魔法少女まどか☆マギカ×Fate   作:くまー

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絵心が無いので、今回もAAで代用……しようと思ったら、イイのが見つからずに断念。

絵師の方とかAA職人の方って、本当にすごいなぁって思います。


※7/9
投稿したのですが、どういうわけか反映されていなかったので、一旦削除してもう一度投稿をし直しました。


まどマギ×Fate 12

 結界が解ける。

 星の光も見えぬ夜空。

 人工の灯りに彩られた街。

 行き交う群衆が足を止める。

 ここは見滝原で一番大きな総合病院の前。

 

 

 

「あ……あ……」

 

 佐倉杏子は自身の得物を落とすと、力なく膝をついた。カラン、と。その音は騒がしい街中にあっても大きく響いたが、耳には届かない。そして嗚咽を上げ始める。その双眸からは、涙がとめどなく溢れ、足元のコンクリートに吸われていった。リアリストの彼女にしては珍しい事に、深い哀れみを覚えていた。目前の同業者の境遇に、彼女は涙していたのだ。

 

「あー……」

 

 美樹さやかは自身が半裸のクリーム塗れであることも忘れ、呆然と目の前の光景を凝視していた。例えるなら、『恥ずかしい格好で恥ずかしいセリフを宣い、決めポーズを取っている友人』を見たような顔だった。彼女の思考は以降について働くことを諦めると、ただ目前の友人を凝視するだけの装置と化した。どうしようもなかった。

 

「……」

 

 衛宮士郎は死んだ魚のような生気の無い眼で夜空を見上げていた。それは奇しくもいつかの夕暮れの時と同じ姿だった。尤も、状況は今の方が絶望的に悪い。彼は自分の運の悪さに愛想が尽き果てていた。が、尽き果てつつも、現状の打開のために必死に頭を働かせる。ちきちきちき、ちーん。デデーン、アウトー。抵抗するだけ無駄。諦めろ、現実は非情である。

 

「――――」

 

 鹿目まどかは今日と言う日の過去を回想していた。朝起きてから、魔女の結界に入り込み、ほむらと合流するまでを回想していた。これではまるで走馬燈だ。そして混乱する頭で思った。ほむらちゃん、キレイ。目前で変貌を遂げた友人のその姿に、彼女は感動すら覚えていた。一発キメたかのように、イイ具合に思考が狂っていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 そしてほむらは、渦中の暁美ほむらは。

 彼女は意識が現実に追いつくと、まずは目前の四人を見た。そして次に、周りでどよめく群衆を見た。それから自身の姿を確認した。左手に握っていたはずのルビーは消え失せ、既に遠くへと逃げた後だった。そして思考。トントン、と米神を人差し指で叩くと、大きく息を吐き出した。盛大な溜息だった。

 

「……あ」

 

 ファサ、と。ほむらは自身の髪を掻き上げると、瞬きの内にその姿を変えていた。見慣れた魔法少女の姿だった。紫を基調とした、舞台の衣装のような格好に戻っていた。

 その姿を見て、まどかは思った。ちょっと残念。やっぱり思考回路が狂っている。

 ほむらは左腕の楯から、何かを大量に落とした。それはもう乱暴に落とした。手のひらサイズの塊を、ドバドバ落とした。そして楯を回す。

 

 

 

 ――――カシャッ

 

 

 

「ん?」

「へ?」

「お?」

「ふぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ まどマギ×Fate ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原市。

 美樹家。

 

 

 

 今日ほど動き回った日は無いし、今日ほど疲れた日もない。正直本当に今日はもう動ける気がしない。

 熱いシャワーを浴びながら、鹿目まどかはそんなことを考えた。身体を打つお湯の心地よさに、緊張が解れていくのが分かった。

 傍らの湯船には美樹さやかが浸かっている。彼女もまどかに負けず劣らず疲れていた。だらけ切った表情を見せながら、力なく天井を見上げる。

 

「……マジ、ヤバいわー」

「疲れたね。とっても」

「もう足パンパン。もうソッコーで寝れる」

「そうだね。私も……もう無理」

 

