたいくらいである。

 

「……杏子は」

「えーと……帰った、かな?」

「……そう」

「何があったかは覚えているの?」

「ええ、勿論」

 

 分かりやすく握り拳を作るほむら。しっかりこの一撃は返してやる。そんな意思をまどかは感じ取った。

 とは言え諸々のこの状況を招いた事については、ほむらにだって原因及び責任がある。多分また殴り返されるだけだと思うよ。喉まで出かかったその言葉。それを困ったような笑顔でまどかは飲み込んだ。言わぬがなんとやらである。

 

「あら、暁美さん起きたのね」

「……巴マミ」

「ええ、そうよ。まだ混乱している感じかしら?」

「いえ、大丈夫だと思います。意識ははっきりしていますし、ついさっきは普通に受け答え出来ていたので」

 

 そう。言葉少なく頷くと、マミは何故か段ボールを持ち直した。え、何事? マミの移動に合わせて視線だけを向けるほむら。その先で、割れた窓を目撃した。

 

「先に言っとくけど、これは不幸な事故よ」

「……佐倉杏子ね」

「ノーコメント」

 

 マミさん、それは認めている事と同じだと思います。そう思ったがまどかは口にしなかった。正論が状況の解決に至るとは限らないのだ。と言うかほむらも察しの良い事だ。彼女も何だかんだで杏子に振り回されているのかもしれない。

 

「さて。それじゃあ、お話いいかしら?」

 

 段ボールで割れた窓の応急処置を済ませた後、マミはほむらの枕元に腰を下ろした。どうしてもほむらの事情を訊きだすつもりらしい。まぁ仕方がない。ここで後日に出来る程時間は無いのだから。

 

「私が訊きたいことは、さっき言った通り。何故貴女はキュウべぇも知らないような情報を知っているのかしら?」

「……言っても信じられないわ」

「信じるかどうかは私が決める事よ。貴女じゃない」

「未来を知っているから。そう言っても?」

「もう少し詳しい説明が必要ね。それだけじゃ頷くわけには行かないわ」

 

 結論に対して、5W1Hが抜けている。それじゃあ頷く人はいないですよぉ。傍らでルビーはそう思った。尚、当然ながら付け足された機能のせいで、その思考は皆に筒抜けである。ほむらはギロリとルビーを睨んだし、マミとまどかは苦笑いを零した。知らぬはルビーばかり。

 はぁ、とほむらは息を吐いた。

 

「……言えないわ」

「……それが貴女の答えなの」

「ええ、そうよ。巴マミ。私は言えない。……言えないわ。言いたくても、まだ言えない」

 

 言わない、のではなく、言えない。

 言葉にすれば一文字程度の細かな違いであるが、その意味する事は大きく異なる。

 当然マミも、その意図を理解する。ほむらが隠している物事には、彼女自身の意志によらぬ部分がある事を理解する。

 とは言え、それで納得できるかと言えばそうではない訳で、

 

「ただ、」

 

 マミが口を開くのと同時に、ほむらが言葉を被せる。先ほどの言葉から、文脈を変える一言。出しかけた言葉を飲み込んで、マミは続きを促した。

 

「約束するわ、巴マミ。全てが終わったら、必ず話す」

 

 約束。それは未来の事。

 不確定だ。あまりにも。

 交渉にはなりえない言葉。

 

「それで信じろ、と?」

「今はまだ。そうとしか言えない」

 

 ほむらの言葉に、マミは息を吐き出した。深々として重々しい息の吐き出し方。

 傍らで聞いていたまどかは、どうすべきかと2人の顔を見る。この場の主人公はほむらとマミの2人。まどかの意志は重要な事では無い。だが解決も見込めないまま、空気が悪くなっていくのをただ受け入れることは、まどかは出来ない。

 マミは暫く考え込む様に目を伏せた。それから首を左右に振ると、最後にもう一度、今度は短く強めに息を吐き出した。

 

「……分かったわ」

「っ!」

「今は、分かった。ふぅ……今は一先ず、それで納得はするわ」

 

 熟考の末の納得。言葉にすればそれだけだが、マミの中で大いなる葛藤が繰り広げられていたのだろう。いつもどこか余裕を見せる彼女にしては珍しく、その顔は苦り切っていた。

 ほむらもまさか了承されるとは思っていなかったのだろう。驚くように彼女は眼を開くと、所在なさげに口を開閉した後、一文字に結び直す。

 

「その、ありが――――」

「お礼を言われる筋合いは無いわ。私は見滝原の街を守るために動くだけ。そして偶々貴女や佐倉さんが、その場に居合わせているだけ。それだけよ」

 

 手伝う訳じゃない。勝手に各々が動くだけ。つまりは先ほど杏子が言った通りの状況だ。

 だけど、それでも、

 

「それでもいいわ。……ありがとう」

 

