8月26日 早朝
角松達は変装して宿泊していたホテルから出た。角松は髪を白に染めて眼鏡をかけ、みらいは目立つ灰色の髪の毛を纏めて女性用の黒の長髪のかつらを被り、張氏を護衛しながら車に乗り込んだ。如月もスーツ姿に眼鏡を掛けている。
「一体、どこへ向かうのですか?」
車中で張が尋ねる。すると…。
「とりあえず、我々の拠点で一旦保護させていただきます。」と如月は答えた。
同時刻 新京市内 某ホテル
「彼らは一旦、拠点に集まるだろう。拠点から出た時が勝負だろう。」
草加は部下に指示を出していた。張氏を確実に仕留める為には犠牲もやむを得ないという判断だ。
角松達の乗った車は拠点に着々と近づく。拠点の事務所では如月の部下が事務所の掃除をしていた。そこへ一人の男性が近づく…。
「…なんだお前は?」
ドゴッ!
キィィ…。
「着きました。ここです。」運転していた如月が車のエンジンを止める。
「ここですか…。」張は古びた事務所の姿に唖然としていた。
「角松さん。様子を見てくるのでちょっと待っていてください。」
「私も行きます!…なんかやな予感がするので。」
「わかった。」
如月とみらいが車から出て事務所の階段を上がっていく。
ガチャッ
事務所扉を開けるが…。中が妙に静かだ。不審に思った如月が中へ入ったとたん。
ドゴッ!
「うっ…。」
ドサッ…。
と、如月が何者かによって殴られ気絶し倒れる。みらいが懐の拳銃を取り出そうとした瞬間…。
「静かに。我々の指示にしたがってもらう。」と、後ろから聞き覚えのある声がするが…。頭に拳銃を当てられている感覚がした。
「懐の拳銃を床に置け。。」
射殺される可能性があるためみらいは指示に従って拳銃を床に置き、両手を上げる。そして、そのまま窓際まで行かされ
「下の人に上がってきてよいと伝えろ。」と、拳銃を当てられたまま言われた。仕方なくみらいは窓を開けて角松が乗っている車に向けて合図を送った。すると、半ば強引に窓から離される。
ビリッ!
「きゃっ!」
突然、体に電気が流れ床に倒れる。みらいが意識が薄れていくなかで見たのは、草加の姿だった。
「来ちゃ…ダメ…。」
草加の手下がみらいと如月を隣室へ運び入れた直後、角松と張が入ってきた。
「く、草加!なぜここに!」
角松が草加に向けて叫ぶ!
「みらいと如月はどうした!?」
「二人なら隣で眠ってもらってますよ。」と、草加が淡々と話す。そして…。「私が用事があるのは張宗元。あなたですよ。」と、角松に拳銃を向ける。角松は懐から拳銃を取り出すが…。草加の手下から背中に拳銃を当てられる。だが、草加は「手出し無用!」と、答えた。
お互いに拳銃を向けあったまま向かい合う二人。角松は
「お前がやろうとしていることは間違っている。張宗元はこの新満州を背負って行く人物だ。俺が必ず守る。」
一方の草加は…。
「この戦争の結末…。いや、この世界の未来は変えなければならない。張宗元にはここで死んでもらう。」と、答えた。
角松、草加共に額に汗が流れる。そして引き金に指を掛けている。
「撃つなら撃て。角松副長。」
「草加っっっ!!!」
パァン!
一発の銃声が部屋に響く。
ガチャッ…。カン!カラカラカラ…。
拳銃が落ちて薬莢が床を転がる…。
「うっ…。」
利き腕を撃たれた角松が床に倒れこむ。腕からは血が流れている。激しい痛みのなかで反対の手で拳銃を取ろうとするが草加に手を踏まれ、拳銃は壁際へ蹴飛ばされる。
「く、草加…。」
痛みに苦しむ角松をよそに、草加は張に拳銃を向ける。
「お、俺が一体、何をしたってんだ?」と、怯えながら尋ねる。
「あなたは反日派であり、後に新満州を治める事となる。そして、日本へ経済的制裁をすることになる。それを私は防ぐのだ。」と、引き金に手をかける。
「それは違うぞ!草加!!!!」
パァン!
乾いた一発の銃声が部屋に響く。
数時間後…。
「頭部に銃弾を一発…。即死です。」
地元警察の鑑識が現場検証をしていた。身分証から張宗元氏と判明していた。「血痕が二人分ありますが…。どうします?」鑑識が刑事に尋ねるが、「軍から差し押さえが来ている。捜査は軍が行うそうだ。」と呟いた。
8月30日
「副長。しっかりしてください!」
「ん…。こ、ここは?」
角松が目を開けるとそこは病室だった。椅子にはみらいが座っている。
「やっと気づいたか。」頭に包帯を巻いた如月が話しかけてくる。ふと、角松は肩に巻かれた包帯に気づいた。
「こ、これは…。誰が?」
「草加の手下に医者が居てな。たとえ敵であっても、命は助けたいと言うことで手術をしてもらっんだ。」
「その医者はどうした?」
「君の手術を終えたあと、どこかへ去っていったよ…。」
「そうか。」
と、自身の命を救った医者の事を気にしていた角松だったが…。張氏がどうなったか気になりみらいに尋ねた。
「…副長。残念ですが、頭部に銃弾を一発…。即死でした。」
「…くそっ!」
角松は拳をベットへ叩きつける。すると如月は…。
「こうなったのは私のミスだ。すまない。」と、謝る。
「副長、私も油断してました。ごめんなさい。」みらいも続いて謝る。だが、角松は「草加の行動を予想していた俺が一番の原因だ。二人とも、迷惑を掛けてすまなかった。」と、謝った。
「ところで、こうなった以上…。このあとはどうするんだ?」如月が角松に尋ねる。
「俺は一旦、みらいと共に内地へ戻る。」
「そうか…。だが、傷が深いから3~4日はここで安静にしておけとのことだ。」
「わかった。」
如月は傷の経過と草加の行方を角松に伝えた。そして最後にあることを伝えた。
「あなたは撃たれたあと出血がひどかった。…あなたに輸血したのは私だ。あなたには私の血も流れている。こちら側の人間になったと言うことだ。」と、言葉を残して草加の行方を探しに如月は部屋から出ていった。
一週間後、角松とみらいの姿は山陽本線の普通列車の中にあった。
「副長。腕は大丈夫ですか?」
「あぁ、だいぶ慣れたよ。」
右腕に三角巾を巻きながら、握り飯をかっ込む角松。外には美しい瀬戸内海の海が広がっている。馴れない左腕で飯を食べているが、だいぶ慣れてきたようだ。
「艦に戻ったあとどうするんですか?」と、みらいが尋ねる。
「とりあえず、艦長に報告だな。草加の影響で歴史が大きく変わったと…。」みらいが読んでいた新聞の海外欄には張宗元氏病死と小さな記事が載っていた。如月の手はずで、病死と公表されたのだった。
プァァァァンンン
角松達が乗った列車は東京方面へ走り去っていった。