 大口を開けて欠伸をかます。押し寄せてきた疲労と睡魔にギリギリのところで抗う。このまま動かずにいれば、十秒もしない内に気を失えるだろう。その自信が2人にはあった。

 手早くまどかは自身の身体の汚れを落とすと、さやかとは反対側から湯船に入った。さやかが身体を捻ってスペースを作ったので、そこに身体をねじ込む。熱いお湯が疲労を解きほぐし、シャワー以上の睡魔をまどかに与えた。

 

「それにしても、ほむらの能力が時間停止だとはねー」

「すごい能力だよね。びっくりしちゃった」

「反則でしょ。しかも触れている人全員に作用するって、使い勝手が良すぎるよ」

 

 ルビーによるほむらの大変身と、タイミング悪く解けた結界。ざわめく群衆の視線からまどかたちが脱出できたのは、何よりもほむらの能力のおかげだった。

 時間停止。

 幾つか制約があるらしいが、それでも反則級の能力である。

 

「士郎さんも凄かったね。4人全員抱えて全力疾走は、きっとパパでも無理だなぁ」

「変身しなかったし、魔法少女じゃないみたいけど、充分あの人も人外だよね。私たちを抱えたまま走ったり跳んだりって、ヤバすぎでしょ」

 

 衛宮士郎は時間停止能力を理解すると、即座に一行を抱えて人目の付かぬ裏路地へと避難した。有無を言わさぬ行動ではあったが、ほむら以外が混乱の極みにあった中では、適切な判断であったと言えよう。

 ほむらの魔法と士郎の体力を駆使し、一行が都合よく両親が出払っている美樹家に到着したのは、今から40分程前の事だ。

 さやかは眠気を飛ばす様に、湯で顔を洗う。そしてノロノロとした緩慢な動きで湯船を出ると、2度目のシャンプータイムに入った。

 

「それ、新作?」

「いーや、試供品。来月発売予定だってさ」

 

 小型のボトルを手に取り、白色の中身を丁寧に手に馴染ませ泡立てる。そして髪の毛に付けると、ほぐす様に、丹念に泡を揉み込んでいく。やっぱり恋する乙女は違うなぁ、とまどかは思った。こんなに疲れていても、さやかは自分を磨くことを忘れない。……その努力が報われているかは微妙なところではある、が。

 まどかはもう一度大欠伸をかました。そして思う。もう、ダメ。

 

「さやかちゃん、もう出るね」

「ほーい」

 

 枯渇しかけている力を振り絞り、さやかよりも一足先に風呂を出る。いつもは長風呂するが、流石に今日は無理だ。

 自身の制服、下着ともに酷く汚れているので、代わりにさやかの下着とジャージを身に着ける。上も下も若干大きいが、そこは大した問題にはならない。問題があるとすれば下着……それも上の方。自分の普段付けているモノよりも、自己主張の大きな、その下着。

 

「……」

 

 栄養素ならちゃんと摂っているのになぁ。残酷なまでの格差を前に、まどかは思わずため息を吐き出した。まどかとて、そう言うのが気になるお年頃なのだ。

 同世代よりも色々と大きくスタイルも良い友人を想い、もう一回溜息を吐き出す。そしてこれから大きくなるよ、と言い聞かせる。そうとも、まだ成長期なのだ。伸びしろはある……筈。多分。

 

「……」

 

 何となく陰鬱な気分で脱衣所を出ると、良い匂いが鼻孔を擽る。現金なもので、疲労でいっぱいの身体は、すぐにその匂いに反応した。

 ぐぅ。

 可愛らしい音を立てた自身の腹を慌てて押さえる。ちょっとだけ赤面しながら、まどかはリビングへと向かった。

 

「あ、まどかちゃん。もうちょっと待ってくれないか。すぐ出来上がるから」

 

 リビングに併設されているキッチンでは、衛宮士郎が食事を作っていた。彼も疲れているであろうに、一人でテキパキと、初めての場所にも拘らず動き回っている。既にテーブルの上には食器が並べられていた。言葉通り、夕食が出来上がるのは時間の問題なのだろう。