 素直じゃ無いなぁ。傍らで聞いているまどか、及びルビーとしては、嬉しいやらもどかしいやらで色々といっぱいだった。それにこの場には居ないけど、戦う事は了承した杏子。根はやっぱり皆良い子なのだ。

 パンパン。マミは掌を叩くと、口を開いた。

 

「はい、それじゃあ話は一旦お終い。私は暁美さんからもらった資料を基に、これから狙撃ポイントの選定に行くわ。皆はどうする?」

「私は一旦家に帰ります。……パパから連絡が来てますし」

 

 まどかはそう言って、自身のスマホを見せた。そこには実の娘を心配する父親からの連絡が表示されている。内容は割愛するが、これは帰ったら大目玉コースは間違いない。

 

「まぁ、そこは……私にもどうしようもできないわね。暁美さんは?」

「腫れが引くまでは安静にしているわ。この程度の回復のために魔力を使うのも勿体ないし。腫れが引いたら、衛宮士郎とのコンビネーションを再確認しに行くわ」

「あら、衛宮さんと? なんだか妬いちゃうわね」

「それは私に? それとも彼に?」

「さぁ?」

 

 けーっ! その会話を聞いて面白くないのはルビーだった。私の女の子のパラダイスに汚い男が入って来るんじゃないですよ、って気分だった。彼が有能なのは分かっていても、気に入らないものは気に入らないのだ。

 まどかはそんなルビーの頭を撫でた。撫でられてやさぐれた心が浄化されるルビー。もう扱いはお手のものである。それでいいのか。

 

「それじゃあ、私たちはお暇させて頂きましょうか。安静にね、暁美さん」

「じゃあね、ほむらちゃん!」

「ほむらさん、ごゆっくり!」

 

 三者三様の言葉をかけて、慌ただしくほむら家を出る。少し傾いた陽。午後3時。遠くから聞こえるチャイムの音。学校が終わったのかな。絶賛サボり中のまどかたちには関係の無い事だ。……はぁ。

 先ほどまでのやり取りから一転し、思いっきり心臓をバクバクと動かしながら、まどかは震える指でスマホを操作した。表示されるは、まどかパパからの連絡。それともたくさん、でも親は子供を心配するものだから仕方がない。ましてやまどかは体調不良だったのだから、家で安静にしているべきなのだ。

 

「伝言」

「してません」

「書置き」

「してません」

「何も言わずに出てきたって事?」

「……はい」

 

 まどかは泣きそうだった。何時の時代だって、子供が怖いと思うのは怒った親とお化けである。例え魔女やらキュウべぇなどの人外と接せども、そこが変わることは無い。

 マミは何も言わず、しかし優しくまどかの肩に手を置いた。グッドラック。まぁこればかりは全面的にまどかが悪い。付いて行きたいと言ったのはまどかであり、その為に必要な行為を全て排したのもまどか。マミじゃどうにもしようがない。

 

「それじゃあマミさん。……また、明日」

「ええ、また明日」

 

 まどかは覚悟を決めた。いや、嘘、決まってない。怒られるのは嫌だ。

 それでも真面目さゆえに通話開始のボタンを押す。押してしまう。鳴りだすコール音。賽は投げられた。不規則に乱れる鼓動。パパに怒られるまであと何秒だ?

 

 

 

 そんな見滝原市の午後3時。

 半泣きのまどか。

 どこかで鳴くカラス。

 人が増えて騒がしくなる街並み。

 ちょっと早いけど夕焼け小焼け。

 そしてどこからか聞こえるニュースキャスターの声。

 読み上げられる、突如現れた大型台風の速報。

 さぁ。ワルプルギスの夜が来るまで、あと何日?

 

 




おまけ

それぞれがお店で食べた量

・まどか
肉 :1人前
野菜:2人前
ご飯:1杯

・ほむら
肉 :1.5人前
野菜:2人前
ご飯:1杯

・マミ
肉 :2人前
野菜:3人前
ご飯:0杯

・杏子
肉 :25人前
野菜:0人前
ご飯:20杯


「うっし! メシ飽きたし、デザート頼もうぜ! とりあえずこのジャンボパフェ!」
「は?」
「良いわね。私ももらおうかしら」
「は?」
「私も食べる! でも、丸々一つは入らないかな……ほむらちゃん、シェアしよう!」
「え!? その、ええと……」
「えー? じゃあ人数分頼もうぜ! 全部4人前ずつ」
「ちょっと待って、私、もう、入らない」
「残したらアタシが食べてやるよ。じゃあ行くぜ」
「ま、待って! 本当に、ダメ、入らない……」


・まどか
ジャンボパフェ:0.5人前

・ほむら
ジャンボパフェ:0人前

・マミ
ジャンボパフェ:1人前

・杏子
ジャンボパフェ:2.5人前(まどかとほむらの分含む)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。