横須賀鎮守府を出港した海上自衛隊イージス護衛艦[みらい]は一路、前線基地があるマリアナ諸島へと向かっていた。予定では、マリアナ諸島到着は7月1日の夕方に到着の予定であったが…。ルートの途中のマリアナ諸島の北東250キロ地点で台風が発生し[みらい]の航行ルートと重なった影響で進路を変更するか否かCICにて会議がなされていた。
「このままのルートだと…。約12時間後に台風8号の影響圏に入ります。」と、みらい艦内の航海科にて気象観測の手伝いをする しらせ が資料を見ながら話す。
「了解…。」
CICのモニターを見ていた梅津艦長が呟く。モニターには気象衛星で観測された台風8号の映像が映し出されていた。
「こりやぁ…。予想よりもデケェな。」と、CICに呼ばれた尾栗が話す。
「このまま進んだ場合…。台風のど真ん中を突っ切る事になる。そうすると、前方で交代しながら哨戒している艦娘達が高波にさらわれる危険性が高い。」菊池が話した通り敵勢力からの防御として、艦娘達の協力の上[みらい]前方後方2キロ地点に哨戒任務が得意な艦娘を配置し警戒に当たっていた。
「台風8号は日本時間1530現在、マリアナ諸島の北西380地点にあり、中心気圧は910ヘクトパスカル。中心付近の最大風速は75㍍、最大瞬間風速は85㍍以上です。台風の半径は450キロで中心の半径120キロは50㍍以上の暴風が吹いています。北北西に進路を変え、一時間に15キロの速さで進んでいます。どうされますか?」と、ヘッドホンを外し しらせ が訪ねてきた。
「うむ。航海科、台風を迂回した場合のマリアナ諸島到着予想を調べてくれ。航海長、海図を。」と、尾栗に伝え台風を避けるルートの模索が始まった。
バサァ
指揮台に大きな海図が広げられる。すると菊池が、赤ペンを持ってきて航海科と気象庁、それに南極観測船 しらせ の気象観測のデータをもとに高波が予想される区域に赤ペンで印をつけ始めた。
「…こんなに広いのか。」
角松らは台風の影響範囲が予想よりも広く改めて台風の強さを知った。
「この場合、進路を東に経由し迂回するのが妥当だと思われますが…。予想よりも影響区域が大きい…。」と、菊池が呟く。
「だが日程上、マリアナ基地入港日時を大幅にずらすことはできんぞ。それに…。」角松の視線の先には、CICの壁に掛けられたカレンダーがあった。7月23日のガダルカナル島強襲へのカウントダウンはずでに始まっていたからだ。
「…マリアナ諸島200キロ手前で私が海鳥に搭乗し先に上陸すると言うのはいかがかな?」
CICで意見交換をしていた角松らのもとに、草加少佐がやって来た。
「あの艦積機の航続距離は250キロと聞いたが、台風を迂回し、マリアナ諸島200キロ手前で私を乗せフライトする。そうすれば、船で向かうよりも数時間早く到着できる。しかも、現在、マリアナ基地には山本五十六連合艦隊総司令官や沢井国防軍総監が居ると情報が横須賀から入った。このプラン…。私自身としては有効なプランだと考えるがね。」
「…仮に、その山本五十六連合艦隊総司令官や沢井国防軍総監に会えたとして…貴様は一体何をしたい?」と、角松が草加を問いただす。
「沢井 宗一国防軍総監と直々に面会し、ガダルカナル島に駐留する国防陸軍第68普通科連隊と、我が国防海軍先遣隊の即時退却…。及び、赤道付近に駐留する陸海空全部隊の日本帰還を具申したいと思っている。 」と、草加は自身が考えたプランを説明した。
「国防軍総監とは…。大風呂敷広げやがった…。」と、余りのスケールの大きさに尾栗は思わず呟いた。
翌朝
台風8号を迂回することになった[みらい]は進路を東南東に変えマリアナ諸島へと向かっていた。台風の外側の雨雲に接近しているため、みらい の右前方の遠く彼方に大きな積乱雲が見えていた。しかし台風の雨雲から離れているとはいえ、高波の影響は避けきれず予定よりも速度を落として航行していた。ふと、揺れる船内を艤装を外し制服姿の みらい としらね が艦長室へ向かっていた。
「…梅津艦長の話ってなんでしょうか?」
「…さぁ。」と、しらね が疑問の声をあげる。
「…やはり、草加少佐の事でしょうか?」
沈黙のあと、みらい か静かに答えた。
「…草加少佐がどうかしたの?」と言う、しらね に みらい は「…い、いえ。何か嫌な予感がので…。単なる小さな事ではない…。なんか、大きな…。世界を変えてしまうような気がしたんです。」と呟いて、その場で立ち止まってしまった。
ポン
ふと、しらね が みらい の右肩に手を置く。
「大丈夫よ。この船にある…。この世界についての行く末の事…。あの本通りに進む可能性は限りなく低い。私はそう信じるわ。」
「…えっ?」
下を向いていた みらい が顔をあげる。
「…だって、決められた未来なんて無い。私だって、船の時は日本を守るために護衛艦として生を受けたのよ…。でも実際は1発も実戦で射撃もせず。敵兵一人も殺さず護衛艦としての一生を終えた。…みらい が経験した事は本当のことだと思っている。何せ横須賀に居たときにあなた、嘘をついたことなんて1つもなかったでしょ?」先輩である しらね の言葉に耳を傾ける みらい 。しらね はさらに続けた。
「…そういえば、私の名前は白根山から来ているの。…でも白根山って、一つに纏まってないから、白根三山…。そこから[しらね]という名前を持ってきたの。最初は、どっかの政治家が自分の出身地に白根山があったから しらね って名前になったみたいなんだよねぇ~(笑)」と、笑顔で みらい に声をかけてくる。
「そういえば?みらいって名前…。あれは一般公募だったよねぇ?」と、しらねが聞いてくる。
「ええ、確かに私の名前は一般公募で決まりました。でも、皆さん方先輩達は山や気象、川の名前が名前になっているけど…。」という みらい の言葉にハッとする しらね。
「…でも、みらいって名前…最初は、好きじゃなかったけど…。今は、私自信の誇りです。歴戦の勇者の名前って訳じゃないですけど…。自分自身の道を突き進む感じで好きですね。」と、微笑みながら みらい は答えた。
二人が話ながら歩いていると、前方の階段から角松が降りてきた。
「おや?みらい に しらね。二人でどうした?」
「角松副長こそ、どちらへ?」と、しらねが尋ねる。
「俺は、艦長に呼ばれたから艦長室へ向かっているところだが…。」
「あれ…?角松副長もですか!?」
二人から話を聞いた角松は、三人で艦長室へと向かった。
コンコン!