 彼はまどかたちを送り届けたところで帰るつもりだったらしいが、さやかの懇願で美樹家に留まっている。曰く、もしもルビーが戻ってきたら、ほむらがガチ切れして、自分たちでは止められない、との事だ。士郎からすればとばっちりも良いところだが、ルビーの情報を欲している事、ルビーが好き放題している事に責任を感じている事、そして彼自身も被害者であるほむらの事を気にかけている事もあり、首は縦に振られた。

 リビングへと視線を移すと、佐倉杏子がテレビを見ていた。テレビからは、ちょうど緊急のニュースが報道されているところだった。リポーターが大仰な身振り手振りで現状を伝えている。その様子を脱力した状態で杏子は眺めていた。まどかも何とはなしに、その隣に座った。

 

「テロ、だってよ」

「え?」

「アイツが色々とバラまいてただろ? アレ、閃光弾とか煙幕弾とか、そう言ったものらしくてな。病院前は混乱して、テロかもしれないって騒いでいる」

「そうだったんだ」

「おかげであたしたちの事は何も報道されてねーよ」

 

 杏子の言葉通り、テレビではリポーターが興奮気味にテロかもしれないと騒ぎ立てている。チャンネルはN○K。どうやら一地方都市の騒ぎは、全国区になったらしい。

 

「そっか、何も報道されていないんだ」

「ああ、最悪のタイミングで最悪の展開だったけど、あたしたちはどうにかなった」

「あたしたちは?」

 

 どこか含みのある言葉。

 杏子に視線を向けると、彼女は盛大に溜息を吐き出した。

 

「みんな無事さ……アイツは、そうはいかなかったみたいだけどな」

 

 杏子はクイッ、と顎を部屋の隅に向けた。

 その先には、毛布をかぶった置物が一つ。

 

「……ほむらちゃん?」

「ん」

 

 名前を呼ばれ、毛布がビクッと震える。代わりに、杏子が事実を肯定する。

 

「アンタ、アイツの友達なんだろ?」

「う、うん」

「ならどうにかしてやれ。……見てらんないんだよ」

 

 杏子は立ち上がると、ほむらには目もくれずにキッチンへ向かう。後は任せた、という事なのだろう。或いは自身のトラウマを穿り返されない内に逃げたか。

 まどかは毛布の塊に視線を向けながら考える。どうしよう。まどかとしては、ほむらが何故にそこまで気落ちしているのかが分からなかった。誰も傷ついていないし、乙女の尊厳もギリギリ守られた……筈だ。

 恐る恐るほむらの傍に寄ると、まどかは思い切って言った。彼女なりに、言葉を選んで言った。

 

 

 

「ほむらちゃん……その……綺麗だったよ、とっても!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、チーズフォンデュ!? ヤバっ、豪勢っ!」

「士郎、パン二本で足りるかー?」

「パンだけだと足りないだろうな。でも、もうすぐ野菜が茹で上がる。エビとジャガイモの処理は終わっているから、そっちを先に持って行ってくれ」

「士郎さんっ! 冷蔵庫の中のものは全然使っていいですからねっ!」

「ああ、ありがとう。でも大丈夫、手持ちで充分だ」

「くれるって言うんだから遠慮なくもらおーぜ」

「杏子、黙れ。ほら、さっさと持っていけ」

「士郎さん、手伝う事あったら言ってください!」

「こっちは大丈夫だよ、先に食べちゃって」

 

 テーブルの上は溶かしたチーズが入った鍋と、パンやエビ、ジャガイモと言ったフォンデュ用の具材が並んでいる。

 チーズフォンデュ。

 鍋は美樹家のキッチンの奥に転がっており、それを目敏くも見つけた士郎によって日の目を見る事になったのだ。具材は夕方に購入していたので、それらを遠慮なく使う。人数はいるが、こちらも買い溜めをしていたので、これならば美樹家の食材に手を付ける必要は無いだろう……士郎の財布は寂しくなるが。

 後ろでワイワイと騒いでいるところを聞くに、どうやら好評ではあるらしい。ちらりと様子を伺うと、杏子とさやかが恐ろしい勢いで具材を消費しているところだった。

 

「ほい、野菜」

「おお、ありがとうございますっ! めちゃウマですよっ!」

「先に頂いています。本当に美味しいですっ!」

「士郎、肉は?」

「……(パクパクもぐもぐがつがつむしゃむしゃ)」

「……分かった、すぐ用意する」

 

 無言で具材を口に放り込む黒髪の少女を意識から外し、そそくさと士郎はキッチンへ逃げた。何やら恐ろしいものを見た気分だった。杏子の食い意地に救われる日が来るとは思いもしなかった。

 スーパーの袋からベーコンを取り出すと、少し厚めに切り分け、フライパンに投入する。そして焼きながら思う。そりゃヤケクソにもなるわな。言うまでもなく、黒髪の少女――暁美ほむら――の事である。

 日本人形めいた無表情さで具材を消費していく様子は、ひたすらにシュールである。が、それも仕方が無い。何せ彼女はルビーの手で魔法少女化させられただけでなく、その姿を衆目に曝す羽目になったのだ。もしもこれが士郎の彼女である遠坂凛ならば、ブチギレて暴れて引き篭もるか、大泣きしながら八つ当たりして引き篭もるかのどっちかだろう。9:1くらいで前者濃厚。

 ほど良く焼き目が付いたところで、一旦ベーコンをフライパンから取り分けると、士郎はエリンギとブラウンマッシュルームを一口サイズに切り分け始めた。そしてオリーブオイルをフライパンに引く。刻んだ赤唐辛子と、少量のニンニクを投入し、程よく火が通るまで弱火で炒める。そして香ばしい匂いが立ったところで、先ほど切り分けたキノコ類と、取り分けていたベーコンを投入した。あとは強火で炒める。ストレスがたまると家事に逃げるのが、この男の悪癖であった。

 

「すごいなぁ、料理もできるんだ」

「まどかのお父さんみたいだね」

「……(パクパクもぐもぐがつがつむしゃむしゃ)」

「……ええと……ほむらちゃん、落ち着こう?」

「大丈夫よまどかええ私は落ち着いているし冷静だし何も問題はないわいつも通りよ気にしないで」

「……いや、ほむら。それは無理があるって」

「……ほっといてやれ。今のコイツの気持ちは痛いほど分かる」

 

 同じ傷を持つ者同士、感じるところはあるんだろうなぁ。士郎はそう思った。被害者その2でもある杏子は、ルビーの手によって変身させられた後、半日ほど不貞腐れていた。ちなみに不貞腐れていた場所は、士郎が泊まっているウィークリーマンションのベッドである。戻って、朝になるまでずっと占拠された。肉やお菓子に一切の反応を示さないほどに重症だった。そして士郎はその姿を見て、涙を堪えることが出来なかった。

 杏子はポンポン、とほむらの肩を叩いた。目頭を押さえている辺り、きっと昨日のことを思い返しているのだろう。それは第一印象からは想像も出来ぬほどに、慈しみ深い態度だった。

 

「……キノコとベーコンのソテー。口直しに食べてくれ」

「あっ、ありがとうございます」

「わぁ、美味しそう」

「士郎、コイツにも何かくれ」

「ホットミルクでいいか?」

「……(コクコク)」

「ごめん、さやかちゃん。牛乳を借りていいかな。あぁ、あと蜂蜜も」

「どうぞどうぞ」

 

 士郎はマグカップに牛乳を注ぐと、レンジで人肌程度まで温める。そして小匙一杯程度の砂糖と、大匙一杯程度の蜂蜜をかき混ぜ、仕上げにシナモンを振りかけた。

 

「甘さが足りなかったら砂糖を追加してくれ」

「……ありがとう。頂くわ」

「士郎、あたしにも」

「そう言うと思って用意はしてある」

「えーと、私たちも欲しいなぁ、なんて……」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございますっ!」