「角松 洋介 二佐以下、ゆきなみ型イージス護衛艦 みらい 、しらね型汎用護衛艦 しらね。ただいま到着しました。」と、艦長室の前で角松が話す。すると…。
ガチャ
「御苦労。忙しい中呼んですまないな。」と、梅津艦長が出てきた。三人が艦長室へ入ると梅津艦長は自分の机に向かった。
「…君たち三人を読んだのは、草加少佐の事なんだ。」と、梅津は淡々と話始めた。(…やはり、私が予想した通りだわ。)みらい が心の中で思っていると、梅津は机の引き出しから角松には9ミリ拳銃、みらい と しらね には梅津が預かっていた9ミリ拳銃を差し出した。
「か、艦長…。これは一体…。」と、驚く角松に梅津はこう答えた。
「本艦は、順調に進めばあと二日でマリアナ諸島周辺海域へ到達する。草加少佐の提案では、飛行性能の高い海鳥でマリアナ基地へ向かうと提案したが、今後のことを考えると私はSH-60Jで向かった方が懸命だと思うのだ…。」と、梅津は艦長室の窓から外を見つつ話を続ける。
「マリアナ基地には、既に横須賀から連絡が行っているとの報告が来ている。また、我々はあとから入港するとはいえ、先遣隊が草加少佐と佐竹だけでは何が起こるかわからん。海鳥は哨戒ヘリの機能の他にも対空戦闘の機能も持っている。哨戒任務にあたる艦娘達が交代で哨戒活動をしているとはいえ、彼女達も艦娘であり一人一人…。人間であることは変わらない。草加少佐が提案したプランだが、仮に艦娘達がいない場合として海鳥がいない間のわが艦の哨戒活動への影響は45%と砲雷長が試算した。」三人は、梅津の話を静かに聞いていた。
「…それでなのだが、副長とあなた方二人には草加少佐と共にSH-60Jで先にマリアナ基地へ向かってもらいたい。私自身、草加の行動には未だ半信半疑のままだ。だが、君たちは草加のそばで監視もかねて、様子・思想・言動等を探ってきてほしい。特に、奴が[ 国家 ]等と言い始めたら眉に唾をつけてよく聞くんだぞ。」と、梅津は三人に9ミリ拳銃を手渡した。
「艦長、SHの離艦時間の予定は?」と、しらね が尋ねる。
「あぁ、SHはマリアナ諸島近海200キロ地点に到達する明日明朝0530に離艦する予定だ。」と、梅津は机の引き出しを閉め最後に三人にこう言った。
「くれぐれも、拳銃を所持していることを悟られないように。拳銃はあくまで自分の身を守るものだ。余計な争いには決して使わぬよう心に決めていただきたい。最後に貴官らが無事に本艦へ戻る事。これだけは必ず守っていただきたい。」と、梅津は話を終えた。
7月3日 05:25
マリアナ諸島 テニアン島北東200㌔付近
キイイイイイイイイイイン
みらい後部ヘリ甲板では、離陸に備えてSH-60Jが
エンジンを起動し発艦体制に入っていた。プロペラから出る風に吹かれながら。甲板で梅津艦長が先遣隊となる 草加少佐 角松二佐 に艦娘の みらい しらね の4人に話をしていた。
「我々がマリアナに入港するまであと丸一日は掛かるだろう…。それまでの間、国防海軍の参謀らと会談し負傷した艦娘達の引き取りなどを交渉してきてくれぬか。」
「…了解しました。」と角松は敬礼する。すると、梅津は角松に近寄り右肩に手を置き…。
「副長、くれぐれも無茶はするな。危ないと思ったらすぐにその場から離れるんだ…。」
「ハッ!」と、返事する角松を見たあと みらい達の所にもやって来た。
「我々は、異世界の人間…。この世界について知らないことが多い…。二人とも副長のサポートをよろしく頼む。」と、制帽を外し深々と梅津はお辞儀をした。
四人が乗り込んだSH-60Jはエンジンの回転数を上げ、南海…。マリアナ諸島の大空へ飛び立った。
「この件、私が選抜されると思いましたが…。」甲板で角松らが飛び立ったSH-60Jを眺めていた梅津に声を掛けたのは菊池だった。
「あぁ、君だったら草加が不審な言動をしたときは直ぐに始末するだろう…。尾栗はあの性格だ、丸め込まれる可能性が高い。たが、角松は未だ草加に対しての判断を決めてはおらん。奴の本心を探るには一番の最善策だと思うがな。」と話し、梅津艦長は艦内へ戻っていった。
(洋介…。どんな状況になっても必ずこの船に戻ってこい…。)
と、菊池はSH-60Jが飛び去った方向を見ながら心の中で思った。