 

 ほむらの分とは別に用意してた3人分のホットミルクを配る。相変わらず用意の良い男である。

 どうやら食事が一段落したようなので、士郎も席に着いた。近くにあったトマトを串に刺し、チーズに絡める。そして一口。トマトの酸味とチーズの濃厚さが口に広がる。

 

「いやー、士郎さん。めちゃウマですよ、ありがとうございますっ」

「気にいってくれたなら良かった」

 

 フォンデュ用の溶けやすいチーズを使ったのだが、中々どうしてしっかり味が付いている。まどかもさやかも満足げな表情を浮かべているので、これは大成功だろう。

 ちなみに杏子は一人まだ食べている。この細身の身体のどこに食事が入っているのかは甚だ疑問ではある。が、士郎は食っても食っても体型が変わらない人間を他にも知っている。疑問に思うだけ無駄なのだ。そういうものなのだ。

 ほむらは相変わらず無表情でホットミルクをちびちびと飲んでいる。猫舌なのかもしれない、とズレた感想を士郎は抱いた。真面目に考察するには、今日の彼は疲労でいっぱいだった。

 

 

 

『……士郎さーん』

 

 

 

 何も聞こえない。何も感じない。何も知らない。

 士郎は自身にそう言い聞かせながら天井を仰いだ。そして震える手で視界を覆う。緊張を解きほぐす様に、少しずつ緩やかに息を吐き出す。思う事は一つ。どうやら幻聴が聞こえるほどに俺は疲れているらしい。だが残念ながらホットミルクはもう品切れだ。

 

『士郎さーん、お話があるんですけど……今、大丈夫ですか?』

『……なんだ?』

 

 士郎は諸々の感情を強引に捨て去ると、脳内に響いた声に一拍の間を置いて反応した。思考と感情を切り離して行動できるのは、イギリスに渡った事で習得した、彼の強みの一つである。

 

『いやー、その、色々とありまして……この場では言い辛いと言いますか……士郎さん一人で、近くの公園にまで来てもらってもいいですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美樹家からそう離れていない場所に、ベンチと滑り台だけしか置かれていない、小さな公園がある。住宅街に紛れる様にして存在するその公園に士郎は到着すると、ベンチに腰掛けて溜息を吐き出した。そしてポケットから小さな宝石を取り出すと、魔力を込めて中の魔術を発動した。

 結界。

 一般人の意識を逸らす程度の効力しか持たないが、魔力を込めるだけで発動可能なので、士郎は重宝している。

 

「あははー……すいません、来てもらっちゃって」

「全くだ」

 

 士郎は呆れを隠そうともせずに言葉を返した。士郎が感情を表立って表すことは珍しいが、今日の日を思えば致し方なかろう。

 結界が張られたことを確認すると、傍の遊具からひょっこりと諸悪の根源が姿を現す。

 ルビー。

 今回の騒動を引き起こした張本人であり、杏子たちの心に癒えぬ傷を刻みつけた原因であり、士郎が日本に戻って来ることになった要因である。

 

「で、何の用だ?」

 

 士郎は足を組むと、その上に肘をついた。言外に、今は捕まえる気が無い、という事を示している。数時間前まで、血眼でルビーを探していた人物と同じであるとは思えぬ変貌ぶりだ。

 ルビーはルビーで言いにくそうに羽でヘッドを掻き始める。そして暫し悩むように己を揺らした後、士郎の傍へと降り立った。

 

「いや、ちょっとほむらさんの件で相談が」

「……仲直りしたい、とか戯けた事を言うんじゃないよな」

「……いいえ、その、今回はちょっと別件と言うか……何と言うか」

「あの禍々しいソウルジェムの事か」

「――――っ」

 

 士郎の思いがけない言葉に、ルビーの思考が停止する。思わず見上げれば、ルビーを見下ろす鈍い黄金色の眼と視線が合った。

 

「ソウルジェムの概要については杏子から聞いている。……魔女と、グリーフシード、魔法少女についてもな」

「……そう、ですか」

「それで? ルビー、何があった?」

 

 疑問ではない。訊いている体ではあるが、断定の語調。

 それは遊びの無い言葉だった。確信を突く一言だった。

 

「……士郎さんは、私の能力を知っていますよね」

「ああ。契約することによって平行世界の能力を使用できるようになる、だよな」

「はい、そうです」

「だが、衣装の変更はお前の一存の筈だ」

「ええ、流石に良く知っていますね……」

 

 魔法少女としての姿は、ルビーの趣味が反映される。あくまでも契約者が平行世界の能力を使用できる、までがルビーの能力であり、魔法少女姿は言わば彼女の大迷惑なサービスでしかない。

 ……ならばこそ、

 

「衣装の程度は置いておいても、魔力を帯びるソウルジェムはお前の一存では再現できない」

「はい、その通りです。……おそらくは士郎さんの想像の通り……あれは……いえ、あの姿は……私の能力が原因ではありません」

 

 士郎は何も言わない。

 代わりに、先を促す様に頷いた。

 

「正直な話、私としてはアレくらい際どい格好も吝かでは無いと言うか、寧ろ意外性も込みでドストライクでした」

「……」

「で、ですが、あの段階ではまだ構想が固まっていないと言うか、いずれは程度にしか考えてなかったと言うか……」

「……」

「……ええと、その、つまり……勝手に流れ込んできたんですっ!」

「……お前の脳裏に、って意味じゃないよな?」

「違います違いますっ! 寧ろ押しかけてきたんですよっ!」

 

 勝手に流れ込んできた。押しかけてきた。

 その言葉の意味を士郎は咀嚼する。

 

「……つまり、暁美さんの平行世界の能力が、お前の制御を飛び越えて、勝手に流れ込んだ、と」

「そういうことです」

 

 口元を手で覆い、情報を整理する。元々頭の回りは早い方だ。状況の把握にそれ程時間は必要ない。

 士郎は考えを纏めると、ルビーに向き直って口を開いた。そして告げる。

 

「……そんなことがあるのか?」

「あるんですよっ! 実際にっ! 本当にっ!」

 

 士郎の間の抜けた感想のような一言に、思わずルビーは声を荒げた。浮かび上がって激しく柄を前後に動かす。そしてヘッドの部分には、怒りのマークが可視化されている。

 士郎はまぁまぁ、と全く感情の篭っていない言葉でルビーを宥めた。こういう場合は相手に合わせるのが一番ストレスフリー且つ最短の解決方法であることを彼は知っている。

 

「ルビーは今回みたいな経験はあるのか?」

「無いですよ。凛さんの時も杏子さんの時も制御できましたもん」

「今回が初、か」

「本来ありえない事なんですけどね、本当に」

 

 平行世界に干渉できるのはこの世にただ一人だけ。だから彼は『魔法使い』と呼ばれている。

 キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

 ルビーの生みの親であり、士郎の師匠の師匠であり、現存する魔法使いの一人。

 彼が用いる手段以外で平行世界に干渉する術は、無い。

 

「……その筈、なんだよな」

 

 そう。その筈。

 だが実際には。士郎は魔法使い級の能力を持つ人物を一人知っている。

 暁美ほむら。

 時間を停止させると言う、世の理に抗える少女。

 そして時間停止とは、広義的な意味を含めれば、平行世界の運営の一端となり得るかもしれない能力。

 

「……おかしいとは思っていたんだ」

「士郎さん?」

「大師父はお前の捕獲に、俺だけを行かせた。バゼットみたいに宝石に関係の無い人ならまだしも、遠坂やルヴィアではなく、俺だけを、だ」

「……」

「あと、言ってたよな。お前の封印を解いたのは大師父だ、って」

「ええ」

 

 ――――勝手にしろって言われたから勝手にしているだけなんですよっ! 逃げ出したわけじゃありませんっ! てか封印を解いたのってあのクソじじぃなんですよっ!

 

「今更ですけど、私はクソじじぃの手でこの街に放り出されました。こう……ゴミでも捨てるようなぞんざいさでです」

「暁美さんの目の前に、か?」

「うーん、当たらずとも遠からず、ってところですね。最初に出会ったのはまどかさんで、次にほむらさんに出会いました」

「探し回ったのか?」

「いいえ。1時間程待ってろ、と言われたので待っていました。出会ったタイミングとしては、大して変わらないですね」

 

 つまりは。放り出されたその場で、タイミングの問題はあれど、ルビーは暁美ほむらに出会ったことになる。

 

「……大師父から、この街の魔法少女の概要については聞いたか?」

「いいえ。何一つ聞いていません。私が魔法少女の概要を聞いたのは、マミさんから教えてもらったのが初めてですね」

「マミさん? それって、巴マミさんか?」

「ええ、そうですけど……あれ、お知り合いでした?」

「いや、名前を聞いたことがあるだけだ。……ルビーは、何で彼女の事を知っているんだ?」

「最初にまどかさんたちに出会った時に、運悪く魔女の結界に巻き込まれたんですよ。そしたら、マミさんが助けに来てくれたんです」

「その縁で、話を聞いたのか」

「ええ、そうです。魔法少女は勿論、グリーフシードや魔女についても、その時に教えてもらいましたね」

 

 大師父ことキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグからは、ルビーは何も聞いていない。何も聞いておらず、しかし場所と時間は指定されて放り出された。

 まるで、何が起こるか分かっているかのように。

 

「……巴さんは、ソウルジェムが穢れる事について、何か言っていたか?」

「魔法少女として活動できなくなる、と言っていましたね」

「……穢れ切った場合については?」

「それは知らない、と」

「そうか。……杏子も同じことを言っていたよ」

 

 士郎も杏子に魔法少女について幾らか踏み込んだ質問をしている。だが、得た情報としてはルビーと大差ない。

 

「詳しい事はキュウべぇに訊け、って言ってたな」

「同じく、です。マミさんもキュウべぇさんに訊くようにと言っていました」

「……ルビーはキュウべぇとやらから話を聞けたか?」

「いいえ、何処に行ったか分からず仕舞いで、何も話は出来ていません」

 

 キュウべぇは魔法少女の才能を持つ子を探しているみたいだから、決まった場所に居る事は少ない。それはマミがルビーに返した言葉であり、また士郎が杏子に返された言葉でもある。

 

「つまりはお互いに、」

「魔法少女の事は全然わかっていない、」

「ってことか……ハァ……」

 

 士郎は盛大に溜息を吐き出すと、両足を投げ出し、夜空を見上げた。

 視界に映る星空。

 その輝きが目に染みる。

 

「……魔法少女はグリーフシードが必要」

「そのグリーフシードは魔女を狩る事で得ることが出来る」

「魔女はグリーフシードから生まれる」

「魔法少女の穢れを吸い取ったグリーフシードから生まれる」

「そしてグリーフシードは、魔女を狩る事で得られる」

「……良く出来たシステムですね、本当に」

「ああ。……全く以って、本当に良く出来ている」

 

 両者は同じことを考えていた。そして全く同じ結論を導き出していた。

 だが口には出さない。何故ならそれが確証の無い考えであり、憶測の域を出ないこと理解しているからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ俺は戻る。これ以上は杏子が感づきそうだ」

「分かりました。あ、あとくれぐれもこの事は内密に」

「分かっているよ」

 

 士郎は宝石を回収すると、ベンチから立ち上がった。欲しい情報については共有が終わったので、これ以上長居をする必要は無いのだ。

 ルビーはルビーで自身の柄を消してヘッドだけになる。あとは飛び立つだけだ。

 

「士郎さんは明日以降、どうするんですか?」

「さてな。一先ずは大師父の真意を探りたいが……」

「あのクソじじぃがそう簡単に尻尾を出すタマで無い事は知っているでしょうに」

「……そうだな。きっと、こうやって考えていること自体、大師父の掌の上の出来事なのかもしれないな」

 

 両者共に溜息を吐き出す。悲しい事に互いの認識に間違いはない。

 

「……本当に、お前を捕まえるだけの依頼だったらな」

「あははー、あのクソじじぃの依頼がそんな簡単なものの筈がないじゃないですかー」

「その通りだな。……ったく、俺はストレスで胃が壊れそうだよ」

「クソじじぃと関わったのが運の尽きですよ。そこだけは深く同情します」

「うるせぇ」

「じゃ、ほむらさんと杏子さんから、上手いとこ情報を聞き出しといてくださいね。私では無理なんで」

「……誰のせいで難易度が跳ね上がったと思ってやがる」

 

 キリキリと胃が痛みを訴えているのは、きっと気のせいではない。視界が眩むのも気のせいではない。何なら足元が覚束ないのも気のせいではない。

 士郎は本日何度目になるのかも分からない溜息を吐き出す。それを聞いて反応するルビー。溜息を吐くと幸せって逃げるらしいですよ。誰のせいだと思っている、誰のせいだと。

 士郎は口を開く代わりに、右手をルビーの前に出した。中指を親指で押さえつけた格好。つまりはデコピン。

 そして理解がまだ追い付いていないルビーに、強化による渾身のデコピンを喰らわした。

 

「ギャッ!」

 

 ドゴッ、ガゴンッ。弾き飛ばされたルビーが滑り台にぶつかり落下する。渾身のデコピンだけあって、音も通常とは段違いである。

 

「お前が余計な事をしなければ、こんなに話は拗れなかったんだよ」

「で、でも私がほむらさんと契約したからこそ、事のおかしさに気が付けたんじゃないですか!?」

 

 ヨロヨロと浮上するルビー。しっかりと自分に非が無いアピールをする辺りがまさにルビーである。しかも今回に限っては筋が通っていなくもない。

 が、その言葉に士郎はしっかり反論をする。

 

「暁美さんはそうでも杏子は完全にとばっちりだろうが」

「それはそれ、これはこれですっ! 杏子さんと言う前例があったからこそ、ほむらさんを――――」

「喧しい。もう一発喰らいたいか」

 

 完全にやさぐれる士郎。既に彼の精神的許容量はいっぱいいっぱいである。と言うかここまで保っていたことが不思議なくらいだ。

 士郎はもう一度右手をルビーへと向けた。それを見て、思わずビクッと反応する。たったの一発、されど一発。人外の一発の威力は、しっかりとルビーの身に恐怖を刻んでいる。

 

「ぼ、暴力反対……」

「なら黙れ。そしてこれ以上魔法少女を増やすな」

「……そ、それは同意しかねますねー」

「あ゛あ゛?」

 

 あ、これヤバいヤツや。士郎の表情が変わったのを見て、ルビーは咄嗟に距離を取った。とは言え、キュートでリリカルな少女を魔法少女にするのはルビーのライフワークである。そこだけは嘘をつくことは出来無い。

 士郎の眼は完全に据わっていた。見敵必殺モードである。身体は半身になっており、無手であるはずの両手には魔力が集まっている。その様子を見てルビーは思う。何だか見たことがある……ああ、あれだ。遠坂家の凛ちゃんを人前で変身させた後のアレだ。アレは確かに身震いするほどに怖かった。

 

「……ふぅ」

 

 だがそんな、ジリジリと灼ける様な緊張感は、士郎が首を振った事で霧散する。彼はギリギリのところで自身を律すると、生気を失った眼でルビーを見た。

 

「まぁいい。ともかく、キュウべぇについて何かあったら連絡をくれ」

「あ、あははー……分かりました」

「じゃあな」

 

 良い人ほど損をするとは誰の言葉だったが。

 士郎のその疲労と哀愁に満ちた背中を見て、ルビーは思った。きっと早死にするな、あの人。

 

 

 




おまけ


※士郎が出て行った後の美樹家



「えー、今しがた入った情報によりますと、病院前のテロにはこちらの少女が巻き込まれた可能性があり――――」



 テレビ>【ほむらのあの姿】



「――――ゴフッ」



「ほむらちゃーーーんっ!?」

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